『タイムスリップ釈迦如来』
- author: hourei
- 2008/04/21 15:29
ダイビングスクールの教師である主人公と、不良生徒としてやってきた女子高生が事故で紀元前のインドにタイムスリップしてしまう。そこにはブッダを名乗るオカマ坊主がいた。話を聞いているうちに彼こそが本物のブッダであることがわかる。「あんた、アタシの弟子にならない?」現代に帰るには仏教を史実どおり世界宗教にしなくてはならない。実に頼りないブッダを支えながら十大弟子を集め、中国の老子とギリシャのソクラテスを弟子にすることはできるのだろうか。
主人公が「ダイバーだった」と言ったことから「ダイバダッタ」と呼ばれるようになったり、釈迦の妃ヤショーダラ姫を銀座のママに喩えたり、コロッセウムでソクラテスチームによるB'zとブッダチームによるSMAPの替え歌合戦が始まったりするなど、荒唐無稽なお話だが笑えるだけではない。シャーリプトラとソクラテスの議論はものすごい迫力で内容も唸らせられた。原始仏教の謎解きにもなっており、一風代わった仏教ガイドになっているとも言えるだろう。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『遺品整理屋は見た!』
- author: hourei
- 2008/04/18 10:10
孤独死した部屋の清掃・消毒、遺品の形見分けや供養と処分を引き受けている会社の社長さんのブログを本にしたもの。「天国へのお引越しのお手伝い」である。
孤独死というと老人と思いきや、病死や自殺をした若い人も少なからずある。親が子どもの遺品整理を依頼してくる話は読んでいて切ない。
死後10日も過ぎれば遺体の腐敗はすさまじい。散らかったゴミだらけの部屋にウジ虫、ネズミ、ゴキブリ……そんな中に踏み込んで清掃するのは遺族はもちろん、誰でもつらいことだと思う。その描写が生々しい。
ただそれだけの猟奇趣味ではなく、背景にある家族や社会の問題、はては人間とは何かという哲学にまで著者は踏み込んでおり、非常に考えさせられることが多い。
―自分のことは自分でやりなさい。
子供の頃から私たちは親や学校の先生からこう言われ続けてきました。ところが、人はいったん死んでしまうとまったくそれができなくなってしまいます。着替えはおろか楊枝一本使うことすらままなりません。後のことは、この世に残って生きている人たちに任せるしかないのです。(あとがきより)
本書は46話から構成されている。老親を見捨てる子、家出した娘が焼死、大量のアダルトビデオやフィギュア、実は妻を殺した犯人だった依頼者、ホームレスの遺品整理、自殺したストーカー、母が大事にしまっていた息子のおもちゃ、遺産相続で性格が変わる家族、皆引っ越してしまった大家、ウジ虫との格闘中に停電、息子を亡くした痴呆の母、集団自殺、溶けた遺体で転んだ作業員、自殺で血の海の部屋、じゅうたんに残った人型、遺品整理の生前予約、シャッター通りでの自殺、形見の猫29匹、8年間ゴミを貯めた豪邸、壁一面のゴキブリ、遺体が溶けてワンタンスープ、遠縁の依頼者、ひきこもり息子の自殺、残った百万円以上の借金、飛び降り現場の後始末、夏の公園で排ガス自殺、自殺予告、自殺したホテル部屋の極秘清掃、血の海の殺人現場……一口に遺品整理といっても死ぬ人も死に方もさまざまであるが、いずれもすさまじい。
自分のことを気にかけてくれている人は、自分が思っている以上にたくさんいるものだ。それは家族とは限らない。ふだんからほかの人と連絡を取る習慣をつけておくこと、コレクションやペットはいい加減にしておくこと。年令に関係なく誰でも考えなければならないことだろう。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『インドの正体―好調な発展に潜む危険』
- author: hourei
- 2008/03/30 22:26
2005年秋から8ヶ月ほどにわたって行われた産経新聞の連載「巨象が動いた」をまとめたもの。IT景気で急速に注目度を集めるインドの影の部分に光を当てる。
いまだ根強く残るカースト制度、売春の横行や花嫁持参金の高額化、ヒンドゥーとイスラムの対立、カシミール問題、大津波被災、HIVの急速な広がり、農村の貧困と自殺。IT景気で中間層が大幅に拡大し先進国並みの生活水準が目立つようになったインドでも、まだこれだけの心配事がある。
ヒンドゥー系の学校でのインタビュー(p.47)がばればれの嘘をつくインド人らしくて面白い。校長室にガンジー(イスラム教徒への融和政策を唱えたガンジーを、ヒンドゥー至上主義者は批判している)の肖像画が掛かっていないことを指摘されると「いえいえ、違う部屋に……」、翌日行くとちゃんと掛けられていたという。
一方RSS(民族義勇団)ではカーストに反対し、姓(姓からカーストが想像できる場合が多い)を呼ばない試みを行っているという。メンバー間のつながりを強くするためであるが、ヒンドゥー至上主義も伝統を取捨しているところが面白い。
カースト差別は大津波被害でも問題になった。カーストが低い被災者たちの支援が後回しにされたり、上位カーストが同じ避難所で侵食を共にするのを拒絶したりした。「大津波もカーストの壁だけは壊すことができなかった」という(p.70)。
カースト判断の大きな目印になるのが肌の色である。アーユルヴェーダ系の化粧品で一財産を築いたシャナーズ・フセインは言う。「肌の黒い男性が白い肌の奥さんをもらいたがるのは、生まれてくるに期待するからよ。少しでも肌の白い子どもができれば、その家にとって慶事だわ」(p.82)。
サブタイトルの割にネガティブな記事ばかりではない。JICAが技術指導して大きく品質を向上させた養蚕業、2014年までにインド全国で3500教室を意気込む公文学習塾、コルカタとムンバイのジムが張り合っている女性ボクシング、ヒンドゥー教徒がガンジス川が汚れているということを認めたがらない中で効果を上げにくいODAの水質改善事業。著者も書いている通りインドをいろいろな角度から切った断面のごく一部でしかないが、知らなかったインドのさまざまな姿に触れられて楽しかった。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『ある記者の出家物語』
- author: hourei
- 2008/03/22 13:59
朝日新聞の記者として「こころ」欄を担当していた著者が、仏教に惹かれ早期退社して得度、曹洞宗の僧侶となった。参禅会から始まって僧侶として生きるまでの一大顛末記。
東京国際仏教塾に入り短期修行、家の近くのお寺や金沢大乗寺での参禅、ついに発心して出家得度する。そして金沢大乗寺に1年間の安居。送行してからは得度したお寺の徒弟として法要や葬儀に参加しつつ、東京国際仏教塾の事務局長に就任した。
伊豆の小さいお寺に住まうも金沢大乗寺の堂長であった板橋禅師から本山に呼ばれる。僧侶になるのは僧侶の子どもがほとんどという現代日本で、本当の在家から僧侶になるには志と縁の両方がなければならないことがよく分かる。
筆者を支えたのは仏教の教え。特に「一切衆生悉有仏性」である。無我と自灯明の相克も、存在するものが互いに許し合っているということも、いただきますやごちそうさまの心も、この教えが源になる。理性をもって仏教に正面から向かい合い、悩み、自分なりの答えを出していく姿に心打たれる。
今生きている生が意に沿わないからといって目を閉じて、しょせん迷いの世界のことだと敬遠して別の生や涅槃の世界を思い描いたりしてもなんにもならない。「仏あれば」という条件が、「仏あり」という確定に変わるまで修行を続ける以外になすべきことはない、と。(p.178)
本書は仏教塾で行ったインド仏跡巡拝の旅、退社から参禅まで、得度から送行まで、現在と説法、その後の所在と5つの内容からなる。団塊世代で今の生活に何かもやもやしたものを持っていたら、この本が光明になるかもしれない。
著者は実は小学時代の恩師のお兄様。現在はうちのお寺の比較的近くに庵住まいしている。著者献本に感謝。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『〈問い〉の問答―同時代禅僧対談』
- author: hourei
- 2008/03/09 07:58
現代の仏教について自分の言葉で刺激的な発信を続ける2人の禅僧がついに出会うべくして出会った。生と死、言葉と世界、自己と他者、修行と菩提……こうした一件対立しそうなものの境界線上にあるものをじっくり語り合う。
僧侶の法話というと、悟ったようなふうの話が多いものだが、この2人は安易な答えを出さずにひたすら問い続ける。それは、答えがひとつに決まらないことが「無常」ということだからであり、絶えず変わっていく自分をしっかりと見つめ続けることだからである。死とは何か、言葉で言い表されないものとは何か、僧侶であるとはどういうことか、人間は慈悲ができるのか、宗教が今できることは何か、正法とは何か?
