毎日夜なべ
- author: hourei
- 2009/06/10 22:37
長女が朝7時半に登校するので、20時半に就寝して6時に起きるという早寝早起きになったのだが、ここ数日夜なべの日々。ホームページの更新ならいいのだが、仕事がらみである。
今夜は、来週行われる法戦式(禅問答の儀式)の台本の和訳。テーマは『従容録』から第四則「世尊指地」。お釈迦様が地面を指差して「ここにお寺を建てろ」といったら、インドラが来て草を一本立てて「はい建てました」と言った話である。中国の禅僧の考えることはついていけない。
昨夜は、今朝行われた講演会のレジュメ作成。倫理法人会という社長さんの集まりで、職業倫理がテーマだったので、『ヒトーパデーシャ』から私の好きな「洗濯屋の犬と驢馬の話」、そして『バガヴァッドギーター』から鈴木正三の職分仏行説へ。身分制度を固定する恐れについてはよくよく注意を払う。
その前の夜は、再来週にある講演会のレジュメ作成。資料提出日を翌日に控えてようやく着手する。地区の老人会向けで、葬儀費用の推移から見えてくる地域葬の崩壊を切り口に、四諦・八正道・十二因縁につなげるというダイナミックな展開。十二因縁を分かりやすく説明するのは至難の業で、お釈迦様もいったん諦めたのがよく分かる。
その前の夜は、翌日の御詠歌関係の総会資料作成。活動報告・計画、名簿など。途中で紙もインクもなくなったときは青ざめたが、結局朝にコンビニコピーで調達した。
その前の夜は……ゲーム会でした(笑)。遊んでいるから全部前夜の夜なべになるわけだが、これは中学生の1学期の中間テスト以来20年以上続いていることなので直せそうにない。
さすがに明日は何もなさそうなので、ゆっくりできるだろうか。
気になるのは、パソコンの後ろで長男がずっと起きていること。長女は早々に寝てしまうが、保育園で昼寝をしている長男はぜんぜん眠くないらしい。父の仮面ライダーファイルをずっと読んでいる。微妙なプレッシャーなのでもう寝よう。
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家庭訪問
- author: hourei
- 2009/05/13 00:46
月曜日は長女の担任の先生が家庭訪問にいらした。ぎりぎりまで用事があり、先生より遅れて帰宅。妻と長女が応対し、母がお茶を出す。
先生は優しい方で笑顔でお話されているのに、私は妙に緊張。自分が小中学生の頃、月1回は何かやらかして(友達を殴ったとか、ガラスを割ったとか、スカートめくりとか、ファミコンのカセットを有料で貸し借りとか)さんざん叱られていたので、家庭訪問というとそんな悪事の数々を親の前で暴露されるのではないかとびくびくしていた。それがいまだに尾を引いているようだ。
身に覚えがないけど、言われてみれば確かにというような件で誰かに怒られるのではないかという感覚は、今回に限らず、私の基層にずっとある。父親がいないというのも関係しているのかもしれない。それに実際、お寺関係や趣味関係でいまだに怒られることもあって、なかなか克服できていない。こういう感覚は普通なのだろうか。
ひきつった笑顔の父の横で、先生に向かって得意気にいろんなことをしゃべる長女。先生によれば、全く問題ないとのことで、たくさん褒めて頂いた。これは時代の流れか、この子が優等生なだけか。
先生がお帰りになるときは、「これからもどうぞよろしくお願いいたします」と床に手をついてご挨拶申し上げた。まるで自分をもう怒らないでと嘆願しているかのように。
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長井線で小旅行
- author: hourei
- 2009/05/04 12:48
休日なのに珍しく法事がなかった本日。母校の吹奏楽の定期演奏会でも行こうかと思っていたら訃報が入る。入棺は夕方なので米沢まで行くのは無理。
