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「みんな,和尚さま,和尚さまといって敬ってくださる.法事のあとの食事はいちばん上座に席を用意され,みんな次々にお酒を注ぎにやってくる.こちらの言ったことは誰も文句を言わずにたいていその通りになる.こちらが文句を言えばみんな平謝り. この言葉のとおり僧侶は,みんな陰で何を言っているにせよ,表立っては敬って接するため,自分が本当に偉いのだと勘違いして傲慢になってしまうという悲しい傾向があります.特にお寺で生まれ育った人は(私もそうですが),子供の頃から周囲にちやほやされ,修行というごく一時的な苦労だけで人生経験もなく僧侶になってしまうので,人を思いやることが人並み以下になってしまいます. 檀家さんはヘソを曲げられたりすると厄介なので丁重に接しますが,調子に乗っていると心底「こいつはバカだ」とあざけります.そして法事と葬式以外ではできるだけ顔を合わせたくない人物ナンバー1になっていくのです. 仏教徒であることの条件は三帰依であるとよくいわれます.すなわち仏さま・仏さまの教え(法)・その教えを保持する僧侶の3つを心身の拠り所とすることです.僧侶はこのうち3番目の僧侶であって,1番目の仏さまではありません.なのに自分自身が「天上天下,唯我独尊(お釈迦さまがお生まれになってすぐおっしゃった言葉とされています)」という僧侶の何と多いことでしょう!! 仏さまに礼拝し,仏さまの教えをよく学んで,和合して仲良く教えを広めていく.これが僧侶のあるべき姿です.これに反する者は,僧侶ではありません.仏教でもっとも忌み嫌われる「悟ってもいないのに悟ったという者」にほかなりません. 僧侶とて人間ですからエゴイズムを完全に消し去ることはできません.いろいろな欲が出ます.お金,私もほしいです.世間への見栄もある程度は張りたいし,出世もしたい.でもそういう欲は結局自分自身の苦しみの元になるのです. もっと肩の力を抜いて,自分を磨き上げたいと思うこのごろです. |