僕はですね、徹底的に相対化を止めない、裏切り続ける―つまり、「無常である」という言説を教えとして実現するには、一定の立場を常に自分で破壊していくことがぜったいに必要なんだろうと思うのです。(p.95)
偉い僧侶が「仏の慈悲、菩薩の慈悲はありがたい」などと言いますが、そんなことはどうでもいい。「そういうあんんたの慈悲は何なのか」を聞きたいわけです。(p.167)
方便や願生は一般に「ほかにも道があるけれどもそれを選ぶもの」と捉えられているが、これを「それ以外に選択肢がないことを引き受ける」という南さんの考えは心に残った。これが他者と強く結びつく大乗仏教の根本に関わるところである。
そのとき僕が思うのは、方便というものの厳しさです。「嘘も方便」みたいな言い方があるから、適当にやっていいのかと思うと大間違いでありまして、方便と〈全責任を自分に置いてやる〉という、一種の賭けなんですよ。(p.131)
「願生する」ということも、それは「好きにしていいんだよ」というようなものではなく、そこにしか行くところがないという状況で「わかりました」と引き受けて娑婆に生まれた、ということだと思います。(p.202)
現代の諸問題についても積極的な発言が見られるのもこの2人ならでは。釈尊、中論、法華経、般若心経、道元、親鸞、良寛をどう捉えるかという教義的な問題についても考えを深めるつつ、ある場面ではその博識を投げ捨てて一人の人間として同じ時代を生きる人々と共に歩み、共に考えようとしている。
〈個性〉というのは、やはり褒められる部分しか意味しないわけですよ。そうなると、子供は自分のなかの褒められる部分だけしか表に出せないから、分裂していく、それはとうぜんです。(p.236)
けれど、これは理屈ではない。なぜ自殺しちゃいけないのか。かくかくしかじかなんてことは、ぜんぶわかったうえで自殺するんですから。自殺する人間は、自殺しちゃいけない理由も、生きなきゃ理由も全部わかっている。(p.246)
この2人の対談自体がそうだが、ひとりで悩むよりも多くの人と出会うことが新しい局面を開いていく。本当に自分と問題意識を共有する人にめぐり合うことができたならば、自分の言葉はまっすぐその人の心の中に届くはずである。
お坊さんで、すぐお金の話をする人と、質問をいやがる人、「自分の寺は立派だ」みたいなことを言う人とは、長い付き合いはしないほうがいいと言います。だけど、そうでなかったら、とにかく誰でもいいから、お坊さんとお友達になりなさいよ、ということは言います。(p.312)
グサグサと心に刺さる言葉ばかりで、普段あいまいに思っている自分の中の〈問い〉を新たにすることができた。宗派問わず僧侶の方に一読をお勧めしたい。僧侶以外にも、生きること一般に苦しみを感じている方にはぜひ。癒しは得られないかもしれないが、自分の苦しみを読みながら聞いてもらっているような感覚になるはずだ。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『「死」を哲学する』
- author: hourei
- 2008/03/02 15:02
死とは何かを、実存哲学、他者論、時間論、存在論から講義録というかたちで分かりやすく解説した本。
第1日では、すべての人は生まれた瞬間に「百年のうちに死刑は執行される、しかしその方法は伝えない」という残酷極まりない有罪判決を受けるという運命を突きつける。死に対する恐れ、それは自分のあり方に対する虚しさである。
第2、3日では自分の死が到来するはずの時間である未来を時間論から考察する。現在から見た未来(の予想)と、現にこれから起こる未来とは決定的に異なることを示した上で、未来の存在は何によっても保証されないこと、しかし意志によって直面できる新しい時間であることを説く。
第4日は他者論から絶対的に重なり合わない他者と未来の異同を考察。他者の死の経験から自分の死を考えられるかを試みる。自分で見ることができず、もう覚めることのない自分の死は正真正銘の無である。
そして第5〜7日は無を存在論から追究していく。「無」という言葉で表された瞬間、無は存在になってしまう。しかしそれと同時に、言葉で表されない無が立ち上がってくる。私がいなくなるとき、言葉の境界を越えて向こうに行くのである。
ハイデガーとサルトルをベースに、レヴィナスや西田に批判を加えつつ説得力のある論を展開しており、この問題に対する諸哲学者の見解も知ることができる。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『なぜ「話」は通じないのか―コミュニケーションの不自由論』
- author: hourei
- 2008/02/23 18:19
話を最後まで聞かずにひとつふたつの単語に過剰反応して反論を始めてしまう輩を切る!
あとがきで著者は堅い本をはじめ考えていたが、身近な事例を書いているうち「話の通じない話」のネタ帳になったことを述べている。
「レズビアン」を「レズ」と誤植したことから著者が男根主義者と断定されてしまった話から、イラク人質事件で起こった自己責任論争、高橋哲哉・加藤典洋による敗戦後論争など具体例豊富。筆者が論点を整理して論点のズレを明らかにしている。
第一章は著者がものすごい剣幕で書いているのでひるんでしまったが、第二章からは、F.フクヤマの「歴史の終焉」やガダマーの「解釈学的循環」を切り口に、話が通じない理由を哲学的に掘り下げており、非常に興味深い。
著者によれば、マルクス主義などの大きな物語の消滅によって物語が個々人で細分化したのにそれに気づかず、自分の物語(多くは単純な二項対立)を他人に押し付けてしまうことが話が通じない理由とされる。想像力の欠如とも言えるだろう。
対策としては議論の基本である言葉の定義や論点の整理を面倒でも丁寧にやっていくほかない。でも相手の言わんとすることを理解するまで集中力が続かないのがまた問題。普段から努力しなければ人の話を聴く力はすぐ衰えてしまう。
差別語を使ったからといってその人に差別意識があるとは限らない。ネットで根拠も思慮もない言説が次々と生み出される中、脊髄反射せずに対話を重ねて理解するということ。反論はそれからでも遅くはない。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『フラガール』
- author: hourei
- 2008/02/15 10:19
昭和30年代の福島県いわき市。炭鉱は閉山を余儀なくされ、職を失った人々のためにハワイアンセンターが計画されていた。この物語はハワイアンセンターのダンサーとして活躍することになる地元の女性たちと、その家族の物語である。実話に基づく。
主人公もさることながら、脇役もすばらしいキャスティング。主人公の兄役である豊川悦司の妹への愛情の深さ、ハワイアンセンター社長役である岸部一徳の早回し東北弁、主人公の母役である富司純子の食いしばるような表情、どれも見事で涙が何度も出そうになった。特に豊川悦司の存在感は何度見ても飽きない。
急速な時代の変化に人々はどう変わっていくのか。何が変わらないのか。ここ数年の邦画、いや洋画も含めて一番。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『インドの衝撃』
- author: hourei
- 2008/02/02 17:42
3部にわたって放送されたNHKスペシャルの反響を受け、記者たちが書き下ろした最新のインドリポート。番組の構成をなぞりつつ、テレビでは伝え切れなかったコラムや記者の感想を綴る。
第1部「わき上がる頭脳パワー」ではMITより難関と言われるIIT(インド工科大学)の卒業生のITに限らない広範な活躍ぶり、その元になったネルーの頭脳立国構想、そしてIITをめざす貧困層の努力ぶりに焦点を当てる。
「“学ぶ力”とは、個々の事例から共通する要素を汲み取り、それを他の事例に応用して役立てることができる力を意味します。変化に対応でき、そんなに新しい状況が生まれようとも、迅速に判断できるように社員たちを常に磨き続けているのです」
「私たちは常に解くべき問題を探しています。問題を解くのが大好きなのです。誰か、私たちに解決すべき課題を与えてくれないかと、いつも思っているのです。」
(インフォシス・ムールティ会長)
第二部「十一億の消費パワー」では景気の拡大によって購買力が急上昇した新中間層に密着。都市部に次々と開店する巨大スーパー「ビッグバザール」、洋服や家電製品、さらにワインなどにお金を惜しまない人たち。ガンジーが唱えた清貧の思想はどこへ?
