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2001年の夢

  • author: hourei
  • 2001/01/02 00:00

10月13日 焦るひととき


オーケストラの合宿で芸の打ち合わせをする。上野さん(※同輩)が考えたという芸は、5〜6人並んだところに上野さんが順にインタビューし、軽妙なトークで会場の笑いを取るというものだった。試しにやってもらうが、騒がしい会場では声が全然聞き取れないということで、ボツ。

 この案がボツになったことで、打ち合わせは行き詰まる。柳田君(※後輩)に何かないか聞いたところ、「ありません」という返事。そこで、ゲストで来ていた謎の外国人に案を出してらう。

「小野さんと、小野さんのおじいさんと、小野さんのひいおじいさんの違いを比べる」

そんなの、会場がわかる訳ないだろー!とツッコミを入れたところで目がさめた。


10月05日 こわい


駒澤大学で印仏学会(※日本印度学仏教学会の学術大会)が行われる。大会本部には高崎先生(※鶴見大の学長)、奈良先生(※駒沢大の元学長)をはじめ、曹洞宗関係の先生方が陣取っている。今回の規程で大会参加者は全員、「道元について思うこと」と題した作文を本部に提出することになっていた。原稿用紙をもっておそるおそる本部に入ろうとすると、後ろから「これも持ってって」。

振り返ると前田先生(※印仏学会の理事長)がにこやかに立っていた。「前田先生なら、私に頼まなくても堂々と出せるのに」と思った。


09月28日 テロリズム


米坂線(※米沢と坂町を結ぶローカル線)に乗ってのどかな田園をのんびりと進む。ふと見上げるとセスナ機が超低空飛行してきた。その直後、セスナ機が米坂線に激突してきた。「テロだ!」そう思ったときには周りは噴出した炎で包まれていた。即死だった。


08月26日 成果主義


国立仏教学研究所に勤める。上司は護山さん(※学科の先輩)だった。なめきって午前中は床屋に行ってからお昼頃に出勤すると、護山さんが怒っている。

「そういうことばかりしてると、クビになるよ。成果が出せればいいんだけどさ」

成果と言われても、論文の準備も出来ていない。気がつくと周囲の研究員の目も冷たかった。


08月05日 クセン


札幌のホテルで御詠歌の講習会が開かれる。夜は懇親会ということでコンパニオンを呼んで皆で飲んだり歌ったりしていると、入り口に黒柳伝道部長(※曹洞宗の偉い方)が立っていた!そこで全員正座させられ、説教を頂戴する。

「僧侶の肉食、飲酒、邪淫は全て戒律で禁止されておる。君らはどういうつもりか?」

返す言葉もなく、酔いもすっかり覚めて、ひたすら下を向いていた。


08月02日 バトル


ウルトラマンになって、ホテルで敵と戦う。敵もやはりウルトラ一族で、まともに戦ったら決してかなわないということはわかっていた。どんどん追い詰められて最上階に逃げる。しかしそこにはホテルの女王が眠りについていた。決して目覚めさせてはいけないと言われていたが、一か八か起こしてみる。すると女王は暴れ出してホテルが騒然となった。追いかけてきた敵もその振動でふらふらしている。そこでスキができたところに八つ裂き光輪をお見舞いして、何とか勝利したのであった。


07月22日 「最近の若い奴らは…」的


久々にサマコン(※東大オーケストラのサマーコンサート)に行く。指揮者は若い女の方で、黄色い浴衣を着ていた。三石先生(※東京音大の先生)のお弟子さんだという。「時代はずいぶん変わったものだなあ」と思う。

アンコールはローエングリンの前奏曲だったが、OBの飛び入り参加OKだというので行ってみると、譜面なし、ひな壇に直に座る場所しかなかった。適当に吹くことになる。間奏になると、ソロのオーボエがすかすかいって音がしない。しかし指揮者はいっこうに気にせず、「○○ちゃんは本当はできるんだよね!」などと言って演奏を中断して途中からもう一度やらせたりしている。

「本番なんだから・・・」と文句をいうと、そのオーボエの子が逆切れした。「私たちは、練習しないで楽しい演奏会をしたいんです!OBの皆さんは、そんなに練習して何が楽しかったんですか?!」

帰りは柳田君(※後輩)と一緒だった。歩きながら「東大オケって、こんなんでいいの?」と聞いたら、「あ、バスが来た。じゃあ、失礼します」と言って帰ってしまった。


07月12日 特別所作


御詠歌の講習会で新曲「恵心(※実在しない曲)」の練習が行われる。この曲の特別所作は、詠題中に本を開かなければならないという簡単かつ厳しいものだった。しかも裏開き。「とーなーえー奉る恵心のー」間に合わない。「恵心」が3音節しかないのが厳しい。せめて「高祖道元禅師七百五十回忌奉讃学道御詠歌」くらいあればなあと思う私(御詠歌の専門用語の解説は省略します)。

07月05日 空腹


中学校の給食がバイキング形式になる.好きなおかずを,好きなだけ取ることができるのが好評で,私もこころゆくまで食べたい料理を取り,自分の教室に戻って食べた.おかわりをしたくなり,再び行ってみるともうほとんど残っていない.しかたなくご飯と漬物を盛っていたら,差し入れでさばの刺身が隅のほうにあった!好きなだけ取っていいと言われて喜んで食べる私.とても幸せな夢.


