エッセイの最近のブログ記事

ゲームマーケット大阪をネタに嗤う桜川マキシムが大きな反響を呼んだのは、愛好者がボードゲームを通してどんな「交流」をしたいのかという問題をつきつけられたからではなかったかと思う。NPC的な存在なのか、同好の士なのか、はたまた心の友なのか。

誰とでもいいのでボードゲームを楽しみたいという態度はひとつあるだろう。あまりなじみのないボードゲームサークルではそうせざるを得ない。家に帰って、ハンドルネームと成績しか思い出すことはできないなんてよくある話。それだって十分ボードゲームは楽しめるものだし、中には困ったちゃんもいるから、それ以上お近づきにならないのが賢明ということだってある。

だがそればかりというのも少し寂しい。一緒にプレイしていると、お互いの好みや癖が分かったり、次第に連帯感が生まれてきたりしてくる。軽口も出てくるだろう。こうしてボードゲームという文脈で打ち解けるという間柄になる。

さらに気が合えば、ボードゲーム以外でも親交を結ぶようになる。お茶や食事を一緒にするあたりから始まって、ほかの趣味や仕事の話にまで及ぶこともあるだろう。飲みに行ったり、カラオケに行ったり、旅行したりと親交を深めていく。

当然のことながらこうした関係は人によって変わる。一緒に遊びたくない人、遊んでもいいけどあまり話したくない人、ボードゲームの最中なら話せる人、ボードゲームなしでもいろいろ話せる人など、付き合いの長さや相性で変わってくるものだ。ボードゲームは初対面の人を急速に近づける効果があるが、必ずボードゲーム外の交流まで及ぶとは限らない。

それでも私は、ボードゲーム以外でも親交を結ぶ人の割合を増やしたいと思っている。この頃、自宅ゲーム会にいらっしゃるメンバーが休憩中に妻とよく話すようになった。ボードゲームの話題ではなくて、仕事のこと、震災のこと、ほかの趣味のことなどである。妻も楽しそうだし、私も聞いていて興味深い。

昨日はゲームマーケット前日で、知り合いに声をかけてドイツレストランで食事をした。ボードゲームの話題が多かったが、全国から集まる中でそれぞれの地域のことや、お酒や煙草などの嗜好、知られざる過去などの話がちらほら出てきてとても楽しかった。そういう話を私は聞きたかったのだと思う。

誰でも彼でも同じように親交を結べるわけではない。自分と相手の両方が認め合えないと、単になれなれしいだけになってしまう。そうならないためには時間をかけて信頼関係を築き、手探りしながら距離を近づけていくことが必要だが、そうした「ゲーム」もまた、楽しいものである。

今日はゲームマーケット。旧交を温め、新しい知り合いを作る絶好の機会である。坊主姿で会場をうろついているので、見かけたら声をかけてください。

毎年お正月になると、干支にちなんだボードゲームを探したくなる。なかなか探せない年もあるが、辰年はドラゴンだから、枚挙にいとまがない。

そんな中、ヨーロッパ・ボードゲームコレクター協会のホームページにドラゴンが登場するゲームがまとめられているのを発見した。その数60タイトル以上。国内で一般発売されているものも少なくない。

Europäische Spielesammler Gilde e. V.:Sondergehege 2: Drachen

この中でも、新年といえば『ドラゴンイヤー(Im Jahr des Drachen)』を真っ先に思い出す。飢饉、疫病、圧政、モンゴル軍の襲来……毎月次々と襲い掛かる災害を耐え忍び、豊かな国を築き上げるドイツのボードゲーム。中国では、辰年には天変地異が起こるという俗信があり、それがゲームのタイトルになった。

飢饉には農民、疫病には薬師、モンゴル軍には兵士といった対抗策を取っておかないと痛い目に遭うが、災害対策だけでは得点にならない。同時に花火師、学者、宮女、僧侶で国を豊かにする必要がある。災害対策を手厚くしすぎても、手抜きしてもいけない。苦しい中でも将来につながる投資が必要であることを教えてくれるこのボードゲームは、震災復興の日本とも重なる。

S.フェルト作、アレア(ラベンスバーガー社)、2007年発売。2〜5人用、12歳以上、75〜100分。

TGW:ドラゴンイヤー

キッズ・ライトゲーマー向けには『ドラゴン・ディエゴ(Diego Drachenzahn)』がおすすめ。こちらもドイツのボードゲームである。火炎をはくドラゴンが、どの的を狙うか予想する。

1人がドラゴン役となり、引いたカードに指示された的を狙って3個の赤いビー玉(火炎を表す)を弾く。ほかの人は、ビー玉の軌跡を見て、ドラゴン役がどの的を狙っていたか当てる。ビー玉が見事3個的中しても、狙い方があからさまでは他の人に得点されてしまうし、かといってカモフラージュしすぎれば的に入らない。偶然に見せかけて的を狙うのは大人でも難しい。一方、子供はカモフラージュが妙に上手かったりする。

M.ルートヴィヒ作、ハバ社、2009年発売。2〜4人用、5歳以上、15分。ドイツ年間キッズゲーム大賞受賞作。

TGW:ドラゴンディエゴ

あなたのお気に入りのドラゴンゲームは何でしょう?

ドイツ語圏の新聞では、新刊の書評のようにボードゲームのレビューが掲載される。それだけボードゲームが一般的なものであるが、要約すればだいたい伝わる書籍と違って、遊んだことがない人に紹介するのは難しい。

叔母がスイス土産に、「新チューリヒ新聞(Neue Züricher Zeitung)のボードゲーム欄を切り抜いて持ってきてくれた。土曜日に詰めチェスなどと一緒に、2タイトルずつレビューしている。ボードゲーム専門誌の『シュピールボックス』と比べたとき、一番の違いは書き出しである。そこには一般の人も興味を惹くような工夫がなされているので面白い。

Neue Zuricher Zeitung

書き出しの基本的なスタンスは「既知から未知」。いきなりゲームの内容ではなく、一般的な話題から入る。第1段落を読み始めてもらえばしめたもの。そこからすんなりとさりげなくゲームの内容に切り替える。

例えば現代の社会世相とリンクさせる方法。新聞らしい書き出しである。

『ランカスター』―法律と押しのけ競争
私達がいるのは1413年のイギリスだが、雰囲気は選挙のある週末のスイスに似ている。というのも、『ランカスター』では毎ラウンド3つの法案に投票し、すぐに発効するからである。それらはゲームを進めるのに全くありがたい効果もあれば、とても困るものもあり、勝利点の友になることもあれば敵になることもある。前もって貴族を、お城から私有地の円卓に招いていれば、より多くの投票ができる。……

外国がテーマのゲームは、その外国のイメージに合わせて。

『グレンモア』―スコットランドをできるだけ小さく保つ
普通、建設ゲームというと、拡大生産してできるだけ大きいエリアを併合するものが多い。このゲームはそうではない。『グレンモア』はウィスキー蒸留所と、険しいお城と、倹約の国スコットランドが舞台である。したがって際限なく拡大するのではなく、小さく、効果的にまとめることが大事である。『グレンモア』では、村、川、牧場、畑、お城のある地形を、得点できるかたちにする。最後に全員の地形の大きさを比べ、一番小さかった人が最良とされ、ほかの人よりエリアが大きければ大きいほど、マイナス点が振りかかる。

外国の受賞歴などから入るのも、興味を持ってもらえそうである。

『ディクシット』―円形の連想
『ディクシット』はすでに2009年、フランス、ベルギー、スペインのゲーム賞を総なめにした。いわゆる「評価ゲーム」で、ほかの人の表現を当てなければならない。評価ゲームは『ノーボディ・イズ・パーフェクト』『私の世界の見方』『ギフトトラップ』など、北京の自転車のようにたくさんある。『ディクシット』の新しさは何かというと、素晴らしいイラストのカードがある。フランスのイラストレーター、マリー・カルドアによるこの84枚の芸術作品がなければ、平凡な評価ゲームになってしまっただろう。……

日本人には理解しにくそうだが、ヨーロッパであればこのような書き出しも。

『シャドーハンターズ』―吸血鬼対人狼
ちょっとだけそれは現実と似ている。私たちの中には吸血鬼もいれば、人狼もいる。誰がどのグループに属するか、残念ながら分からない。しかし今、悪者と悪者の最後の戦いが始まった。全ての吸血鬼を倒せば人狼が勝つ。人狼が全て鳴かなくなれば吸血鬼が勝つ。そのほかにも、うさんくさい普通の人間も混じっており、人間が勝つためにはそれぞれの目的を達成しなければならない。問題は、はじめほかの人が何者か知らないことだけである。……

見かけから入るという方法もある。

『サフラニート』―インドのスパイスに賭ける
ボードゲームは上機嫌にさせるようなコンポーネントでなければならない。『サフラニート』は、明快で素晴らしいイラストが目を引く。これまでボードゲームを遊ぶとき、イラストをほめることは少なかった。このゲームは現代のボードゲームイラストレーターの星、ミヒャエル・メンツェルによるものである。用具も見どころである。ボードに投げ入れるチップは紙製ではなく、高級なポーカーのクオリティーである。ボードは4つのパーツを組み合わせ、9つのスパイスが並ぶ闇市を表している。……

業界打ち明け話のようなものも。

小メーカーの掘り出し物『ハンザ・テウトニカ』
小メーカーの躍進が顕著だが、あまりに雑多で概観できない。ボードゲーム評論家が、真の掘り出し物を発掘したければ、少人数の人が高く評価したハンドメイドのゲームを試さなければならない。そしてたいていは、同じような内容だったり、冗長な進行だったり、コンポーネントがチープだったり、テストプレイが不十分で必勝法があったりする。これはまぎれもない恐怖で、何か足りない感覚がつきまとう。インターネットでは、ルールが支離滅裂で、オリジナルに見せかけ、コンピューターシミュレーションを思い出させる展開のゲームをオーバーに褒め称えるエキスパートであふれている。しかし諦めなければ、本物の真珠に巡り合える。……

いざ自分でこのような書き出しから入ろうとすると、意外と難しい。ゲームの内容を紹介するだけならルールを要約すればできる。でも現代の世相にリンクさせたり、外国のイメージを取り入れるには、時間がかかる。興味を持ってもらえそうな要素を抽出し、関連事項をWikipediaで調べ、ゲーム紹介につなげるよう考えなければならない。年末から、レビューでこのことを心がけているが、書き出しが全く思い浮かばなくて困ることも多い。しかし、下調べしているうちに自分でも知らなかったことが分かって勉強になる。

当サイトで掲載する情報は「昨日の自分が知らなかったこと」がモットー。未知の世界を開くため、現実とのリンクを意識したレビューを、今年は心がけていきたい。

ドイツのボードゲーム情報誌『シュピールボックス』最新号(2011年第7号)で、エッセン国際ゲーム祭「シュピール」の新作紹介が16カ国の国別に行われている。日本は、冒険企画局、カードハウス、ヤポンブランドが登場し、『ブレイブ50』『たんとくおーれ拡張』『大商人』『ダイナマイトナース・リターンズ』『アイドルプロジェクト』『未確認生物TV』『シェークスピアかるた』を紹介。このほかに『ひも電輸送編』はレビューページで紹介され、「素晴らしい(Super)」の評価を得ている。

日本からの出展の紹介ページのコラムに、カナイセイジ氏(カナイファクトリー)が写真入りで紹介されている。タイトルは「ボードゲームは置き場所がない」。

カナイセイジ氏・シュピールボックス誌にて控えめに笑いながらカナイセイジ氏は話す。「どうして私がカードゲームを作るか? 理由は簡単です。日本の住居は狭くて、ボードゲームを収納する場所がないからです。」それにカードゲームのほうが制作費用は安い。数年前から彼はいつもヤポンブランドのブースにおり、日本の小メーカー連合がエッセンに出展したゲームを紹介している。……

数年前からゲーム棚が満杯になっている私も同じことを思う。ゲーム棚からはみ出した分は、放出するように家族から厳命されている。新作を買う量はそう減っていないので、遊んでみて1つ面白いものがあったら、棚に入っているものを1つ放出しなければいけない。棚の中はすでに傑作でいっぱいなので、新作を遊んですぐ放出する可能性が高い。これがノンリプレイの原因だということに、最近気がついた。

このような状況で直面するのが「面白い"のに"箱が大きい」という事態。この面白さで、箱がそこそこ小さければ収納できるのに、なまじ大きいために収納できず、スペースの都合で放出せざるを得ない。悔しいことである。

「それなら新作を買わなければいいじゃない」というのは言わない約束(笑)。今年も、収納スペースと面白さの天秤が続きそうだ。

ボードゲーム講座

| コメント(0) はてなブックマーク - ボードゲーム講座

地元の市民講座で「世界のボードゲームで遊ぼう」を開催して1年になってようやく、家族連れが参加するようになった。

NPOが主催している市民講座で、年に3回、近隣市町に新聞の挟み込みで広報誌を出している。これほどの広報はそうそう望めるものではない。そこで平日の夜に講座の開講を申し込んでみた。

「ドイツやフランスでは、毎年いろいろなボードゲームが作られています。人生ゲームのような双六から、将棋のような思考ゲームまでさまざまです。大人から子供まで、初めての方でも楽しめるボードゲームを遊びましょう。」

初回は3人だったものの、2回目は2人、3回目は1人と順調に減っていき、申込者がないためお休みになったことも。それが先月、急に3家族+個人で合計10名が参加して下さった。

子供は2歳から小学2年生までと聞いたので、キッズゲームを用意していった。先月遊んだのは『カラバンデ』、『カヤナック』、『スティッキー』。今月は欲を出して『イチゴリラ』、『カエルの飛び込み大会』、『ワードバスケット』、『ミッドナイトパーティー』。ワイワイキャーキャー、小さい子供でも楽しんでくれたようだ。

『カラバンデ』はゴルフのように常に一番後ろの人から弾くルール。順番にはじくルールでは置いていかれると逆転が難しいが、このルールなら接戦になって盛り上がる。『カヤナック』も、氷や雪を使わず、サイコロの目だけ移動して(場所があれば)必ず穴を開けて釣りができるルールにした。『スティッキー』は愛子さまも遊んだという売り文句で惹き付け、2歳でも参加できる幅の広さで延々と何ゲームも遊ばれていた。『カヤナック』、『スティッキー』は2箱もっていって、1回説明してから2卓で同時進行したので多人数で遊ぶことができた。

『イチゴリラ』は、おばけは単純にハズレ、虹は2枚でゲットというルール。ゴリラの色違いがあるという芸の細かさに今ごろ気づく。『カエルの飛び込み大会』は、3つ揃うたびに大喝采。小さい子にも勝ち目があって面白かった。『ワードバスケット』はさすがに難しくてみんなお地蔵さんになってしまったが、しりとりは毎日しているという家族がいて最後は協力ゲームに(笑)。『ミッドナイトパーティ』は追いかけてくるオバケにテンションが上がりまくって泣いてしまう子も。

驚いたことに先月のゲーム会が終わった後、『カヤナック』と『スティッキー』をネットで検索してアマゾンから購入したという。別にどこで買えるかなど聞かれなかったが、普通にネットで買う時代なのだと実感。

このような催しに興味を持って参加してくれる家族は、普段からトランプやしりとりを楽しんでいるみたいだ。うちの子供たちはなぞなぞやクイズはやるが、長女は大の負けず嫌いで、長男は長女に歯が立たず、次女はまだ小さくてゲームにならない。でもまたチャレンジしてみようかなと思っている。

来月は開催されない予定だったが、参加してくれた家族の要望により開催が決定。少し時間があるので、うちの子供たちと遊びながら何をもっていくか吟味しておきたい。

「マルチゲーム」「マルチプレイヤーゲーム」「マルチプレイヤーズゲーム」という言葉は、トップ叩きでバランスを取るゲーム=直接攻撃のあるゲームという意味で使われることがある。ネガティブなニュアンスを伴うこともあるようだ。

今では余り使う人はいないが、ゲームを形容する時「地政学マルチ」「戦略マルチ」「マルチっぽい」などと評する人がまだ少なからずいる。自分は得にならないのに邪魔をする「お仕事」や、最後に下位プレイヤーの選択で1位が決まってしまう「キングメーカー」も、この手のゲームの性質上起こるものだ。

多人数という意味しかないはずの「マルチ」が、トップ叩きでバランスを取るゲームを指すのはどういった経緯なのだろう。

「マルチ」といえば『榊涼介/林正之のマルチプレイ三昧』。まえがきで榊氏は、かつて(ウォー)シミュレーションゲームにはまっていたことを表明している。そしてこの本が「マルチプレイヤーズ・ゲーム」を紹介するものであると述べているが、中身はウォーシミュレーションゲームもTRPGも含まれていない。ウォーシミュレーションゲームの多くが2人用であるのに対して、3人以上(マルチ)で遊ぶもの、そしてTRPGが協力的であるのに対して、イーブンな立場で競争するものをマルチプレイヤーズ・ゲームと呼んでいるようだ。

この本はTRPG誌『電撃アドベンチャーズ』(1994〜1998年)の連載をまとめたもので、最後に紹介されている『カタンの開拓者たち』が最新作という時代である。紹介されている13タイトルのうち、ドイツゲームは9タイトル。残りの4タイトルは『モノポリー』『ファミリービジネス』『フンタ』『ニューアクワイア』。特に『ファミリービジネス』『フンタ』は理不尽なまでの直接攻撃が命のゲームである。

カタン以後、ドイツゲームは多人数陣取りやアクションポイント制でどんどんシステマチックになり、直接攻撃色が急速に薄まっていった。これらのシステムでは自分の手を伸ばした結果、特定の誰かを邪魔することはあっても、任意のプレイヤーを選んで意図的に攻撃するという選択肢は少ない。

さらに現在には、ワーカープレイスメントやデッキ構築の台頭によって、直接攻撃でないインタラクションすら薄まっている。こうして現在では、『カタンの開拓者たち』の盗賊ですら、気まずいと感じる人もいるようだ。

「マルチプレイヤーズゲーム」は、80〜90年代前半に今のいわゆる「ボードゲーム(カードゲームを含む)」を指していた呼称で、当時のプレイヤー依存型のゲームデザインを大きく反映している。当時はニュートラルな呼称だったが、その後、インタラクションの薄いゲームが好まれるようになるにつれ、直接攻撃でバランスを取る前時代的なゲームという意味で用いられるようになったというのではないだろうか。そして、時代の流れと共に死語になりつつあるようである。

でも以前からの愛好者には、こういったゲームも好きだという人が少なくない。一種のコミュニケーションゲームとして考えたらどうだろう。トップでもないのに理不尽に叩いたりするのは、対人ならではの出来事である。そこでイジケないで、全員で楽しみを共有できる方向に持っていけたら素晴らしい。もっとも、最近はなかなか『ディプロマシー』のような濃いマルチゲームはあまり作られていないようだが。

Yahoo!アクセス解析が今月で終わるというので、これまでの都道府県別アクセス数をダウンロードした。これを都道府県別の人口で割って、人口比アクセス数を計算してみた。

アクセス総数は2年3ヶ月で657,162アクセス(1日平均約800)、都道府県別人口は総務省統計局による2009年度推計人口を用いた。分かりやすいように、国内総アクセス数のパーセンテージを、国内人口のパーセンテージで割った数を計算してある。都道府県別ボードゲーム関心度ということができよう。1.00がほぼ人口並みのアクセス数であることを表し、高いほどアクセス数が多いことを表す。

【都道府県別ボードゲーム関心度】

1.東京 2.82
2.神奈川* 1.42
3.大阪* 1.3
4.京都* 1.29
5.山形 1.29
6.香川 1.23
7.埼玉* 1.18
8.徳島 1.15
9.愛知* 1.06
10.鳥取 1.04
11.三重 1.01
12.福井 0.97
13.新潟* 0.93
14.北海道* 0.9
15.静岡* 0.89
16.富山 0.8
17.茨城 0.8
18.宮城* 0.78
19.愛媛 0.75
20.千葉* 0.73
21.岐阜 0.63
22.岡山* 0.6
23.山口 0.58
24.長野 0.56
25.奈良 0.55
26.兵庫* 0.5
27.福岡* 0.49
28.岩手 0.49
29.石川 0.47
30.群馬 0.47
31.山梨 0.46
32.滋賀 0.45
33.広島* 0.42
34.栃木 0.41
35.沖縄 0.33
36.福島 0.31
37.秋田 0.31
38.熊本 0.29
39.青森 0.25
40.大分 0.23
41.和歌山 0.23
42.島根 0.18
43.鹿児島 0.13
44.長崎 0.12
45.高知 0.12
46.佐賀 0.04
47.宮崎 0.04

1位はダントツで東京。人口は国内の10%だがアクセス数は28%を占め、2位の神奈川(人口7%・アクセス数10%)に約2倍近く離している。巡回ロボットが多いかもしれないが、それでも相当数の愛好者がアクセスしていると見られる。3位と4位は大阪、京都と関西勢。次が山形なのは、管理人が住んでいるためなので除外して頂いて(笑)、6位に香川がつけている。高松にはゆうもあの支部、ボードゲームショップ、ボードゲームサークルがあり、関心が高い人が多いようだ。ほかにも、徳島・鳥取・三重が平均以上に健闘している。逆に、ボードゲームショップがある岡山・福岡・広島が思ったほど高くないのは意外。

*印をつけたのは、政令指定都市のある道府県である。ボードゲームに関心のある人は都市部に多く、地方格差が際立っていると私は思っているのだが、それを検証してみた。東京を加えた15都道府県のうち、10位以内に入っているのは6都道府県。20位以内では11都道府県が入る。思ったほど顕著ではないが、都市部のほうが関心が高いという傾向はあるようだ(相手が集まりやすいほどよい趣味なのだから、当たり前のことかもしれないが)。

メビウスゲームズがまだ靖国神社とインド大使館の近くにあった頃、得点記録用紙を配布していた。便利でよく使っていたもので、何枚か捨てないでとっていたのをたまたま見つけた。当時のことを振り返ると懐かしい気持ちになる。

最近は、遊んだ後何ヶ月も経って思い出したようにレポートを書くことが多い。その日のうちに書く場合ですら、たくさん遊ぶうちに忘れてしまって誰が勝ったかも覚えていないものだから(歳のせい)、記録の必要性を感じている。

メビウス記録用紙(左下)は、ゲーム名と日付の欄が一番上にあり、プレイヤー名とラウンドが表になっていて、一番下にコメント欄がある。第2ラウンド以降はマス目に斜線が入っており、このラウンドでの得点/合計得点が記入できる。そして最後に順位を記入する欄がある。プレイヤー数は6人、ラウンド数は6ラウンドで、たいていのゲームに対応できるスグレモノだった。

これをもとにして、TGIW記録用紙をPDFファイルで作ってみた(右下)。一番上に日付、上の段に参加者の名前、左側にゲーム名を記入する。大きい欄には得点状況(内訳や正の字など)を書き入れ、右下のマスに最終得点または順位を書き入れる。また遊ぶときの参考になるよう、所要時間(分)の欄も加えた。1枚に6ゲームまで記録できるようにしている。一番下には、参加者の感想やゲームの評価、残しておきたい名セリフなど、自由に記入しよう。

デジタルカメラ、iPhone、携帯電話を使って画像データやツイッターで記録するという方法もあるが、記録用紙と併用すると後から整理・保存がしやすいだろう。お試しあれ。

TGIW記録用紙(PDF)

左:メビウス記録用紙 右:TGIW記録用紙
mobiusyoshi.jpg tgiwyoshi.jpg

先日、ドイツのショップから個人輸入した『モンスターがすむ家』に砂時計が欠品していた、早速メーカーのコスモス社にメールした。すぐに「担当〇〇が承りました」という返事がきて、しばらくしてから厳重な包装で送られてきた。

面白かったのはついていた手紙。コスモス社ではなく、エドゥアルト・エーマンという梱包会社。梱包と発送を行っているようだ。

-----
拝啓 Ono様
あなたのボードゲームに欠品・破損がありましたことをお詫び申し上げます。

当社では毎日5万セットのボードゲームを生産しており、残念ながら梱包や仕分けのミスが起こることがあります。そのため今回のことをご容赦下さいますよう、心よりお願い申し上げます。人が仕事するところではどこでも、ときどきミスが起こるものなのです。

同封しました代替品で、コスモス社のボードゲームの世界で楽しい時間を長く過ごされることを願います。

敬具
-----

「人が仕事するところではどこでも、ときどきミスが起こるものなのです(Wo Menschen arbeiten, passieren manchmal Fehler)」というのは常套句のようだが、欠品の弁解に使ってくるところは面白い。論理的に納得できることが大事なドイツ人の気質なのだろうか。日本でこんなことを言ったり書いたりしたら、開き直ってると怒られるだろうな。

ショップ関係者は影響がないといっても、私には遠慮があって、現行商品のルールは原則公開していない。これは、公開訳をもとに個人輸入する人が増えると、ショップの売り上げに影響するのではないかという危惧からであるが、このポリシーを覆す考えが出てきた。それはルールを読んでから買うという人と、発売と同時にルールを公開する海外メーカーの急増である。

収納の関係で購入量はしぼりたいが、新しいゲームはどんどん発売される。そんな中で、ルールを読んでから買いたいという人はどんどん増えている。ベテランゲーマーはこれまで数多のボードゲームを遊んできており、ルールを読んだだけで自分が求めているゲームかどうか、面白いか、ありきたりか、つまらないかの見当がつく。

このような機運が原因なのか結果なのか分からないが、海外メーカーでは発売と同時にホームページでルールを公開するようになっている。メーカーとしても、概要だけで買う気にならない人は、ルールを読んで購入を検討してほしいということなのだろう。

この理屈から行けば、現行商品のルールは、その作品に面白さの自信があるならば、どんどん公開したほうがよいということになるだろう。ショップとしても、個人輸入に流れるリスクよりも、公開されなければ売れなかった作品が売れる可能性のほうが高くなる。逆にいえば、ルールが公開されない作品は、羊頭狗肉の疑いがかけられることすら考えられる。

近年の趨勢であるルール公開が、和訳の公開にも影響を与えていくのは間違いない。それでも、現行商品の和訳を公開するのは新規情報性が薄いので私は積極的にならないと思うが、このシバリは外して考えてもいいかなと考え始めている。

前回のエントリーで、何人かの方と意見を交換しているうちに、ルール和訳公開の是非は主に2つの論点に絞られることに気付いた。

1.国内ショップへの影響
2.ヤフオク転売の評価

前回の考察は1に関するもので、そこまで義理立てなくとも国内ショップは大丈夫だという意見を紹介した。今回は2について。

ヤフオク出品者は大きく分けると放出と転売の2種類がある。前者は、遊ばなくなったゲーム(諸事情で未プレイということもありうる)を、収納スペースの都合などで出品するもの、後者は、自分では遊ぶつもりがないゲームを、海外から個人輸入してそのまま出品するものである。「転売」というとネガティブな響きがあるので、単に販売でもよい。

放出ではあまり問題にならないが、転売で公開ルール和訳をあて込むのは、「他人のフンドシで相撲を取る」みたいな道義的な批判がある。しかし私は、ゲーム供給の観点から、そのようには受け止めていない。

ヤフオクでゲームが売れる一因として、品切れや販売延期などで国内ショップの供給が追いついていないことがある。そういった機会損失をヤフオクが補って、ヤフオクがなければ手に入らなかったゲームが国内に投入されるのは、基本的によいことだと思う。

ルール和訳は、輸入の敷居を下げる。私がルール和訳を公開しているのは、面白いのでたくさんの人に遊んでほしいという思いからである。国内ショップで扱っていなかったり、海外でも絶版だったりするゲームが少なくない。多くの人はその時点で入手を諦めなければならず、私は単なるスノビズムを晒しているだけになってしまう。

しかしヤフオク出品者は、どこからともなく、しかも何個も探し出してきて出品してくれる。中には人気が高じてショップで一般発売されることもある。こうして広めてくれるのはありがたいことで、そのためにルール和訳を活用して頂けるのは嬉しい。

一方で、ヤフオクでの購入は個人輸入よりずっと楽なため、国内ショップの顧客が流出しやすいという問題はある。1に戻るが、ヤフオク出品の増加が国内ショップにどれくらい影響を及ぼすかは、また別に考えていきたい。また、転売は法的に問題ないのかも調査中である。

ルール和訳公開が国内ショップに与える影響

最近、最新のボードゲームでもすぐに翻訳が公開されるようになった。これに加えて、アメリカアマゾンが日本への販売を解禁、ドイツアマゾンもすっかりおなじみになり、ボードゲームを個人輸入で購入する人が増えていると思われる。国内ショップと比べた記事、どれくらい安いかを比較した記事もある。

ボードゲームのネット通販 国内サイトと海外サイトの比較(k.bigwheelの日記)
amazon.deを使って海外でボードゲームをまとめ買いした(同上)
ゲーム歴長い人(ゲーマー)のゲーム購入事情 (spielplatz)
Amazon.de, オークション VS ...(たっくんのボードゲーム日記)
Amazon.de(ドイツアマゾン)で買える格安ボードゲーム(部屋とボードゲームと私と酒と泪と男と女)
徒然草のページ(ボードゲームの素敵な世界)

ネット上に公開される日本語ルールが増えてくると、ドイツアマゾンやヤフオクから買う人が増えて、国内のショップは厳しくなるのではないか――そんな心配が私にはあって、国内のショップで扱われているものについては原則、ルール和訳の公開を控えるようにしている。

この心配について、国内ショップ店長も含めて何人かに伺ってみたところ、大方は心配に及ばないという意見だった。まず国内購入層と個人輸入層は全く別のクラスタで、海外購入層は圧倒的に少ないという考え方。

・国内ショップで購入している大部分の層はフリークではなく、海外から直接も買えることを知らない
・海外から直接輸入するような人は極少数であり、またそのような人たちは国内のショップで扱っていても、和訳が公開されていなくても、いずれにせよ海外から買う(それぐらいの語学力がある)

海外からの個人輸入のメリットがそれほど高くないという意見もある。

・外国語の壁、支払い・紛失・箱つぶれ・欠品などのトラブルのリスク、到着までの日数を考えると国内ショップのほうが安心
・送料固定のドイツアマゾンですら、特定のセール品以外はそんなに安くない。送料が固定でない専門店はなおさら高くつく

国内ショップへのメリットもあるという意見。

・たくさんのゲームが次々と発売されている中、和訳が公開されていることから興味をもつ
・予算や保管スペースなどの都合で購入量を絞っている人はよく吟味しており、公開されている和訳が購入の決め手になる場合もある
・以前購入したゲームの翻訳を紛失したときにダウンロードできる
・少部数しか売れないようなアイテムは個人輸入で手に入れることで、ショップの在庫リスクが減る

国内ショップのサービスは、日本語ルールの添付だけという時代ではもはやないという意見も寄せられた。

・ルールを和訳するコストは実はあまり高くない
・オリジナル製品、トークショー・大会などのイベント主催または協賛、店内のディスプレイなどの工夫をして買わないお客さんを買うお客さんにすることが求められている

ゲームマーケットでは、ボードゲーム人口の拡大を肌で感じることができたが、拡大にともなって多様性も増していることも事実である。フリークにはいまさら感や微妙感の漂うゲームがあるショップでバカ売れしていたり、特定のコミュニケーションゲームしか遊ばない集団がいたりと、自分の来歴では想像できない人たちのほうが多い。さらに節電でボードゲームという全く新しい層が流れこむ。

こういった変化の中では、ルール和訳公開の是非やデザイナー表記問題など、小さな界隈で起こっている、取るに足らない問題なのかもしれない。その小さな界隈でしか問題にならないことかもしれないが、すでにたくさんの和訳を公開している私が、気持ちを整理するためまとめてみた。私自身の心配はまだなくなったとはいえず、引き続き調査検討していきたい。

不特定多数の人が集まるオープンのボードゲームサークルにおいて、知らず知らずのうちに他人を不快にさせているのではないかと心配する方が多いようなので、自分用のチェックリストとしてまとめてみた。

こういったことは(サークルで明文化されていない限り)「ルール」ではない。サークルによって状況はかなり異なるので、TPOに合わせて適当に気になったものを拾って、自分個人の問題として心がけるためのヒント程度に捉えて頂ければ幸いである。したがって、これをもとにして他人に注意するようなことも本意ではない。他人のマナー違反をどう解消・許容していくかは別問題で、ちょうどてらしまさんが考察されているのでご覧ください。


マナーの本質は「他者を気遣う」ということ
・マナーを押し付けたり、守らないからといってその人間の全人格を否定したりしない
・サークルのルール(持ち込み、TCGやTRPGのプレイ、子供の参加、飲食、喫煙、差し入れ、名札などについて)があれば従う

知らない人同士が集まるところ一般に気をつけること
・体調を整える…集中力が保てるよう、睡眠と食事は十分に
・臭くなく…入浴、清潔な服装、制汗剤、ニオイのきつい食べ物を避けるなど
・挨拶する…会ったときの「こんにちは」、終わりの「ありがとうございました」
・丁寧な言葉遣い…タメ口をきかない、親しくもないのにプライベートに踏み込まない
・主催者に負担をかけない…片付けに協力する、ゴミは持ち帰る
・宗教・ビジネス・政治などの勧誘をしない

プレイ前に気をつけること
・身内の空気を作らない…言葉遣いや内輪受けで初参加の人に疎外感を与えない
・ゲーム選びはサークルの方針や相手に合わせて…苦手なゲーム(特にワード系、リアルタイム系、アクション系、長時間系、創作ゲームのテストプレイなど)を強要しない、特定のゲームにこだわりすぎない
・他人の持ち込みゲームを無断でプレイしない…持ち主の許可を得る
・後から来た人を待たせない…回転の早い卓を用意する、積極的に声がけして誘う
・手洗いの励行…カードに手垢や皮脂がついて汚れるのを防ぐ
・銀行係を決める…イカサマやミスを防ぐ
・インストは丁寧に行う…初プレイの人に合わせて

プレイ中に気をつけること
・用具を丁寧に取り扱う…食事・喫煙しながらプレイしない、カードを曲げて持たない、リフルシャッフルしない(ディールシャッフルが安全)、机に叩きつけない
・騒ぎすぎない…盛り上がっても周囲に気を配って
・過剰なアドバイスをしない…不慣れによるプレイの遅れや、定石と異なるプレイも寛容に
・途中で投げない…敗色が濃くなっても、いい加減にプレイしない
・全体のリズムを乱すほど長考しない…考えどころでは予め断る
・卓外から無断で観戦しない…断って観戦していても口出しはしない
・プレイ以外のことをしない…メールや携帯電話は使う前にひとこと断る、外野との会話に熱中しない
・手札はきちんと隠す…見えてしまうことで戦略が変わってしまう
・口三味線はほどほどに…「失敗した〜!」「シマッタ」「ダメだ」などの発言はコミュニケーションのスパイス程度にする

プレイ後に気をつけること
・プレイヤーを批判しない…ミスをなじらない、嫌味をいわない
・ゲームを批判しない…面白いと思った人もいるかも
・聞かれてもいない薀蓄を語らない…デザイナーやメーカー、ゲームの背景など、興味がある人ばかりではない
・丁寧に片付ける…床に落ちているコマなどないか確認する

海外の名前を完全にカタカナ表記することは、対応する子音がなかったり、母音が入らないところで母音が入ってしまったりするため不可能である。そこで、近い表記を目指すわけだが、人によって異なることがある。

どんな表記があるか、紙媒体のボードゲーム関連書籍を調べてみた。調査したのは『ノイエ』(1998-2001、N)、『トイプラス』(2002、T)『バンプレス』(2001-2003、B)、オフィス新大陸の『ボードゲーム天国』と『ボードゲームキングダム』(2003-2005、O)、『シュピール』(2003-2010、S)、『ドイツゲームでしょう』(2007-2010、D)、安田均氏の『ボードゲーム大好き』と『ゲームを斬る』と『ボードゲームジャンクション』と『ボードゲームストリート』(2002-2011、Y)、『ゲームリンク』(2009-現在、G)である。括弧内の数字は、レビューサイトでの使用頻度。

まずデザイナー名から。

Schachtは、Nで「シャハット」「シャヒト」、Oでは「シャフト」「シャハト」と表記していたが、T、S、Y、Gは「シャハト」(365)で一致する。ただしDの2010年版は「シャフト」(29)が採用されている。実際の発音(1)(2)は、どちらにも聞こえる。

Faiduttiは、Nで「フェイドゥッティ」(42)、T、Oで「フェドゥッティ」(135)と表記していたが、Y、S、Dにおいて「フェデュッティ」(73)になった。ただしGはNに回帰して「フェイドゥッティ」を採用している。実際の発音は「フェイドゥッチ」といった感じだろうか。

未だ定着を見ていないのはKeyaertsで、Nで「ケアルツ」(0)、Yは「ケヤエルト」(2)、Sで「ケヤーツ」(8)となっているが、Gは「ケイアルト」(0)「キーヤーツ」(14)「ケイヤール」(0)と変わってきた。

KniziaはYのみ「クニツィーア」(85)であとは「クニツィア」(639)。実際の発音は伸ばしているようには聞こえない。DornはYのみ「ドルン」(3)であとは「ドーン」(102)、DorraはTとDの2010年版のみ「ドラ」(29)であとは「ドーラ」(90)。DelongeはNが「デロンゲ」(10)、Yは「デロンジェ」(1)、Sは「デロンゲ」から「デロンシュ」(66)になった。Friedemannは使用例が少なく、Yが「フリーデマン」(92)、Gでは「フリーデマン」から「フリードマン」(58)に変わった。実際の発音は「フリーデマン」に近い。WallaceはYが「ウォーレス」(23)、Gが「ウォレス」(20)。レビューサイトでは「ワレス」(329)が圧倒的に多い。実際の発音は「ウォレス」にも「ワレス」にも聞こえる。

次にメーカー名。

RavensburgerはN、T、B、O、S、Dともに「ラベンスバーガー」(269)で、YとBが「ラベンズバーガー」(57)、Tには「ラーベンスブルガー」(0)も見られる。ちなみに実際の発音に最も近い「ラーフェンスブルガー」(5)はほとんどない。これは不二商以来の表記の伝統だろう。Hans im GluckはN、Bでは「ハンス・イン・グリュック」(7)だったのがT、O、S、Dで「ハンス・イム・グリュック」(120)になっている。GoldsieberもN、Bでは「ゴールドジーバー」(22)だったのがT、O、S、Dで「ゴルトジーバー」(103)。ZochもN、Bでは「ゾッホ」(0)だったのがT、O、Y、S、D、Gともに「ツォッホ」(242)になっている。eggertはSで一時「エッゲルト」(19)と表記されたこともあったが、O、Y、S、Gともに「エッガート」(67)で揃っている。実際の発音は「エッガート」寄りか。

さて、こうした表記の揺れが、年月を経てだんだん人口に膾炙してくる。上記の例だと「シャハト」、「クニツィア」、「ドーラ」、「デロンシュ」、「ワレス」、「ラベンスバーガー」「ハンス・イム・グリュック」、「ゴルトジーバー」、「ツォッホ」、「エッガート」は、レビューサイトの使用頻度で対抗馬を5倍以上引き離しており、デファクトスタンダードになっていると見られる。一方、Faidutti、Friedemann、Keyaertsはまだ一定しておらず、時間が必要となりそうだ。

ところで、エッセン国際ゲーム祭で精力的にデザイナーと会談してきたストーンR氏が「その発音では通じなかった」と異を唱え、「シャフト」「ドラ」「フリーデマン」「ラーフェンスブルガー」「アーレア」などと表記するべきだと主張している。表記を統一しなければならないplay:gameでは編集合戦が続く。

私にはあまり表記へのこだわりはなく、国内未紹介ならば適当に表記するし、様子を見て変えたりもする日和見主義である。そのような態度でストーンRさんの熱意に打たれ、Dの2010年版では実験的に「シャフト」「ドラ」に変更してみた。ストーンRさんの創出ではなく、OやTでの使用例があったからであるが、定着している状況での変更に戸惑いの声も大きい。先日の「ボードゲームストリート書評」では多くコメントが寄せられ、安田氏が独自の邦題をつけていることを問題にしておいて、独自のデザイナー名にするのはダブルスタンダードではないのかという批判もあった。

そこで今回、過去の使用例と使用頻度を調べてみたわけであるが、ほかにも考えなければいけないことがある。すでに別の意味で用いられている表記や、別の検索ワードで引っかかりやすい表記は、混同を避けるため使わないというのが一点目。「シャフト」は棒(Schacht)や穴(Schacht)の意味があり、「ドラ」は麻雀用語だけでなく「ドラマチック」「ドラスティック」など語頭によく用いられる。

それから、実際の発音に近づけるメリットと、広まっているものを変更するデメリットとの比較衡量が二点目。大幅に違っていて、まだあまり広まっていないならば変えるが、広く使われていて微調整する程度ならば、そのままにするという選択を取る。Schachtは「シャフト」と「シャハト」のどちらにも聞こえ、またドイツの政治家に「ヒャルマル・シャハト(Hjalmar Schacht)」という表記もある。Dorraは「ドーラ」ほどでなくとも「ド-ラ」くらいの隙間がある。

発音と表記は別物という意見もある。本来の発音に近いかどうかを問わず、スペリングをイメージできるよう一定の法則に従って表記したり(フランス語では難しいが、ドイツ語ではある程度まで可能)、日本国内で通じるように発音しやすいものにしたりすることが重要であるというという考え方で、これも一理ある。ドイツ語でaの後にchが来たら「ハ」と表記することが一般化しており(Nachtmusik=ナハトムジーク)、「シャフト」では「Schaft」と区別できない。

以上は言語面での検討だが、さらにほかにもその名前に隠れた歴史的背景・地域的な特性・個人の思想信条、その国の文化の我が国における受容度など、調査検討しなければいけないことはまだまだある。長い時間かけて議論し、定期的に見直していくことが望ましい。

このように、過去の使用例・現在の使用頻度・混同を避ける表記・変更するデメリット・日本語の事情などの観点から検討した結果、少なくとも当サイトでは当面、このような表記を採用することにした。

ミヒャエル・シャハト、ブルーノ・フェイドゥッティ、フィリップ・ケイヤール、ライナー・クニツィア、リューディガー・ドーン、フランツ・ベンノ・デロンシュ、シュテファン・ドーラ、フリーデマン・フリーゼ、マーティン・ワレス、ラベンスバーガー、ハンス・イム・グリュック、ゴルトジーバー、エッガートシュピーレ、ツォッホ
ほかに―ヴォルフガング・クラマー、シュテファン・フェルト、アンドレア・マイアー、コルネ・ファン・モーセル、アントワン・ボザ ……これだけ検討して、前とほとんど変わってない(笑)。

いろいろな観点があるにせよ、実際の発音に近い表記を取ることは優先事項であることは間違いないので、今後、新人デザイナーが出てきてきたときは、スカイプなり、エッセンで実際に会うなりしてなるべく早く調べて提案をするようにしたい。

ゲーム棚の整理に続いて、ようやく放出品のネットオークション出品が終わった。一括出品ができる無料ソフトはあるが、写真を撮って、軽く色彩補正して、レビューを探して紹介文を書くまでが長い。さらに、海外から買ったものは日本語ルールの制作もある。準備に1週間くらいかかってしまった。

これから落札されると、連絡と発送の毎日が始まる。ゲーム屋さんは毎日これをしているわけで、単にゲーム好きというだけではできないだろう。本当に頭が下がる思いだ。

今回は40タイトル近く出品したが、今月買ったものを数えたら30タイトル超。思いっきり放出したつもりが、微減しかしていない状況は、まるで釈迦の手の上の孫悟空のよう。減らすのは、そのままゴミ箱行きにしない限り、増やすより労力が10倍かかる。

そこで「ボードゲームを買いすぎないための10箇条」を考えてみた。あくまでも「買いすぎないための」なので、今の購入ペースでちょうどよいと思う人に干渉するものではなく、私を含め自分を見失いかけている人の参考になればと思う。これでもどうにも止まらない方は買い物依存症の疑いがあるのでお医者さんへどうぞ。

1.ほしいものリストに入れて寝かせる
気になるゲームがあってもすぐに購入せず、その都度テキストファイルなどに打ち込んで一旦デスクトップへ。忘れた頃に開くと、必要かどうか冷静になって見ることができる。

2.誰と遊ぶのかを考える
いつも遊んでいるメンバーの顔を思い出して、買ったところで未プレイの確率が高いものは止めておく。家族としか遊ばないのにフリークゲームを買っても出番はない。

3.何回遊ぶのかを考える
高いゲームを買って1回しか遊ばないのはすこぶるコストパフォーマンスが悪い。1年以内をめどに何回遊べそうか計算して、1回あたりいくら払って遊ぶのか分かると、節約する気になるかも。

4.今月の可処分所得を考える
生活費を十分に確保した上で、その他の出費や貯金を差し引いて、自分が自由に使えるお金は何円かをきちんと計算しておく。その予算額をしっかり念頭に入れて、超える場合は決して買わない。

5.どこに置く場所があるか考える
ボードゲームは非常にかさばる。前後に重ねておいたり、家のあちこちに置いたりしてどこにあるか把握できなくならないよう心がける。場所がなければ、1個買う前に1個放出すること。 放出できなければ買わないこと!

6.レビューサイトを見ない
レビューで「面白い」「楽しい」という言葉を見ればどうしてもほしくなってしまうもの。でも自分に合うかはまた別の話である。流行を追わなくてもいいじゃないか! 情報源を断ち、代わりにルールを読んでいれば未プレイ品も減って一石二鳥。

7.絶版を気にしない
「買わずに後悔するより、買って後悔しろ」は悪魔のささやき。絶版になっても、焦らず待っていればリメイクや中古で手に入る。結局手に入らなければ、その程度の作品だったということ。

8.ゲームの欠点を探す
イソップ童話に「すっぱい葡萄」という話がある。買えないゲームは、コンポーネントでもシステムでもいいので、あらを探して自分を納得させるのも、ひとつの方法である。

9.別の趣味を探す
ボードゲーム以外に趣味や気晴らしを探してみよう。ボードゲームが軽く飽きた状態になれば、購買意欲もぐんと下がる。運動でも勉強でもいい、なにか別のことに取り組んでみる。

10.自分が死んだ後のことを考える
興味がない人にとって、ボードゲームはゴミ以外の何物でもない。ボードゲーム博物館計画だって管理する人が必要だ。自分がいなくなったとき、愛するボードゲームが片っぱしから可燃ゴミになることを想像して、最低限に抑える。

ゲーム棚の整理

| コメント(3) はてなブックマーク - ゲーム棚の整理

ただでさえ満載な我が家のボードゲーム棚。久しぶりに大量購入することになったので、荷物が届く前に整理をしてみた。

我が家では、ボードゲーム棚が3つ、カードゲーム棚が1つに制限されており、収まらなかったものは放出しなければいけないという約束。とうの昔に飽和状態だから、1つ買えば1つは手放すことになるわけで、買うときは吟味せざるを得ない。そんなわけで昨年の11月以来、4ヶ月買っていなかったわけだが……

4月になっていきなり大量購入。きっかけは『ゲップ』のレビューに頂いたnight flight spieleの三隅さんのコメントだった。コメントに答えているうちに、ウヴェ・ザンマンというイラストレーターが気になり、調べてみたところ本物の石を使う"Sozoikum"というゲームが見つかったので、ドイツの中古屋さんに発注。

この中古屋さんからは何度も買っているが、「20kgまであと○kg入るよ。送料は同じだからもっと頼んだら?」と商売上手。じゃあ、あれもこれもといっているうちにどんどん膨んだ。それでタガが外れてしまったように思う。ちょうどアメリカアマゾン解禁のニュースも入って、気になっていたコミュニケーションゲームなどをひと通り。

その結果、ゲーム棚の整理は喫緊の課題となった。

今回の整理のポイントは、未プレイと既プレイをしっかり分けること。うちにボードゲーム友達が来たときに、「この中から遊びたいのをどうぞ」と選んでもらいやすくする狙いがある。

ノンリプレイ派とはいえ、既プレイ品は片っ端から放出するわけではない。ずっと昔に遊んで不完全燃焼だったもの、ルール改訂があったもの、別な戦略を試してみたいもの、テーマやコンポーネントが好きなものなどは残す。ただし、プレイするのはいつになるか分からないので最小限。

というわけでできあがった今回のゲーム棚は、このように分けた。


棚の上 テーマ的に残したい作品
4段目 ストラテジー・未プレイ
3段目 パーティ・コミュニケーション
2段目 ライト
1段目 キッズ

棚の上 コンポーネント的に残したい作品
4段目 ドミニオン&2人用
3段目 アレア&イスタリ
2段目 カタン&トイバー
1段目 ストラテジー・既プレイ

棚の上 その他思い入れのある作品
4段目 ドイツ年間ゲーム大賞
3段目 クニツィア
2段目 ドラ
1段目 日本語版&クラマー

カード棚 適当

整理の結果、40タイトル近くを放出することになった。名残惜しいものも少なくないが、棚からごっそり出して、必要なものだけ収納し、しまいきれなかったものは放出決定にすると選びやすいようだ。 ひとまず写真を撮って、日本語ルールの有無を確認して、ヤフオクに出す準備。日本語のルールのないタイトルを、どこまで翻訳できるか勝負だ。

よく話題になるけれども、結局つかめないものとしてボードゲームのプレイ人口がある。実際のところクラスタなどというものは幻想で、コアなゲーマーから、付き合いでたまに遊ぶ人、何年かに1回人生ゲームやウノを遊ぶ人と、グラデーション状に広がり、その中をマントル状に流動しているのだと思う。

したがってどこに境界線を置くかで、プレイ人口は大きく変わるわけだが、mutronixさんが興味深い分類を行っている(焚書官の日常)。

1.遊ぶけど買わない人
2.評価の定まったものを決め打ちで買う人
3.評価がよくわかんなくてもとりあえず買う人

mutronixさんの論はそれぞれのターゲットに合わせたマーケティングだったが、この分類によって、ボードゲーム人口の推定を行ってみたい。

まず3.評価がよくわかんなくてもとりあえず買う人は、メビウス頒布会の加入者数を中心として考える。頒布会の趣旨の中に、まさにぴったりの内容がある。

頒布会の性格上、お送りするゲームはまだ評価の定まったものではありません。いろいろと情報を得て選んではおりますが、リスクがあることは確かです。そのため、頒布会での価格は、通常一般販売価格より2割程度安くなっております。

頒布会の加入者数は現在80人。このほかにバネストファンや個人輸入する人もいるだろうが、多くは重なるはずなので、約2倍と見積もって150人と推定する。

2.評価の定まったものを決め打ちで買う人は、『アグリコラ』と『スモールワールド』の日本語版の購入者ぐらいとすると大きくぶれがないように思う。この2タイトルは、どちらも高価な上に、相当なプレイ時間とルール理解力が必要なので、うっかり買ってしまったということは考えにくい。 『アグリコラ』と『スモールワールド』の販売数は、どちらも約3000セットなので、3000人と推定する。

1.遊ぶけど買わない人は、単純に計算すれば2の3〜4倍(多くのゲームが3〜4人用なので、1つ買えば3〜4人が遊べる計算で)になるわけだが、そんなには多くないように思う。というのも、ボードゲームを趣味にしている人は買うことや所有することも趣味の一部であり、誰かが買えば買わなくていいと割り切れる人はそれほどいないためである。いつも遊ぶメンバーで、それぞれ違うゲームを買って持ち寄るということもよく見る。

2009年、草場さんの主宰で行われた最後のゲームマーケットの入場者数は1500人だった。この年、TGWで「今年のゲームマーケットには行きましたか?」というアンケートを行ったところ、41%がYESと回答した。ここからゲームマーケットを知っていた人を1500÷0.41と計算すると3700人になる。2010年のゲームマーケットの入場者数は2200名と約1.5倍に増えたから、3700×1.5で5500人。だいたい6000人くらいと推定する。

仮説に仮説を重ねた数字だが、2の3000人から2倍というところを見ても妥当な線ではないかと思う。

さらにこの外側に、0.カジュアルな流動層というのもいると思う。テレビや雑誌で取り上げられたとかで、1タイトルくらいやってみて、あとはそれっきりという人たち。これもプレイ人口に含めていいのかどうか分からないが、流動層であるがゆえに推定は難しい。

朝日新聞アスパラクラブのアンケートでは、回答者2495名のうち「よく遊ぶ」と答えた人は3%、「たまに遊ぶ」が25%で、合計28%の人が遊んでいることになる。この計算で行くと、日本の生産年齢人口8000万人の28%で2240万人となるが、アンケートで挙げられたタイトルを見ると、『オセロ』や『人生ゲーム』を知っている人の数字くらいと捉えたほうがよいだろう(人生ゲームの累計販売数は40年間で1200万セットであり、『オセロ』の競技人口は6000万人という説もある)。新聞の定期購読者かつ、このようなアンケートに答える層ということで、実際は28%よりだいぶ下回るだろうが、潜在的なボードゲーム人口としてはありうる数字かもしれない。

伝統ゲーム・古典ゲームを含めず、現代ボードゲームに限定すると、数はぐっと下がる。mixiのボードゲームコミュのメンバーは現在4431人。総加入者数は2000万とされるので0.2%に過ぎない。この比率ならば日本の生産年齢人口8000万人では約18000人となる。また『ドミニオン』日本語版の販売数が約15000セット、2010年にTGWを訪れたユニークユーザー数は33000人というところから、15000〜30000人くらいと推定する。

まとめると、日本のボードゲーム人口は次のような同心円で広がっているものと推定される。日本人の6人に1人がボードゲームを知っているが、『ドミニオン』や『カタン』まで知っている人は4000人に1人、よく遊んでいる人は2万人に1人、買ってまで遊んでいる人は4万人に1人、何でも買っている人は80万人に1人ということになる。

0.カジュアルな流動層 15000〜30000人
1.遊ぶけど買わない人 6000人
2.評価の定まったものを決め打ちで買う人 3000人
3.評価がよくわかんなくてもとりあえず買う人 150人
-----
合計 25000〜40000人≒少なめに見積もって30000人

マーケティングとしてこの数字を見ると、どんなビッグタイトルでも3000セットを超えるのは難しいが、1000ならば何とか届く数字となってきている。近年、日本語版が続々と発売されているのも、多くのメーカーが定める最低ロット1000セットの販売が見込めようになったということだろう。

ドイツのボードゲームデザイナー、A.マイヤーは"Spiele entwickeln(ボードゲーム開発)2010"において、「ボードゲームの中のタブーとタブー破り」と題する寄稿を行っている。タブー(禁忌)の原義から説き起こして、社会学のアンケート結果、芸術・文学・映画におけるタブー破りの例へと進み、ボードゲームにおけるタブー破りを論じる。傷つく人ができるだけ少ない「害のない」タブーを取り上げることが望ましいが、完全に害がないタブーはタブーではない。実際は境界線にあるタブーがボードゲームで取り上げられる。

