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竹田 市太郎
洞松寺の春も又見事である。小野寿一さんが裏山の「そだ刈り」を自分でなさっているという。それはこぶしや山ざくらの小木を刈り取らないで残すためである。葉のない雑木林の中に白く或はピンク色の円錐形の花のかたまりが浮き出している美しさに、文句なく脱帽した。彼の理想と実現に向けての執念が見事に開花していたからである。 初春の雪消えの時には、前の土手に福寿草が黄色の花をじゅうたんのように一面に咲かせている。それが終わると水仙の黄色の花が開花する。初夏にはあじさいが寺に登る道の両側に薄紫色の花を咲かせる。 花を愛する一人の人間の善意がこのような見事な景観を数年で形造ったことに唯々驚くばかりである。立派な自然の庭園である。 クヌギ・ホホノキ・なら・ミズキ・ぶな等の雑木が伐りはらわれ、杉松の人工植林が現代になって行われた。高く売れるという功利主義が山奥の水源涵養地帯のぶなの巨木を惜しげもなく伐り倒した。水源涵養地帯には落葉の堆積が一番良いという自然の法則を犯した結果、下流の街の水路は渇れ、きたなくなった。「開発=人間生活の向上」という考え方をもう一度見なおすときだと思う。 文化財の保護は平地の巨木・建物・書画・民具等の有形文化財に限られるものでなく、これからは自然の保護にも目を向けるべき時代がきたのだと感じさせられた。 |