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新宿の町裏ライブハウスで飲んだくれているパンクロッカーのマナブ。酒とドラッグとケンカとゲロしか知らず、「ファッキン」を連呼する彼が、究極のパンクロックを求めて釈尊や祖師方を遍歴するという物語。

登場するのは釈尊、龍樹、玄奘三蔵、最澄、法然と日蓮、栄西と道元。これでインドから日本に至る仏教史、初期仏教から禅に至る仏教思想が網羅されているだけでなく、パンクロック調にぶっちゃけた解説が面白い。

釈尊の教えを「無常だからどうでもいい」、悟りを「全体ドカーン」、龍樹の説を「どうでもいいと思うことさえどうでもいい」と説き、説明の難しい唯識、一念義、悪人正機をさらりと説いてみせる腕前は見事。

「ミラクルパワー頼み」の大乗仏教が、ヒンドゥー化によってインドで仏教が滅亡した一因とになったり、呪術で日本での辛気臭いイメージにつながったりしているという指摘や、法然・日蓮の信仰第一主義が、当時は仏教を庶民のものとすることに成功したものの、現代においてはリアリティを失い、かえって庶民から遠いものになっているという見解は鋭い。

仏教は、どんな態度で臨んでも面白く深いというのは私もその通りだと思う。高尚ぶってマジックワードを並べるだけでは、悩める人の心に届かない。ぶっちゃけられないというのは、実は自分自身がきちんと理解していないのである。そんなことを考えさせられる書だった。(ぶっちゃけた法話をするのも、なかなか勇気がいるものだが。)

位牌には神道の霊代を起源とする説と、儒教の神主を起源とする説がある。本書では、択一ではなく習合したものと捉え、儒教、道教、仏教の葬儀を丁寧に分析し、根底に潜む中国人と日本人の死生観を比較しながら、現代に通じる要素を抽出している。

日本で広く行われている葬儀の形式は、禅宗の葬儀によるところが大きく、禅宗の葬儀は、インド仏教よりも儒教と道教の影響を色濃く受けていることが分かる。その骨格は、すでに儒教で五経に数えられる『儀礼(礼経)』(前3世紀)でできあがっていた。位牌の起源以上に、葬儀の起源が面白い。

現在、三十五日を小練忌、四十九日を大練忌というが、練はもともと斂であり、遺体に葬衣を着せる儀式だった。亡くなって2日目が小斂、3日目が大斂。現在百ヶ日である卒哭は、神霊をやすらかにする祭の後に行われるもので、ここから凶礼が吉礼に転じる。泣くのは随時ではなく朝夕のみになるという。

授戒は、道教の上章(冥界の役人に救いを求める請願)、引導は道教の打城(死者の霊魂を助けるために地獄の城を打ち破る)に通じる。お盆のもとになった中元は、地官に懺悔して謝罪してもらう儀式だった。換骨奪胎ともいうべき類似性があった。日本人にも根強く残っている「親の因果が子に報い」や「先祖の祟り」、「葬式をちゃんと出さないと成仏できない」という発想は、道教に由来するもののようだ。

インド仏教で葬儀のときに読まれた『無常経』に加えられた「臨終方訣」(在家者が臨終時に仏の名を唱え懺悔して受戒させる)、亡くなってからの受戒を説く『梵網経』、亡くなった人の霊魂が墓にいるのかいないのかという問答を収録する『灌頂経』は、全て中国で編纂された「疑経」である。仏式の葬儀の基本構造は、儒教や道教由来のものだと認めざるを得ない。

孝とは、亡くなった先祖への祭祀であり、生きている父母は現世の先祖であるという中国の発想は、日本人が逆である。何百年も前から、日常祀られるのはせいぜい三代先までだった。血筋にもさほどこだわらない。位牌もお墓も永続的なものではなく、日本に伝わって、再びインド仏教に回帰した感がある。「どこからか見守ってくれている。そしていつかは忘れ去られていく。」

日本仏教のひな形は一足飛びでインド(初期仏教)に目を向けることが多いため、中国での儀礼と思想と詳細に比較してみるのは新鮮だった。

学生時代、ドビュッシーやプーランクのフランス音楽にどっぷりとはまっていた。ベートーヴェンやブラームスなど、ドイツ音楽の重厚さには付いていけず、軽やかなメロディと淡いハーモニーが心地よかったのである。

「これでーいいのだー♪」という歌がサントリーのCMやラジオでときどき流れて、すごく気になっていたが、テレビで来日したニュースをもとに歌手が分かって購入。ちょうどフランス語を勉強しているのでリスニングもかねて。ボーナストラックがある盤とない盤があるので注意が必要だ。