『グラス(Grass)』:麻薬密売人となってお金を儲けるゲーム
『むかつく友達、行きたくないパーティ(Fiese Freunde, Fettee Feten)』:同性愛が「普通」の選択で、カミングアウトすることがゲームの目的となる
『プロジェクト・ポルノスター(Project Pornstar)』:ポルノ映画の監督となって、仕事上の困難と闘う
『フレッシュミート(Frischfreisch)』:食料の少ない島で、ほかの人を食料にしながら救助を待つ
『三戒(Die 3 Gebote)』:みんなが神官となり、どんなに無意味なものでも掟にする

死・殺人・テロはコミックに描かれることでボードゲームに用いられているという。

『キャッシュ&ガンズ(Cash'n Gans)』:銃口をお互いに向け合って、上手にかわすことで生き残ることを目指す
『スーサイドボンバー(The Suicide Bomber Card Game)』:罪のない人をテロで大量殺人する
『レッツキル(Let's Kill)』残虐に殺すことだけが目的で、たくさん殺せば殺すほど得点になる

さらに歴史的な殺人をテーマにしたゲームが挙げられる。

『ギロチン(Guillotine)』:処刑による殺人が手段でもあり目的。タイミングによって得点が増える
『ヘッズ・オブ・ステート(Heads of State)』:ゲームの中での処刑による殺人。ゲームが進む上で不可欠なもの
『ミスタージャック(Mr. Jack)』:連続殺人をもとにした推理ゲーム。殺人はゲームに出てこない
『ウォー・オン・テラー(War on Terror)』:ゲーム中に虐殺やテロが登場

結論としてマイヤーは、「イノベーションは境界線を超えることで起こることが多い」というコンラートの言葉を引用し、タブー破りがイノベーションにつながる可能性を説いている。

以上はゲームデザインからの視点であるが、遊ぶ側にとっても、タブーを破ったテーマはひとつの楽しみになるだろう。一昨日は『プゥー』、昨日は『プライバシー激辛』を取り上げたが、普段は触れることが憚られるテーマにボードゲームを通して触れることは、解放された気分になれる。

タブーを破るゲームといえば、同人作品だが、オウム真理教をテーマにした『ナンバー2』や、のし袋を手探りする『ほんのきもちです』をすぐに思い出す。考えてみればタブーは文化に依存するものだから、国産のほうが期待できるだろう。上記の例は全てマイヤーが挙げたものだが、ほかにもたくさんあると思うので探してみよう(こんなのはどう?というのがあったらツイートかコメントでどうぞ)。

ボードゲーマーに100の質問」を投げかけたところ、数多くの回答が寄せられており、興味深く読ませていただいている。すごく時間がかかるので、回答するだけでそれだけプライオリティが高いんだなと敬服する。

ここで回答者への感謝を込めて、この質問の狙いを記しておきたい。

お正月早々、あちこちのサイトでゲームの目的に関する意見が多数寄せられた。たぶんタカハシさんのエッセイ「楽しみ方は千差万別(ライトゲームの功罪)」に刺激を受けたものと思われる。

ブログだけでなく、ミクシィ、2ちゃんねる、ツイッターなどでの反応を見ながら、私自身もじっくり考えていた。私は何のためにボードゲームをしているのか? 楽しければそれでいいじゃんくらいで、あまり考えたことがなかった問題だった。

あれこれ考えながら思ったことは、印象でものを語るのは水掛け論に陥りやすく、いろんな人のデータが必要ということだった。そこでまず、10年近く前のアンケート掲示板ログを引っ張り出してみた。10年前の意見を見るのはフレッシュな気分になる。

しかしいかんせん、ずいぶん昔の話である。取手(または紳士服)のたかのさんが行っていた「ボード/カードゲーマーに100の質問」はさらに前だが、本サイトがもうなくなっている上に、回答も多くが消えていた。そこでこの度、100の質問を投げかけてみようと思ったのである。

いろいろな人に尋ねてみるだけでなく、私自身の過去にもさかのぼってデータを取ってみようと思った。それがドイツ年間ゲーム大賞の審査員であるU.バルチ氏のブログ記事"Als ich noch kein Spieler war..."をパクった「私がまだゲーマーでなかった頃」というシリーズである。過去にあった事実が、今の自分を作っている。

ほかにも、パターナリズムと個人主義の両方を諌めた「失敗する権利」、柔軟なプレイ態度を求めた「ファンタジスタ」というエッセイで自分の考えをまとめてみた。ツイッターで下書きして、ミクシィに移して、さらにブログに載せるという慎重な書き方をしたのは、たくさんの人の意見を聞きたかったからである。

こうした発表に対し、貴重な回答や意見を頂いたおかげで、大事な問題にひとつの答えを得られつつあるように思う。それは「楽しみ方は千差万別」であり、楽しみ方に理由なんてなくていいし、理由がないんだから正誤もないし、ひとつの楽しみ方を強要するものでもされるものでもないし、人と人の違いもまた面白いものであると。相手がいなければできない趣味。違いを受け入れ、適度に影響を与え合って楽しんでいきたい。

今回の100の質問に回答してくださった方と回答へのリンクは以下の通りです(随時追加中)。mutronixさん@alea jacta est娯楽堂さん@袋小路TTBさんなおとしさん@このみきっずsippooooさん@ありふれたヒッチコックのつぶやきタカハシさん@新潟ボードゲーム倶楽部すずめさん@すこしながいつぶやきFuruFuruさんdjさん@秋田ボードゲーム倶楽部ファミリーゲームズさんくさのまさんNimさん@盤遊記Hal200さん@脳内世界は主に紙ジーク総務さん@ボードゲームしょいやくぼたやさん澤田大樹さん@実録:食卓遊戯密着大本営発表廿四時いずみっくす@ち〜むじょいふるしょうさん@勝手気侭あ〜さん@美人妻とBGDecoyMakerさんkonnokさんませうさん@ヌルめのポータルたっくんさんsamiaさんてらしまさん@遊星からのフリーキックCOQさん@The Board Game Laboratory 広隆寺一斗さん@はてなドリル日記不破(仮)さん(1)同(2)しゅーさん@踝uncoolSigmaさん@オンライン漂流記ぺらねこさんjun1sさん@部屋とボードゲームと私と酒と泪と男と女R-TOYさん冴翠さん@熊猫神社枝社よしださん@TANSANFABLOGnakarxさん@しあわせさがせ?rerasiuさん@ポリバケツブルーいぬ君さんasatoさん@Solitary StrollBLUFFerさんコマンドマガジン編集部さん@ゲーマーいちねんせいがゆくAMIさん@SOLGER航海日誌FANGさん@ボードゲーム中級者位の人のブログ(仮)F男さんhiroceanさん(1)同(2)モー喪太郎さん@ボクも天然色nagakura_eilさん@だらだらやるよ進藤「みらこー」欣也さん@淡々とアナログゲーム関連を書き残すスレトゥクス・ウィムさん@TwinKle Chaos -日々の混沌-氷魚さん@大航海時代の駄目猫たる田さん@セルフおばけやしき草場純さんタカさん@サムネ3しなちくさんさとーさんtakobaさん@しゅみのしみゅれーしょんげーむ玄兎さん@ペテン師が憂鬱。けがわさん@play:gameぐちーずさん@THEN WHAT?ヤマザキさん@YBC市川丈夫さん@Sideway-Shufflek-takahashiさんgameapeさん@ウォーゲームだもの木星帰りさん@やりすぎはあなたの健康を損ないますうしはんまぁさんダルニさん@意志蹴り遊びおくでらまさしさん@Fullhouse Pitcherボードゲーム大好きさんoyazee!さん@なぁ ゲームをやろうじゃないかエノさん@The Northern Wolves' Lairjanさん@モ弐号作戦dewclaさん@雑多なことgoldkightさん@理想の名において(1)同(2)同(3)TENさん@さぬきの開拓者たちゆきやんさん@熊本の端でボードゲームおの、(以下mixi)FTさん神尾竜一郎さんはせがわさんぽちょむきんすたーさん(1)同(2)ナッツさん新井さとしさんユリチョフさんsaiぱんさんりんちゅさん(1)同(2)同(3)同(4)同(5)ビッグボスさん水夫の楽園さんはあびいさんA葉某さん(1)同(2)同(3)同(4)りこさんカソペさん(1)同(2)shaさんののたんさんGTO246さんcarrolさん月斎さん@高円寺盤遊会たろうさん同(2)木皿儀隼一さんかわうそさんモロヘイヤさん(1)同(2)グルさん(1)ken-1さんじろうさんskmintさんR_Oさんこいちさんtyy.さんYamamayaさん誠さんけーえすさんたけるべさんのぶのすけさん鴉さんnagaさん(111名)

Q1:ボードゲームにハマった(ボードゲーマーになった)のはいつごろですか?
 1996年頃。大学院に入った年で時間にも仲間にも恵まれていました。
Q2:ハマるきっかけになったゲームは何ですか?
 カタンの開拓者。2〜3年はこればかり遊んでいました。
Q3:どのようなタイプのゲームが好きですか?
 テーマとシステムがマッチしているゲーム。
Q4:よくゲームをする場所はどこですか?
 ずっと自宅です。あとは秋葉原のイエサブかR&Rステーション。
Q5:どれくらいの頻度でゲームをしていますか?
 月1〜2回。水曜日の会に出ていた頃は毎週でしたが。
Q6:現在よく遊んでいるゲーム仲間は何人くらいいますか?
 10人前後。100km以上離れた遠方の方が多いです。
Q7:ゲームはいくつくらい持ってますか?
 600個。減らすよう努力していますが年々微増しています。
Q8:どれくらいのプレイ時間のゲームを好みますか?
 60〜90分くらいがちょうどよいです。
Q9:オールタイム・マイベストゲームは何ですか?
 『ボーナンザ』テーマ的にもシステム的にも魅了してやみません。
Q10:これまで回数を一番多くプレイしたゲームは何ですか?
 『ダイナマイト』『グラス』などのカードゲームです。
Q11:好きなゲームデザイナーは誰ですか?
 シュテファン・ドラ。シンプルなルールが覚えやすく、それでいていつも斬新です。
Q12:嫌いな(自分に合わないと思う)ゲームデザイナーはいますか?
 シュテファン・ドラ。ゲームとしては微妙で、それゆえ何か奥深さを感じてしまいます。
Q13:好きなゲームメーカー・ブランドはありますか?
 ハンス・イム・グリュック社は、大衆に媚びない哲学を感じさせます。
Q14:異性とボードゲームをすることはありますか?
 ふうかさん、あと妻とたまに。
Q15:子供とボードゲームをすることはありますか?
 長女・長男とたまに。あと年に1度くらい地元の子どもを集めて遊びます。
Q16:お年寄りとボードゲームをすることはありますか?
 愛好者の中にもちらほらとお年寄りの方が出てきましたので、そんな方と。
Q17:子供の頃、どんなゲームを遊んでいましたか?
 パーティージョイは次々と買って遊んでいました。あの頃からノンリプレイ派だったのかも。小学校の将棋クラブに入っていましたが激弱。
Q18:麻雀は遊びますか?
 中学卒業から5年くらいやっていましたが、喫煙者が多くてやめました。
Q19:『モノポリー』は好きですか?
 誰かが脱落したら終わりというルールなら何とか。
Q20:『カタンの開拓者』は好きですか?
 好きですが、基本セットより拡張を次々と投入して遊んでいます。
Q21:『カルカソンヌ』は好きですか?
 初めての人がいたら出すぐらいです。
Q22:『ドミニオン』は好きですか?
 拡張も含めて普通に好きですが、これだけやり込むというほどではありません。
Q23:拡張セットを加えて遊ぶのは好きですか?
 拡張を入れるのはカタンくらいで、拡張を加える前に別のゲームを遊ぶことが多いです。
Q24:伝統ゲームやアブストラクトゲームは好きですか?
 ガチンコの2人専用ゲームは楽しいというより疲れるのであまり好みません。
Q25:BSWやiPhone/iPadアプリでボードゲームを遊びますか?
 全く遊びません。人と直に遊ぶからこそ楽しいものだと思いますので。
Q26:テレビゲーム機や携帯ゲーム機でボードゲーム以外のゲームを遊びますか?
 20歳くらいで卒業しました。時間がないため。
Q27:ウォーゲームは遊びますか?
 1度だけ遊びましたが、戦闘をダイスで解決するというのがイマイチでそれっきりです。
Q28:TRPGは遊びますか?
 なりきるのが恥ずかしくて遊びたいと思いません。
Q29:トレーディングカードゲームは遊びますか?
 『レンスト』を買ってカードを眺めて終わりました。
Q30:デッキ構築ゲーム(ドミニオンクローン)は遊びますか?
 『たんとくおーれ』と『サンダーストーン』までは遊びましたが、追いきれません。
Q31:得意なゲームはありますか?
 この頃は繰り返し遊ぶゲームが減ってしまって、勝率が高いなどは分からなくなりました。
Q32:「このゲームは合わない」と思ったゲームはありましたか?
 自分でネタを作らなければいけない大喜利系のゲームは難しいと思いました。
Q33:食わず嫌いだったけど、遊んでみたら意外とイケたというゲームはありますか?
 『電力会社』と『18XXシリーズ』と『蒸気の時代』は、気になっていますが食わず嫌い中です。
Q34:忘れられないコンポーネントのゲームはありますか?
 ほとんどジオラマの『3Dカタン』か、引き出しが回転する『盗賊の親方』です。
Q35:今入手しづらいゲームで欲しいものはありますか?
 タイトルを知っているゲームに欲しいものはありませんが、タイトルすら知らないゲームの中に、面白いゲームはまだまだあると思います。
Q36:所有ゲームの中でもっとも笑いの取れる一品は何ですか?
 ミスマッチな組み合わせが楽しい『私の世界の見方』、想像を絶するお題が出る『バルバロッサ』
Q37:自分が死んだとき、お棺に入れてほしいゲームは何ですか?
 『禅道』で仏性の有無を極めたいです。
Q38:国産でオススメのゲームは何ですか?
 軽くて中毒性のある『レインボー』、本格派なら『マインアウト』
Q39:「これこそ日本語版を出してほしい!」というゲームはありますか?
 『ファウナ』の動物名、『アイデンティク』のお題
Q40:「これこそ再版してほしい!」という同人ゲームはありますか?
 『モレール』と『クイズいいセン行きまSHOW!』は一般発売も熱望されます。
Q41:よく見ているボードゲーム関連サイトはどこですか?(いくつでも)
 網羅的情報の「nemmy stacks」、論考が深い「遊星からのフリーキック」、楽しいトークの「ボードゲームおっぱい」
Q42:購入の参考にしているゲーム紹介サイトはどこですか?(いくつでも)
 解説入り写真の「高円寺0分」、生の声が聞ける「ふうかのボードゲーム日記」
Q43:書籍・雑誌で「これは役に立った」というものはありますか?
 情報の少ない時代に道しるべとなった『ノイエ』、海外情報が読める『ゲームリンク』
Q44:月平均するといくらくらいゲームを買っていますか?
 2010年は1万円くらいでした。
Q45:主にどこでゲームを買っていますか?
 値段と手軽さにつられて、アマゾンとといず広場が多いです。
Q46:ゲームを買うときに決め手となるものは何ですか?
 テーマが自分の好みかどうか。そこが長く所有できるかの境目だと思うので。
Q47:新作と聞くと思わず手が出そうになるほうですか?
 出ます出ます。買ったところで本当に遊ぶのかと思ってもついつい。
Q48:購入の時、ゲーム賞の受賞歴を重視しますか?
 ドイツゲーム賞、カードゲーム賞の下位で日本に入っていないあたりを狙います。
Q49:国内で好きなボードゲームショップはどこですか?
 パーティーゲームとトリックテイキングに力を入れているテンデイズゲームズです。
Q50:ショップを選ぶときに決め手となるものは何ですか?
 品揃えと、未知のゲームの紹介文。
Q51:メビウス頒布会に入っていますか?
 保管場所とお金の関係で両方入っていません。
Q52:海外から個人輸入したことがありますか?
 年に1度くらいはドーンとやっていましたが、この頃はたいてい国内販売されるのであまりやらなくなりそうです。
Q53:「これがゲームになったら絶対買うのに」というものはありますか?(実際のできごと、小説、漫画、アニメなど)
 日本社会をテーマにしたものがほしいと思います。
Q54:買ったけど未プレイのゲームはどれくらいありますか?
 1割くらい。よそで遊んでしまった、とりあえず押さえておいた、翻訳してないなどの理由で。
Q55:ネットオークションの取引で困ったことはありますか?
 連絡や返事が遅いとなんか落ち着きません。
Q56:プレイしたゲームの記録はどうしていますか?
 play:gameとブログ。所要時間と成績は記憶に任せていますが、書き留めておいたほうがいいかなと思っています。
Q57:否定的な感想を言ったり書いたりするほうですか?
 その場ではけっこう毒舌。ブログでは言葉を工夫してさりげなく書いています。
Q58:ゲーム中によく心がけていることや信条はありますか?
 ミスを恐れず早打ち(考えないということではありません)。
Q59:ボードゲームにおけるジンクスはありますか?
 未婚率が高いとか。
Q60:あなたは勝敗にどれくらいこだわりますか?
 ゲーム中は真剣ですが、終わってから喜んだり悔しがったりすることは稀です。
Q61:ゲーム中にはどんな会話をしますか?
 ゲーム中の登場人物になりきったような会話。クサくなく。
Q62:ゲーム中につい言ってしまう口ぐせはありますか?
 「やりますね…」
Q63:同じゲームを繰り返しプレイするほうですか?
 短時間ゲームを除き、今ではほとんど繰り返さなくなりました。繰り返し遊びたいと思っても、未プレイが山のように控えている現状では……。
Q64:ほかのプレイヤーに「これはやめてほしい」と思うことはありますか?
 インスト中の口出し、参加者が共有できない内輪受け、手番外の睡眠。
Q65:長考はどれくらい許されると思いますか?
 卓の平均的な時間を上回るのは、1ゲームに2,3回までにしてほしいです。
Q66:ゲームが終わる前にもうトップを取れないことが確定したらどうしますか?
 ゲームが早く終わるような選択をさりげなく。
Q67:遊ぶゲームはどうやって選んでいますか?
 みんなの希望を聞いて擦り合わせるか、遊びたいゲームを宣言して募るか。
Q68:インストで定石を教えることやゲーム中に助言をすることについてどう思いますか?
 慣れない人ならお試しプレイ的に教えます。慣れている人なら聞かれた場合のみ。
Q69:インストで工夫していることはありますか?
 勝利条件を最初に。例外処理は飛ばして手短に。
Q70:ゲーム中の飲食はどこまでOKだと思いますか?
 ペットボトルの飲料と飴・ガムぐらいまで。
Q71:ゲーム終了後の感想戦をどれくらいしますか?
 勝った理由や分け目となった場面を軽く。
Q72:既存のゲームのルールを改良してみようと思うことがありますか?
 素人がぱっと考えるような改良案は、もうとっくに考えられているはずです。
Q73:自分でゲームデザインをしたことはありますか?
 テーマをあれこれ考えたことはありますが、試作品を作ったことすらありません。
Q74:攻略法をいろいろ考えたくなるほうですか?
 コンボを考えるのは楽しいですが、たいていは相手次第なので遊び程度に。
Q75:ゲーム会終了後にはどんな話をしますか?
 注目している新作、ネット界隈のあれこれ。
Q76:長時間ゲームといえば何時間以上だと思いますか?
 実プレイ時間で2時間くらい。長くてもダレなければいいです。
Q77:便利だと思う小道具はありますか?
 テーブルから落ちたりボードを荒らしたりしないようにダイスを振る小鉢。
Q78:ゲームの収納に困ったとき、何か対策をしていますか?
 できるだけ買わないこと。放出候補コーナーを設けて、しばらくしたら手放すこと。
Q79:オープンのゲームサークルには参加しますか?
 秋葉原水曜日の会にはよく通っていました。
Q80:ゲームサークルのメリットは何だと思いますか?
 自分で声がけをして人を集めなくてもよいこと。
Q81:ゲームサークルの問題点は何だと思いますか?
 嗜好・経験・プレイスタイルの違いが大きすぎると厳しくなりがちです。
Q82:ゲームサークルで気を付けていることはありますか?
 ゲームのチョイスは、自分本位にならないように。
Q83:ゲームサークルで嫌な思いをしたことはありますか?
 未プレイのガチゲーに投げ込まれて、全員経験者だったこととか。
Q84:自らゲームサークルを立てようと思ったことはありますか?
 ありますが、田舎ではコアメンバーの確保がままなりません。
Q85:「すごいなあ」「えらいなあ」と思えるプレイヤーや関係者はいますか?
 ルールの正確な理解とゲームの批評力においてかゆかゆさん。ゲーム中の会話力においてくさのまさんやnagaさん。お約束の不運ぶりにおいて笑いの取れる鴉さんと侍さん。
Q86:ボードゲーマーには変な人が多いと思いますか?
 変な人というか、面白い人は多いです。
Q87:エッセン国際ゲーム祭など海外のボードゲームイベントに行きたいと思いますか?
 行けるうちはと思っているうちに、毎年行くようになりました。仕事がらみが多いのが悩み。
Q88:浅草のゲームマーケットに行ったことはありますか?
 5月の最終日曜日だった数年を除いて、毎年行ってます。
Q89:ボードゲームが好きだということを進んで(ふだんゲームをしない)人に言うほうですか?
 趣味を聞かれたら言いますが、聞かれることって滅多にありません。
Q90:あなたの家族は、あなたがボードゲームをすることをどう思われていますか?
 〆切に追われていたりして半分仕事になっている分については、よく思っていないようです。
Q91:ふだんゲームをしない人にゲームを勧めることがありますか?
 ちらっと話をしてみて、興味をもったら勧めますが、いつも持ち歩いているほどではありません。
Q92:ゲームをあまりやってない人に対してどんなゲームを出しますか?
 短時間で終わり、考えどころもあるカードゲーム。アミーゴあたり。
Q93:ボードゲームをプレゼントで贈ったことがありますか。
 『ねことねずみの大レース』を子供がいる友人へのおみやげに。
Q94:ボードゲーム以外の趣味は何ですか?
 ネットでボードゲーム関連サイトを見ること(←人生捧げ過ぎ)。
Q95:ボードゲームという趣味をやってきて嬉しかったことは何ですか?
 知り合いが全国・全世界にできたこと。
Q96:ボードゲームという趣味を続けていく上で苦労する点はありますか?
 田舎では、人を集めることが一番大変です。
Q97:ボードゲームという趣味の欠点は何だと思いますか?
 ルールを覚えて、自分の手番に考えてというと、誰でもできるものではないです。
Q98:日本におけるボードゲームの現状をどう思いますか?
 『ドミニオン』プレイヤーが入って、ブームといえる時期ではないでしょうか。
Q99:もしボードゲームの発展を阻害しているものがあるとすれば、それは何だと思いますか?
 独りで楽しめる娯楽の主流化。友達だけでなく家族ですら、集まることが少なくなっています。
Q100:最後に。あなたにとってボードゲームとは何ですか?
 生きがい。

人生ゲームを初めて遊んだのは小学生のとき、友人宅でだった。見たこともない桁数の紙幣、10まで出せる豪華なルーレット、男女別のコマと車、そのどれもがそれまで遊んでいたすごろくと大きく異なるものだったが、一番興奮したのは、コースに山が浮き出ていて、その山にもマス目があったことだ。少し斜めになっている山のマスに自分のコマが止まると妙に嬉しかった。

振り返ってみると、ゲーム自体よりも、コンポーネントの魅力が人生ゲームにはあったと思う。ゲームの方はというと、小学生にはお金の計算が煩雑で、しかも時間が長いためゴールに着く頃にはみんな飽きてしまっていた。小学生くらいでは、大人が一緒に遊ぶ必要がある。

それから10年ほどして、学生時代だった90年代に人生ゲーム平成版が毎年リリースされた。こちらは対象年齢高めの設定で、ターゲットにばっちり合っていたため、楽しくて毎年買って、サークルの友人と遊んでいた。職業やイベントがここ1年間に流行したものなのと、プルトニウム船の押し付け合いやドラッグの使用など、ブラックなテーマを積極的に使っていたことから会話も弾む。

時間は2〜3時間くらいかかることが多かったが、一向に気にならなかった。ただ、先生の自宅で行われたクリスマスパーティで、世紀末をテーマにした1999年版を遊んだときは、あまりに終わらなくて「早く世界が滅びろ!」なんて思った。

サークルの出来事を題材にしてオリジナルの人生ゲームを創作したこともある。イベントカードを加えたり、パラメーターをいくつか作ったりして工夫した。出来上がる頃にはすっかり満足してしまって、実際には2〜3回遊んで終わったような気がする。

毎年のように買っていた平成版は、箱の大きさに困ってゲームマーケットで放出してしまったが、初代復刻版だけ自宅に残っていて、久しぶりに家族一緒に遊んだ。時間は思ったほどかからず、終盤のインフレもなかった(浮き沈みは激しかったが)ために、貧乏農場の賭けも生きて楽しめた。

現代における双六として、確固たる地位を築いているのは、ルールを読まなくても遊べるという手軽さのほかに、親の世代から遊ばれ続けているという歴史もあるだろう。人生ゲームは侮りがたい。

小学生の頃、子供会で夏休みに公民館に一泊するという行事があった。バーベキューや花火をしたらあとは自由時間。大人は家に帰るので、いつまで起きていても怒られない。それだけでもう嬉しかった。

そこで夜遅くまで遊んだのが『ウノ』である。前の人が出したカードと、同じ数字か色があれば出し、出せなければ山札から引く。引いたカードが出せればすぐ出せるので、「来い!」などと気合を入れて引く。

盛り上がるのが特殊カード。ドロー2とドロー4で、次の人が「くそう」とか言いながらカードを引くのを見て喜ぶ。黒いワイルドカードが手札にたくさんくると嬉しいが、自分の番をやり過ごせるだけのワイルドと、次の人に4枚引かせるワイルドドロー4とでは嬉しさが雲泥の差である。

ドロー4に対してドロー4を出せると、次の人に累積していくのがまたスリルがあってよかった。「頼む、俺の番まで回ってこないで」と心の中で祈るも空しく、大量のカードを引くことになったときの悔しさったら!

「ドローツー!」「ドローフォー!」今はすっかりいい大人になった友人が、嬉々として叫んでいた声を、今でも鮮明に思い出す。

本当は知らないUNOのルールによれば、ワイルド・ドロー4を出したときに、本当に手札に同色のカードがないかチャレンジでき、あればドロー4を返せるという「チャレンジ・ドロー4」や、3回まで裏にしてカードを出せる「チャレンジ・ダウト」というルールが競技ルールとなっている。『ウノ』というと運だけのゲームとしてバカにしてかかるゲーマーもいるが、結構よくできているのではないかと思う。さすが世界80ヶ国で1億5000万個売れていて、コンビニでも売っているカードゲームだけのことはある。

ドイツ年間ゲーム大賞審査員のU.バルチ氏のブログRezension für Millionenで行われている"Als ich noch kein Spieler war"に倣って、思い出のゲームを取り上げていきます。

温泉ゲーム合宿で、ボードゲーム交換会を始めて3回になる。参加者が遊ばなくなったゲームを持ち寄り交換するもので、食事の後のイベントとして定着しつつある。やり方を参加者と相談してブラッシュアップしてきたが、次のような2つのレギュレーションが今のところよさそうだ。

1.評価ポイント順
・持ってきたゲームをテーブルに並べ、それぞれ持ち主が簡単に説明する。
・トランプを複数用意する。各自トランプの1スート13枚を持ち、面白そうだと思う順(13〜1ポイント)に箱の上にカードを裏向きに置いて投票する。1ゲームにつき1枚までで、自分が持ってきたゲームには投票できない。ゲームを持ってこなかった人も投票する。
・1ゲームずつ開票し、合計ポイントをメモする。
・合計ポイントの多い順に、そのゲームの持ち主が好きなゲームを選んで取ることができる。同点の場合は、より高いカードが置かれていたほうが先に選ぶ。ほしいゲームがない場合はパスできる。
・パスのためにゲームが残った場合は、ゲームを持ってこなかった人の中から引き取り手を募る。それでも残った場合は、持ち主が引き取らなければならない。

時間がかかるという欠点はあるが、どういうゲームの評価が高いかを知るのは面白い。

2.箱の大きさで入札
・持ってきたゲームをテーブルに並べ、それぞれ持ち主が簡単に説明する。
・トランプを複数用意する。小箱なら4〜6、中箱なら7〜9、大箱なら10〜12のトランプカードから1枚を引く。1人につき1スート。ゲームを持ってこなかった人は、1〜3から1枚引く。
・全員が引いたら、ほしいと思うゲームに自分のカードを裏向きに置いて入札する。
・全員ビッドしたらゲームごとに表にして、それぞれ一番大きい数字を出した人が落札できる。数字が同じの場合はじゃんけん。
・落札しても、ほしくない場合はパスできる。その場合、次点に入札した人に権利が移る。ただし、全員パスした場合、最小ビッドをした人が引き取らなければならない。
・落札したカードは捨て札になり、落札できなかった(パスした場合を除く)カードは手札に戻る。
・手札がまだある人は、残っているゲームに入札する。

箱の大きさと価値は必ずしも比例せず、選択肢が限られてしまうが、短時間で終わるのと、ちょっとした駆け引きがあるのが楽しい。

1と2を組み合わせて、評価ポイントを割り振って入札するという方式も考えられる。ほかにもこういう方式でやっている、あるいはアイデアを考えてみたなどという方はコメントでどうぞ。

不要なゲームを手軽に放出でき、しかも知り合いが持っていることで遊ぶチャンスもゼロにならない。それに意外なゲームが無料で手に入って嬉しい。ボードゲーム交換会、サークルのイベントなどで試してみてはいかが。

ファンタジスタ

| コメント(0) はてなブックマーク - ファンタジスタ

ボードゲームには、デザイナーやメーカーが意図したターゲット(子供・ファミリー・フリーク)があり、それに合わせてシステムやイラストがデザインされている。

システムについていえば、子供向けは運を楽しむもの・記憶もの・ギミックものが代表的で時間は10〜15分くらい。フリーク向けは長期的戦略(ストラテジー)を楽しむもの・カードの種類が豊富なものなどで時間は2時間を超えるものも少なくない。ファミリー向けはこの中間で、短期的戦略(タクティック)を楽しむものが多く、時間は45〜60分くらい。端的には対象年齢の項目にこの違いが現れる。

このようなターゲットを逸脱して遊ぶのはまったくの自由だし、実際楽しいこともよくある。ハバのゲームは子供向けだが、『かくれんぼオバケ』のように大人が真剣に遊ぶとまるで別ゲームに変貌するものも少なくない。ただし、その結果つまらなかったとしても、自分をターゲットとしていないゲームを選んだ人間の問題であり、ゲーム自体に矛先を向けてはならない。ターゲットを逸脱して遊ぶということには、そのようなリスクがあるということは認識しておかねばならない。

さてその上で、ターゲットのマッチングをどこまで逸脱しても楽しめるかが、ボードゲーム愛好者のチャレンジであり、楽しみである。井上ひさし氏の言葉をもじると、

 むずかしいゲームをやさしく、
 やさしいゲームををふかく、
 ふかいゲームをおもしろく、
 おもしろいゲームをまじめに、
 まじめなゲームをゆかいに、
 ゆかいなゲームはあくまでもゆかいに

こんな風に遊べたら楽しい。メーカーやデザイナーが意図した遊び方をするだけでなく、その上に新しく創造的な楽しみ方を見つけられる人が勝者なのではないだろうか。

実際、ルールを一読しただけは想像もつかない妙手を見つけたり、誰もが予想できず、「ファンタジスタ」と呼びたい一手に魅了されることがある。単にひねくれただけ、奇を衒っただけの手になってしまうこともあるが。

難解なゲームの終盤、勝利への道筋があっさり浮かんできたときの興奮、運ゲームだと思っていたものに考えどころがあると気づいたときの唸り、完全情報公開ゲームで遊びの一手が後々効いてくる不思議、コミュニケーションゲームを真顔で遊ぶ中からこみあげてくるおかしさ、歴史をテーマにしたゲームで発見される登場人物の気持ち……そのような意外がまた、ボードゲームの醍醐味である。

このような遊び方は、経験者となった今のほうが得意かといえばそうでもなく、むしろ始めたばかりの頃に多く感じていた気がする。そんな感性を時折確認して、大事にしていきたい。

失敗する権利

| コメント(0) はてなブックマーク - 失敗する権利

確か益田ラヂヲさんだったと思うが、10年近く前に「失敗する権利」というのが論じられたことがある。ちょうど畑村洋太郎氏が『失敗学のすすめ』を著し、失敗を必然的なものとして受け止め、その原因や背景を分析する必要性が叫ばれた頃だった。

ボードゲーム界隈でなぜこのような話になったかというと、ゲームのチョイスで経験者が初心者に「それは面白くないから止めておいたほうがいいよ」というようなネガティブなアドバイスをしたり、ゲーム中に「その手は悪手だから変えたほうがいいよ」というようなおせっかいな助言をしたりすることが目に余ったからのようである。

ゲームのチョイスについて言えば、出版社や輸入代理店など、多くの人の厳しい目で選ばれ、手元に届けられた作品は、人やTPOによって合う合わないはあっても、全ての人がいつでもどこでも楽しめないということはありえない。それなのに、個人的な感想だけで他人が楽しむ可能性を奪うのはよくない。

確かに、ほかの作品と比べて楽しめない可能性は高いかもしれない。また、相手のことを知っていればいるほど「これは君に合わない」という想像もしやすい。しかし、相手も一個人として選ぶ自由をもち、選んだ結果の責任を負う。つまらない作品だったとしても、その経験は次に活かすことができる。だから経験者は、初心者が失敗しないよう躍起になることはない。口出ししたくなる気持ちを抑えて、温かく見守るべきだ。これが「失敗する権利」の尊重である。

同様に、ゲーム中の一手についても、相手の意志をできるだけ尊重し、失敗したらゲームをやり直すなどのフォローをすることで、その人が考えたり楽しんだりできる余裕を作ることが「失敗する権利」の尊重である。

先日、久しぶりに行ったオープンなゲームサークルで、1ラウンド目から相手に喧嘩を売った結果、返り討ちにあって立ち直れないくらいのダメージを受けた人がいた。喧嘩を売ったときから結果が見えていたが、「それは……」くらいで濁しておいた。でもこのまま続ければ最下位は確実そうである。そこで、インスト者として、その人に「最初からやり直しますか?」と提案。結局、その人は続行を希望し最下位だったが、あの時点で聞いておかなければ、つまらないセッションになってしまったと思う。

他人を傷つけたり、命に関わることだったりするならば、失敗するのを分かっていて見守るなんてことはできない。また、誰だって失敗したくてするわけではなく、できれば失敗しないほうがいいに決まっている。だがボードゲームは趣味である。楽しみ方の幅を広げたり、自分にぴったりの楽しみ方を見つけていくには、失敗を重ねて、いろんな寄り道をしていくのも悪くないだろう。言葉は堅苦しいが「失敗する権利」にはそんな余裕が含まれている。ひとつのやり方を強制するパターナリズムと、一切を自己責任に帰す個人主義の両極端を離れた、誠に穏健な考え方だと思う。

ゲームのチョイスにせよ、ゲーム中の一手にせよ、ボードゲーム自体の楽しみ方にせよ、たとえ親切心からであっても、他人のやり方にすぐけちをつけないで、結果うまくいかなかったときにフォローするのが、相手の人格を尊重するだけでなく、相手に学ぶ機会を与えることになる。余裕のある経験者はそんなことを念頭において、初心者に「失敗する権利」を認めよう。まあ、別にメシウマだっていいのだが(笑)。

翻訳者の記名について(Board Game Case Studies)

ボードゲーム愛好者は、「しなければならない」のか「してもしなくてもよい」のか、どのカードでもいいのか特定のカードなのか、1つだけか複数でもよいのかなど、細部を非常に気にする。それが翻訳で明らかでないと原文にあたり、違っていると悪い翻訳ということになる。

問題の多くは、翻訳者以外の人が一度読むだけでほとんど解決する。訳文が曖昧だったり、まったく別の意味で取られることを、翻訳者はしばしば気づかないものだ。したがって、発売前に第三者によるチェックを徹底してほしいという結論になるわけだが、翻訳だけに帰せられない問題もある。それは原文のクオリティだ。

一般にドイツのメジャーメーカーは、論理性を重んじるお国柄なのか、長年のノウハウの蓄積があるのか、ルールの構成がしっかりしており、細部にわたって曖昧な箇所がない。これがオランダ、イタリア、アメリカにいくと怪しくなる。『ダコタ』はルールとサマリーシートで食い違う箇所があったし、ファランクスのゲームはゲームの勝利条件が最初にしか書いていない。

また、ドイツゲームの英語版では、英訳にするときの誤訳もある。誤訳とまでいかなくとも、ドイツ語から直接日本語に訳すのと、英語を経由するのとでは、ニュアンスがだいぶ変わってしまう。ドイツ語と英語のルールが両方あるとき、私がドイツ語から訳すのはそのためである。

これは私の印象だが、ドイツ語より英語、英語より日本語のほうが曖昧な表現を許すような気がする(論理学者によれば、日本語は論理的な言語ではないというのは間違っているそうだが)。日本語で厳密に書こうとすればするほど、法律の文章のように分かりにくくなっていく。読みやすさと正確さの両立は難しい。

それからドイツでもマイナーメーカーはいい加減なものがある。ましてやドイツ以外のマイナーメーカーのルールには、注釈なしではゲームにならないものもある。普通に翻訳しても読めるドイツのメジャーメーカーと、FAQなどを徹底的に織り込んでリライトしなければならない非ドイツ・マイナーメーカーでは、どちらの翻訳者が讃えられるべきだろうか。

最後に、今年は発売前に日本語ルールを公開するボランティアの有志が出ていることは歓迎すべきことである。今は翻訳権がどうのこうのという時代ではない。先に公開された日本語ルールを見て、訳語や表現を検討すればよりよいルールができあがるだろう。今回ホビージャパンの翻訳を請け負ったが、すでに公開されているものがあったので、ドイツ語・英語・日本語を相互参照できたのはとても助かった。販売される翻訳は、公開されているものよりクオリティが高くなくてはと気合を入れている。

買うべきか拡張

| コメント(0) はてなブックマーク - 買うべきか拡張

所有ゲームの拡張が発売されると反射的に買いたくなるものだが、未プレイが多い中、本当に遊ぶか考えると、なかなか手に取れないでいる。

拡張というのは、基本セットを何度も遊びこんで多少飽きが来たころに入れてみるスパイスのようなものだと思う。愛好者の中には基本セットが微妙だから拡張を入れてみるという意欲的な人もいるようだが、そんな微妙なゲームだったら、拡張を入れる前に別のゲームを遊びたくなってしまう。

ハンス社が『カルカソンヌ』の拡張を出し続けているのは、箱に入っているアンケートハガキでリクエストが多いからだと、ブルンホファー社長は言っていた。いわば商業的な理由であって『カルカソンヌ』に新しい次元を開くというつもりはあまりないようだ。

この話を敷衍すると、拡張商法とでもいうべきものもあるのではないかと思えてくる。基本セットが売れたから拡張でフォローするのではなく、拡張を出す(出し続ける)ことで基本セットに注目を集めさせる。結局コケたけれども、ムーンの『ウォリアーズ』と同時発売された拡張『ドラゴンホーズ』(フェイス2フェイスゲームズ)にはそんな狙いがあったかもしれない。

拡張が出るのは必ずしも基本セットがヒットした証拠ではないとすれば、「拡張が出ているからひとまず基本セットを買ってみよう」というのも適切でないかもしれない。大事なのは拡張が出ているかよりも、自分の好みやプレイスタイルに合うかだろう。

過去を振り返ると『カタンの開拓者』は相当遊びこんだし、海シナリオも、騎士も、カタンブックも遊んだ。『カルカソンヌ』は川や大人コマを入れたことがあるくらいで、ほとんど基本セット。『ドミニオン』はこれまで全部買って一応遊んでもいるが、『繁栄』はもうどうしようかなと迷っている段階だ。『レース・フォー・ザ・ギャラクシー』は第1拡張を薦める人が多いが基本セットしか遊んだことがない。

このようにだんだん拡張を遊ばなくなっているのは、新作のリリースが相次ぎ、やりこむゲームが少なくなってノンリプレイ派化している状況もある。それどころか、広く浅く遊ぼうとしても、遊びきれないほどたくさんリリースされている以上、絞りこまざるを得ない状況になっている。そんな中で拡張を買っても、いつまでも未開封新品のままになってしまう。

ただ、基本セットに拡張を加えてどんどんパワーアップさせたくなる気持ちもある。なので、拡張はすっぱりと買わないという決断もできず、躊躇している。一度集めだすとコンプリートしたくなる性格も怖いところだ。

日本語版バブル

| コメント(0) はてなブックマーク - 日本語版バブル

アークライト移籍になって初のGameLinkを読んで驚いたことは、フリーゼ特集の記事の充実ぶり(ストーンRさんが全作品をレビューしたほか、ドイツからの寄稿を翻訳掲載)もそうだが、日本語版と、国産オリジナルで誌面のほとんどが占められていることだ。

アークライトの『サンダーストーン』『究極の人狼』、ホビージャパンの『レース・フォー・ザ・ギャラクシー』『ルアーブル拡張:グランアモー』『ドミニオン:繁栄』のほか、今度のエッセンで発売されるフリーゼの『ファミリア』と『ビール侯爵』、昨年の『ファクトリーマネージャー』が全て日本語版に。さらに『ギフトトラップ』の日本版まで予定されているではないか。これにデッキ構築カードゲームを加えると、本当に話題に事欠かない。メビウスとバネストの輸入ゲームを紹介する余裕がないほどだ。

日本語版はプレイアビリティを確実に高める。初めて遊ぶときに楽なだけでなく、2回目以降も気軽に取り出せるようになる。対照表とにらめっこして遊ぶのではこうはいかない。また、プレイアビリティが高ければ、繰り返し遊びたくなり、いろんなゲームを渉猟するよりも、同じゲームを何度も遊ぶというスタイルがもっと広まるかもしれない。

『アグリコラ』を定期的に遊んでいる話をよく聞くが、『アグリコラ』自体の魅力に加えて、日本語版の存在によるところが大きいだろう。あれがシールだったら、ここまでプレイ人口は広がらない。

また、日本語版は規定数のロット生産を前提としているため、安定供給が可能になる。輸入ゲームはどうしても、1回目の便が売り切れてから次が入るまでにタイムラグがあり、人気ゲームではほしいときに買えないことが多い。これに対して日本語版はアマゾンでもゲームショップでも、いつでも買えるようになっているのは非常に大きい(その分、価格競争が起こって安く買えるというのも、消費者にはメリットである)。コンポーネントを日本語化する必要がないゲームでも日本語版で発売されるのは、この点が大きい。

愛好者としては大いに歓迎するところだが、これだけ目白押しだと、韓国のコーリアボードゲームズ社のようになることも心配になってくる。『キューバ』や『プエルトリコ』などのフリークタイトルに次々と韓国語化し、トイザらスなどで展開したものの、ボードゲームカフェブームが終わったこともあって息切れしてしまったのである。

現在ホビージャパンとアークライトが競うように日本語版を発売しているが、中にはどれくらい売れるか心配になるタイトルもなくはない。あまり売れないタイトルが出てくると、数年で日本語版化事業自体が撤退してしまうかもしれない。そうすると、その後に日本語版が待望される傑作が発売されたときに、どのメーカーも手出してできない恐れがある。

新作はこの頃、オリジナルと同時発売になりつつあるが、製品化前にルールや概要だけで検討しなければならないため、リスクが高い。半年か1年ぐらい遅く発売するのは最悪で、大方オリジナル版が出回ってしまって買う人がいない。メーカーやデザイナーの信頼度を加味しつつ、複数の目利きで判断するのが望ましい。

それよりも、高評価を得ながらも、言語依存度の高さや絶版で今ひとつ広がっていない過去の名作に力を入れてはどうか。『カタンの開拓者』『あやつり人形』『電力会社』『砂漠を越えて』『コロッサルアリーナ』『インジーニアス』『サムライ』などのように、過去の傑作が安定して手に入る状況を作ることが裾野を広げる。

また、アイテムを絞ったら広報にもっと力を入れることもできるかもしれない。といず広場やあみあみの先行予約でやっと発売が明らかになるようでは、うっかりオリジナル版を買ってしまう人も出かねない。

というわけで日本語版は手当たり次第ではなく、厳選して持続可能にというのが、私の意見である。その「厳選」が実際難しいのは承知のうえで。

8月28日にサイコロランド、9月6日に猫のしっぽというボードゲームのネット通販ショップが相次いでオープンし、競争の激化が話題となった。現在ボードゲームのネット販売を行っているショップは全国に30店以上あり、そのうち店舗を持たない通販専門が10店ほどある。

これだけたくさんショップがある中でどのショップから買うか? まず第1に挙げられるのは品揃えの豊富さだろう。ほしいゲームが3タイトルあったとして、それが全部揃っているお店があればそこから買う。3つ揃っているお店がなければ1つは諦めて、2つはあるお店を探す。そのため、取り扱いタイトルが多ければ多いほど選ばれやすい。この点では、すごろくやプレイスペース広島が突出している。

ショップ独自のタイトルがあるのも大きなメリットだ。マイナーなメーカー・ジャンルの作品や、ショップのオリジナル製品など、他所では買えないというものがあれば選ばれやすい。未知のゲームを常に探し続け、輸入ルートを模索し、そして和訳の手配までしなければならない上に、マイナーゆえにヒットしないリスクも抱え込むことになる。しかし未知のゲームを遊びたいという愛好者は少なくない。この点ではゲームストアバネストテンデイズゲームズが強い。

そして注目タイトルの入荷スピードもものを言う。エッセンやニュルンベルクの新作にせよ、近年増えつつある日本語版にせよ、1日でも早く遊びたいと思っている愛好者は多い。そのため他店より早く販売すればするほど有利なのは間違いない。せっかく日本語版が出ても、すでにみんな外国語版をもっていたのでは、爆発的な売上を期待することはできないのである。

この3つはいずれも品揃えに関する事柄である。第2には価格と送料。同じものなら安く手に入るほどよい。あみあみといず広場アマゾンでは、ホビージャパン系のものが格安で売られていることがある。またジョイゲームズのように、全商品を少しずつ割引販売したり、時期限定の割引セールを行ったりすることでも注目される。ほかのショップでは、送料無料ラインも気になるところだ。支払い方法も多様であることが望ましい(特にクレジットカード決済)。

第3にサイトの構成。豊富な写真や図と、ゲームの面白さが伝わる紹介文は、買うかどうか迷っているときに後押ししてくれる。あと切に要望したいのは在庫ありだけソートする機能。ほしいと思ってクリックしたら在庫切れだったり、在庫切ればかりが並んで探すのに時間がかかったりするのでは購買意欲が減退する。技術的に難しいのだろうか、在庫ありだけを表示できるところはアークライトくらいしかない。

第4に注文後の対応。これが次回も買いたいかどうかにつながる。対応の早さ、発送の連絡、梱包、欠品やエラッタの対応、ポイント制度、おまけなど。

私はそのような優先順位で購入するショップを選んでいるが、読者のみなさんはどんな基準で選んでいるだろうか?

