2007年4月アーカイブ

フェデュッティのゲーム会、人気は『ズーロレット』と『テーベの東』

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フランスのゲームデザイナー、B.フェデュッティ氏は知り合いを集めて「ルドパティック」というゲーム会を毎年開いている。13回目となる今年のレポートが、フェデュッティ氏のホームページで掲載された。

レポートによると、新作の中で一番多く遊ばれていた作品は『ズーロレット(Zooloretto、アバクス)』と『テーベの東(Jenseits von Theben、クイーンゲームズ)』、3番目に『コロッセウム(Colosseum)』だったという。またフェデュッティ自身のヒット作として『サッカーリグレット(Ligretto Football)』、『ベガス・ショーダウン(Vegas Showdown)』、そして『ヒーロースケープ(Heroscape)』を挙げている。

ゲームデザイナーも15名ほどが参加し、思い思いの試作品をテストプレイしあった。フランス人デザイナーにはフェデュッティ氏と仲のよいB.カタラ氏、S.ラジェ氏のほか近年ではL.モーブラン氏(『キャッシュ&ガンズ』)、S.ポーション氏(『イスファハン』)なども次々と新しいゲームを発表しており、このテストプレイからまた注目の新作が生まれそうだ。

このほか、各自5ユーロ紙幣をもってその番号を競う『紙幣ライアーズダイス』の大会や、屋外の広い場所で行う『キャッシュ&ガンズライブ』など、遊び心満載のイベントがいっぱい。参加者は思い思いに楽しんだようだ。

XIIIèmes Rencontres Ludopathiques Etourvy 20-22 avril 2007

メンサ・アワードに『ゲオス』ほか

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知能指数を入会条件にしているアメリカの団体メンサは、毎年恒例のメンサ・アワードを発表した。
過去の受賞ゲームもアブストラクトゲームが多い傾向にあるが今年もそれを踏襲している。今年はアメリカ・カナダのゲームが並び、ドイツゲームは1つも入っていないところが特徴だ。

【メンサ・アワード2007】
ジェムロック(Gemlok / Pywacket)
http://www.boardgamegeek.com/game/27830
ゲオス(Gheos / Z-Man Games)
http://www.boardgamegeek.com/game/23730
http://ejf.cside.ne.jp/review/gheos.html
ヒット・ミス(Hit or Miss / Gamewright)
http://www.boardgamegeek.com/game/27608
クイークル(Qwirkle / MindWare)
http://www.boardgamegeek.com/game/25669
スカルダジェリー(Skullduggery / Outset Media)
http://www.boardgamegeek.com/game/24151

Winners of mensa mind games 2007(Boardgame News)

イスファハンPC版

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昨年のエッセンで発売され、好評を博しているフランスのボードゲーム『イスファハン』のPC版が公開された。無料でダウンロードでき、1人でコンピュータプレイヤーと遊ぶことができる。

公開したのはドイツのゲームサイトWestpark Gamers。サンクトペテルブルクのPC版を無料配布して話題になったサイトである。こちらをクリックしてダウンロード画面を開き、「Download Links」のボタンを押す。圧縮していないexeファイルか、圧縮したzipファイルのどちらでもよい。

英語版にするには、一番下にある「Download Language Packs」からEnglishをクリックし、解凍して同じフォルダに入れる。(追記:ボードゲームのお店・道の紀道さんが日本語版のファイルを公開されました。下記のリンクからダウンロードできます。)

ダウンロードしてダブルクリックすると、フォルダが作成されるのでその中にあるラクダのマーク「yspahan1」をクリックしよう。左から2番目のアイコン「New Game(Neues Spiel)」でゲームスタートだ。

手番にはダイスをクリックすると、選べる行動にマークが出る。ラクダ、お金、カード、キャラバンはそれぞれチェックボックスをクリック。お店に置く場合はコマのマーク、行政官を移動する場合は☆印をクリックする。建てたい建物や使いたいカードがあったらクリック。手番が終わったら「Next Player(Nächster)」。自分でダイスを振るときは、黄色のダイスを増やすか選んで「Throw Dice(Würfeln)」だ。

コマを置いたり片付けたりする手間もなく、ほかのプレイヤーの手番はあっという間に終わるので、1ゲーム10分もかからない。何ゲームも遊んで研究してみよう。

"Yspahan" für Windows V1.02(Westpark Gamers)
イスファハンPC版の日本語化(不完全・文字化けあり)(道中紀)

