映画歌手

ソヌ・ニガム今インドで最も有名な歌手ソヌ・ニガム(Sonu Nigam)のコンサートを聴きにいく。
ソヌ・ニガムは映画の挿入歌を歌う映画歌手だ。インド映画において挿入歌はBGMではない。俳優が口パクで歌を歌ったり、ダンスをしたりするのが映画の成否を分けるシーンになる。映画が封切られる前からCDが発売され、好きな人は聴き込んで予習してから映画に臨む。そして映画は毎週毎週新しいのが出てくるから、CDもどんどんリリースされる。こうしてインド音楽で今一番メジャーなのは映画音楽になっている。
話題になった映画のCDを聴いていると、映画監督やプロダクションを問わず歌手はいつも同じ顔ぶれであることが分かる。若い頃からずっと歌い続けてきた75才の「ナイチンゲール」ラター・マンゲーシュカルをはじめ、ウディト・ナーラーヤン、アルカー・ヨーグニク、そしてソヌ・ニガム。特にソヌ・ニガムは最近の活躍がめざましい。『カル・ホー・ナ・ホー』の主題歌から、、現在公開されている『バンティ・オール・バブリー』『パリニータ』『パヘリ』でも歌っている。出すぎ。甘くて繊細な声質、広い音域、インド歌謡独特の節回しのうまさ、悲しみや怒りの表現力、さすがキング・オブ・ボリウッドのシャールク・カーンがファンになっているだけある。勢いで歌う歌手が多い中、憂いを帯びたアンニュイな歌を歌わせたら彼の右に出る者はいない。
ソヌ・ニガムという名前を認識したのは最近のことである。マラーティー語のコメディ映画『ナウラ・マザー・ナワサーツァー』に出演していて、みんなに「歌ってよー、歌ってよー」と請われて歌うシーンがある。彼が最初スクリーンに出てきたとき、後ろに座っていた女の子が「ハーッ!」と息を呑んだ。家に帰ってCDを見てみると彼の歌があるわあるわ、驚いた。本屋でこのコンサートのポスターを見たときは、即チケットを購入。S席5000ルピー(12500円)から、E席100ルピー(250円)まで、私が買ったのはC席500ルピー(1250円)。2000人ほどを収容する特設屋外ステージは、確かに真ん中ぐらいだった。当日は満席。
さて今回のコンサートはチャリティコンサートになっている。歌手のラター・マンゲーシュカルはプネーに病院をもっているが、その敷地内に映画俳優のアミターブ・バッチャンらが癌センターを寄贈して、開業祝にこのコンサートが開催されたという訳である。国にお金がないインドで、映画界の社会福祉への貢献はかくも大きい。チケットには午後6時からと記されていたが、はじめに開業式が行われ、アミターブ・バッチャンやバイク会社バジャジの社長らがスピーチをした。アミターブがステージに出ると会場は騒然となる。190センチの身長、白いあごひげは遠くからでも彼だとわかった。スピーチではマイクの高さが低くての調節してもらっていたのはお約束か。明日から封切られる主演映画「サルカール」のキャンペーンがあるため、30分ぐらいですぐ帰ってしまったが、生のアミターブを見られたのは感激。
こうしてコンサートが始まったのは7時40分。激混みの特設売店でサモサを2つ買い、空腹をしのいで待つ。ステージにはサンスクリット語で「死神に甘露をやるな(mrtyoh maa amrtam gamaya)」と書かれている。死神をのさばらせるな、生かす努力をせよということだろう。癌センターのオープンに相応しい標語だと思われた。前座のトークと歌があって、やっとソヌ・ニガムの登場である。『カル・ホー・ナ・ホー』の1フレーズを歌いながら、男女8人のダンサーを従えて出てきたときは、会場が歓声と口笛の渦となった。
ソヌ・ニガムには映画以外の歌もあるので予めCDを買って予習していったが、歌ったのは全部映画ものだった。『サティヤー』『カビ・クシー・カビ・ガム』『メーン・フーン・ナ』『ハム・トゥム』『カル・ホー・ナ・ホー』など。ライブらしく、テンポをどんどん早くして盛り上げたり、全休止を長く取って次を期待させたり、2つの曲を混ぜて笑いを取ったり、マイクを観客に向けて一節を歌わせたり(私も歌った)、リズムに合わせて拍手をさせたりと、歌手と聴衆の一体感を高める趣向が続く。歌はいたるところに装飾を入れており、楽譜どおりのCDではわからない歌唱力の高さを存分に味わえる。すごい。
休憩が9時過ぎに入ったときには何時までやるつもりかと心配になったが、休憩後は30分だけで賞味2時間、10時ちょうどに終わった。大満足。終わる前に席を立って帰り始めるのはインド人らしい。日本だったら、歌手がステージから出るまでは、たとえつまらないコンサートでも拍手して見送るだろうが、インドでは終わる気配があるともう我先に帰り始める。映画でもスタッフロールを座って見ていると、インド人は皆さっさと帰ってしまい掃除係が掃除を始めていることもある。
心配は帰りの足。終バスはもう終わっているし、リキシャーも遠いと乗車拒否する。はじめはリキシャーを乗り継ぐつもりだったが、ひとまず大勢の歩く方向に付いていくとバス停があり、駅まで6ルピー(15円)で行くことができた。そこで遅めの夕食を食べ、駅前のリキシャー乗り場に行くとあっさり家まで行ってくれるリキシャーが見つかった。しかし石油値上がりのためにまた値上げしたそうで、1キロ7ルピー(17.5円)、しかも深夜料金1.5倍。駅から家までは8キロだから、80ルピー(200円)にもなった。もっとも、それはよいコンサートを聴いた代償だと思えばあまり苦しくない。

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