06月17日 御大


御詠歌の講習会に行く.特別ゲストとして高崎先生(※鶴見大の学長)がいらっしゃっていた.休憩時間に仲間と談笑しているとき,「奈良先生(※駒沢大の元学長)と比べると高崎先生は髪の毛がうすい」と話していたら仲間の顔が凍りついた.いやな予感がして振り向くと,高崎先生が立っていた.


06月07日 外国語


蚊が顔の周りを飛び回って眠れない。そこで蚊語を話して飛び回るのをやめてもらうように説得しようとした。「か〜ん、かかか、ぷーん」蚊の飛ぶ音にも似た意味のわからない言葉をしゃべる私。


06月06日 落下


仮面ライダーのスタントマンになって高いビルから「とおーっ!」と行って飛び降りる撮影にでる。下はクッションが敷かれているものの、恐い。「とおーっ」という掛け声が「うぎゃあぁぁ・・・」になってしまい撮り直し


06月03日 起訴


一昨年出した修士論文の内容について,正確でないなどとして起訴される.多々誤りがあることは先刻承知しており,この裁判は勝てる見込みがないなあと観念する私.


04月24日 悪戯


山田君(※友達)が福島勤務となり,毎日退屈していたせいかネット上に「東北電力お客様相談室」を冗談で開設し「うちの原発はチェルノブイリ級」などと悪乗りした書き込みを繰り返していた.その悪戯を知った東北電力本社が事態を重く見て調査に乗り出した.追い詰められる山田君.


04月24日 収監


収容所から脱獄する.追われながらも市街地に紛れ込んでたまたま入りこんだ寿司屋でかくまってもらう.カモフラージュのために衣装をまとって寿司を握ると,たまたま美味しい寿司ができた.追いかけてきた捜査員もその寿司のために怪しまずに帰っていった.それからは寿司屋として平和に過ごしていたが,その幸せは長くは続かなかった.結局調査をしてきた捜査員につかまり,収容所に連れ戻されてしまう.脱獄囚には二度と脱獄できないように,死なない程度に手術で内臓や手足の筋肉を取り除かれてしまうのだった.歩くのがやっとになり,ふらふらしている私.


04月15日 会食


小平君(※オケの同級生)が帰国したということで,小平,西山,内田,瀧本,小野の5人(※全員オケの同級生)で会食をする.西山が珍しく饒舌でギャグ連発し,瀧本君が激受けしている.私は向こう側に座っている小平君に聞こえないように隣の内田とひそひそ話をしていた.


04月13日 子孫


かわいい息子タク坊(※実在しない)を連れて祖母の実家に挨拶に行く.すっかり夜が更けてしまってからお墓参りに行くと,近所のおばさんがお墓のところでお供え物を料理している.携帯コンロとまな板を持ってきており,奇特にも真っ暗なところでずいぶんと手の込んだ料理をしていた.お墓参りのあとは実家の仏壇にお参り.こちらの家も子供が多く,みんな宿題をやっているところだった.それまで黙ってついてきた坊ちゃん刈りのタク坊も心なしか喜んでいた.


03月26日 欲望と犠牲


ドイツから限定版のゲームが販売される。このゲームを購入するには骨髄バンクに登録することが条件となっていたので、医者に行って登録した。ところがこのゲームにはさらに超限定版があって、その購入資格は骨髄移植経験者だった!早くドナーが適合しないかなあと期待する私。


03月16日 逃げ


読書会を5回連続して予習しないで行く。ヒンシュクを買いながらも自分の発表はひたすらかわしていた。6回目、とうとう発表が避けられなくなったとき、部屋からエスケープした。むなしい気分で博物館を回っていると、帰りに偶然読書会が終わったメンバーと偶然同じ電車になってしまう。

怒りを肩に感じながら、黙っていた。


03月15日 入れ子


午前7時に目覚ましをかけていた。

目がさめるともう11時。「寝坊したー!!」慌てて飛び起きる。

ここで目がさめる。時計を見るとまだ7時だった。「セーフ・・・」ゆっくりと着替えをする。

ここで目がさめた。時間は7時少し前だった。どうやら今度は現実のようだった。


03月11日 参考文献


研究例会(※学科の行事)でバルトリハリ(※インドの言語哲学者)について発表する.発表後の質問で,丸井先生(※指導教官)から,

「上村先生(※東洋文化研究所の先生)の文献が載っていないけど,読みましたか?」

と聞かれた.読んだが正直なところあまり関連すると思われなかったので参考文献に挙げなかったという話をしたら,出席していた上村先生が憮然としていた.こういうときはとにかく出しておくんだったと後悔する私.