悔しいから夕方の入棺まで家族で小旅行だ!ということで、長井駅まで車で行って長井線で荒砥駅まで。いつもは羽前成田駅で降りているので、その先は子供の頃以来かもしれない。
長井線は短い時間だったが、観光客がずいぶん乗っていた。小桑〜鮎貝間の緑のトンネル(今泉〜西大塚間並みの迫力)、四季の郷〜荒砥間の最上川にかかるイギリス鉄橋(当時日本には技術がなくてイギリス製を使ったとか)が見ものである。長男は窓にしがみついて立ちっぱなし。
荒砥駅から国道まで20分ほど歩いてホットモットで弁当を購入。さらにやまりできびだんごを買って、荒砥駅前で食べる。道中、子供たちはタンポポの綿毛とばしに夢中だった。
1時間半の滞在で上りの長井線に乗り、再び長井駅へ。駅前に再オープンした喫茶店「山の下」で休憩。子供たちは抹茶アイス、私はクランベリージュース、妻はマンゴージュース。隠れ家みたいな感じでよい。
それから親戚の家に寄って、藤川スタジオで撮ったばかりの写真のプリントを頼んで帰宅。入棺にはぎりぎりだった。
明日は朝から河川清掃、法事、出棺、法事、法事と夕方まで余裕がないので今日がこどもの日である。
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父子だけのお寺
- author: hourei
- 2009/04/28 01:29
妻が土曜日から里帰りし、母が観音参りで出かけたため、山形では初めて父子だけで過ごすことになった(祖母は老人ホームにショートステイ)。そんな日曜と月曜。
つくばではよくあるパターンだったが、山形では仕事がある上に、電話と来客がひっきりなし。子供がだいぶ大きくなったからまだましなものの、いつも駆け足しているようで、余裕がない。
日曜の朝は母を送り出してから、子供たちにご飯を食べさせ、片づけをして法事へ。長男がごはんつぶを撒き散らしながら歩き回ったのを一粒一粒拾ったりしているうちに時間ぎりぎり。子供たちを車に乗せ、コンビニでパンを買って、法事の家に塔婆を届けつつ遅れる連絡をして、車で10分ほどの在宅託児サービスに放り込む。
法事が終わって、その足で子供たちを迎えに行って帰宅。それからほどなく仲間が集まり、楽しみにしていた自宅ゲーム会である。 でもはじまってすぐにピンポーン。法事のお客さんの寺参りである。お茶をお出しして、2階の歓声を羨みながら、昨今のいろんなことをお話しする。
お客さんがお帰りになると、私の分は皆が代わりにやってくれていた。終盤のおいしいところを楽しませていただく。ちなみに子供たちは、隣の部屋で本を読んだり、好きなボードゲームを広げたり、ケンカしたりと、独自で遊んでいる。これがいつものパターン。
さらに夕方になると、仲間に留守番を頼み、子供たちにおやつを出して入棺に出発。ちょうど留守中にご寺院さんがいらして、仲間に応対して頂いた(ご寺院さんは妻の弟だと思ったという。ちょっと似てるかも)。
入棺を終えて、コンビニでお弁当を買って帰宅。子供たちはおやつを食べ散らかしていたので、慌てて掃除をして夕食。ほかに家族のいないリビングで、仲間と子供たちと共に平成教育委員会を見ながら楽しく頂く。食べきれないでいる鯉の甘露煮(※この辺の法事では必ず付く)やまんじゅうを食べてもらえてよかった。
仲間は皆さん120kmくらい離れたところからお越しなので、早めの8時半解散。それから食事の片づけをして2階に行くと、子供部屋を見てあまりの散乱ぶりにびっくり仰天する。床にびっしりと、ゲームのコマが散乱しているのだ。ボードゲームは紛失が命取り。気が狂いそうになりながら片付けをする。
ようやく終わって、さっき片付けたばかりのリビングに行くと、またもや散乱ぶりにぶち切れ。長男が棚や脱衣所からいろんなものを出してきて一列に並べているのであった。長女は涼しい顔でテレビを見ている。思わず長男を怒鳴りつけると泣いておもらし。また仕事が増える……。
