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ボードゲーム歴

小学生のときに人生ゲーム・パーティージョイなどの国産ボードゲームを遊ぶ。トランプではページワン、ババ抜き、神経衰弱の3つを家族とよく遊んだ。しかしそれ以降ファミコンブームにのみ込まれて大学時代まで遠ざかる(TRPG、シミュレーション、TCGとは縁なし)。ドラゴンクエストは6までやったが、ファイナルファンタジーは魔法の名前が覚えられないという理由で1で終了。

93年、飲み飽きた(もともとそんなに飲めなかった)学生寮の飲み友達と長い夜の暇つぶしのため、東急ハンズで買ってきた『バックギャモン』に興じたところから、急速にボードゲーム熱が再燃。東急ハンズで次々とゲームを買っては遊ぶようになる(『グラス』、『エドカ』、『はなまる作文ゲーム』などのカードゲームが多かった)。『麻雀』は中三で覚えたが、大学に入ってからはタバコの煙が嫌いという理由からあまりする機会がなくなった。

94年にアパートに引っ越してからはテレビをもたないことにし、その結果テレビゲームとは完全に縁が切れる。ゲームも増えつつあったのでサークル(オーケストラ)の練習後、友人や後輩たちを自宅に招いてゲームをした。これがなかなか好評で、以来週1回程度ゲームするようになる。ゲームの購入先も東急ハンズでは飽き足らなくなり、後輩が持ってきた「ザ・ゲームカタログ(JAGA監修)」を便りに奥野かるた店(神保町)、ポストホビー(代々木)、博品館(銀座)などを訪ね歩く(六本木のプレイシングスはすでになかった)。そのうち奥野かるた店の品揃えに目をつけ、2階(改装前だった)で埃をかぶった安め(3000円程度)のボードゲームを買い漁る(『世界のスパイス』、『アンチモノポリー』など)。このホームページの最初は、この段階で作られている(情報がほとんどなくて開店休業状態だったが)。

96年、大学院に進んでからも自宅で友人や後輩とゲームをする習慣は続いた。そんなある時(97年頃だったと思う)奥野かるた店で『カタンの開拓者たち』(トライソフト版)を購入。これがドイツゲームとの最初の出会いだったと思う。ドイツゲームは値段が高い(4000~5000円位)ので敬遠していたが、「六角形タイルはルールが複雑」という先入観を打ち壊して面白かったこのゲーム以来、ドイツゲームに急速に入れ込む。

さらに奥野かるた店で『ミニスター』を購入したときに、日本語訳にメビウスゲームズの住所を発見。早速神保町から九段下(当時)へと向かう。クリーニング客の絶えない(当時)メビウスに足を運んだ最初だった。値段が高いゲームが置いてあるというのが第一印象。

こうしてメビウスゲームズのお世話になりながら1996~2000年ころまでの5年間は月に1度くらい、主に土日の午後に自宅ゲーム会を続ける。メンバー不足の悩みもあったが、サークル(オーケストラなのに...)に入ってくる後輩や時には同じ学科の友人・後輩まで次々と誘い入れるという方法で何とか集めていた。最も多く遊んだのは『カタンの開拓者たち』であり、あとは『ファミリービジネス』『じゅうたん商人』『ボーナンザ』『ニムト』などの値段の安いカードゲームが中心だった。この時期は前情報なしで闇雲に購入することが多く、当たり外れも大きかった。「ボードゲームに面白いものなし」(カードゲームのほうが面白い)という格言が流行りそうになったのはこの時である。