イスファハン
プレイ中の画面

人気の新作は『ノートルダム』

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オーバーホフ・ゲーム会は、ドイツ中部の都市オーバーホフで毎年この時期に1週間にわたって開かれるイベントだ。今年も200名ほどの愛好者が集い、会の終了時に人気投票「Pfefferkuchel」を行った。

この人気投票は母集団は小さいものの今年発売されたばかりのゲームが投票にかけられており、ドイツゲーム賞の前哨戦の様相を呈している。昨年の1位『郵便馬車』はドイツゲーム賞で2位、2位の『ケイラス』は1位に輝いた。一昨年の1位『ルイ14世』はドイツゲーム賞でも1位。今年の結果も、高い確率でドイツゲーム賞に近いと予想される。

今年4回目となるこの人気投票の結果は以下のとおり。1位にはアレアの新作『ノートルダム』が輝いた。日本にはメビウスがすでに頒布会とゲームマーケットで先行販売し、まもなく一般発売されるだろう。2位の『バイキング』も発売間近だ。

オーバーホフ・ゲーム会賞プフェファークーヘル2007
1位:ノートルダム(Notre Dame)
2位:ヴァイキング(Wikinger)
3位:イスファハン(Yspahan)
4位:ズーロレット(Zooloretto)
5位:コロッセウム(Colosseum)
6位:レオナルドダヴィンチ(Maestro Leonardo)
7位:大聖堂(Die Säulen der Erde)
8位:トラッパー(Trapper)
9位:ブルグアッペンツェル(Burg Appenzell)
10位:アルカディアの建設(Die Baumeister von Arkadia)

Pfefferkuchel 2007(pfeffersaecke.de)
Pfefferkuchel eröffnet Reigen der Spielepreise 2007(spielbox-online)

すごろくやで感謝セール

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東京・高円寺のボードゲームショップすごろくやでは、今週末の21日と22日に開店一周年記念セールを行うと発表した。全品5〜50%オフの大盤振る舞い。通信販売も受け付ける。
セール価格のリストはこちら。チェックして、売り切れ前に入手しよう。
すごろくやホームページ
開店直後のすごろくやレポート(TGW)

ゲームマーケット2007盛況

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4月8日(日)に浅草の東京都立産業貿易センターで開かれたゲームマーケット2007は、入場者数が1100人と初めて四桁を記録し、大盛況となった。出展者も企業ブース15、サークルブース64と過去最多。企業ブースでは応募多数で定員に達してしまい、サークルブースに変更となったところもあった。当日に来場者の投票で決められるシュピレッタ賞(2006年に最も面白かったゲーム)は『郵便馬車(Thurn & Taxis)』。次点に『チケットトゥライド』となった。

ゲームマーケット公式ページ

●イベント全体のレポート
おた☆スケたんの「ゲームマーケット2007」レポート(おた☆スケ)…会場内、各ブース、オークションなどの写真豊富
070408 ゲームマーケット2007(積み上げボードゲームPLAY倶楽部)…昨年よりもゆとり
ゲームマーケット2007体験記(TGW)…女性率の上昇

●出展者レポート
2007 ゲームマーケット当日の様子その1その2その3(メビウスママのひとりごと)…行列の長さ、ベビーカーや素敵なファッション
ゲームマーケットでした(Hammer's Lookout)…出展者は後からゲームを出したり隙を見て他所を回ったり
惨・敗(笑)!(B2FGames LLC)…前評判あっても100売れないこともある
出撃! ゲームマーケット2007!!!(おもちゃメーカー しーの・トイ NEWS)…会場の一体感
ゲームマーケット2007終わる (R-TOY)…2人用アブストラクトゲームへの壁
ゲームマーケット2007その3(操られ人形別館)…出回っていたチラシについて

●来場者レポート
はじめてのゲームマーケット(1) (2) (3)(新米パパの「ボードゲームはじめました」)…一泊二日でゲームショップや観光もできるツアー
ゲームマーケット2007@東京都立産業貿易センター(新米パパの「ボードゲームはじめました」)…ネットでよく見る人と会うチャンス
ゲームマーケット2007(ヴァルハラ宮)…ゲームショップめぐりとセットで
古きも新しきも良きことかな。(AHC)…TRPGゲーマーから見た注目ブース
ゲームマーケット2007(ランガナータンの書斎)…うんすんかるたのレポート
ゲームマーケット2007へ行きました。(MeraoLog)…初参加の目のつけどころ
ゲームマーケット2007行ってきました(あしかの書く新聞)…中古はお買い得
ゲームマーケット(半らいす大盛)…通販で買わないような小品をゲット
ゲームマーケット2007(konnokのblog)…ボードゲーム人口は多いか少ないか?