「このテレビがもう流行おくれだということに気づいたんです。やはり今は液晶化プラズマですね。格好いいですよ。」(ニューデリー郊外の高級マンション住民)
第三部「台頭する政治大国」では、1998年の核実験で冷え込んだ米印関係がどのようにして修復されていったかを、政府要人のインタビューを交えて丁寧に描き出す。そこにはインドがずっと抱き続けてきた大国意識と劣等感や、アメリカで活躍する在米インド人の政治活動があった。
「『あなた(クリントン大統領)が来ても、我々は条約に署名しない』というのでは、これは子供のゲームになってしまう。我々は共に大国であり、インドは非常に偉大な文明で、二大民主主義国家なのです。一定レベルの理解と成熟さをもって、この二国間関係を構築する必要があります」
(J.シン前外務大臣)
優秀な頭脳に対して学校にも行けないたくさんの人々、お金持ちの新中間層に対してすぐそばのスラムに住む人々、強いインドを掲げる政府に対して貧困から脱出できない農民まで、一面的にならないような取材になっており、インドの多様性が孕む問題まで捉えられていた。現代インドを知るのに格好の一冊と言えるだろう。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『うまい!日本語を書く12の技術』
- author: hourei
- 2008/02/02 17:40
レトリック学の第一人者によるきわめて実用的な文章読本。名文よりも分かりやすい文に焦点を定めて注意点を列挙する。大学で翻訳の授業をしているうちに、学生の日本語力の低下を感じたのが起稿の動機だという。
1.短い文を書こう
2.長い語群は前に出そう
3.修飾語と被修飾語は近づけよう
4.係り受けの照応に注意しよう
5.読点は打たないように(1,3を徹底するということ)
6.段落を大切にしよう
7.主張には必ず論拠を示そう
8.具体例や数字を挙げよう
9.予告・まとめ・箇条書きなどで話の流れをはっきりさせよう
10.文末を工夫しよう(「である」などを繰り返さない)
11.平仮名を多くしよう(漢字が重なる場合開いてもよい)
12.文体を統一しよう
まず日本語の特性に関する基本的な注意点(1〜5)を押さえた上で、レトリックの配置(6,7)と修辞(8〜12)の順番で挙げている。いずれも言われてみれば当然のことだし、どこかで習ったことがあるようなことばかりだが、身についているか確認してみるのがよい。
そして著者は「名文を読め」ではなく「いい文章を暗記せよ」と説く。定型表現をたくさん覚えることで文章が軟らかくなるという。具体的には森鴎外と谷崎潤一郎を勧める。暗記するぐらいでないと、自分で使いこなせないのだ。
一箇所、「逃げ場がないならば、いじめは陰惨化する」という主張から学校現場に逃げ場を作るにはどうしたらよいか考える渡辺昇一の例を取り上げ、「演繹法と帰納法を実にうまく使い分けている」と評価しているが、演繹的にこのつながりはおかしい。
「逃げ場がないならば、いじめは陰惨化する」の対偶は「いじめが陰惨化しないならば、逃げ場があったということだ」であり、「逃げ場があるならば、いじめは陰惨化しない」とまでいうことはできない(帰納的にはあってもよいが)。したがって、逃げ場を作ってもいじめが陰惨化する場合(執拗ないじめっ子がいるとか)も考慮しなければならない。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『インド式マリッジブルー』
- author: hourei
- 2008/02/02 17:37
移民街が栄えるイギリスの小さな町。パンジャーブから移住してきた家族の2世である主人公の14歳の男の子(!)は、17歳になったらインドの友人の娘と結婚するよう父親から言われる。インドでは依然として根強い「アレンジド・マリッジ」……しかしここはイギリスだ。何とかして結婚を回避しようとする主人公の闘争が始まる。
主人公は父や兄の下品なインド文化や白人・黒人蔑視を心から嫌がっている。
「兄貴たちのああいう話し方には、我慢できない。語尾にすぐ「あ?」とか、「マジ最高」とかいった言葉を足す(p.24)。」
父親が何度も説得するときの、母親の仕草も主人公をいらいらさせている。
「待ってましたとばかりに、母さんが神に救いを求めながら、泣きだした。「ああ、神様(ハイ・ラッバ)」なんていいながら、腿を叩いてる。パンジャブの女が葬式でよくやるやつだ(p.76)。」
アジアの女性がこうして無理やり結婚させられるのはよくありそうな話である。しかしそれが男なのは珍しい。主人公はこう分析する。
「男は別の形で抑えつけられているんだと思う。本人も気づかないうちに考えをすりこまれて……。そういうの、なんていうんだっけ」
「サブリミナル」(p.102)
結婚を回避するため、どんどん悪になっていく息子を、家族は騙してインドの故郷に連れて行き、軟禁する。そこで主人公は未知の文化や人間を経験する。
「人間は平等なんだから、同じ権利を持つべきだよ。ぼくはそう信じてる」
「そのとおりですよ、マンジートさん。けっきょく、おれたちゃみんなサルです。しっぽがねえだけで」モーハンはそういうと、また笑った。
「やっぱりね。ぼくと同じ意見だと思った」
「けど、サルん中にも、でっけえのとちいせえのがおるでしょうが。上に立つもんと、それにくっついていくもんが」(p.190)
そしてかつて主人公と同じように「伝統」を否定し、外国に行った叔父さんとも出会うことになる。
「本当はいまでもときどき、ぼくは自分のことを自分勝手だと思ったり、罪の意識なんかを感じたりすることがある。だが、きみが家族にどんなことをされたのか、僕に話してくれただろう? おかげで自分がどうして今の道に進んだのか思い出したし、きみと話して、なんていうか、じぶんがどうして家族の枠組みから逃げだしたのかがわかった。ぼくが家族の伝統に従わなかった理由は、自分勝手なものではなかったってこともね。自分と自分の人生のためには正しい選択だった」(p.253)
インドからイギリスに帰った主人公には、いよいよ結婚の期日が迫ってくる。成り行きで家族の伝統に従うのか、それともそこから外に飛び出していくのかは本編を読んでのお楽しみ。
全体に若い主人公の一人称で語られていて軽快に読むことができ、それでいて異文化が交わるときの問題についても深く考えさせられた。インド農村生活の描写もすごくいい。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『憑神』
- author: hourei
- 2008/01/27 07:58
幕末の江戸、文武に秀でながら婿入り先を離縁され、実家でくすぶる別所彦四郎は、つい足を滑らせて見つけた川原の祠に神頼みをする。ところが「三巡稲荷」と呼ばれるその祠から現れたのは、貧乏神、疫病神、死神であった!
映画公開で気になっていた作品。主人公の、幕末においても仁や忠を忘れない志の高さと、ときどき垣間見せる人間の弱さ、そして妻子への愛情が胸を打つ。大商人に扮した貧乏神、相撲取りに扮した疫病神、女の子に扮した死神の、神様らしくない個性豊かさもおかしい。
主人公はあくまでちっぽけな人間であることによってしまいには神を凌駕する。
「限りある命が虚しいのではない。限りある命ゆえに輝かしいのだ。」
時代小説はほとんど読まないが幕末の風雲急と江戸の生活がしっかりした時代考証に基づいて生き生きと描かれており、最後まで読みきった。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『戦略的思考の技術―ゲーム理論を実践する』
- author: hourei
- 2008/01/14 23:20
他人の行動によって自分の利害が変わるとき、どのようにふるまえばよいのか。リスク、インセンティブ、コミットメント、ロック・イン、シグナリング、スクリーニングと逆選択、モラル・ハザードなどゲーム理論のキーワードを、極めて身近な例をふんだんに盛り込みつつ解き明かす。
身近な例は理論を分かりやすくするだけでなく、それ自体が興味深かった。
・グーで勝ったら賭け金を10倍にするジャンケンの必勝法とは(みずから戦略的リスクを作り出す)
・病院が薬を大量に買わせる動機(インセンティブ)
・結婚指輪が高額になる理由(コミットメント)
・日本のオークションでヤフーが多い理由(ロック・イン)
・異性に容姿や服装をほめられていい気になってはいけない(シグナリング)
・1000万円からスタートして値下げしていくべきだったワールドカップのチケット
・リスクの高い人ほど保険に加入し、保険料を上げるとリスクの低い人から抜けていく(スクリーニング)
・「他店より1円でも高ければさらに値引き」とは「他店が同じか高ければ値引きしない」というシグナル
・スターバックスの成功は禁煙による差異化
・参加者が多いと予定価格を増やしてしまうオークションと、それを悪用するさくら
相手の気持ちを考えるというのは、何も道徳的見地からではなくて戦略的見地からも必要なことだと、強く思った。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『 「言語技術」が日本のサッカーを変える』
- author: hourei
- 2008/01/07 21:08
日本サッカーがヨーロッパの強豪と比べて足りないものは自己決定力・論理力であると分析し、指導者ライセンス講習のディベートや、JFAアカデミーの言語技術指導を紹介する。
「なぜそんなパスを出したのか?」と監督が聞くと日本人の子どもたちは黙って監督の目を見ることが多い。これが筆者の留学先のドイツでは「だってペーターは足が速いんだから、そこに走るべきだから」と即座に答えが返ってきたという。
この差が、刻々と局面が変化していく中で究極の判断を求められるサッカーでは決定的になる。ひとつの答えしか許されず、答えが合っていたかに重点が置かれる日本の教育システム、答えはひとつとは限らないこと、失敗を重ねて経験を積むことを、言語技術の教育を通して子どもたちに身につけさせようとしている。