うる星やつら、キャッツアイ、タッチ、サザエさん、ドラえもん、ちびまる子ちゃんなどおなじみの曲ばかりだが、歌詞がフランス語(一部英語)になってパーカッションがボサノバになっただけでまるで違う音楽に聞こえる。カーオーディオで流して田園の中を走れば、まるで南仏をドライブしているかのよう。

特に気に入っているのはアンニュイなサクソフォンの間奏が流れる「とんちんかんちん一休さん」と、「ゲ」の2つ目が下がるゲゲゲの鬼太郎で、よく聴いている。「元祖天才バカボンの春」はオリジナルからしてずいぶん物悲しい曲だと思っていたが、さらにしみじみとしていて、もののあはれを感じさせる。

仏陀の伝記は、北伝と南伝で異なる点が多々あり、北伝に属する日本人が知らないエピソードも多い。スリランカ僧であるスマナサーラ師が、初期仏典であるパーリ仏典と律蔵、およびその注釈書をもとに、新たな仏陀像を描く。

  • 釈尊が過去世で励んだ修行(波羅蜜)は10あり、大乗の六波羅蜜のほかに離欲、真理、誓願、無執着がある。六波羅蜜では最高とされる智慧=般若は4番目に位置し、絶対視されていない。
  • マーヤー夫人が釈尊を産んで7日目で亡くなったのは、子宮を聖なるものとする(=以降、子供が宿ることができない)という、降誕のための条件だった。
  • 「天上天下唯我独尊」は、パーリ語で「私は世界の第一人者である、私は世界の最年長者である、私は世界の最勝者である。」ということばに対応し、さらに「これは最後の生まれである、もはや二度と生存はない。」という部分が付く。これは「人は誰しも尊いものである」ということを言っているのではなく、釈尊が生きとし生けるもののトップランナーとしてに人類の苦しみを解決して下さることを述べている。
  • パーリ伝承では、降誕も成道も入滅も2月15日。一緒なのは教学的には苦しみを滅するという共通の意味合いがあるからではないか。
  • 釈尊の子供ラーフラは「邪魔」ではなく「龍」という意味の名前。誕生の日に釈尊は「ラーフラが生まれた、義務が生じた」といって出家するが、「ラーフラが生まれたのでしがらみが増えた」という意味ではなく、「ラーフラが生まれたので、家長としての責任は果たし、これ以後は生きとし生けるものを救う修行に専念しなければならない」と取るべき。残されたラーフラはヤソーダラー妃が立派に育てた(北伝では悪妻と描かれる)。
  • 王舎城で集団出家が起こり、釈尊は「親を子なき状態にし、妻を寡婦にさせ、家計を断絶させる」との非難があったことから、16歳以上で両親の許可を得た者、王の家臣・借財のある者・指名手配者を除くなど細かい条件が課されることになり、最終的には10人以上の比丘で審査し、10年以上和尚のもとで修行することなどが定められた。
  • アーナンダが釈尊から侍者を頼まれたとき、接待には必ず釈尊が加わること、面会の可否は釈尊ではなくアーナンダが決めることなどの条件を設けた。
  • アーナンダは釈尊のアドバイスに合わせて袈裟をデザインしているが、田んぼの形にしたのは釈迦族の稲作文化で、自然に対する感謝の気持ちが表されている。
  • アーナンダが、プライドや怒りといった煩悩をうまく使って成功する道を説いた。ほかの比丘に負けたくないという気持ち、自分の情けなさ、だらしなさ、未熟さへの怒りが修行を推進する。ただし性欲だけは人格向上に役立たないとして否定した。
  • 釈尊が臨終間際に説いた「法の鏡」の教え。仏法僧に揺るがぬ信頼を備え、五戒を守っているかどうかによって、釈尊亡き後も自分で悟りの境地を判断できるようにした。
  • 釈尊の有名な遺言である「自灯明」とは、自分の主観や思考にしがみついて生きることではなく、自己観察(四念処の実践)をしてほんとうの自由を得ること、「法灯明」とは仏陀の教えを理解することで、自灯明と同義語である。
  • 悪魔が釈尊に対し涅槃に入るよう懇願したのは、仏陀が涅槃に入っても仏教は無事に世に広まるだろうという悪魔の敗北宣言だった。
  • 釈尊亡き後に真の仏法を見分ける方法として説かれた四大教法。釈尊から直接聞いたといっても、僧団・長老たち・ひとりの長老から教えられたといっても、経と律に照らし合わせて合致しなければ捨てなければならない。
  • 釈尊の死因となった料理を出したチュンダに対し、釈尊はチュンダが後悔しないよう、スジャーターの乳粥と同じ功徳があったことを説いた。
  • 釈迦国に侵攻したコーサラ王ヴィドゥーダバに対し、「大王よ、親族の葉陰は涼しいのです」と釈尊は3度にわたって引き返させていた。4度目にあたって、釈迦族の過去の業を察し、皆殺しになることを覚悟した。最初からわれ関せずだったのではない。

