? 床屋 | main | 留学生の減少(The Times of India 10/13) ?

電気

  • author: hourei
  • 2004/10/16 00:00

昨日の日記で、床屋に終わってからこっちを切れ、あっちを切れと言ったことを書いた。こういう図々しいことができるようになったのはインド1年の生活の成果だと思う。


工芸品店でおみやげを買ったとき、まけろと言うのは基本中の基本。店員が「私たちは従業員ですので決められません」と言われたとき、「それじゃあ店長に連絡しろ」と返す。そして店長から電話で説明を受けながら、「しかしねえ、これだけ買ったんだからまけるのは当然だろ」とねばる。それでも無理だと分かったとき「じゃあ代わりに何かくれ」。もちろん終始笑顔である。日本でも名古屋や大阪ならこれぐらい普通だろうか。関東や東北で、この口調で(しかもスキンヘッドで)やったらはっきり言ってヤクザだ。


このやりとりを後で反芻して独りで笑ってしまった。そのほか、家のベランダ(4F)から下を見下ろしたとき、「ここから落ちても絶対死なない。痛いだけだ」と思ったことも後からおかしくなった。以前ならば「ここから落ちて死んだら、誰が悲しむかな」などと考えていたはずなのに、自分だけは決して死なないと思い込んでいる。これを人間的な強さと言うべきだろうか。









電気を止められて落ち込んでいる間、外はドゥルガー祭がけたたましかった
ドゥルガー

そんなことを考えているときに限って試練が待ち構えている。往復3時間かけて大学に行ったら先生から「今日は無理だ」と言われたのは今日が初めてではないからまだ許せるとして(それでも帰りにビール1杯が必要となったが)、家に帰ったら電気が止まっていたのだ。そして40,000円の請求書。電気代滞納である。なぜか隣りの家までとばっちりで電気が止められていた。


実はこの事件には伏線がある。前に大家から「電気代の請求書は来ているか?」と聞かれていたのである。この額から推定するに、大家はここに住み始めた4年前から1度も電気代を払っていない。どうやって電気会社の追及をかわしていたかは分からないが、私が借りるにあたって、いつ止められるか心配になっていたのだろう。その日がついに来た。


大家に早速電話をしたら、覚悟はしていたようでさっそく電気工事士を送ってくれた。しかしこれが使えない奴で「感電が怖いので、明日の朝10時に来ます」と言って帰ってしまう。大家にクレームをつけたが、もう夜も遅い。蚊取り線香を焚いて寝るしかなかった。ちなみにとばっちりを受けた隣りの家は親父さんが自力で復旧させた。


さて翌朝10時、もはや自明のことながら電気工事士はこない。1日中大家と電話のやりとりをして、1時に来る、2時に来る、4時半に来る、そのうち来る……どんどん遅くなり、やがて日も暮れてきた。大家は電気代を支払ったから、いつでも来るはずだと言うが、全然来ない。


不動産屋のプラモード氏のところに行って事情を話すと、「オー・マイ・グッドネス(※彼の口癖。なぜかゴッドではない)。彼の性格からして、電気代を払ったなんてウソだと思うよ。彼の部屋を紹介したことを本当に後悔している。」などと、またどうしようもないことを言う。彼にあたっても仕方ないと分かっていたが、

「これだからインド人は国際社会から見放されるんだ」

「それぞれの国民にはそれぞれの短所があるだろう」

「いいや、インド人は時間や約束を守らないことで悪名高い。いったいこの国の教育はどうなってるんだ?」

「……」

いつもは強気のプラモード氏が、ちょっと涙目になっていた。彼に罪はないのに悪いことをしたなと思う。

「まあ、これはあなたの落ち度ではない。」









夜に家の裏で行われていたダーンディ(スティックダンス)
スティックダンス

家に帰っても暗いので外をうろついていると、隣りの親父さんが部屋に入れてくれた。嬉しそうに転がり込む私はまるで捨て猫。

40,000円という滞納額を聞いて彼も驚く。

「彼はデンジャラスな奴だ。」

「本当に彼のような大家にあたったのは不運でしたよ」

「我々は彼がいなくなって幸運だったけどね。」

…この辺りで彼は嫌われているらしい。それが理由で引っ越したとは思えないが、大家はトラブルメーカーだったと聞く。


今夜ももう無理かと諦めかけた夜8時、電気工事士がやっと来た。「電気代を払い込んだレシートを見せろ」というので大家にまた電話して直接しゃべってもらう。冷や冷やしながらやっと電気がつながった。後で払うからと大家に頼まれて500円を工事費として出した。家に戻って、電灯も、冷蔵庫も、パソコンも、蚊取りリキッドも全て動いているのを見てやっと安心。


電気がなかったためにパソコンで仕事ができずぽっかり空いた24時間。いつもはなかなか手に取れない哲学書を読んで、ゆっくり過ごせたし、目の休養にもなったのだからよしとしなければならないはずだが、その実、いつ来るか分からない人を1日中待ち続けるいつものパターンでかなり消耗した。

この記事へのトラックバック

この記事のトラックバックURL :

この記事へのコメント

この記事にコメントする

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)