言語技術とは論理に留まらない。非論理的であっても、言葉を発する人の内面から出てくる自信や信念や経験に裏づけされていれば説得力がある。日本は伝統的に大事にしてきた以心伝心を捨てるのではなく、それに論理力を加えて飛躍できるのだ。
6才以下のおにごっこの反省、サッカーが好きな理由の議論、イメージトレーニング、8才以下のわざと察しない問答、行動の理由の説明、視点を変えること、10才以下の問答ゲーム、絵の分析、12才以上の主語の認識、理由や視点を皆で考える、など年齢に応じた言語技術の指導も具体的に説明。
サッカーに限らず、多様な価値観が並存する時代を生きていく子どもたち、私たちも学ばなければならないことである。
また日本のサッカーが弱かった時代の背景や歴代外国人コーチなど、ちょっとしたサッカー史になっていて内幕も楽しく読める。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『絶対弱者―孤立する若者たち』
- author: hourei
- 2007/12/21 15:21
コミュニケーション能力がなく、また必要とも感じていなくて、根拠のない自己肯定感をもち、社会と分断されつつある「絶対弱者」の存在を考える書。
「絶対弱者」の特徴として以下の9点が挙げられている。
1.知的好奇心はある
2.社会的な成功をめざした行動もしている
3.しかし地味な努力・社会的なコミュニケーションを軽んじる
4.自分の振る舞いの結果への想像力の不足
5.学習せず自己正当化する
6.親との関係を引きずっている
7.相手の感情を想像できない
8.自己が肥大化
9.社会的なコミュニケーションを必要と考えていない
「絶対弱者」は低所得層・若年層だけでなくあらゆる層におり、病気でもないため治療やカウンセリングも受けられず、現代社会でどんどん取り残されているという。
共著だが、三浦氏は塾・予備校で出会ったどうしようもない生徒たちの経験から、渋井氏はジャーナリズムの世界でライターとか言いながら何もできない若者たちの経験から説き起こしている。それ以外の層にどのようなかたちで存在しているのか分からないが、思い当たらないこともないわけではない。
さらに上記のような絶対弱者の特徴を、現代若者論のキーワード「ひきこもり」「アスペルガー」「非モテ」などとの異同を考察。多角的に現代人像に迫ることに成功している。
ただ両著者が「絶対弱者」についてイメージに違いがあると表明している通り、一様ではないようだ。三浦氏によればコミュニケーションどころか、最低限の社会常識すら身につけていないイメージであるが、渋井氏は人によってコミュニケーションが取れたり取れなかったりするというイメージ。上の9つの特徴にどれも当てはまらないと断言できる人がいないように、「絶対」という言葉とは裏腹に漸次的・相対的な面もありそうだ。
ともかく面白いのは三浦氏と予備校の学生たちのやりとりを描く「絶対弱者の風景」である。受験期特有の異常な精神状態もあるだろうが学力まるでダメでなぜか自信満々という学生たちが続々登場。三浦氏が正面から向き合い、何とかコミュニケーションをとろうと試行錯誤し、ときに優しくときに厳しく接する姿には胸を打たれる。大学の全入時代や学力格差と絡めた考察も秀逸で、これらの部分をもっと広げたら立派な受験参考書になりそうだ。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『怪笑小説』
- author: hourei
- 2007/12/06 00:32
自分のことは棚に上げて人の粗ばかり探してしまう人間の弱さを奇想天外なストーリーで描き出す。
オチは無理やりな感じもしないではないが、筋書きのインパクトで一度読み始めたらやめられない。
UFO=たぬき説に一生を捧げる『超たぬき理論』と、郊外のさえない住宅地で起こった殺人事件がとんでもない方向に発展する『しかばね台分譲住宅』が特に可笑しかった。「アルジャーノンに花束を」のパロディである『あるジーサンに線香を』は考えさせられるところも多い。
ミステリー作家東野圭吾によるコメディ作品、ほかにも読んでみようと思う。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『ネット未来地図 ポスト・グーグル時代 20の論点』
- author: hourei
- 2007/12/02 21:32
いわゆるウェブ2.0が今後どのような方向に進んでいくのかを、20のトピックで考察した本。
アマゾン、レコメンデーション、行動ターゲティング、仮想通貨、グーグル、プラットフォーム、ベンチャー、マネタイズ、ユーチューブ、動画、TV、番組ネット配信、雑誌、新聞、セカンドライフ、ネット下流、ツイスター、リスペクト、リアル世界、ウィキノミクス。
ウェブサイトの検索・閲覧履歴を記録し、それに合わせた広告を配信する行動ターゲティング。これが携帯電話をプラットフォームとしてGPSやおサイフケータイ、メール、さらに通話を通じて行われたらすごいことになる。
「たとえばおサイフケータイの情報を使えば、毎日同じ駅と駅を通過しているという事実に対して「この人はこの駅と駅が通勤経路なのだな」と機器の側が認識することができる。夕刻、いつもより早く駅に着けば「今日は早かったな」と認識して駅周辺の買い物情報をその人の行動に即して提供することもできるし、いつもより遅ければ「ちょっと一杯」の居酒屋情報をその人の好みに合わせて提供するようなことも可能になる。」
うぜ〜。これに頼りきりで思考停止し、機械に操られる人間が出てきそうなのも怖いし、絶えず自分の行動が監視されているのも怖い。
望ましいのは音楽のプロモーションをクチコミで行うというモデルで成功したマイスペースのようなSNSで人をつなげ、セレンディピティ(新しいマッチング)を作ることだ。ある趣味が共通の知人がもっている別の趣味に興味をもち、人のつながりの中で自分の人生を豊かにしていく。
ほかにもNHKがオンデマンド配信を始めるようになって、少チャンネルで広告を独占してきたテレビ業界に異変が起こる話や、ニコニコ動画のコメントが実はデータベース化されているという話、ターゲットが細分化されすぎてインターネットに対抗できなくなる雑誌、インターネットにしか楽しみや希望を見出せない地方の若者フリーターがネット周辺を変えていく話、ブログからミクシィへ、そしてトゥイッターへ流れるコミュニケーション圧力からの回避、ウェブ上の集合知からプロダクトを生み出すクラウドソーシングなどが興味を引いた。
グーグルやアマゾンのもたらしたインパクト以上にすごいものはまだ生まれていないようだが、ウェブの世界も静かに大きく変わっていくのだろう。その中でどういう活用をするべきか、アンテナを張っていきたい。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院』
- author: hourei
- 2007/12/01 11:23
私も当事者であるだけにかなりショッキングな本だった。
1991年から始まった大学院重点化。これは十八歳人口の減少が始まる直前に、文科省と東大法学部の主導で始められた。その狙いは、「成長後退期においてなおパイを失うまいと執念を燃やす"既得権維持"のための秘策」であった。
就職超氷河期も追い風となり、その結果1991年には10万人いた大学生が2004年には24万人。中には教授に薦められるまま何となく院生になってしまった人も少なくない。その結果生まれたのが、博士号を取得してフリーターという希望のない大量の30代、40代である。
各大学はいよいよ入学者が減少し、人件費抑制を余儀なくされている。新しい専任教員を採用せず、非常勤講師で授業を行う。文科省による「ポスドク一万人計画」も焼け石に水。数が足りないのと、任期が短いことで一時的な救済にしかなっていない。
私の仲間でも「ドクターコンビニバイト」なんて冗談を言っていたが、それがもう現実になっている。本書でも塾講師からパチプロまで、さまざまな仕事で糊口をしのぐ博士たちが紹介されている。行方不明や自殺者も多いという。結婚だってままならない。
「子連れの夫婦などは、日中から街をふらふらと歩いている「博士」を見つけると、危険なものを見つけたかのように反応し、我が子を自らの背中にサッと隠すことも珍しくない。「アアは、なっちゃだめよ」との声が聞こえてくるのは、こんな時だと、博士たちは涙ながらに語るのである。」(p.135)
筆者は、この状況を打開すべくいくつかの提案を行っている。ひとつは「ボトムアップ人間関係」への寄与。医者と患者、先生と生徒、介護士と介護される人といった上下関係が生まれやすい人間関係に入り、専門知識を生かして意思を疎通させ、平等な人間関係を築く手伝いをするという。例えば宗教界で学者・僧侶と一般の間を結ぶひろさちや氏のようなものだろう。
もうひとつは学問は学問、仕事は仕事と割り切って良識ある市民として生きていくやり方。学問自体ではなく、研究の過程で獲得した技能やフレームワークを応用して自分の生き方にするものである。
いずれも収入に直結するものではないが、少なくとも自分のアイデンティティーを確立させて道を開くものである。今や出口はそれしかない。「取っても食えないが、取らないと気持ちが悪い」点で「足の裏の米粒」に喩えられる博士号、所詮はその程度のものなのだと認識を改める必要があろう。
この状況が知れ渡れば、大学院も就職や職種の期待をもつ若者でなく、一度社会に出た経験豊富な人たちの比率が上がると筆者は予想する。すでに私の知り合いも年配の人が大学院で学んでいるし、大学すらそうなりかけているからおそらく事実だろう。これから10年後、20年後の大学のありようが大きく変わるのではないかと思った。
研究者の端くれとして迷っている私も、もう一度自分が歩いている道を見つめなおしたくなった。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (1)