●新作ゲームについて
ゲームマーケットへ行こう(spielplatz)…発売品目の前情報まとめ
ゲームマーケット2007(moon Gamer)…販売されていた同人ゲームの写真・解説入りの詳細なレポート
同人/国産ボードゲームの感想(かゆかゆの雑記帳)…販売されていた同人ゲームのためになる批評
ゲームマーケット新作レビュー(4/21)(操られ人形館)…4タイトルのレビュー
ゲームマーケット2007レポート(みねぎのHiki)…体験&インストしたゲーム
ゲームマーケット2007 4/8(TGW)…注目されたゲームの写真
ゲームマーケット2007国産新作アンケート(TGW)…4月末まで。ご協力よろしくお願いします

※この記事をゲームマーケット2007のトラックバックセンターにしたいと思います。ゲームマーケットについてレポートを書かれた方はこの記事にトラックバックしてください。

世界のボードゲーム・アフタヌーン

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世界のボードゲーム・アフタヌーンvol.8 in縁縁

今週末、東京・麻布のギャラリーカフェバー縁縁[enyen]にて「世界のボードゲーム・アフタヌーン」が開かれる。

この催しは、オフィス新大陸などが手がけるUrventの定例イベント。Urventとは、英語のurban(アーバン、都市的な)とドイツ語のAbend(アーベント、夕べ)を掛け合わせた言葉で、アートのあるお店で会話とお酒とともにボードゲームを楽しもうという企画だ。ドイツではSpielabend(シュピールアーベント、ゲームの夕べ)が各地でよく開かれており、時間の余裕がない日本人もこれを見習って少しくつろいでみようというわけである。

日時は4月15日12時開場、会費は軽食・ドリンクつきで2,500円。会場へのアクセスや参加申込については上記のリンクを参照のこと。定員は40名だが、まだ空きがあるようだ。

日ごろガツガツした気持ちでボードゲームを遊んでしまう愛好者の方々も、たまにはのんびり遊んでみてはいかが?

子育て雑誌にドイツゲーム付録(3)

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小学生ママの子育て応援マガジン『edu[エデュー]』5月号(小学館、4月10日発売)に、先月に引き続き、テーブルゲームの付録がついた。今回はアメリカのカードゲーム『スクイント』。前回までと同様、カードを切り離して遊べるようになっている。

『スクイント』は、予め与えられたお題をカードの模様を使って表現し、ほかの人に当ててもらうゲーム。質問に「はい」「いいえ」で答えることはできるが、あとは喋ってはいけない。カードはどれも抽象的な線が書かれているだけで、うまくカードを並べて特徴を捉える創造力が試される。

一方、答えるほうは早い者勝ちで、少ない手がかりから直感的に答えを思いつく想像力がポイント。ワイワイガヤガヤと遊べる楽しいコミュニケーションだ。

アメリカのアウト・オブ・ザ・ボックス社から発売されているこのゲームにはたくさんのお題カードが入っているが、全て英語でアメリカ人にしか分からないようなネタもあった。今回の付録のお題カードは6枚だけだが、もちろん日本語になっているので子どもでも楽しめるだろう。繰り返し遊ぶならば、親子で新しいカードを作るのもまた楽しい。

『edu[エデュー]』は基本的に教育誌だが、この付録によってアナログゲームの遊びとしての魅力に目覚める親子が何百、何千と増えるだろう。また、ボードゲームに対する世間のネガティブなイメージやマイナーな知名度も改善することが期待される。

子育て雑誌にドイツゲーム付録(コンティニュオ)
子育て雑誌にドイツゲーム付録(2)(プルンプザック)
TGWレポート『スクイント』

ゲームに点数?(4)

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主観は正直なもの

さらに、私がゲームデザイナーだったら、点数で批評されてどう返したらよいのか? 意見ならば異議を唱えたり議論したりでき、少なくとも理屈は分かる。ところが点数は一様で、絶対的なものだ。客観的なものではないのに、客観性を装ってしまう。しかしゲーム評論に客観性はない! あってはならない!

