映画(21) 克服

インドに戻ってきて、一番最初にやりたかったことは映画を見ることだった。1ヶ月も留守にしていると上映中の映画はほとんど全部入れ替わっており、しかも毎週毎週新しい映画が出て目移りする。ちょうどシュクラ先生が親戚の結婚式のために5日間留守にした(長っ)ので、その間に映画三昧としゃれこむ。6日間で3本、2日に1本見ている計算だ。今日はラーニ・ムケルジーファンのI氏を誘って野郎2人。ちょうどバレンタインデーで、あたりはカップルだらけだった。
ブラックBlack(ブラック)
〈あらすじ〉
デリーの北にある避暑地シムラーの冬は雪が降る。ときは数十年前、イギリス領だった頃の話である。車を運転して教会にいく母子。老いぼれた老人を見つけると大喜びした。12年ぶりの再会だったのである。
赤ちゃんのときに病気で盲目・聾唖となったミシェルは放任して育てられ、自分の感情がコントロールできない子どもになっていた。赤ん坊だった妹をゆりかごから放り出したり、食事を食べ散らかしたりする有様を見て、父親は精神病院に送ろうかと考える。しかし母親が大反対し、家庭教師を雇うことになった。そこで依頼されたのが、アルコール中毒で学校を追われ、視力も衰えて風変わりな教師サハーイだった。
サハーイが最初に教えた言葉は「黒」だった。それからミシェルが悪さをしないように付けられた鈴を「これじゃ犬だ」と外し、早速ものの名前を教え始める。しかし体罰も辞さないサハーイの厳しさに、両親はすっかり驚いてしまいすぐに解雇を決める。だがサハーイも諦めない。父親の留守中に母親を説得して滞在を伸ばし、毎日部屋に2人きりになって1つ1つものを教えていく。ものを触れさせ、手を口に当てて口のかたちと振動を覚えさせるという方法。帰ってきた父親が怒ってサハーイを追い出そうとした朝、ミシェルは水を触って「ウォー(ター)」とついに口に出し、サハーイはそのまま家庭教師を続けることになった。
家庭教師は20年近くも続き、ミシェルも美しい女性に成人した。そこでミシェルは大学に入りたいと言い出す。入試面接は手話で行われ、知識を求める彼女の真摯な姿に、審査員は合格を認める。自分の娘のように喜んだサハーイは、大学でも彼女のそばに付きっ切りで、講義や本を手話にして教え続けた。両親の愛が姉だけに注がれているのをつらく感じていた妹も、婚約を機会に姉に理解を示し始める。
しかしそんな日も長くは続かなかった。サハーイはアルツハイマーを患い、次第にものがわからなくなっていく。ミシェルの妹の結婚式で、はじめて愛と口づけの意味を知らされたミシェルは、サハーイにキスを求める。たじろぎながらもキスをしたサハーイは、そのまま失踪してしまった。
それから12年。ついに見つかったサハーイはもうすっかりミシェルのことが分からなくなっており、また目も病気で見えなくなってしまっていた。必死に自分のことを伝えようとするがまったく分かってもらえないミシェル。そして彼女の大学の卒業式がやってくる。試験がうまくできず落第し続けていたミシェルは、そのあと奮起して見事大学を卒業したのである。卒業生代表で講演をし、「黒というのは絶望の色ではない」と話すミシェルに大きな拍手が送られた。
大学帽をかぶってサハーイを訪れるミシェル。外は大雨が降っていた。ミシェルの大学卒業が何よりの夢だったサハーイはミシェルの大学帽を手でなでると、何かを思い出したかのように窓を開け、手を差し出す。「ウォー…」
〈感想〉
歌も踊りもないインド映画だった。映像は全体にテーマを受けてか暗め。季節は冬でいつもどんよりしている。そんな舞台で必死に生きる登場人物たち。子ども時代のミシェルに扮した子役は、本当に障害児を使っているのではないかと思うほどの迫真の演技で、また大人時代のミシェル、ラーニ・ムケルジーも鬼気迫った演技を見せる。白目を向いてアウアウ言いながら、叫んだり、あたり散らしたり、よちよち歩いたり。それを必死に受け止めるサハーイことアミターブ・バッチャン。陰で涙を流しながら共に苦しみ、共に喜ぶ両親。退屈なんてことは全くない、これだけ揃えられて泣けないはずがなかった。弦楽器主体のBGMも見事に引き立てる。
もっとも、インド人はそんなにセンチメンタルに見ていない。障害者の仕草だからといって同情したりせず、笑い飛ばすところは笑い飛ばして見ている。こういうところに、普段から身近にたくさんの障害者を見慣れているのが察知できた。障害者が目に見えないところに隠されやすい日本と比べて、障害があろうとなかろうと一個の人間として見る力は、インド人のほうが優れているようだ。
この映画、日本で公開されないだろうか。時間も2時間と短めで、英語のセリフが多く、ストーリーも追いやすい。前に日本で「アンジャリ」という障害児の映画を見たが、障害をテーマにした映画は日本人にも訴えるものがあるのかもしれない。イギリス風の背景舞台もシックで世界に引きずり込まれる。
人は愛する者に愛される。その反対に憎む者に憎まれるなんてことがないようにしたいと思ったバレンタインの夜だった。女の肩に腕を回している男を指差して「これがインドのバレンタインって奴ですか」とI氏に聞いたのは反省。人の恋路を妨げる奴は、犬に噛まれて死んじまえである。本当に翌日、車に轢かれそうになった。

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