お風呂場では子供たちの体を洗いながら、明日に向けて髪を剃る。細かい髪の毛がいっぱい入った洗面器に、長男がハブラシをつっこむ。おえぇ〜。風呂上りは速攻で寝た。
さて月曜日。今朝は早く起きてお葬式の書き物。でもそのうち「パパー!パパー!」と泣く長男に中断を余儀なくされる。仏様にご飯やお茶を上げてお経を読んだり、子供にご飯を出したりしているうちに、保育園のバスが来る時間。出かけようとすると「JAの集金でーす!」お金を取りに行くと今度は電話。軽くパニックになった。
頼んであった留守番の方がその頃いらしたので長男を送り出してもらい、ようやく私も朝食を食べられた。お葬式の書き物を何とか仕上げて出発。午前10時から1件目、午後1時から2件目。1件目の葬儀が長引き、お昼は2件目が始まる前のおにぎりのみ。
長男を迎えに行って帰宅したら、もう祖母が帰ってきていて、ほどなく母も帰ってきた。ほっと一安心。葬儀の寺参りを応対して夕食となった。子供を風呂に入れて、疲れ果てて一緒に寝てしまい、22時からスカイプ会議に寝坊。
ここまで駆け足できたが、明日と明後日は久しぶりに何もない(あくまで「今のところ」だが)。妻と赤ちゃんが帰ってくるのは30日。父子だけのお寺にはどうしても無理があるが、子供たちは元気でよい。
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忘れ物家族
- author: hourei
- 2009/04/24 22:45
4月から入学・入園した長女と長男だが、毎日元気に通っている。
長女は朝6時に起きて、NHK教育のテレビ体操を祖母と一緒にやり、英語講座と「シャキーン!」を見ながらご飯を食べて7時30分に出発。そのころのっそりと起きてくる長男はのんびりご飯を食べて、8時55分にバスのお迎えが来る。タイムラグありすぎ。2ヶ月の次女はその間うつらうつら。
忘れ物の多い我が家。長女も早速始まった。教科書、移動図書館のバッグ、空弁当……。慌てて届けに行ったり、その日はあきらめてもらったり。
今日は空弁当を忘れたことに後で気がついて、お葬式に行く前に学校まで届けに行った。衣姿だと、いくら低姿勢でも先生方を恐縮させてしまう。職員室の扉を開けるときは必ず「失礼します」という癖がいまだに抜けないが、それはそれでいいのだろうか。
葬儀の会場に着いたのは開式15分前。カバンを開けると「あれ、袈裟がない!」ちゃんと前の晩にカバンにしまっておいたのに……お寺に戻っている時間もないので、伴僧の和尚さんにお借りしてその場をしのいだが、忘れ物は遺伝するのかな。
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ノミュニケーション
- author: hourei
- 2009/04/11 00:39
地元の子供育成会の総会で先ほど帰宅。30分が審議で、3時間半が飲み会。幼なじみ、ご近所さん、檀家さんが幾重にも重複している濃いソサエティである。
若い世代の地域活動が下火になり、地域活動の主役はこれまで地域を引っ張ってきた60代くらいの世代のまま。どうやったら20〜40代くらいの若い世代がもっと地域活動を盛んにできるか?という話をしてきた。
そもそも地域活動を盛んにする必要があるのかという問題もあると思うが、ひとつの答えが、飲み会を通して親睦を深める、いわゆるノミュニケーションである。今の若い世代は職場も生活もばらばらで、近所でもお互いをよく知らない。そこで飲みながら身の上話や世間話をして、結束を深めようというわけである。
私はあまり飲めないが、正直この効果は認めざるを得ない。実際、飲み会が始まる前は逃げ腰だったのが、終わる頃には自分もここで何かしなくてはという気持ちになっていた。心理学でいうコミットメントというものか。