03月04日 ゴシップ大魔王(?)リターンズ


東大オケの合宿が終わるが、忙しくて合宿に参加できなかった図司(※後輩)と分奏(※パート練習)をするために宿を移してもう1泊することになる。図司が来ないので昼寝をしようと布団に入って眠っていると、いつのまにか武井(※後輩)が布団に入ってきていた。こちらが寝ぼけているのをいいことに、足の裏や首をこちょこちょしながら「ファーストキスは?」などと意味不明のことを訊いてくる。くすぐったいのには弱いので参った。


02月25日 癌再び・・・


胃痛がおさまらないので病院に行き胃カメラを飲む。お医者さんがカメラをのぞきながら、

「これはひどい!病巣が1、2、3、4、5つもある!手遅れですな」

日頃の姿勢が悪くて胃に負担がかかったんだろうと思い、すっかり絶望した。癌になって絶望する夢はこれで何回目だろう。


02月24日 ストーリー


実家の前の県道に米坂線(※JR路線)の車両が2両横転し、乗客と見られるたくさんの人たちが放り出されていた。乗客はみんなカバのような顔をした宇宙人だった。1人がこちらに来て事情を話した。

「有名ナ桜ヲ見ニキマシタ。途中デワープシタラ失敗シタ」

そこで死んでしまった宇宙人の葬式をしてほしいという。その話をしていると住職の森喜朗さん(※私は小僧ということになっている)が和服姿でやってきたので、どういう葬式にしたらいいかを聞いたら、

「適当でいいんじゃない。舎利三遍(※舎利礼文という短いお経を3回読む)ぐらいで」

という。それじゃ墓経(※墓前で読むお経)だろ!などと心の中でツッコミつつ、住職の言葉なので素直に従う。というわけで当日は何も準備していかなかった。

そんななめきった森さんのお供をして葬式会場にぎりぎりの時間に着くと、会場はたくさんの参列者でごった返し、オルガンでBGMが流され、見知らぬお坊さんがたくさん招かれていた。祭壇だけは住職に任されていたためか何も飾られていない。慌てる森さん。

「ご飯だ、ご飯を持ってきてくれ。あとは・・・」

すっかり動転している森さんを尻目にご飯を取りに行く。ついでにお茶と砂糖湯を準備しながら時計を見ると、もう葬式が始まる時間だった。


02月15日 ファン熱


K.トイバー(※ドイツの有名ゲームデザイナー)の来日講演会が行われる。会場に行くと「カタンの開拓者」(※ドイツのボードゲーム)のドイツ版がショーウィドウに展示してあった。日本版とは異なる立体的なボードでひたすら感心する。講演後ドイツ語でお話してサインをもらおうと帰らないでねばったが、結局会うことができないまま追い出されてしまった。


02月09日 まあじゃん放浪記


梅花流師範養成所(※若い僧侶の集まり)で一泊研修に行く.2日目の朝は何もないということで朝8時から麻雀をすることになった.ところが,麻雀セットが全部貸し出し中だったため,誰かが持ってきていた紙のお札に「一萬」とか書きこんで用を足した.お札にはもともと書いてあったため,特に字牌の判別がしにくく,変な役を作ってしまう人もいた.


01月07日 反復練習


日本でも兵役が始まり、その予備講義が高校の教室を借りて行われる。軍隊では整列をすばやく行うことが重要だということで、軍服の教官が行ったのは絶対座標と相対座標の講義だった。「○列縦隊の○列目○番」という場所が与えられたら、「△列目△番から右(左)にいくつ、前(後)にいくつのところかをすばやく計算し、答えなければならない。この練習問題を怒鳴られながらやっていると、突然スピーカーからモーニング娘。の新曲が流れてきた。これは運動神経を高めるための訓練らしく、曲に合わせて決められた通りに踊らなければならない。見よう見真似で踊っていると、音楽がやむ。音楽がやんだらすぐに着席し練習問題。しばらくするとまたモーニング娘。練習問題。モーニング娘。講義はこの繰り返しだった。


01月04日 集中


お葬式が1日に3つも出た。準備に追われる中、どの家でも午後1時30分から始めたいと言われる。そこで時間を30分ずつずらして、1件目が1時から、2件目が1時30分から、3件目が2時からということにしてもらった。30分で葬式を終えるのも困難だったが、それ以上に伴僧(※葬式のお手伝いのために近くから呼ばれる僧侶)が足りない。苦肉の策としてウィンドオーケストラ(※地元の吹奏楽団)に伴奏をお願いすることにした。なかなかいい演奏だったが、葬式らしくなくなってしまった。


01月01日 唐突


帰省しようとアパートの戸締りをして家を出る。ふと洗濯物を取りこむのを忘れたことを思い出し、戻ってみると片岡さん(※学科の先輩)が閉め忘れたサッシを開けて部屋に入り、電話をしていた。焦っていると、先日出した論文で、写本からシュローカ(※サンスクリットの韻文)をどうやって見つけたか気になってここまで来たという。私は照れながら「あれは偶然ですよ」と答えていた。

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