『少子社会日本―もうひとつの格差のゆくえ』
- author: hourei
- 2007/12/01 10:42
少子化の主な原因を若者の雇用不安とパラサイトシングルの増加によるものと捉え、戦後からの時代背景の変遷や他国の状況を追いながら、対策を考える。
調査によれば男性も女性も結婚して子どもをもちたいと思っている人がほとんどである。しかし結婚できない、子どもが産めないというのは、筆者によれば、女性は父親以上に安定した収入が見込める男性と結婚したいが、そんな男性は今やほとんどいないという事情による。魅力格差と経済格差、事実とはいえ、読んでいて切なくなる話だ。
例えば青森で五割以上の女性が年収400万円以上の男性を求めているが、実際青森の未婚男性で年収400万円を満たすのは2.6%しかいないという。そして人々はできちゃった婚になってしまう。これではねぇ……。
しかし行政はこの経済格差をひた隠しにしているという。確かに今やどうしようもない問題だし、社会不安を煽ってはいけないのだろうが、少子化の最大の原因に目を背けていてはほかに見かけの対策をやっても効果あるまい。
著者の提言は@若者が希望のもてる職をもつ、A経済状態の悪い親でも教育のチャンスを、Bワークアンドライフバランス、C若者にコミュニケーション能力をである。理念的であるが、もはやそこまでいかないと何ともならないくらいの状況に陥っているのだ。
少子化問題に対する世間や学者の肯定的・否定的評価もしっかりと検討されており、多面的に問題を捉えられるのがよい。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『データの罠―世論はこうしてつくられる』
- author: hourei
- 2007/11/19 07:13
視聴率、内閣支持率、経済波及効果、都道府県ランキングなど、説得力があるデータを検証し、データリテラシーを提案する。
世論調査は無作為抽出で回答率が高くなければ信用できないというのが本書の基本的な主張だ。たとえば成果主義の調査では、導入している企業が8割以上とあるが、回答率は17%しかない。回答しなかった会社は成果主義に否定的で、導入に消極的とは考えられないのか。
同じように社長の平均年収が3200万円だったというが、回答率はわずか5%。回答しなかった社長のほうが報酬が低いのではないかという推測ができる。
いわれてみると当たり前なのだが、世論調査ではよく起こることである。インターネット調査などはその典型で、インターネットをしている人→そのサイトにアクセスしている人→わざわざ調査に回答する人という幾重ものバイアスがかかって、特定の傾向を持った人の回答率が自然に高くなる。それをあたかも日本人全員の傾向だと思うのは早計だ。
また0.1%を競う視聴率は、ごく一部のサンプル調査に基づいており、3〜4%の誤差はつきものだという。0.1%に踊らされて広告費を振り分けるのはナンセンスだ。
そのほか選ぶデータや算出方法によって結果ががらりと変わる都道府県ランキングや国別競争力、マイナス部分を考慮しない経済波及効果○億円、TOEICなど誰でも受ける日本と一部の英才しか受けない他国で比較される英語力、アメリカ人はキャンプ外の犯罪しか記録されない沖縄米軍の犯罪率、一般職だけで算定されるのに生産労働者も含めた民間と比べられる公務員の給与水準、汚水処理は進んでいるのに欧米と比べて低いと言われ続ける下水道普及率、国鉄民営化で地方自治体に引き継がれた負債など、単なる見かけだけのものや、ときには政治家の主張に都合のいいだけのデータがたくさんで目からウロコ。
データをグラフや表で示されると納得してしまうことが多い今、詭弁として悪用される可能性も高い。検証は実際難しいとしても現実を反映していない可能性は十分にあるということを頭に入れて臨むのは大切なことだと思う。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『なぜ夜に爪を切ってはいけないのか』
- author: hourei
- 2007/10/17 07:18
迷信・俗信も長い間に広まってきたものであれば何らかの知恵がその裏に隠されているはず。そんなの迷信だからといって取り合わないのではなく、その隠された知恵を大事にしよう。
標題の「なぜ夜に爪を切ってはいけないのか」=夜に爪を切ると親の死に目に会えないというのは、『日本書紀』に記述がある。曰く、爪には霊魂が宿っているから、幽鬼が暗躍する夜に爪を切ってはいけないと。
ほかにも暗いところで深爪をする恐れがあることや、ウブメという中国の怪鳥にが爪を食べにやってきて、凶事を招くという説が紹介されている。
(私は夜爪=世を詰めるという語呂合わせから、早死すると思っていたが)
このようにして「噂されるとくしゃみが出る」「ミミズに小便をかけるとオチンチンが腫れる」「夜に口笛を吹くと蛇が出る」「貧乏ゆすりは出世できない」「若ハゲの男は絶倫」「ミョウガを食べると物忘れする」など、どこかで聞いたことがあるような話を、古い書物や民間伝承と、科学的な観点から分析する。
その裏に現れるのは行儀よく賢く健康に生きようとする古人の知恵である。中には荒唐無稽なものも含まれているが、それも人の弱さを表すものなのだろう。
1つの迷信に対し説明が1ページ半だけと物足りなさを感じるがその分たくさん紹介されていて、知らないものも多く勉強になった(あまり迷信を喧伝するつもりはないが)。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『騙されるニッポン』
- author: hourei
- 2007/10/17 07:14
日本に20年以上住んでいるカナダ人ジャーナリストがアメリカの言いなりになっている日本や、体制に都合の悪い記事を出さない大手マスコミに警鐘を鳴らす。
筆者は「フォーブス」アジア太平洋支局長を務めていたが、ウィルス対策ソフト会社がウィルスをばら撒いているというスキャンダルを封殺されてからフリーになり、ヤクザやブッシュ利権など、大手マスコミのタブーに挑戦し続けている。
筆者によれば、北朝鮮は脅威ではないという。人口が日本の5分の1、GDPが100分の1では何もできない。ところがこれを煽るのはアメリカで、その目的は低性能のミサイル防衛システムや次世代戦闘機を売りつけて軍産複合体を儲けさせることにある。
イラク戦争開戦の理由が石油利権にあったことはもはや隠しようのないことになっているが、9・11が飛行機の激突ではなく爆薬によるものだったことが隠蔽されていることは知らなかった。イラン・イラクが石油取引をユーロ決済にしようとしたことがアメリカに狙われた一因だったと。
翻って日本。郵政民営化もアメリカの年次改革要望書によって進められたもので、相変わらず言いなりだ。国連への負担金が世界第2位、アメリカに40兆円ものお金を貸しているのに言いなりになっている日米関係を、筆者はこのように揶揄する。
「パチンコをやりたいから金を貸してくれ」
「はい」
「その間、おまえは外で待ってろ」
「はい」
「全部すっちまった。もうちょっと都合してくれ」
「はい」
「やっと出たから、この金で遊びに行ってくる。先に帰ってろ」
「はい」
そんな日本もいつまでも金が続くわけではない。国債・地方債の総額が国民の個人資産の総計1400兆円を超えるとされるのが2008年。さらにこの年は小渕内閣が発行した10年債償還の年でもある。この多重債務をどう乗り越えるのか。
通貨危機になった場合、IMF(国際通貨基金)に頼ることになるが、その際に起こる事態が2002年の「ネバダレポート」に記されている。
・年金30%カット
・国債の利払いは5〜10年停止
・消費税20%
・預金の30〜40%を財産税として没収
今の日本では、これくらいしないと本当の財政再建にならないのだ。こんな大問題に、政治家は口をつぐんだまま。
筆者が「全ての情報は、何らかの加工がなされている」と言うとおり、この本に書かれていることも信じがたいことばかりで、一種の煽りが入っているのかもしれない。そうだとしても、新聞などでは読めない別の面から多角的に物事を捉える必要性を感じた。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『ウェブ炎上―ネット群集の暴走と可能性』
- author: hourei
- 2007/10/16 21:56
ブログやミクシィで、ある人物への非難が燃え上がり、収拾がつかなくなる「炎上」という現象を群集心理とネットの特徴から分析し、これからますます進むウェブ社会の方向性を探る。
筆者によれば炎上はウェブ社会になってから起こったことではないという。ラジオで放送された『宇宙戦争』が引き起こした火星人が攻めてくるというパニック、女子高生の会話が発端で取り付け騒ぎとなる豊川信用金庫事件、東ドイツのスポークスマンの失言がもとになったベルリンの壁崩壊など、リアル社会でも起きている。
しかしこれがウェブ上で起こると、可視化(目に入りやすい)とつながり(広がりやすい)という特徴によって急激になる。小さな流れがいつの間にか極端で大きな滝になるこの現象は「サイバーカスケード」と呼ばれる。対応できない状態になるだけでなく、叩かれた個人の情報がアップされたりととどまるところを知らない。
事例として挙げられているのは以下のような事件である。
・乙竹洋匡ブログ炎上(悠仁さまの誕生で)
・上村愛子ブログ炎上(亀田興毅を応援して)
・あるある大事典騒動(志村けんの反省に)
・TDC炎上(おたくの反乱)
・JOY祭り(店員を殴ったことに非難)
・きんもーっ☆事件(おたくの反乱)
・スティーブさんの自転車を探すオフ(ノートを探し出す)
・タカラ騒動(ギコ猫の商標登録に)
・のまネコ騒動(エイベックスが著作権を申請)
・東芝クレーマー事件(まずい窓口相談を録音して公開)
・バズマーケティング失敗事件(NHKに出演した女子大生の話)