北伝は釈尊入滅後400年も経って起こった大乗仏教によるものである上に、日本人は漢訳というステップを間に挟んでおり、伝承されている釈尊の一代記は不十分である可能性が高い。かといって南伝が全て正しいとも言い切れないだろうが、両者を比較してみたとき、新しい釈尊像が得られる。

日本でも初期仏教は盛んに研究されてきたはずだが、こういった釈尊像が提示されてこなかったのは、伝統への遠慮があるためであろうか。初期仏教専門の研究者は、スマナサーラ長老や、初期仏教が専門ではない宮元啓一氏の描く仏陀像を検証して、もっと積極的に発信してほしい。

朝日新聞で連載されていた「ニッポン人脈記・弔い 縁ありて」をもとに、記者が全面書き下ろした現代葬儀事情。出来事よりも人を中心にして構成されているのが特徴である。情報が充実しているだけでなく、考察も深い。

本書は新聞記事をベースにした第一部と、15年前の「弔いの場で ルポ・お葬式の祭壇裏」という記事を現代を比較する第二部からなる。第一部では、遺品整理業、桜葬、散骨、生前葬、エンバーミング、エンゼルメイク、納棺師、手元供養、火葬場、葬祭ディレクター制度の10トピックが取り上げられ、第二部では無縁化する社会での葬儀の変化を見る。

注目したいのは葬儀にもエコの動きが見られること。葬送の生前契約の先駆者である「りすシステム」の松島如戒氏が新たに設立したNPO「エコ人権葬推進機構」では、カーボンオフセットを参考に、火葬などで排出される二酸化炭素量を算出し、葬儀の代金に上乗せして植林などの環境保全に役立てるという。また、ウィルライフという会社は、使う木材が少なく燃焼時間が短い棺「エコフィン・ノア」を販売し、1つ売れるごとにモンゴルに10本のアカマツを植林している。これを聞いて近くの葬儀社に問い合わせたところ、仕入れられるという話だったので、うちで何かあったらお願いすることにしている。

とかく葬儀が費用の話になってしまうことを、著者は諌めている。葬儀の価値というものは「葬儀の原点」の有無で決まる。故人を悼み弔う場、故人の人生を振り返る場、遺族が悲しみに浸る場、悲しみからの回復や故人を軸とした人間関係の再構築を始める場、死者の供養の場が、葬儀で満たされたか。

Aさんの葬儀では100万円だったのが、同じ葬儀の内容(というものがあるとしてだが)で、Bさんは80万円だったら、Bさんの遺族は「安くできた」と喜び、Aさんの遺族は「失敗した」と感じるべきなのだろうか。家電製品を買う基準と葬儀は同列の論じ方ができるのか、するべきなのだろうか。

昨年、イオンがお布施の目安を公表したことに、仏教界が反発して削除されるということにも触れられている。寺離れという実態と「本来あるべき姿」のギャップを埋めることが先決である。檀家さんとよく会い、よく話しておくということが、お布施云々よりも大切な「本来あるべき姿」なのだろう。一期一会、もう会えないかもしれないという気持ちで接すると、どんな檀家さんも愛おしくなってくる。

私は、お寺は葬式仏教でいいじゃないか、と思っている。むしろ葬式、人の死という、人生のこれ以上はない一大事に関与できることを、僧侶には誇りに感じてほしい。まさに釈迦に説法だが、葬儀の意義はそれほど深く重い。葬儀の日のためでいい。菩提寺は檀家との日常的なコミュニケーションをとる。戒名をつけるに際し、「ああ、あの人はこんな人だった。だから」とスラスラと戒名を思いつくほどの関係を、日頃から意識してほしい。それは自ずと、寺と人々との関係を近しいものに変えていく。

最後に、「面倒や迷惑をかけないよう、葬儀は身内で」という高齢者が増えていることに著者は寂しさを感じるという。思いやりからだとしても、自ら絆を希薄化したり、否定したりするような印象を受けるからである。同じことは私も感じていて、迷惑をかけあって生きれば、もっと肩の力を抜くことができるんじゃないかと思う。