先日、都内でバブル大佐&マダム・ザザ(www.boppai.com)とお会いした。声だけはおなじみの2人と直接会うことになって楽しみにしていたが、期待に違わぬおしゃべりだった(いつも飲みながらトークしている2人につられて、久しぶりにビールを飲んだ)。

そのとき、テレビゲームでは、実はファミリー向けのほうがフリーク向けよりハイリスクだという話をバブル大佐から伺った。フリーク向けは、たくさんではないがコンスタントに売れるのに対し、ファミリー向けは、売れる売れないの差が激しいという。ファミリー向けこそコンスタントに売れるものだと思っていただけに意外である。

しかし考えてみると、ゼロ年代のボードゲームも全く同じである。ゼロ年代は、『カルカソンヌ』のダブルクラウンから始まり、これに倣ってファミリー向けのシンプルなゲームがたくさん発売されたが、そのほとんどはたいして売れずに終わった。ボードゲームの寿命が短くなったというのは、ネット評価の普及もあるが、数多のファミリーゲームが出ては消えしていたことと無縁ではない。

フリーク向けに傾きすぎた90年代後半の反省から、ドイツゲーム業界はファミリー向けに一気に舵を取った。普段ボードゲームを遊ばない層に訴えかけられれば爆発的に売れる―しかしそんな楽観がうまくいくほど、世の中はボードゲームを求めてはいなかった。カルカソンヌ以降、世界的に成功したといえるファミリーゲームは『ブロックス』と『チケットトゥライド』くらいではないだろうか。

一方、フリーク向けはワレスやローゼンベルクなどの力もあって、確かに安定している。しかし愛好者の期待に応えようと、どんどん要素を増やした結果、重厚長大になりすぎて、付いていけない愛好者を生んでいるのも、テレビゲームと同じ状況である。

下手な鉄砲数撃っても当たらないのファミリーゲームと、タコツボ化しつつあるフリークゲーム、これが二極化の実態なのだ。かくしてドイツのメーカーは活気を失い、アイデアも販路も外国に求めつつあるように見える。

来月のエッセン国際ゲーム祭では、どちらにも与しない中庸なゲームに注目している。ファミリー向けを買っても家族で遊ぶわけではないし、フリーク向けの重量級ゲームは出す機会が限られる。その中間を行くのは、45〜60分のゲーム、デッキ構築系のカードゲーム、テーブルの上で遊ばない新次元のゲーム。このあたりが、2010年代のトレンドを作るかもしれない。

エデンの園ゲーム

| コメント(0) はてなブックマーク - エデンの園ゲーム

『週刊ヤングジャンプ』で連載されたマンガ「ライアーゲーム」が、テレビドラマ化を経て、今年3月に映画化された。主演・戸田恵梨香、松田翔太。

多額の賞金をかけた壮絶なブラフゲームが見ものの同作品だが、映画では「エデンの園ゲーム」というルールで賞金を奪い合う。

11人のプレイヤーは、1人ずつ投票室に入り、ゴールド、シルバー、真実の赤リンゴのいずれかに自分の焼印をつけて投票する。投票室に入る順番は自由で、投票室に入っても投票せず、制限時間内に後から再び投票室に入って投票することもできる。誰が何に投票したかは公表されない。

全員が真実の赤リンゴを投票すれば全員プラス1億円。でも誰か1人でもゴールドかシルバーに投票すれば、その人は1億円、真実の赤リンゴを入れた人はマイナス1億円。また、真実の赤リンゴを投票した人が1人だけだったら、その人はマイナス10億円で名前を晒されてしまう。真実の赤リンゴがいなかったら、ゴールドとシルバーで多数派だったほうにプラス1億円、少数派はマイナス1億円。ただし全員が同じゴールドかシルバーだったら全員マイナス1億円となってしまう。

これを13回繰り返し、賞金がもっとも多いプレイヤーには賞金50億円が与えられる。途中で5億円以上のマイナスになると脱落するが、誰かが負債を肩代わりしてくれれば復帰できる。

基本は、ゲーム理論でよく例になる囚人のジレンマのバリアントである。互いに信じ合って真実の赤リンゴを投票すればみんなが大金を手に入れることができるわけだが……協力と裏切り、トリックと推理、どんでん返し。密室の中で繰り広げられるドラマに手に汗握る。私は面白くて3回見た。2回目は嘘やトリックを検証するため、3回目はプレイヤーの表情を見るため。

ブラフゲームの中では交渉と裏切りのゲーム『イントリーゲ』が近いかもしれない。このルールでゲームが製品化されても面白いのではないかと思う(第3者なしに、投票をチェックできるアナログなシステムがあれば……)。DVDがまもなく発売なのでゲーム愛好者でまだ見ていない方はどうぞ。

テーブルゲーム・コレクター道 シリーズ第1弾。
 「アドルング・シュピーレ」


◎Adlung Spiele
http://www.adlung-spiele.de/

 この趣味を続けてきて、いつの間にか特定のメーカーのゲームを贔屓にして集めていることに気づく。

 アドルング・シュピーレは、小箱のカードゲームを数多く出版しているドイツのバーデンヴュルテンベルク州レムセクにある家族経営の小さなメーカーだ。
 子供用の簡単なものから、大人向けでボードゲーム並みの戦略ゲームまで、またアクションゲームやパーティゲーム、トリックテイキングと実にさまざまなタイプのゲームを出版している。
 全部購入したってボードゲームのようにかさばることもない。コレクターにも優しいメーカーなのだ。
 社名はゲームデザイナー兼社長のカルシュテン・アドルング氏のファミリーネームから付けられ、1990年7月1日に創立された。
 この社長は元公務員で、2002年4月に日本にも来たことがあるらしい。


◎社長のカルシュテン・アドルング氏

◎アドルングゲームリスト(for play:game)
http://www.gamers-jp.com/playgame/db_maker.php?maker_id=27
◎アドルングゲームリスト(for BoardGameGeek)
http://www.boardgamegeek.com/boardgamepublisher/46/adlung-spiele

テンデイズラジオのフォロー5回目。2001年は、ドイツ年間ゲーム大賞が前年の『トーレス』のようなフリークゲームから方針転換して、『カルカソンヌ』に大賞を与え、ファミリーをターゲットにしたライトゲーム路線が始まった年である。その『カルカソンヌ』は2000年秋の発売であるが、ドイツゲーム年度(前年の夏から当年の春まで)では2001年度分なので、ここでも2001年度として考える。

ノミネートは『カルカソンヌ』『メディナ』『クロンダイク』。

『カルカソンヌ(Carcassonne)』はフランスの城塞都市をタイルを並べて作り、コマを置いて陣取りするゲーム。大きい都市を取り合うもよし、農夫を置いて周囲に都市をじっくり増やすもよし。欲張るとあと1枚で完成というところでゲームが終わって悔しい。2人でも楽しさが損なわれないのがいいところだ。→TGW
K.-J.ヴレーデ/ハンス・イム・グリュック(2000年)
2〜5人用/8歳以上/30〜45分

『メディナ(Medina)』は木製のパーツを重ねて砂漠の都市を建設するゲーム。高ければ高いほどよいが屋根をおいた時点で自分のものになるため、どこで手を打つかが悩ましい。小さい建物でも、道路や小屋を作って建物の価値を上げることができる。ゲーム終了時の街の美しさは思わず見とれる。→TGW
S.ドラ/ハンス・イム・グリュック(2001年)
3〜4人用/10歳以上/60分

『クロンダイク(Klondike)』は、お皿の上にボールを乗せて、砂金(黄色のボール)だけを残すアクションゲーム。ほかの人はいくつ残せるか予想をしていて、それを見てから始めるのがプレッシャーになる大人のゲーム。わざと全部落として得意げな顔をしたりなんてこともある。→TGW
C.ヴォルフ、S.ローナー/ハバ・ハバーマス社(2000年)
2〜4人用/6歳以上/20分

ほかに2人ゲームでノミネートした『バベル』や、所有していないゲームでは、『サンマルコ』『ドラゴンデルタ』が今思い出してもいいゲームである。フリークゲームとライトゲームが混在してよい年だったのではないかと思う。

2001年は入籍してつくばに引っ越した年で、インターネット経由でたくさんの仲間に出会った。インドに留学するまで毎月のように自宅ゲーム会を開き、たくさんの方にお越しいただいたのが懐かしい。

マイベストは『カルカソンヌ』。拡張がたくさん発売されているというのもあるけれども、いつ、どんな顔ぶれに出してもいまさら感がなく、新鮮に遊べる。きっと末永く遊び続けることができるだろう。

ホビージャパンの日本語版ラインナップに、言語依存のないゲームが含まれている。アイコンで理解できる『エンデバー』、クニツィアの『サムライカードゲーム』『砂漠を越えて』『インジーニアス』など。来月アークライトが発売する予定の『電力会社』もそうだ。

これまで日本語版といえば、『サンファン』や『アグリコラ』のように言語依存が高いゲームを遊びやすくするという目的があった。そのため、言語依存のないゲームの日本語化に違和感を感じる人もいるようだ。日本語版を作るなら、もっとほかにあるだろうと。

実際、どのゲームの日本語版を作るかは会社のマーケティングや、取引先との関係などによって決まるのであって、言語依存の有無はそれほど大きな要素ではないようだ。なのでお前らの知ったことではないと言われればそれまでだが、愛好者から見ても、言語依存のないゲームでも日本語化することは大事なことであると述べたい。

2005年に大阪で行われたボードゲームシンポジウムの最後に、箱の日本語について意見が交わされた。ドライマギア元社長のリュッティンガー氏は、「韓国人は箱に韓国語が書かれていないと買わないが、日本人は逆に日本語を入れないでと頼んでくる」とよく言っていた。日本語が入ると舶来物の高級感が薄れるからである。そういうこともあって、ハバ社やセレクタ社を手がけるジョルダン社は、今も箱に日本語を入れていない。

そこまで日本語をネガティブに捉えていなくとも、日常的に海外ゲームに触れている愛好者には日本語箱の必要性など感じない人が多いだろう。ルールとコンポーネントが日本語になっていさえすれば遊ぶことができる。言語依存のないゲームの日本語版に意義を感じないのは、主にこの層だと思う。

これに対して、『人生ゲーム』や『ウノ』の次を求めている一般層は、内容云々より前に、箱に外国語が入っていると難しそうだと思って手に取らない。ましてや箱の表を見ても裏を見ても日本語が一切入っていないなどといったら論外である。外国語アレルギーという人も相当いる。

日本語が入るのは陳腐だとか無意味だという人たちと、日本語が入ってないと不安な人たちのどちらが一般的に多いかといえば、圧倒的に後者である。そして言語依存のないゲームの日本語版は、後者の人たちに訴えかける。

トイザらスであれ博品館であれ、店頭では中身を見ることができないし、店員も説明してくれない。前情報をもたない人たちが興味を持って手に取るにはまず、箱表の日本語が不可欠である。その次に箱裏を見て内容を知るにも、日本語ルールが袋入りで貼られているよりも、直に日本語で印刷されているほうが安心する。

このことは専門店でも変わらない。メビウスゲームズの売れ筋である『お邪魔者』『お先に失礼します』『ニムト』『ごきぶりポーカー』『カルカソンヌ』はいずれも言語依存がないが、日本語化されている。このラインナップは初めての人が手に取るもので、いくら評判が確立しているといっても、直に見たときに日本語なのは非常に買いやすい。

ボードゲームを手に取る人が皆、ボードゲームのことをよく知っており、プレイ欲求が強いとは限らない。何かいい暇つぶしを探しているのかもしれないし、たまたま何の気なしに手にとってみただけかもしれない。そんな人に対しても、判断材料があることが望ましい。

このようなことは、長いこと海外ゲームばかり見ている愛好者には気づきにくいことかもしれない。でも一般の人が英語やドイツ語しか書かれていないゲームを手に取るときは、我々がヘブライ語やアラビア語しか書かれていないゲームを手に取るのと同じくらい、抵抗を感じるだろう。

以上のように、外国語の抵抗感を和らげ、気軽に手に取って判断できるようにするため、言語依存のないゲームでも日本語化することは大事なことである。

テンデイズラジオのフォローの4回目。オリジナルは増えすぎたゲームの整理が目的だが、私の場合は、自分が持っているゲームの中から、ジャンル別にベストゲームを選ぶことで、記憶の奥底に埋もれているゲームに光をあてる機会にしている。

第6回の「原作ありゲーム」は『大聖堂』『ボトルインプ』『ジキルとハイド』『パレード』くらいしかもっていないのでパス。遊んだことのあるゲームはもっとあるが、私の経験では、原作を読んでいないと面白くないし、読んでいると物足りないというゲームが多いように思う。

さて第7回はトリックテイキングゲームである。ドイツには『スカート』や『ドッペルコプフ』などの伝統があり、トリックテイキングゲームが異様に発達している。トランプでできるものをわざわざ製品にするのだから、ルールにひねりを加えるだけでなく、テーマやイラストなどに工夫をしなければならない。

私のノミネートは『ニエット』『ポートロイヤル』『ジュピターのもとに』。

『ニエット(Njet!)』はラウンド毎に切り札などのルールを予めみんなで決め、チーム戦で争うゲーム。ルールは消去法で決めるというところが絶妙で、どこを消すかが、副官選びの重要な情報となる。後半にレートが上がってヒートアップするのが面白い。ロシアンテイストもグッド→TGW
S.ドーラ/ゴルトジーバー(1997年) (『4in1(2007年)』に収録)
3〜4人用/10歳以上/20〜30分

『ポートロイヤル(Port Royal)』では、リードプレイヤーがラウンドのルールを全て決めるが、そのリードプレイヤーは得点を減らした競りで決める。取れるカード(宝)は船に積めるだけで、それを超えると船が沈んでしまうから慎重な戦いが要求される。各プレイヤーが持つボードで戦況が分かる。→TGW
W.パニング/クイーンゲームズ(1999年)
3〜4人用/10歳以上/30〜45分

『ジュピターのもとに(Beim Jupiter)』は、獲得トリックを予想して当たれば得点になる。予想に使うカードは手札から出し、それは得点になるから、手札はラウンドごとに減っていく。だんだん予想しやすくなるにつれて、相手の予想を妨害するなどの駆け引きも熱くなっていく。神々の意思はどこまではたらくのか?→TGW
M.フェルトケッター/コスモス(2008年)
3〜5人用/10歳以上/45〜60分

テンデイズラジオで取り上げられた中でも『シュティッヒルン』『バス・シュティッヒ』『トランプトリックゲーム!』『乗り間違い』など、本当によいゲームが多い。ドイツゲームの特徴はシステムにあるわけが、基本的なシステムにひねりを加えて発展させるトリックテイキングゲームは、ドイツゲームの粋といっても過言ではない。コアなファンが多いのもよく分かる。

さてベストゲームは『ニエット』。チーム戦自体が楽しいわけだが、どんな相手とチームを組むかが、始まる前の予想である程度見当がつくのが面白い。弱気な予想をしていた人が妙に強かったりという番狂わせも盛り上がる。

日本では複雑すぎるとか、面白さのツボが分からないとか言われることが多いトリックテイキング。私もはじめは『シュティッヒルン』とか『ピサ』とか、何が面白いのか分からなかった。いろんなゲームを遊んで、力の配分やほかの人との駆け引きに気づいたら、きっとハマることだろう。

iPad用スモールワールド日本語版がで発売された。現物を買えば7,350円で、人がいないと遊べないものが、わずか800円で、1人でも遊べるとあっては、プレイ人口もぐんと増えるのではないかと思う。

そんなわけで現在iPhoneやiPadで遊べるボードゲーム・カードゲームをまとめてみた(テーマが変わったりしているのものもあって怪しいものも含む)。海外のアカウントでないと購入できないものもある模様。ほかにあったらご教示ください。

私自身はどちらも持っていないし、ボードゲームは対人で遊んでこそという思いもまだある(なのでBSWはやっていない)ので買う予定もないが、この先どんどん出てきたら買ってしまいそう。

Small World for iPad(スモールワールド) 800円
Zooloretto(ズーロレット) 600円
Carcassonne(カルカソンヌ) 600円
Catan(カタン) 600円
Catan HD(カタン) 3.99ユーロ
Keltis(ケルト) 450円
Reiner Knizia's Keltis Oracle(ケルト・オラクル) 1200円
Roll Through the Ages(ロール・スルー・ジ・エイジズ) 350円
Reiner Knizia's Money(マネー) 350円
Reiner Knizia's Topas(トパーズ) 350円
Reiner Knizia's Poison(ポイズン) 350円
Reiner Knizia's High Society(ハイソサエティ) 350円
(ミュー) 350円
Ingenious(頭脳絶好調/インジーニアス) 230円
Reiner Knizia's Knights of Charlemagne(タブラ・ラサ) 230円
Reiner Knizia's Robot Master(ロボットマスター) 115円
Rummikub(ラミィキューブ)600円
Yahtzee Adventures(ヤッツィー)230円
Hive(ハイブ)230円
Blokus(ブロックス)600円
Viva il Re(王位継承)230円
Honey, That's Mine!(オイ!それはオレの魚だぜ)1.99ドル
Medici HD(メディチ)4.99ユーロ
Dead Man's Dice(ブラフ)0.99ドル
Troika(セット)無料
Gipsy King(ジプシーキング)115円
Pathology(通路)2.99ドル
Milliarium(ミルボーンズ) 7.00Kr

週末に所用で上京し、ついでにタナカマさんと会うことになる。タナカマさんとは今月のはじめに上京したときニアミスだった。ヤフオクの常連gccw1800ことジョーヤマさん宅に行くということで、月島の待ち合わせ。

17時から23時まで6時間、ゲームもせずにおしゃべりばかり。その間にもんじゃ焼きを食べに行ったり、テンデイズラジオの収録をしたりした。ゲームの話だけでなく、家電製品の話とか、お寺の話とか、引越しの話とかいろいろ(そっちのほうが多かったか)。

テイネさんとアシスタントのつっちーさんもいらして、いつも聴いているテンデイズラジオにゲスト出演させて頂く。最初はとても緊張したが、次第に打ち解けておしゃべりに花を咲かせた。でも収録時間は伸びに伸びて52分。お仕事でもしながらお聴き下さい。

ジョーヤマさん宅では世界中から届いたゲームの箱に圧倒されたり、和室にあった古い阿弥陀像に心安らいだり(その周りも箱だらけだったが)、窓から見える河口近くの隅田川の眺めに感動したり、稀有な経験をさせて頂いた。もんじゃ焼きの奥の深さも知ったことだし、また遊びに行きたい。

テンデイズラジオ:第11回「特別企画!ドイツの賞レースを占う!」

2010年ワールドカップ・南アフリカ大会の決勝トーナメント出場国が全て決定した。そこで世間の盛り上がりに便乗して、出場国にちなんだボードゲームをピックアップ。私は試合をほとんど見ていなかったが、ボードゲームを探しているうちに出場国のことに興味をもつことができた。これを機会に遊んでみたい。

まずは全出場国が決勝に進んだ南米から。ブラジルは『ピラニアペドロ(Piranha Pedro)』。アマゾン川で右往左往するペドロ君を救おう。アルゼンチンは『ハチエンダ(Hazienda)』。大農場(アシエンダ)を経営するゲームで、タイルを配置して市場につなぐ。チリは『ジャイアンツ(Giants)』。イースター島を舞台に、モアイを切り出し海辺に運ぶ。ウルグアイとパラグアイは、残念ながら思い浮かばなかったのでウォーゲームの『三国同盟戦争(The Triple Alliance War)』を挙げておく。パラグアイと、アルゼンチン・ブラジル・ウルグアイの同盟軍で行われた戦争を描く。

次は波乱含みのヨーロッパ。イングランドは『ブラス(Brass)』。18世紀の産業革命をテーマにして運河から鉄道へと変わる中、船や工場を作る。オランダは『シーランド(Seeland)』。水車で干拓し、チューリップ畑を作る。ドイツは『郵便馬車(Thurn und Taxis)』。各都市に郵便局を配置してドイツに郵便網を広げる。スペインは『エルグランデ(El Grande)』。騎士を全土に配置して、各エリアで多数を取る。ポルトガルは『バスコ・ダ・ガマ(Vasco da Gama)』。王様の庇護の下、船や船員を調達して遠方をめざす。スロバキアはちょっと苦しいが『モダンアート(Modern Art)』。絵画を競るこのゲームに登場するアンディ・ウォーホルは両親がスロバキア出身なのだとか。

残りはもう5カ国しかない。アメリカは『チケットトゥライド(Ticket to Ride)』。アメリカ全土を鉄道に乗って旅行する。メキシコは『メキシカ(Mexica)』。アクションポイント制で運河や橋でエリアを区切り、建物を建てる。韓国は『歴史王(ヨクサワン)』。花札形式で韓国の陣取りをする韓国のゲーム。日本は『サムライ(Samurai)』。タイルを置いて各地方の権力・財力・信仰を奪い合う。そして最後はアフリカ唯一の決勝進出国・ガーナ。唯一なので『アフリカ(Africa)』。タイルをめくってアフリカ探検をする。カカオがらみで『チョコレート会社(Schoko & Co)』も考えたが、どう見てもヨーロッパが舞台のようだ。

さてこのゲームで決勝トーナメントを占ってみよう(といっても私の好みでどちらのボードゲームが面白いかを選んでみただけだが)。1回戦、ウルグアイVS韓国は韓国、アメリカVSガーナはアメリカ、オランダVSスロバキアはスロバキア、ブラジルVSチリはチリ、アルゼンチンVSメキシコはアルゼンチン、ドイツVSイングランドはイングランド、パラグアイVS日本は日本、スペインVSポルトガルはポルトガル。2回戦、韓国VSアメリカはアメリカ、スロバキアVSチリはチリ、アルゼンチンVSイングランドはアルゼンチン、日本VSポルトガルはポルトガル。準決勝、アメリカVSチリはチリ、アルゼンチンVSポルトガルはアルゼンチン。決勝はチリとアルゼンチンで、アルゼンチン(『ハチエンダ』)と見た。やはり上位に進むほど接戦になりそう。

ここでは1タイトルずつしか挙げなかったが、各国をテーマにしたゲームはもっとたくさんある。皆さんのお気に入りは何ですか?

昨年の10月にドイツで開かれたエッセン国際ゲーム祭では、例年にも増してたくさんの話題作が発売された。そこで、フリークゲーム・ストラテジーゲームと呼ばれるものに絞り、その後に公表された数々の人気投票の順位を総合してみた。これで欧米のボードゲーム愛好者の嗜好を見て取ることができる。

調べたものは以下の5つ。まずフェアプレイ・スカウトアクション(FP)は、エッセン国際ゲーム祭の開催期間中に会場でアンケート用紙を配り、来場者が記入したものをリアルタイムに発表するものである。ボードゲームアンケート(UF)は、年内にインターネット上で調査したもので、主にドイツ圏の愛好者が回答している。プフェファークーヘル(PK)は毎年新作を遊んで評価しているドイツのゲーム会で、ドイツゲーム賞を占う賞となっている。ミープルチョイス(MC)はアメリカを中心とするネット上のグループで、最後にボードゲームギーク(BG)のランキングを載せた。

これらのランキングの上位に入っている12タイトルを選び、その相対順位を取って平均したものが下の表である。

この結果、最も評価が高かったのはイタリアのゲーム『バスコ・ダ・ガマ』。ドイツで圧倒的な人気を誇っている。続いてアメリカのゲームでドイツ語版も日本語版も発売された『エンデバー』、そして来月日本語版が発売される『ダンジョンロード』、ドイツ語版の初版が売り切れた『ハンザ・テウトニカ』が続く。これらはアメリカでの評価が高い。

一方、ドイツ年間ゲーム大賞で特別賞に選ばれた『果てしなき世界』、新進気鋭QWG社(オランダ)の『カーソンシティ』、名門イスタリ社(フランス)の『アッシリア』は評価が伸び悩んでいる。

私も順位付けを試みて、下記のRead Moreのところに記してみた。世間の評価とずいぶんずれているようだ。

ゲーム名FPUFPKMCBG平均順位
バスコ・ダ・ガマ111542.41
エンデバー442212.62
ダンジョンロード52-3233
ハンザ・テウトニカ9431344
権力ゲーム26-695.755
マカオ377485.86
エジツィア735-116.57
洛陽の門にて696856.88
ファクトリーマネージャー810-7789
果てしなき世界1184-108.2510
カーソンシティ1011-96911
アッシリア1112--1211.6712

コミュニケーションゲームは、私の最も大好きなジャンルである。なので、ノミネートを絞り込むのも、ベストを決めるのも候補が多すぎてたいへん難しい。でも、ここでは悩んだ軌跡を記しておこうと思う。

コミュニケーションは、対人のボードゲームに不可欠の要素で、たとえアブストラクトゲームでも皆無ではない。そのため広義ではどんなボードゲームもコミュニケーションゲームと言えるが、ここでは狭い意味でコミュニケーションがメインの、次のようなゲームを考える。

プレイヤーそれぞれの思考を表明し合い、つきあわせるゲーム。初対面同士が打ち解けたり、場の雰囲気を盛り上げるのに有効。可能であれば異性がいることが望ましい。(ドイツゲーム用語辞典

私のノミネートは『私の世界の見方』『リンク』『クイズいいセン行きまSHOW!』。

私の世界の見方『私の世界の見方(Wie ich die Welt sehe...)』は、親が読んだお題の空白部分に当てはまると思うカードを全員が出し、親が自分の主観で選ぶスイスのゲーム。お題も単語も詩的だったりグロかったりエロかったりするのが、さらに妙な組み合わせになって笑いが止まらない。ランダムにカードを混ぜ、そのカードを選んだら失点というダミープレイヤーのルールも秀逸。カード枚数も400枚以上と豊富で飽きが来ない。→TGW
U.ホシュテトラー/ファタ・モルガーナ+アバクス(2004年)
2〜10人用/8才以上/30〜45分

『リンク(Linq)』はヒントを出し合って、同じカードを持っているパートナーを予想するアメリカのゲーム。あからさまなヒントを出すとばれて失点してしまうし、難しいヒントでは相手が分からない。さらに誰のパートナーでもないジョーカーがいて事態を混乱させる。相手を見てこれなら通じると思ったヒントが通じたときは快感。→TGW
E.ニールセン/エンドレスゲームズ+ビーウィッチトシュピーレ(2004年)
4〜8人用/10才以上/45分

私の世界の見方『クイズいいセン行きまSHOW!』は正解がないような問題の答え(数字)を考えて、全員の回答の中間になることを目指す日本のゲーム。問題は「「贅沢な食事」と呼べる外食は、何円以上からでしょう?」というような世間の常識的なところから、プレイヤーをネタにしたものまでさまざまあり、さらに自分で考えてもよい。戦略的に数字を調整したつもりが、思いっきり外れていたりしておかしい。→TGW
川崎晋/カワサキファクトリー(2008年)
3〜10人用/10歳以上/10〜30分

今年のドイツ年間ゲーム大賞にコミュニケーションゲームの『ディクシット』がノミネートされ、新たな時代の到来を予感させる。ボードゲームがより多くの人に遊ばれるには、ルールが簡単で、人数を問わず(多いほうが楽しいが)盛り上がれるというコミュニケーションゲームが大きなカギを握るのではないかと思う。

さてベストゲームは『私の世界の見方』。ドイツから取り寄せて、水曜日の会で遊ぶために全部のカードを翻訳したのもいい思い出だ(この翻訳を手直ししたものが、現在テンデイズゲームズで取り扱われている)。そのときに、ドイツでしか分からない人名やキャラクターを日本風にローカライズするという術を覚えた。こうして生まれた「ガチャピン」カードは無敵カードのひとつ。でも同時に、政治家やアイドルは次々と変わっていくので難しいと感じた(同じ系統の『アップルトゥアップル』もそうだった)。もっと目いっぱいローカライズして、日本語版出ないかなと思っているんだけど。

テンデイズラジオのフォローの続き。第2回の三人用、第3回の六人用については私の中でそういう枠組みがなかったり、候補が少なすぎたりしてパス。三人専用なら『百科審議官』が好きで、六人専用は思いつかないが六人くらいいれば何かパーティゲームをやればいいのではないかと思う。

というわけで第4回のミヒャエル・シャハト。キリキリした分かりやすいジレンマが特徴のデザイナーだが、公開情報が多く、ややもすると人間ではなくゲームと戦っているようなドライな気になってくるのが好みじゃなくて、あまり所有していない。名作といわれる『王と枢機卿』およびそのリメイク『チャイナ』もとうの昔に放出している。

私のノミネートは『ズーロレット』『ムガル』『かくれんぼオバケ』。

『ズーロレット(Zooloretto)』は、動物園のオリに動物を種類別にうまくつめていくボードゲーム。動物園というテーマでなければかなり殺伐としていたと思うが、名作カードゲームの『コロレット』のシステムを継承し、悩ましいゲームにしてある。→TGW
アバクス(2007年)

『ムガル(Mogul)』は鉄道会社の株券を、サバイブ式(『ゲシェンク』のような)の競りで手に入れ配当を受け取るゲーム。競りだけでなく、暴落前に株を売れるかどうかの見切りが面白い。自社出版だったこのゲームが、なぜいまだリメイクされていないのか不思議。今年のゲームマーケットでは同じテーマの『夢JAL』という同人ゲームもあった。→TGW
シュピーレ・アオス・ティンブクトゥ(2002年)

『かくれんぼオバケ(Gespenstisch!)』は鬼がこっそり決めた部屋に入らないように移動する読み合いのキッズゲーム。大人だけで遊ぶとゲームは様変わりし、前回の移動や好きな色など、ありとあらゆる要素を推理に加えた深い心理戦が楽しめる。→TGW
ハバ(2006年)

エッセン国際ゲーム祭でシャハトと会ったことがある。アバクス専属のようになる以前は個人ブランドのシュピール・アオス・ティンブクトゥのブースを出していたので、そこで会うことができた。メールでのやり取りがもとで、彼の交遊アルバムに掲載されている。

さてベストゲームだが『ムガル』にした。プレイヤーの心理をクローズアップしていて、ほかでは味わえない深みがある。リオグランデゲームズで2009年の春にリメイクする計画があったが、その後音沙汰なしで立ち消えになっているのが残念だ。

テンデイズラジオをフォローしてマイベストを考える試み。まずは二人用ゲームから。

うちには20タイトルほどあるが、妻と遊ぶ機会が少ないせいでほとんど稼動していない。さらに自宅ゲーム会ならば2人しか集まらないと不成立になりがちので、実は今最も整理したいジャンルである。

私のノミネートは、『メディチ対ストロッチ』『バベル』『ガイスター』の3タイトル。所有ゲームの整理という趣旨なので、絶版・入手難のゲームが入ることはご勘弁いただきたい。

メディチ対ストロッチ『メディチ対ストロッチ(Medici vs Strozzi)』は、自分が引いたタイルに好きな値段をつけて相手に売るクニツィアのゲーム。相手には渡したくない、でもお金は惜しいという悩ましさ。値付けが思い通りにいかなくて、何度も遊びたくなる。→TGW
R.クニツィア/リオグランデ(2006年)

バベル『バベル(Babel)』はカードの効果で相手より高いバベルの塔を築くローゼンベルクのゲーム。1手番に何アクションでもできるけれど、カードを出し切っても攻めきれないと次に相手から手痛いダメージを受ける。そんなシーソーゲームが好き。→TGW
U.ローゼンベルク/コスモス(2000年)

ガイスター『ガイスター(Die guten und die bösen Geister)』はアブストラクトでも運でもない、ランドルフの心理ゲーム。繰り返し遊ぶごとに、相手の癖みたいなものが見えてくる。簡単なのに奥深い。ドイツ語のタイトルそのままなのにもうすっかりなじんだ感がある。『天空盤』として携帯でも遊べる。
A.ランドルフ/ノリス―ドライマギア(1992年-2001年)

振り返っていて思ったことだが、2人ゲームほど相手次第で面白さが変わるものもない。誰かがどんなに薦めたものであっても、相手が悪ければまったくつまらなくなる。それはどんなゲームでも言えることだろうが、2人ゲームでは顕著だなと思った。

あとアブストラクトゲームについては、先読みが苦手で行き当たりばったりな手を打ち、終盤になって気づいたときは手遅れというプレイばかりしているのでノミネートに入れなかった。ギプフシリーズを筆頭に面白いゲームはたくさんある。

ベストゲームは迷ったが、より間口が広い『ガイスター』で。このゲーム、高校の友達が下宿に遊びに来たとき、延々遊んでいた記憶がある。美味しくない和菓子があって、負けたほうが一切れずつ食べるというルールで、私が口いっぱいに頬張っていた。そんな思い出も加えつつ。

ほかのノミネート作は捨てないが、この際いくつか放出リストに加えたいものが出た。この企画、所有ゲームのダイエットにいい。

国産ボードゲームの価格が高止まりしている一因に、製作数の少なさがある。ゲームマーケットは1日しかなく、しかもほかと競合しているのだから、たくさん作れば売れ残るかもしれない。そこで売り切りを目指して50部や100部しか作らなければ、単価はどうしても上がってしまう。

中にはゲームマーケットが終わってから、専門ショップで取り扱いしてもらえるところもあるが、扱ってもらうには知名度や、見かけと内容の両方しっかりしていることが求められるため、一部に限られてしまう。自分のホームページから通信販売を試みても、英訳をつけて海外展開でもしない限り、多くは売れないだろう。

ドイツにはハイデルベルガーという問屋がある。700以上のボードゲームメーカーがあり、個人でやっているところが半数というドイツで、小さいメーカーのゲームを仕入れ、ショップに卸すというかたちで販売を担っている。エッセンに出展されたヤポンブランドのゲームも、毎年ここに取り扱ってもらっている。

近年は自社出版にも力を入れており、2006年までは毎年3タイトル前後だったものが、2007年からは毎年30タイトルも出すようになった。その中には今年ドイツ年間ゲーム大賞にノミネートされた『アラカルト』がある。

聞いたところ、日本でもこのような問屋を作ろうという動きがあるらしい。これができれば、ゲームマーケットで売り切らなくても販路が確保されるから、同人ゲームでも個数をたくさん作ることができる。

問屋の構想はこのような感じだ。まず、ゲームマーケットが終わったら、作ったゲームを問屋の担当者に見て、水準(パッケージ、内容、パクリでないこと、権利問題がないことなど)をクリアしていれば預かる。品物は一括して問屋に送り、問屋からいくつかの専門ショップに卸すので、輸送費も節約される。バーコードも用意し、アマゾンでの取り扱いも可能にする。また、英語ルールを添付すれば海外からの注文にも対応する。ただし買取ではなく、売れなかった分は一定期間後に返却というかたちになるかもしれない(事実ヤポンブランドはそうである)。

このような問屋があることで、同じ品質でも単価が下がることが期待される。また、売れ行きのよいゲームは問屋で自社出版という道もあるだろう。さらには外国メーカーからの引き合いもあるかもしれない。

もちろん、ゲームマーケットだけで完結する同人ゲームもあってよい。だが、日本には世界的に見ても優れたゲームアイデアが眠っていると思う。それを国内外でもっと遊んでもらえれば、輸入ゲーム頼みの現状が面白い方向に進んでいくのではないだろうか。

ゲームマーケットではたくさんの国産新作ゲームが発売された。タイトル数が増えただけでなく質も向上していると感じたが、一方で内容と見栄え(=価格)のバランスに疑問を感じるものもあった。

結局のところ、どんなものであれ価値を認める人が多ければ売れるし、そうでなければ売れないというだけなので、価格設定は売る人の自由である。その上で、買う側での話。

国産ボードゲームは、同人か商業かの区別が曖昧である。個人でも、萬印堂などに頼んで立派なコンポーネントにして、専門ショップに置いてもらえば、企業が作ったものと肩を並べられる。

そのせいなのか、あるいは意図せず結果的になのか、ずいぶん強気な価格設定で、「これで○○円はないよね」と思われるものがあった。500円ゲームズの影響で高額化に歯止めがかかることを期待していたが、むしろ価格の二極化が進んだようだ。

海外ゲームもこれくらいの値段だからというのはおかしい。海外ゲームは輸入コストが含まれていて、現地では3〜4割安いわけだから、海外ゲームの日本価格と同じぐらいの価格設定では高い。ましてや海外ゲームはショップがセレクトしているので、当たりか外れか分からない原石を同じ価格で出しても太刀打ちできないだろう。

小部数製作だから高くついたというのも、買う人のことを考えていない。この内容やプレイ時間ならば普通いくらぐらいというところから始めて、逆算して製作方法を選ぶ方法はないだろうか。中身さえよければ見かけは何でもよいとまでは言わないが(手にとってもらうためにはある程度の見栄えも必要なのは理解できる)、手軽なゲームをたくさんの人に遊んでほしいならば、高級感あふれるコンポーネント・パッケージである必要はない。

あと同人なら儲けちゃいけないという意見も聞く(同人=同じ趣味の仲間だから)。さらには、立派なコンポーネントにするのが楽しいならば、その対価を作り手がある程度負担すべきという意見さえある。ポリシーは多様なほうがいいし、上記のようにボードゲームは同人か商業の区別が曖昧なので一概に言えないが、自分が好きなものを作り、たくさんの人に遊んでもらいたいならば、高価にしない努力や工夫をもっとしたほうがよいのではないか。

将来も自分が楽しめるよう、デザイナーに対して「また面白いゲーム作ってきてよ!」という応援の気持ちもあるので、安ければ安いほどよいというのではない(そういう意味で500円ゲームズの中に安すぎると思われるものがあった)。また、適正価格はいくらがいいというのでもない。どんな人に手にとってもらいたいのかまで考えて、価格設定にもっと注意を払ってほしいと思う。

SdJノミネート予想

| コメント(0) はてなブックマーク - SdJノミネート予想

ドイツゲーム賞の投票が始まったが、年間ゲーム大賞(Spiel des Jahres)の発表のほうが先である。例年予想が当たったためしはないが、今年の予想をしてみた。◎○△×はゲームの評価でなく、リストに入る確率。

◎トバゴ
○倉庫の街orハバナ
○フレスコ
△原始の生活orシーランド
×ブタ仲間

年間ゲーム大賞のホームページで公開されている基準は以下の4つ。
1. ゲームのアイデア(オリジナリティ、遊びやすさ、ゲームの世界観)
2. ルールの作り(構成、参照のしやすさ、分かりやすさ)
3. レイアウト(箱、ボード、ルール)
4. デザイン(機能性、作りこみ)

そして名言はされていないが近年の受賞傾向としては、以下のようなものがある。
・ファミリー指向により、プレイ時間は原則として60分以内。60分超は入って1タイトル
・新しいトレンドを生み出すため、拡張、リメイクはない
・ロゴの使用料が安いため2人専用、小箱カードゲームはまずない
・ドイツ国内に安定供給できないため、マイナーメーカー、外国メーカーもあまりない
・ニュルンベルク発表でも4月までに発売されなかったゲームは除く
・ダイスゲームは嫌われがち
・世間の人気はあまり加味されない

これらを当てはめると、実は消去法でも10タイトルほどになってしまう。それほど、年間ゲーム大賞は偏った賞なのである。

ノミネート発表は今月31日。願わくば全タイトルが国内発売済みか、発売予定でありますように。そうでないとまた個人輸入してしまいそう。

毎年たくさんのゲームが発売される昨今、過去のゲームを振り返る機会が少なくなって、中には遊んだかどうかも憶えていないゲームもちらほら出てきた。そこで、テーマ別にベストゲームを考えることで、過去のゲームを振り返ろうと思う。

第1弾はトイレゲーム。何で最初からそんなテーマかというと、実は学生時代、トイレの研究にはまったことがあって、こんなサイトを作っていたこともある。 ボードゲームでも、トイレが登場するゲームは大好きで収集している(変態とか呼ばないで!)。

さてそんなトイレゲームのランキング。

1位:ドルンター・ドリューバー(Drunter Drüber)
トイレといえば真っ先に思いついたのがこのゲームである。1991年のドイツ年間ゲーム大賞受賞作品。道路が好き放題に伸びて建物をつぶしまくるが、公衆トイレだけはつぶすかどうか、住民投票で決めなければならない。別名「公衆トイレ壊しゲーム」。学校よりも、消防署よりも公衆トイレが大切な街って一体。
K.トイバー/ハンス・イム・グリュック社(1991年)
2〜4人用/9歳以上/30〜45分
メビウスゲームズ:ドルンター・ドルーバー

2位:モレール(国産)
今月のゲームマーケットでもたくさんの同人作品が発表されるが、過去のゲームマーケットで1,2を争う記憶に残っている。直球勝負、文字通りのバーストゲームである。カウントアップで、規定数を超えるとステータスカードが減り、0になるとおもらしになってしまう。ファン多し。一般発売希望(できるものならば)。
のーべー/キングスコート(2003年)
3〜6人用/8歳以上/30分
ミッション・あうらスペース:モレール(絶版)

3位:お金は臭わない(Pecunia non olet)
ローマの公衆便所を管理して使用料を集めるゲーム。これぞ正真正銘のトイレゲームである。ゴルトジーバー社はこのゲーム以降、ハッペルとフィオーレのゲームを出し続け、ゲーム賞から遠ざかっている。すっかり色物デザイナーと思われているらしい。トイレの前に行列ができるのが笑う。
K.ハッペル、C.フィオーレ/ゴルトジーバー(2005年)
3〜6人用/8歳以上/30分
メビウスゲームズ:お金は臭わない(絶版)

4位以下は以下の通り。

デザイナー買い

| コメント(0) はてなブックマーク - デザイナー買い

まだウェブにはアップされていないが『シュピール』16号が届いた。残念ながら今号で休刊になるが、「ボードゲームのしょ〜もない楽しみ方」というコラムのテーマが「デザイナー買い」で面白かった。関西のゆうもあ会員のMさんは、クニツィアと聞くと日本語ルールがなくても条件反射で購入してしまう。で、クニツィア4号あたりを引いてがっかりするという話。

※クニツィア4号
近年のクニツィアはフリークに背を向けてライト路線を突っ走っており、そんな路線に満足できない一部のファンが、クニツィアにはゴーストライターが何人もいて、キレがないのは偽クニツィアだという話。2号より3号、3号より4号が劣るとか。

デザイナー買いは、本の著者買いのようなもので、一度遊んで気に入ったゲームのデザイナーを覚えておいて、そのデザイナーの別のゲームが出たら買うというものだ。日本のボードゲームではまずないが、ドイツゲームは箱の目立つところにしっかりデザイナー(作者)の名前が入っている。ドイツゲームが「デザイナーズゲーム」と呼ばれる所以である。

私がデザイナー買いをしているのは、まずシュテファン・ドーラ(pgdb作品リスト)である。大賞を取ったことはないし、正直微妙なゲームもある。だが、この人の作品に共通するのはルールのシンプルさである。しばらく遊んでいなくても、ルールをちょっと確認すればすぐ遊べるというのは大きい。そしてシンプルであるがゆえに何を目指せばよいのかはっきりしており、すぐにゲームに没頭できる。そして、ルールの中に何かしらオリジナリティがあり、遊んでいて既視感がない。さらに、乱発せずじっくり作りこんでいるのが遊んでいて感じられるのもよい。寡作であることは、収納的にも嬉しい。というわけで、ほぼコンプリートしている。

残念ながらシュテファン・ドーラに会ったことはない。いろんなメーカーから出しているので、エッセンでどこかに行けば必ず会えるわけではないのだ。去年のエッセンでは『エルパソ』を出したツォッホ社で張っていたがとうとう捕まらなかった。会ってインタビューするのが夢である。

あとはウヴェ・ローゼンベルク(pgdb作品リスト)、ロベルト・フラガ(pgdb作品リスト)は、奇想天外なデザイナーだけに必ずチェックしている。

一方、大賞作家の3K(ヴォルフガング・クラマー、ライナー・クニツィア、クラウス・トイバー)はスルーすることも多い。よいゲームとそうでないゲームの落差が大きすぎる。売れっ子作家は、いろんな要望にこたえなければいけないからたいへんだ。

傑作を生み出したデザイナーは、次の作品が注目され、一発屋になるかどうかが決まる(拡張ばかりでは……)。新人デザイナーは、1つ2つと着実によい作品を積み重ねることで自ずと知名度が上がる。このようにデザイナーという視点でゲームを見ると、また別なものが見えてくるだろう。同じデザイナーでも、時系列で並べるとひとつのアイデアを練りこんでいった過程が見て取れることがある。

仲間に聞いたところ、マーティン・ワレス、ヴラーダ・フヴァティル、ミヒャエル・シャハト、トム・リーマンなどが挙げられた。いずれも独特の癖を持っていて近年注目を浴びているデザイナーである。

みなさんのデザイナー買いは何ですか?

ボードゲームの目的として、勝敗かコミュニケーションかというのはよくある話である。「スタイル、好み、経験」で、前者寄りをトーナメントプレイ、後者寄りをカジュアルプレイと呼び、このスタイルの違いが想像以上に大きいことを指摘した。

例えば、鈴木銀一郎氏が「ときどき、『ボードゲームはコミュニケーション・ツールだ』とか綺麗事を言う人がいる。 とんでもないね。勝つことにこだわらなかったら、ゲームなんてつまんないですよ。」(Si-phon Game Club Vol.1)というとき、至言だ、全くその通りだと思うか、とんでもない、ボードゲームはあくまでコミュニケーションツールですよと思うかは大きく分かれそうである。

しかし勝敗とコミュニケーションのどちらを重視するかというのは、「誤った二分法」「偽りのジレンマ」である。ひとつには、択一ではなく、両立できるものだからである。実際ほとんどの人が、意識的であれ無意識にであれ、ゲーム(アブストラクトゲームかパーティーゲームかなど)やシチュエーション(2人か多人数か、ゲーマーか否か)によって両者のバランスを調整しているはずだ。

 はてさてゲームの目的はどちらなのだろう? 勝つこと? それとも楽しむこと?  結論は、常識的なものであろう。ゲームとはこの二つの目的を同時に果たすものでなくてはならない。(中略)楽しくあれば何でもいいとばかりみんなが勝負を度外視してやっていたら、ゲームは成り立たない。勝つことばかりを考えた目の血走ったゲームも願い下げであるが、どっちでもいいといったふうな弛んだゲームもうんざりである。(草場純他『ゲーム探検隊』16ページ)

もうひとつは、ボードゲームの目的としてほかに選択肢がありうるからである。 そのほかの選択肢にもいろいろありそうだが、私は芸術鑑賞を挙げたい。コンポーネントやイラストの美しさ、アイデアの斬新さ、システムの完成度など、ボードゲームの芸術性を味わうために遊ぶというのはどうだろうか。

現代のボードゲームはもう芸術の域にまで高められており、音楽を聴いたり、絵画を見たりするように鑑賞する価値がある(ただしボードゲームを鑑賞するには、人間の側がプレイヤーとして積極的に働きかけていくことが求められる)。

勝敗重視もコミュニケーション重視も、ボードゲームを手段として見る点で共通するように思う。だとすれば、その手段がボードゲームでなければならない必然性がない。スポーツだってケンカだって勝敗はつくわけだし、mixiだって携帯だってコミュニケーションは取れる。それに対し、ボードゲーム自体を目的視し、その価値を最大限に引き出す。

ボードゲームそのものを味わうといっても、一緒に遊ぶプレイヤーを無視するわけではない。いろいろな視点をもった人たちが一緒に向き合うことによって、自分だけでは見出せなかった価値を発見することができる。眺めているだけ、ルールを読んでいるだけでは分からなかったポテンシャルを、仲間と共同で引き出すのだ。

ボードゲームは総合芸術である。コンポーネントの隅々まで、ルールが織り成すシステムの端々まで漏らさぬよう、五感を研ぎ澄ませ、デザイナーに深い敬意を払って「作品」に向かい合いたい。

(付言しておくが、これも多種多様な目的のひとつであって、これが一番と言っているのでもないし、ましてや誰かに強要するものでもない。勝敗かコミュニケーションかで綱引きするのは不毛ということを言いたいがために示したものである。また、この論考の中で、ひとくちに勝敗といっても、ゲームで1位を取ることばかりとは限らないということに思い至った。この件については別稿に譲る。)

エイプリルフールにちなんで、ブラフゲームを紹介しよう。

実生活ではウソをついて人を騙すというのはいけないことだが、対人ゲームでは醍醐味のひとつ。平気な顔をしているけれども、この人はウソをついているんだろうか、それとも正直に言ってるんだろうか? 明らかに顔に出る人もいるし、顔に出す演技がうまい人もいる。逆に自分がウソをつく番になったとき、どうやったら見破られないか、内心非常にドキドキする。

トランプゲームの『ダウト』を遊んだことがあるという方は多いだろう。全員にカードを配りきり、1番目の人が「1(A)」、2番目の人が「2」と言いながらカードを裏にして出す。1度に4枚まで出してよい。「13(K)」までいったらまたAに戻る。最初にカードを出し終えた人の勝ち。前の人がウソをついていると思ったら「ダウト!」と宣言し、実際ウソをついていたらばその人が、ウソでなければダウトと宣言した人が場札を全部引き取り引き取ってまた「1」から。

現代のボードゲームにも、このようなウソを楽しむゲーム、ブラフゲームが一大ジャンルを形成している。ブラフとは「はったり」の意味。

上記の『ダウト』のように次の番の人がウソを暴くゲームとしては、『ごきぶりポーカー』『チャオチャオ』『ブラフ』などがある。分かりやすいのでボードゲーム経験の少ない方でも楽しめるだろう。ほかには、自分の正体を隠し、ばれないようにウソをつくゲームもある。『ワーウルブズ・オブ・ミラーズ・ホロウ(タブラの狼)』『お邪魔者』『シャドウハンターズ』『アンダーカバー』などがそうだ。多人数ほど面白い。また、自分の手札や持ち駒を隠してウソをつくゲームとして『ガイスター』『海賊免許』『キャッシュアンドガンズ』などがある。

ブラフというゲームの要素は、ギャンブル以外の要素とあまり相性がよくないせいか、ブラフだけに集中させるゲームが多い。その分シンプルで分かりやすいゲームが多いと言えるだろう。

アマゾンに「ベストブラフゲーム」というリストを作ってみたのでご覧下さい。『チャオチャオ』と『サメ警報』が、ウソが苦手だけどブラフゲームは大好きな私からのオススメ。

文章などを要約する方法に、キーワード法因果関係法というのがある(三森ゆりか「大学生のための言語力トレーニング」月刊言語2007年4月号)。これをボードゲームのルール説明(インスト)に置き換えて考えてみる。

キーワード法とは、ルールを理解するための必要最低限の情報をキーワードとして取り出し、それらを繋げるというやり方。ルールを読みながらキーワードとなる部分に印をつけておく。キーワードなので、印は文単位ではなく、単語単位で付けることがポイント。そしてこのキーワードをつなげて、短文に要約する。

因果関係法とは、勝利条件(結果)にまず着目し、そのための手段(原因)を示していくという方法で必要な情報を抜き出すというやり方。ルールブックに書いてある順番よりも、逆に勝利条件から遡っていくほうが確実。まず勝利条件を説明し、冒頭からその条件につながるものを説明していく。

『カタン』だったら、ダイス、資源、交換、建設、勝利点というのがキーワードになり、勝利点←建設←交換←ダイスと交換というのが因果関係になるだろう。

ケースバイケースだが、因果関係を心がけて説明するとゲームは分かりやすい。特に、「どうやったら勝ちなのか」を最初に一言述べるだけで、ルールの分かりやすさは格段に違うと思う。

2つを組み合わせるという方法もあるだろう。はじめに勝利条件を述べて、そのための手段をざっと説明する。それから最初に戻って、キーワードで説明していくというやり方だ。

いずれにせよ、ルールを音読してはいけない。読むというのは早口になりがちで、聞いている人はよほど注意しないと付いていけないし、説明する人が分かっていなければ、聞いた人もまず分からないからだ。また、読めば読むほど意味不明な日本語ルールもある。予め読んでおくのが望ましいが、それができなければ、一文一文黙読して、腑に落ちた上で説明するほうがよい。

TTBさんが『ゲームリンク』で書いているような「ヴィジュアルの多用」「抑揚や強調」「今回のゲームに必要ないことは説明しない」「細部は後回し」「質問受付」も気をつけておくとよい。

要約できるということは、内容が頭に入っているということでもある。また、長すぎる説明はゲームのやる気を削ぐ。ルールを要約して、そこに細部を肉付けするというのを、心がけてみよう。

ついでながら、テンションがやたら高いとか、妙に上から目線なルール説明はご勘弁。

評価の世論

| コメント(0) はてなブックマーク - 評価の世論

最近、評価を積極的に発信する人が減っており、それにつれて少ない評価で世論が固まりがちなことを懸念している。

ゲームの購入を検討するとき、ウェブで評判を探すという方は多いと思うが、何人かの人が揃って同じような理由からネガティブ評価していると思ったことはないだろうか。もしかするとその何人かは、同卓した人かもしれないと疑ってみることが必要である。

ゲーム中に「このゲーム、つまらない」という空気になることがある。バランスが悪い、必勝法がある、運の要素が強すぎる、あるいは単に好みと合わないなどなど。そういうところで遊ぶと、終わった後の感想がみんな似通ったものになりがちである。

文句を言いながらテレビを見るように、ツッコミながら遊ぶのもひとつの楽しみ方だろうからそれはそれでかまわない。でも、その中にブロガーやpgdbユーザーが複数いると、皆が口を揃えてつまらないと書くものだから、それを読んだ人は、日本中誰が遊んでも遊ぶ価値がないのかなと思ってしまう。本当はたった1卓1ゲームの評価かもしれないのに。

ネガティブな評価だから買うのを控えよう、遊ぶのをやめようというのはもったいない。むしろどこがネガティブに捉えたのかをよく読んで、本当にそうなのか遊んでみよう。実はそこが自分にとってツボだったり、確かにそうでもゲーム全体にはたいした影響を与えないすることはよくある話である。

そしてできれば、そのことをどこかに書いてほしい。意見は「異見」であるという。皆が口を揃えてつまらない(あるいは面白い)というとき、あえて反対意見を書くのは大事なことである。

反対意見を述べるというと、楯突くみたいな誤解をされることもあるが、本当は前の人が見つけてきた「論点」を共有する、フォローするということなのである。論点が多ければ多いほど、遊んでいない人にとって有用なレビューになるはずだ。そういう意味で、ネガティブ評価もどんどん書いて差し支えない。

というわけでクロスレビューに同じ評価ばかり並んでいるとき、読む人は鵜呑みにせず、まず疑ってかかること、遊んでみてそうでもなかったらどこかに書くことである。私のレビューを読んで「いやそれは違うんじゃないか」という意見も歓迎。

普段のゲーム会ではなかなか遊べないワードゲームを、妻が育児休暇のうちに遊んでもらっている。これまでに『ヤーゴ』、『ワードウィツ』、『クイビックス』、『バイワード』を遊んだ。

どれもそれなりには楽しめたが、英語のボキャブラリーの少なさにがっかりするし、正しい単語かどうか判定するのにいちいち辞書を引いているとテンポが悪い。以前、『スクラブル』を遊んだとき、DO→DOES→DOESNTぐらいしかできなくてつまらなかったのを思い出す。

そこで、同じゲームを日本語でできるドット付きひらがなタイルがあればいいなと思う。使用頻度によって枚数を変えると共に、「ぬ」は3点、「あ」は1点というようにタイルにドットをつける。そのほかにジョーカータイル。

これで『クイビックス』と『バイワード』は遊べる。また『ワードラミィキューブ』(英語版はある)や『スクラブル』もできるだろう。ほかに自分でゲームを考えてもよい。

もちろん、アルファベットよりひろがなの種類が多いので、同じルールで遊べるかどうかは慎重なテストプレイが必要だろう。日本語タイルの『メイクワード』というゲームが50年ほど前に出ていたらしいが、濁音・半濁音のタイルもあって出しづらかったという。

日本語ワードゲームは、カードゲームでは『ワードバスケット』や『もじぴったん』、タイルゲームでは『あいうえおプラス』や『日本語スペラ』が販売されているが、いずれもドットはついていない。

休みの日に大人が集まってボードゲームをしたり、私と妻が遊んでいるのを、88歳の祖母は理解できないらしい。

「何のためにやってるの?」
「楽しみのためだよ」
「お金は賭けるのかい?」
「賭けないよ」
「オレも、宝くじ買おうかな」
「宝くじみたいなもんじゃないよ!」

祖母はギャンブル嫌いだが、宝くじはたまに買う。先日、老人ホームの日帰り通所で宝くじに当たったらという話をしてきたらしい。祖母の4人の弟は皆亡くなったが、パチンコと競馬が大好きな人たちだった。

私が子供の頃はトランプとオセロと将棋だったが、私が生まれる前は、徹夜で花札を遊んでいたそうだ。1回にどれくらいビッドしてよいものか分からずお蔵入りになっているが、古いルーレットもある。

でもギャンブルとゲームは似て非なるものである。祖母にはオタクとか子供じみているといった発想は全くないが、ギャンブルとゲームの違いが理解できないのだろう。まあ、こういう誤解は祖母だけではないけれど(公民館を借りるとダイスゲームは遊びにくいとか)。

ボードゲーム購入

| コメント(0) はてなブックマーク - ボードゲーム購入

国内のショップでボードゲームをあまり買わなくなった。「国内で買えるものは国内で」という指針はもっているが、エッセンで買ってきたのがまだ遊びきれてない上に、有償・無償の翻訳依頼で送られてきたものがずいぶんあるからである。

それでも昨年遊んだゲームを振り返っているうちに、これだけは所有しておきたいと思うものが何点か出たのと、面白そうなのにウェブでほとんどレポートを読まないものがあったので、専門店に注文することにした。放出が進んで、棚に隙間ができたというのもある。

まず先月にいったんほしいものリストを作成しておき、デスクトップにいったん放置。そして忘れた頃に開いて、もう一度吟味する。その時点でもう品切れだったら、縁がなかったものと諦める。こうすればいったん忘れることによって衝動買いはだいぶ抑えられる……と思ったがあまり減らなかった。というか、むしろ増えた(汗)。

それから、ほしいものリストができるだけ多く入手できるショップを探し、注文する。結局、品揃えがよくて品切れが少ないお店になるわけだが、年間200タイトル以上輸入されているものを網羅するのは無理な話で、自分の好みに合ったラインが揃っているかということも大きい。これを考えると、ショップに優劣などはなくて、ショップによってさまざまな特色を出していることが望ましい。

ただドイツゲームはこのところ目新しさがないとはいえ、ほしいゲームの中にたいてい1つ2つはメビウス系があるもので、メビウス系は揃えておいてほしい。アマゾンに載るのは一部だけで、残りは専門店でしか手に入らない。

一方、ホビージャパン系はアマゾンやホビーショップ通販で安価で買えてしまうのでなくてもよい。そう考えると、ホビージャパンが大きく展開していることで、既存の専門店はその分圧迫されているのかもしれない。

非メビウス・非ホビージャパン系では、dVゲームズなどイタリアもの、2Fシュピーレやアルゲントゥムなどドイツの小メーカー、ギミックもの、パーティーゲーム、有名デザイナーものあたりの充実度が私にとって大事なポイントである。

私はそれほどこだわらないが、ほかにも支払いの便利さとか、発送までの早さとか、日本語ルールの出来具合とか、アフターサービスとか、ショップを選ぶ基準はいろいろありそう。皆さんはどんなところでショップを選んでいますか?