ここで驚いて青ざめながら反対したい方がいるかもしれない。「でもゲーム評論家はできるだけ客観的であるべきでは……」そんな方にはこう答えたい。「それは神様のご意志ってだけさ」と。ゲームは感情的で対人間的な行為である。ゲーム評論家は客観的でなく、正直であること! だから客観的であることを主張する人は信憑性に欠ける。ゲームの魅力を判断するのは、そのゲームを遊んだ自分自身の主観的な経験に基づいているからだ。

もちろん、評論家の主観は気まぐれなものではなく、何年にもわたって蓄積されたゲーム経験と能力を枠組み・背景の中で絶対的なものとなり、批判されたデザイナーやメーカーにとっては生命線にさえなる。それを理解しなければ、ゲームは最初からよいもので、評論家だけがバカだということになる。それはもう客観的ですらない。これ以外の条件では、ジャーナリストとしていかなる批判も書くことができないし、精神的に健康でいることもできない。

批評家の精神状態

ゲーム前、ゲーム中、ゲーム後における評論家の精神状態は、点数によって完全に抜け落ちてしまう。ホモ・ルーデンス(遊ぶ動物)として人はゲーム中にさまざまな感情をもつときがあるが、陶酔したりそうでなかったりしても理由は分からない。私がぼろぼろにこき下ろして憤慨するようなデザイナーにはこう言いたい。「私もゲームのことでよく憤慨するようになりましたよ。デザイナーがルールブックの中でルールを説明せず、自分の経歴なんか書いているんです。これには憤慨しました。また2つの色の見分けが付かないゲームがあって、今もまだ遊べるとは思ってもいませんでしたよ。」

しかし、私がゲームで感情的にふるまい、緑と青の区別がつかないことに怒り、審査員席にいるかのような顔で裁断を下すとき、感情は私の判断に強く影響を与える。私は文中でそのようにネガティブな判断に至った状況を書くこともできる。ここスイスでさえ、1年経ってもまだずっと文句を言われている(だからといって撤回しないが)ぐらいの辛らつな批評は、とりわけ渾身の力を込めて書いたものである。なぜそのゲームがネガティブなのか、簡潔に説明するのが一番よい。

結論は変わらない。私が心の中でゲームの点数を全くまともに取り合っていないのに点数をつけるならば、どうして私自身や私の仕事に真摯でいられよう? そこで前面に出すのは、私の主観的で感情的に刻み込まれた意見を、ゲームについての客観的な背景のもと、議論の余地を残してドイツ語の文で知らせることである。ゲームに点数をつけるくらいなら、ゲームについては記事を書きたくない。ただし、どうしても点数を信じたいという人の信教の自由を犯すものでもない。
(おわり)

ゲームに点数?(3)

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映画とサッカー

それではいったい、主観的な経験の本質とは何だろう。例えば、映画館である映画にえらく感情を揺すぶられた。そのため気分が高揚してしまい、帰り道も分からないくらいになって、午前2時まで街の中をぶらついていた。ところが半年後、同じ映画をもう一度見たけれど、退屈で居眠りしてしまったなんてことがある。

ゲームを映画と比べるのがちぐはぐなことはもちろんである。映画のストーリーは、主観的な経験のもとになる外的な出来事であり、いつも変わらない。一方、ゲームのストーリーはいつも変わり、外的な条件は一緒に遊ぶ人の性格と人数によって極端に変わる。「ゲームの魅力」を4点にしたゲームが、別の日に遊んだら9点になるかもしれない。残念ながら、私の場合どうしてもそうだ。

点数をつけることについて正直に答えるならば、こう言わざるを得ない。一緒に遊ぶ人の雰囲気、性格、期待、人数によってゲームは、(10点満点中)2〜8点のどれにでもなると。毎回毎回のゲームが個々の経験となり、それが特別なものだったので何か点数をつけたいのだろう。ちょうど特にエキサイティングだったり、フォワードの技術が輝いていたサッカーの試合に点数をつけるように。おそらくブラジル対ドイツ戦は10点で、スイス対ウクライナ戦は2点といったところだろう。

ところが「サッカー」自体のゲームやルールに点数をつけるならば、例えば9点なんかになる。「ハンドボール」は6点、「バスケットボール」は7点かもしれない。もっと言うならば、ゴーカートは8点、かくれんぼは4点か。そのような点数は、それぞれのスポーツや遊びそれ自体の品質について言うのではないだろうか?しかしそれはおそらく、点数をつける人がどれくらい好きではまっているかによるものだろう。

ゲームは誰をターゲットにしているか?

