急に慌しい平日

いよいよ妻の単身赴任が始まった。これから当分の間、月曜の朝から金曜の夜まで、妻なしで過ごさなければならない。山形から茨城までは5時間。妻も月曜と金曜に半日しか働けない分、火曜日から木曜日の3日間で取り返すのはたいへんなようだ。
月曜日は長男の保育園の入園式と次女のならし保育。長男は近所に通うが、次女はまだ1歳なので少し離れた別のところに通う。まず次女を車で送って、そのまま長男の保育園へ。役員なので駐車場整理をしたり、総会で自己紹介したり。妻は途中で抜けて次女を迎えに行ってきた(今週の月曜日の仕事は休み)。
帰宅して作った最後の昼食は、昨日トイザらスでもらってきた男の育児マガジンの「スペイン風オムレツ」に、パンとココアだった。手軽でなかなかいける。それから長女と一緒に妻を送って駅へ。遠ざかっていく長井線で手を振り続ける妻を見送る。
午後3時からは保育園の役員引継ぎ。4時から懇親会だったが、乾杯したらすぐにお帰り。デイサービスに行っている祖母を、お医者さんに連れて行くというタスクがあった。祖母の付き添いをして、薬をもらって、車椅子に乗せて帰ってきたのは5時半。でも今日はここで終わらない。
急いで着替えをして、6時から入棺と通夜。ここまで慌しかったので、喪家の前で車を降りたら気を落ち着かせてゆっくり歩く。切り替えが肝心だ。
通夜では遺族の方々と話し込んでしまって、気がつけば8時半。家から電話がかかってきて、子供たちがぐずっているから帰ってこいという連絡だった。お暇を申し上げて帰宅し、すぐに子供たちを風呂に入れて寝せる。
子供たちが寝たら起きて一仕事でもしようと思ったが、気がつけば朝だった。
母に次女の朝ごはんを食べさせる係をお願いし、朝のお勤めをして、長女と一緒に次女を保育園に送りに行く。帰ってきてすぐに出棺と火葬。火葬場から直接次女のお迎え。住職とパパを激しく行き来する。
帰ってから葬儀の最後の準備をして、昼食をほおばり葬儀へ。これだけ切り替えの激しい中だったにもかかわらず、よい葬儀を執り行うことができた。気力は充実しているようだ。でも今日もここで終わらない。
帰宅して急いで着替え、長女と長男を連れて米沢へ。今日からマレーシア人が3泊4日でホームステイするのである。駅に着いたらちょうど新幹線が到着したところだった。
途中で買い物をして帰宅。イスラム教徒ということもあって肉はチキンのみ、卵かシーフード希望だった。マレーシア産のエビを買う。マレー語も、サンスクリット起源の言葉があって面白い(夫がスワーミーで妻がイストリー)。
マレーシア人の名前はアリファーさん。インターナショナルスクールの修学旅行のようなものらしい。日本語は話せないが、上の子2人が滅法なついて、今2階で一緒に遊んでいる。

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