『ボードゲーム・ジャンクション』で安田氏が2000年以降のボードゲームの展開として提示しているキーワードのひとつとして、アメリカのボードゲーム復活やイタリア・フランス・イギリス・チェコ・ポーランドなど周辺諸国への広がりがある。一方、ドイツゲームは"むずかしゲー"と"かんたんゲー"の分裂によって、「やや方向性を欠く結果」となり、ドイツ中心から世界メインへ移行しつつあるとする。

安田氏はすでに2003年ごろ「ドイツゲームは(内容が)ちょっぴりバブル気味」「最近はドイツゲームもマンネリ気味」(『ゲームを斬る!』)と書いており、ドイツゲームが凋落した分、非ドイツゲームによってボードゲーム界の隆盛が保たれているという見方のようだ。

拙著『ドイツゲームでしょう!』では、90年代以降のドイツゲームシーンを、『カタン』以前、『カタン』以降『カルカソンヌ』より前、『カルカソンヌ』以降という3つの時代に分けた。そしてこのうち『カルカソンヌ』以降の時代は、ドイツ年間ゲーム大賞のターゲットであるファミリーゲームやキッズゲームと、ドイツゲーム賞がサポートするフリークゲームに二極化している時代とみた。安田氏の"むずかしゲー"と"かんたんゲー"の分裂と同意見である。

ドイツゲーム賞で10位以内のゲームのうち、1〜2タイトルに留まっていた外国ゲームが、2009年は一挙に4タイトルに増えた。2010年の新作は今のところ『ヴァスコダガマ』(イタリア)『エンデバー』(アメリカ)『ダンジョンロード』(チェコ)あたりが優勢で、ドイツゲームの『エジツィア』『マカオ』『権力闘争』は押され気味。ニュルンベルクの新作に期待をかけたいところだが、こちらはリメイクの嵐。

とはいえ、売れ行き自体は衰えていない。2007年の大賞作『ズーロレット』はドイツゲーム賞で5位、翌年の大賞作『ケルト』は8位と散々な結果だったが、売り上げはそれぞれ29万、35万と大賞受賞作の水準である30万セットをほぼクリアしている。ハンス・イム・グリュックのブルンホファー社長は、ドイツゲーム賞で1位になったからと言って、売り上げが増えたりしないと述べている。リメイクに見向きもしないのは、ごく少数のフリークに限っての話である。

確かに現在のドイツゲームに最先端という感じはなくなった。90年代に出たアイデアを使い回し、手直しすることで生き延びているとも取れる。でもそれは、よいアイデアを末永く大事に遊び続けるということでもあり、一般に支持されているのはこの路線なのだろう。珠玉のようなゲームが乱立した90年代に、10年かけて一般の人が追いついてきたとも言える。

というわけでボードゲームが国際化しているのは間違いないが、ドイツゲーム市場はまだまだ元気である。風変わりなものは飽きられやすいが、ドイツゲームには末永く遊べる安定感がある。目新しいものがないというだけで判断することはできない。リメイクの嵐には、それなりの理由がある。

ボードゲームは絶版になるのが早い。また絶版でなくとも、未輸入だったり、輸入ゲームの場合どのショップも品切れで再入荷未定だったりすることも多い。年間500タイトルという新作が出るのだから仕方がないことだが、明らかに絶版で入手難のゲームを紹介するときは、少なくとも「オススメです」「遊んでほしい」というような推薦文句は書かないことにしている。

推薦文句を書かなくとも、入手難ゲームの紹介自体を快く思わない人もいるだろう。それだけなら読むほうの僻みとも取れるだろうが、さらに「オススメ!」なんて書いたら、その言葉を信じてほうぼう探し回り、結局見つからなくて落胆する人に申し訳ない。

歴史的に重要な作品が入手難になっていることは多いし、執筆時点では入手しやすくとも、すぐ後に入手難になることだってざらにある。それに長らく入手難だったゲームが突然か再版されることもあるだろう。だから紹介自体はかまわない。でも、少なくとも執筆時点で入手難であることが分かっているならば、お薦めまではしない。

それでも入手難ゲームがほしい方は、ネットオークション、ボードゲームギークのリスト、5月のゲームマーケット、エッセン国際ゲーム祭の中古屋さんなどで探してみるとよいだろう。

入手難易度の目安。当サイトでは◎か○ならオススメ可。△か×なら不可。
◎国内ショップで販売されている
○国内ショップで品切れだが、新作で人気があるため再入荷が見込まれる。あるいは発売準備中である
△国内ショップで品切れが続いているが、海外のショップではまだ販売されている
×海外ショップでも品切れで、再入荷しそうにない。メーカーのリストにない(絶版)。ただし有名な作品なのでオークションや中古市場ではよく見かける
××BGGマーケットなどでも滅多に入手できない激レアもの

先週発売されたばかりの『ボードゲーム・ジャンクション』を入手。安田氏による140タイトルというゲーム紹介が全体の3分の1、そして秋口氏によるネットではまず読めないリプレイが3分の1、江川氏と笠井氏によるレビュー、座談会が残り3分の1といった構成である。まだ読み始めたばかりだが、ここ10年のボードゲームのトレンドを分析しているところと、非ドイツゲームの紹介にも力を入れているところが面白い。

表紙のイラストはさておき、まず気になったのは邦題である。安田氏のこれまでの著書もそうだったが、日本で流通しているタイトルとは異なる独自の邦題がつけられている。そのため、紹介を読んでほしくなった人が、そのタイトルで検索して探しても見つからない恐れがある。今回は、だいぶ流通している邦題を取り入れているものの、齟齬が見られるものもあった。そこで検索用に表記しておく。

アミュレット→アムレット(メビウス)
イスパハン→イスファハン(バネスト)
うさぎとかめ→ウサギとハリネズミ(メビウス)
エヴォ→エボ(メビウス)
お金はクサくない→お金は臭わない(メビウス)
キーラーゴ→キーラルゴ(バネスト)
銀河帝国レース→レース・フォー・ザ・ギャラクシー(バネスト)/銀河大戦争(アークライト)
キングズブルク→キングスブルグ(バネスト)
クラン→クランス(メビウス)
ケルティス→ケルト(メビウス)
サンクトペテルブルク→サンクトペテルブルグ(メビウス)
沈んだ世界→ブクブク(メビウス)
時代を超えて→スルー・ザ・エイジ(バネスト)
人狼→ミラーズホロウの人狼、タブラの狼(バネスト)
ズーレイカ→ズライカ(メビウス)
ツァップ・ツェラップ→ザップゼラップ(メビウス)
バザーリ→バザリ(メビウス)
パリ、パリ→パリス(メビウス)
ハンブルク→ハンブルグム(バネスト、ホビージャパン)
ビトレイアル→丘の上の裏切者の館(バネスト)
それはオレの魚だ!→おい、それは俺のサカナだぜ(バネスト)
名誉と酩酊(名声)→ラムと名誉(メビウス)

確かに、誤訳だったり、読み方が違っていたり、翻訳センスが悪かったりして、もっといい邦題をつけたくなることはある(ボードゲームの邦題)。しかし、それで流通しているということは非常に大きなことなのだ。たとえ絶版で入手難でも、そのタイトルでオークションに出てくれば見つけられる。だから、流通している邦題を軽んじてはならない。流通している邦題は、わざわざお店に問い合わせなくとも、ちょっとネットで調べれば分かる。

まもなく日本ボードゲーム大賞が発表されるが、邦題には細心の注意を払う。複数のお店が別の邦題をつけているときは、「すすめコブタくん/こぶたのレインボーレース/ラッセルバンデ/こぶたのかけっこ」などのように併記するし、当方で把握している限りは別の邦題がなくとも、「別の邦題で輸入しているところがありましたらお知らせ下さい」と書くこともある。

輸入経路の数だけ邦題があるという問題は、かつてボードゲームシンポジウムで取り上げられたことがある(ボードゲームシンポジウム)。そのときは、できるだけ最初に発売したところのタイトルに合わせようという合意が形成された。問題として取り上げたのは、先行発売しているお店に遠慮して、わざわざ別の邦題にするケースもあったからである。ボードゲームのルールは、日本語版を作るのでもない限り、独占的な翻訳権を取ることがないし、また登録商標にするほどでもないので、同じでもかまわない。それどころか、ユーザーの混乱を避けるために同じであったほうがよい。

というわけで、邦題は統一されていること、また一般に流通しているものに合わせることが望ましい。流通している邦題の無視は、故意にではないが私もときどきやってしまうので、自戒を込めて。

アドアストラ』は、イタリアのネクサス出版が初めて取り組んだデザイナーゲームシリーズである。ルールブックには、作者であるB.フェデュッティとS.ラジェ(フランス)の紹介文を、デザイナー仲間のB.カタラが特別寄稿したり、代表作を並べたりしてデザイナーを前面に打ち出している。今後もシリーズが予定されている。

『カヴァム』は、オランダのQWGゲームズが大賞作家のW.クラマー(ドイツ)に委嘱した作品。これで一躍注目を浴び、第2弾の『カーソンシティ』の成功につなげている。

どちらにも共通するのは、そこそこ定評がありながら知名度が低かったメーカーが、ドイツで有名なゲームデザイナーを担いで注目を集めるというパターンである。今やエッセン国際ゲーム祭に出展する団体は763団体(2009年)にものぼり、特に非ドイツメーカーは何らかの売りがないと簡単に埋もれてしまう。ところが1作でも有名デザイナーを看板にしてオリジナル作品を出すと、その後の展開ががらりと変わる。

アジアでは韓国のボードゲームカフェ・ペーパーイヤギがR.クニツィア(イギリス)に『ドラゴンマスター』というオリジナルゲームのを作らせたことがあるが、ほかのボードゲームカフェとの差別化のためであり、海外に売り出す意図はなかった。結局、フランスのカクテルゲームズから『ロボットマスター』としてリメイクされているが、商売としてはもったいない話ではある。

昨年から、香港のゲームメーカー・ウォーゲームズクラブが水墨画を使った『モダンアート』の中国語版を発売したり、『スチーブンソンズロケット』の中国マップを計画したりするなど、面白い動きを見せている。既存のゲームでも、デザインを変えれば注目される。『ウントチュース!』日本語版を作者のワレス(イギリス)にもっていったタナカマさんは、ワレスファンにもみくちゃにされて大変だったという。

学研がA.R.ムーン(アメリカ)に作らせた『ハッピードッグ』のようにあまり成功しなかった例もあるから、一足飛びにオリジナルでなくともよい。例えば『チケットトゥライド』の関東版などをデイズオブワンダー社公認で作ったら海外でも引く手がありそうだ。

デザイナーブランドはまだまだ確立されていない日本だが、海外ゲームの日本語版ばかりでなく、有名デザイナーや有名タイトルを足がかりに海外展開するメーカーが出てきてもよいのではないかと思う。ヤポンブランドに参加しているメーカーあたり、そのような展開を検討してはどうだろうか。

ゲームリンクの原稿を書くためにネットで調べ物をしていて、ドイツでは保守主義という理由から、ボードゲームをプッシュする人がいるのではないかと感じた。

子供中心に面白いゲームを選ぶ賞「キッズゲームエキスパート(Kinderspielexperten)」を運営しているのは、カトリック青年同盟ダルムシュタット支部(BDKJ)。地域の青少年の健全育成と保護を目的とする団体である。また、今年からドイツ年間キッズゲーム大賞に後援することになったドイツ連邦家族省大臣のK.シュレーダー氏は中道右派ドイツキリスト教民主同盟(CDU)の政治家である。さまざまなメディアに右往左往しないよう、ボードゲームによる家族回帰を訴える。

ドイツ年間ゲーム大賞審査員のB.レーライン氏はコンピュータゲームとの対比でボードゲームの長所を述べる。「ボードゲームでは、コンピュータゲームも同じですが、何らかの役割を演じます。自分が騎士になったり、ファンタジーのキャラクターになったりするわけです。でも相手はスクリーンです。ボードゲームでの相手は人間です。一緒に笑い、怒り、ときには協力することだってあります。アクシデントも起こります。テーブルを掴んだり、ボールが下に落ちたりして笑う。こんなことがコンピュータゲームには全くありません。ほかにも、ボードゲームは世代をつなぎます。母と子供、祖父母と孫が一緒に同じ卓を囲むのです。こんな娯楽はほかにありません。」

テレビゲームやネットゲームを貶すことによってボードゲームを持ち上げるのは、日本でもしばしば見られる論調である。テレビゲームやネットゲームの流行を考えれば、確かにそれは事実かもしれないが、伝統を守って急激な改革に反対する保守主義が根底にあるのではないか。

ドイツにおいてボードゲーム(Gesellschaftsspiel、広義のマルチプレイヤーゲーム)は文化といってよい。シュミットの創立は1907年、ラベンスバーガーは1883年、コスモスは1822年、ASSはなんと1765年の創立である。こんなに古くからボードゲームが作られていた。家族でボードゲームを遊ぶ中で、祖父母から親、親から子へと遊びが受け継がれていく。これに対してテレビゲームやインターネットは、そんな伝統を脅かす改革勢力である。ドイツ人がしばしばネガティブに捉えるアメリカ資本主義の象徴とも捉えられる。テレビゲームやネットゲームでは社会性が身に付かない、受動的になってしまうと目くじらを立てるのは、革新的なものに対する拒絶反応にも見える。

日本でボードゲームをプッシュしている人には、懐古趣味ぐらいならともかく、このような保守主義はないだろう。むしろ逆に、常に革新的なものを求める舶来主義があるかもしれない。ドイツ製とか木製というと、教育によさそうとか思ってしまう人は少なくない。幸い、囲碁や将棋が伝統的に広められているのでバランスが取れている。

保守主義にせよ、舶来主義にせよ、そんな主義主張がないとボードゲームを出せないのは悲しいものだが、大人というのはただ楽しいだけではすまないのかもしれない。

読売新聞のフォーラム「発言小町」に、奥さんからボードゲームという趣味を理解してもらえない男性の書き込みがあった。

私は月1ペースで友人と集まり、日中ボードゲームを遊んだ後で、それを肴に宴会をするのを楽しみにしているのですが、いまいち妻の受けがよくありません。妻いわく「麻雀ならともかく、大の大人が集まってただゲームする状況が理解できない」とのことです。

相当レスがついているが、男性女性問わずほとんど賛意ばかりである。もっとも、ボードゲーム愛好者が書き込んでいるようなので、一般的に理解してもらえるかはこれだけで分からないだろう。

知り合いの既婚ボードゲーム愛好者では、奥さんもボードゲームを好きだという人は珍しく、たいていは不興を買っているか、よくて(悪くて?)無関心といったところだ。結婚を機に、ボードゲームから遠ざかるという人もいる(そして子供をダシにして少しずつ復活する)。

その原因は、ボードゲームという趣味がマイナーということよりも、疎外感(自宅なのに奥さんにかまわないで仲間と盛り上がっている)や荷物の多さ(ボードゲームは本当にかさばる)によることが多いようだ。

反対の立場で考えてみよう。休日に、奥さんの友達がやってきて延々おしゃべりで盛り上がっている。おしゃべりに入ろうとしても、話題にまるで付いていけないのですごすごと退散。笑い声が聞こえてくるのをよそに、自室でネットをしたり、子供の世話をしたり。それが夜中まで続くとしたら、耐えられるだろうか。

また、奥さんが通販に凝っていて洋服やらバッグやらどんどん品物が届く。収納スペースはもういっぱいなのに、またダンボールが届いた。おいおい、前に買ったのもろくに使ってないじゃないか。どれか処分してから買えよ……なんてことを言いたくならないだろうか(おしゃべりとか洋服とかバッグとか、ステレオタイプですみません)。

自分の不快を直接表明すれば角が立つ。そんなとき、趣味がマイナーであるとか、オタクくさいとか、仕事の役に立たないとかいうことが格好の攻撃材料になる。「大の大人が集まってただゲームする状況が理解できない」という奥さんの発言の裏には、そんな感情があるような気がしてならない。

まとめ:
1.自宅ゲーム会もほどほどに。近所の公民館を借りるという手もある。
2.奥さんの趣味にも協力を。趣味は寝ることや食べることくらいしかないという人には、精一杯の自由時間を。
3.ゲームに買いすぎには気をつけよう。

私の場合、自宅ゲーム会は月1〜2回程度で、前日や前の週に家族みんなでお出かけしてガス抜き(ゲーム会のためにお出かけをしているわけではないけれど)。ゲーム棚は5つで、入りきらなかった分は放出する約束。とはいえたまに、妻と遊ぶこともある(この頃はワードゲームばかり)。

読売新聞発言小町:趣味がボードゲームって…

マックス・ウェーバーの『プロスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の新訳が出た。出版社である日経BP社の編集委員は「学者の翻訳は学問的な正確さを期すが、日本語としてはいかがか。今日の翻訳技術は格段に進歩しています。」新訳には専門領域にも詳しく、複数言語に通じ、なによりも日本語として伝わる翻訳ができる在野の実力者を選んだという(朝日新聞1/31朝刊読書欄)。哲学文献の翻訳でも、ドイツ語ルールの翻訳でも思い当たる節がたくさんある。

欲を言えば単語の一対一対応にこだわらずこなれた訳をめざしたいが、分かりやすい訳語の選択も重要な要素。学者は正確さを期すあまり、わざと一般的でない言葉を使ったり、ときには造語までしたくなる。そのため一般の人が読むと、てにをは以外全然分からないなどということも。学術論文ならそれでよいが、一般の目に触れる本ではそうはいかない。

ゆうもあのレビューでは「プレイヤー」という言葉が一般には分かりづらい専門用語として使わないことになっている。ほかにも使わないことになっている言葉として「ターン」「フェイズ」「ラウンド」「プレイ」「ドロー」「ディーラー」「デッキ」「トリック」などがある。多くの人に読んでもらうため、よい方針だと思う。

私は日本語ルール制作でも同じことを心がけていて、ラウンドとフェイズは適切な訳語が思い浮かばないのでそのまま使っているが、プレイヤー→人、ターン→手番(ワレスのゲームではラウンド)、プレイ→出す、ドロー→引くなどと日本語にしている。「シャッフル」はハサミをもってくる人がいるといけないので「混ぜる」。

しかし、レビューではあまり問題にならないが、厳密さが問われるルールでは困ることもある。プレイヤーが、ゲーム中に何か人間を複数担当している場合がそうだ(例えば『アグリコラ』)。その人間コマなのか、その人間コマを担当しているプレイヤーなのかはっきりさせなければならない。

そのためレビューでは「一番お金を儲けた人が勝ちです」が分かりやすくて望ましいが、ルールでは「一番お金を儲けたプレイヤーが勝ちです」と書かなければいけないことも。そう見ていくとプレイヤーと人の区別が必要になり、全てプレイヤーで統一することになる。

また複数の人間を担当しないゲームでも、表現上「各プレイヤーは」を「各人は」というのもしっくりこないので、「プレイヤー」はなくしづらい。

アマゾンの『ニムト』のレビューに「何回か読んでいたけど、やはりルールが理解できず遊ばずやめてしまった。説明不足すぎる。もう少しわかるように書けと言いたくなった。」というのがある。実際『ニムト』は説明しにくいところがあるが、愛好者には当たり前に思える言葉が、一般には通じないことを十分に念頭に置いておきたい。

2009年度の各国のゲーム賞状況をまとめたところ(ボードゲーム各賞受賞2009)、『ドミニオン』より評価されたゲームが予想より多かった。『ドミニオン』はドイツ年間ゲーム大賞、ドイツゲーム賞、アラカルトカードゲーム賞の3冠を達成しているが、不思議なことにドイツ以外のゲーム賞はノミネートや入賞止まり。大賞や1位に選んだのはフィンランドしかない(日本は投票中なので、まだこれからだが)。お国柄だろうか、それとも『マジック:ザ・ギャザリング』ぐらい従来のゲームとはかけ離れた印象をもたれたのか。

では、『ドミニオン』より評価されたゲームとは何だったかというと、まず『ディクシット(Dixit)』である。もともとフランスのゲームだが、フランス年間ゲーム大賞、スペイン年間ゲーム大賞、フランストリックトラック賞3位(『ドミニオン』は4位)という高い評価を得ている。絵のイメージを言葉にして、できるだけ少数の人しか分からないように伝えるというユニークなコミュニケーションゲーム。ルールが至極簡単なので年齢やプレイ経験を問わず勧められ、また美しいイラストも楽しめるのはすごい。追加イラストを加えた『ディクシット2』も発売予定になっているようだ。国内の評判はこちら

次は『スモールワールド』。これもフランスのゲームだが、国際企業であるデイズ・オブ・ワンダー社から発売され、アメリカのゲーム100選で大賞、フランスのトリックトラック賞で1位に選ばれている。フェデュッティのマイゲーム大賞も獲得した。内容は能力の異なるファンタジーの種族を次々に変えて戦闘を繰り広げる戦争ゲームである。ドイツでは年間ゲーム大賞が完全に無視し、ドイツゲーム賞も5位止まりとなっていて、国によってこうもはっきり評価が分かれるものかと驚く。日本語版になってもなお遊びにくいという人が多い日本での評価はこちら

そして『ルアーブル』。フランスを舞台にしているが、ドイツのゲームである。いろんな能力を持った建物を建てて資産を増やす拡大生産系のボードゲーム。ドイツゲーム賞では2位だったものの、1位の『ドミニオン』とは倍近くポイントの差がついている。評価したのは英語圏の選者が多い国際ゲーマーズ賞で大賞、フランスのトリックトラック賞で『スモールワールド』に次ぐ2位。日本語版は『アグリコラ泥沼』などの新作に押されて発売が遅れている模様だ。

そのほか、オランダゲーム賞は1〜3位が『アグリコラ』、『パンデミック』、『ストーンエイジ』(4位が『ドミニオン』)で、オーストリアゲーム大賞はレゴゲームの『ラムセスのピラミッド』を大賞に選んでいる。

以上を見ると、アメリカのゲームである『ドミニオン』を含め、ドイツゲームが少ないのが今年の特徴である。ドイツゲーム賞ですら、外国のゲームが10位以内に4タイトルも入っている。面白いゲームはどこの国のものであってもすぐ世界中に広まり、そうでないものはすぐに埋もれてしまう。ドイツの大手メーカーであっても安泰ではない。

ゲームから人へ

| コメント(0) はてなブックマーク - ゲームから人へ

たくさんのボードゲームを遊ぶのは、プラトンのイデアのように、面白いゲームを求め続けてのことであるが、逆説的に、遊べば遊ぶほど、面白いと思えるゲームの割合が減ってくるのではないかとこの頃思うことがある。

ボードゲームを本格的に遊び始めたのは大学4年の頃である。オーケストラの練習が終わってから、亀有のアパートに集まって月1回、サークルの友達や後輩と徹夜でゲーム会をした。最初から徹夜で遊ぶつもりではなかったが、あまりに面白いので徹夜になってしまうのである。

その頃遊んだゲームは、『ダイナマイト』、『グラス』、『エドカ』、『ジニー』、『大判小判』あたり。ほとんど東急ハンズで手に入れた。奥野かるた、メビウスを知るのはもう少し後になってからである。これらを毎回ローテーションして繰り返し繰り返し遊んだ。どれも面白かった。今、これほど遊んでいるゲームはない。

それから13年経った現在、ドイツにまで行くようになったのに、本当に面白いと思えるゲームは滅多に出会えなくなってしまった。「今年のエッセンでは、何がオススメですか?」という質問に、今年はまだ自信をもって答えられるタイトルがない。

これはもちろん私の個人的な心境にすぎないが、現在のドイツゲーム市場が置かれている状況もそれに近い。愛好者はどんどん新しいものを求め続け、タイトルは増え、寿命は縮まる。そのためロングセラーになりうるのは、今やほんの一握りに過ぎない。

そんな今日この頃であるが、必ずしも悪いことではないと思っている。個別のタイトルにこだわりがなくなってきた分、仲間と楽しむという面が強まっているからだ。新作をだしにして、気の合う仲間が集まる、しゃべる、笑う。初対面より2回目、2回目より3回目が楽しい。ゲームはノンリプレイ派でも、プレイヤーは超リプレイ派である。

何十年も続いているゲームサークルにいくと、ゲームをしないでおしゃべりだけで終わる人もいるという。まだそこまでの境地には至っていないが、その気持ちが何となく分かるような気がしてきた。ゲームマーケットはもちろんのこと、エッセンでさえも、新作を見に行くイベントというよりも、知り合いと会いにいくためのイベントになりつつある。

つまり一緒に遊んでくれる人々や、レビューを読んでくれる人々によって、私の今の趣味は続けられている。今年一緒に遊んで頂いた方々、当サイトをご愛読頂いている方々に感謝し、年末の挨拶といたします。

今年のエッセンでは、多くのワーカープレイスメントゲームが人気を集めた。『ヴァスコダガマ』『エジツィア』『カーソンシティ』『オペラ』『ダンジョンロード』など、こんなに出てはこのシステムも使い古されるのではないかと心配になるほどの勢いである。

ワーカープレイスメントの元祖は『ケイラス』だとされているが、『ケイラス』の作者W.アティアは『プエルトリコ』にヒントを得たと言っている。『プエルトリコ』も、コマは配置しないけれども前に誰かが選んだ職業はもう選べないので、広義のワーカープレイスメントと言えるだろう。

『ケイラス』の影響を受けたと見られるゲームは『大聖堂』や『護民官』があるが、最もインパクトが大きかったのは『アグリコラ』だろう。作者のU.ローゼンベルクは『ケイラス』に刺激を受け、コマ数がだんだん増えるものにした。さらに選択肢を広げた『ルアーブル』も作られる。通常、ボードゲームの開発は1〜2年かかるというから、今秋にたくさん出たワーカープレイスメントゲームは、『アグリコラ』に影響を受けて作られたものと言えるだろう。

今回『ヴァスコダガマ』のルールを読んでいて、これはPCゲームに移植できそうなゲームだなと思った。ゲームのフローチャートが明確で、交渉や競りなど、手番中にほかのプレイヤーの選択をはさむところがないし、秘密のボーナス条件などの隠蔽情報もないからである。要するにパズルゲームなのである。

単にワーカープレイスメントがこの頃流行っているだけだという見方もできるだろうが、先日読んだオーストリアの記事で別の見方もあるのではないかと思うようになった。オーストリアゲーム大賞の審査委員長ダグマー・デ・カサン氏は、ここ近年ボードゲームのルールが複雑になり、イラストやコンポーネントが豪華になっている原因を「コンピュータゲームによってややこしい手順を理解できる世代が育ってきたこととも関係があります」と推測している。今、遊ぶ世代が変わりつつあるという指摘だ。

子供の頃からテレビゲームに慣れ親しんできた世代というと、世界的に35歳以下といったところか。おひとり様用の娯楽が充実し、その恩恵を受けてきた根っからの「シングルプレイヤー」(東京おもちゃ美術館・多田館長)である。この世代が複雑なルールを理解できるかどうかは分からないが、他人との関わりや、他人からの干渉を好まない傾向はありそうだ。

子どもが一緒に遊んでいるのに、背中を向けあって携帯ゲーム機で遊んでいる光景をよく目にする。それに対して大人は「何のために一緒にいるのか分からない」とコメントする。実は通信対戦しているのかもしれないけれど、目を合わせて会話することを必要とせずに、一緒にいて楽しめるのだ。対人で遊ぶボードゲームでも、その世代が好むゲームは、自然とインタラクションが薄めのものとなり、そこでワーカープレイスメントが格好のシステムになる。

もちろん、実際はワーカープレイスメントにもほかのプレイヤーとの絡みはある。上位プレイヤーを意識して行動するわけだし、ほかのプレイヤーのほしそうなものを読んで、自分もほしいなら先に取りに行かなければならない。だが少なくとも自分の手番中にほかの人が絡んでくることはないし(あれこれコメントすることはあるだろうが)、ほかの人が大ダメージを受けても自分だけの責任にならない。その程度の絡みを快適に感じる世代が増えているのではないか。

ワーカープレイスメントではないが、同じことは『ドミニオン』にも言える。ほかの人の行動を気にしないでひたすら自分の王国建設に専念できるし(それで勝てるかどうかは別として)、攻撃は特定の誰かを追い落とすというよりは無差別的に行われる。

かつては、インタラクションの多さはボードゲームの面白さのひとつの指標であった。ところがインタラクションが少ないほうが適度に感じる人の割合が増えている。自由に特定のプレイヤーを直接攻撃できるゲームは好きではないという人ならずとも、「インタラクションが多ければ多いほど面白いというわけではない」というのが今のひとつのトレンドを象徴する意見なのかもしれない。

当サイトで紹介しているゲームは知名度が低い。gooランキングで「ホームパーティでみんなで遊ぶにはぴったりなゲーム」を聞いたところ、1位が『ウノ』、2位トランプ、3位『人生ゲーム』、4位Wii、5位『ジェンガ』という結果になったという。アナログゲームがまだWiiを上回っているのは嬉しいことだが、比較的有名な『ニムト』でさえ、このランキングでは20位にも顔を出さない。

上位ゲームに共通するのは、日本全国どこでも入手できること、そして改めてルールを読んだり説明したりする必要がないということである。遊んだことがない人でも、遊びながらルールを理解できるだろう。その点で、当サイトで紹介しているゲームは全くかなわない。

でも、それだけでは悲しいので、入手難易度は「アマゾンで手に入るもの」くらいにして、ルールが簡単でパーティゲームにぴったりなものをいくつか挙げてみたい。クリスマス、大晦日、お正月、忘年会、新年会で登場する機会が少しでも増えたら嬉しい次第。

ごきぶりポーカー
先月の「スペシャルギフト」で矢作兼氏(おぎやはぎ)が紹介したり、3年ほど前に伊集院光氏がラジオで紹介したりして何かとメディアに登場しているドイツのカードゲーム。ウソをついて嫌いな虫や動物を押し付けあおう。2〜6人用、8歳以上、15分、1800円。
TGW:日テレ「スペシャルギフト」にカードゲーム
Mellow My Mind:伊集院光、ごきぶりポーカーについて語る
アマゾン:ごきぶりポーカー

ワードバスケット
しりとりのルールで遊ぶスピーディなカードゲーム。場に出ているカードの文字から始まり、自分の持っているカードの文字で終わるような言葉を言って出す。順番はなく、思いついたもの勝ち。慌てすぎて品性を疑われる言葉を口走らないよう。2〜8人用、10歳以上、10分、1500円。
Board Game TV -ワードバスケット(動画)
アマゾン:ワードバスケット

フラッシュ
最後は紙とメモさえあれば遊べるゲーム。親が言ったお題で連想するものを8つ書く。1人ずつ発表して、同じ答えを書いた人の数だけ得点(単独は除く)。3ラウンド行って合計点の多い人が勝ち。テーマは「クリスマス」「結婚」「チョコレート」など自由に考えて。仲間によっては内輪に走っても面白い。もとはドイツで1991年に発売されたゲームで、お題カードが入っていた。3〜10人用、10歳以上、15〜30分。
The Torolic World:オンライン・フラッシュルール

gooランキング:パーティーの盛り上げ役は、やっぱり《UNO》

長引く不況で、ボードゲームが脚光を浴びているという。『人生ゲーム』や『モノポリー』の売れ行きが好調であるほか、ドイツやオーストリアでも子どもゲームの売り上げ増が報告されている。国内外の記事の分析をまとめると、不況でボードゲームが売れる原因として以下のものがあるようだ。

1.在宅時間の増加
2.みんなで過ごす
3.娯楽費の節約
4.現実逃避
5.伝統的なものへの回帰

1.失業や休業で仕事がないと、在宅時間が増える。私の周囲でも、昨年の今頃の話だが、「16時終業」「年末年始休暇が3週間」「週休4日」という話を聞いた。減給も避けられず、「辞めて失業保険をもらったほうが高いが、その後に就職できそうにない」と転職にも消極的になるという。今年も就職内定率の低さからいって、この状況は継続していると言える。インドアの趣味にもいろいろあるわけだが、下記のような事情も手伝ってボードゲームが有力な選択肢になる。

2.在宅時間が増えれば、自然と家族や友達と過ごす時間も増える。暖房費を節約するために同じ部屋にいるという事情もあるだろうが、会話をしてストレスを発散するという意味もあるだろう。特に子どもがいる場合、会話の潤滑油として効果的なのがボードゲームだ。大人だけならばお茶でもお酒でももつが、子どもとなるとみかんだけでは足りない。テレビだって見飽きてくる。そんなときにボードゲーム。勝利をめざすことで集中力が持続し、ルールを守ることで一体感が生まれ、お互いの手に一喜一憂して盛り上がれる。こうしてみんなで過ごすというメリットを最大限活用できる。

3.暇はあるが、お金はない。旅行はもちろんのこと、家族で映画に行くくらいでも1回で4,5千円はすぐにかかってしまう。また、テレビゲームもハード・ソフトともに決して安くない。その点、ボードゲームは比較的安価で何度も遊べるのでお得感がある。

4.ボードゲームの中では非日常の体験ができる。大金持ちになって大金をはたいて大きな買い物をしたり、歴史上の人物になって手下を自由自在に動かしたりするのは、欲求不満の解消に大いに役立つことだろう。たとえ失敗して負けても、それはゲームでのこと。だから日常生活の壁を取っ払って大きな気持ちで臨める。

5.先の見えない時代を生きていると、どうしても保守的な考えになりがちである。親は自分の子ども時代を振り返り、昔楽しかったもの、懐かしいものを子どもに与えようとする。ファミコンブーム前に子ども時代を送った30代後半以上の世代が、今ちょうど子育て世代に差し掛かっている。そこで自分が昔楽しんだボードゲームを子どもにも、という考えが起こりやすい。

こうして理由を考察すると、ボードゲームを手に取る人が増えているのも頷ける。もうすぐクリスマス。冬休み、お正月も近い。『人生ゲーム』や『モノポリー』だって悪くはないが、「巣ごもり家族」には、今ホットなゲームとして次の3タイトルをオススメしたい。

ドメモ
自分が持っているタイルの数字を当てる推理ゲーム。自分のタイルは相手側を向いており、自分は見ることができない。でも全体で1は1枚、2は2枚、3は3枚……とあることが分かっている。ほかの人は自分のタイルを見て数字を言うから、言われた数字をもとに自分の数字を推理しよう。数字だけでなく、言うのにかかった時間や、言うときの表情もヒントになりえる。2〜5人用、小学校低学年〜。

モウ
七並べのように、ウシカードを数字の順番に並べていくゲーム。ただ、前に置かれたカードより大きいか、小さいほうにしか置けないことになっており、だんだん置けるカードが少なくなっていく。出せなかったらカードを引き取って、その分だけマイナスポイント。苦しくも楽しい我慢比べゲームだ。2〜10人用、小学校中学年〜。

パンデミック
新型インフルエンザがまだ猛威を振るう現在、地球上に蔓延するウィルスをみんなで協力して退治しよう。このゲームには個々の勝者はいない。全員が勝利するか敗北するかのどちらかだ。お互い持てる力と頭脳をもちよらなければならない。ゲームは個人の勝敗がつくのがイヤだという方に。2〜4人用、小学校高学年〜。

ノンリプレイの理由」には、さまざまな意見が寄せられた。1回しか遊ばないゲームが多い私にとって、そういう楽しみ方もあってよいだろうと述べたかっただけだが、勢い余ってノンリプレイ主義を標榜したのは行き過ぎだったと反省している。

ただ、この話がもとで一口にリプレイ/ノンリプレイといってもさまざまな楽しみ方があることが分かったのは収穫だった。とことん一つのゲームを突き詰める人、2,3回遊ぶ程度の人、2,3回目を期すものの結局遊ぶ機会がもてず1回で終わる人、意図的に1回しか遊ばない人がおり、また繰り返し遊ぶ(遊ばない)理由も自分の意思や性格だけでなく、周囲の意向、経済的理由、物理的理由などさまざまである。

この違いは何によるものだろうかと、ゲーム会の後の食事で話し合ってみた。その結果、次のような論点が寄せられた。

1.ボードゲームの目的
2.ボードゲームを遊んできた環境
3.アメリカゲームかドイツゲームか
4.現在ボードゲームを遊んでいる環境

1. ボードゲームの目的は、勝敗とコミュニケーションのどちらかという問題はよく話題になる。何度も遊んで戦略を研究し、腕を磨いて真剣勝負に臨みたいという人と、一応勝敗は目指すけれども、軽く遊びながらゲーム中の会話や笑いを楽しみたいという人が同席したら、お互いにストレスを感じるかもしれない。前者は後者の「ゲームを壊す」ような手が許せないし、後者は前者が「最善手」「定石」などを押し付けてくるようで怖い。

2. このような目的の違いをさらに考えると、これまでボードゲームを遊んできた環境に行き着く。サークルなどで先生や先輩の指導を仰ぎながら囲碁や将棋のようにプレイしてくれば、自然と勝敗重視の姿勢になるだろうし、ちょっとした時間つぶしや親交の一環として友達と遊んできた人ならば、コミュニケーション重視になるだろう。今までと違う目的を急につきつけられても、今までの自分を否定するようで簡単に修正できない。

3. 一口にボードゲームと言ってもいろいろあるのに、めいめいが自分のイメージで語っているのも、噛み合わない原因かもしれない。一般にアメリカゲームは手番の自由度が高く、その分ゲームバランスはプレイヤーに依存する。プレイヤーやその選択が変われば、ゲームの展開も大きく変わる。これがやり込み要素になる。一方ドイツゲームはシステムでガードされており、無茶なことはできないようになっている。ファミリーでも安心して楽しめ、プレイヤーが変わってもゲームの展開は大きく変わらない。システム自体の面白さや目新しさが重要である分、一定期間を措かずに繰り返し遊ぶと飽きが来やすい。

4. 結局は現在の自分のプレイ環境次第ということになる。というのも、勝敗重視であれコミュニケーション重視であれ、経験値や実力に違いがありすぎると楽しめないからだ。一緒に遊ぶ仲間がいて初めて成り立つ趣味なので、独りよがりにならないよう、周囲の仲間とお互いよく刷り合わせをしておくのが望ましい。「プレイスタイルが合わないので一緒に遊ばない」という選択はできるだけなしの方向で。

私は多くの人と同様、繰り返しプレイするに値する面白いゲームを探すために新作をプレイするというのが実際のところである。繰り返しプレイするに値する面白いゲームが、一生かかっても遊びきれないほど多いのが悩み。その点については、レビューを読んで興味をもってくれた人が遊んでくれて、総体としてのプレイ回数が増えれば、1人では遊びきれない分が補われると考えている。

メビウスゲームズのインタビューで、新しいボードゲームはルールを覚えないといけないのでたいへんじゃないかという質問に対して、能勢さんはこのように答えている(『トイプラス』) 。

それはないんじゃないかと思いますけどね、大人でもそうですけど知ってるゲームをやりたいっていう保守的な考え方がどっかにありますね、それから目新しいものやってみたくてしょうがないっていうところと、やっぱり同じじゃないですかね。

当サイトで行ったアンケート「同じゲームを2回以上プレイしますか?」では、はいという答えた方が6割、1回しか遊ばないゲームが多いと答えた方が2割だった。2回以上プレイするという人にも、2,3回の人から、何十回何百回と繰り返す人までさまざまいるだろうから、皆が「やり込み派」というわけではないだろう。しかし、1回しか遊ばないゲームが多いという人は「ノンリプレイ派」と言える。

私はノンリプレイ派である。どこかで遊ぶことができたゲームはどんなに面白いと思っても買わないようにしているし、所有するゲームも遊んだら積極的に手放すようにしている(収納スペースの問題もあるが)。また傑作といわれるゲームでも、5年に1度ぐらいしか遊ばない。こんなノンリプレイ派はごく少数のようだ。

ノンリプレイ派は「新作(つか、買ったゲーム)をとっかえひっかえ遊んでおもろいか?」などと揶揄され、モノを大切にしていないとか、ゲームの真価を捉えていないとか批判されることもある。しかしこれは趣味や好みの問題であり、繰り返し遊ぶのと比べて正しくないとか良くないというものではない。

そのことを分かってもらうために、繰り返し遊ばない理由を以下に記しておきたい。もちろんこれは、繰り返し遊ぶ楽しみを否定するものではないし、ノンリプレイをオススメしているわけでもない。マイナーな趣味のマイナーなプレイスタイルにも一理あることを分かって頂ければ十分である。

ヨーロッパでは、ボードゲームの国際展開をにらみ、多言語ルールを付けることが多くなった。かつてはドイツ語オンリーばかりだったドイツメーカーも、大きなアメリカ市場を見据えて英語ルールをつけたり、パッケージの英語版まで作ったりしている。

ドイツメーカーが作る英語ルールは癖があって読みにくい上に、ドイツ語の原文と異なることが書いてある。そういうときはドイツ語ルールの記述を優先するようにしている。ドイツ語がオリジナルで、英訳するときに誤訳があったと考えるのが自然だからだ。

ところが、フランスやイタリアやオランダのメーカーとなると、ドイツ語ルールも英語ルールもオリジナルではないだろう。自国語が読めれば一番いいだろうが、それが無理ならば両方を読んで誤差を探ることになる。

そうして両方を読んでみると、ルールとして信用できるのはやはりドイツ語ルールだ。おそらくこれは、英語ルールがノンネイティブによって作られているのに対し、ドイツ語ルールはドイツ語のネイティブに依頼して作ってもらっているからだと考えられる。

ノンネイティブの英語は、外国人に理解できないことが多い。フランス英語、イタリア英語、オランダ英語は少しずつ異なり、日本英語「ジャングリッシュ」を話す日本人には理解しにくい。それぞれの国の言葉遣いや文法に影響されていているからだろう。

もうひとつ、ドイツ語ルールに軍配が上がるのは、ボードゲームのことをよく知っている人が翻訳しているように感じられるからだ。ドイツ人にルールのドイツ語訳を頼むとき、コアなボードゲーム愛好者に当たる可能性は高いだろう。原文に不備があれば作者に確認したうえで重複も漏れもないように仕立て上げるには、普段から数多くのボードゲームを遊んでいなければならない。

ルールの書き方には世界共通のスタンダードがあり、そのスタンダードを作ってきたのはドイツである。各社が作る日本語ルールで最も定評があるのはメビウスゲームズのルールだが、訳者の手腕だけでなく、メビウスゲームズが主にドイツのメーカーを取引先としており、ドイツのメーカーはもともとしっかりしたルールを作っているという背景もあるだろう。

というわけで、オリジナルが英語版でない限り、一昔前の医学がそうであったように、ドイツ語を参照するのはルールを正確に理解する上で必要なことである。

「プレイヤー」といえば、ボードゲームやスポーツをする人のほかに、演奏家や役者という意味がある。そこで学生時代にはまっていたクラシック音楽の演奏とボードゲームのプレイを比較した。

まず作曲家とデザイナー。音楽には有名無名の作曲家がおり、好みも分かれる。より多くの人に好まれる作曲家が結局後世に残っていくわけだが、中には死後急速に忘れ去られたり、逆に死後急激に評価が上がったりすることだってある。ボードゲームにデザイナー名が明記されるようになってから約30年、有名無名の差や、人気の浮き沈みも見られるようになってきた。もしかしたら今は全く評価されないボードゲームが、数十年後にヒットしているかもしれない。

楽曲は古典から現代に向かって進化しているかと言えば、そうとも言い切れない。現代音楽がワケのわからないものの代名詞だったりする。音楽史を見れば古典回帰の時代もあった。そういう点からも、古いボードゲームが後世に評価される可能性はありえる。何であれ現代というものは歴史にまとめにくいものであり、5年、10年のスパンでは簡単に判断できない。

古いものに新しい価値を見出すのは誰だったかといえば、演奏者であり、聴衆であり、音楽評論家である。プレイヤーが達人で観衆がつくようなボードゲーム(囲碁や将棋など)は多くないが、ちょっと心得があれば誰でもプレイヤーになることができるから、あちこちで評価を広めれば、個別の作品の価値は自然に見出される。

でも演奏するのが難しいからといって、楽曲が悪いと決め付けるのはおかしい。確かに作曲家が奇を衒いすぎて、誰もついて来れないということはある。しかし作曲家の意図を理解し、行間を読み、自分なりの創造性を加えれば、聴くに値しないような作品はほとんどない。ボードゲームも、プレイヤーの腕前によって面白さは全く変わる。ここでいう「腕前」とは思考力のことだけではなく、コミュニケーション力、表情、参加者全員の調和も含めた総合的なものである。ただ勝てばよいというものでもない。

名演奏家がいるのと同様に、このような総合的な腕前をもったボードゲームの名プレイヤーも存在する。紳士的な態度、ルールの正確な理解と適切な運用、皆を唸らせるクレバーな一手、当意即妙な会話、負けてもウケを取れる余裕……そんなプレイヤーと遊べば、面白さは何倍にも跳ね上がる。童謡をプロが演奏すれば感動的な演奏ができるのと同様、子供ゲームも、名プレイヤーが遊べば子供がいなくても楽しいセッションになる。

もっとも、そういう人がいるからといって自分も受身になってはいけない。ゲームメイクは、プレイヤー全員のアンサンブルである。演奏がきまったときの喜びが最高なのと同様、ボードゲームも、心をひとつに合わせて、最初から最後までエキサイティングに楽しめたら最高である。

音楽演奏には一流志向と娯楽志向があるが、必ずしも相反するものではなく、重なるところも多い。演奏技術が上がってレパートリーが増えたり、皆とより合わせられるようになったりするのは楽しいものだ。ボードゲームも、勝敗ばかりに気をとられず、しかし勝敗を捨てるわけではなく、適度に勝敗をめざしながらいろいろなゲームを皆と一緒に楽しむのがよい。

お気に入りのボードゲームを、仲間と心を合わせて遊ぶ。そういう営みのひとつひとつが、歴史を作っていくのだろう。

重量級ゲーム

| コメント(0) はてなブックマーク - 重量級ゲーム

近年、ドイツゲーム賞を受賞しているような難易度高め・所要時間長めのゲームを、日本語でネガティブなニュアンスがないようにするには何と呼んだらよいだろうか。

「長時間ゲーム」というと、世の中には5,6時間やそれ以上かかるものもざらにあるから、2,3時間くらいでは短いという人もいる。 また、内容は易しいのに収束性が悪くて長引くゲームもなくはない。所要時間だけで、ゲームを分類することはできない。

日本ボードゲーム大賞の部門名で採用されていたのは「フリークゲーム」。範囲はだいたい合っているものの、英語のfreakが「○○狂」と訳されるように、若干ネガティブなニュアンスが含まれる。

ドイツ語では「要求の多いゲーム(Anspruchsvolles Spiel)」と呼ばれている。手番の選択肢ややることが多く、その分だけ時間がかかり、戦略性も高いという意味だ。ゲーム賞では、オーストリアゲーム大賞で「エキスパートのためのゲーム(Spiele für Experten)」、国際ゲーマーズ賞やゲーム100選で「戦略ゲーム(Strategy Game)」という言葉がある。

『ドイツゲームでしょう!』では極力ニュートラルな表現を心がけて「重量級ゲーム」と呼んだ。重いゲームが好みの人もいれば、そうでない人もいるから、ニュートラルな表現が望ましい。だが、あまり一般的ではない。

みなさんはどんな呼び方をしていますか? どう呼んだらよいと思いますか?

ドイツゲーム賞が昨日発表された。国内の取り扱い状況を見ると、10位以内で日本語版が発売されているものが4タイトル(ただし『ルアーブル』は未発売)、しかも上位3位が全て含まれている。

ドイツゲーム賞を受賞したからといって売り上げが伸びるわけではないと、ハンスのブルンホファー社長は言っていたが、それはドイツでの話。コアなフリークによって小さい市場が成り立っている日本では、ドイツゲーム賞は売れ筋の大きい目安となる。わずか1年以内で人気を先取りしたホビージャパンの先見の明は素晴らしい。

現在、日本語版がブームを迎えている。ホビージャパン、アークライト、ニューゲームズオーダー、メビウスがこぞって日本語版や日本語箱を手がけ、普段あまりボードゲームを遊ばない層にも手に取りやすくなっている。一方のメーカーとしては、日本語版によって流通を押さえられるというメリットがある。

韓国のコリアゲームズが、『キューバ』とか『プエルトリコ』とか、大きなセールスが見込めないものまで韓国語版を制作したのは、流通を押さえる目的があったからだと言われている。英語版やドイツ語版ならばどのショップも仕入れられるが、一旦韓国語版を作ってしまえば流通を一本化でき、その元締めとなって事実上の独占ができる。

ただし相当なロット数を作るのは売れ残るリスクを伴う。事実コリアゲームズはボードゲームブームの下火と韓国経済の不況で韓国語版化をストップさせている。

しかし、日本語版が出るようなゲームが、ドイツでも人気だったというと少し語弊がある。非ドイツ圏のメーカー、リオグランデ、ファンタジーフライト、ズィーマン、デイズオブワンダー、アスモデ、イスタリ、チェコゲームズなどが勃興し、それに伴ってドイツ圏のメーカーの凋落しているという状況を見なければなるまい。

ドイツ圏のメーカーは、90年代の栄光にまだ浸っているのか、同工異曲の作品が少なくない。ヒットした作品は、フランスゲームの『ケイラス』がもたらしたワーカープレイスメントを取り入れたものばかり。ドイツゲームデザイナーのカサソラ氏が「デカダンス(頽廃)」と述べ、ドイツ年間ゲーム大賞審査員のバルチ氏が「ドイツに新しさは全くない」と嘆いていたように、ゲーム好きは非ドイツゲームにどんどん目を向け始めている。

ホビージャパンが日本語版を手がけたのは、実はこうした非ドイツ圏のゲームであった。それがドイツの状況とマッチしていたため、こうして上位独占となるに至ったと言える。同時に日本でも、非ドイツ圏のゲームの魅力が幅広く知られ始めているということだろう。

ホビージャパンはこれからも毎月か隔月に1タイトルくらいずつ、日本語版を検討しているという。そのメーカー選定に狂いがなければ(非ドイツ圏のメーカーは当たり外れが大きい)、上記のような情勢が手伝って、また来年のドイツゲーム賞も、ホビージャパンのゲームが上位を占めることになるのではないかと予想している。そのためにも、翻訳の質の向上は急務だ。

ゲーマーの属性

| コメント(0) はてなブックマーク - ゲーマーの属性

ボードゲーム通信で「ゲーマーの属性」というのがあって興味深く読んだ。

ゲーマーの目立った傾向として、都市部に居住、高学歴、高収入でない、未婚、パソコンの使用歴長い、オタク系の趣味、テレビゲーム経験、理系、第2次ベビーブーム世代、読書好きなどが挙げられている。私にも、またほかのゲーム仲間にも、結構当てはまるなぁ。

それ以外に何かあるだろうか。まず先日の合宿で思ったのは、参加者が1人以外全員メガネだったこと。前に知り合いが初めてゲーム会にいらしたとき、参加者の顔ぶれを見て「メガネしてないんですが、いいですか」と聞いたことがあったのを思い出す。

あと、太りぎみの人が多いかもしれない。インドア志向で運動不足ということか。私も太ってはいないが、ラジオ体操で息切れするくらい運動不足だ。

そして会話能力はどちらかといえば高いほうではない。口下手だから、ゲームを通しておしゃべりをしたいのかも。寡黙で、不器用で、口下手な人は、相手の話を聞かないでしゃべり続ける人よりずっと親しみがもてる。

一言でいえば、好奇心が旺盛で、ものをじっくり考えることが好きということになるかな。この傾向が強いほどアブストラクトゲーム志向、弱いほどカードゲーム志向になる。程度の差はあれ、同じ傾向をもった仲間が見つかるので、よい趣味だと思う。

来週末に久しぶりに親戚が集まるので、その前にせっせとボードゲームを整理。ヤフオクやミクシィを通して、40タイトルほど減らした。

我が家では、棚に入るだけしかゲームを所持できないという決まりがある。ボードゲームはかさばるので、棚からはみ出すのはとても早い。それがボードゲームを定期的に整理する一番の理由だが、ほかにも理由がある。まず1つ目は「悪貨は良貨を駆逐する」。

どんなゲームであれ一般発売されている以上、面白さや価値は必ずある。しかしその一方で好き嫌いがあるのも確かだ。中には、箱を見ただけで萎えるくらいのゲームもなくはない。そういうゲームを棚に納めていると、不思議とほかのゲームまでつまらなさそうに見えてくる。

私のゲーム仲間にも、たくさんボードゲームを持っているけれども時々全部まとめて捨ててしまいたくなるという人がいる。これももしかしたら、私と同じく「悪貨は良貨を駆逐する」という心理かもしれない。そこで定期的に所有ゲームを全部眺め、「これはもう遊ばないな」というゲームを放出することで、ゲーム棚全体のワクワク感を維持している。

これに関連するが、2つ目の理由は、所有量を自分が管理できるくらいにしておくためでもある。たくさんありすぎると、インデックスをつけておかない限り(メーカー別とかアルファベット順とか)、どこに何があったか分からなくなる。ましてや棚が二重になると、奥に何があるか分からなくなるものだ。こうして記憶からなくなることを、死蔵という。死蔵するくらいなら、まだほかの誰かに遊んでもらったほうがよい。

そして最後は、自分が亡くなったとき、遺された者が困らないようにするということも考えなければならないという理由。子供たちに遊んでもらうにしても、ゲーム仲間に引き取ってもらうにしても、はたまた捨てるにしても、量の限界というものはある。

ゲーム棚全体のカスタマイズ、管理できる量に抑えること、そして死後の備え。でも本当は、放出するゲームが惜しいがゆえのただの言い訳だったりして。

その日本語ルールは、原本ですか?

オークションで落札したとき、確認してみましょう。もしコピーだったら、違反報告や返品を検討してください。日本語ルールは、各ショップが手間や時間や費用をかけて製作した著作物です。
-----
ヤフオクで、ショップの日本語ルールをコピーして、個人輸入したゲームに付けて売っている輩がいるという。それで、わざわざ日本語ルールが純正品だと書かなければいけないことになっている。

無断転載・コピーは違法行為であり、落札した品にこういった日本語ルールが付いている場合は、事後であっても違反報告をしたほうがよい。アークライトの検印のページだけカラーコピーするなんていう、まるで偽札作りみたいな話もあるのでよく(目の粗さなどを)確認してほしい。

現在はメビウス訳アーカイブをはじめ、有志が日本語ルールをネットで公開するようになった。原則として公開にはメーカーやデザイナーの許諾が必要なはずだが、アメリカのボードゲームサイトBoardgame Geekでメーカー・ショップ・ユーザーが入り混じって各国語ルールを自由に公開しているのを見ると、公開は緩やかになっているのを感じる。メーカーやデザイナーとしても、無償で販路を広げられるわけだから、著作権を度外視して黙認しているのかもしれない。

こうしたことから、ネットで公開されている日本語ルールを印刷・添付してボードゲームを販売することは(公開した人の善意を利用するような感じがするためか)タブー視されているが、公開先のアドレスを指示して、落札者が自分でダウンロードするのは問題がないとされている。そこでもしかしたら、ネット上のデータは無料で手に入るので、紙ルールのコピーも無料ならば問題ないという間違った認識が起こるのかもしれない。

さらに厳密に考えれば翻訳権という問題もある。かつてはルールを勝手に翻訳して他人に提供することが許されなかったそうだが、今は解禁とまでは言わなくとも、あまり問題にされることはないようなので、ここでは考慮しない。

出品する側としては、日本語ルールが付いているならば、原本をつける。日本語ルールが付いていない場合、ネットに公開されていればアドレスを指示して落札者にダウンロードしてもらう。もともと付いておらず、ネットにも公開されていなければ自分で作る。自分で作れなければ、日本語ルールなしであることを断って出品する。やむをえずコピーをつける事情があるときは、制作したショップやメーカーに連絡して許可をもらうということが必要である。

N個の質問

| コメント(0) はてなブックマーク - N個の質問

消費に淫することの是非、ほか、N個の質問」への私の回答。 みなさんも答えてみてはいかが。

新作追っかけの是非
新作追っかけは、必要である。ボードゲームは、年々進化している。90年代以前のゲームが、今ではバランスの粗が目立つのは、作り手と遊び手が緊張感ある関係を保ち、その中でボードゲームが発展してきたことを示している。このような史観に立つと、新作を追いかけるユーザーがいること(もちろん全員が追いかける必要はない)は、デザイナーやメーカーがモチベーションを高め、よりよいボードゲームを生み出すために必要である。

ネットに攻略情報を書くことの是非
攻略情報は遠慮なく書いてかまわない。ボードゲームは、ほかのプレイヤーの選択肢に勝敗が大きく委ねられることが多いため、必勝法や定石に見えてもそうでないことが多い。また、実際に必勝法があるとしても、プレイヤーはコンピュータではないから、常に必勝法を取るとは限らない(実際取れないことが多い)。『シンペイ』は解析の結果、後手必勝であることが証明されているが、実際は先手でも勝つことが多い。『ドミニオン』お金戦法のときのように、読む側が真に受けたり、強い拒否反応を示したりしないことが大切だろう。

ネットに否定的な見解を書くことの是非
否定的な見解も必要である。そうでなければ単なる提灯記事になってしまう。率直な生の声にこそ真実がある。否定的な見解の原因が、ゲーム自体にあるのか、プレイヤーにあるのか(負けたゲームはつまらないという人もいる)は、読んでいて大体分かる。原因がプレイヤーにあることが分かれば、自分なら楽しめそうという判断もできる。読む側としては、つまらないか面白いかという二元論ではなく、その間にあるさまざまな要素を総合的に勘案できるとよいだろう。

ブログの利用、プレイログを何だと思っているか
自己表現の発信手段。遊んで終わりというのでは、情報が自分や仲間で閉じているようで、何か物足りない。情報を多くの人と共有することで、新しい見地も出てくる。自分が面白い(つまらない)と思ったのはどうしてかを客観的に振り返ることもできる。

ボドゲは文化だと思っているか。思っているときの「文化」の定義
日本の文化だとはまだ思えないが、そうなってほしいという気持ちはある。ここでいう文化とは、共時的(親から子へ)・通時的(友達から友達へ)に一定の広まりをもつもの。

ボドゲが流行したほうがいいと思っているのか、思っているならどういう未来が理想か、誰が何をすればその未来に近づくのか
一過性のブームでなく、趣味のひとつとして公言でき、一般的に認知されるくらいの状態が理想。友達から友達へと伝播してプレイヤー人口が自然に少しずつ増えていけばよいと思うが、それだけではサブカルの域を出ない。親子や学校でボードゲームを遊ぶ機会を増やすこと、日本語版のライトな定番ゲームがいくつか発売されていることが加えて必要である。

日本のメーカは頑張るべきか
海外ゲームの日本語版とともに、本当に日本人の心証にあったボードゲームの定番が待たれる。特にコミュニケーションゲーム、ワードゲームは発展する余地があると思う。

未プr…もとい、Web上での情報交換のあるべき姿
統一感がない雑多なものでよいと思う。真剣な議論を試みても喧嘩になりやすいので、意見のすれ違いは鷹揚に捉えて、ゆるくやりとりするのがよさそう。

自分の趣味の本質はなんだと思っているか
真剣に遊ぶこと。

日本で「ゲーム」といえばテレビゲームだが、ドイツでも近年"Game"はテレビゲームを指すようになり、エッセン国際ゲーム祭で出展されるようなボードやカードを使うゲームはドイツ語で"Spiel"(シュピール)と呼んで区別しているという。それならボードやカードを使うゲームは日本語でどう呼ばれているか。どう呼ぶべきか?