99~2000年頃になると、勇気を出して値段の高いボードゲーム(『原始スープ』など)にも手を出してみる。時期も時期、『カタンの開拓者たち』に続くハイレベルなゲームが続々入荷していたことと、ゲーム同人誌『ノイエ』の刊行によって情報が総括的に手に入れられるようになったことから、下調べをきちんとして楽しいゲームをたくさん手に入れることができた。やがてインターネットを通じて国内のゲームショップ(名古屋バネスト、プレイスペース広島、シュピーレブルク、イエローサブマリン)も知り、メビウスゲームズにない場合はこれらのショップで探し求めるようになる。山形ではビーゲームズ(今はない)も1度だけ訪れた。この時期からドイツのサイトも見るようになり、ドイツ語の練習もかねてカタンの開拓者たちのヴァリアントルール翻訳を中心にホームページの更新を再開。

2001年春、入籍して茨城県に引っ越す。200ほどのゲームは引越しの荷物の大きな部分を占めた。後輩も就職するなどして今までのゲーム仲間と疎遠になったのをきっかけに、インターネットで同志を探す。幸いなことにIGAの康さん、わんこさん&にゃんとろさん、YBGCのmuraさん、のごさん、かゆかゆさん、鷹村ナクトさん、moonさん、ふうかさん&karokuさんなどクレバーなゲーマーと知り合い、メンツに困らないどころか、ゲームをする機会はむしろ増えた。国内におけるドイツゲームのニュースサイトが少ないという事情から、ニュースサイトとしてのホームページ更新も意識し始めた。また、海外から個人輸入も行い、宝探しのような気持ちでゲームショップに入荷されなさそうなマイナーなゲームを入手するようになった。

2002年、IGAの米出さんと共同で『トイプラス』という同人誌を製作、ゲームマーケットで頒布する。すでに途絶えていた『ノイエ』と途絶えがちだった『バンプレス』に代わる新たなゲーム雑誌をめざしたのでは決してなく、ゲームマーケットで米出さんが自作ゲームを販売するというのでおまけ程度というつもりで作った。2人と親交のあったのごさん、神尾さん、わんこさん、たかのさん、しゅうさんから寄稿を頂き、とても密度の濃い本ができあがった。この時期のゲームシーンを収録しておくことと、ウェブでは言い足りないことをじっくり読んでもらうことができたと思う。

その年のゲームマーケットにて、オフィス新大陸の坂本犬之介氏と知り合いになる。ゲーム書籍『ボードゲーム天国』(『ボードゲームキングダム』の前身)を作っているので力を貸してほしいと頼まれ、好き放題なことを言いつつ、ウェブやドイツの知り合いから得た情報をもとに「ドイツゲーム事情」という記事を書いた。自分の中でも整理したいと思っていたところなのでよい機会になった。また、取材協力という名目で、2002年に初めてドイツ・エッセンのボードゲームメッセ「シュピール」行きを果たす。著名なデザイナーとお話したり、ドイツの家族が普通にゲームを遊んでいるのを見たりして、大きな知見と感動を得た。

エッセンでは『ノイエ』の中心メンバーであった大阪の一階良知氏と知り合う。エッセンの居酒屋にて、新しく立ち上げるボードゲーム普及団体の構想を聞かせてもらう。やがてこの団体は翌年、「ゆうもあ」と名乗りNPOの認証を受け、私は理事として参加することになった。かねてからの夢であった日本ボードゲーム大賞の選定作業に関わる(2011年まで)。2004年に2回目のエッセン・シュピール行きを果たし(インド留学中だったのでムンバイからパリ経由)、そこでも「ゆうもあ」の情報誌『シュピール』の取材として第一線の関係者にインタビューできた。

2005年夏、Merrynice氏のお誘いで流行のミクシィに入る。これによって愛好者の輪がぐんと広がった。そのひとつとして2006年、健部伸明氏との交流がもとでヤポンブランドに参加することになる。もともとゲームマーケットなどで活躍している日本人デザイナーを海外に紹介できたらと思っていたので、ルールやゲーム紹介のドイツ語訳やウェブページの作成など、後方支援を行う。それで2006年、3回目のシュピール行きを果たす。これが縁で仲間もぐんと増えた。シュピールには、2008年から毎年参加している。