そこからまた言えることは、たったひとつの点数をつけるのは不適当ということだ。遊ぶ人数が2人か、3人か、4人か、5人か、6人かによって全く中身が変わるゲームは多い。ほとんど全てのゲームは2人や3人で遊ぶなら予測可能で戦略的だが、4人や5人で遊べば偶然や運の要素が高くなる。偶然の要素を好む人もいれば、そうでない人もいる。

だが、たとえゲーム評論家がこの要素を点数をつけるときに使うとしても、偶然の要素が大きいことはゲームの品質と関係ない。人と会ったらまず運の要素が大きいゲームからという人も非常に多い。点数なんかよりもずっと実用的で重要なのは、ゲームがどんな人向きに作られているか、ターゲットは誰かという情報ではないだろうか。

さらに、経験が主観的で感情的というだけでなく、ゲーム評論家が感情的で主観的で、ときにはかなり当てにすらならないものだということにもなる。点数によって客観性や確実性を見せかけようとする人は、少々詐欺師のようなところがある。私自身、10回遊んでもゲームが本当に全ての面で把握したかどうか、私の言葉による評価が本当に適当かどうか自信がない。それなのにどうやって予め点数をつけられよう? そのような点数の信憑性を保障できるようなシステムを私は知らない。

真面目なプレーヤーなら、あるゲームでの態度は、ゲームが長引けば長引くほど、遊ぶ人が異なれば異なるほど変わるということを認めなければならないだろう。何年か後に自分がつけた点数を比べながら見直せば、誰しも自分の測定方法がいかに不正確であったかきづくものだ。どんなに真面目に点数をつけているつもりでも、得点リストを見れば幾分か気まぐれがあったことを否定できない。

またゲーム評論家は、点数によって自分自身が直接ダメージを受ける場合もある。つまりテキストを全く読んでもらえなくなるかもしれないのだ。もちろん理論的にはまず記事を読む糸口になるかもしれないが、これについてはあまり話を広げないでおこう。
(つづく)

ゲームに点数?(2)

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どんな方法論か?

ゲーム評論家がゲームに点数をつけるまで、どのようなプロセスになるだろうか? どんな方法を使うのだろうか? 点数を決めるプロセスを考えていくと、不十分で不透明で、役に立たない方法論に行き着くものである。

ゲームの点数は評論家の「感覚」に基づいており、娯楽程度であって、単なる大衆迎合に過ぎない。というのもさまざまなアプローチが、端的な標語(点数)に置き換えられ、感情を引き起こすからである。点数は、点数では表せないものまで、まるであるかのように信じ込ませてしまう。

驚くべきことに、いつも点数をつけているゲーム評論家と個人的に話をしてみると、点数をつけることには否定的な見方をしているけれども、消費者の期待に応えているのだという人が多い。学校やジャンプ競技ではきちんと定められたそれぞれのパフォーマンスが点数で評価される。そこで同じくらいのパフォーマンスの点数が変わりすぎたら、点数をつける人がよくないことになるだろう。

私は今日まで、ボードゲームに点数をつけることでうまく伝わると思ったことは一度もない。ひとつだけ言えるのは、同じゲームが点数をつける人によって全く違う点数になるならば、それは対象となるゲームの内容というよりはむしろ、点数をつける人の問題だということだ。

どうしたら点数は信頼できるか?

誤解のないように書き添えておくと、私は点数に反対してはいない。評論家は好きなように点数をつけてよかろう。何千、何万と。それでも彼らの仕事に対して私が敬意を失うわけではない。私は単に個人的にゲームの点数に興味がないというだけのことだ。読者としても、物書きとしても。読者としての私は信憑性を推し量るし、物書きとしての私はそれで食べていく。

たとえゲーム市場が点数を求め、読者が抗議の手紙を書いたとしても、評論家にとって信憑性をなくすことほど手痛いことはない。評論家が自分の信憑性をゲーム市場のため犠牲にするのは、ゲームメーカーとデザイナーにできるだけ好かれようとするのと同じくらい無意味なことである。