地域に、行政に、知人に声をあげ、助けを求め、多少の「迷惑」をかければいいじゃないかと私は思う。人と人がつながれば、お互いに多少の迷惑をかけあうのは当たり前のことだろう。そんなことさえ許さない雰囲気の社会になっているのだろうか。社会の絆を取り戻すとは、人は一人では生きられない、多少の迷惑をかけたっていいんだという、「当たり前」なことを再確認するところから始まるように思う。

葬儀という窓を通して、死生観や現代社会が見えてくる。本書では触れられなかった「戒名は必要なのか」「仏式で葬儀をする必要があるのか」といった仏教の問題についても、伝統的な教義と現代の様相を合わせて考えていきたいと思う。

アルボムッレ・スマナサーラ師が、パーリ語の経典を録音した2枚組CDブック。日本語の『慈悲の瞑想』も収録されている。本にはパーリ語の読み方をカタカナで記し、日本語訳を掲載する。

経典は日本でいう三帰依文、三帰礼文、懺悔文、如来十号をはじめ、戒律や十二支因縁を説くものもあって、仏教の基本的な教えがまとめられている。これをテーラワーダ仏教の伝統的な節で読む。

その節は荘厳に満ちており、声明や御詠歌にも通底するものがあって興味深い。仏陀の滅後すぐに仏典結集が行われた七葉窟でも、2500年前もこのような響きが流れていたのだろうかと遠い昔に思いを馳せた。

日常読誦ということなので、短いお経の節を真似してみているところである。いくつか空で唱えられるようになりたい。

過去を追いゆくことなく また未来を願いゆくことなし
過去はすでに過ぎ去りしもの 未来は未だ来ぬものゆえに
現に存在している現象を その場その場で観察し
揺らぐことなく動じることなく 智者はそを修するがよい
今日こそ努め励むべきなり 誰が明日の死を知ろう
されば死の大軍に 我ら煩うことなし
昼夜怠ることなく かように住み、励む
こはまさに「日々是好日」と 寂静者なる牟尼は説く
(「日々是好日」経)

部屋に皇室カレンダーの切り抜きを貼ったり、オリジナル皇室メンバーを考えたりしている8歳の長女が、本屋に行くたび立ち読みしていたのに根負けして購入。

右翼の本かと思いきや、「皇室はこうあるべき」といってバッシングに走る人たちも批判したり、かと思えば天皇の言葉に反してでも伝統を守ろうとしたり、思考停止に陥らずに論を進めており、毎日1章ずつ、ついに最後まで読んだ。漫画だが、字が多いので読むのに時間がかかる。

一貫した主張は「天皇は権力をもたない祭祀王である。」古来より神聖にして犯すべからざる存在だったがゆえに、いつの世も権力者の傘になってきたが、実際に天皇自身が権力をもつことはなかった。しかしいつの世も、日本国民の幸せを祈り続けてきた稀有な存在である。

曹洞宗の両祖は「承陽大師」と「常済大師」という大師号があるが、いずれも生前に贈られたものではなく、死後600年も経って明治天皇から贈られたものである。これに対して「祖師は名利を求める方ではなかった」という意見から返上しようという動きがある。また、かつてはどのお寺でも今上天皇の位牌が祀られ、朝のお勤めでは天皇の寿命がのびるようにと祈祷されていたが、現在ではこの祈祷文が削除されている。いずれも戦争に加担した反省から、天皇中心の国家観および世界観を見直すということららしい。

しかし、天皇が権力をもたない祭祀王であったとすれば、この理屈は成り立たなくなる。むしろ国土安穏、万邦和楽、檀信徒の福寿長久、海衆安祥など、お寺で毎朝祈っていることは、天皇の祈りと相通ずるのではないか。問題は「皇恩に報い奉らん」といって戦争に檀信徒を送り込んだ僧侶や、当時の政府・教育者であって、天皇に責任転嫁しても反省したことにはならない。

私自身、皇室は「触らぬ神に祟りなし」でずっと無関心だった。この本を読んだだけで崇拝する気にはなれないが、今上天皇が世界の平和の祈りを捧げる姿に、宗教者として深い尊敬の念を覚える。天皇について、右だの左だの面倒なことをいわずに話ができるといいのだが。