・銚子電鉄ぬれ煎餅祭り(赤字対策の煎餅がばか売れ)
・丸紅祭り(パソコン19800円)
・田代祭り(タイム誌のパーソン・オブ・ザ・イヤーに)
・川崎祭り(オールスターゲームのファン投票)
・塩爺(流行語大賞)
・ゴッゴル祭り(サーチエンジン最適化コンテスト)
・イラク人質バッシング(自業自得と)
・浅田彰の戯言(他国が攻めてきたら素手で応戦と)
・福島瑞穂の迷言(警察官は丸腰で逮捕に向かうべきと)
・「ジャップって言うな!」事件(極楽とんぼ加藤の謝罪動画から始まった誤解)
・犬糞女事件(韓国で犬の糞を片付けなかった女性の個人情報がさらされる)
・あびる優万引き事件(若い頃の強盗自慢で苦情殺到)
・鮫島事件(2ちゃんねるで話題になる架空の事件)
これらの例は、悪意が暴走しているものばかりではない。ときには善意や義憤から始まったものだが、それが膨張し手がつけられなくなることもある。
ここから筆者は、サイバーカスケード自体が悪いとか、規制するという発想ではいけないという。インターネットの長所でもあるので、それを活かしつつ両論併記のハブサイトや、成員が民主的に振舞えるアーキテクチャを構築しなければならないと。
提言は実効性があるかどうか分からないが、とにかく豊富なケーススタディとして楽しく読めた。「もちろん〜と言いたいのではありません」というフレーズを多用するあたり、筆者も相当ウェブでもまれているようだ。
ウェブ上にもう1人の自分がいるという時代、ウェブ特有のリテラシーというものの必要性を強く感じた。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『死は成仏か』
- author: hourei
- 2007/10/13 18:22
如来蔵思想研究の第一人者による仏教死生学。
死を乗り越えたとされる釈尊や仏弟子の(生物学的な)死、そして輪廻の世界に生きる菩薩の死。そしてなかなか救われない衆生の死を、分かりやすく説く。
仏教の立場から言えば、死すなわち成仏ではない。信仰なり修行があって、私たちの中に眠る仏性(成仏する資格のようなもの)が育てられ、いつの日か成仏するのである。
ただ日本には死すなわち成仏という考え方も広く行き渡っており、民俗学的観点から考える必要もあるだろう。
というわけで表題について答えを見つけるのは難しいが、四聖諦、八正道、十二因縁といったとかく難解になりがちな仏教の根本教説について分かりやすく説かれており、仏教入門としておすすめである。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『それ迷信やで―迷信列島漫才説法』
- author: hourei
- 2007/10/13 18:13
宝塚のお寺の住職による痛快な毒舌説法集。
世間には死に関するタブーが実にたくさんある。祟りとまでは言わないにしても、縁起が悪いとか、祭り方が悪いとかそんな言説はよく耳にする。仏教の観点ではそのほとんどが迷信に属するものだが、タチの悪いことに僧侶がお先棒を担いで喧伝していることも多い。
筆者の区別は単純明快、人を不安にさせるものは迷信、安心させるものは仏法。面倒臭い理屈はない。
「拝まん奴に限って、祀り方がどうのこうのと、祀り方ばっかり問題にしよるわ。一生懸命に真心こめて拝んでさえいれば、万一悪いところがあれば、神仏の方で都合ようにしてくれはるわ」
「法事ちゅうのは、お経もあげられん亡者に代わって、坊主が本尊に拝んでやるのやがな。だから回向というのや。亡者は坊主の後ろで一緒に本尊さんに手を合わせているわ」
本に登場する迷信深い人たちを笑う私も、兄弟などが位牌を複数作ると帰る所が分からなくなって困るとか、そんな言説を鵜呑みにしていたことに反省。
「お母さんとしては、両方に帰れるように兄弟二人に祀って貰えたら本望だろうに」
そして迷信にすがりつく衆生を喝破する。
「家族が病気したり不幸があったりすると、その原因や責任を他人になすりつけたがるが、なすりつける相手が見当たらない時は、方角や家相や先祖やその他動物の霊にまでなすりつけようとする。それらのものこそいい面の皮というものである。」
お寺にいる以上、これぐらい精神的に余裕と活力をもって檀信徒と接したいものである。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『ことわざの論理』
- author: hourei
- 2007/10/13 17:49
長い間語り伝えられてきた英知は、生半可な知識よりずっと意義深いものだ。1979年に初版だったこの本が、30年近く経った今文庫化されて読んでも、古さを感じないのはそういうことわざの力によるものだろう。
夜目遠目傘の内(私の好きなことわざでもある)、三尺下がって師の影を踏まず、目くそ鼻くそを笑う……語呂がよくて覚えやすく、人の心理をしっかり描き、ときには生きる指針とさえなることわざ。その裏にある意味を読みやすい筆致で引っ張り出す。
桜切るバカ梅切らぬバカなんていうのは、園芸のコツぐらいにしか考えていなかったが、教育でもイデオロギーでも杓子定規はダメだという教えがある。
餅は乞食に焼かせろ、娘は棚に上げ嫁は掃きだめからもらえ、売り家と唐様で書く三代目、人の行く裏に道あり花の山など、ちょっと聞きなれないことわざも知ることができてお得。よく言ったものだとか、粋だねぇとかことわざを伝承してきた日本人に感心することしきり。
これだけ移り変わりの激しい現代、古人の知恵を生かすことなんてないのかなと思いきや、そんなことはないものである。時代や国を問わない普遍性が垣間見られたような気がした。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『般若心経は間違い?』
- author: hourei
- 2007/09/12 06:58
上座部仏教の伝統を受け継ぐスリランカ僧が、大乗仏典である般若心経の問題点を挙げ、上座部の短い経典から空や無常の意味を説明する書。
般若心経の問題点は以下の通り。全部が間違っているわけではないが、お経に必要な理論・実践・向上への躾のいずれも欠けているという。
・観世音菩薩の修行内容を舎利子がチェックしているのに、観世音菩薩が舎利子に教えてあげていると解説されることがある
・色即是空は正しいが、空即是色は論理的に間違い(逆は真ならず)であるばかりでなく空を実体視している
・「無○○」は空というあり方とは異なる虚無主義
・無常なので不生不滅・不増不減ではない
・四諦十二因縁や悟りを否定すれば修行の階梯がなくなる
・無意味な呪文(ギャーテー……)は釈尊も否定している
一方、パーリ経典で「空」は特別な位置づけをされず、無常、苦、病、腫れ物、槍、災い、疾、他人のもの、壊れるもの、無我と同列で論じられる。真理を発見し我執を離れるプロセスで、このうちどれか1つの単語に反応すればよいと。
「無○○」は「○○が存在しない」という虚無主義ではなく、「○○に固執するな」という解説もあるが、それも否定される。苦しんでいる人に苦しみに固執するなといっても、その苦しみは現に経験されているのだから。まず苦しみをあるものとして正面から見つめ、それを乗り越える道を模索していくのがお経の役割であるという。
続いて説かれるパーリ経典では、上座部仏教が、こんなにも論理的で、しかも慈悲も持ち合わせていることに感心する。
日本仏教の要ということでつい絶対視しがちな般若心経を相対化し、釈尊に立ち返ることも意義あることだと思った。目から鱗落ちまくり。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『なぜ仏教で人は救われるのか―超現代仏教論』
- author: hourei
- 2007/09/11 12:55
如来蔵思想研究で知られる仏教学者・高崎直道氏と、仏教を分かりやすく説くことにかけてはピカイチの仏教思想家・ひろさちや氏の対談集。
実はひろ氏が東大印哲の修士課程に入ったとき、高崎氏が助手だったというときからの交友で、本書もひろ氏が仏教学の定説や枠組みから自由に自説や展開し、それに高崎氏が仏教学の立場から真偽をコメントするというスタイルをとっている。
もっとも、ひろ氏の知識も高崎氏が及ばないくらい広範で、初期仏典のエピソードや西洋哲学との比較は非常に面白い。
全体的な流れはこうである。現代の日本仏教は葬祭を中心に展開しているが、その理論的な裏づけがない。そこで輪廻(場所・時間・原因)をどう捉えるかが重要になる。続いて輪廻からの解脱=成仏はどのようにしてなされるかを考え、最後に輪廻と解脱を分ける善悪に踏み込む。
解脱(成仏)した者はこの世間にい続けるのか、その外側に出ていくのか。無明とは知識の無なのか何かエネルギーのようなものなのか。本書で答えは示されていないが、仏教を哲学的に考えてみたい人にとってはヒントがたくさん詰まっている。
天台本覚論や批判仏教に対する2人の考えもほかでは読めないだろう。世間がいくら批判しようが、縁起の理法に従い「あなたはそのまんまでいいのだよ」と言えるという。ただし悪しき業論は出世間の教えを世間に過大適用している時点で否定される。批判仏教は、信と法の優先順位が問題だという。
2人の対談を読んで思うことは、哲学的な理論付けをするためには、答えを出すのに難しい難問が多数立ちはだかっているということだ。答えの出ない問いを問い続けるのは大切だが、それだけでは現代日本仏教がよって立つ根拠として説得力がない。本書はひとつの哲学・思想としては知的刺激に富んでいるが、仏教を宗教と捉えるとき、もっと別の面からも考える必要があると感じた。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『小さいおばけ』
- author: hourei
- 2007/09/06 12:10
このお話をもとにしたドイツのボードゲームが賞などを獲得していたので購入。児童書だが150ページくらいあるので、小学校中学年〜くらいかな?