「テーブルゲーム」
私がホームページ「Table Games in the World」を立ち上げたのは96年。「テーブルゲーム」という言葉を使ったのは、ボードを使わないカードゲームを含めたかったからだが、英語で"Table Game"といえばポーカーやブラックジャックなどのギャンブルゲームを指すらしい。日本語で「テーブルゲーム」というとSLG、TRPG、TCGが含まれ、さらに最近はオセロ、チェス、麻雀などのオンラインゲーム、コンシューマゲームも色濃い。その分、ドイツやヨーロッパの輸入ゲームの影は薄くなっている。、「テーブルゲームフェスティバル」は続いているが、「テーブルゲーム」という言葉は時代遅れになりつつあるのかもしれない。

「ボードゲーム」
現在は「ボードゲーム」という呼称が一般的になってきた。英語の"Board Game"、ドイツ語の"Brettspiel"も一般的なので、国際的にも通じやすい。かつて「ボードゲーム」といえば、ボードを使わないカードゲームやダイスゲームなどを含まなかったが、一般化に伴ってこれらも含めた総称になりつつある。そして、比較的新しい言葉であるがゆえにSLG・TRPG・TCG色が薄く、ドイツ市場を中心とするバラエティ豊かなゲームのジャンルを指すことができる。サークル名やサイト名に「ボードゲーム」を入れるケースも多い。

「アナログゲーム」「非電源ゲーム」
日本で「ゲーム」がテレビゲーム中心であることに対抗して作られた言葉であるが、英語で"Analog Game"という表現はせず、また"Unplugged Game"も一般的ではない。デジタルゲーム以外なら何でも入るので、SLG、TRPG、TCG、ドイツゲームを含む広い概念だが、TRPG、同人ゲームで使われることが多いようで、その分、ヨーロッパからの輸入ゲーム色が薄い。

「ドイツゲーム」
90年代にドイツはボードゲームやカードゲームの傑作を立て続けに発信して最先進国となり、その後もドイツ市場を中心に新作が発表されている。英語でも"German Game"、"German-style Game"という呼称がある。狭義の「ドイツゲーム」はドイツ産であるが、広義ではドイツ市場で発表されるゲーム、さらにデザイナー名が前面に打ち出されているゲーム("Autorenspiele")を指す。「ドイツゲーム」はほかにも戦術性、運の要素、インタラクション、プレイ時間、コンポーネント、ルールの長さ、テーマなどで特徴があるが、多様化も進んでおり決まったものはない。日本で「ドイツゲーム」という言葉が広まったのは、ゲーム情報誌『ノイエ』によるところが大きい。デザイナーズゲームであっても、アメリカのゲームならドイツとの同時発売があるので含められるかもしれないが、日本や韓国のゲームまでは含みにくいという難点がある。しかしメディアでも登場する機会が増え、今最も勢いがある。

「マルチプレイゲーム」
複数の人で遊ぶゲームという観点での呼称。『榊涼介/林正之のマルチプレイ三昧』が有名。ドイツ語の"Gesellschaftsspiel"、フランス語の"Jeux de Societe"も意味は同じである。テレビゲーム、オンラインゲームも含まれる。「マルチ」がマルチ商法を喚起するせいかどうか分からないが、一般的ではない。

「ヨーロピアンゲーム」
D3パブリッシャーが『ヨーロピアンゲームコレクション』を発売した折に、「ユーロスタイルゲーム」「ヨーロピアンスタイルゲーム」などとともに提唱された呼称だったが、残念ながらほとんど定着していない。英語では"Eurogame"という呼称もあるが、通貨名称の"Euro"と紛らわしい。またテレビゲーム、オンラインゲームも含まれる。

こうして比べてみると、「ドイツ市場を中心に毎年新作が発表されており、その影響でアメリカや日本など他国でもデザイナー主導で制作されたゲーム。ボードやカードを使って複数の人で遊ぶが、SLG、TRPG、TCGは除く」というゲームは現時点で「ボードゲーム」と呼ぶのがベストのようだ。ホームページの名前を"Board Games in the World"にするつもりはないけれども。

あるいは、ほかによい呼び方はあるだろうか?

 ファミリー層をターゲットに照準を定めているドイツ年間ゲーム大賞審査委員会が、今年『ドミニオン』を大賞に選んだことについて、違和感を唱える意見が見られる。いわく、『ドミニオン』は初心者にウケがよくないとか、直感的に分かりにくいとか、中には確率計算勝負のアブストラクトゲームだとまでいう人もいる。

 年間大賞は11名という少数の審査員で選んでいるから、たとえ審査員がボードゲームジャーナリズムのエキスパートだからといって、異議を唱える愛好者はいなくならない。しかし去年の『ケルト』、一昨年の『ズーロレット』が「こんな物足りないゲームを大賞に選ぶなんて」という論調だったのに対して、今年は逆で「ファミリーには難しすぎる」である。何を選んでも文句をいう人はいるものだが、大賞の方針から考えて審査員の中にも同様の意見をもつ人はいたに違いない。それではどうして彼らは『ドミニオン』を選んだのか。

 まず、『ドミニオン』の大賞史上における位置づけを見てみよう。

 一つ目は、前年にエッセン国際ゲーム祭で発売されていること。これは『ナイアガラ』以来3年ぶり11回目である。ドイツのゲーム年度では、前年のエッセン国際ゲーム祭と新年のニュルンベルク玩具見本市に発売された新作を選考対象にしているが、一般にニュルンベルク玩具見本市で発売されたほうが新しさをアピールできて審査員の心象に有利だとされる。一方、前年に発売されたゲームには、半年以上持続するインパクトが求められ、受賞のハードルが高い。『ドミニオン』は昨秋の発売以来、年内に11ヶ国語版が企画され、また国内でも加速度的に人気を広めた。

 二つ目は、オリジナルが外国のデザイナーかつメーカーであること。これは『チケットトゥライド』以来4年ぶり8回目である。ドイツ語版を出していても、主にマーケティングの理由で外国のデザイナー・メーカーは不利である。受賞後に30万セットを一気に生産・流通できるくらいの規模・力がなければ受賞できない。『ドミニオン』はニューヨークのD.ヴァッカリーノ氏のデザインでアメリカのリオグランデ社から発売されたが、ドイツのメーカーで販売網も強いハンス・イム・グリュック社と同時発売だったのが幸いだった。ちなみにハンス社としては『郵便馬車』以来2年ぶり6回目の受賞で、(発売時の)メーカー別の受賞数ではラベンスバーガーを抜いて1位になった。

 三つ目はドイツゲーム賞1位。少し気が早いが、この人気ぶりを考えれば1位を取る可能性が高い。年間ゲーム大賞とドイツゲーム賞の二冠に輝くとすれば、『カルカソンヌ』以来7年ぶり6回目となる。2001年以降、ドイツ年間ゲーム大賞がファミリー向けを前面に打ち出してから、フリークが主に投票するドイツゲーム賞との乖離が進んでおり、二冠はもうないだろうと言われていた。それだけに今世紀になってからの二冠は貴重である。なお、前年に発売されたゲームでドイツゲーム賞1位になったのは、『エル・グランデ』と『カルカソンヌ』しかない。

 そして四つ目はカードゲームであること。ボードを使わないカードゲームとしては初の受賞である。ただこれはさほど驚くことではない。というのも、ドミニオンは通常のカードゲームと違い、500枚もカードが入った大箱ゲームだからである。これまで最も大賞に近かったのは『操り人形』(2000年最終ノミネート)だが、小箱で単価も安かった。年間ゲーム大賞審査委員会は、定価の数パーセントというライセンス料で運営されているから、ほかにも優れた候補がある中でわざわざ安価なゲームを選ぶことはない。

 こうして過去の受賞作と比べてみると、『カルカソンヌ』に近い位置づけであることが分かる。『カルカソンヌ』がそうだったように、大衆の爆発的な人気に押された面が否めない。さらに言えば、審査委員会は、大賞というレーベルを大衆の人気に乗じてアピールしようとしているのではないか。

 年間ゲーム大賞がドイツのゲーム市場を発展させてきたことは間違いない。何百と発売される新作の中から、年間ゲーム大賞がたった1つの作品を選ぶ。受賞作は新聞などで大々的に報じられ、デパートのおもちゃ売り場にずらりと並べられ、普段はボードゲームを遊ばない人でも、この一作だけを手にとって遊ぶ。これが1万以上売れれば御の字という世界で、受賞するといきなり30万セットは確実という影響力になる。メーカーも競って面白いゲームを作る。競争によってシステムだけでなく、イラストやチップや木製のコマのクオリティーも上がり、ドイツは他国の追随を許さなくなった。

 こうしてボードゲームの面白さを保証するレーベルとなっている年間ゲーム大賞だが、年間ゲーム大賞自体の権威は何によって保証されているかというと、循環論法になるようだが結局ボードゲームの面白さなのである。受賞作をみんなが遊んでつまらなかったといえば、権威は損なわれてしまう。そこで、何年かに一度は、年間ゲーム大賞自体の権威が証明されなければいけない。

 というわけで『ドミニオン』は『カルカソンヌ』と同様、年間ゲーム大賞の権威の証明として持ち出されたというのが私の見方である。審査員は決して奇をてらっているのではありません。みんなが楽しめるゲームを真摯に選んでいますから、これからも安心してお手に取って下さいというメッセージが込められているように見える。

 それだけ『ドミニオン』が受賞に左右されず、人気が確固たるモンスタータイトルということでもある。このようなゲームは10年に1度くらいしか現れない。ファミリー向けか否かなど言っていられない。これに乗らずして年間ゲーム大賞を名乗れようか。

 ドイツゲーム黄金期と言われた90年代、ファミリー向けを模索した00年代に続き、今度の10年間は何が起こるだろうか。『ドミニオン』は非ドイツ圏ゲームの隆盛につながるのか。これからの年間ゲーム大賞の方針と傾向に注目していきたい。

ホビージャパンのてこ入れでボードゲームの日本語版製作が盛んだ。ホビージャパンだけで10タイトル以上(既発売分を含む)になるそうだ。ホームページではまだ発表されていないが、BGGのクレジットでは"Colossal Arena"、"Middle-Earth Quest"(以上FFG)、"Wings of War - WW2 Deluxe set"(Nexus)が見える。

これらは全て、外国のメーカーにデータを送って作ってもらう日本語版である。このパターンではメビウスゲームズの『サンファン』、クロノノーツの『バトルライン』、New Games Orderの『ロール・スルー・ジ・エイジズ』などがある。「輸入日本語版」と呼んでおく。1000セットほどの最低ロット数(日本ではかなりの人気作でなければ売れない数である)が定められており、送料が高いという問題はあるが、それでも一から作るよりははるかに簡単で品質も高く、新しい生産方式としてこれからも盛んになりそうだ。

一方、同じ日本語版でも、国内のメーカーが作っているものがある(生産は中国の工場でも)。カプコン・ハナヤマの『カタン』、バンダイの『チケットトゥライド』をはじめ、メビウスゲームズの『キュージェット』と『お先に失礼しま〜す』、ビバリーの『ブロックス』と『アップルトゥアップル』、幻冬舎エデュケーションの『ドメモ』、そしてアトラデザインの『ウントチュース』がこれに連なる。「国産日本語版」と呼ぶ。

国産日本語版には、発売までタイムラグがあって愛好者には今さら感が漂う(だからホビージャパンが年度内に出そうとするのには意味がある)ほかに、コンポーネントがドイツものと比べてチープだったりして不興を買うこともあるが、日本人好みのデザイン変更とロゴで、ボードゲームをあまり遊ばない人にもなじみやすいというメリットは大きい。

でも、それ以上に注目したいのは、オリジナルが発売されてから日本語版が発売されるまでのタイムラグである。1,2年では今さら感があるが、10年も経ってからだと感慨深さが湧いてくる。

『キュージェット』(2004)はオリジナルの『アベカエサル』(1989)が発売されてから15年、『お先に失礼しま〜す』(2008)はオリジナル『皿洗いゲーム』(1991)から17年、『ウントチュース』は1997年の初版で12年、『ドメモ』は1975年が初版だから今年出るまで実に34年も経っている。

これだけ長いと、オリジナルは遊んだことがないという人も多いだろう。しかしこの間、誰かがずっと遊び継いできたわけで、その人気の息の長さに感動を覚える。また、これだけ新しいゲームが出続けている中で、あえてその古典が日本だけで発売され(結局『アベカエサル』は日本に後れること2年でリメイクされたが)、新たな人気を集めているという事実に、日本人独特の精神文化が伺えなくもない。

というわけで『キュージェット』、『ドメモ』、『ウントチュース』の日本語版を企画した方々の眼力(と勇気)に敬服する。日本語版はただ新作を追いかけるだけでなく、これからも時々10年も20年も経った隠れた名作の掘り起しと、日本人にしっくり来そうな新しいデザインでのリメイクを図ってほしい。

ボードゲームのプレイスタイルのひとつとして、新作志向か旧作志向というのがある。面白いかどうか分からない未知のゲームか、評価が定まった傑作定番ゲームかという選択だが、私の場合この頃、新作志向にたいへん偏っている。『プエルトリコ』は先日5年ぶりに遊んだし、『ドミニオン』はもうご無沙汰気味。『カタン』はいつも新シナリオである。

最大の要因はこのサイトにある。私自身、買うにせよ買わないにせよ、未プレイゲームの情報は飛びついて見る。それが国内未紹介とあらばなおさらのこと。海外で発売されたばかりだ、BGGで10人くらいしか評価していない、play:gameでは登録すらされていない、そんなゲームの情報がほしい人はたくさんいるはずだ……その信念が新作志向に舵を取らせる。レポートするために遊ぶというのでは本末転倒だが、少なくともゲームのチョイスには、TGWが影響している。

しかし、それだけでない未プレイの価値というのがありそうだ。

『ノイエ』5号(1999)のインタビューで、メビウス訳を作っている後藤智己さんがルールを訳すときの楽しみについてこう語っている。

―順番に読んでいくわけなんですけど、ある程度読むとゲームのシステムの全体像が見えてくる瞬間があるんですね。日本語のルールを読んでいてもそうだと思うんですけど。それまで、「これはどういうことなんだろう」と思っていた断片が、あるところで、「そうか、そうかそういう事だったのか」とゲームの絡まり具合が見えてくるんですよね。そういう瞬間、そういう出会いが楽しいですね。

また私の友人にはルールを読むのが大好きで、実際に遊ぶのはその検証にすぎないという人もいる。もちろん、遊んでみるとルールからは想像もできなかったことが起こるけれども、システムの全体像をつかむ楽しみは大きい。

こういう楽しみは、初めてだからこそ得られる。確かに遊びこむことで得られる楽しみ(定石とか戦略とか)もあるが、それはどちらかというとプレイヤーサイドのこと。ゲームに固有の、システムの論理とでもいうべきものは、最初のインパクトが一番強い。

そしてこの楽しみは、決して孤独なものではない。ゲーム会でインストするとき、システムの妙に皆が「おお!」という瞬間が私は好きだ。ゲームの核心部分を、皆で発見するという楽しみがある。

ボードゲームは前準備なしで遊ぶことができない。しかし準備の中にも楽しみが見出せるとすれば、準備に時間がかかる初プレイほど楽しいとも言えるのではないか。そして今日も、喜んで外国語のルールを読み、カードのシールを作っている。

ヤフオク

| コメント(0) はてなブックマーク - ヤフオク

引越しでボードゲーム棚に入りきらなかったものを、ヤフオクなどで少しずつ放出している。

ヤフオクは利用料こそ大したものではないが、写真を撮り、紹介文を書き、落札者と連絡を取り、振込みを確認し、1つ1つ梱包して発送する手間がかかる。まとめて送ったら査定して買い取ってくれる中古業者があったらと思う。

でも、ヤフオクの醍醐味は同じ愛好者と交流できる点にある。いまどきブログに書き込むことが少ないので、「サイト見てます」とか、「更新楽しみにしてます」と書いてもらえるのは嬉しい。

ここから知り合いになった人も少なくない。マイナーなのに、人数がいないと遊べないボードゲーム。世界は狭く、今回も落札者の3割は実際に会ったことのある知り合いだった。そんな中で新しい同好の士が見つかるのは貴重である。

1箱分くらい送ったのに、相変わらず棚はいっぱいいっぱい。ヤフオクのお世話になる日もまた近そうだ。

ゲーム棚

| コメント(0) はてなブックマーク - ゲーム棚

ようやくボードゲーム棚の整理が終わった。

つくばから送ったボードゲームはダンボール22箱分にもなり、山形にあったものとあわせて時間がかかった。スチール棚3つと、カードゲーム用に新しく購入したコミック棚1つには到底収まりきらない。結局、入りきらなかった6箱は放出用ということに。

棚は一区画ごとにテーマを設けるのが楽しい。右の棚は1段目がドイツ年間ゲーム大賞、2段目がクニツィア、3段目がドーラ、4段目がクラマー。中央の棚は2段目がアレア&イスタリ、3段目がカタン、左の棚は2段目がパーティゲーム、3,4段目が子供ゲーム。

ボードゲームは増えやすく減らしがたい。これまでもスペースの都合で何度もヤフオクなどに放出しているが、選別はなかなか切ない作業である。「後からまた欲しくならないか?」などと考えてしまう。

そこでデザイナーかメーカーというテーマに沿って残しておく方針にした。そのときは面白くないと思ったものでも、デザイナーの名前で残しておくと後から遊ぶ気持ちも出てくる。もっとも、クニツィアやクラマーのコンプリートなど所詮無理だし、あれだけ多いとピンキリなので結局選別することになる。

それ以外の棚は新作やアーカイブとしてまとめてある。未プレイ品も多く、新しく買うにはまず未プレイ品を遊んで、放出しなければならない。というわけで遊ぶチャンスを虎視眈々と探している。
ゲーム棚

ゲームがつまらないと書くことに対して、遠慮がなくてもよい。

以前、ゲームの評価について提言を行ったことがあり、その中で、国内のゲーム市場を保護する観点から極端に低い評価をしないことを書いた。このスタンスは今でも持ち続けている。当サイトでは、「面白い!」マークはあってもその反対は言わない。正直面白くないと思っても、ものは書きようで気をつけている。もっとも、その婉曲表現が仇になる場合もあるが。

その一方で、今これだけたくさんのゲームが発売されているといくら愛好者といえども全部買うほどのお金はないから、他人の評価は購入の指針になるという意見も一理ある。知らずに買って面白くなかったら趣味をやめてしまう人もいるだろうという意見は肯定しがたいが(失敗する楽しさもある)、少なくとも参考レベルならば必要であろう。ただし、親切心か義務感からなのか、面白くないから買うなというのは余計なお世話である。

このふたつの態度は矛盾するものではなく、2ちゃんねるで時折見られるようなマナーがないのと、不買運動をけしかけるようなおせっかいを除けば、つまらないという意見もあったほうがよい。多くの人が面白いといっても、反対の意見も気軽に出せるような環境が健全である。

メビウスおやじさんが、前にインタビューで「面白いって言われようが、面白くないって言われようが、大歓迎です。」と仰っていた。一番怖いのはつまらないという評価より無関心だろう。ネガティブ評価を書く人は、そのゲームに対して何らかの期待があったわけで、その期待が何だったのかを推察することで建設的な方向に発展できると思う。

そして他人の評価を鵜呑みにしないということが非常に重要である。それが全てではないにしても、つまらなかった一因にはプレイヤーの責任もあるだろう。なので自分自身がどういうタイプのゲームが好きか嫌いかを考え、要素を分析しておくのがよい。そうすれば、他人の評価の中に自分と共通するものがあるかを見出すことができるだろう。

また、よくフリークほど平気でネガティブ評価を唱えると思われがちだが、単純なネガティブ評価を言えるのは意外とゲーム始めたての人かもしれない。というのも、ゲームをたくさん遊ぶほど、面白い・面白くないという単純な二分法では割り切れないことがだんだん分かってくるからだ。

ここまで自覚しておくと、ほかの人の評価を見ながら興味アンテナが立つか立たないか考えられる。アンテナが立つならば、その人が面白くないと書いていても、自分には面白そうだと思えるかもしれない。

私はブラフのあるゲーム、競りのあるゲーム、コミュニケーションゲーム、アクションゲームが好きで、一方アブストラクトゲーム、ダイスゲーム、記憶ゲーム、パズルゲームなどはあまり好まない。これはつまり、プレイヤーがゆっくり会話でき、その会話がゲームの行方を左右し、また個人個人の性格が会話を通してじわじわ分かってくるのがいいということだろう。そういう要素があるゲームは、レビュアー評価のいかんを問わず遊びたくなる。

『魔法にかかったみたい』のペリカンさんは、タイにバカンス中でコメント無理とか。ほんとに実在の人物なのだろうか?

今回はかなりのゲーム愛好者でないと投票できない仕組みになっているが、今回の総投票者数は317名で、規模は小さいといわざるを得ない。そのため以下のような投票戦略が有効になって、純粋な人気投票でなくなってしまう恐れがある。

ひとつは、本当のお気に入りを投票して死票になるよりは、上位に入りそうなゲームを推したほうがいいという投票行動が促されやすいということ。もうひとつは、自分が推したいゲームを1位に、それ以外を空欄にするというような極端な投票で、そのゲームに大きなアドバンテージを与えられるということである。

前者はすでにドイツゲーム賞から起こっている。6月に発表されるドイツ年間ゲーム大賞のノミネート作品・推薦リストのゲームがクローズアップされ、自然に投票されやすくなる。2000年以来、SdJにおけるDSPと重複したタイトルの割合が、DSPにおけるSdJと重複したタイトルの割合より常に高い(「年間ゲーム大賞とドイツゲーム賞の関係について」)

そういう行動を取る人が増えると、競馬の予想みたいな感じになる。候補になるのはすでに受賞した作品ばかり。あるいは自分が本当に好きな作品を投票するのが馬鹿らしくなる。死票になりやすいからだ。それでは日本人の好みという傾向を探ったり、未知のゲームを掘り出したりするのが難しくなる。

1位と3位の差は47点。1位をつける人が10人いればひっくり返せるくらいの僅差である。ここで極端な投票をして、そこそこ面白いと思うゲームがあってもちゃんと書き入れないと、1位と2位、2位と3位の得点差が人気度を表すものではなくなる。

こういう戦略的な投票でなく、純粋に好きなゲームを投票してもらうためには、規模をもっと大きくしなくてはならない。日本のゲーム好きはもっと多いはずだ。もっと多くの人に投票してもらえるよう、方策を考えたい。

ゲーム紹介にはいろいろな書き方がありそうだが、私の場合は、どういうゲームかということより、どうやって遊んだかということ(プレイレポートやリプレイ)に注目して読んでいる。

私が好きなレビューサイトはいくつかあるが、それらに共通することは、ゲーム中に実際起こった「笑い」が伝わってくるという点である。「笑い」が起こるポイントをしっかり書いてもらえれば、ゲームの内容は説明しなくても何となく分かる。当サイトでは思考の軌跡やシステムへの感心がメインになりがちなので「笑い」をもっと取り入れたいと思う。

ボードゲームの大きな特徴として、遊ぶ人によって楽しさが全く変わるということがある。それゆえに個別のプレイで評価を書くのは、誤解や違和感のもとになるかもしれない。でも、だからこそ、楽しかったというサンプルがよそから手に入るのは大事なことであるともいえるだろう。

1度遊んで面白くなかったゲームが、よそのレポートを見ているうちに「ははぁ、こうやって遊べば楽しいのか」と分かることは、結局それが誤解だったとしても狭い視野を広げるのに役立つ。というわけで、「笑い」を中心に据えたプレイレポート求む。

2002年のゲームマーケット向けに制作した『トイプラス』という同人誌で、メビウスの能勢店長さんがこんなことを仰っている。

「ただこれから先、何となくでわからないですけど、たかだか私のような個人が食べていけるくらいの小さい市場な訳ですが、よそから見るとおいしく見えるのか、エポックさんとか、カプコンさんとかが参入するという話があって、それが市場の活性化につながればいいんですけど、食い荒らしにならないきゃいいなという気はしますね。」

結局、エポック(NDSGの5タイトル)もカプコン(『カタン』)も参入は一時的で、大きな影響を与えるには至らなかった。バンダイ(『チケットトゥライド』)もそうである。毎月のように新作が出ては消えるという情勢では、少ないタイトルを大々的に扱う大企業よりも、フットワークの軽い中小ショップのほうに利があるのは目に見えている。

だが昨年あたりから、大企業による食い荒らしではなくて、中小ショップ同士の食い合いの様相が散見されるようになってきた。

同じタイトルを複数のショップが輸入し、それぞれ別々に訳を作って売り出す。発売は1日でも早いことを競う。結局同じくらいの時期に売り出すが、ユーザーが分散するため、どこもあまり多くは売れない。さらに、ユーザーの評価が今ひとつだったりすると目も当てられないような状況に……そんな事態が起こっている。

例えばフランスのイスタリ社が昨秋に発売した『シラ(スッラ)』はバネスト、アークライト、広島の3社が別々に扱っており、売れ行きはあまりよろしくないようである。これが1社だけの取り扱いだったら、売れ切れになってもおかしくない出来なのに。

搬送にも翻訳にもコストがかかるから、同時並行で同じことをやるのは全体で見れば大きな損失である。競争原理がはたらいて価格が下がったり、翻訳の質が上がったりするならばよいのだが、実際は売れなくて価格を上げることになったり、翻訳に手間をかけられなくて質が落ちたりする恐れのほうが大きい。

韓国ではコリアン・ボードゲームズがどんどん権利を買って韓国語版を出してしまい、市場を独占しようとしているが、そういうスタイルがいつまでももつはずもないし、国内は占められたとしても、数多ある外国の輸入先を独占するのは難しい。

こういうことは当然、当のショップも考えているようで、B2Fゲームズのブログでは、国内の流通や販売に関して、建設的で前向きな枠組み作りを儲け抜きで考えていることを知った(リンク)。具体的にどういうことかまでは触れられていないが、緊急の課題なのではないだろうか。

ユーザーとして協力できることはないのかもしれないが、現在の状況はとても見ちゃいられない。このままでは一店、また一店とつぶれるかボードゲームから撤退しかねないというところまで来ている気がする(気のせいならばよいが)。もっとお互い手を握る道を模索してほしい。

2008年を振り返って

| コメント(0) はてなブックマーク - 2008年を振り返って

今年は『レース・フォー・ザ・ギャラクシー』、『パンデミック』、『ドミニオン』の3タイトルが突出した人気を誇った。メーカーの品切れが続き、その間に遊んだわずかの人の評価から期待がさらに高まるという現象も起こっている。

これらはアメリカゲームである。アメリカには戦争シミュレーションゲームやロールプレイングゲームで長い歴史があるが、ボードゲームに関してはドイツに後れを取り、派手な特殊効果を打ち合う大味な展開がアメリカゲームの代名詞のようになっていた時期もあった。ところが近年、本家本元であるトレーディングカードゲームとドイツゲームのエッセンスを融合し、世界のゲーム愛好者を唸らせる作品を生んでいる。

一方、ドイツゲームでは『アグリコラ』が高い評価を得た。ボードゲームギークで発売以来首位の座を守っていた『プエルトリコ』を抜いて1位なったほか、わずか1年で11ヶ国語版が発売され、ドイツ、フランス、スペイン、オーストリアなどのゲーム賞を受賞している。この陰に隠れてしまった感もあるが『ストーンエイジ』も人気を集めた。

この2作に共通するのは、「ワーカープレイスメント」(コマを置いて行動を選択するシステム)である。フランスゲームの『ケイラス』(2005年)がその嚆矢で、ほかにも『大聖堂』や『護民官』など、今では人気ゲームの共通プラットフォームとさえいえる。

これに『アグリコラ』はこれに300枚を超える豊富なカードを加え、『ストーンエイジ』はダイスという一見相容れなさそうなものと融合させることで独自性を獲得した。ただし、このシステムはゲーム時間が長くなるのでファミリー層に訴えないという問題があるほか、フリークにも飽きられ始めており、新しいシステムの登場が待たれる。

ほかにもチェコゲームズ(『ギャラクシートラッカー』)やフランスのイスタリゲームズ(『メトロポリィス』)、イギリスのウォー(ツリー)フロッグ(『ブラス』)が人気で、対するドイツの大手メーカーは攻め手を欠く。ドイツ人デザイナーも、大賞作の続編や焼き直しばかり作っていて、アイデアが鈍っているのではないか。今、ドイツゲーム市場は外国からアイデアを集めることで成り立っているとさえ言える。

国産では『パレード』、『お先に失礼します』、『エガッタ』、『ブロックス3D』、『クイズ!いいセン行きまSHOW!(同人)』などライトな佳作が発売された。このうち3作はもともと海外で発売された作品で、国産メーカーやデザイナーの発信力はまだ足りない。受け入れる市場も小さいというのが実情だが、もっと育ってもよさそうなものだ。

00年代後半の傾向としてファミリーとフリークの二極化がある。大賞作の『ケルト』はドイツゲーム賞で8位というワースト記録で、ノミネートされた『ズライカ』や『ブロエックス』は圏外である。しかし、どちらにも支持される深みのある作品が不可能ではないことをアメリカゲームが示した。グローバル化の中で新しい道を開くのは、各国がもつ地域性なのかもしれない。

クラシック音楽、洋画、外国小説など、ジャンルによってやり方は自ずと変わると思うが、ボードゲームの邦題は、どれくらいがしっくりくるのだろうか。

1.意訳…操り人形、銀河大戦争、楽しい動物園
2.直訳…城の守り、オイそれはオレの魚だぜ!、乗車券
3.音訳…レース・フォー・ザ・ギャラクシー、ストーンエイジ、チケット・トゥ・ライド、パレロワイヤル

まず意訳は訳者のセンスが問われる。野暮ったくなく、覚えやすく、ほかのゲームと混同しないもの。糸井重里氏くらいじゃないと無理なのではないだろうか。

次に直訳であるが、全部日本語だと野暮ったさが否めない。カタンの開拓者とか、マチュピチュの王子というように、半分カタカナならまだいいが、それはカタカナ部分が固有名詞だからであって、「キャッスルの守り」なんかにしても変わらない。

ちなみに直訳調の野暮ったい邦題がずいぶん出回っているのは、TGWの新作情報に責任の一端があるかもしれない。私にはそういうセンスがないので、申し訳ない次第である。

そして音訳だが、どうしても字数がかさんでしまうのと、英語と固有名詞以外は意味が分からず暗号みたいになってしまうのが難だ。ドイツでの発売名にはイタリア語のタイトルが多いが(特にセレクタ社)、そのままで何となくでも通じる確率は日本人の場合かなり低いだろう。

ではどういう邦題ならよいのか。まず、文学作品などですでに邦訳が出ているものはそれに逆らわないほうがよいだろう。とりあえず、タイトルをそのままググってみるとよい。著作権の関係でそのまま使えないこともあるかもしれないが、混乱は避けたい(大地の柱→大聖堂、小さなオバケ→小さいおばけ)。

次に外国のゲームを完全日本語化しないで遊ぶわけだから、カタカナが入ったほうがよさそうだ。オール漢字&ひらがなというのは、上記の場合を除き、よほど気が利いていない限り今ひとつピンと来ない。
1.固有名詞の入っているゲームはそのまま入れる(ル・アーブル)
2.さほど長くない英語ならば音訳する(ドミニオン)
3.日本語でもカタカナで表記してみる(サメ警報)
4.ドイツ語でも、一旦英語に直してカタカナにする(リバーフィーバー)

そしてカタカナによって長くなるのを防ぐ方法だが、冠詞や複数形を省略するのはアリだろう(ゴーストストーリーズ→ゴーストストーリー)。日本語としてしっくりくる順番や読み方に変えるという手もある(スルー・ジ・エイジ→スルー・ザ・エイジ)。レース・フォー・ザ・ギャラクシーはギャラクシーレースでもよいと思うがどうだろうか。

というわけで来年、クラマーが発売する予定のゲームのラインナップを試訳。

シングルアイ、ジュニアニムト、クソったれコンパクト、大慌てワードクイズ、ザ・トレーダー ……センスないなぁ。

そのグループで初プレイならば、前もって誰が説明するか決めておかないといけない。説明する人を1人だけにしておかないと、カオスになってしまうよ。
ドイツ年間ゲーム大賞:ボードゲーム準備のコツ

ボードゲームを遊ぶとき、私はルール説明の側に回ることが多いが、ときどき説明を受けることもある。そのときに嫌なのが、2,3人が同時に説明してくること。上記のようにカオスになるだけでなく、寄ってたかって説教されているような気分になる。学生時代、某宗教団体の部室で延々と取り囲まれたのを思い出す。

逆に自分がルールを知っているゲームでほかの人がルールを説明しているとき、誤解を招きそうだとか、言葉足らずだと思うこともあるが、明らかに間違いだったり、インストする人がヘルプを求めてきた利するのでもない限り、口を押さえて我慢することにしている。ルール理解の面でも、また心情的な面でも、余計な混乱を避けるためだ。言いたいことがあったら、全部終わってから補足する。

どんなに丁寧な口調でも、ルール説明は「教える」という行為であり、無知を正すという枠組みを免れない。したがって教える側としては、無知に恥を与えるようなことがあってはならない。ルール説明が終わったら、あくまでも対等なプレイヤー同士でゲームが始められるようにしたい。

そういう観点では、言わずもがなのルールや、戦略のヒントなども、聞かれない限り教えないほうがよいかもしれない。聞くほうも、説明する人が自分の人格を尊重していることを認識して、甘えずに聞きたい。説明が一段落する前に質問するのも考え物だ(それはこれから説明しますって)。もちろん、それは経験によって自ずと異なるものではあるが。

敵はWii

| コメント(0) はてなブックマーク - 敵はWii

クリスマスの贈り物,9割の子供がビデオ・ゲームを希望(ITpro Research)

もうすぐクリスマス商戦が始まるが、アメリカの調査によるとプレゼントにビデオゲームのソフトを希望する子供が昨年の8割から9割に上昇したとのこと。親としても子供の希望に応えざるをえない。

ショックだったのがこの箇所。
「また54%の親が,トランプやボード・ゲームより,子供と一緒にビデオ・ゲームを楽しみたいと回答した。」

かつてテレビゲームといえば、子供が独りで遊ぶものだった。大人と子供が一緒に遊べるようになったのは、Wiiの功績であろう。世界で1000万台が売れ、北米で昨年の1.5倍、欧州で1.8倍に増えているという(毎日jp:任天堂:売上高20%増…Wiiなど欧米で好調 9月中間)。近所でも、おじいちゃんが孫とWiiで遊ぶという話を聞く。人生ゲームという選択肢も弱くなりかけている。

賛否両論あるにせよ、近年ボードゲームがもてはやされているのは、テレビゲームへのマイナスイメージを踏み台にしているのは間違いない。典型的なのは、ビデオゲームは暴力表現などが攻撃性を助長するのに対し、ボードゲームはコミュニケーション力を育てるというもの。ドイツでもそういう言論がある(Kölner Stadt Anzeiger:Ein bisschen Spaß muss sein)。

ところが、その(仮想)敵ともいうべきテレビゲームが、Wiiによって様変わりしてしまった。そもそもボードゲームが好きという人はともかく、子供と一緒に遊ぶ時間を作りたいという親は、どんどんWiiに流れていくだろう。そして子ども向けのボードゲームが廃れ、ボードゲーム愛好者の高齢化が世界的に進むだろう。

ボードゲームの普及に携わる者としてそんな心配をしながら、子供も大きくなってきたしそろそろWiiを買ってみようかなと思う私は、ファミコン世代でもあった。

ルールの翻訳で、player/Spielerの訳を私は「プレイヤー」と表記している。「プレーヤー」は「プレエヤー」と読むから、英語の発音に近いのは「プレイヤー」のほうだと思うが、メビウスやバネストなどのルールは「プレーヤー」になっていて、迷うところだ。

Googleのヒット数は「プレイヤー」が1280万、「プレーヤー」が1510万で、差はあるものの圧倒的というほどでもない。「プレーヤー」という言葉で定着しているのは再生機(「CDプレーヤー」)のことではないかと思ったが、「1億円プレーヤー」なども一般的だ。ただし、「ゲームプレイヤー」(8万)ならば「ゲームプレーヤー」(2万)を凌ぐ。

似たような表記の例では「リメーク」(157万)<「リメイク」(514万)、「ブレーク」(217万)<「ブレイク」(870万)と、「イ」のほうが多い。月刊『言語』によると、「−」は比較的旧式、「イ」は新式の表示なのだそうだ。「プレーヤー」が多いのは、比較的昔に日本に入り、定着した外来語だからではないか。

内閣告示では「長音は,原則として長音符号「ー」を用いて書く。」としながらも、「「エー」「オー」と書かず,「エイ」「オウ」と書くような慣用のある場合は,それによる。」「分野によって異なる慣用が定まっている場合には,それぞれの慣用によって差し支えない。」と注記している。例として「エイト」「ペイント」「レイアウト」「スペイン」「ケインズ」が挙げられているが、確かに「エート」「ペーント」「レーアウト」「スペーン」「ケーンズ」という表記はまず見ない。

慣用は変わる。「プレイヤー」、「プレーヤー」、みなさんはどちら派ですか。

エッセン最終日

| コメント(0) はてなブックマーク - エッセン最終日

いつも通りに8時に朝食を食べて出発。駅に9時に着くと地下鉄が20分以上も待たせる。これでは開場ぎりぎりかと、いぶかしみつつ時計をふと見るとまだ8時すぎ。そういえば朝食のとき時計を見たらまだ7時だった。昨日でサマータイムが終わり、時計が1時間早められたのである。日本との時差は7時間から8時間になる。同じ場所にいながらにして時刻が戻る不思議。

エッセン2日目

| コメント(0) はてなブックマーク - エッセン2日目

入場前に能勢さんのパソコンをお借りして前日までの日記をアップロード。懸案が解決してほっとした。会場にはホットスポットがあり、無線LANを持っていればネットにつなげる。今度は無線LAN対応にしたい。今日はヴァイスさんとストーンRさんも加わり、賑やかなボードゲーム道中である。

エッセン1日目

| コメント(0) はてなブックマーク - エッセン1日目

いよいよ初日。8時に起きて、同じホテルに泊まっている能勢さんと朝食を取り、早めに会場に向かう。8時半から開くというネットカフェは9時頃になっても、しっかり閉まっていた。今日は新作の面白そうなところをピックアップしてしっかり遊んだ。

エッセン0日目

| コメント(0) はてなブックマーク - エッセン0日目

今回のエッセン行きは、仕事の都合で夜の出発便となった。21:55、成田発パリ行き。成田空港の最終便である。空港で特大スーツケースを新調して、携帯電話をレンタルしてから神尾さんと待ち合わせ。実は今回の参加をどうしようか迷っていたとき、神尾さんが行きたいと仰ったのがもとなのである。

夕食を済ませ、『ハリーポッター』を見ていたら午前1時。それから8時間ほど眠っているうちに時差が変わって午前2時に起きた。午前4時、パリ、シャルル・ドゴール空港着。気温は8度とかなり寒い。待合所のネット端末でクレジットカードを使ったら、6ユーロ引き落とされた直後に切れて1000円も損する。

パリからデュッセルドルフ行きに乗り換えて8時半着。空港駅からエッセン中央駅までは40分くらいだった。紅葉が進む車窓の景色が美しい。エッセンも10度くらいと寒く、凍えながらホテルに向かう。チェックインを済ませてプレス会議へ。会議が始まる11時ちょうどに会場に着いた。

会議の後で新作レビューを見ながら、説明を聞いているうちにもう15時。神尾さんと入念にチェックした結果、注目されたのは以下の作品である。このうち、いくつがフェアプレイの人気投票で上位になり、来年のドイツゲーム賞に入賞するだろうか。(中小メーカーや外国メーカーの中にはプレビュー出展作品していないところもある。)

1. 城の守り(Im Schatz der Burg / エガートシュピーレ)
2. ルアーブル(Le Havre / ルックアウトゲームズ)
3. マスタービルダー(Master Builder / ヴァレーゲームズ)
4. 洪水の後に(After the Flood / トリーフロッグ)
5. マチュピチュ(Machu Picchu / PD出版)
6. パレス・ロイヤル(Palace Royal / ハンス・イム・グリュック)
7. ダイヤモンドクラブ(Diamond Club / ラベンスバーガー)
8. スペースアラート(Space Alert / チェコゲームズ)
9. ウォルスング(Wolsung / クジュニャギエル)
10. コミュニ(Comni / テンキゲームズ)

このごろよく、ゲーム中のマナーが悪い人の話を聞く。特に過剰・不当なアドバイス(おせっかいや利益誘導)あたりが槍玉に挙げられるようだ。

確かにメンバー次第でゲームの(感情面での)楽しさがずいぶん変わるから、マナーが悪い人と遊びたくないという気持ちは分かる。でもだからといってそういう人を排除するのも大人気ない。マナー違反を推奨するつもりはないが、多少の悪さはポジティブに捉えられるくらいの心の余裕があったらいいのではないだろうか。

以前、「困るんです〜紳士淑女の嗜みとしてゲームを楽しむために〜」という論考を書いたとき、バネストの中野さんから頂いたコメントが印象に残っている。

ただ、これを全部守っちゃった人とも一緒にゲームを遊びたいとは思いません。それに、いずれも軽微ならばそれはそれでその人のアクセントとなります。わたしはこれを、「杓子定規で守らなければダメ」、ということにはならないことを望みます。

マナーに気をつけすぎると、どうしても無口になってゲームが盛り上がらない。気遣いしすぎては思い切った手も打てないだろう。その人その人の素の持ち味が出てきてこそ、ゲームは楽しくなる。 屈託のない会話こそ、ボードゲームの楽しさの大きな部分を占めるものだ。

小さな迷惑はむしろ対人で遊ぶ醍醐味とも言える。「人に迷惑をかけてはいけない」というのを至上命令のように考える人も多いが、世の中はお互い大なり小なり迷惑を掛け合って生きているというのが実情だろう。それなのに自分の迷惑を棚に上げて、人の迷惑を許さないというのはいかにも狭量だ。

アドバイスがおかしいと思ったら「自分はこう考える」と(ケンカ腰でなく)返してみたらどうだろう。ひとつの局面にいろんな見方があることがお互い分かるかもしれない。そしてアドバイス通りにやってもやらなくても、決めるのは自分。王様の命令ではないのだから気にしすぎることもない。

どんな人とでも、どんな場面でも楽しんだ人が勝ちですよ。

(この論考は、マナーの悪い人を排除するような人とは遊びたくないという話ではない。マナーの悪い人を排除するというのも、哀れで愛しいひとつの性格として受け入れたいということである。でも、当然私にも我慢の限界はある。)

ドイツゲーム本

| コメント(0) はてなブックマーク - ドイツゲーム本

(今年ではなく)昨年のゲームマーケットでグランペールの山上さんから持ちかけられたドイツゲームレビュー本の原稿をようやく書き終えた。1年半もかかったのか〜。

128ページで年間ゲーム大賞、キッズゲーム大賞、ドイツゲーム賞、アラカルトカードゲーム賞を全て網羅している。シャーロックホームズのゲームブックやマジック:ザ・ギャザリングから、大聖堂、ズーロレットまで66タイトル。おまけとしてクラマーからシャハトまで6人のデザイナー紹介が入る。白黒だけど写真満載。

TGWのレポートをもとにして加筆修正していったのだが、紙媒体となるとルールを確認したり字数を揃えたりと結構時間がかかる。特に90年代後半のDSP(チグリスやタージマハル)がまとめるのにたいへんだった。新幹線の中、ノートパソコンで仕上げたこともある。

総文字数は約10万字に及ぶ。『トイプラス』が合計7万字、『ボードゲーム天国』への寄稿が5.5万字だったから、過去最大級の執筆量だ。これ博論にならないかな(ウソウソ)。

後から読み返すと、文体にそのときに読んでいた本の影響が出ていて、論文調のこともあればフレンドリーになったりと同じ人物が書いたように思えない。前のほうはすっかり忘れていて、校正しながら読んでいて唸らせられたり、いまさら買ってみたくなったり。

タイトルは『ドイツゲームでしょう!』になる見込み。発売は11月のTGFが一応の目標。どれくらい売れるか分からないけれども乞うご期待。

ドイツを中心に反映しているボードゲームは、数年以内に市場がしぼみ始め、10年後にはほぼ絶滅する。いくつかの定番ゲーム―人生ゲーム、ウノ、モノポリー―を除いて新しい作品は作られず、愛好者もいなくなる。

今度のエッセンでアミーゴ社から発売される『フォーインワン』を見てふと頭に浮かんだ言葉がある―それは「総集編」。テレビ番組のドラマやバラエティでよく聞く言葉だ。これで打ち止め、新しいのはもうやらないということ。

このゲームに限らず、近年はリメイクと拡張がたくさん発売されている。新しいゲームは1年以内に遊ばれなくなり、それを補うかのようにアイテム数を増やすが、新味を出せないどころか、焼き直しと調整不足で劣化さえしている。

それがアイデアの枯渇か、ユーザーの飽食かは分からない。どちらにしても1タイトルあたりの売り上げは下がっていく。新製品を作ってもペイしないから、メーカーは過去の栄光に頼って総集編を出さざるを得ない。そちらのほうが確実なのだ。

ところが新製品の開発を怠ると、当然次の世代にツケが回ってくる。ヒット作があらかたリメイクされ、たいして売れもしなかったゲームも無理やりリメイクするようになったとき、どのゲームも売れない状況が発生する。

そこで大手はボードゲーム部門を縮小し、ボードゲーム専門会社は廃業する。市場の活気がなくなれば、個人メーカーの創作意欲も落ちるだろう。大賞をとってもデパートに並ばなくなる。

一方、マニア層はどんどん重いゲームを要求する。いくつかのメーカーがこのニーズを見込んで長時間ゲームを作るが、評価を得たとしても数が売れるわけではない。値段は上がり、コンポーネントはしょぼくなり、やがてマニア層も「最近面白いゲームがない」と言って離れていく。

現在の規模は大きいからすぐにはなくならないだろうが、10年ほどもすればドイツのボードゲーム市場はこのようにしてほぼ絶滅する。

以上、ドイツゲーム終末論の仮説。この主張に対し、独自の論点に基づいて反論せよ……ってテスト問題か!?

Spielboxにはがきが付いていたけど、結局ネットで投票した。
今年のマイベストゲーム。何年経っても記憶に残りそうなものをチョイス。

1.サラマンカ …ドーラへのひいきだということは十分分かっているけれども(笑)。激しい直接攻撃の合間をぬって得点するアヤが魅力。

2.大聖堂 …戦略がもう固定されたという話を聞くが、あれもほしいこれもほしいという中で、よく観察するとみんながほしいわけじゃないというアヤが魅力。

3.テーベの東…時間の消費という斬新なシステム、射幸心をあおる発掘。引けたって引けなくたって面白いんですよ。

4.ヴァイキング …あのにっくきバイキングに戦士を立てて奪い返すときの爽快感。

5.オリゴ …Spielboxで実はリメイクだったという話を読んだけど、クラマーの陣取りが好きな人はまた新しいのが出てきたと喜ぶ。

子どもゲーム 雄ヤギのベッポ
ベッポ君が吹き飛んでいくこのインパクトは近年まれに見るレベル。

ちなみに6位以下をつけるならばこんなところかな?

6.アルケミスト…タナカマさんの情熱に当てられて。

7.悪魔城への馬車 …見えない味方と心をひとつにするという稀有な感覚。

8.バンジー …すべてが盛り上がるのにつながっていくムダのないルール。

9.ケイラスマグナカルタ…もうケイラスは遊べないかもしれない。

10.イスファハン …ダイスの目の偏りが織り成すドラマ。

私にとっては圏外だけど入賞する可能性が高いのは、ズーロレット、ノートルダム、アルカディアの建設あたり。投票は、本人確認のメールもURIをクリックするだけでOKなので、みなさんも是非。

ズーロレット外伝

| コメント(0) はてなブックマーク - ズーロレット外伝

25日にベルリンで発表された今年のドイツ年間ゲーム大賞は『ズーロレット』。ということで昨日早速遊ばせてもらう。そんな中での話をもとに。

A「2金で要らない動物を廃棄ってひどくない?」
B「廃棄じゃなくて処分でしょう? 安楽死」
A「もっとひどいよ!!」
B「で、その肉をミンチにして売ると」
A「ミートホープかい!」
B「そもそも動物が3,4種類しかいない動物園って変だよね」
A「まあ、言われてみれば」
B「ここは食肉工場なんですよ」
A「おえっ、こんな動物の肉食べたくなーい!」※
B「でも赤ちゃんなら肉も柔らかいんじゃ?」
A「そういう問題かー!」

というわけで、『ズーロレット』にはR指定がかけられることになったのである(ウソ)。

※『ズーロレット』に登場する動物はフラミンゴ・ラクダ・インパラ・ゾウ・パンダ・チンパンジー・シマウマ・カンガルーの8種類

こんな話で大賞作を貶めてはいけないと思い、日記にこっそり。

春といえば桜の季節。予報では例年より10日ほど早く、3月20日ごろから開花し始めるようだ(tenki.jpさくら情報)。今年のお花見にゲームはいかがだろうか。それも下品なパーティゲームやありきたりなビンゴゲームではなくて、一風変わったゲームを。

高円寺のボードゲームショップ・すごろくやではお花見でおすすめのゲーム6点を紹介している。ピット、スティッキー、キーホルダーゲーム・おさる(←ここ店長らしいセレクト)、パウワウ、ヘックメック、タブラの狼の6点。いずれも盛り上がっているシーンが想像できるゲームばかりだ。共通するおすすめポイントは、
・大人数・何人でもOK
・ルールが簡単・酔っ払っていてもOK
・屋外でも(むしろ屋外のほうが)OK
といったところ。ボードゲーム愛好者ならほかに考えてみるのもよいだろう。メンバーの顔ぶれを見てピッタリのゲームを出せれば、一躍ヒーローだぞ!

さて、ボードゲームのエキスパートたちはどんな花見をしているのだろうか。国内最大のボードゲームサークル日本ゲーム協会(JAGA)の花見「ジャなみ」のレポートを見てみると……はい出ました『投扇興』。風の強いときは難しいけれど、桜の下で遊べば風流そのもの。そして紙と鉛筆を使ってできる多人数ゲームを遊んでいるようだ。

多人数ゲームのルール
関西JAGA ケータイで見るいつでも遊べるパーティゲームルール集
ボードウォーク・コミュニティー 多人数ゲーム
かんぽ じょーほー部屋一覧(「全体モノ」参照)
涼色商會 詠み人知らず
All about 紙と鉛筆だけで盛り上る『いい線いきまSHOW』

ネタをたっぷり仕込んだら、桜の開花を楽しみにして待とう!

マンハイム大学で教育学を専攻している学生が、アンケート「ボードゲームを選ぶ基準」を行っている。質問は上から順に以下の通り。重要1〜6重要でないで回答する。

・ルールの最初にある概要や箱裏の説明
・テーマ
・専門家(販売員、ゲーム図書館の館員など)の意見
・箱の対象年齢
・イラスト
・友だちや親戚の薦め
・年間ゲーム大賞などの受賞
・メーカー
・デザイナー
・シンプルで短いルール
・その他(自由記入)

それから年令、性別(男/女)、子ども(有/無)、誰のためにゲームを買う?(子ども/自分/友だち/親戚(名づけ子・孫))、ゲームの頻度(毎日〜週に何度か/週1回/月に何度か/月1回/たまに)を答えて、"Abschicken"で送信。

日本からの回答は期待されていないかもしれないが、この機会に考えてみるのも面白い。以下、私の場合について書いてみたい。

まず「ルールの最初にある概要」「専門家の意見」は、お店で見るのが初めてだった時期はじっくり読んで/聞いていたが、今はインターネットで調べられるのでそれほど重要ではなくなった。

代わって重要になったのが「友だちや親戚の薦め」。友だちといっても、ウェブの評価なので知り合いとは限らない。国内で評価をきちんと書いているのはmoonさんのところ鷹村ナクトさんのところぐらいで、あとはplay:gameの個別評価、BGGの評価、H@LL9000の評価を見るしかない。生の声を聞きたいので、ブログやミクシィのレポートから感想にあたる部分をよく読む。

「箱の対象年齢」は、メビウスママさんが指摘するとおり(『メビウスママ ボードゲームのおはなし(PDF)』4-2参照)、たとえ子ども向きに選ぶのだとしてもほとんど意味がない。もし子ども向けに買うとしたら、ゆうゲームズなどを参考にするだろう。

「テーマ」と「イラスト」は非常に重要だと思う。ちょっと聞いただけでその世界に入ってみたいと心浮き立ってくるテーマ、そしてそのテーマを引き立たせるイラスト、さらにコンポーネントは遊びたい欲・所有欲を大いに刺激するものだ。これさえしっかりしていれば、「ルールのシンプルさ・短さ」はわりとどうでもよい。

「デザイナー」については、いわゆる有名デザイナーが失敗作や焼き直しとも取れるような作品を発表するようになってしまったため前ほど重視していないが、それでもドーラやローゼンベルクはデザイナー買いしてしまう。「メーカー」はアレア、デイズ・オブ・ワンダー、ハンス・イム・グリュックあたりを注目しているが、それは大人好みのテーマとイラストをもっており、バランスも信用できるからだと思う。

「受賞歴」は、年間ゲーム大賞に関してはここ数年、安心して遊べるが少し物足りないと思うようになってしまった。ドイツゲーム賞上位というほうがずっと面白い。これは年間ゲーム大賞があくまでゲームをあまり知らない人をターゲットにしたものであるということと関連があるだろう。

私の場合はこんなところである。ユーロ高でボードゲームの値段も上がるこの頃、みなさんはどのようにして買うゲームを選んでいますか?