飲み会では「下を育てる」という言葉がよく使われた。地域活動を1年や2年で盛んにすることはできない、組織的かつ長期的に進める上で、下の世代を育てることが最重要になる。
では下の世代を育てるにはどうしたらよいかといえば、ノミュニケーションなのである。集まって、飲みながら語り合って、その中から面白い企画を出したり、意欲を高めたりする。
こういうのは田舎の古臭い風習だと思うが、ではほかにどういう方法があるのか?と考えるとなかなかない。私は目的を明確にしてさっと集まり、目的を達成したらさっと解散する(イメージはつくばの保育所の夏祭りなど)ほうが動きやすいが、地域ではそうやって動く人は少数かもしれない。お酒もお金もなしで人を動かすのは本当に難しいものである。
これは今私が参加しているほかの活動でも言えることで、このごろ自分が一番苦手としている部分でもある。私の中で、好きでもないことを押し付けて恨まれたくないという気持ちが強くて、つい及び腰になってしまう。安請け合いは得意だが、頼むのが苦手なのである。
そんなわけで頼りにせざるを得ないノミュニケーション。何でもお酒で解決するとは思えないが、山形では飲む機会が確実に増えそう。
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本町商店街
- author: hourei
- 2009/04/09 23:23
今日は午後から車で買い物に出かける。そこで久々に長井の本町商店街を歩いた。鈴木薬局で妻のスキンクリーム、丹野園でお茶、梅村呉服店でU字シャツを購入。
本町商店街といえば、かつては長井の中心街だったところだ。ミニデパートの末広が2店舗を出し、末広向かいの緑屋、少し離れて新橋、三浦屋書店、おもちゃの江口……大いに賑わっていた。
それがご多分にもれず、郊外店の出店で衰退気味。緑屋はカラオケ屋、新橋は飲み屋として命脈を保っているが、シャッターを下ろしているお店もあり、日中歩いている人はほとんどいない(その代わり、飲み屋が多くなったので夜は結構賑やかだったりする)。
しかしながら、この通りのお店はまだまだ捨てたものではない。末広のブランド力は健在だし、風鈴堂の創作生菓子は絶品。横山カバン店も梅津陶器店もよい品物が置いてある。何よりも、大型店舗にない温かみがある。
今日はどこのお店でも子供がにこやかに話しかけてもらい、丹野園ではお菓子まで頂いた。地元にお金を落とすとか、地元のお店を応援するとかいうことよりも、こういうお店で買い物すること自体が楽しい。店内では思わぬ発見もある。
本町商店街の奥には、トキワ館という映画館の跡にヨークベニマルができ、それを取り巻くように、メガネのヴェルティサイトウや家具のさいとう、イタリア料理のアーリオができた。ヨークベニマルの中には三浦屋書店、CDのサヴァールがテナントとして入っている。ヨークベニマルが撤退するという話を聞いたが、どれもなくなったら困るお店ばかりだ。
この頃は南の大型店舗エリアに行くことが増えたが、こちらで済ませられる買い物はこちらでしていきたい。
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君が代
- author: hourei
- 2009/04/07 18:46
今日は長女の入学式。母校なので保健室やトイレの間取りが懐かしい。
私は集団生活が苦手で、みんなが同じことをしていると別なことをしたくてたまらなくなる性格。それでいつも先生に怒られていた。今日もつい窓を開けて外に飛び出したら、みんなびっくりするかななどとつい考えてしまう。モンスターペアレントってこうやってなっていくんだろうか(違う)。
そういう天邪鬼の血が騒ぐのかどうか分からないが、入学式の君が代は100%全力で歌う。親で歌っている人はなく、在校児童とはりあっていた。しかし!