点数付けは常に「娯楽」としてなら受け入れられる。私自身の現実には影響を与えたり、細かく考えたりすることはない。それならば、どうしてこんなことをここに書くのかって? 答えは簡単。ゲームに点数をつけるよう頼まれたので、ちゃんと説明しなければならなくなったからさ。ここで書いたことは、私の意見をまとめたものだ。よければさらに読み進めて、最後に私に点数をつけて下さい。

意見をまとめるにあたって次のような確信に至った。確実なものがないこの世界で何か確実なものをつかもうとすると、ルール、コンポーネント、イラスト、ひょっとするとゲームのアイデアさえも点数をつけられるものだと。多分ルールやイラストのようなものは現実にも1〜10で計られるのだろう。でも、そのように客観的な点数や、さまざまなゲームの経験をいくつか出し、その中から数学的に平均を計算する試みは、私にとってまったくアホらしい。

いつも念頭に置かなければいけないことは、ゲームというのは、ほかの人と主観的で感情的な経験をするために使える道具とアイデアにほかならないということだ。
(つづく)

ゲームに点数?(1)

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ドイツ年間ゲーム大賞のホームページに掲載されたコラム「ゲームに点数?」を訳出。

ボードゲームやカードゲームに点数をつけるのは、日刊紙、雑誌、専門誌など(ほとんど)至るところに見られます。トム・フェルバー(年間ゲーム大賞審査員メンバー・ニューチューリッヒ新聞編集)は、自分の評論で意識的に点数をつけないようにしています。なぜそうするのでしょうか。

ボードゲームの点数は、批判的に考えるならばまじめに取り上げることはできない。私にとってゲーム批評家はれっきとした仕事なので、私はボードゲームに点数をつけるのを許せない。

チューリヒにあるどこかのボードゲームショップで新しいゲームを買いたい人は、「このゲームは面白いですか」などという質問を決してするべきではない。答えはだいたいこんな感じだろう。「ボードゲームが面白いかですって? 本気でそう思ってるんですか? ちゃんとゲームをよく見てくださいよ。何が見えます? 箱、木のコマ、紙。箱は面白そうですか? 面白そうじゃない? じゃあこのゲームは面白くないかって? 一緒に遊ぶ人はどうかな。面白がってくれるかもしれませんし、面白くしてくれるかもしれませんよ」こんな感じ。

それから一緒に遊ぶ人はゲームを退屈なものにするかもしれない。さらに悪いことに、彼らはわざとやってるのではないのだ。たいてい彼らは、ゲームとして面白いとか面白くないというのは自分自身であるとさえ気づかず、そのゲームが自身にとって面白いか面白くないかも考えない。

遊ぶ人自身が品質を決める

私は、かつてゲームのルールを音楽作品と比較したことがある。ゲーム仲間はオーケストラであり、デザイナーのアイデアをルールとコンポーネントに基づいて、作曲家の楽譜のように解釈する。その解釈はゲーム仲間によって変わり、遊ぶ人がルールを読む能力と意欲によって上がったり落ちたりする。

遊ぶ人は、自身で活発なパフォーマンスをしなければならず、そのふるまいによってゲームの品質が決まる。「間違った」人々と遊ぶと、ゲームを全く見損なうかもしれない。ある晩に5分やっただけでもう途方にくれ、これは遊べないと思った同じゲームが、別の晩にほかの人と遊んだら3時間も熱中したなんてこともあるだろう。

コンサートで、作曲だけでなく解釈も評価されるのは普通のことだ。でもゲームの場合、ゲーム評論家自身が解釈の一部になる。だからゲームの点数付けでは、雰囲気と一緒に遊ぶ人の状況の中でゲーム評論家が創造した経験がもちろん反映される。挑発をこめてこんな質問をしよう。思考力も知性も全然異なる人々の間で、自分自身の創造力を「ゲームの魅力」と一緒にして点数を付けるのは変じゃないか? 学校の児童たちが、学芸会で自分の創造力やパフォーマンスに自分自身で点数をつけないのは当然である。

たくさんのゲーム評論家が無視しているのは、多くのゲームが、遊びこなすのに心の落ち着きと、知的、社会的、心理的な判断能力を前提とするということだ。バイオリンから間違った音が飛び出すならば、それはバイオリンだけでなくバイオリン奏者のせいかもしれない。ローラースケートの新モデルで何度も鼻を打ちつけて転ぶ人がいるからといって、品質の問題になるだろうか?
(つづく)

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