来週の木曜日から、ニュルンベルクおもちゃ見本市が開催されます。

新作情報はこちらにまとめていますが、いつもより情報が上がっていません。アミーゴやシュミット系列(ハンス・イム・グリュック、ドライマギア、シュミット)のように早々と情報を上げるところと、コスモスやクイーンのように当日までのお楽しみにしているところがあるようですね。ところでデイズ・オブ・ワンダーは『バトルロア』で体力を使い果たしたのでしょうか?

発表予定の作品を見るとヒット作のリメイクやシリーズ作品が多いような気がします。『キャントストップ』などのリメイク作品は高騰する中古市場に手をこまねいていた人にとっては朗報でしょうし、『カタン』のシリーズ作品などはファンにとって嬉しいのですが、過去の遺産だけで食いつないでいては未来が明るくないのでは?と心配もしてしまいます。

そんなわけで今ひとつ心躍らない新作ラインナップですが、こういうときは最近遊んで面白いと思ったゲームをもう1回遊ぶのが吉。面白いと思っても2回目あるか分からないという贅沢な時代なのです。昨秋にエッセンで発売された新作は続々と日本に入ってきています。『大聖堂』『イスファハン』『レオナルド・ダヴィンチ』『ヘルマゴール』『アルカディアの建築士』『サラマンカ』……これだけあればむしろ、ニュルンベルクの新作ちょっと待った!なのではないでしょうか。

もう入ってんの?! ニュルンベルク新作リスト(水道橋・メビウスゲームズ)
いただき!
ボーナンザ(缶入り)



今年10月のエッセンで発表されたドイツゲームの新作が、徐々に輸入され始めている。新作が毎年増え続けている中、傾向を一概に捉えることは難しくなっているが、メジャーなメーカーの作品に絞って見る限り、ボードゲームの質が昨年ぐらいから変わってきているように感じる。


95年の『カタン』以降、ドイツゲームは重量級・フリーク向けに傾倒していく。大手はどこでも毎シーズン数タイトルは、90分くらいかかりそうなルールの多いゲームを発売していた。この中には今日でもフリークから名作・傑作と呼ばれる作品が少なくない。


ところが00年の『カルカソンヌ』あたりから一転してライトユーザー・ファミリー向け路線に変わる。今度は60分以内、できれば30?45分くらいで終わるゲームが主流になっていった。しかし、『カタン』の後を追いかけたほとんどのゲームが消えていったように、『カルカソンヌ』の後を追いかけたファミリーゲームのほとんどは、軽すぎるか昔のゲームの二番煎じになってしまう。


そこに05年、デイズ・オブ・ワンダーやイスタリといった国外のメーカーが活躍し、再びルールの多い重量級・フリーク向けのゲームが評価されるようになってきた。ドイツのメーカーも現在それに追随している。ちょうど5年ごとの変遷である。


今年もその流れにあると見てよいだろう。今年は豊作だった、不作だったというようなことを耳にするが、人気調査で高い評価を得るフリークゲームがいくつもあったという意味では、豊作と呼んでよいかもしれない。



幸いなことに、今年の状況はよくなり、ボードゲーム愛好者がとても気に入るようなゲームが相当あった。(『ゲーマー向けボードゲームの再興』)



しかし今は90年代後半ではない。当時発売されていた数々の名作・傑作と同工異曲であってはならず、それらを乗り越えるようなオリジナリティをもっていなければならない。さらにできればファミリー層にも訴えかけていきたい思惑がある。こうして新作が生き残っていくためのハードルは非常に高くなっているだろう。


その解決策として手っ取り早かったのが、イベントカード・アクションカードではないかと私は見ている。しかも、これまでのドイツゲームにはなかったような効果の強いカード。今年のエッセンの新作では、『陰謀』、『大聖堂』、『遺跡探検』、『ヴェネツィアの柱』、『エミーラ』、『イスパハン』、『バトルロア』など。日本で販売されるときはシール貼り付けや対照表の参照が面倒だ。


ゲームの基本構造をシンプルにして、それをカードで思いっきりいじる。特権的に振舞えるのは気持ちいいし、ゲームにメリハリやドラマ性が生まれるようになった。最下位のプレイヤーがカードに望みを託して最後まで諦めないという「最後までチャンスがあること」にも適う。


しかしその分、カードの引き運ばかりで戦略が立てづらくもなった。『カタン』ぐらいのイベントカード効果なら、内容を予想して対応することがまだできる。しかしあまり効果が強すぎれば、同じカードを引いて仕返しするぐらいしか、対抗策はなくなってしまう。こうしてトップ目が強いカードを引いてしまって場がしらけたり、カードが出揃うと飽きてしまったりして、ノリで楽しむバカゲーになるかもしれない。


奇をてらったテーマ設定、テーマと不釣合いなシステム、そして特殊効果の強いイベントカードの乱発。ドイツゲームが行き着きつつあるデカダンス(退廃)の先には、もうそんな方向しか残されていないのかと思うと、少し寂しくなる。


ゲーム棚整理日記

| コメント(7) はてなブックマーク - ゲーム棚整理日記



この頃、新作は他所で遊ぶようにして買い控えているがその分珍しい中古品などに手を出してしまい、ゲーム棚に入りきらなくなっている。そこでリストラ断行。棚を眺めながら手放すゲームを考えていたが、時間ばかり経って仕方がない。そこでいったん棚から出して、ジャンルごとに入れ直すことにしてみた。



  1. デザイナー別
    デザイナー買いしているドーラ、フラガ、ローゼンベルクと、いつの間にか集まってしまう御三家(クラマー、クニツィア、トイバー)の作品をひとまとめにして収納。正直いって面白くないものもあるが、揃えてみるとそれぞれのカラーが感じられて気持ちいい。コレクターのつもりはないのだが特にドーラには思い入れがあって、コンプリートまであと1つ。

  2. 未プレイ
    いくら評判がよくないといって、未プレイのゲームを未プレイのままで手放すのはもったいない。そこで未プレイだけを集める。これからゲーム会があるたびにここから持ち出したり、自宅でゲーム会をするときはここから選んでもらったりして、どんどん遊びたい。ただマイナーで海外の評価はあまり高くないゲームが多く、一度遊んだらよほどのものでない限り手放してしまいそうだ。珍しいからといってやたら中古品に手を出すのはやめよう。

  3. パーティゲーム
    普通の人と遊ぶとき用にルールが簡単で多人数でも遊べるようなゲームをひとまとめに。『どきどきワクワク相性チェックゲーム』『ライフスタイル』『アップルトゥアップル』『シンボルで言いましょう』『コヨーテ』など。

  4. 大賞受賞作
    年間ゲーム大賞受賞作でも、正直いって面白いと思わないものもあるが資料として取っておくことに。実際はあまり遊ばないので棚の上に上げた。棚の上にはほかにもプレイ頻度は低いが資料的価値があるゲームを集めておく。


あとはいくつか思い入れのあるゲームを取って、残りを放出決定。はじめにデザイナーで仕分けしたせいかシャハトなどはいくつかのカードゲームを除いてほとんど残らなかった。残念だが「シャハトは爽快感がないもんなぁ」などと無理やり自分に言い聞かせる。


ゲームの梱包

| コメント(0) はてなブックマーク - ゲームの梱包



国内でゲームを買うと、ショップでもオークションでもきっちりとした包装をして送ってくれる。1箱1箱をエアーキャップ(プチプチ)で包み、さらにそれをダンボール箱に詰めて、隙間に新聞紙などの緩衝材まで入れて、もうこれ以上ないほど完璧な包装。これならゲームの箱が傷ついたり、ひしゃげたりすることはまずあり得ない。


一方ドイツはというと、ゲームがありふれたものだという認識のせいか、いい加減なものも多い。先日オークションで手に入れた品は、大きさの違う何箱かを重ねてビニールで包み、ガムテープでぐるぐる巻きにしただけのもので外見から何箱重なっているかが分かるほどだった。よく潰れないで着いたものだと思う。インドからゲームを送ったときは、荷造りの段階でおっちゃんが体重をかけて「圧縮」したおかげでゲーム箱はほぼ全壊していた(それでもインドからの場合は、着いたこと自体で喜ぶべきかもしれない)。


それは極端な話でも、エアーキャップ包装など滅多になく、段ボール箱にそのまま詰めて、隙間にぞんざいに丸めた新聞紙をいれるだけであることが多い(たまにボードゲームの紹介が載った新聞が気を利かせて入っているもあるが)。もっとも、こちらも店をやっているわけじゃないし、この包装だって箱の角さえ潰れることは滅多にない。


しかし梱包以前の問題がある。ドイツのオークションでは品名によく「NEU」とか「OVP」とか書いてある。「NEU」は未開封新品のことで、それはいい。しかし「OVP」というのは「Originelle Verpackung」、つまり元々の箱に入ってますという断り書きなのだ。


プラモデルやラジコンで、箱を捨ててしまうことがある。でもそうすると商品価値は大幅に下がるので、後で売ることを考えている人は箱を捨てない。ボードゲームでも同じで、箱を取ってあることを「OVP」と表している。


初めに「OVP」の意味を知ったとき、「そんな当然のことをわざわざ?」と思ったが、その直後に「じゃあ、OVPと書いてないゲームは……」と気づいて妙に不安になった。日本でも圧縮のために箱を捨ててしまう人がいるが、それを出品することはまずあり得ないだろう。それを平気で出品するドイツ人が?


幸いにして今のところ、箱なしで送られてきた品はない。




17日、現地時間で10:30からベルリンで行われたドイツ年間ゲーム大賞発表式で、今年の大賞は郵便馬車(Thurn und Taxis)に決定した。ドイツではすでに高い評価を集めているゲームで、2001年のカルカソンヌ以来4年ぶり6タイトル目となるドイツゲーム賞とのダブル受賞も十分ありえるだろう。


しかし一方で、この受賞を歓迎しない声も国内外で聞かれる。曰くオリジナリティやイノベーションがなくてチケットトゥライド王と枢機卿の焼き直しだ、曰くフリーク向けで家族(お年寄りや子どもを混ぜて)では遊べない、曰くプレイヤーのインタラクションが弱くてソロプレイ感があるなど。さらに年間子どもゲーム大賞を受賞した海賊ブラックアカバと同じフイゴを使っており、批判はさらに厳しい。


年間ゲーム大賞はたった10人の審査員が選ぶ賞だから、こうしたフリークからの異論は毎年のように起こるのは仕方がないだろう。むしろ、どこを審査員が高く評価したのかを見るべきである。



「郵便馬車」は最初の1分間から人を魅惑できます。郵便網をバイエルン周辺に張り巡らせるという課題は、2?4人のプレイヤーを1時間にわたって魅了します。必要な路線カードを手に入れられるか、計画した郵便ルートを遅れないで作れるかという興奮は驚くべきものです。さらに「郵便馬車」は編集もイラストも抜群に作られています。(Thurn und Taxis vermag von der ersten Spielminute an zu fesseln. Die Aufgabe, eine Kette von Poststationen in Bayern und Umgebung aufzubauen, zieht zwei bis vier Spieler eine Stunde lang in ihren Bann. Die Spannung, ob man die benötigten Streckenkarten erhält und ob die geplante Postkutschenverbindung rechtzeitig steht, ist enorm. Dazu ist ,Thurn und Taxis redaktionell wie grafisch herausragend gestaltet)


Die Preisträger "Spiel des Jahres 2006" sind gekürt



つまりルールの分かりやすさ、テーマ性の魅力、興奮をもたらすシステム、そしてコンポーネントの美しさと4点にわたって評価されていることになる。もちろん大賞の受賞理由はこの4点が総合的に評価されたのであって、どれかが他のノミネート作品より傑出していたという訳ではないだろうが、私がひとつ気になったのは、「郵便網をバイエルン周辺に張り巡らせるという課題」を評価している点だ。なぜならこのポイントは、日本人にはさしたる魅力ではなく、評価もされていないような気がするからだ。


審査員はドイツ人とスイス人からなり、中世とはいえバイエルン地方は我々日本人とは比べ物にならないほどなじみ深い。トゥロン・ウント・タクシス博物館の協力を得て歴史的考証が加えられた15世紀の南ドイツの地図は、彼らにとってどれほど魅力的に映ることだろう。ゲームには歴史的な解説書が付属する。その裏面を見ると、ミュンヘンの聖母教会など各都市に実在した歴史的な建物が描かれていることが分かる。こうした細かい芸当も、かなりよい心証を得たに違いない。


これだけ国際化したドイツゲームが、なお失わないローカリティ。それで思い出すのは推薦リストに入ったがめついブクステフーデ(Ausgerechnet Buxtehude)である。


カードにはドイツの地名が描かれており、場におかれているカードからより東(西)にあるか、北(南)にあるかを考えてカードを配置する。間違っていると思ったらダウトをかけて、カードをめくると番号で正しい位置関係が分かる。間違ったカードを置かないようにし、他の人が置いたカードは正しく告発してチップを一番多く獲得した人が勝ち、という地理学習ゲームだ。「オッフェンバッハは、ダルムシュタットの南だっけ?」「いや北だよ」……日本人には遊べない。日本の地名にしたところで、東北から南西に斜めに横たわる日本列島では微妙な問題(新潟と前橋はどっちが東?とか鳥取と千葉はどっちが北?とか)が作りにくいだろう。


昨年の推薦リストではドイツ語版アップルトゥアップルともいえる私の世界の見方(Wie ich die Welt sehe...)がそうだった。ドイツ、スイス、オーストリアとわざわざ分けてカードのテキストが記されているほどの国内限定ネタがある。


ドイツ人にはなじみ深い領主トゥロン・ウント・タクシスの名を冠したこのゲームを郵便馬車と呼んだとき捨象されるもの。ドイツ人以外にはピンとこない何か。そういったものを評価する姿勢は、あたかもグローバリゼーションの波に対抗して民族やセクトに走る風潮に似ている。ドイツ年間ゲーム大賞が、世界的に権威があるかなどどうでもいい、ドイツ語圏の人だけのための賞でいいのだと。


しかしこれはあながち悪いことでもないと思う。普遍性の高いゲームは畢竟アブストラクトゲームになるだろうが、ドイツのボードゲーム界はアブストラクトゲームをあまり好まない。テーマは、身近なものであるほどゲームに入り込むきっかけになるだろう。おそらくこれからも当分、ドイツゲームはシステムよりもテーマから入るゲームが主流だろうし、もしかしたら次世代のゲームは極端にローカルなテーマから生まれることになるかもしれない。




ボードゲームのアワードとして世界で最も影響力のあるドイツ年間ゲーム大賞(Spiel des Jahres)のノミネートが、予告通り28日に発表された。私の予想はほぼ全敗。11の予想のうち、ノミネート入りが郵便馬車のみ、それは俺のサカナだぜが推薦リスト、ケイラスが特別賞。ノミネート+推薦リスト+特別賞の16タイトル中、プレイ済みも6タイトルに留まっている。


例年以上に多くの作品がノーマークだったことは、ノミネート5タイトル中、現時点で一般発売されているのが郵便馬車のみだったこと*1ドイツの大賞予想トトで票が集まらないゲームが選ばれたことからも分かる*2


ノーマークだった原因は、今回ノミネートや推薦リストに多くのゲームを出したメーカーが、リリース情報を事前に流していなかったことが大きい。アミーゴとファランクスを除き、コスモス(ノミネート2、推薦リスト1)、クイーンゲームズ(ノミネート2、推薦リスト2)、ラベンスバーガー(推薦1)など、ゲームの内容が明らかになったのはエッセンやニュルンベルクの事後である。もっとも、コスモスはエラズント、クイーンゲームズは将軍、ラベンスバーガーはセルティカなど看板ゲームがこけて、3番手、4番手くらいが選ばれているので、メーカーが一番驚いているのかもしれない。


さて、どの作品が栄えある大賞に輝くだろうか。シュピールボックスのフォーラムでは今、盛んに議論されている(ドイツ人、好きだなぁ?)。ノミネート作品の中では小箱の海の盗賊に驚きの声が大きい。このことは、大賞予想トトで予想していた人が1人もいなかったということからも分かる。納得できないという声が聞かれるのがジャスト4ファンローマ水道。フリークとしては、郵便馬車がダントツに期待されており、それが無理ならブルームーンシティにということのようだ。その一方で、子どもも一緒に遊べる家族ゲームならば郵便馬車はありえないのでは?という声もあることにはある。


ノミネート5タイトルの対象年令は8才からか10才から、プレイ人数もだいたい2?4人と大差ない。プレイ時間で2タイトルが30分程度、残りが60分程度と二分される。難易度は1が海の盗賊ジャスト4ファン(この2作品がプレイ時間30分程度)、難易度2がローマ水道郵便馬車、難易度3がブルームーンシティ。この難易度評価は、大賞を予想する上で重要な手掛かりとなる。


かつてからノミネート作品は、大賞受賞はまずあり得ないようなジャンル(2人用やアブストラクト)からも選んでバランスを取ってきたが、それは5タイトルのノミネートになってからも続いているように思われる。今回で言うと、初心者的な位置づけ(難易度1)の海の盗賊、アブストラクト系のジャスト4ファン、フリーク寄り(難易度3)のブルームーンシティは受賞可能性が低いだろう*3。とすると残りはローマ水道郵便馬車ということになる。


ここで、フリークに熱狂的に支持されるゲームは大賞を受賞しにくいという法則がある。一昨年のサンクトペテルブルクがそうであり、4年前のプエルトリコがそうだ。これらの作品は、ドイツゲーム賞で1位を獲得している。郵便馬車の作者は奇しくもプエルトリコと同じザイファルト。難易度2とはされているがフリーク向けという声もあり、残念ながら消えてしまいそうだ。郵便馬車が受賞するとすれば、1990年代後半のフリーク路線回帰を審査員が打ち出すことになるだろうが、一般層を広げるという昨今の方針から考えても、その可能性は薄いといわざるを得ない。


となると、残るのがローマ水道だ。難易度は中庸、フリークからもさほど目を付けられていない*4。今までの傾向を見ると、これが一番可能性が高いのではないか。受賞すれば、クイーンゲームズは2003年のアルハンブラ以来、2年ぶり2回目の受賞となる。発表は7月17日。




*1メビウス頒布会ではローマ水道が3月に発売され、今月末にブルームーンシティジャスト4ファンが発売される予定となっている。あとは海の盗賊を残すのみ。すごいヒット率だ。


*2:この予想の参加者はフリーク層だが、自分の好みではなくあくまで審査員が何を選びそうかという主旨で行われている。その予想の中ではマウアーバウアーラムと名誉クレオパトラと建築士魔法の掃除機ハチエンダが上位ながら推薦リストにも入らなかった。


*3:これによってまたもや、クニツィアの無冠の帝王伝説がささやかれることになるだろう。


*4H@LL9000の評価は中の上くらい、ギークでも6.6、play:gameの評価平均は6.2という良くも悪くもない評価がついている。


ソロプレイ感

| コメント(0) はてなブックマーク - ソロプレイ感



ボードゲームのネガティブな評価として「ソロプレイ感(またはソリテア感)」というものある。インタラクション(プレイヤー間の相互干渉)が少なく、ゲーム中まるで一人でコンピュータゲームを遊んでいるかのような感覚になることをいう。


インタラクションというのは、システムとして競り、交渉、交換、協力、直接攻撃、数比べ、レース、ブラフなど。いずれもほかの人の動向を絶えず観察し、牽制し、ときに利用するもので、ボードゲームの楽しさの源泉となっている。


ボードゲームの大半は何らかのインタラクションをシステムとしてもっている。しかしこうしたシステムを用いない、あるいは用いたとしても勝敗にあまり影響しないというゲームが「ソロプレイ感」の強いゲームと言われる。直接攻撃・直接妨害がないゲームだけを指すのではないことはBunkeiさんが述べている(「ソロプレイ感とお仕事感と。」)。


最近ではクラウス・トイバーが脱カタンシリーズで発表した紀元1503(2003年)」、「カンダミール(2004年)などがそうで、インタラクションのなさがマイナス評価につながっている(特にカンダミール。例えばH@LL9000の評価を参照)。


サンファン(2004年)」もプレイヤーの行動がほかの人にあまり影響しないという意味でソロプレイ感を感じた人もいるようだが、その元になったボードゲームプエルトリコ(2002年)から見て相対的にということだろう。評価自体は低くなかった。


また変わったところではウボンゴ(2005年)がある。一斉にパズルの早解きを競うこのゲームはインタラクションが薄いけれども、短期決戦のためかこれも評価は悪くない。


こうしたゲームを遊ぶとき、ソロプレイ感を緩和できればもっと楽しさを引き出せるはずだ。


まず考えられるのは、ソロプレイ自体を楽しむということである。ゲーム中は誰からも干渉されない自分だけの世界を大事にする箱庭療法のような楽しみ方だ。あるいは脇目もふらず全力を尽くして疾走するウボンゴ的な楽しみ方(新作郵便馬車(2006年)もそういう面白さがある)。結果はふたを開けてのお楽しみとしてゲーム中はあまり気にしない。あまり干渉を好まない内向性のある人にとっては、直接攻撃のすさみ系ゲームよりは、これ自体でずっと楽しめるだろう。


しかしそうでもない、人が集まるからには人をこそ楽しみたいという人には、そのゲームのより深いところにインタラクションを隠れていないか探すことを勧める。数多くの新作がどんどん発売される今日、多少面白くても1度遊んでそのままというゲームは多い。しかし何度か遊んでみると1度目には気がつかなかったゲームの機微に気づくこともあるのだ。


クレオパトラと建築士もどちらかというとインタラクションが薄いが、ほかのプレイヤーの非公開情報(お金と汚職チップ)を読み、それを自分の行動に反映させると考えれば決してソロプレイ感はない。


さらに、ノリのいいプレイヤーならば、システムとは関係なく、会話レベルでインタラクションをするという楽しみ方もあるだろう。ゲームの登場人物になりきってRPG風にしたり、ボケとツッコミ、ダジャレなどを交えてお笑い風にしたりすれば、世の中に面白くないゲームなんてない。


もっとも、ゲームに合わせて性格や遊び方を変えられるほど器用な人はあまりいないから、現実には、内向的な人、システムの深みを研究したい人、ノリのいい人と遊ぶならば、インタラクションの弱いゲームを出してもよいということになるだろう。ここでの結論はソロプレイ感を感じたらインタラクションの要素をもっと探そう、会話でつなごうということにしておく。


お仕事感

| コメント(4) はてなブックマーク - お仕事感



この頃あちこちで「お仕事」という言葉を聞く。ボードゲームでは「やりたくないのに、状況的にトップのプレイヤーを妨害しなければならない一手」を指すようだ。「お」という文字が付くことで、自己犠牲による妨害という両者にとって悲惨な状況を巧妙に包み隠している*1


例えばこのまま何もしないと次の手番で1位が上がってしまうというようなシチュエーション。不慣れな人が目先の利益に走ろうとしたとき、「お仕事しなきゃあ!」の声が上がる。


ゲーム慣れした人から見れば、全体の順位関係を見ないでつまらない一手を打ち、そのままゲームが終了してしまうというのは耐えられないのかもしれない。その気持ちは分かるが、言ってしまうのは「おせっかい」という問題になる(TGWコラム「困るんです」よりおせっかい参照)。これは別の問題なので、今回は考慮しない。


しかしこれとは別に、同じシチュエーションで自分が止めなければいけないことに自分から気づく場合はどうか。しかもその手は自分に利するものでは全くない。これが終盤延々と繰り返されてぐだぐだになったりすると、「このゲームはお仕事感がある」といってゲームの評価を下げることになる。クラマーによるよいゲームの定義によると、直接的には「キングメーカー効果がないこと」の欠損、間接的には「最後まで全員に勝つチャンスがある」「ゲーム終了までに緊張感が持続する」という2要素の欠損ということになろう。


しかしこの問題は果たしてゲーム・システムの非に一方的に帰せられるものなのだろうか。Bunkeiさんはこうした「お仕事」が、「場の雰囲気に強制されて」「納得して自分の手を選べ」ないものと捉えている(「ソロプレイ感とお仕事感と。」)。たとえそれがシステム的に要請された一手であっても、その手にどれぐらい主体性があるか、自由に好きな手を選べているかはプレイヤーの側の問題なのだ。


プレイヤーの主体性というのは、そのプレイヤーにとってのゲームの目的によって中身が異なる。勝つことを主目的とする所謂トーナメントプレイ寄りならば、「お仕事」をしてゲームを延長させ、その間に少しでも自分の順位が上がる努力をすることになるだろう。その一手はあくまで戦略的な一手であり、「お仕事感」はあるまい。


一方楽しむことを主目的とする所謂カジュアルプレイならば、ウケを取れる一手を狙うか*2、もうこのまま盛り上がりそうにないならば「うっかり」妨害を忘れてゲームを終了させてしまうという手もある。これまた「お仕事感」がなさそうだ(「うっかり」忘れたプレイヤーを、いくら勝ちたいからと言ってほかの人が非難するべきではないことは、hardline1971さんも述べている(「理由のないことは悪くない」)。


こうしてみると「お仕事感」は、プレイヤーが目的意識をもって主体的にゲームに参加することで、同じ手を打っていてもだいぶ緩和されるのではないかという期待される。またそのためには、明言的であれ暗黙であれ、お仕事を強制しないようにほかの人も協力することが前提になる。すなわち、参加者同士が、お互いの目的やプレイスタイルを尊重しあうということが望ましい。「仲良く喧嘩しましょう」「積極的に遊びましょう」というありきたりな結論だが、実際のプレイ中に意識しておきたいことではある。




*1:似ている言葉に「作業感」というのがあるが、こちらは妨害というよりも、手番の手続きが無駄に煩雑な場合に用いられるようだ。


*2:こういうサディスティックな楽しみも、ゲームの魅力だと思う。




ドイツ年間ゲーム大賞(SdJ)のノミネート発表と推薦リスト発表が5月28日に行われる。5タイトルだけのノミネートになって3年目、今年もどんなゲームが発表されるか楽しみだ。


昨年(ナイアガラ、ヒマラヤ、80日間世界一周、ジャンボ、勝利への道)、一昨年(乗車券、墓場の吸血鬼、頭脳絶好調、マハラジャ、サンクトペテルブルグ)の傾向を見ると、本命となるファミリー向け(プレイ時間60分クラス)、フリーク向け、ギミックもの、アブストラクトまたは2人用をほどよく織り交ぜているようだ。


小箱のカードゲームは入っていない。前から言われていたことだが、SdJは「年間ボードゲーム大賞」なのである。単価が高くないとロゴライセンス収入が上がらないという噂もある。『フェアプレイ』誌のアラカルト・カードゲーム賞はこうした態度へのアンチテーゼなのだろう。今年は「フェットナップ」「ディアボロ」などのカードゲームがよかったが、これが入る望みは薄い。


メーカーではコスモス3回(80日間世界一周、ジャンボ、頭脳絶好調)とツォッホ2回(ナイアガラ、墓場の吸血鬼)、デザイナーはクラマー2回(勝利への道、マハラジャ)となっているが、そのあたりの配慮はあまり感じられない。せいぜいあまりマイナーなメーカーからは入らないというくらい。デイズ・オブ・ワンダーの「乗車券」が受賞したことで、外国メーカーは受賞しづらいということもなくなった。


リメイク、ボード・カードの焼き直しも「アルハンブラ」の受賞であまり問題にならなくなっている。


このような傾向から、今年のノミネートを予想してみた。大賞の予想は郵便馬車。ドイツゲーム賞を受賞する可能性もあり、フリーク色が強いが乗車券がありならこれもありだろう。



  • ファミリー向け:★郵便馬車

  • フリーク向け:ハチエンダ

  • ギミックもの:クレオパトラと建築士組合 魔法の掃除機

  • アブストラクト:オイそれはオレの魚だぜ


推薦リストにラムと名誉、ケイラス、セルティカ、アクアダクト、王の請願、ピュンクトあたりと見る。さて結果やいかに?


追記;Boardgame NewsのR.トロンキスト氏も23日に大賞の予想を発表した。「必ずしも私のお気に入りではない。審査員が好みそうなもの。」郵便馬車、魔法使いの夜、キャメロットを覆う影、メソポタミア、エラズント、アクアダクト、オルトレマーレ、ブルームーンシティの8つ。アウグスブルク1520とクレオパトラは発売時期が遅れたため入らず、乗車券メルクリンは乗車券が大賞だったからもうありえず、ハチエンダは郵便馬車の影に隠れる。魔法の掃除機も可能性小。ケイラスはプエルトリコと同様大賞は取れないとする。


私もかなり重めのゲームをあげているが、あっちはそれ以上だ。フリークには大賞の審査員など務まらないということか。


ギミック

| コメント(4) はてなブックマーク - ギミック



レビューを読んだりして長らく知らなかった言葉に「ギミック」がある。「G.バースの作品はギミックが面白くて……」「このゲームはギミックが命です……」など。



gimmick

(1)(手品師などの)秘密の仕掛け, たね, トリック.
(2)(広告などで人目を引くための)工夫, 仕掛け, 手; 新案品.
 (C) Kenkyusha Ltd.

ボードゲームでは、ゲームのシステムに組み込まれた可動で立体的なコンポーネントを指すようだ。回す(魔法のコマ、サルの神殿、キャンディ工場、盗賊の親方)、くっつく(オバケだぞ?、おしゃれパーティ、グラグラ城のオバケ)、ずれる(ナイアガラ)、掘る(穴掘りモグラ、カヤナック)、振る(ザップゼラップ、イヌイット)など、枚挙に暇がない(play:gameギミック系ゲームリスト)。ドイツゲームの中では傍流になるかもしれないが、近年の子どもゲームには特に多いようだ。


「黒ヒゲ危機一髪」などMB社をはじめとするアメリカのゲームやその流れを引くゲームもギミックの一種だといえるが、それがゲームの全てにまでなってしまうとひょっとしたらギミックとは言わないのかもしれない。


この頃では私も何気なく使ってしまうが、決して一般的な言葉ではないと思う。ボードゲームになじみのない人には「仕掛け」などと翻訳して使いたい。いったいこれは何のジャンルで使われていた言葉なのだろう?


似ている

| コメント(12) はてなブックマーク - 似ている



ゲームを紹介するとき、「○○に似ている」とほかのゲームを引き合いに出すことが時々ある。遊んでいない人にどういうゲームか説明するのはなかなか難しいものだから、端的に言えるこのやり方は便利なものだが、その一方で誤解を与える危険もある。


先日あるゲームを遊んだ後の会話である。そのゲームは、あるサイトで「○○に似ている」と言っている人がいた。それを知っていた参加者は遊んだ後になって、「似てるかなー?」「確かに似ているとこもあるけど、そこがこのゲームの肝じゃないよね」「ほかのゲームでもよくあるし」「わざわざ○○を引き合いに出す意味ないよね」などと文句たらたら。


以前にも、一般発売される前にメビウス便で遊んだ人が、「このゲームの面白さは○○と似ている」というようなことを書いたのがもとで、世間の興味を減退させてしまい、「どうせ○○と同じなんだろ。高いお金を出して買う気になれない」という態度で遊ばずじまいの人を多く生み出したことがある。ウェブで発言する人がまだ少なかったという事情もあるが、「○○に似ている」という言葉のインパクトの大きさを物語るものだろう。


類似性とは、差異の中の同一性である。AさんとBさんが似ているというのは、ほかは異なっているのに例えば「同じ目をしている」からである(オリヴィエ・ルブール著『レトリック』白水社)。つまり全同ではない。全同だったら、それは同一性であろう。これはちょっと考えれば当たり前のことなのに、差異があるという前提は忘れがちだ。まずこの点「○○に似ている」という言葉を、聞くほうは「同じ」と誤解しないよう気をつけたい。


しかし、実際のところ誤解を引き起こすのは、「○○に似ている」というほうの説明不足による。「何が似ているのか」ということを明らかにしていないのだ。さらにはあまりに瑣末なものを類似性として取り上げているせいかもしれない。


たとえ傑作のゲームと似ているといっても、それ以上の面白さはないというマイナス印象は避けられない。ましてや世間であまり評価されず消えていったゲームと似ているなどというのはもっとマイナス印象を与える。ゲームの紹介をするとき、別のゲームに言及するのは細心の注意が必要なのである。どうしても言及したいなら、どこがどう似ているかまで明確に。私もときどきやってしまうので、自戒として。




ウェブサイトでボードゲームの紹介をするとき、写真を載せるのは効果がある。百聞は一見にしかずでまどろっこしい説明を省くことができるし、コンポーネントやイラストの美しさを印象付けることもできる。


ウェブサイトの管理者で集まってボードゲームを遊ぶと、1ゲーム終わるたびに恒例の撮影会が始まり、翌日や翌々日に方々のサイトに掲載されることになる。


デジカメで撮った写真はすぐにアップロードできるが、アングルを変えて何枚も撮り、そのうち一番よかったものを多少でもレタッチした方がよいだろう。暗い写真、逆光、ブレなどがあると同じゲームでも印象がだいぶ下がってしまう。


それでもボードのあるゲームならば、どう撮っても画面いっぱいに美しい光景が広がるのであまり苦労はいらない。問題はカードゲームだ。いろいろなサイトの写真を見ていると、大きく分けて以下のような撮り方があるように思われる。



  1. プレイ中のテーブル上
    最もオーソドックスな方法。6ニムトのように場札を並べていくゲームならばこの方法がベストかもしれない。しかし手札中心で場にカードがあまり並ばないようなゲームは寂しく見える。

  2. プレイ中のテーブル上+手札接写
    そこで手札を手前に広げ、場札と一緒に撮るという方法がある。ゲーム中の雰囲気はよく出るけれども、相対的に場札が遠く・小さく・暗くなってしまってよく見えない。

  3. 適当に並べて接写
    そこでゲームが終わってからカードを何枚か適当に並べ、それを接写するという方法がある。場合によっては目立つ1,2枚だけを撮ることも。カードのイラストをじっくりと見るのによいが、ゲーム中のカードの動きは再現できないのが難か。

  4. 適当に並べて接写+箱
    アドルング社のカタログで見られる方法で、カードを並べ、そこに箱を置いて撮る。寂しさはだいぶ緩和されるが、ゲームに関係ない箱を写すのはレポート感を削ぐ。


この頃私は3.で撮っています。でも写真もデジカメもレタッチも素人なので、もっといい方法があったら教えてください。


一緒に遊びたい3人

| コメント(1) はてなブックマーク - 一緒に遊びたい3人



すごく面白かったはずのゲームが、後日違うメンバーで遊ぶと途端に色褪せてしまうことがある。あれは錯覚だったのか?


メンバーによってゲームの楽しさが全く違うことは、愛好者なら誰でも経験することだろう。だからこそ、そのメンバーにぴったりあったゲームをセレクトすることも大事なのだが、遊びたいゲームが次から次へと控えている今日この頃、メンバーを意識したセレクトばかりしていられないのも実情。そこで、どんなゲームでも、そのゲームの面白さを最大限に引き出すために、いつも一緒に遊びたい人がいる。



  1. ルール判定係
    正しいルールで遊ばなければ正当な評価ができないのは道理。たったひとつのルールを見落としていたり、誤解していたせいでゲームにならないこともある。ゲームが終わってから分かっても後の祭り。正しいルールでもう1回しようと思っても時間がない。そこでゲーム全体を見ながら、このルールはおかしいんじゃないか?とすぐ見抜ける人、あるいはルールの記述が曖昧なとき、こう解釈したほうがよい、そうでなければおかしいと指摘できる人がほしい。実はかなりレア。

  2. やられキャラの盛り上げ役
    自分をちょっと落として笑いを取り、そこを糸口にしてプレイヤーの一体感を作るムードメーカー。ボードゲームの醍醐味はシステムが生み出す効果だけではなく、ボードを取り囲むプレイヤーの喜怒哀楽にもあると思う。初対面でもあっさり皆の敷居を下げ、笑い、悔しさ、驚き、喜びなど、そういった感情を全員に引き起こさせるような人。実は場の空気を読める細心の気配りの人でもある。

  3. 遊び心や創造性に満ち溢れた人
    ひとつひとつの手番の中にも、決められたことをただこなすのではなくて、奇手でも何でも、他の人の手に流されないで面白そうだと思ったらやってみる。それが思わぬゲームの魅力を開くこともあるだろうし、新しい驚きにつながるかもしれない。ゲームを制作したことのある人に多いタイプ。


こんな3人と卓を囲んだら、どんなゲームも評価が上がって他の人に参考にならないかもしれない。この3人は、私がもっていない性格である。ルールの解釈はうっかりなのに、プレイスタイルは寡黙。皆がやっている手に追随してしまうことも多い。こんな人になりたいものだ。




ドイツのボードゲーム市場に徐々に進出しつつあるフランスのメーカーとデザイナー。正直言って日本語表記に自信がなかったのでフランス文学を専攻する友人に聞いてみた。



  • Asmode'e e'ditions「アスモデ・エディション」
    オイロゲームズ、ブルーゲームズのレーベルをもつデカルト社を買収。フランスを代表するメーカーとなったが発売されているゲームは正直微妙。×アスモディ

  • Tilsit e'ditions「ティルシット・エディション」
    「ヒマラヤ」の大賞ノミネート入りでにわかに注目され始めたメーカー。フリーク向け。×ティルジット

  • Bruno Faidutti「ブルーノ・フェデュッティ」
    苗字はイタリア系ではないかという話。「操り人形」「ブームタウン」「ダイヤモンド」「修道院殺人事件」など多作。イタリア風に読めばフェドゥッティか。

  • Bruno Cathala「ブルーノ・カタラ」
    「キャメロットの影」の作者(S.ラジェとの共同作品)。フェドュッティとの共作も多い。×カサラ

  • Re'gis Bonnesse'e「レジス・ボネッセ」
    ドイツ年間ゲーム大賞ノミネート「ヒマラヤ」の作者です。

  • Philippe Des Pallie'res「フィリップ・デ・パリエール」
    「人狼」フランス語版の作者。

  • Roberto Fraga「ロベルト・フラガ」
    「ドラゴンデルタ」「スカッド7」「ダンシングエッグ」「タイムイズマネー」など異色作多数。

  • Serge Laget「セルジュ・ラジェ」
    「キャメロットの影」(B.カタラとの共作)、「修道院殺人事件」(B.フェドュッティとの共作)。

  • Bernard Tavitian「ベルナール・タビシアン」
    「ブロックス」の作者。


以下の3人はフランス語読みすべきかどうか怪しい。要確認。



  • Franz-Benno Delonge「フランツ=ベノ・ドゥロンジュフランツ=ベンノ・デロンシュ」
    ドイツ語読みなら「デロンゲ」。「ドゥロンシュ」と呼ばれているのを聞いたこともある。

  • Fre´de´ric Moyersoen「フレデリック・モイヤーセン」
    「お邪魔者」の作者。オランダ系ベルギー人。アミーゴの人は「いつもフレデリックとばかり呼んでいて、苗字はわからない」そうだ。

  • Jacques Zeimet「ジャック・ゼメ」
    ベルギー人ルクセンブルク人。名前はフランス語だが苗字はドイツ語系らしい。ドイツ語読みなら「ツァイメット」。「ツィーメ」と呼ばれているのを聞いたことがある。


その友人も話していたが、人の往来が多いヨーロッパでは綴りだけから読み方を判別できず、本人に確認するしかないことが多いとのこと(日本でもコキントウなのかフーチンタオなのかというようなことはありますが)。ただ、フランス国内ではフランス人が聞き取れるような音になるというが、同じ名前でも呼ぶ人の言語に左右され、いくつかの読み方を許容しているというのが現状のようだ。


後日談:ドイツのゲームジャーナリスト、U.バルチ氏に聞いてみたところ、Franz-Benno Delongeはドイツ人で読みはフランツ=ベンノ・デロンシュが正解。「g」をシュと読むのは北ドイツ。Jacques Zeimetはルクセンブルク人で、ルクセンブルクはドイツ語、フランス語、ルクセンブルクが公用語だが、彼の名前はフランス語流で読む。バルチ氏はドイツ語と混交しているのか語尾のtを発音しないだけで「ジャック・ザイメー」と読んだが、フランス語では「ゼメ」ではないかと聞くと、「僕のフランス語は弱いから、そっちの方が正しいだろう。」ゼメに確定。




ドイツのボードゲームには、陣取りものが多い。フランスを舞台にした「カルカソンヌ」、スペインを舞台にした「エルグランデ」、ドイツを舞台にした「ラインレンダー」「ヴァレンシュタイン」、イタリアの「サンマルコ」、アメリカの「マンハッタン」、イラク(現在)の「チグリス・ユーフラテス」、エジプトの「アメンラー」、インドの「タージマハル」、中国の「チャイナ」、日本の「サムライ」、今年はヴェルサイユ宮殿の貴族を「陣取り」する「ルイ14世」がヒットしている。架空の世界だが「カタン」もそうだ。限られた土地を限られた人やお金で占領する。占領した人だけが利益を得ることができるから、やすやすと人に渡してはならない。


ドイツでは離婚の理由として「生活圏の侵害」というのがよくあるという(asahi.comドイツ年特集:「生活圏」侵したら、離婚の危機)。日本だったらおそらく「家庭内の不和」が離婚の主要な理由になるだろうことを考えると、自分自身の立ち位置にずいぶん違いがあることに気づかされる。配偶者であっても侵害されたくない、自分だけのテリトリー。日本でも近年はそういう生活スタイルが増えているが、夫婦では特にテリトリーはできるだけ重なり合うことが理想視される。



この言葉に、さすが、周りの国と陸続きの狩猟民族の発想だなあと感心しているのは、私だけでしょうか。狭い島国の日本の場合、一緒に暮らす二人は、考え方や感性、価値観、そして性格までも一致している方がいいと、一般的には考えられていますよね。



ここから考えると、陣取りゲームにおいてもドイツ人は日本人と比べ物にならないほど、自分のテリトリーに対する思い入れが強いのではないだろうか。だからこそ陣取りゲームが白熱するのではないだろうか。ギブアンドテイクでみんな仲良く共存しましょうというような島国感覚では、自分のテリトリーを奪われても奪ってもそのこと自体はさほど悔しくも嬉しくもない。ただその結果として利益が増減することの方が精神的に大きい。極端な話、あるテリトリーを取っても取らなくても利益は全く同じという状況なら、日本人はきっと取らない方を選び、ドイツ人は取る方を選ぶ傾向があると考えられる。


ここに、ドイツの陣取りゲームの楽しみ方のヒントが隠されている。もっとテリトリーに執着すること。損得計算はさておいて、自分のテリトリーを死守し他人のテリトリーは全力で落とす。取られても諦めず、たえず挽回を期す。そんなゲームとは直接関係のない精神的な攻防が楽しめるようになってきたら、新しい境地が生まれるかもしれない。さらには、仕事や人生に変化が現れることだって、考えられなくはないのである。




ハンス・イム・グリュックのサイトに新作『バベルの塔』のフランス語訳がアップされた。これがニュースになるとは、なんだかまるでこれまでのハンス社の作品がローカライズされたものを除きフランスに紹介されていなかったかのような感じだ。


大人ゲーマーならば、アレアと並んで全作品を注目したくなる天下のハンスがもし隣国フランスにそれほど入っていないとしたら、フランスはアメリカや日本以下のボードゲーム後進国と揶揄されても仕方がないのではないか。それほどハンスの作品は、ボードゲーム文化の成熟をはかる物差しになりえると思う。


フランスといえばデカルト(オイロゲームズ)、それを買収したアスモデー、あとはシュミレーション系のティルスィット、アブストラクト系のギガミック、そして『ピッチカー』のフェルティ、『イス』のイスタリぐらいしか国外に知られたメーカーがない。デザイナーではB.フェドゥッティ、B.カタラ、P.パリエールがたくさんゲームを出しているが、実は結構ハズレが多い(私の好きなR.フラガは別)。オイロゲームズもそうだったが、アスモデーも当たり外れが大きいような気がする。フランスで大ヒットしたという『羊牧場』はドイツでもアメリカでも日本でもたいした話題を呼ばなかった。


これらのことをどう分析するか。フランス人はゲームに面白さを感じるポイントがずれているのか、ゲームのことをあまり知らないため後れているのか。タイトル数は出ているらしいフランスゲーム事情、ちょっと気になる。


アンケート(6)

| コメント(0) はてなブックマーク - アンケート(6)



問 5 レビューなどで扱うゲームは、どういうところに注目して見ていますか?(複数回答可)






























































選択肢 回答数 回答比率
回答なし 2 || 3.08%
テーマ(未来、SF、ファンタジーなど) 27 ||||||||||||||||||||||||||| 41.54%
システム(双六、配置、競りなど) 53 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| 81.54%
コンポーネント(イラスト、コマの材質など) 35 ||||||||||||||||||||||||||||||||||| 53.85%
メーカーやデザイナー 16 |||||||||||||||| 24.62%
プレイ時間(重さ、軽さ) 38 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||| 58.46%
対象年齢やプレイ人数 24 |||||||||||||||||||||||| 36.92%
値段 11 ||||||||||| 16.92%
受賞の有無 7 ||||||| 10.77%
その他 8 |||||||| 12.31%


新しいゲームを紹介するとき、どこに焦点を当てて書くかは大事な問題。読者が一番注目しているのはダントツで「システム」と出ました。


この点についてこの頃反省していることがあります。以前レビューの書き方を書いたとき、「ルールを最小限に記述すること」が肝要だという結論になりました。しかし、名古屋EJFのカタログを代表として、ルールの記述を前面に出すというレビューもあります。これを「ルール派」と呼ぶことにします。


ルール派のレビューは確かにどこに面白さがあるのかぱっと読んでも分かりません。その上カードやチップの処理など、ゲーム中の作業内容が多く盛り込まれているので、実際に遊んでみるまで何が書いてあるのかわからないことすらあります。


しかし「システム」に注目してレビューを見たい人にとっては、ルール派のレビューもアリなのではないでしょうか。面白さがどこにあるかは、人それぞれ変わることがあります。カタンの交渉が楽しいと人もいれば、ダイス振りが楽しいという人もいるでしょう。「ここが面白い!」と絞って書くことは、全く的外れになる可能性もあるというリスクがあるのです。


いろいろなゲームを遊んで経験を積めば積むほど、ルール派のレビューはどんどん面白く読むことができるようになっていきます。「そうか、これが従来のトリックテイキングにない新要素なんだ。なるほど考えたねえ」ルール派のレビューは頭を使ってじっくり読まなければなりません。そうすればゲームの選択や購入にとって貴重な資料になるのではないでしょうか。


当サイトのレビューも完全にルール派という訳にはいきませんが、ゲームによってはルール説明多めで行きたいと思います。


2位は意外なことにプレイ時間(重さ、軽さ)。長時間ゲームが嫌われる昨今はプレイ時間60分と書くのが流行ですが、実際にやってみると全く違うことも。また同じ60分でも頭を使いっぱなしかそうでないかで体感時間は変わってくるものです。ミドルクラスのボードゲームについては、重いか軽いかということも気をつけてみたいと思います。意外と重いカードゲームも注意が必要ですね。


3位はコンポーネント。これは百聞は一見にしかずで、写真を掲載するのが一番のようです。写真はコンポーネントだけでなく、テーマやルールの概略まで一気に理解させる効用があります。フラッシュが反射したりピントがぼけたりして失敗することが多いのですが、勉強してきれいな写真を撮れるようになりたいです。


新作500時代

| コメント(0) はてなブックマーク - 新作500時代



世界で毎年、いったい何種類のボードゲームが発売されているのだろうか。そのひとつの目安になるのが、ドイツで毎年行われているシュピール・エッセン国際ゲーム祭とニュルンベルクおもちゃ見本市で発表された新作である。ここ4年の推移は以下のようになっていた。


































新作発表数(Spielbox-online調べ)
年度/場所 2002 2003 2004 2005
エッセン 135 156 215 338
ニュルンベルク 107 156 171 172
合計 242 312 386 510


エッセンの新作が急増しているのがよくわかる。これはひとつには、インターネットの普及で新作情報が調べやすくなったことが大きい。例えば遊宝洞は2003年のエッセンでは新作にカウントされていなかったが、2004年には英語のページをアップしたこともあってカウントされるようになった。同じようにインターネットで情報を公開してカウントされるようになったメーカーがドイツ内外を問わずたくさんある。


しかしインターネットでは見えないメーカーが前からたくさんあったのかというと、そうでもない。実際にも、エッセンで発表されるゲームは増えた。2004年には会場が増設され、展示者数も過去最高をマークしている。小さいメーカーのものを数え上げれば、この数をさらに上回ることは確実だろう。


ダビンチやキダルトなど、エッセンでタイトルだけ発表していたのに間に合わず、ニュルンベルクでまた発表することになったケースは若干ある。しかしそれ以上に、昨年発売された日本のものを含め、カウントされていないたくさんのゲームがあるのだ。


というわけで、「世界では毎年○○種類以上の新作ボードゲームが発売されている」という文を作ることになったら、500と書いていい時代が来たと言うことができるだろう。そのうちいくつが1年もつか分からない時代でもあるが…


アンケート(5)

| コメント(0) はてなブックマーク - アンケート(5)



問 4 当サイトで役に立っているコンテンツはどれですか?(複数回答可)






































































選択肢 回答数 回答比率
回答なし 0 0.00%
ニュース 59 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| 90.77%
海外事情(翻訳記事) 49 |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| 75.38%
エッセン・ニュルンベルク情報 56 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| 86.15%
ルール和訳 48 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| 73.85%
レビュー兼レポート 54 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| 83.08%
デザイナー特集 20 |||||||||||||||||||| 30.77%
バリアント紹介 31 ||||||||||||||||||||||||||||||| 47.69%
クイズ・投票 7 ||||||| 10.77%
エッセイ 34 |||||||||||||||||||||||||||||||||| 52.31%
リンク(トップページと3つのリンク集) 23 ||||||||||||||||||||||| 35.38%
その他 2 || 3.08%


問 6 当サイトにないコンテンツ・機能で、追加してほしいのはどれですか?(複数回答可)

































































選択肢 回答数 回答比率
回答なし 5 ||||| 7.69%
新作レビュー 33 ||||||||||||||||||||||||||||||||| 50.77%
評価システム 12 |||||||||||| 18.46%
特定ゲームの研究 11 ||||||||||| 16.92%
リプレイ 18 |||||||||||||||||| 27.69%
インタビュー 24 |||||||||||||||||||||||| 36.92%
サークル紹介 9 ||||||||| 13.85%
フォーラム 6 |||||| 9.23%
総ブログ化 0 0.00%
検索機能 10 |||||||||| 15.38%
play:gameデータベースとの連携 18 |||||||||||||||||| 27.69%


当サイトで力を入れている順に評価していただいたという感じです。新コンテンツについてはそれほど期待が大きくないことから、当面は現行路線で行きたいと思います。


新作レビューは、レビュー兼レポートの中でできたらと思いますが、そのためには最低限メビウス頒布会に入るか、入っている知り合いと定期的に遊ぶかしたいところ。でも当面それはできそうにないので、マイナー・キワモノ系新作をご紹介していきます。


インタビューはとてもやってみたいですね。将来有望な人があまり有名でないうちにスポットライトを当ててみたり、あるテーマでディスカッションをしてみたりしたいです。今一番話をしたいのはフェアシュピールトのウド・バルチさんかな。ゲームサイトの存在意義みたいなものを追及していけたらと思います。


リプレイは、近所の固定メンバーで定期的に遊ぶという状況ができたら考えたいです。山形でそういう体制ができないかひそかに計画中。平日の夜とかにさらりと集まって遊べるなんていうのが夢です。


play:gameデータベースとの連携は、目下急務の課題としてpuppiさんと情報交換をしております。1回サイトもちで集まらないと……といって結局遊ぶための口実ですが。


それぞれのコンテンツが概ね充実していて、その上で何か1つでも光るところがあるというのが理想のサイト像です。ニュースを柱に、各コンテンツを継続していきたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。


韓国人

| コメント(0) はてなブックマーク - 韓国人



3ヶ月ぶりぐらい久しぶりに大学に行き(笑)、屋外学食で昼食を食べていると、タイのお坊さんがやってきた。しばらく話をした後、近くにいた韓国人を紹介してもらう。


彼らは男女5人でのんびり旅行している大学生だという。大学生とくればボードゲームカフェだ。勉強の話もそこそこに聞いてみた。「私の趣味はボードゲームです。韓国にはボードゲームカフェがあるんですよね!」


ソウルの大学から来ている彼らは、びっくりしたようにうなずく。そして次に坊主頭にした男の子から最初に出てきた言葉は「TRPG」。「私はドイツゲームが好きで」というと、「カタン」「カルカソンヌ」「プエルトリコ」が続けざまに出てきた。インドでそんな単語を聞けるとは思ってもいなかったので嬉しかった。


女の子も友達とよく行くという。熱しやすく冷めやすいブームだと言う人もいるが、誰でも彼でも触れるというチャンスができているのは日本から見てうらやましい。結局廃れたとしても1度流行ったものには必ず思い出が残り、その中にはきっと続ける人もいるだろう。彼らがやがて親になったとき、子どもと遊ぶ確率も上がる。


韓国はやっぱり大陸的で、勝負事が好きなんだろうか。島国の日本はその点でちょっとぬるい気がした。


アンケート(4)

| コメント(0) はてなブックマーク - アンケート(4)

半月ほどで65票のアンケートを頂きました。ありがとうございます。これから集計結果を発表してまいります。1日の訪問者数が約400、そのうち何割かはアンテナのロボットで、1日に複数回ご覧になる方も考えて、ご覧になっている方の実数は1日200人ぐらいでしょうか。まだまだマイナーな趣味ですので、ご覧頂いているというだけでも力になります。


問 1 当サイトをどれぐらいの頻度でご覧になっていますか?


















































選択肢 回答数 回答比率
回答なし 0 0.00%
今回が初めて 0 0.00%
たまに 1 | 1.54%
1週間に1回 5 ||||| 7.69%
2?3日に1回 10 |||||||||| 15.38%
1日1回 24 |||||||||||||||||||||||| 36.92%
1日2回以上 9 ||||||||| 13.85%
更新に応じて 16 |||||||||||||||| 24.62%

1日1回、ブックマークから。メールチェックのような習慣にまでなっているのだとしたら、嬉しいです。最近はアンテナサイトからいらっしゃる方も多いですが、マイナーな更新は更新情報に載せないので、アンテナに反映されないこともあります。


問 2 当サイトを主にどこからご覧になっていますか?



