ちよにーーやちよに
ミソラソラレシラソ
というところが、
ちよにーやちよに
ミソラーレシラソ
と八分音符のソラをラでそのまま伸ばしてしまった。あまりに久しぶりすぎて忘れてしまっていたようだ。国歌を間違うなんてと軽く凹む。インドみたく、映画館で毎回流してくれれば忘れないのに(無理)。
リベンジの校歌はしっかり歌えたのでよしとするか。「ああ一千の同胞(はらから)よ〜♪」
長女は返事も大きくできて、先生の質問にも真っ先に手を挙げて答えていた。自分の考えを自分の言葉でしっかり述べられる子供になってほしいが、学校では浮いてしまうかな。
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お寺の苦情
- author: hourei
- 2009/03/29 18:45
お寺のホームページに掲載している「お布施の金額設定」、「もうひとつの戒名問題」を検索してくるのか、ときどき近くのお坊さんの苦情が寄せられる。このたびは北海道から。
メールによると、親族が亡くなって施主を務めたとき、住職から30万円以上の戒名が当然と勧められ、経済的余裕がないというと、25万の戒名で月賦払いを勧められ、何とかねばって15万にしてもらったところ、怒った顔で「葬儀のお布施はきちんと20万もらいますからね」と言われたという。そのほかに49日の本堂使用料も請求されている。過疎が進む地方で寺院の維持が大変なのもよく分かるけれども、経済状態を無視した額を露骨に要求して、どこに慈悲があるのかと。そして、ご本人は、戒名なしで俗名で葬儀をしてほしいそうである。
地元にもお布施の金額をはっきり言う和尚さんがいるが、金額を言うかどうかよりも、信頼関係が築かれているかが大切だ。信頼関係があれば、納得してその金額を出せるだろうし、そうでなければ、金額を言わないこと自体に不満を覚えるかもしれない(ちなみにインド滞在時は"as you like"(お好きな金額でどうぞ)ほど高いものはなかった)。
南直哉氏は著書で僧侶の友人を作ることを勧め、ただしお金の話が先に来ない人という。寺院経営としては一定の額が必要なのも事実であるが、私もできる限りそういう友人となりたい。
これに対して先ほどお送りした返事が以下。この言葉は、相手の心にどれくらい響くだろうか。
-----
メール拝見しました。返事が遅くなったことをお詫び申し上げます。また、このたびは、ご逝去にお悔やみ申し上げます。
お布施や寺使用料の設定は、同じ地方でもそれぞれのお寺に任されておりますので、金額の高低を申し上げることはできないのですが、お布施の本来の趣旨からすると、そちらのご住職の仰ることは確かに逸脱しているように見受けられます。
本来であれば、金額以前に、お布施がどういう性格のものかをしっかり説明して納得して頂き、相互に努力して信頼できる関係を作りながら頂戴しなければいけないはずですが、先に金額の話が来てしまうと、その信頼形成を難しくしてしまいますね。
ひとまず金額の話には一切触れずに、ご住職と仏の教えについてじっくり話し合う機会をもたれてみてはいかがでしょうか。私のお寺では戒名料は一切頂かず、お布施の金額も直接申し上げてはおりませんが、なじみのない親族などが「できるだけ安く」みたいな話をしてくると、抵抗感を抱かざるを得ません。
それから俗名のままお葬式をしてほしいという方は年々増えているようです。ところが仏式の葬儀は仏教徒専用に作られているので、「戒名がなければ葬儀はできない」ということになるのだと思います。
ただこれには双方に勘違いがありまして、戒名は修行を積んだ僧に与えられるものではなく、在家信者として仏の教えに則って(後生から菩提に至るまで)生きていこうとする人に与えられるものです。出口ではなくて入口で授かるものです。
一方、授ける私たち僧侶にとっては、戒名は利権ではなく、志す人全てに無条件で与えられるものでなければならないと思います。また、戒名を授けるには、自分自身が仏の教えに則った生活をしていなければなりません。死者を金づるのようにしか見ていない僧侶には、葬儀を執り行う資格はないのです。
以上、浅学の私見を述べさせていただきました。ご参考になりましたら幸いです。また疑問点がありましたら、できる限りお答えしますので遠慮なくお聞きください。