長女はこの本を読んでから、よく皇室クイズをしてくるようになった。この本を読み終わっても相変わらず全問不正解である。

私が子供のころから地元で活躍してきたフォークソンググループ「影法師」(http://www.kageboushi.jp/)が結成35年ということでベストアルバム付きの本を出版した。

農家の反骨精神を方言にのせて歌うのが好きで、アルバムを時々買っていたが、『今日もあの娘は長井線』から『白河以北一山百文』まで入ったベストアルバムは嬉しい。

というわけで早速、車でずっと聴いているが、日本の農政を歯に衣着せず批判する歌から、地元の美しい景色を愛する歌、ノスタルジックな思いがいっぱい詰まった歌、はたまたコミックソングまで、バラエティに富んでいて面白い。『コメのコメ』など聴いていると、ごはんが無性に食べたくなってくるから不思議だ。

長男が歌詞を覚えて、家で口ずさんでいる。「♪あーできることーならー、できるものならー、コイツにー米はー食わせたくなーい」(ある農業青年の主張)

通販はタス物産館にて。

【収録曲】
1.20年目の少年少女へ
2.わが街より
3.この街が好きさ
4.今日もあの娘は長井線
5.さよちゃん
6.ある農業青年の主張
7.農家に嫁いで
8.15年目の農家の嫁
9.葉山参道
10.白河以北一山百文
11.ヤポネシア・ギッタレ国
12.怒りの百姓
13.余目の亀治さへ
14.コメのコメ
15.つらい時代
16.ジャイアンとスネオ
17.百姓挽歌
18.ヤマザキ米粉のパンを焼け!
19.美しい村

2007年に発売された『お坊さんが困る仏教の話』の続編。前著はお寺の歴史や日本人の宗教観を分かりやすくまとめたものだったが、今度はさらに一歩踏み込んで、現代のお寺が抱える問題を説く。

現代のお寺が抱える問題として本書で挙げられているのは後継者不足による空き寺化と、本山(教団)への多額の上納金、葬儀の寺離れである。

空き寺化は、高齢化、結婚難、少子化によって引き起こされている。近くのお寺の住職が掛け持ちすることになるが、もう後任者を探すこともなく、「お坊さんが居ない方が、金がかからなくて助かる」という総代もいる。またこれに関連して、貧乏寺と金持ち寺の格差も広がっている。採算分岐点の檀家400戸を下回るお寺(うちもそうだ)は、お寺の維持のために副業も考えなくてはならない。

さらにお寺の重要な収入源である葬儀が、本堂ではなくホール葬になったり、直葬・自由葬が広がったりするなどお寺を必要としなくなりつつある。東京で菩提寺をもたず、いざとなってからお寺を探す人たちを「お寺難民」は、葬儀社が紹介する嘱託のお坊さんを頼んだり、テレビのチャンネルを変える気安さでお寺を選ぶ。

本山(教団)への上納金は、小さな寺で年間十万単位、標準的な寺になると百万単位になるという。さらに僧階による賦課金、大遠忌や本山の修復など何十億円の事業に臨時の負担がある。これがお布施に反映される。こうした多額のお金が社会に還元されているとは言いがたい。宗派を超えて集めて、ホスピス病院を建ててはどうかと提案した松長有慶・真言宗管長が紹介されている。

著者は伝統教団の中からルターのような改革者が出てくること、宗派を超えて住職の再研修を行うこと、檀家制度をやめて会費制・加入退会自由の護持会システムに代えること、尼僧の結婚を男性僧侶並みに一般的にすることなどを提案する。

このようなお寺を取り巻く状況は1,2年といわずどんどん厳しくなっており、私も強い危機感を持っている。帯の「檀家さんの我慢は、もはや限界寸前。」というのは肝が冷えるが、それ以上に、こうした危機的な状況を知らない檀家さんが多いだろうことを危惧する。檀家さんとこうした問題意識を共有しつつ、宗派やお寺の規模などの壁を乗り越えて協力できることを模索していきたい。

『坊主DAYS』

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臨済宗の住職を兄に持つ著者が、兄の修行時代をマンガに描き起こした本。建前と本音、表と裏のギャップに笑いつつも、伝統的な仏教の修行は絶対譲れない部分がある。

類書に『ファンシィダンス』があるが、ストーリーはなく、仏教の解説やツッコミを加えながら楽しく伝える。

曹洞宗は無想禅ということもあって禅問答は形式的なものになっているが、臨済宗は厳しい。1700もの公案を全部クリアして初めて印可がもらえるのだとか。

薪割りはしなかったけれど、修行僧だったころを懐かしく思い出しながら読んだ。

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