今は博物館となった古いお城に何百年も住んでいる小さいおばけ。人を怖がらせるようなことはせず、毎日夜の0時から1時間だけ出てきてお城の中で遊んでいる。夜おばけなので、昼のことは全く知らなかったが、好奇心旺盛なおばけは昼の世界も見たいと思っていた。それがある日、ふとしたことからお昼に目が覚めてしまう。
おばけという得体の知れないものなのに、時計によって活動時間が決まっており、後半はその謎解きをしていくお話になっている。ドイツ人らしい、ロジカルさが印象に残った。
モノクロがかえって雰囲気をよくしているイラストも秀逸。ふくろうのシューフーのような友達が私もほしくなった。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『インド流!―マルカスが紹介するお釈迦さまの国』
- author: hourei
- 2007/09/06 11:29
旅行業・インド料理店・落語で日本に深くかかわるインド人が書いたインドの紹介本。さすが日本人が知りたいツボを心得ていて、宗教を切り口に簡潔にインド人の精神や論理を知ることができる。
・お釈迦様の托鉢は目を伏せて鉢を差し出すのは相手が誰でも受けるという一切平等の教え
・苦行の目的は前世を思い出すこと
・アヌローマ制(カーストで上位の男性と下位の女性の結婚は許される)も3〜4世紀前に禁じられた
・相手の側の視点を認めるのがインドの哲学。だから異教徒も認める
・輪廻があるからゆったり生きれる。「今回の人生でできなかったことは、来世でやりましょう。次の人生も、次の次の人生もあるのだから」
・来世にはお金も名誉も持っていけないので、人徳が重んじられる
・天国に行くには息子も娘も必要なので、産児制限は天国に行く権利を奪う
・幼児婚はイスラム勢力に暴行する前に子どもを結婚させて親が天国行きを予約するために生まれた
・善い人間とは家族(場合によっては国家・社会・会社)の一員として家族のために献身する人
・インドでは普通、先に謝ったほうが負けといわれるが、ホーリーに謝れば負けではない
・「ノープロブレム」は神様がたぶんそうしたのだから言う。神様が決めたのでうまくいったのだから、「ありがとう」も「ごめんなさい」もあまり言わない
ものによっては、インド人一般の考え方なのかマルカス氏独特の考え方なのか判然としかねるが、それでも日本人と違う発想で人生を見直してみるのもよい。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『大聖堂』
- author: hourei
- 2007/08/28 09:14
この小説をもとにしたドイツのボードゲームが面白かったので読んでみた。
原題で「大地の柱」つまり大聖堂を自分の手で建てたいと夢見る石工職人の物語。といってもあまり興味をもたなかったが、まず面白かったのがキリスト教界の動向である。
主役は石工職人だが、大聖堂を普請することになる修道院長も主役級で、その生い立ちから詳しく述べられている。その中で12世紀のキリスト教界がどんな様子だったかが分かる。
修道院長と司教の関係、修道士の生活ぶり、聖書の引用や解釈、そして世間と教会のつながりの強さ。仏教や日本のお寺と比べながら読み進めると意外な共通があったり、微妙な違いがあったりして面白い。
例えば修道士の鯨飲馬食は忌避されるが、ビールを水のように飲んだり、寒い日には熱いぶどう酒を飲んだりする。仏教だったら酒自体ご法度だからなぁ。
そんな教会物語だけでなく、涙なくしては読めない石工たちの放浪譚あり、ハラハラしながら一気に読んでしまう戦争の顛末あり、官能小説ばりの濡れ場ありと満載。まるで3つか4つの小説を一度に読み進めているようなボリュームである。
上巻はいいところで終わる。上巻を読み終わったら、中巻・下巻はもう一気。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『反社会学講座』
- author: hourei
- 2007/07/27 11:08
『つっこみ力』のマッツァリーノ氏による渾身の秀作が文庫版に。社会学を、個人的な偏見を都合のよい統計で理論化し、ありもしないものに警鐘を鳴らして食べていく「マッチポンプ」と茶化し、その虚構を検証する。
・凶悪少年犯罪が近年増えたというのは捏造
・パラサイトシングルは公平な社会に役立つ
・フリーターが日本経済を救う
・国の「ふれあい」施策は効果なし
・日本人の若者は欧米諸国よりよっぽど自立している
・読書をしても成績がよくなるわけではない
・夏だけ根室に首都移転すれば環境効果あり
・国の少子化対策は効果がないが、やらないと困る人がいる
・65歳で1億円の資産がある人には年金を辞退させよ
社会学者が言い出したのかどうか分からないが、もう十分に一般化している世間の通説がバッタバッタと切り倒されていくのは痛快。ですます調の文体も楽しい。
「ちょっと努力してタバコをやめて健康になろうとか、ちょっと努力してブサイクな女房と子供を作って少子化を防ごうとか、サラリーマンのみなさんがちょっと努力して夏場に背広を脱ぎ、地球温暖化とエネルギー資源の無駄遣いを防ごうだとか、思うのだけれど、実行できない。→落ち込む。→相田みつをの本を読む。→癒される。→その間にも地球環境や社会情勢は、刻一刻と悪化する……と、まあ、こうした負の連鎖反応により、世の中が悪くなるのです。」
「社会学者と心理学者がタッグを組めば、統計操作と深層心理を駆使して、どんな理論も思いのままに正当化できます。」
「仕事と家庭の両立なんてご立派なことをいいますが、実際には―人並み程度に仕事ができて、まずいけれど食えないことはない料理を作れて、洗濯機と掃除機の使い方は知ってます―なんて人がほとんどです。なんでもそこそこ、器用貧乏ってやつです。」
至言名言盛りだくさん。クスクス笑いながら読んだ。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『仏教と日本人』
- author: hourei
- 2007/07/22 20:20
インドから中国を経て日本に伝来した仏教が、独特の姿に変容した背景を、仏教が伝来する前からの民族的精神風土から読み解く。
境界を守護する「塞の神」に取って代わった地蔵、地獄が極楽とつながるあの世観、戒律より「聖」の役割を期待された僧侶、わざと醜い姿に作られた不動明王、女性神が転化した観音、両者がお互いに歩み寄った神仏混淆、自然宗教を基礎とする葬式仏教。いずれも、仏教が日本民族の習俗にうまく乗っかる形で溶け込み、現在の日本文化を形成していることが民俗学・文献学から示されている。
斬新な分析ばかりで、これが仏教学的・民俗学的に裏付けられていることなのかという疑問はあるが(例えば五来重の説)、典拠もきちんと示されており納得できる点も多い。「こういう説もある」というかたちで身につく知識多数。
日本の僧侶に対して肉食妻帯が鷹揚なのは、司祭者が祭りのときだけ苦行や精進潔斎を行って、それ以外は普段の暮らしでもよいという神意識に共通するのではないかという。そういう使い分けは確かになされているだろう。大乗とか専修念仏という仏教的な考えは後付けかもしれない。
しかしそれが進みすぎれば僧侶が僧侶たる所以まで失いかねない。
「肉食妻帯や有髪など、俗人と変わらない生活形態を公然と採用しながら、俗的生活と違う、僧侶たらしい生き方を模索する努力を失念しているということだ。」
葬式仏教の主眼を、死者のタマシイを「ご先祖」祖先の霊の集合体にまで昇華させるとした点は秀逸。仏教の教義はほんの飾りでしかないといわれると悲しいが、実際そんなところなのだろう。
著者は仏教の本来の立場を生きている人間の課題に応えること、在家主義を実践することとし、葬式仏教の崩壊を歓迎しつつも、死者を差別せず平等なものとして成仏を願い、安心を与えてきた仏教の恩恵にも銘記を促している。祟り、天罰、報いといった前近代的な思考を離れるのに、仏教の役割は重要だ。