選択肢 回答数 回答比率
回答なし 1 | 1.54%
自宅 50 ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| 76.92%
職場 11 ||||||||||| 16.92%
ネットカフェ 0 0.00%
その他/決まっていない 3 ||| 4.62%

ほとんどは一日の仕事を終えて、夜に自宅でご覧になっている様子。職場からという方は、仕事に差し障りませんように。


問 3 当サイトを訪問するのは主にどこからですか?








































選択肢 回答数 回答比率
回答なし 1 | 1.54%
アンテナサイト 23 ||||||||||||||||||||||| 35.38%
ブックマーク(お気に入り) 35 ||||||||||||||||||||||||||||||||||| 53.85%
ゲームサイトのリンク集 5 ||||| 7.69%
検索サイト 0 0.00%
その他 1 | 1.54%

ブックマークに入れていただいているというのは、サイト管理者冥利に尽きます。もちろん、アンテナに登録していただいている方もありがとうございます。はてなアンテナの登録数は今見たところ35でした。



海外ゲームは、発売されてから日本に入るまでタイムラグがある。ノミネートはこのタイムラグを考慮に入れて、多少のずれを許容することになっているが、ここからここまでと線引きをするのは実に難しいものだと思った。ドイツならば、前の年のエッセンとその年のニュルンベルクという分かりやすい基準がある。しかし日本の場合、遅いと1年ぐらい遅れて入ってきて、しかも大ブレイクなんてことがある。


それに関連してもう1つ、今回もノミネート選考が終わるか終わらないかのうちに話題になったゲームがあったりして(ゴキブリポーカーとかコロッサルアリーナとか)、じゃあ来年に入れようかと思っても次のノミネート選考まで10ヶ月もあると、はたしてそれまで生き残るのかわからない。その間にまたどんどん新作が入ってくるだろうし。


この悩みは、ドイツにもあるみたいだ。エッセンで発売されたゲームは、年間大賞の選考が始まる年明けにはどうしても印象が薄くなるため、各メーカーがニュルンベルクのほうに力を入れている。しかしそうしたメーカーの努力とは別のところで、愛好者から絶賛を浴びるゲームもあるわけで、そうした中から公平に選び出すのはたいへんなのだ。


この背後にある問題は、ゲーム寿命の極端な短命化である。せめて1年はもってほしいものだが、この先どうなるのだろうか。


大賞は今月下旬発表の予定。


アンケート(3)

| コメント(0) はてなブックマーク - アンケート(3)




「普段なかなか目にすることのない海外のゲーム事情・ニュースに触れることができる貴重なサイトだと思います。私個人として期待したいのはこの路線でありまして、「評価システム」は、貴サイトにはあまり必要だとは思いません。」



多くの方から頂いたのは、エッセン・ニュルンベルク新作情報を含む翻訳記事に対する評価。私としてももっともやりごたえのあるコンテンツであり、評価していただけたことをとても嬉しく思う。


その一方で、どのゲームが面白いか考える場に参加したいという気持ちも持ち続けている。ニュースから明らかになる海外の評価もないことはないのだが、流通事情が異なる日本にそのまま適用することはできない。


まもなく投票〆切となり、来月に発表される日本ボードゲーム大賞(みなさん投票しましたか?)はその一環。日本の風土では、はっきりと面白い/面白くないと言いづらいところがあるために分かりづらくなっているゲーム評価を、一般の愛好者の数と力をお借りして賞という目に見える形にしようというものである。これはお陰さまでうまく回っており、今年も面白い結果になることだろう。


サイトではどうかといえば、レビューを兼ねたゲーム会レポートの中で「面白い!」マークをつけることによって一応の評価はしている。しかしそれは極私的な評価に過ぎず、私が面白いというからやってみたが全然面白くなかったというパターンはいくらでもあるようだ。


そこで誰でも参加できる評価システムがほしいなと思うのだが、幸いにしてゲームギャラリー、play:game、ボードゲーム通信、海外ではBoardgame Geek、H@LL9000がそうしたものをすでに作っている。その中で当サイトは現在詰め込めるだけ詰め込んだデータベースを作っているplay:gameを評価システムとしても気軽に使えるよう、協議しながら連携していくつもりだ。




妻の前で知り合いのゲーマーを列挙していたら、女性がいないことを指摘された。慌てて考えてみたが、ゆうもあ関連で何人か知っているぐらい。


実際、他のサイトのレポートなどを見ていても女性の登場率はかなり低く、女性がいるというだけで目を引くほどだ*1。もっとも、成人のボードゲーム愛好者は男性が圧倒的に多いというのはドイツもアメリカも変わらない。


女性が、子どもや夫の付き合いではなく自ら趣味としてボードゲームをあまり選択しないのはどうしてだろう。


女性が何人か集まってする趣味といえばショッピングやお茶。メインはおしゃべりである。おしゃべりの中で女性は面白かったこと、たいへんだったことといった体験を共有しあったり、控えめな自慢をしあったり、お互いにほめあったりしている。そのとりとめのなさがいいらしい。


こうしたおしゃべりが楽しいためには、お互いの共通項が多く、さまざまなパラメータが同等であるほどよい。年令、家計の収入、学歴、子どもの数…。同等でない場合は、焦点が当たるのを避けて別の同等なものを探すか、あるいは無理やり同等であるとみなしてしまう。


そこでボードゲームであるが、勝敗がつくという点がどうしても外せない本質であろう。同等であろうと努力さえしている女性の中に、勝敗という同等でないものが生まれるのがなじまないのではないか。


その点、男性は対照的で勝敗がつけることを好むようだ。その場限りのことであっても、序列をつけることや自分のポジションを知ると安心するのかもしれない。勝敗がつくことを好まない男性でも、女性のように同等であることに重きを置いているのではなくて「こんなことで序列がついてたまるか」という負けず嫌いであることが多い。


この男女の違いは、社会的な側面に大きく依存している。例えば平日の昼間、スーパーに行って女性を見ても不思議に思わないが、男性を見ると「この人の職業はいったい何なんだろう」と思ってしまう。それは男性は会社で働いているもの、女性は家で家事をしているものというケースが現代でもまだ多いからにほかならない。


男性は会社にいけば、それぞれ違った地位が与えられる。ところが家にいる主婦は主婦以上でも以下でもない。これが序列を求めてボードゲームを遊ぶ男性と同等であろうとしてボードゲームを避ける女性の違いになるのではないだろうか。


もちろん、男女で嗜好が分かれる原因はそれだけではない。子ども心やコレクション欲など男性の方が強いものもあるだろう。しかし、面と向かって勝敗が決まるというボードゲームの特性を考えたとき、このような男女の社会的性格が大きな原因になっていると思うのだ。


それではどうすれば女性がもっとボードゲームに親しんでくれるか。社会的な問題は現代の多様性によって解消されつつあるかもしれないが、一朝一夕に対策を打てるものではない。テーマ、コンポーネント、システムなどのゲーム自体の問題から、ゲーム会の形式、広報などゲームを遊ぶ環境までにわたって女性が好んで参加できる要素をもっと研究していく必要があるだろう。


参考




*1:レポートをアップするぐらいのマニアには男性がどうしても多くなるため、女性が参加するゲーム会はウェブに現れにくいという事情は差し引いて考える必要がある。


アンケート(2)

| コメント(0) はてなブックマーク - アンケート(2)

週末までに約50通。とても参考になります。



「質のよい和訳を配布し、翻訳者にも何らかのメリットを還元する仕組みは作れないものでしょうか?」



アメリカではフリークが我先に英訳を作り、データベースサイト「ボードゲームギーク」にアップロードしている。ショップもこれを利用して販売しているようだ。つまり愛好者主体。一方、日本はショップ主体である。


新しいゲームが発売されると、メビウス、バネスト、広島などが和訳を手がける。中には同じゲームを別々に和訳していることも少なくない。これは労力の無駄ではないか、仕事を分担すればもっと効率的にルール和訳を作ることができるのではないかという声もときどき聞かれる。


日本の場合、ショップが和訳を手配しなければならない一番の原因は、和訳がショップにとって主要なサービスとなっているからであろう。今はどのショップでもレイアウトや図解、色使いや文体に気を使って読みやすい和訳を心がけており、そのために少なからぬ手間ヒマをかけている。ショップがこれを他人任せにすることはまずありえまい。


ショップと同じ質と量の和訳をボランティアに期待するのはまず無理だろう。「ボードゲームギーク」で公開されているボランティアの英訳はほとんどの場合文字だけの素っ気ないもので、日本のショップが現在提供しているような質には遠く及ばない。


私はこうしたショップ主体の体制が問題だとは思っていない。むしろ責任をもって質のよい和訳を量産しているという点ですばらしいと思う。我々にできることはまず、ショップがご好意で譲ってくださった和訳を誰にでも使いやすいかたちで管理するということ、それと同時に未紹介のマイナーなゲーム(年代ものや小さいメーカーのもの)の和訳を手がけて裾野を広げることになると思う。


そのために現在、play:gameのデータベースで和訳を管理する仕組みをpuppiさんと始めている。



当サイトで取り上げているエッセンやニュルンベルク情報は、英独のゲームサイトに上がっているものだ。Spielboxはドイツのメーカー、Gamefestはアメリカのメーカーの情報をいち早く入手してアップし、またお互いに情報を交換している。写真はほとんどの場合メーカーが提供しているもので、中には箱絵の下書き段階で発表してしまうものもある。ハンス社が去年発表した「ゴア」の箱絵は途中で変わったし、今年の「バベルの塔―世界の八不思議」にいたってはモノクロのデッサンの時点で発表している。


このように開発中でもどんどん情報を出していくというメーカーの姿勢は、一刻も早く情報をほしい新しがり屋のユーザーにとってとても嬉しいものである。しかしメーカー側にしてみれば、単にフリークを喜ばせるというよりも、たくさんのゲームが発売されている中でどこの会社よりも早く情報を出して話題づくりをしておきたいという意図があるようだ。


ラベンスバーガー社やアミーゴ社は、現在、ニュルンベルク玩具見本市よりも前に発売するようになった。またハンス社がエッセン国際ゲーム祭でお披露目する前にオンラインゲームサイト「ブレット・シュピール・ヴェルト」で新作を発表したことも記憶に新しい。


翻って日本のボードゲームや関連本はどうだろうか? 実に遅いと言わざるをえない。中にはとうの昔に発売しているのに何の告知もしておらず、お店で見つけてはじめてその存在を知るというものも少なくない。


玩具業界の慣行なのか、秘密主義なのか、それとも早く情報をあげてぽしゃるのが怖いのか分からないが、情報を提供しないことによって損をしているのはメーカーにほかならない。ことボードゲームに関しては優秀な海外ゲームがどんどん入っている昨今、こうした周辺部分で負けていては永久に追いつけないような気がする。


実はたくさん発売されている日本のボードゲーム、カードゲーム。ウェブ上での宣伝にもっと力を入れてもらいたいものである。


アンケート(1)

| コメント(0) はてなブックマーク - アンケート(1)

サイトを開設してもう少しで9年、頻繁に更新するようになってから5年ほどになる。手当たり次第に作ってきたコンテンツが雑多に感じられるようになってきたので、昨日からアンケートを始めた(→こちら)。昨今は質問を作るだけで集計までやってくれる無料サイトがあって便利だ。1日で約30名の方から回答を頂いた。ありがとうございます。

集計結果はある程度まとまった時点でまとめてお知らせする予定でいるが、自分ではなかなか気づかない貴重なご意見、ご要望を頂いたのでここで紹介、回答していこうと思う。

「ショートニュースが流れるのを待つのがめんどくさい。」

ほか何人かから頂いたご意見。またマックのIEだと文字列が折り返さず、右側が切れるというご指摘もあった。そういうときHTMLソースを開いてご覧になっているとのことで、ずいぶんお手数をおかけしております。

「Short News」は本ニュースにするほど文章が書けないちょっとしたものを掲載。気軽に更新できるので結構使っている。MARQUEEタグを使っているのはこのスペースを節約してその下の更新情報をスクロールしなくても見られるようにという理由だが、私もベストだとは思っていない。

解決策としては、

  • JAVAスクリプト…なめらかなスクロールが得られない
  • アプレットでかっこよく…でも重くなりますよねぇ
  • 浮遊フレーム…IEのみ
  • FORM+TEXTAREAタグ…枠内でタグを使えない
  • 本ニュースと統合…レイアウトが難しい

そもそもスクロール自体が問題なわけだが…何か妙案はないものだろうか? ヘルプ!



問い:ドイツのボードゲームは直接攻撃やプレイヤーの脱落がないことでも知られています。これは意識されたデザインの哲学なのだと思いますか?


答え:少なくとも潜在的なものです。60年、70年代にラベンスバーガーはゲームについてある哲学を提示しており、これが今日までたくさんのエディターの頭に残っているようです。「家族全員が楽しいドイツゲーム」は教育的効果をもち、悪いものや破壊的ではいけないとされています。参加者全員がポジティブな経験と成功を手に入れることになっています。しかしこれはメーカーの考え方だけではありません。たくさんの愛好者が明らかに建設的な遊び方を愛しています。「カタン」や「カルカソンヌ」が成功したのも私見では建設的な遊び方ができるからだと思います。「カタン」で交換に応じるのは他の人に親切にできる(「木材がほしい? OK、その代わりに何かちょうだい」)のが楽しいからだというのを聞いたことがあります。「カルカソンヌ」でも一緒に風景を作り上げていきたいからで、誰か(私)が戦略的に置いていくと隙間が埋まらなくてつまらないという人もいました。


ウド・バルチ氏へのインタビュー記事(韓国ゲームサイト・ボードウォーク)より


http://boardwalk.co.kr/bbs/view.php?id=oodarticle&&no=45


レビューの書き方

| コメント(0) はてなブックマーク - レビューの書き方

ルールをわかりやすくするための2つの方向

一時期いろいろなサイトで作られていたレビュー(ゲーム紹介)だが、このところ発表するサイトが少ない。レポート仕立てのものも含め、きちんとしたものをコンスタントに出しているのは4つか5つぐらいだけではないだろうか。少し寂しい。

確かに、どこかのサイトでやっていれば自分のサイトで繰り返す必要が感じられなくなるのは分かる。しかし、どの要素に目をつけて書くかによって、同じゲームのレビューでも全く印象が変わるものだ。長くなくてもいい、いろいろな人が書いたレビューを読んでみたい。

海外で評判のゲームが出た。メビウス頒布会などで入り始めている。どんなゲームなんだろう? 面白いのだろうか? 買うべきか買わざるべきか? 膨大なゲームの海に溺れる人たちにとって、レビューは落ち着いて海を見渡す小島となる。

さて、このごろいくつかのレビューを読んでいてとても気になることがある。それは、単なるルールの要約。ゲームの準備から、手番にすること、終了条件、勝利条件だけを書き並べただけのもの。その前後にテーマとコメントがおまけ程度。

「6ニムト」は、牛カードを取らないようにするゲームです。全員に牛カードを10枚配り、そのほかに場に4枚並べます。全員一斉に1枚ずつ出して、数の少ない人から置いていきます。1つの列に6枚並んでしまったら、最後の牛カードを出した人はその列を取らなければなりません。カードにはマイナス点の牛マークが書いてあり、10枚全部出し終わったときにマイナスの一番少ない人が勝ちです。簡単なルールで盛り上がれるので、よく遊んでいます。

…こんな風。これを読んで、遊んだことのない人が面白いと思うだろうか。いや、そもそもどういうゲームなのか分かるだろうか。そして、遊んだことのある人に何か訴えかけるものがあるだろうか?

インストならこれでよい。でもレビューはどういうゲームなのかを知らせるためのものであって、ルールを説明することが第一の目的ではない。確かにルールを記述することは必要だが、そのルールが「なぜ面白いのか」につながるべきだと思う。

ルールを「なぜ面白いのか」につなげるためには、2つの方法が考えられる。ひとつは、ルールの背景にあるテーマやストーリーから書く方法。

パレッティは天空の城を作りたくていましたが、新しい柱を買うお金がありませんでした。そこで下の階にある柱を抜いて、上の階に移していくことにしたのです。(ヴィラ・パレッティ)

この説明でゲーム内容の7割ぐらいは理解できる。アブストラクト系ではできないが、たいていのドイツゲームなら可能だろう。ストーリーリッチに仕立てたレビューとしては涼色桔梗さんのものが素晴らしい。『ボードゲーム天国』のレビューもそういった切り口だ。プレイヤーはゲーム中、何(職業、動物etc...)になるのかをしっかり説明することで、何をめざすのか(目的)、何ができるのか(手番の行動)が自然と理解できる。

もう1つ、ルールを「なぜ面白いのか」につなげる方法は、ルールが引き起こす事態を書くことだ。

自分が引きたい路線に対応する色のカードを出します。そのため、せっせとその色のカードを集めていきますが、路線の数は限られていて早い者勝ち。ほかの人に取られてしまったら、別のルートを探さなければなりません。(乗車券)

この説明はアブストラクト系でも、それ以外でも有効。簡潔なルールでシステマティックに作られたドイツ系ゲームでは、面白さの理解に不可欠とさえ言えるのではないだろうか。

逆に言えば、引き起こす事態まで記述していないルールは不要だということ。最初に挙げた6ニムトの例では、配る枚数、並べる枚数がこれに当たる。一般に何枚とか何点とかいう数字は、それが意味することを丁寧に書かない限り、いたずらに読者を混乱させてしまう。「牛マーク」などのゲームでしか通用しない専門用語も同じ。

システムに切り込んで作られたレビューとしては鷹村ナクトさんのものが秀逸。詳しいルールの中に、それがゲーム全体の中で何を意味するかがちりばめられていて、理解しやすい上に面白さも伝わってくる。

前者は読者の一般教養を、後者はゲーム経験をうまく使うと言い換えることもできよう。何も難しいことではないと思う。自分が面白いと思うポイント、伝えたいと思うことを前面に出して、それ以外のものを削ぎ落とすだけのことだ。

とはいえ私もまだまだ試行錯誤中。賢明なる読者のご意見を乞う。

シュピールボックスの例

ルールを最小限に記述することが前回の結論だったが、ドイツの雑誌ではどうなっているのかSpielbox誌のレビュー(評論)構成を調べてみた。

1.レビュータイトル
ゲーム名は小さく、その下に大文字でキャッチコピーを入れる。ゲームの内容が凝縮されていて、ゲーム名よりもイメージが湧く。
2.概要
ドイツゲームのルールブックにはたいてい最初に数行、概要説明がある。ストーリー、プレイヤーの役割、そして目的。それにほぼ同じ。盛り上げるためテンション高めのことも。
3.詳細な説明
コンポーネントの描写から始まり、手番にできること、終了条件、勝利条件。順序はルールブックで、枚数や点数など細かいことまで書いてあるが、その途中途中にそれによって引き起こされる悩ましい事態やちょっとした戦略がちりばめられている。また小見出しを入れて分かりやすくもしている。
4.評論
イラストの出来、コマの色、ルールの分かりやすさなどにコメントした上で、プレイ感や面白いポイントを述べる。特徴的なのは、同じ作者の他のゲームや、同じタイプのゲームに言及して比較する点。
5.データ
タイトル、メーカー、デザイナー、イラストレーター、人数、年令、時間、ルール記載言語、値段、そして複数の評者による10段階評価。
あとは写真豊富なのが特徴。ゲーム中の写真だけでなく、箱絵の切り抜きもでかでかと使っている。

2ページ使うがほとんどで、字数はかなり多い。しかし絵や写真も大きく(しかもオールカラー)、また簡単に知りたい人には数行の概要が冒頭にあるので煩瑣な感じはしない。ゲームメーカーの広告が四分の一ページ入ることもある。

もちろんこれは経験豊富なドイツ人フリークを対象にした雑誌の評論なので、経験の浅い人も読めるレビューに直接応用できないこともあるが、骨子は同じになるのではないだろうか。

数えてみたらSpielboxは1冊に18本のレビュー、26ページ。64ページある雑誌の3分の1以上を占める。ドイツ語を読まなくてもフルカラーで眺めていて楽しい。郵便局から5,000円ぐらいの海外送金で年間購入(6冊)可。

レビューと批評

「レビュー」と「批評」の概念を区別するのは大事である。地方紙を見れば今上映中の映画やおそらく書評集が決まって日曜版に載っているだろう。いろいろなウェブサイト(今あなたが読んでいるもののように)でも同じようにゲームのレビューがある。大部分、これら全ての背後にある目的は同じこと、すなわちこの映画は見るべきか、この本は読むべきか、このゲームは遊ぶべきかということである。つまりそれらはバイヤーズガイド―それは時間やお金を費やす価値があるか―なのである。このことはさらに、レビューされているアイテムをよく知らない人たちがターゲットであることを示唆する(もちろん、これは必ずそうとは限らない。映画などをもう見ていてもそういうレビューを読む人がたくさんいる)。

一方、批評はアイテムを作品として分析し、その真価を厳しく判断するものである。『ゴッドファーザー』は『グッドフェローズ』とどのように匹敵するか。『ユリシーズ』は現代の英文学で一番の偉業か。ピカソの『ゲルニカ』が与えた衝撃とは何か? そのような批評は読者のあなたがその作品を経験すべきかどうかに関わらない。実際、そのような批評はその作品にいくらか親しんでいない人を問題外にしがちである。そのような批評が多くの美術形式に用いられているのに対して、同じことはゲームについて言うことはできない。現在まで、私はゲームに付いてこの展望と意図から書いている人を見たことがない。これがいつの日か変わっていくと考えたい。


―G.Aleknevicus,『レビュー再考』(The Game Journal)

ボードゲームの発売数は増えているし、内容も洗練されてきているのに、新味に乏しいせいか本当に面白いとされるゲームはむしろ減少傾向にある。多くのゲームが「微妙」という烙印を押され、1度きりでお蔵入り。情報はウェブをかけめぐり、売り上げも伸びないから絶版も早い。絶版が早いのでメーカーは数打ちゃ当たるで種類ばかり出してくる。するとまた同工異曲のゲームばかりで「微妙」な評価がさらに増える……これは悪循環だろう。

ドイツのゲームデザイナー、カサソラ・メルクル氏はこれをデカダンス(頽廃期)と表現し、先進国ドイツでも同じことが起こっていることを示唆している。このままいけば、ボードゲーム市場は飽和状態のまましぼんでいきかねない。メーカーはこれを新規ユーザー開拓によって乗り切ろうと、シンプルなゲームと子どもゲームへのシフトや国外の重点化に力を入れているが、どうなることやら。

個人でウェブサイトを開いている人にとって、感動を生まないゲームはレビューを書く気が起きにくいだろう。国内ウェブサイトでレビュー数が2,3年前と比べて減っているのはそのためではないかと思われる。

レビューすらおぼつかないところに批評まで踏み込めるかは分からないが、私には批評を書くことがデカダンスを打開する鍵にすらなるのではないかと思われる。新作ゲームのお尻ばかり追い回して、「この要素は前に遊んだことがある」などと言って原初体験を忘れがちな今、ボードゲームの何たるかを見つめ直す時期ではないだろうか。ボードゲームの面白さに対するしっかりした理解があれば、どんなゲームでも初めてのときのように新鮮な気持ちで楽しめるような気がしている。

このことはフリークだけに効果のあることではない。新たに始めたばかりの人たちにとって批評は読んでもわからないかもしれない。しかし、ボードゲームは批評に値するものだという認識をもってもらうことは、彼らの興味を一層喚起するに違いない。ボードゲームのことをもっと知りたい、もっと遊びたいと。

カタン、ニムト、スコットランドヤード。遊び古したゲームでいい。面白さの源泉はどこにあるのか、自分の限界まで掘り下げた批評を書いてみるのも悪くない。もしかしたらその批評がもととなって、ボードゲームシーンのルネッサンスが起こるかもしれない。



インドでの思いがけない出会いが映画。多くがボンベイ(現ムンバイ)で作られているのでボリウッド映画と呼ばれ、人口10億人のインドだけでなく東南アジアやアラビア諸国に輸出されて観客数はハリウッド映画をしのぐと言われる。1作約3時間という長さと途中に必ず入るダンスが特徴。


これらの映画について調べているうちに、映画とボードゲームとの奇妙な共通点に気がついた。



  1. 監督=デザイナー……有名な監督が作ればそれだけで話題になる。しかしそれが常に面白いとは限らず、ハズしたときには普通の映画以上の酷評にさらされることになる。最近のトイバーやクニツィアなんかがそんな感じだ。

  2. 筋書き=システム……古典的な筋書きでも、一工夫加えるか否かによって陳腐にも斬新にもなる。しかし手の加え方がまずいとオリジナル以上に悪くなることも。オリジナリティといっても、全く未知のものではなくて従来品のアレンジなのである。

  3. 俳優=コンポーネント……どんなにすぐれた筋書きでも、出てくる俳優が安っぽいのでは台無し。一目で心を惹くぐらいの魅力があるとよい。美しいイラストや質感のあるコマは不可欠だ。

  4. 1回性……ここが強調点だが、たいていの映画は1回しか見ない。2回以上見るのはよほど面白い映画か古典的名作に限られるだろう。面白い映画は見るたびに別の魅力を投げかける。それが深さというものだ。この頃のボードゲームも、1回しか遊ばない場合が非常に多い。よほど面白いか、古典的名作でもない限り2回以上遊ぶのは稀だ。理由は次々と新作が発表されるからだが、本当の理由は何度も遊びたいと思わせる魅力をもったゲームが少ないからだと思う。


このことから引き出した結論は、「カードゲームは気軽に買ってもよいが、ボードゲームは慎重に」である。映画代が1,800円だとして、それぐらいの値段のカードゲームならば1回遊んでつまらなくても財布は痛くない。しかし5,000円を超えるボードゲームは3回遊ばなければ元が取れないことになる。しかし皮肉なことに、カードゲームは気軽に何度も遊べる一方で、ボードゲームを何度も遊ぶのは相当な時間とエネルギーを要する。


棚を見てみると1回しか遊んでいない、あるいは1回も遊んでいないボードゲームがたくさん…悲しいことだがこれが愛好者の性というものだろうか?


名前

| コメント(0) はてなブックマーク - 名前



今頃思い出しましたが、若手ゲームデザイナー、マルセル=アンドレ・カサソラ=メルクル(Marcel-Andre Casasola-Merkle)について。フェレータ、モイタラ、アッティカ、アトリビュートなどの作者です。本人に聞いたところマルセルとアンドレはスペイン系のダブル・ファーストネーム、カサソラは父方の姓、メルクルは母方の姓とのこと。


家族からはマルセル、家の外ではカサソラと呼ばれているそうで、メルクルと呼ばれることはないと首を振っていました。ウェブでメルクルと言い始めたのは、何となく私のような気がするのでお詫びして訂正いたします。今後はカサソラで。


ついでながら「モイタラ(Meuterer・反乱者の意)」をミューテラーと呼ぶのはやめませんか?「フェレータ(Verräter・裏切り者の意)」の方はヴェーラッタという読み方があまり聞かれなくなったのに不思議です。


また買った

| コメント(0) はてなブックマーク - また買った



叔母の住んでいる南ドイツ・ロッテンブルグは小さな街だが、歩き回ってみるとおもちゃ屋とスーパーと本屋にボードゲームコーナーがあった。おもちゃ屋はクリスマス商戦前の商品入れ替え。チャイナタウンやFXバザリが何気なく安売りされていたのを見て鼻血が出そうになる。知る人ぞ知るマン○マニアも売っていたが何とか思いとどまった。要するにお金をどんどんなくしていく逆人生ゲームで、マスが全部ドイツ語とあっては…。


日本で愛好者やコレクターがべらぼうなお金で求めているとき、ドイツの小さな街には売れ残りが埃をかぶっているのが現実なのだ。もともと数も出ていないアレアなどの絶版もむべなるかな。


レビューと批評

| コメント(0) はてなブックマーク - レビューと批評




「レビュー」と「批評」の概念を区別するのは大事である。地方紙を見れば間違いなく今上映中の映画やおそらく書評集が日曜版に載っているだろう。いろいろなウェブサイト(今あなたが読んでいるもののように)でも同じようなゲームのレビューがある。大部分、これら全ての背後にある目的は同じこと、すなわちこの映画は見るべきか、この本は読むべきか、このゲームは遊ぶべきかということである。つまりそれらはバイヤーズガイド―それは時間やお金を費やす価値があるか―なのである。このことはさらに、レビューされているアイテムをよく知らない人たちがターゲットであることを示唆する(もちろん、これは必ずそうとは限らない。映画などをもう見ていてもそういうレビューを読む人がたくさんいる)。


一方、批評はアイテムを作品として分析し、その真価を厳しく判断するものである。『ゴッドファーザー』は『グッドフェローズ』とどのように匹敵するか。『ユリシーズ』は現代の英文学で一番の偉業か。ピカソの『ゲルニカ』が与えた衝撃とは何か? そのような批評は読者のあなたがその作品を経験すべきかどうかに関わらない。実際、そのような批評はその作品にいくらか親しんでいない人を問題外にしがちである。そのような批評が多くの美術形式に用いられているのに対して、同じことはゲームについて言うことはできない。現在まで、私はゲームに付いてこの展望と意図から書いている人を見たことがない。これがいつの日か変わっていくと考えたい。


―G.Aleknevicus,『レビュー再考』(The Game Journal)



ボードゲームの発売数は増えているし、内容も洗練されてきているのに、新味に乏しいせいか本当に面白いとされるゲームはむしろ減少傾向にある。多くのゲームが「微妙」という烙印を押され、1度きりでお蔵入り。情報はウェブをかけめぐり、売り上げも伸びないから絶版も早い。絶版が早いのでメーカーは数打ちゃ当たるで種類ばかり出してくる。するとまた同工異曲のゲームばかりで「微妙」な評価がさらに増える……これは悪循環だろう。


ドイツのゲームデザイナー、カサソラ・メルクル氏はこれをデカダンス(頽廃期)と表現し、先進国ドイツでも同じことが起こっていることを示唆している。このままいけば、ボードゲーム市場は飽和状態のまましぼんでいきかねない。メーカーはこれを新規ユーザー開拓によって乗り切ろうと、シンプルなゲームと子どもゲームへのシフトや国外の重点化に力を入れているが、どうなることやら。


個人でウェブサイトを開いている人にとって、感動を生まないゲームはレビューを書く気が起きにくいだろう。国内ウェブサイトでレビュー数が2,3年前と比べて減っているのはそのためではないかと思われる。


レビューすらおぼつかないところに批評まで踏み込めるかは分からないが、私には批評を書くことがデカダンスを打開する鍵にすらなるのではないかと思われる。新作ゲームのお尻ばかり追い回して、「この要素は前に遊んだことがある」などと言って原初体験を忘れがちな今、ボードゲームの何たるかを見つめ直す時期ではないだろうか。ボードゲームの面白さに対するしっかりした理解があれば、どんなゲームでも初めてのときのように新鮮な気持ちで楽しめるような気がしている。


このことはフリークだけに効果のあることではない。新たに始めたばかりの人たちにとって批評は読んでもわからないかもしれない。しかし、ボードゲームは批評に値するものだという認識をもってもらうことは、彼らの興味を一層喚起するに違いない。ボードゲームのことをもっと知りたい、もっと遊びたいと。


カタン、ニムト、スコットランドヤード。遊び古したゲームでいい。面白さの源泉はどこにあるのか、自分の限界まで掘り下げた批評を書いてみるのも悪くない。もしかしたらその批評がもととなって、ボードゲームシーンのルネッサンスが起こるかもしれない。


誤訳

| コメント(0) はてなブックマーク - 誤訳



本日,名古屋バネストからキダルトゲームズの3作が発売された。いずれも軽いカードゲームで、イタリアのりでワイワイ楽しむように作られている。


このゲームはセレクタと同じく、日本語ルールがメーカーから添付されている。翻訳をしたのは不肖の私。バネストの中野さんから紹介を受けて、現物報酬で引き受けた。


その中の「ファブ・フィブ」について、早速誤訳が発見されている。言い訳がましいが、英語が不備だらけだったのでメーカーに問い合わせながら、英語ルールにない言葉を補いつつ翻訳を進めた。しかしそのやりとりの中で誤解が生じたらしい。


たいへん申し訳ないが、購入される方はご注意を。


誤「時計周りに次の人は、山札から3枚引いて・・・」


正「時計周りに次の人は、前の人から3枚を受け取り・・・」


誤「全員の手札を捨てて」(13ページ22行目)


正「(削除)」


ゲームレビュー(2)

| コメント(0) はてなブックマーク - ゲームレビュー(2)



ルールを最小限に記述することが前回の結論だったが、ドイツの雑誌ではどうなっているのかSpielbox誌のレビュー(評論)構成を調べてみた。



1.レビュータイトル

ゲーム名は小さく、その下に大文字でキャッチコピーを入れる。ゲームの内容が凝縮されていて、ゲーム名よりもイメージが湧く。

2.概要

ドイツゲームのルールブックにはたいてい最初に数行、概要説明がある。ストーリー、プレイヤーの役割、そして目的。それにほぼ同じ。盛り上げるためテンション高めのことも。

3.詳細な説明

コンポーネントの描写から始まり、手番にできること、終了条件、勝利条件。順序はルールブックで、枚数や点数など細かいことまで書いてあるが、その途中途中にそれによって引き起こされる悩ましい事態やちょっとした戦略がちりばめられている。また小見出しを入れて分かりやすくもしている。

4.評論

イラストの出来、コマの色、ルールの分かりやすさなどにコメントした上で、プレイ感や面白いポイントを述べる。特徴的なのは、同じ作者の他のゲームや、同じタイプのゲームに言及して比較する点。

5.データ

タイトル、メーカー、デザイナー、イラストレーター、人数、年令、時間、ルール記載言語、値段、そして複数の評者による10段階評価。

あとは写真豊富なのが特徴。ゲーム中の写真だけでなく、箱絵の切り抜きもでかでかと使っている。


2ページ使うがほとんどで、字数はかなり多い。しかし絵や写真も大きく(しかもオールカラー)、また簡単に知りたい人には数行の概要が冒頭にあるので煩瑣な感じはしない。ゲームメーカーの広告が四分の一ページ入ることもある。


もちろんこれは経験豊富なドイツ人フリークを対象にした雑誌の評論なので、経験の浅い人も読めるレビューに直接応用できないこともあるが、骨子は同じになるのではないだろうか。


数えてみたらSpielboxは1冊に18本のレビュー、26ページ。64ページある雑誌の3分の1以上を占める。ドイツ語を読まなくてもフルカラーで眺めていて楽しい。郵便局から5,000円ぐらいの海外送金で年間購入(6冊)可。


ゲームレビュー

| コメント(0) はてなブックマーク - ゲームレビュー



一時期いろいろなサイトで作られていたレビュー(ゲーム紹介)だが、このところ発表するサイトが少ない。レポート仕立てのものも含め、きちんとしたものをコンスタントに出しているのは4つか5つぐらいだけではないだろうか。少し寂しい。


確かに、どこかのサイトでやっていれば自分のサイトで繰り返す必要が感じられなくなるのは分かる。しかし、どの要素に目をつけて書くかによって、同じゲームのレビューでも全く印象が変わるものだ。長くなくてもいい、いろいろな人が書いたレビューを読んでみたい。


海外で評判のゲームが出た。メビウス頒布会などで入り始めている。どんなゲームなんだろう? 面白いのだろうか? 買うべきか買わざるべきか? 膨大なゲームの海に溺れる人たちにとって、レビューは落ち着いて海を見渡す小島となる。


さて、このごろいくつかのレビューを読んでいてとても気になることがある。それは、単なるルールの要約。ゲームの準備から、手番にすること、終了条件、勝利条件だけを書き並べただけのもの。その前後にテーマとコメントがおまけ程度。



「6ニムト」は、牛カードを取らないようにするゲームです。全員に牛カードを10枚配り、そのほかに場に4枚並べます。全員一斉に1枚ずつ出して、数の少ない人から置いていきます。1つの列に6枚並んでしまったら、最後の牛カードを出した人はその列を取らなければなりません。カードにはマイナス点の牛マークが書いてあり、10枚全部出し終わったときにマイナスの一番少ない人が勝ちです。簡単なルールで盛り上がれるので、よく遊んでいます。



…こんな風。これを読んで、遊んだことのない人が面白いと思うだろうか。いや、そもそもどういうゲームなのか分かるだろうか。そして、遊んだことのある人に何か訴えかけるものがあるだろうか?


インストならこれでよい。でもレビューはどういうゲームなのかを知らせるためのものであって、ルールを説明することが第一の目的ではない。確かにルールを記述することは必要だが、そのルールが「なぜ面白いのか」につながるべきだと思う。


ルールを「なぜ面白いのか」につなげるためには、2つの方法が考えられる。ひとつは、ルールの背景にあるテーマやストーリーから書く方法。



パレッティは天空の城を作りたくていましたが、新しい柱を買うお金がありませんでした。そこで下の階にある柱を抜いて、上の階に移していくことにしたのです。(ヴィラ・パレッティ)



この説明でゲーム内容の7割ぐらいは理解できる。アブストラクト系ではできないが、たいていのドイツゲームなら可能だろう。ストーリーリッチに仕立てたレビューとしては涼色桔梗さんのものが素晴らしい。『ボードゲーム天国』のレビューもそういった切り口だ。プレイヤーはゲーム中、何(職業、動物etc...)になるのかをしっかり説明することで、何をめざすのか(目的)、何ができるのか(手番の行動)が自然と理解できる。


もう1つ、ルールを「なぜ面白いのか」につなげる方法は、ルールが引き起こす事態を書くことだ。



自分が引きたい路線に対応する色のカードを出します。そのため、せっせとその色のカードを集めていきますが、路線の数は限られていて早い者勝ち。ほかの人に取られてしまったら、別のルートを探さなければなりません。(乗車券)



この説明はアブストラクト系でも、それ以外でも有効。簡潔なルールでシステマティックに作られたドイツ系ゲームでは、面白さの理解に不可欠とさえ言えるのではないだろうか。


逆に言えば、引き起こす事態まで記述していないルールは不要だということ。最初に挙げた6ニムトの例では、配る枚数、並べる枚数がこれに当たる。一般に何枚とか何点とかいう数字は、それが意味することを丁寧に書かない限り、いたずらに読者を混乱させてしまう。「牛マーク」などのゲームでしか通用しない専門用語も同じ。


システムに切り込んで作られたレビューとしては鷹村ナクトさんのものが秀逸。詳しいルールの中に、それがゲーム全体の中で何を意味するかがちりばめられていて、理解しやすい上に面白さも伝わってくる。


前者は読者の一般教養を、後者はゲーム経験をうまく使うと言い換えることもできよう。何も難しいことではないと思う。自分が面白いと思うポイント、伝えたいと思うことを前面に出して、それ以外のものを削ぎ落とすだけのことだ。


とはいえ私もまだまだ試行錯誤中。賢明なる読者のご意見を乞う。


JBP検討(4)境界線

| コメント(0) はてなブックマーク - JBP検討(4)境界線



ドイツ年間ゲーム大賞の発表も迫り、だいたいおさえておくべきところはほぼ日本でも発売されたと思う。そこで、今年の日本ボードゲーム大賞についても考える時期が近づいてきた。これから10月にかけて、投票の前提となるノミネートリストが作られる。


これまでのノミネートリストは膨大で、見ただけで投票する気がなくなってしまうという声も聞かれた。ノミネートは輸入代理店への推薦依頼、それとゆうもあスタッフからの推薦で選んでいたが、輸入代理店は当然ながら自社取扱品を推すので百貨店のカタログのようになってしまう。さらに国内産ゲームの部門については新作を網羅的に載せたが、これが予想外に多い。そこでもっとノミネートを絞り込むべきという反省点が挙げられた。


できるだけ多くの人に気軽に投票してもらえるよう、投票される確率の高いものだけに絞り込んだリスト。これが今年の目標である。ゆうもあ内のスタッフ推薦はもう少し待って、ゲームが一通り出揃ってからお願いしていく予定だが、その前に知り合いと非公式にあれこれ話し合っている。


そこで意見が分かれた点がいくつかあるので、ここに掲載し、お読みの皆さんの自由なご意見を請う次第。まだ非公式段階なので、意見が必ずしも反映されるとは限りませんが、よろしくお願いします。



  • メイクンブレイクは入門者部門、子ども部門?


時間内に積み木を組み立てるというプリミティブなゲームで、ゆうもあゲーム会でも好評な様子。でも小さいお友達には無理かな?



  • 七つの印乗車券は入門者部門、フリーク部門?


七つの印はルールはシンプルながらトリックテイキングの知識が楽しさの前提。初めての人には敷居が高いか? 乗車券は初心者からフリークまで楽しめるのが売りだが、日本人にはどうだろうか?



  • サンファンは国内ゲーム部門か?


まもなくメビウスから発売される完全日本語版。これまでの基準だと「総日本語パッケージで一般発売」を満たすため、国内ゲーム部門になってしまうがどうも違和感あり。昨年のアップルトゥアップル、一昨年のブロックスは国内メーカーによるものだったのでオリジナル版が海外産でも違和感をさほど感じなかったが(でもよく見るとAtoAはMade in China)、輸入代理店が海外で作らせているケースはどう考えるべきか?


…でもこういうのを考えるのはとても好きです。


(1)誰が選ぶか ゲームマーケットが終わり、今年のシュピレッタ賞はアップル・トゥ・アップルに決定した。昨年のブロックスに引き続き、シュピレッタ賞と日本ボードゲーム大賞(JBP、国産部門)が一致を見たことになる。

 どちらも一般投票で決まる賞だから結果が似通うのは当然のことだし、ビバリーは本当にいいところに目をつけてくると思う。しかし、現時点で2つしかない日本のボードゲームアワードが一致してしまうことに問題を感じなくもない。

 その辺のデパートでもおもちゃ屋でも買うことができるドイツと違って、日本は流通が非常に限られている。その中で一般投票をすれば、単純に販売数に応じて順位が決まることになりやすい。

 しかし実際は面白くても流通に乗りにくいために評価される機会が少ないゲームもあれば、反対に面白さはそこそこなのにメーカーの力であちこちのお店に置かれ、たくさんの人が手にするゲームもある。面白さと販売数が比例関係にあるとは言えないのである。

 これを突き詰めると、ドイツ年間ゲーム大賞のような選考委員会制度が浮上してくる。ショップやメーカー関係者を除くボードゲームのエクスパート(サークル運営者やジャーナリスト)が相談して、一番お勧めのゲームを選び出す。

 しかし今の日本にそのような人たちがどれほどいるだろうか。いたとしても、どうやって連携を取っていくことができるだろうか。ドイツ年間ゲーム大賞では審査員がマールブルクに集結して缶詰状態でテストプレイをし続ける。エッセンもニュルンベルクもない日本では、年に1回集まることすら難しい。

 そのような訳で今のところ、日本ボードゲーム大賞は誰でも審査員というかたちの一般投票がベストだと思っている。投票してくださるのはそれぞれ経験豊富な方々ばかりのようなので(100タイトル近いノミネート作品が並んでいるところで怯まずに投票できるには、それなりの数を遊んでいなければならない)、実質的には選考委員会になっているとも言える。このことはシュピレッタ賞に投票するゲームマーケット来場者にも当てはまるだろう。ゲームマーケットに足を運ぶこと自体、もうそれだけで相当造詣が深いしるしである。

 しかし誰が選ぶかという問題は、日本の趨勢を常に鑑みつつ考えていかなければならないところである。ひとまず日本ボードゲーム大賞のノミネートまでは、何とかゆうもあの自力でできるようにしていきたい。

(日本ボードゲーム大賞は、「世界のボードゲームを広める会・ゆうもあ」主催によるボードゲーム・カードゲームの賞で、日本人が購入したり遊んだりするときの指針としてもらうために制定されました。ターゲットをフリークだけでなく子供・家族に広げるため、また日本語パッケージのゲーム製作を促進するため、4つの部門を設けています。選考方法などについてはゆうもあ内でも話し合われていますが、外部からも広く意見をお伺いしたいと思い、ここに書くことにしました。コメントでもメールでもご意見をお待ちしております。)

2004/3/30

(2)広報
 日本ボードゲーム大賞(JBP)の結果は、各ショップ・サークル、インターネット(ゆうもあ・Spielbox・各メーカーサイト)、情報誌『シュピール』、会員誌『ゆうもりすと』で広報されている。しかしボードゲーム自体がマイナーなジャンルであることもあって、一般にはまだまだ知られていない状況だ。

 コロレットも宝石商もタイトルを聞いただけでピンとくるコアなファン層の外延に、いかにしてこの賞の存在を知らせていくかは、なかなか難しい、しかし大切な問題だ。

 現在広報を行っているところは、世間の目からはほとんど触れられていない。『シュピール』の流通もまだまだ少ないし、ショップやインターネットでの広報も十分とはいえないだろう(人手不足なんです)。

 また昨年ぐらいから徐々に新聞や雑誌でドイツ系ボードゲームが取り上げられる機会が増えたが、当然のことながら初めて接する人をターゲットにしており、定番ゲームの紹介だけでめいっぱいになってしまう。今年の新作とかトレンドといったところまではなかなか手が回らない。

 一番世間の目に触れているのは、ビバリーがトイざラスなどの広告でロゴを使っていることだろう。これはJBPの知名度向上にとってかなり大きい。しかしそれ以外となると、ショップにたまたま立ち寄った人とか、ネットサーフィンで流れ着いた人とか、ゆうもあのゲーム会に参加した人ぐらいなもので、はなはだ心もとない。

 もっともボードゲームはひとつの趣味であり、好き嫌いや適性もあるだろうから、世間の誰にでも受け入れられるわけではない。例えば最近のテレビゲームに飽きたというファミコン世代、子供の知育玩具を求めている親や教師、安くひまをつぶせるものを探している学生、ちょっと変わった時間を過ごしたいカップル、アトラクションがネタ切れ気味の老人会、何かコレクションしたいという人、おしゃれなインテリアがほしい人などなど、いろいろな切り口から予備軍にアタックしていかなければならない。

 しかしこれらの予備軍にいきなり「今年はコロレットです!」と言ったところで無意味に等しいか、反対にこの趣味を近寄りがたいものしてしまう恐れすらある。JBP以前の普及活動を積み重ねていかなければならない、ボードゲームの一般理解が先だということになってしまう。

 これが日本ボードゲーム大賞本体の広報が難しいという所以である。それならばゆうもあのゲーム会活動を継続しつつ、次第に浸透するのを待つということになろうが、これはややもするとオタク化・縮小化を招きかねない。外部との交流をもたないで内側だけで自己完結していると、次第に外からの風が入らなくなり腐ってくるものだ。

 「外に出ていく精神」…抽象的であるが、理屈ではない。JBPの広報に限らずゆうもあの活動全般についてこのことを常に意識して自己を奮起させたい。無視されようが出る杭は打たれようがやるしかない。それにしてもどこに出ていったらよいのか……ご意見求む(笑)。(Thanks to Mr.Hasegawa, who suggested many things on this topic.)

I CANNOT choose the best. The best chooses me. (Tagore,"Stray Birds")

2004/4/2

(3)部門分け
医者が患者を診察して薬を処方するように、集まっている人たちの性格や今の気分、その場の雰囲気を見極めて最適のゲームを出せるならば一番よい。多少刺激の強い薬を出すこともできるだろう。

それに比べれば日本ボードゲーム大賞はよく売れた市販の売薬のようなもので、誰でもたいてい楽しめる分だけ、当たり障りないという欠点もありうる。そこでカスタマイズするために、現在4つの部門が設定されている。

海外ゲーム・入門者部門
ルールが比較的易しく、初心者でもすぐに楽しめるゲーム。家族向け。トランスアメリカ、コロレット。「入門者」でなくとも、フリークが重いゲームの合間に遊んだり、軽いゲームを好む人がよく遊んだりするので、とにかく広い層に受け入れられているということ。
海外ゲーム・フリーク部門
より発展的な内容で、ゲームに慣れた人が楽しめるゲーム。 プエルトリコ、宝石商。フリークが集うウェブ(国内・海外問わず)やサークルではこの賞が一番注目され、話題にもなるが、実世界ではこれらのゲームをやりこんでいる人はむしろ少数派であることに注意しておきたい。
国産ゲーム部門
日本語パッケージで一般発売されたもので面白いゲーム。ブロックス、アップル・トゥ・アップル。国産オリジナルだけでなく、日本のメーカーがローカライズした海外ものでもよい。但し日本語のルールが添付されているだけのものは除外。当初想定していなかったが、サンファンのように海外産日本語パッケージゲームも入るので「国産」という名称は検討しなければならない。
子どもゲーム部門
8歳くらいまでの子どもが理解でき、かつ親などの大人も一緒に楽しめるゲーム。穴掘りモグラ、ねことねずみの大レース。大人も一緒に楽しめるというのは、子供だましと感じることがなく、大人だけで遊んでも盛り上がれるという意味。子供ゲームの新作はそれほど多くないことから、入手できるものであれば発売年は問わない。
この部門分けは、必要最小限の構成を意識して作られたが問題がないわけではない。

入門者とフリーク部門の境界に基準がないこと。今年はアルハンブラが両部門でノミネートされ、どちらにおいても3位に終わった。どちらの部門に挙げるべきか迷うようなゲームはたくさんあるので、大いに悩むことになるだろう。
同じく入門者と子ども部門の境界も曖昧である。現時点ではドイツに倣って最低対象年齢によって機械的に(8才までなら子ども、9才からは入門者)分けているが、この境界線上にあるゲームも多い。
フリーク部門の孤立。フリーク部門にノミネートされるようなゲームは値段が高く、時間もかかるため頻繁に遊ばれていない。その結果、投票数自体が少なく、また投票があったとしてもウェブなどでの評価が投票時の先入観となったり、入門者寄りの相対的に軽めなゲームに比重が移ったりしがちになる。遊ぶ人が増えて票数が増えるのが一番だが、フリーク部門については選考委員会制など、別な選考方法が相応しいのかもしれない。
国産ゲームと海外ゲームを分ける必然性。現時点において国産ゲームは発展途上で、海外ゲームと一緒にすると負けてしまうという見方から、国産ゲームをもっと注目してもらうためと、外国語が苦手な方が安心して遊べるために別立てされているが、将来的に国産ゲームにどんどん傑作が出てきて、国際的にも評価が高まってくるならば分ける必要が薄れるだろう。
大賞が4つもあるということによるインパクトの薄れ。今はさまざまな層からボードゲームに着目してもらうという実利を取って別々にしているが、海外の賞のようにひとつを決めたいという気持ちも当然ある。さらに大賞は国産ゲームにとってもらいたいというのも日本人としての人情。4つの部門を全て平等に扱うのか、どれかひとつをクローズアップしていくのかはこれからの課題となる。
このように見ていくと、各部門がずいぶん異なった方向性をもっていることに気づく。一方で選考方法はいずれも投票なのだから、方向性とマッチしていないところがあるかもしれない。とはいえ部門別に選考方法を変えるなどといった煩瑣なことはできないので、方向性を投票者に十分周知しつつ選んでもらうということになるだろう。

年間ゲーム大賞も何年かに一度選考方法を変えている(最終ノミネートや今年から始まる5タイトルオンリーノミネート)ようだし、部門分けも何年か後に構成しなおしたい。

2004/4/11

(4)境界線
ドイツ年間ゲーム大賞の発表も迫り、だいたいおさえておくべきところはほぼ日本でも発売されたと思う。そこで、今年の日本ボードゲーム大賞についても考える時期が近づいてきた。これから10月にかけて、投票の前提となるノミネートリストが作られる。

これまでのノミネートリストは膨大で、見ただけで投票する気がなくなってしまうという声も聞かれた。ノミネートは輸入代理店への推薦依頼、それとゆうもあスタッフからの推薦で選んでいたが、輸入代理店は当然ながら自社取扱品を推すので百貨店のカタログのようになってしまう。さらに国内産ゲームの部門については新作を網羅的に載せたが、これが予想外に多い。そこでもっとノミネートを絞り込むべきという反省点が挙げられた。

できるだけ多くの人に気軽に投票してもらえるよう、投票される確率の高いものだけに絞り込んだリスト。これが今年の目標である。ゆうもあ内のスタッフ推薦はもう少し待って、ゲームが一通り出揃ってからお願いしていく予定だが、その前に知り合いと非公式にあれこれ話し合っている。

そこで意見が分かれた点がいくつかあるので、ここに掲載し、お読みの皆さんの自由なご意見を請う次第。まだ非公式段階なので、意見が必ずしも反映されるとは限りませんが、よろしくお願いします。

メイクンブレイクは入門者部門、子ども部門?
時間内に積み木を組み立てるというプリミティブなゲームで、ゆうもあゲーム会でも好評な様子。でも小さいお友達には無理かな?

七つの印・乗車券は入門者部門、フリーク部門?
七つの印はルールはシンプルながらトリックテイキングの知識が楽しさの前提。初めての人には敷居が高いか? 乗車券は初心者からフリークまで楽しめるのが売りだが、日本人にはどうだろうか?

サンファンは国内ゲーム部門か?
まもなくメビウスから発売される完全日本語版。これまでの基準だと「総日本語パッケージで一般発売」を満たすため、国内ゲーム部門になってしまうがどうも違和感あり。昨年のアップルトゥアップル、一昨年のブロックスは国内メーカーによるものだったのでオリジナル版が海外産でも違和感をさほど感じなかったが(でもよく見るとAtoAはMade in China)、輸入代理店が海外で作らせているケースはどう考えるべきか?