2007年にはグランペールの山上新介氏からの打診で『ドイツゲームでしょう!』を発刊。ドイツの主要なボードゲーム賞の受賞全作品をレビューするという欲張りな企画で、ウェブのレポートから加筆修正していったにも関わらず執筆に1年半を要した。おかげさまで発行した700部は1年足らず、2008年版1200部も1年半で売り切れ、現在2010年版が発行されている。

2013年、スモール出版の中村孝司氏からの打診で『ボードゲームワールド』を発刊。これまでにない切り口で10のテーマを用意し、それぞれ10タイトルずつボードゲームを紹介するという内容で、さらにコラム、ボードゲーマー名鑑、座談会も盛り込んで執筆に1年近くを要した。コラムは『ゲームリンク』および『ボードゲームナビ』の連載を加筆修正。ブックデザインはオインクゲームズの佐々木隼氏に担当して頂いた。

2014年から、ゲームマーケットで発表された作品を顕彰するゲームマーケット大賞が立ち上がり、当サイトで新作評価アンケートを行っていたのが縁で審査員になる。

2009年から、子供の小学校入学に伴い実家の山形県長井市に定住。仙台、県内の庄内地方、秋田、福島、郡山、新潟など遠くから仲間をお招きして自宅ゲーム会を楽しんでいる。妻とはめったに遊ばないが、子供たちとはよく遊ぶ。購入は未知のゲームを海外から個人輸入、遊んでみてとても気に入ったゲームは邦訳付を国内で購入ということにしているが、遊ぶ見込みがなさそうなものは購入を控え、もう遊ばなさそうなものは手放すなどしてコレクターにならないように気をつけている。またゲームとは関係のない旧友に招待したりされたり招待した時にも、状況に応じて選んだゲームを紹介することもある。思わぬ強者が現れたりして楽しい。


ルール翻訳

アイスクリーム、ウォリアーズ、ウォリアーズ拡張1、スルース、ブームタウン、ラインレンダー(以上フェイス2フェイスゲームズ(米))、パラディン、ワズバラズ、ファブフィブ、カサノバ(以上キダルトゲームズ(伊))、アグリコラ、同泥沼からの出発、同プレミアムグッズ、同じ世界選手権デッキ、同牧場の動物たち、同牧場にもっと建物を、同さらに牧場にもっと建物を、ル・アーブル、同内陸港、ザヴァンドールの鉱山、祈り働け、カヴェルナ、洛陽の門にて、ファウナ、グラフィティ、なんてったってホノルル、村の人生、同酒場、同港町、ポートロイヤル(ホビージャパン(日))、カタンの開拓者たち、同航海者版、同カードゲーム、同探検者と海賊版、同都市と騎士版(ジーピー(日))、テレストレーション(テンデイズゲームズ(日))、ホビージャパン、メビウスゲームズ、ゲームストア・バネスト、テンデイズゲームズからの輸入版多数。主にドイツ語からの翻訳が多い。


好き嫌い・得手不得手

建設や育成など、進度がわかりやすい生産的なゲームが好き。カードゲームならば一か八かという博打の要素があるゲームを好む。一方、紙幣(と株券)を扱うゲームは概して苦手。陣取り系は、全部を見渡すと目が疲れるので敬遠気味。ルールはできるだけ簡単で、かつ奥が深いというのが理想。好きなデザイナはドラ、ローゼンベルク、クニツィアなど。アブストラクト(運の要素がない完全公開型2人ゲーム、将棋・囲碁系)は嫌いではないが、多人数の場合にはダイスを用いるなど運の要素が入ったゲームを好む。妻は縦横のマス目があるゲームが好み。


信条

ミスしてもいいから早打ち。自分が待つのはそうでもないが、人を待たせることにはストレスを感じる。あと勝敗に拘泥しないこと(勝負を簡単に捨てるという意味ではない)。プレイ外では、ゲームの衝動買いをしないこと。

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