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2つの卒園式
- author: hourei
- 2009/03/27 14:08
一昨日はつくばの保育所の卒所式、今日は山形(西根)の児童センターの卒園式で、長女とともに両方に参加してきた。
生後3ヶ月から保育所に預けられた長女にとって、つくばの保育所は7年近い歳月を過ごした場所。2月いっぱいで引越しのため退所したが、所長先生にお願いして特別に卒所式だけ参加させてもらった。
一方、長女は子育てのワークシェアリングのために私と一緒に山形にも頻繁に来ており、そのたびに臨時で児童センターにお世話になった。3月からはレギュラーになって卒園式に出ることに。
どちらの卒園式も、式場のレイアウトから次第、ついでに園児の正装まで変わらないのに驚いたが、それゆえに若干の違いが面白い。
まず親の座り位置は、つくばでは子供の真向かいにすることで絶好のカメラチャンスを提供。山形では卒園児をステージ上に上げて親は遠めに座る。つくばでは1児童ごとに縦並びで2席用意されていたが、山形では母親席(母親がいなければ祖母)と父親席が分かれていた。山形のほうが保守的な感じがする。
卒園児はひとりひとり園長先生から証書をもらい、少し離れて待っている親のところにもってくる。そのときに担任の先生が子供の得意なことなどを話すところは同じだが、つくばでは証書を高く掲げながら親のところまでもってくるが、山形では途中に用意されたマイクで「これまで楽しかったこと、小学校で頑張りたいこと」を短くスピーチしてから親のところに行く。
ちなみに長女はどちらでも「お絵かきが得意」と紹介されていた。内向的である。卒園式の練習は山形のほうが長かったので、つくばでも証書を高く掲げずに持ってきた。このほうが恥ずかしくない。
一番の違いは、つくばは近所の同じ小学校に上がる児童が半分なのに対して、山形は100%同じ小学校にいくことだろう。ついでにいうと中学校もほとんど同じで、これから長い付き合いになる。いや、これからどころか、親同士・祖父母同士(さらにその前からも)も幼なじみだったりするので、これまでと同様にこれからもという感じだ。田舎であることだなあ。
そもそも、つくばの保育所は親が共働きかつ祖父母が同居していないなど、いわゆる「保育に欠ける児童」しか入れないところであるのに対し、山形の児童センターはどんな家庭環境であれ全員入れる(そして入らないという選択はまずない)ので性格が異なる。卒園式が終わってから、つくばの保育所ではそのまま子供を預けて午後から仕事に行くという親が多かったのに対し、山形の児童センターは全員親とお帰りで春休みである。
つくばのように保育に欠ける家庭は、中央地区にある保育園にいかなくてはならない。それでもこれだけ多くの家庭が児童センターに子供を預けられるのは、山形のほうが働き方がゆるやかで、祖父母の援助が多いからなのだろうか。
サラリーマンの月平均給与は山形が298,700円、茨城は430,100円だという。でもお金で買えない貴重な時間が、山形にはまだ流れているのではないかと思いながら帰った帰り道だった。
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WBC
- author: hourei
- 2009/03/22 13:24
ニュースでWBCを取り上げていたが、テレビ中継を見ている人を映すシーンを取り上げるのはどうも好きになれない。あれは日本国民の期待を一身に背負って悲壮感をもって戦っていますという演出なのだろうか。
中継もちょっと見たが、アナウンサーの煽りに耐えられず、すぐやめてしまった。ハイテンションとポジティブ思考で視聴者を戦争という図式に巻き込む無神経さ。苦労を乗り越えてここまでやってきたとかいう余計なエピソード。いくら敗色が濃くなっても最後まで勝利を疑わないような大本営発表。こんな中継を聞く限り、娯楽として戦況を楽しんだり、ナイスプレイに拍手を送ったりする見方は許されていない。
テレビの前で応援している人がインタビューに答えたりしているが、マスメディアが煽る物語の1コマになっているだけで、ゲームには本質的に関係がない。視聴者がいなければプロスポーツは成り立たないが、応援がなくても選手は自分のためにベストを尽くすのみである。「侍ジャパン」って、殿様でもいるのか?
