松本インド文献学会&コンサート

8月20日から5日間にわたって松本の信州大学でシンポジウム「伝統知の継承と発展―インド哲学史における”テキスト断片”の意味をさぐる」が行われ、1日半だけ参加してきた。昨年、存在論をテーマに開かれたインド哲学合宿に引き続いて2年連続の開催だが、今年はウィーン大学/アカデミーとの共同開催となり、国内はもとより、斯界の著名な学者がたくさん訪れた。

テーマになった「テキスト断片(Fragments)」というのは、散逸した文献の一部を、現存する文献の引用箇所から集めたもので、インド哲学史の展開をより細かく見ていく上で重要な資料となる。ウィーンではすでに収集作業を始めており、データベースも構築されている。

発表はテキスト断片の発見報告から、断片に基づく新しい思想史の提案、写本による異読の解決や、思想史的背景の考察まで多岐にわたった。テキスト断片収集というのが決して単純作業でないことがよく分かる。

引用はたいてい、誰の言葉かを断った上で、「以下のようにいう(ucyate, uktam)」から「と(iti)」までに行われる。しかし、中には誰が言ったか明示しないものや、直接引用したのか、脳内変換して書いたのか判然としないこともある。引用ですらない(仮想反論とか、作者不明の俗言とか)ことだって考えられる。そのためほかの文献との比較や、内容の吟味が必要だ。

さらにA.アクルジュカル教授(ブリティッシュコロンビア大学)が指摘していたように、見かけ上は同じ言葉でも、学派によって、時代によって全く違う意味が与えられている可能性があることも考慮しなければならない。かつてある学派がよい意味で使っていたものが、他学派が批判的に取り上げることで悪い意味に変わってしまうこともある。だから文脈までおさえた収集をしないと、無意味な情報になりかねない。

気の遠くなるような作業だが、その分やりがいのある仕事でもある。問題はそこまで時間の取れる人が、はたしてどれくらいいるのかなというところか。このプロジェクトを始めたE.プレッツ博士も、あちこちの学会で忙しいという。

シンポジウムは2人が30分ずつ発表しては30分休むというのんびり日程。久しぶりに会う人、初めて会った人とゆっくり話すことができた。快適に過ごせたのは、ホストの護山さんや、スタッフの岩崎さんたちが発表を聴く暇もないほど駆け回っているおかげである。話の中で専門の勉強がちっとも進んでいないのが恥ずかしく、時間が細切れでも勉強できるという言葉には力づけられた。

さて今回の学会の案内に、この期間はサイトウ・キネン・フェスティバルがあるのでホテルが取りにくくなるから、早めに予約しておくとよいでしょうと書かれてあった。それでホームページを見ると、学会の会期中にオーケストラのコンサートを発見。早速発売日に購入しておいた。プログラムは、シューベルトの交響曲第3番と、R.シュトラウスのアルプス交響曲。どちらも決してメジャー曲とはいえない。指揮者はイギリス人のD.ハーディング。

コンサート会場である松本文化会館がどこか調べてみると、大学のすぐそばだった。カンファレンスディナーを欠席して歩いて行くとわずか10分ほどで着いた。ホール入口にあるサイトウ・キネン・フェスティバルの看板を見て興奮する。

プログラムを買って席につく。1階A席、通路に面した左側である。プログラムをめくると、知っているのは山形によく演奏に来てくれる長原幸太さん(いつの間にか大阪フィルをやめてフリーになっていた)ぐらいで、あとは外国の奏者、外国のオケで活躍する日本の奏者などが多い。オーボエはシュトゥットガルト放送交響楽団首席、トランペットはベルリンフィルソロ奏者、トロンボーンはウィーン交響楽団首席など、隙のない豪華メンバーである。聴いたこともない音色、アンサンブルが飛び交う。

シューベルトは30分くらいの小粋な作品。随所におっと思わせる仕掛けが施されていてエキサイティングだった。奏者は30名ほどの小編成だったが、休憩を挟んでアルプス交響曲になると一挙に80名(+バンダの金管10名)ほどに。次から次へと出てくる奏者に聴衆の拍手も高まる。

アルプス交響曲は50分ほどで、楽章や途中休止がない大曲。アルプスの1日の情景を夜から夜まで描くが、解説によるとシュトラウスがニーチェに傾倒し「力への意志」をこの曲に込めたものだという。トゥッティの大迫力、シンバル3本の威力、2階から聴こえてくるバンダの響き、木管の美しいアンサンブル、謎の効果音も美しく聴かせる弦楽器など、耳も目も休む間がなく、演奏時間があっという間だった。

興奮に浸りながらバスに乗り、駅前のインドレストランでヒンディー語を話しながら遅めの食事をとってホテルに帰着。

プログラムにはA.オネゲルの劇的オラトリオ『火刑台上のジャンヌ・ダルク』が載っていた。かつて小澤征爾が紹介し、日本でもよく演奏されるようになった曲目である。ジャンヌ・ダルク役のイザベル・カラヤンは指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンの娘だという。これは聴きたい!と思ったが日程が合わず。

学会も有意義だったし、コンサートも最高。新幹線を使っても往復10時間かかるが、また松本に来たいと強く思った。

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