アレア
Posted at 07/12/21 PermaLink» Comment(0)» Trackback(0)»
ラベンスバーガーからハイデルベルガーへ
(フェアプレイ81号抜粋)
ダイスのロゴとともにラベンスバーガーの三角コーナーも印刷されていたアレア(alea)の販売がハイデルベルガー出版(Heidelberger)に移る。この決定は多くの人にとって驚きだった。ラベンスバーガー(Ravensburger)の自家販売は基本的に非常に強力であるとみなされている。最も有名なゲーム編集者のひとりであるシュテファン・ブリュックと共に、ラベンスバーガーはヒームゼーに小さくて上等なゲーム工場を開いた。こうしてアレアのブランドはラベンスバーガーによって1998年、野心的なプロジェクトとして始まる。しかしこの事業の経済的な成功は得られなかった。
アレアが非営利企業として未来がないことは明らかだった。そしてラベンスバーガーはアレアを閉店したいだろうという疑いを何度も払いのけなければならなかった。一番の弱点はいつも、アレアの販売だった。ラベンスバーガーの販売の本当の強みは正規ディーラーによる販売網だが、アレアは全く利用できなかった。むしろその反対で、売れ行きのよいラベンスバーガーのゲームの山の下に、アレアの真珠はいつも埋もれてしまっていた。
たとえラベンスバーガーのキーアカウントマネージャーが、デパートやショップチェーンの商品棚に直接介入しても、アレアは救われなかった。というのもラベンスバーガーが予約した商品棚には決まった数のゲームでいっぱいになるからである。そして明らかに年間5000個以下しか売れないゲームの場所はそこにない。そこにあるのは何倍もの売り上げになるような定番ゲームばかりである。だからアレアのゲームがラベンスバーガーの価格表に記載し忘れてしまったというのも不思議ではない。
しかし小売業にとって大ゲームメーカーの自家販売に代わる手はあった。卸商に問い合わせるという方法である。特に小さい専門業者が多彩な品揃えを失わないで2〜3個だけ取り寄せるにはこの手しかない。たくさんの玩具卸があるがハイデルベルガー出版は、ボードゲームとカードゲームに限定して卸商を行っている。そこでは目下3400タイトルが手に入る。ハイデルベルガーはそれで世界一のゲーム卸である。これらのタイトルには当然アレアのゲームも含まれる。感動的な驚きは、ハイデルベルガーはラベンスバーガーの販売よりたくさんアレアのゲームを売っているということだ。そこでラベンスバーガーが切れ目を入れるのは当然であった。そしてハイデルベルガーが販売を引き受ける。
ラベンスバーガーにとっては得ばかりだ。自信をもってふるまうハイデルベルガーが販売数を実際に増やせれば、両者にとって明らかな成功である。そしてもしうまくいかなければ、ラベンスバーガーはこの失敗への責任を「アウトソーシング」できる。
ハイデルベルガーの楽観主義はショップやゲーム界との密接なつながりに基づく。この店は名前から分かる通り、もともとメーカーとして始まり、後に卸業を加えた。よって同じ屋根に出版、販売、そして卸しという3つの事業があることになる。とはいえ出版と販売の境界はあまりはっきりしていない。例えばスイスのメーカー・フリカン社で発売された2人ゲーム『ミスター・ジャック』のドイツ語版を出版し販売している。ハイデルベルガーは出版社としての能力でまずゲームルールを作成し、フランスのイスタリ社のゲームを出版するフッフ・フレンズ社と同様に両メーカーのロゴを箱に印刷する。フッター社と密接な関係があるプロルド社やフッフ・フレンズ社と共に、ハイデルベルガーは外国のメーカーやドイツの小メーカーをめぐって競争している。ファンタジーフライト社との協力ではこれまで後塵を拝してきたが、精力的に販売の準備を始めており、たくさんの新しい同盟ができつつある。アレアのゲームの新しい販売にとってどこまで役立つかは期待してよいだろう。結果はすぐに分かるはずだ。というのもラベンスバーガーはパートナーにほとんど試験期間を与えないだろうからである。ハイデルベルガーの信用のおける販売力がアレアのゲームを助けるか、まもなく試されることになるのはアレアの販売だけではない。
※解説
ラベンスバーガー……ドイツゲームの老舗メーカー。『スコットランドヤード』など
アレア……『ラー』や『プエルトリコ』など、ゲーム愛好者向けのゲームを発表し続けているラベンスバーガーの1ブランド
ハイデルベルガー出版……ゲーム制作も手がけるドイツのゲーム卸問屋。日本でもゲームストアバネストが利用し、マイナーなメーカーのゲームを手に入れている。
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