…でもこういうのを考えるのはとても好きです。

2004/6/23

第3回(2004)から日本ボードゲーム大賞は主催団体であるゆうもあのスタッフによって構成された選考機関がノミネートした上で一般投票にかけるという仕組みを採用した。



医者が患者を診察して薬を処方するように、集まっている人たちの性格や今の気分、その場の雰囲気を見極めて最適のゲームを出せるならば一番よい。多少刺激の強い薬を出すこともできるだろう。


それに比べれば日本ボードゲーム大賞はよく売れた市販の売薬のようなもので、誰でもたいてい楽しめる分だけ、当たり障りないという欠点もありうる。そこでカスタマイズするために、現在4つの部門が設定されている。



海外ゲーム・入門者部門

ルールが比較的易しく、初心者でもすぐに楽しめるゲーム。家族向け。トランスアメリカコロレット。「入門者」でなくとも、フリークが重いゲームの合間に遊んだり、軽いゲームを好む人がよく遊んだりするので、とにかく広い層に受け入れられているということ。

海外ゲーム・フリーク部門

より発展的な内容で、ゲームに慣れた人が楽しめるゲーム。 プエルトリコ宝石商。フリークが集うウェブ(国内・海外問わず)やサークルではこの賞が一番注目され、話題にもなるが、実世界ではこれらのゲームをやりこんでいる人はむしろ少数派であることに注意しておきたい。

国産ゲーム部門

日本語パッケージで一般発売されたもので面白いゲーム。ブロックスアップル・トゥ・アップル。国産オリジナルだけでなく、日本のメーカーがローカライズした海外ものでもよい。但し日本語のルールが添付されているだけのものは除外。当初想定していなかったが、サンファンのように海外産日本語パッケージゲームも入るので「国産」という名称は検討しなければならない。

子どもゲーム部門

8歳くらいまでの子どもが理解でき、かつ親などの大人も一緒に楽しめるゲーム。穴掘りモグラねことねずみの大レース。大人も一緒に楽しめるというのは、子供だましと感じることがなく、大人だけで遊んでも盛り上がれるという意味。子供ゲームの新作はそれほど多くないことから、入手できるものであれば発売年は問わない。

この部門分けは、必要最小限の構成を意識して作られたが問題がないわけではない。



  1. 入門者とフリーク部門の境界に基準がないこと。今年はアルハンブラが両部門でノミネートされ、どちらにおいても3位に終わった。どちらの部門に挙げるべきか迷うようなゲームはたくさんあるので、大いに悩むことになるだろう。

  2. 同じく入門者と子ども部門の境界も曖昧である。現時点ではドイツに倣って最低対象年齢によって機械的に(8才までなら子ども、9才からは入門者)分けているが、この境界線上にあるゲームも多い。

  3. フリーク部門の孤立。フリーク部門にノミネートされるようなゲームは値段が高く、時間もかかるため頻繁に遊ばれていない。その結果、投票数自体が少なく、また投票があったとしてもウェブなどでの評価が投票時の先入観となったり、入門者寄りの相対的に軽めなゲームに比重が移ったりしがちになる。遊ぶ人が増えて票数が増えるのが一番だが、フリーク部門については選考委員会制など、別な選考方法が相応しいのかもしれない。

  4. 国産ゲームと海外ゲームを分ける必然性。現時点において国産ゲームは発展途上で、海外ゲームと一緒にすると負けてしまうという見方から、国産ゲームをもっと注目してもらうためと、外国語が苦手な方が安心して遊べるために別立てされているが、将来的に国産ゲームにどんどん傑作が出てきて、国際的にも評価が高まってくるならば分ける必要が薄れるだろう。

  5. 大賞が4つもあるということによるインパクトの薄れ。今はさまざまな層からボードゲームに着目してもらうという実利を取って別々にしているが、海外の賞のようにひとつを決めたいという気持ちも当然ある。さらに大賞は国産ゲームにとってもらいたいというのも日本人としての人情。4つの部門を全て平等に扱うのか、どれかひとつをクローズアップしていくのかはこれからの課題となる。


このように見ていくと、各部門がずいぶん異なった方向性をもっていることに気づく。一方で選考方法はいずれも投票なのだから、方向性とマッチしていないところがあるかもしれない。とはいえ部門別に選考方法を変えるなどといった煩瑣なことはできないので、方向性を投票者に十分周知しつつ選んでもらうということになるだろう。


年間ゲーム大賞も何年かに一度選考方法を変えている(最終ノミネートや今年から始まる5タイトルオンリーノミネート)ようだし、部門分けも何年か後に構成しなおしたい。


エルニーニョ

| コメント(0) はてなブックマーク - エルニーニョ



 ゲームマーケットで紳士服のたかのから発売されたゲーム漫才本。昨年のゲームマーケットで発表された第一作『Laugh out laud!』に続く第二弾。『爆笑問題の日本原論』*1のようなスタイルで、ボードゲームをネタにしている。タイトルははなまる作文ゲーム(糸井重里作/河田)からとったものだろうか。ジンクピリチオンと共に使いづらいカードだった。


 たかのさんがわざわざインドまで送って下さり、娯楽のないインド暮らしでは特別に楽しく読んだ。1度目はさらりと、2度目はじっくりと、3度目は面白いところを選んでというように、何度も読み返している。何度か読んでからだんだん可笑しくなってくるところがあるから不思議だ。


 今回はたかのさんの他に3人の寄稿者があり、それぞれの作風を楽しくことができる。芸人・テレビ・アニメネタは残念ながら分からないことが多かったが、そこを差し引いても十分面白い。特に面白かったのは(ネタバレにならないようにしています)



ワーウルフ(たかの作)

ロールプレイの魅力とスケープゴートの心理を鮮やかに描き出す

クニツィーア(Mattyan作)

ロード・オブ・ザ・リングの設定、実は!

初めてのゲーム(阿里政夫作)

ゲーマーの間でよく話題に上る「初めての人に出すゲーム」に新解答。

フォーム改造(姫村タクミ作)

思わず歌ってしまいました。

 前回一部で物議をかもしたブラックなネタは、今回全て伏字になっているのがちょっとだけ(本当にちょっとだけです)物足りない気もするが、その分普通にゲームを好きな人にも読んでもらえそう。ゲームマーケット以降の入手方法はよく分からないが、興味のある方はどうぞ。『Laugh out laud!』から続けて読めば、もっと面白いかもしれない。


http://www.edit.ne.jp/~takanos


追記:たかのさんの日記によれば名古屋バネストで委託販売されたとのこと。さらに通販にも乗りました。これで日本全国どこからでも入手可能です(ある限り)。




*1:買った直後に電車で読んで噴き出し、恥ずかしい思いをした本のひとつ。もう一つは『いじめてくん』(吉田戦車)


JBP検討(2)広報

| コメント(0) はてなブックマーク - JBP検討(2)広報



 日本ボードゲーム大賞(JBP)の結果は、各ショップ・サークル、インターネット(ゆうもあ・Spielbox・各メーカーサイト)、情報誌『シュピール』、会員誌『ゆうもりすと』で広報されている。しかしボードゲーム自体がマイナーなジャンルであることもあって、一般にはまだまだ知られていない状況だ。


 コロレット宝石商もタイトルを聞いただけでピンとくるコアなファン層の外延に、いかにしてこの賞の存在を知らせていくかは、なかなか難しい、しかし大切な問題だ。


 現在広報を行っているところは、世間の目からはほとんど触れられていない。『シュピール』の流通もまだまだ少ないし、ショップやインターネットでの広報も十分とはいえないだろう(人手不足なんです)。


 また昨年ぐらいから徐々に新聞や雑誌でドイツ系ボードゲームが取り上げられる機会が増えたが、当然のことながら初めて接する人をターゲットにしており、定番ゲームの紹介だけでめいっぱいになってしまう。今年の新作とかトレンドといったところまではなかなか手が回らない。


 一番世間の目に触れているのは、ビバリーがトイざラスなどの広告でロゴを使っていることだろう。これはJBPの知名度向上にとってかなり大きい。しかしそれ以外となると、ショップにたまたま立ち寄った人とか、ネットサーフィンで流れ着いた人とか、ゆうもあのゲーム会に参加した人ぐらいなもので、はなはだ心もとない。


 もっともボードゲームはひとつの趣味であり、好き嫌いや適性もあるだろうから、世間の誰にでも受け入れられるわけではない。例えば最近のテレビゲームに飽きたというファミコン世代、子供の知育玩具を求めている親や教師、安くひまをつぶせるものを探している学生、ちょっと変わった時間を過ごしたいカップル、アトラクションがネタ切れ気味の老人会、何かコレクションしたいという人、おしゃれなインテリアがほしい人などなど、いろいろな切り口から予備軍にアタックしていかなければならない。


 しかしこれらの予備軍にいきなり「今年はコロレットです!」と言ったところで無意味に等しいか、反対にこの趣味を近寄りがたいものしてしまう恐れすらある。JBP以前の普及活動を積み重ねていかなければならない、ボードゲームの一般理解が先だということになってしまう。


 これが日本ボードゲーム大賞本体の広報が難しいという所以である。それならばゆうもあのゲーム会活動を継続しつつ、次第に浸透するのを待つということになろうが、これはややもするとオタク化・縮小化を招きかねない。外部との交流をもたないで内側だけで自己完結していると、次第に外からの風が入らなくなり腐ってくるものだ。


 「外に出ていく精神」…抽象的であるが、理屈ではない。JBPの広報に限らずゆうもあの活動全般についてこのことを常に意識して自己を奮起させたい。無視されようが出る杭は打たれようがやるしかない。それにしてもどこに出ていったらよいのか……ご意見求む(笑)。(Thanks to Mr.Hasegawa, who suggested many things on this topic.)


I CANNOT choose the best. The best chooses me. (Tagore,"Stray Birds")




 ゲームマーケットが終わり、今年のシュピレッタ賞はアップル・トゥ・アップルに決定した。昨年のブロックスに引き続き、シュピレッタ賞と日本ボードゲーム大賞(JBP、国産部門)が一致を見たことになる。


 どちらも一般投票で決まる賞だから結果が似通うのは当然のことだし、ビバリーは本当にいいところに目をつけてくると思う。しかし、現時点で2つしかない日本のボードゲームアワードが一致してしまうことに問題を感じなくもない。


 その辺のデパートでもおもちゃ屋でも買うことができるドイツと違って、日本は流通が非常に限られている。その中で一般投票をすれば、単純に販売数に応じて順位が決まることになりやすい。


 しかし実際は面白くても流通に乗りにくいために評価される機会が少ないゲームもあれば、反対に面白さはそこそこなのにメーカーの力であちこちのお店に置かれ、たくさんの人が手にするゲームもある。面白さと販売数が比例関係にあるとは言えないのである。


 これを突き詰めると、ドイツ年間ゲーム大賞のような選考委員会制度が浮上してくる。ショップやメーカー関係者を除くボードゲームのエクスパート(サークル運営者やジャーナリスト)が相談して、一番お勧めのゲームを選び出す。


 しかし今の日本にそのような人たちがどれほどいるだろうか。いたとしても、どうやって連携を取っていくことができるだろうか。ドイツ年間ゲーム大賞では審査員がマールブルクに集結して缶詰状態でテストプレイをし続ける。エッセンもニュルンベルクもない日本では、年に1回集まることすら難しい。


 そのような訳で今のところ、日本ボードゲーム大賞は誰でも審査員というかたちの一般投票がベストだと思っている。投票してくださるのはそれぞれ経験豊富な方々ばかりのようなので(100タイトル近いノミネート作品が並んでいるところで怯まずに投票できるには、それなりの数を遊んでいなければならない)、実質的には選考委員会になっているとも言える。このことはシュピレッタ賞に投票するゲームマーケット来場者にも当てはまるだろう。ゲームマーケットに足を運ぶこと自体、もうそれだけで相当造詣が深いしるしである。


 しかし誰が選ぶかという問題は、日本の趨勢を常に鑑みつつ考えていかなければならないところである。ひとまず日本ボードゲーム大賞のノミネートまでは、何とかゆうもあの自力でできるようにしていきたい。


(日本ボードゲーム大賞は、「世界のボードゲームを広める会・ゆうもあ」主催によるボードゲーム・カードゲームの賞で、日本人が購入したり遊んだりするときの指針としてもらうために制定されました。ターゲットをフリークだけでなく子供・家族に広げるため、また日本語パッケージのゲーム製作を促進するため、4つの部門を設けています。選考方法などについてはゆうもあ内でも話し合われていますが、外部からも広く意見をお伺いしたいと思い、ここに書くことにしました。コメントでもメールでもご意見をお待ちしております。)




マージャン全国大会「待った」参加費から賞金は賭博?(http://www.asahi.com/national/update/0324/006.html


 マージャンだったから目をつけられたのかもしれないが、ボードゲームでも何かの大会をやって、賞品ではなく賞金を設定したらまずいことになりそうだ。


 もっとも、ドイツも含めて今のところボードゲームの大会というのは専らタイトル争いで、賞品もささやかなものだから心配には及ばないのかもしれない。


 そこでマージャンは賭けてやるもの、ボードゲームは賭けないでやるものというのは、単なる社会通念だろうか、それとも何か理由があるのだろうか。


 確かにマージャンは賭けることで勝敗に対するこだわりが上がると、ゲーム内容もがらりと変わる。ゲームオリンピックですら、勝敗に強くこだわることがゲームをまるで別物にする例が数多く見られた。賭けは必ずしもギャンブルを意味しない。「ぬるい手を打たないで真剣に全力でやりましょう」という約束を取り付ける手っ取り早い方法なのだ。この約束がゲームの新しい魅力を引き出すという効果は否定できない。マージャンで賭けるのは社会通念以上のゲーム内容からの要請がありそうだ。


 それではボードゲーム(ドイツゲーム)を賭けないで遊ぶというのはどうか。中にはマージャンと同様に全力で遊ぶとまた面白さのあるゲームもある。でもたいていの場合、賭けたとしてもおやつ代か食事代ぐらいのものだろう。


 その理由のひとつにドイツゲームの「共同作業感」がある。明らかに協力が必要な指輪物語やスコットランドヤードや、交渉で相互に利益を上げるようなゲームだけでなく、ほかのゲームでもみんなで一つのことをやり遂げようとしている感じがある。その「一つのこと」とは、希薄になりがちなコミュニケーションの構築であったり、世界標準のゲームレベルに自分たちが到達していることを確認することであったり、あるいは今までにないゲーム感覚を味わうことであったりと、とにかくゲームの勝敗の外側にあるようなものだ。典型的なドイツゲームは、そういう「共同作業感」を楽しめるように作られている気がする。基本的にソロプレイ・全員が敵のマージャンとは、ここが異なる。


 カジュアルプレイを標榜していると、トーナメントプレイの側から「勝敗にこだわらないで何が楽しいのか」という非難が寄せられる。それに対して、結果として勝敗に拘らなくても真剣に遊ぶことはできるし、それ自体が楽しいのだという答えが、この「共同作業感」から導き出せるように思われる。


こんなに新作が

| コメント(0) はてなブックマーク - こんなに新作が



明日から毎年恒例の年間ゲーム大賞トトが始まるということで、2004年度新作ゲームリストをSpielboxの資料から作ってみた。


エッセンで215タイトル、ニュルンベルクで171タイトル、合計386タイトルにもなることが判明。去年は156、156で合計312、一昨年は135、107で合計242だったから、70タイトルぐらいずつ増えている計算になる。


もっとも、Spielboxの情報収集能力がアップして瑣末なアイテム(ちょっとした拡張やグッズなど)も入るようになったこともあるが、大きいメーカーなどはもう数打ちゃ当たるといった感じがしないでもない。


また1タイトルあたりの寿命が短くなっていくだろう。ちょっと前なら3年ぐらいは持ったはずが、今では1年そこそこで消えていくものも多い。初版限定になってしまうことも。日本に入らないまま消えるのもざらだ。


数打ちゃという割に当たりもあまりないこの頃。メーカーも苦しいところだ。


3人の日本人

| コメント(0) はてなブックマーク - 3人の日本人



ドイツゲームのリストの中に、3人の日本人が見られる。ひとりは遊宝洞の中村聡氏。もうひとりはアルゴのドイツ版ダヴィンチコードがウィニングムーヴスから発売される若杉栄二氏。ここまでならご存知の方もいると思うが、もうひとり、石野恵一郎氏がリストに入っている。木製パズルでノイヴァールと肩を並べていた。やるなあ。


ヤチマタキューブ


http://www.asahi-net.or.jp/~uy7t-isn/Puzzle/Cube768-1/


http://philos.quasarshop.de/Detail.asp?ARNR=6283&AG1=&AG=&ID=&ALID=&Lang=D


コントラストキューブ


http://www.asahi-net.or.jp/~uy7t-isn/Puzzle/TetraContact/


http://philos.quasarshop.de/Detail.asp?ARNR=6282&AG1=&AG=&ID=&ALID=&Lang=D


パズルには全く不案内な私だが、日本のレベルは高そう。


大賞はどれ?

| コメント(0) はてなブックマーク - 大賞はどれ?



リストを見ながら年間大賞はどれになりそうか、あれこれ考えてみる。カルカソンヌ、ヴィラパレッティ、アルハンブラと来て次は……?。



  1. ファミリーゲーム―戦略性の高いゲームは好まれない。

  2. ボードゲーム―カードゲームはなし。

  3. メジャーなメーカー―供給能力も大事。

  4. ドイツのメーカー&デザイナ―結局はね。

  5. 目新しさ―アルハンブラにはない訳ですが…


ということで絞っていくと意外と少ない。可能性の高い順に、



  • ハンザ

  • アッティカ

  • サンクトペテルスブルク

  • トンギアキ

  • ラ・ストラーダ

  • マルコポーロ


といったところでしょうか? ノミネートにサンファンと、ゴアか五番街の面白い方。


とはいえニュルンベルクで出展されたゲームがほとんど発売されていない時点での予想だから根拠は薄いですよ。




 ドイツのサイトでよく見かけるのが「たまたま遊ぶプレイヤー(Gelegenheitsspieler)」と「たくさん遊ぶプレイヤー(Vielspieler)」。前者は「初心者」、後者は「フリーク」と訳しているが、少しニュアンスが違う。


 「たまたま遊ぶ」というと、余った時間に付き合い程度という感じ。「Gelegenheits-dieb」は常習犯ではない出来心からの泥棒という意味だ。一方「たくさん遊ぶ」というと、わざわざゲームをするために時間を作る感じがする。


 初心者でもはまってしまってたくさん遊んでいる人。頻繁に更新されているボードゲームサイト運営者の中には、始めたばかりではまっているという人が結構いる。


 一方、経験者でも飽きてしまってたまにしか遊ばない人もいるだろう。古株のゲームサークルに昔から参加していて、この頃面白いゲームがないと言わんばかりにおしゃべりばかりという人など。


 これにぴったり対応するのが、以前「プレイスタイル」を書いたときに田中文啓さんが提案された「人生におけるプライオリティー」。要は過去に関係なく今、どれくらいゲームを楽しみたいと思っているかということだ。


 「フリーク」や「マニア」という訳はネガティブなニュアンスがあるとは言え、人生におけるプライオリティーが高い人をよく表している(高すぎるからネガティブになるとも言える)。問題はプライオリティーの低い人、たまたま遊ぶ人を一言で何と言うか。


 例えば私が帰省したときだけ誘われてゲームを遊ぶ友達は「初心者」とは言えない。楽しんでくれるのは確かだが、自主的に遊ぼうという「心」はまだあまりない。素質はあると思うのだが。


 というわけで、経験の有無を問わずに現在プライオリティーの高くない人を何と呼ぶか、さらには「フリーク」や「マニア」に代わる日本語はないか、皆様の知恵を拝借したいのです。


都市部と非都市部

| コメント(0) はてなブックマーク - 都市部と非都市部



オーストリアのゲーム事情についてゲーム王国(Reich der Spiele)にレポート。100万人クラスの地域が多いドイツに比べて、オーストリアはウィーン350万人を除くとあとは数万人程度の街しかない。


「だから“コアな大学生的ゲーム生活”ができるところもわずかしかない。その代わりに家族で遊ぶことが非常に多くなる。ドイツでは典型的な、定期的にゲーム会を行う「フリーク」や「ゲームマニア」はオーストリアの場合とても、とても少ない。」


http://www.reich-der-spiele.de/specials/SpielenInOesterreich.php


日本でも、定期的なゲーム会を大々的に開催できるようなところは東京圏、名古屋、大阪、京都、札幌、仙台などの大都市に限られている。サークルがあるのも多くの場合県庁所在地どまり。それ以外の地域では、サークルといっても近所の仲間を何とかかき集めてというのが関の山だ。


人口数万人未満のいわゆる田舎で、ゲーム会を行うには都市部とは全く違ったノウハウが必要になるのではないか。スタッフだってそう多くは確保できない。興味のある人だけどうぞというのでは成り立たつまい。子ども会や老人会など、地域活動とのさまざまな連携が模索されなければならないだろう。


カミカゼ

| コメント(0) はてなブックマーク - カミカゼ



ニューヨークトイフェアのレポートを見ていたら、次のような記述を発見。


「一番ひどいのは、いわゆる“カミカゼ”ゲームの類。初めてのデザイナーたちがすごいゲームだと自分の貯金をはたいてまで作ってきたんだが、たいてい大したことはない。これらは見なかった。たくさんあり過ぎるし、私の経験ではたいていダメだ。磨かれていないダイヤモンドもあるかもしれないが、それを見つけるのに時間を費やすのはたいへん過ぎる…」


http://www.gamefest.com/news/feature_detail/533_0_3_0_C/


想像に難くはないが、チャレンジングなゲームデザイナーの数は日本の比ではないようだ。「カミカゼ」は日本語だと奇跡的な成功の意味もあるが、英語では無謀というだけ。にべもない。


日本もまもなくゲームマーケット、カミカゼゲームは一体いくつ出展されるのだろう…めげないで下さいね。


Siedler

| コメント(0) はてなブックマーク - Siedler



今、ウィーンに留学している先輩がこのごろカタンをよく遊んでいるという。現地ではCatanではなくてSiedler(ズィードラー)と呼ばれる。


「この前なんか12時間近くもやっちゃってさあ、途中モノポリーを入れたのが間違いだったね」


「あとそれから海賊のカードゲーム、何だっけ、そうモイタラ! あれは面白かったよ」


なお、先輩がボードゲームを知ったのは留学してからである。誰かの家に集まってだらだら遊ぶ。少し前の日本でいう麻雀感覚だ。ドイツ語圏の大学生へのボードゲームの浸透ぶりに驚く。


さらに面白かったのが、そういうボードゲーム好きなのは日本学科(Japanologie)の学生だということ。以前は日本学科と言えば歌舞伎・着物などの伝統的なものに興味をもった学生が集まったものだが、今は違う。アニメとゲームだ。必然的に彼らは幼少時からボードゲームにも慣れ親しんでいる。先輩はそういう学生と付き合っているうちにボードゲームに誘われたのである。


その話を聞いて無茶苦茶うらやましかったと同時に、ウィーンに留学しなくてよかったとも思う。もし行っていたら、勉強など全くできなかっただろう。


インドの大学生のレジャーNo.1はハイキング。金はない、外は晴れている、周囲は自然がいっぱいと来ればそれしかないだろう。バイクでちょっと遠出して、歩く、歩く、歩く。


…インドで勉強できなくなるくらい暑くなったら、ウィーンに1ヶ月くらい避暑したいものである。




紀元前4世紀に書かれたサンスクリット文法学書にゲームの記述を発見。


akshashalaakaasamkhyaa parinaa(2.1.10)


パンチカーというダイスゲームのギャンブル用語を定義したものである。パンチカーとは5つのダイスまたは棒を振って、ゾロ目が出れば勝ち、それ以外は負けという簡単かつシビアなゲームだ。おそらくパチーシに見られる四面ダイス(棒)だと思うが、勝つ確率は256分の1。博打もいいところである。


ここで定義されている博打用語は3つ。要するに「パリ」を後ろにつけると失敗という意味になる。


akshapari アクシャパリ(ダイス振り失敗)


shalaakaapari シャラーカーパリ(棒振り失敗)


ekapari エーカパリ(1つ失敗…残りの4つはゾロ目なのに、1つだけ違う目だった)


インドの古代説話に、ダイス博打で身ぐるみ剥がされて路頭に迷う王様の話がある。悪魔がダイスを操作して負けるようにしたのである。博打は身を滅ぼすというが、博打は古今東西、ゲームの一番華やかな要素なのかもしれない。


(パンチカーとは「5つ組」、パチーシは「25」という意味。語源を辿るとペンタ「5」と共通の祖先らしい。)




古賀議員の学歴詐称疑惑。この事件から学んだことは「海外だから誰も知らないだろうと思うのは危険」だということ。


TGWでは海外サイトを回って得られた情報を日本語で伝えるということを行っている。自分の趣味で取捨選択しているのは仕方がないが、捏造した情報を海外情報として伝えては決していけない。


例えば新作の「アッティカ(Attika)」。ドイツで年間大賞候補とささやかれているというのが売り文句だが、これはゲームショップの売り文句から得た情報。だから幾分誇張も混じっているかもしれない。その辺を差し引いて伝えないと捏造に近くなってしまう。評価が高いのは確かであるが。


多くの人が見ているのだから、いい加減な情報を流さない。間違っていたら即訂正。ネット発信の倫理である。


● 東京新聞では、今月7日に行われたBoardstyle主催のパーティーを紹介すると共に、主な国内ゲーム関係者のインタビューを掲載しました。この中で、タカラの山崎氏・オフィス新大陸の坂本氏が国内最新のゲーム事情を話しています。「人生ゲームEX(エクストラ)」の売上が前年比で倍増しているということ、今年国内だけで17タイトルの発売予定があるということが今年の日本のゲーム界における朗報です。(東京新聞

表紙写真『ボードゲーム天国(パラダイス)01』がついに発売された。これまで公刊されたドイツゲームの紹介をメインとする主な本としては、

『ベストゲーム・カタログ(松田道弘、社会思想社、1988・1993)』
『ザ・ゲームカタログ(JAGA監修、白夜書房、1988)』
『ザ・ゲームカタログ'90(JAGA監修、光栄、1990)』
『THE BEST GAMES'93(高橋浩徳他、ソラリス、1993)』
『BEST GAMES'94(高橋浩徳他、ソラリス、1994』
『榊涼介&林正之のマルチプレイ三昧(榊涼介&林正之、メディアワークス、1998)』
『安田均のボードゲーム大好き!(安田均、幻冬舎、2002)』
などがあるが、そのいずれにも劣らぬ内容だ。カラー写真豊富な誌面構成、国内のサークルやウェブサイト紹介、インタビューや企画記事など、その情報量は膨大で、熱狂的なボードゲームファンから、ボードゲームにあまり興味のない人まで楽しめる本となっている。

編著の「オフィス新大陸」はプロの企画・編集プロダクション。7名からなるライター・編集者・カメラマン・イラストレーターなどの若い人たちで、坂本犬之介氏が代表。これまでに指輪物語や日本史を楽しく紹介する本を執筆している。坂本氏が学生時代にRPGのサークルを運営していたのがもとで、近年仲間内でボードゲームを遊び始め、その趣味が昂じてこうした書籍を作ることになったという。

私は今年のゲームマーケットで同人誌『トイプラス』を売っているときに声をかけられた。ゲームサイト『Table Games in the World』での情報発信を評価してもらい、協力を要請される。同人誌や個人サイトではどうしても読者層が限られてしまう。より広く情報発信ができる紙媒体の一般書籍は大きな魅力だった。そして坂本氏から「日本にボードゲームを根付かせる」という熱い夢を聞いて心を動かされ、協力に応じることにした。

その協力内容はというと、製作方針への意見と原稿の執筆、そしてエッセンへの同行だった。製作方針への意見は言いたい放題のことを言って坂本氏が参考になりそうなものを拾ってくれるので楽だったが、後二者は容易ならざるものがあった。オフィス新大陸の方々とはテストプレイで何度かゲームを遊んだ。彼らがメモを取るノートに「ボードゲーム天国地獄」と書いてあったが、確かに私も何度か地獄を見た。

書いた原稿は第3章の「ドイツゲーム事情」全部、第1章のゲーム紹介で9タイトル。文字数は55,000字に及ぶ。『トイプラス』が他の方が書いた文も合わせて70,000字だったから、実質『トイプラス2』だったと言ってもよい。「ドイツゲーム事情」はドイツのゲームサイトを網羅的に巡回し、役に立ちそうなデータをダウンロードしては読み、読んではダウンロードしながら少しずつ書きためた渾身の原稿。本業そっちのけでまる1ヶ月かかっている。ゲーム紹介はオフィス新大陸の手が足りないというので急遽依頼された原稿。「締め切り3日後」という厳しさの中、まず各ゲームサイトの紹介文を一通り読み、ゲームをひっくり返してルールを読んだりしながら、焦点を絞った。この3日間、これ以外に何もできなかったのは言うまでもない。

エッセンの同行は案内係兼通訳という内容。版元の雄山閣が結局通訳の専門家を手配してくれたので、通訳としてはローゼンベルクとヨーペン、カタン世界大会の上位者たちにちょっとインタビューする程度(正確にいうとヨーペンは通訳をせず、一対一の対談だった)。だが過密スケジュールのため坂本氏と二手に分かれてからは、メインのインタビューアーとなった。もうひとり通訳がいたので言葉には困らなかったが、面白い話を引き出すには脳みそをフル回転させながら同時に気も使う。「次のインタビューまであと10分です!」…不慣れなことばかりで楽しんだり感動したりといった心の余裕はないに等しかった。

オフィス新大陸の方々の苦労は私の比ではない。倒れた人もいるという。誌面作りを見ていると、取材を100として誌面に現れるのはそのうち10か20といったところ。この本は並々ならぬ苦労の結晶なのである。

さてこの『ボードゲーム天国』は、以下のような構成になっている。

特集エッセンSpiel2002徹底レポート〜"天国"はそこにあった〜
 …世界最大のゲームイベント、エッセン国際ゲーム祭を豊富な写真でレポート。人物主体でつづられており、生の雰囲気に触れることができる。
第1章 ゲームセレクション99+
 …ファンタジー・冒険系など10のジャンルに分けてそれぞれ10タイトル程度、合計99タイトルをフルカラーで紹介。アヴェ・カエサルからフィスト・オブ・ドラゴンストーンズまで幅広い選択と、チャート式の図解が特徴。
第2章 オススメ・ゲーム実況中継
 …カタンから最新のBANG!まで、オフィス新大陸のメンバーがプレイした状況をレポート。それぞれのキャラクター付けがうまく、ゲームの本質を描き出している。
第3章 ドイツゲーム事情
 …ゲームを作る人たち、選ぶ人たち、遊ぶ人たちという章立てでドイツのゲームシーンを徹底解説。エッセンやニュルンベルクのイベント、ゲーム賞、ゲームサークルなど、本場のすごさを味わえる。
第4章 ボードゲームを始めよう!
 …初めての人がボードゲームを遊ぶにはどうしたらよいかアドバイス。ついで今後の日本のボードゲーム界のカギを握ると思われる4人の職業人にインタビュー。コラム。
第5章 ボードゲーム 知識の泉
 …全国のサークル、ショップ、ウェブサイトのデータベース。JGC、TGS、GMなどのイベントレポート、D3によるPS移植版紹介。
付録 「つる爺の爆笑!極楽大劇場」(マンガ)、人数・時間・対象年齢別索引、五十音順の総索引。また各章の冒頭にはクニツィアなど著名デザイナーから日本のファンへのメッセージとサイン。
特筆すべき点は、従来の国内ボードゲームコミュニティーの外にいた人たちを引っ張り出してきたことにある。特にカプコンの岡本専務や雄山閣の村上社長など、国内で新たなムーブメントを起こそうとしている人たち。彼らの視野は、ドイツで出版されているゲームを日本に紹介するというよりもむしろ、日本で面白いゲームを作るというところにある。

日本で面白いゲームを作るには、どうしても資本(お金だけでなく、人材やノウハウも含む)が必要となる。その資本を出せる数少ない人たち。従来の愛好者としては大手企業の影響力を僻むよりも、それだけ日本のボードゲーム界の可能性が開けたと喜ぶべきではないだろうか。

彼らにとってボードゲームはビジネスでもある。「ボードゲームは楽しくていいね」と言っているだけでなく、資本を投入して利益を上げるのが仕事になる。愛好者にとっては大好きなボードゲームが金儲けの道具にされることには嫌な感覚がつきまとうかもしれないが、彼らはプロとしてリスクを負ってやっているのだ。能勢さんや中野さんならともかく、一愛好者がとやかくいう問題ではない。

とはいえ、楽観的だとは思うがメビウス・バネスト・広島などのゲーム輸入を手がけるショップと食い合うことは、まずないような気がする。まず第一に、『ボードゲーム天国』の販売とオフィス新大陸の諸プロジェクトが成功すれば、ドイツゲームは今よりもメジャーになるだろう。そうすれば全体のパイが広がり、客を取り合うという事態はなくなる。

第二に、取り扱いアイテムに差異化が図られると考えられる。最新ゲームを扱う早さと少数でも対応できるフットワークの軽さはメビウス・バネスト・広島の右に出るものはいない。日本製のボードゲームをじっくりと数多く販売していくというスタイルならば、十分に両立可能だろう。愛好者にはエポック社の5タイトルの件が頭にあるため抵抗を感じるかもしれないが、方向性はずっと違う。

と、「とやかくいう問題ではない」と言いながらとやかくいってしまった。ビジネスに首をつっこんでいくつもりは、少なくとも私には毛頭ない。そこまでのリスクを負う覚悟はないし、仕事ではなく趣味として楽しんでいるからこそ見えてくるものもある。愛好者は愛好者として、新しい楽しみ方を見つけていこう。そういう形でも、日本にボードゲーム文化を根付かせることに寄与しうると信じたい。

やがて日本のクラマーが、トイバーが、クニツィアが現われるかもしれない。私はそれを心待ちにしている。名もなき一愛好者として…(※第3章が記名記事にならなかったことへの当てつけではない)。

〈バネスト中野さんの感想〉
個人的には、そろそろ日本人デザイナーが数名登場してもいいような気がします。そうすれば応援しますよ、ハイ。
 現状、輸入品に頼っているわけですからね。 ただ現在のゲームがらみの出版社の事情を考えると、どうなるか分からないのでリスクを回避していたり、たとえ計画があっても予算枠が少なく単発の企画だったりで、どうもインパクトに欠けます。
 この手のものは、キッカケと継続的に供給できる資本、それに計画的な時間が必要でしょう。
 あと日本の玩具業界は既にキャラクターがないと何もできないので、そうした部分でも魅力が無いと思われているのかもしれません。

「忘れちまったのか? オレたちの国は何もなくても世界一の国さ!」
                       (ウェストサイド・ストーリー)

 プエルトリコ(Puerto Rico)は、ゲームフリークをターゲットにしたラベンスバーガーの新ブランド、アレアから2002年に発売されました。試作段階から非常に評判で、ドイツゲーム賞金賞、エッセン金の羽賞、年間大賞最終ノミネート、スイスゲーム賞、アメリカゲーム100選といったアワードを軒並み獲得しました。日本国内でもゲーム愛好者を中心に高く評価され、全国各地で数多くプレイされています。もはや2002年のゲームシーンを語る上で欠かせないゲームであると言えるでしょう。

 開拓者、市長、建築家、監督、商人、船長、金鉱掘り…これら7つの職業から1人が選んだものを全員がプレイするという新しいシステムで、どの職業を適切なタイミングで選ぶかというところで大いに考えさせられるところが人気の秘密のようです。勝ち方がいろいろあり、ゲームするたびに展開が変わるところも魅力になっています。

 爆発的な人気をほこるゲームですが、その舞台となっているプエルトリコの歴史については、ドイツ人も含めてあまり知られていないのが現状です。高校の世界史レベルでも「米西戦争でスペイン領からアメリカ領になった」くらいのことしか書かれていません。しかしその歴史をひもとくとき、ゲームのプエルトリコが扱うテーマを考えるべきであることに気づかされます。

 結論から先に言うと、2つのどちらかになります。

(1)植民地政策の悲惨な歴史にかんがみ、奴隷労働者の苦痛を再現するようなゲームは、不謹慎である。
(2)現プエルトリコ人の精神的な支えとなる生産活動なので、このようなゲームも肯定されてよい。
相反する結論ですが、どちらがよいのか以下の説明を読んでみなさんなりに考えてみていただければ幸いです。

 プエルトリコはカリブ海に浮かぶ小さな島で大きさは四国の半分くらい。現在はアメリカ合衆国の自治領となっています。首都はゲームのボードにも書かれていますがサン・フアン(San Juan)。カトリックの聖人から取った名前です。当初は島の名前がサン・フアンで、この港町がプエルト・リコ(port-rich豊かな港の意味)でしたが、いつの間にか逆転してしまいました。人口約400万人、4分の3がスペイン系の白人、残りがアフリカ系とムラートと呼ばれる混血です。

 平均年収は約10万円。ゲームでは多品種が栽培できますが、実際はサトウキビ栽培のモノカルチャーで、ハリケーン1つで年収がなくなってしまう貧しい土地柄です。経済的にはアメリカに依存し、安い労働力を求める企業が進出していますが、貧富の差が大きく、200万人がアメリカ本土に出ています。本土でも英語をあまり話せない言葉の壁のため、低賃金で働いている人が多く、麻薬や犯罪に走る人も少なくありません。冒頭のウェストサイド・ストーリーは、プエルトリコ系のギャングのセリフです。スラムに住むギャング団の抗争と、その中で愛しあってしまったトニーとマリアの悲恋には、抗争という悲劇以前に、アメリカ社会から疎外されているという悲劇があるのです。

 さて、このゲームの舞台設定はコロンブスがプエルトリコを発見した1493年から約半世紀後とされています。そのすぐ後にこの島はスペインによって征服されました。タイノ族と呼ばれる先住民族がいましたが、スペインによる搾取とカトリックへの改宗強制のため反乱を起こし、6000人が殺されました。これがプエルトリコ史最初の受難です。これでプエルトリコは一時期、ほとんど無人の島になってしまいます。

 それでもヨーロッパに最も近いという地理的な条件と、農地に適する地形が多かったことから、スペインを中心に次第に入植者が入ってきます。このときに奴隷としてアフリカから黒人も連れてこられましたが、農業の性格上奴隷はそれほど必要ではなく、となりのキューバに比べてはるかに少なかったといいます。だいたいこの時期がゲームの舞台です。プレイヤーは、入植してきたスペイン人ということになります。ちなみにこの時期の主要産品はショウガだったといいますから、ゲームには時代錯誤があることになります。

 武力で先住民を制圧し、奴隷をひきつれて我が物顔で入植してきたスペイン人…このことを知るならば、心やさしい人間はプエルトリコのゲームをするのにためらわざるを得ない―これが結論の1番です。

 しかしこれは16世紀の話。ここから約300年間、定住したスペイン人入植者は「プエルトリコ人」になりました。遠いスペインから離れて自国を開拓し、海賊やイギリス・フランス、後にはアメリカの武力攻撃を必死で守りながら、小規模ながらも農業で生活を営んでいました。やがて、そのスペインから独立しようという機運が高まります。長いときを経て、もはや彼らはスペイン人ではなかったのです。

19世紀末、カリブ海諸国は独立にむけてあちこちで戦争を始めました。プエルトリコ人も旧式の武器でスペイン軍と戦い、多くの犠牲を払いながら少しずつ自治を獲得していきました。スペインの体力が衰えていたこともあり、1898年3月には自治政府と評議会の設置を認めさせるところまでこぎつけました。

 ところが、混乱に乗じてアメリカが攻めてきます。自治政府ができた1ヵ月後、アメリカがスペインに宣戦布告し、米西戦争が始まります。米軍は破竹の勢いでプエルトリコに侵攻し、わずか20日程度でプエルトリコを征服してしまいます。これで折角の自治政府と評議会が解散させられ、米軍の支配下におかれます。名前は「ポルトリコ」に変えられ、通貨はペソからドルに変えられます(名称は後に戻されるが、通貨はそのまま)。これはプエルトリコ人にとって屈辱にほかなりませんでした。これがプエルトリコ史2つめの受難です。

 そこから現在にいたるまでの100年間は、次第に自治が許されてきたとはいうものの不自由なことが多く、またアメリカ資本が土地を買い漁ったため、ほそぼそと農業を営んでいたプエルトリコ人は貧困のどん底に落とされます。プエルトリコ独立運動は続いていますが、経済的にアメリカに依存しているため、全会一致で立ち上がりにくいのが現状です。現在では州昇格派、自治派、独立派に分かれているようです。その中独立をめざす過激派がテロを起こしたり、プエルトリコ領のビエケス島で米軍基地問題(沖縄のような問題です)が浮上したりするなど、事態は決して安定していません。プエルトリコは今も、貧困に追われながら、道なき道を歩いています。

そこで冒頭のウェストサイドストーリーのセリフです。彼らは貧困と戦いながら、決して誇りを失わず、プエルトリコ人として生きています。その誇りの根本は、何百年も前から行われてきたスペイン人の開拓です。「我々の祖先は、幾多の困難を乗り越えてここまでやってきた。我々も負けていられない!」―プエルトリコ人の誇りの原点を描いたこのゲームは、肯定的に捉えられるべきだ―これが結論の2番です。

現代の人道的見地からすれば、彼らの開拓には多くの問題がありました。しかしだからといってそこから目をそむけるのは、愛国心から日本の戦争犯罪を隠蔽しようとする、自由主義史観と変わりません。何に問題があったのか、我々は今後何をしてはならないのか、それを十分議論するためにも、知っておかなければならないことがあります。そんなことを考えながらのゲームは、あまり楽しくないかもしれませんが…。

この2つの結論、私はどちらにも一理あると思い決めかねています。みなさんはどうお考えになりますか? ゲームをするときにそんなことを少しでも考えていただければ幸いです。

2002年を振り返る

| コメント(0) はてなブックマーク - 2002年を振り返る

 2002年は、国内外のボードゲーム界でほんとうにいろいろなことがありました。そこで、2002年のボードゲームシーンで最も心に残ったニュース・出来事を2002年末にインターネットで投票していただきました。投票総数:31票で結果は以下の通りです。


































































































順位 票数
1位 20世紀ボードゲーム界の旗手シド・サクソン逝く 9票







. ... 29.0%



  • 日曜日に追悼で「サマルカンド」を遊びました。独特のセンスのある優れたデザイナーであることを実感しました。冥福をお祈りいたします。
  • これしかないでしょう。
  • アクワイア持ってるんですが…是非遊んでみたいです。
  • アクワイアにベンチャー……好きなゲームです

2位 カプコン、日本語版「カタン」を発売、各地でイベント 5票







. ... 16.1%



  • .一つの大きな出会いだったので、これを(EGV)
  • しいて言うならこれかなあ。カプコンは韓国でも「カタン」売ってるらしいですし。
  • エポックへのアンチテーゼも含めて

3位 新設多数で情報が増える―国内のボードゲームサイト盛況 4票







. ... 12.9%



  • 他にもたくさんあるのですが、私も新設した一人なので、やっぱりこれを。(バラック)
  • うちも、今年10月から立ち上がったということで。
  • ゲームの情報が増えることは良いことだと思う。できればニュースでなくレビュー系のサイトが増えると嬉しいのだが。。。

4位 ドイツゲーム紹介本「安田均のボードゲーム大好き」発売 3票







. ... 9.6%



  • こういう本がもっと出て欲しいな
  • これ以外の本といえば、松田道弘「ボードゲーム」になってしまう。やはりニュースでしょう。

5位 JAGA発、日本語ワードゲーム「ワードバスケット」発売 2票







. ... 6.4%



  • 国産というのは大きい
  • カプコンのカタンよりも印象深い。

5位 エポック社がドイツゲーム5タイトルをSNEの日本語訳付きで販売 2票







. ... 6.4%



  • 普通のおもちゃ屋で手軽に入手できれば良いのに・・・
  • ゲームをやろうと思ったきっかけです。(byりん)

5位 藤沢で熊本で―ゲームサークル各地で結成 2票







. ... 6.4%



  •  来年はさらに日本各地で増える雰囲気ですね。
  • 目標:各県に一サークル!(笑)

5位 パズル会社のビバリーがパズルゲーム「ブロックス」日本語版を発売 2票







. ... 6.4%



  • ゲーマーでない友人と遊べるのが良
  • 近所の玩具屋でも販売しているのは感動です

9位 ドイツ年間ゲーム大賞、アクションゲーム「ヴィラ・パレッティ」に 1票







. ... 3.2%



  • 意外や意外。てっきりプエルトリコだと思い続けていただけに…。(おの)

9位 カタン世界選手権、日本人の池田さんが6位入賞 1票







. ... 3.2%


【解説】1位はゲームデザイナーの巨匠、シド・サクソン氏の逝去になりました。一般的にも有名だとは言いがたく、ゲームタイトルよりもゲームデザイナー名という考えが定着していない日本では、ゲームフリークならではの選択と言えるでしょう。しかし「アクワイア」「キャントストップ」をはじめとする傑作ゲームを作り続けた巨人として、ながく心に留めておきたいものです。

一般的には、2位のカプコン版カタン発売が大きな事件と言えるでしょう。世界的にも有名なコンピュータゲームの大手が、突如アナログゲームを発売したとことは、国内だけでなくドイツまでにも衝撃を与えました。またカプコンが開催した「ワールドチャンピョンシップ日本大会」などのイベントも話題となり、ここからドイツゲーム愛好者が増えたことも特筆すべき点と言えます。ドイツ人が口を揃える「カタンは例外中の例外」という言葉の通り、今後のドイツゲームへの波及は未知数ですが、当分カタンだけでもさらに愛好者を「開拓」していくものと予想されます。

3位はゲームサイトが増えたという記事。これはインターネット投票ならではの上位進出だと思われます。インターネットの情報だけでなく、紙での情報がほしいという欲求が次点の安田本発売に表れました。


2003年はどんなニュースが生まれるでしょうか。ますます活気を帯びる国内のゲームシーン、世代交代が進みつつあるドイツのゲームデザイナー界、ますます目が離せません。

ゲームギャラリーもゲーム画像クイズを出題しました。パッケージ画像の接写15枚からタイトルを当てます。5月6日までの短期間で解答発表が行われます。メジャーなゲームの新しいところを用いて難易度を下げているようですが、1,2問難問もあります。クイズがちょっとしたブームになっています。(ゲームギャラリー

 2001年、ゴルトジーバーからクニツィア作の「アフリカ(Africa)」が発売されました。アフリカ大陸中に敷き詰められたチップをめくって、遺跡や黄金を発掘したり、交易品を集めたり、動物や遊牧民を移動させたりして得点を稼ぐゲームです。受賞はありませんでしたが、タイルをめくるわくわく感と手軽さが受けてドイツ国内でもなかなかの評判でした。日本でも2002年夏にエポック社から発売されました。

 このゲームのデザイナーであるライナー・クニツィアのゲームは最適の一手が見つけづらく、どの手にしても一長一短あるというジレンマが大きな特徴です。この悩ましさを魅力であると感じる人もいれば、逆に嫌がる人もいます。21世紀になってからのクニツィアはこうしたジレンマを薄めて、年齢・性別を問わず家族みんなでわいわいと遊べるようなすっきりした味わいのゲームを作るようになりました。アフリカにもその傾向は見られ、入門ゲームとして安田氏・エポック社が選んだことも十分に頷けます。ゲームのシステムに関しては、とてもいいゲームだと思います。

 しかしここで私が気になっているのは、アフリカ探検というこのゲームのテーマ性です。以前わんこさんとのメールのやり取りで、「アフリカ」は侵略ゲームであり、その時点で人に勧めることはできないという話になりました。

 ヨーロッパの帝国主義時代、アフリカはヨーロッパ人本位に探検・開発が進められていきました。15世紀から19世紀までの長い間、原住民が奴隷として貿易対象になり、また金や象牙など豊富な天然資源もどんどん搾取されていきました。抵抗する原住民を力ずくで制圧し、1900年までにアフリカ大陸は植民地として分割されたのです。

 その歴史を思い返してみたとき、このゲームがいかに残酷なテーマ性をもっているか、遠く離れた日本に住んでいる者であっても気づくのではないでしょうか。ヨーロッパ人がアフリカ大陸に土足で踏み込み、発掘した遺跡や珍しい資源はただで持ち帰り、遊牧民や動物は好きなところに移動してしまいます。アフリカ大陸は「暗黒大陸」なのではなくて、そこには文明の異なる、豊かな原住民の暮らしがあったのです。ぴんとこないならば、このゲームの舞台をそっくり「満州」に変えてみましょう。たちまち中国や韓国からクレームがつくような不謹慎なゲームになることに気づくはずです。

 ドイツにウォーゲームがないのは、ナチスドイツによって周囲の国に甚大な被害をもたらした第二次大戦の反省があるからだと聞いたことがあります。ウォーゲームに必ずしも残虐性があるとは思いませんが、私はその話を聞いて感銘を覚えていました。そのドイツに、こうしたゲームを許容する受け皿があったことには、閉口せざるを得ません。ドイツに住んでいるアフリカ人は、このゲームを見たときに何とも思わないでしょうか。不快に思うことなく「いいゲームだ」と言うでしょうか。

 エポック社から「アフリカ」が発売になって、今よりも多くの人がプレイすることになると思います。そのときに少しだけ、このゲームがもつテーマ性について考えてみませんか?国内のドイツゲーム普及の鍵を握るこのゲームの、不買運動をけしかけるつもりは全くありません。そうではなくて、ただ悪いと言って拒絶するのではなく、このゲームを通してアフリカやヨーロッパの歴史、さらには人権や平和について考えることができたら、とても有益なことだと思って、問題提起をしました。


[追記]「探検ゲーム一般にテーマ性を考える必要がある」ということを記したところ、「探検ゲーム一般に侵略ゲームだという訳ではない」というメールを頂きました。「アフリカ」に問題があるのは、近現代に実際あった侵略行為*1を扱い、しかも今の世界に暗い影を落としている*2という点であって、単に探検ゲームだからという訳ではありませんでした。確かに「アフリカ」以外の探検ゲームは、舞台が特定されていなかったり(「エントデッカー」)、学術的な調査目的であったり(「ティカル」)、原住民と友好に交流したり(「カタンの開拓宇宙編」)しており、問題性を感じません。問題があるものとしては他にもひところ有名になったパソコンゲーム「地下鉄サリンゲーム」など不謹慎なゲームはたくさんあると思いますが、このエッセイでは「アフリカ」に絞って論評することにしました。

*1 未必の故意でも、結果的にそう受け止められれば侵略行為と考えられます。
*2 アフリカ諸国が植民地政策に起因する南北問題という経済的なハンデを背負わされているという意味です。

 近年,メビウスなどのおかげで次第に日本でドイツゲームが認識されつつあります.またドイツゲーム自体も国外での人気の高まりを受け,各メーカーが競って多種多様なゲームを量産するようになり,ひとつの黄金時代を迎えています.

 一方日本には伝統的にすごろく・花札・将棋・囲碁といったテーブルゲームがあり,またこの延長でオセロや人生ゲーム,マージャンがたくさんの人々の心をとらえ,コンピュータゲームの隆盛にもみ消されることなく,広く愛好者を獲得しています.

 これらの日本で受け入れられるゲームは戦略的思考と運の要素が大きく,より深く考えるか,運を手中にするかの個人差が勝負の分かれ目となります.

 ドイツのゲームにもこういった要素がありますが,それより重要になるのが「駆け引き」です.いかに上手に交渉して自分に有利な条件を引き出すかが勝負の分かれ目になります.

 この「駆け引き」,日本の最も苦手とするところ.思うに戦後の国際社会でドイツに比して日本の地位がいっこうに向上しないのはこの「駆け引き」が足りないからではないでしょうか.

 また,「いじめ」「学級崩壊」「きれる子供」なども,「駆け引き」を学ぶ機会がないために何事も個人の問題に還元してしまい,柔軟に対処できないからではないでしょうか.

 「駆け引き」はコミュニケーションの基本です.相手の出方を伺うだけでなく,積極的に相手にはたらきかけていく.その繰り返しによって相手を深く理解することができるのです.

 ドイツのゲームは子供用から幅広く用意されています.また,日本では大の大人がうんうん唸って遊んでいるゲームもほとんどは10歳以上くらいで設定されています(ハイパーロボットRasende Roboterが10歳(小学4年生!)以上というのには驚きますが).

 大人が同好会のようなものをつくって遊ぶのも結構だと思いますが,それだけでは「静かなブーム」に留まり,普及は難しいでしょう.やはり,親が子供に買ってきて,一緒に遊ぶことが大事だと思います.

 勉強は学校でやれば十分です(いい成績をとっていい大学に入っても,かえって幸せになれない.今はそういう世の中です).家ではそれよりももっと大事な,日本人にとってこれから必要なものを遊びを通して学んでいくことが,子供にとっても日本の将来にとっても大切なことではないでしょうか.

ゲームに勝つこと

| コメント(0) はてなブックマーク - ゲームに勝つこと

 正直なところ、私はゲームに勝つことをあまり好みません。負けた人を気にしてしまうのです。勝者があからさまに勝利を誇るのは、はしたないという気持ちもあります。負けた人には適当な慰めの言葉を丁寧にかけなければなりません。「私が勝ったのは全くの偶然で、本当はあなたが勝つはずだった」「あなたの戦い方はすばらしかった」などとあれこれ考えて言うくらいなら、いっそ敗者になってその言葉を待っているほうがずっと楽です。

 「コンピュータならいいけれど、何人か集まってゲームをやるのはちょっと気が引ける」という理由のひとつに、負けることが恥であるかのような気持ちがあるようです。ゲーム中は楽しくても、ゲームが終って勝敗が決まったとき、何となく気まずい空気が漂うことがよくあります。負けると「つまんねー!!」などと怒り出す人がいたりすると、さらに厄介です。

 しかしゲームのもつ勝敗というこの特性は、不可欠のものであるとも言えます。ゲームに参加する大きな動機は勝って喜びたいからであり、勝敗がつかないで終わるならはじめからしなくてもよかったと思うでしょう。

 ゲームをたくさんやって勝敗を多く経験すればするほど、上手に勝つこと・上手に負けることを身につけることができます。上手に勝つこととは適度に喜ぶことであり、上手に負けることとはへこたれずに次回に期するということです。

 人間は文化を捨てない限り、戦いのない世の中にはなりません。なぜなら、戦いこそが文化発祥の条件だからです。人間の愛憎とそれに基づく悲喜劇、それがいっぱい詰まった豊かな生活は、強いものと弱いものを決める戦いから生まれてきたものにほかなりません。戦争を反対する人でもオリンピックを真剣に見ているのは、戦いこそが人間の本能に根ざした自然だからです。

 そしてもうひとつ重要なことは、戦いが憂いに満ちた人生の気晴らしだということです。長い人生、たくさんの不幸が待ち構えています。そして最大の不幸は死であり、これは何人たりとも避けることができません。もちろんこの問題に真っ向から向き合うことも大切ですが、人間は太古から戦うということによってこの憂さを一時的に忘れてきました。

 現代の若者の特徴は「傷つきたくない、傷つけられたくない」ことであるとよく言われます。その一方で闘争本能を制御しきれずに弱いものをいじめたり、キレて人を殺傷したりしています。政治の世界でもなりふり構わない強者の論理が横行し、第二次大戦の悲劇を忘れた軍国主義の時代がやってくる日も遠いことではないかもしれません。

 そこで、上手に勝つこと・上手に負けることの大切さが俄然光ってきます。ドイツゲームは運と戦略と交渉力のバランスで勝敗が決まります。ただ頭がよければ勝てるわけではありません。コツコツやっていれば運が味方することもあります。また時には思いっきりやることも必要です。同じ方法でも時と場合によって勝ったり負けたりします。その中で自分のプライドをコントロールし、闘争本能を解消して気晴らしを行い、また戦いで勝つコツを身につけるという上手な戦い方を身につけることができます。

 戦争はお互いが物理的にも深く傷つきますが、ゲームではそんなことはありません。たくさんの方々に勝負を恐れず、ゲームを楽しんでもらいたいと思います。

2012年5月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

アーカイブ