日本人が仏教から学んできた慈悲と、それにすがりすぎて生まれた精神的横着さ。もっと世間と緊張感をもって接し、世間に流されない仏教だけの価値を固めていきたいと思った。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『反「道徳」教育論』
- author: hourei
- 2007/07/18 09:41
「人に迷惑かけてない」という理由で正当化される電車内での化粧や雄言不実行、「価値の多様性」「人間らしさ」「生命の尊重」というキレイゴト教育を一刀両断。「己の美学」をキーワードに自律的な道徳を提示する。
感動を求める立会い出産、かたちばかりのボランティア、先天的な障害が判明したときの中絶、臓器移植、機会と結果を混同した平等主義、内容が吟味されていない教育勅語、子どもに苦しい選択を強いる夫婦別姓、トリックだらけの死刑廃止論と、具体的な問題に踏み込み考察を加えている。
「己の美学」に従うと(特にジェンダーについて)保守的になるのは必然なのか疑問であるが、親として「いじめられたら先生や親にすぐ相談しなさい」と教えるだけでなく「もしお前が友達をいじめたとして、そのいじめが原因でその子が自殺したとしたら、お前は必ず自分の命で償わねばならない」と付け加えるというような心構えは確かに必要なことだろうと思った。
夫婦別姓論者と死刑廃止論者に対して、その根拠をひとつひとつ崩していく反論が見もの。再反論の余地もありそうなので、議論の深まりに期待したい。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『爆笑問題×東大 東大の教養』
- author: hourei
- 2007/07/02 10:09
爆笑問題が東大教養学部に殴り込み。教養とは何かを教授連や学生たちと討論したのを収めたDVD。
太田光は人類のためなどと大上段に構えるエリート教育のあり方や、世間との接点を失った象牙の塔を鋭く批判。もっと「共通の言語」で語るべきだとする。学者を、山奥で気に入らない作品を割る陶芸家に喩えたのが印象に残った。
これらに対して小林康夫教授は、基礎(知識だけでなく学問的態度)があってはじめて自発的な意欲が湧いてくることを説き、まずはしっかりした基礎を身に付ける必要を訴える。そして最後は10代後半に出会った感動が学びの核であるということで一応意見の一致を見ている。
学問に対して真摯であることと、世間に対して開かれていることの両立は難しい。蛸壺と大衆迎合のどちらでも、健全な状態ではないだろう。
この討論では、「教養」こそがその両立を可能にするものだと位置づけられていたが、「教養はどのようにして役立つか」にばかり重点が置かれ、「どんな教養が役に立つか」が触れられていないので片手落ちに感じた。
とはいえ、歯に衣着せぬ太田光の発言は鋭く、インテリぶったくらいの人間ではとても太刀打ちできない力がある。ところどころに笑いつつ、大きな刺激を受けた。
学問は本だけではない。多くの人と出逢い、さまざまなものの見方を学び、共通の言語で語ること。めまぐるしく価値観が変わっていく現代では、こうした態度がより大切になっていくのだろうと思う。
それにしても東大生、自信に満ち溢れているなぁ。私も見習いたい。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『わかりあう対話10のルール』
- author: hourei
- 2007/06/23 16:41
とかくかみ合わない対話を、ディベートの方法論などを応用して解消するヒント集。3部構成で、基礎編では「論証」のイロハを学び、応用編では10のルールを提示しながらこじれた対話を整理、実践編では3つのダメな対話の修復を試みる。
解決の要点は、まず論点を明確にすること、その論点について経験的事実に基づいた根拠を述べること、その根拠から結論を導く論拠に注意すること(これが結構難しい)である。「10のルール」も、この要点を敷衍したものだが、ここでグライス流の寛容と協調の原理を導入するところが新しい。
寛容の原理とは、揚げ足取りをせずに相手の言いたいことを聞き手も力を合わせて再構成しようとすることである。「あなたの言いたいことは〜ということですか?」「あなたの意見の背景には〜という考えがあるのではないでしょうか?」など。
協調の原理とは、逆に話し手が必要な情報を提供し、証拠のないこと・関係のないことは言わず、あいまいさを避け、相手の発言に応答することをいう。いわゆる会話の格率である。
この2つは、無条件に相手に同調するということでは決してなく、あくまで対話のスタートラインに立つためのものである。その上で対立や問題の解決をしていかなくてはならない。
「10のルール」のうち、この2つの原理に関係するのは「2.相手の主張に対して、直接的、局所的に反応しないように心がける。」と「3.相手の主張には何らかの背景があることを想定し、なぜ、そう主張するかについての質問をしてみる。」「8.より信頼できる根拠を互いに提示するように心がける。」この3つだけでも意識すればこじれた対話も改善するだろう。敵対的になってはダメだ。
しかし実践編の3番目、夫婦喧嘩を修復するのはどうも成功した感じがしない。
[再構成案](p.197)
妻「自分で使ったお皿は台所の流しまでは自分でもって行ってね」と私が頼んだら、「わかった。そうするよ」と応えて終了する話じゃない。なぜ、素直な言い方ができないの。
夫 最初に僕が「はい、そうするよ」と従順に応えなかったから、君は僕に腹を立てたわけだ。
妻 だって、その言い方って感じがわるいでしょ。
夫 まあ、そうだね。
妻 でも、あのとき、あなたは、気持ちに余裕がなかったのね。だから、そんな当たり前の提案に「そうするよ」と答えられなかったのね。
夫 余裕を持って聴けば受け入れられる提案だったね。
この夫婦こわい〜(笑)。犬も食わぬ夫婦喧嘩、何をしても無駄だということを著者は示したかったのではないだろうか。
それはさておき、やや論文調で読みにくいけれども、前著『議論のレッスン』を新たな視点で発展させていて興味深く読めた。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)
『日本人の死者の書―往生要集の〈あの世〉と〈この世〉』
- author: hourei
- 2007/06/21 16:53
人生の節目が希薄になり、死生観が貧困化している今、源信の『往生要集』をひもといて古来日本人がもってきたあの世の感覚とこの世の生き方をもう一度みつめなおそうという本。
比叡山僧だった源信の生涯や藤原全盛だった当時の社会情勢から始まり、『往生要集』の10章を1つずつ平易な言葉で解説。さらにこの後に広まった地蔵信仰と賽の河原の話、さらに宮沢賢治と「千の風になって」まで、古今の死生観を見事に描写している。
かつては地獄・餓鬼・畜生・修羅の世界が克明に語られ、日本人の倫理観に影響を与えていたが、それもひとつの物語と化し、まともに信じている人は少なくなったような気がする。しかし地獄の残酷な記述を改めて読み直してみるとものすごいインパクト。こういう恫喝がたとえ方便としてであってもよいのかどうか分からないが、謙虚になろうと思わせるのに十分である。
しかし著者はとかく強調されがちな「厭離穢土」の章が『往生要集』の眼目ではないとする。何かの幸運でこの人の世に生まれたわずかな間に浄土=解脱を志さなくてはならない。
「当に知るべし、苦海を離れて浄土に往生すべきはただ今生にあることを。」
浄土思想というと現世否定かと思っていたが、今を自覚的に生きることが大切だという教えに感心した。
あとがきのダライラマの講演会の質疑応答で、「わたしに光を放ってください。会場のみなさんも法王のオーラを浴びましょう」といった人に、ダライラマが「そんな光は放てません。わたしは普通の人間です」と答えたという。迷信やカルトを離れつつ、来世を信じるというのは強靭な精神と厚い信仰の両方が要求されるのだ。そのための、よき道しるべを頂いたと思う。
- ">Book
- | Comments (0)
- | Trackbacks (0)