この抵抗感は、プチ愛国主義を受け付けない左翼的な発想か、それとも勝敗そのものを是としない平等主義的な発想か、あるいはウェットな連帯を嫌う個人主義的な発想なのだろうか。
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ポメラ
- author: hourei
- 2009/03/22 13:23
テキスト入力ツールの「ポメラ」を購入した。
コンパクトながら折り畳み式のキーボードは十分なサイズで打ちやすく、ATOKもMS-IMEも入っていて変換のストレスもない。画面は小さいが液晶は見やすく、文字の大きさも調節できる。テキストファイルとして本体かマイクロSDに保存でき、USBでPCに移すこともできる。すぐ起動でき、長持ちするので会議中や新幹線の道中、子育ての合間などに重宝しそう。
そういう便利なものがあるというのを妻から聞いて、山形市内の電機店を軒並み回ったがどこでも取り扱っていない。製造元がキングジムという文房具メーカーなので、書店やOAショップを中心に置いてあるようだ。結局、アマゾンで購入した。
携帯端末と違ってネットにつながっていないのは調べものをするとき不便だが、メールのチェックなどに時間をとられないで書くのに専念できるだろう。日記、ゲーム会のレポート、論文の下書きなど、いろいろ使ってみたい。
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長男の遊び
- author: hourei
- 2009/03/13 11:36
生後3ヶ月からつくばの保育所に預けられた長男が、ずっと家にいるのはヒマそうだ。
2月でつくばの保育所を退所して、4月からこちらの保育園の入園を待っている長男が、毎日ずっと家にいるのは3年ぶり。おまけにお母さんを赤ちゃんに取られて、赤ちゃん返り気味になっている。
朝は赤ちゃんと一緒にぐずっている。姉が保育所に行くと、一緒に遊んでくれるのは親だけ。あとはテレビやDVDを見たり、おやつを食べたりして1日を過ごす。夜も母に背を向けられて、所在なさげである。
長男が好きな遊びはプラレールとミニカー、そしてウルトラマン。それをコラボレーションした写真がこれ。クリスマスプレゼントにもらった「トミカとプラレールの街セット」にウルトラマンのフィギュアを組み合わせて遊ぶ。ミニカーは父のお下がりだ。
このほかにボードゲームにも興味をもち始めているが、まだ小さいので、箱から出して並べて散らかして終了。紛失が怖いので、ボードゲーム部屋はアクセス禁止になっている。
まだ外は寒いので力を持て余すと、掛け声をかけながら長い棒を振り回す。つくばでは掃除機のノズルだったが、こちらでは先日会津から買ってきた白虎隊の木刀になった。幸い今のところ、障子紙は破られていない。
車に乗ればすぐ寝るが、家ではお昼寝をしなくなってしまった。それでもぐずることなく、1日中元気に遊びまわっている長男。こんな生活もあと半月である。
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書斎が完成
- author: hourei
- 2009/03/12 10:35
昨日は書籍を整理してようやく書斎が出来上がった。つくばから送ったダンボールは53箱、本棚6つではもう足りない。
我が家は祖父の代から本買いで、3つの部屋に分けてある。1階は法要の虎の巻や現代仏教関係、このたび整理した2階は哲学関係、そして小屋の2階には祖父の美術書や歴史書がある。
今回の書斎では、まずインド本と和書を分けた。インド本はバラモン教、仏教、ジャイナ教、文法学に分け、バラモン教はさらに六派哲学別に分ける。和書はインド関連、哲学関連、辞書、雑誌、新書、文庫と分けた。このほかにボードゲーム関連の書籍も少なからずある。サイズが揃っているのでボードゲームより整理は楽だ。
それからマンガとCDも少なくない。吉田戦車、中川いさみ、須賀原洋行、まことちゃん、ギャグマンガ日和、神聖モテモテ王国、天体戦士サンレッド……ってギャグマンガばかりだな。CDは学生時代にはまっていたドビュッシーとプーランクがものすごくある。
こうしてみると、所有する本とCDは自身のアイデンティティーにほかならない。これまでの変遷も見て取ることができる。今は、仮面ライダーとかボードゲームとかで子供返りしているのは、子供がいるのとは関係なさそうだ。
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御詠歌の研修
- author: hourei
- 2009/03/04 18:24
今日は町田で御詠歌の研修。先週も会津若松で地元の御詠歌仲間の新年会だったし、子供たちを妻に託して家を出るのはやましい気持ちもないわけではないが、すこし羽根を伸ばさせて頂く。
この研修は、梅花流師範養成所という御詠歌の虎の穴みたいなところの同期会である。当時の主任講師だった北海道の先生をお招きし、北は岩手から、西は広島まで12名が集まった。卒業して10年、それぞれに地元の先生についたり、全国の講習会に参加したりして研鑽を積んできた様子で、みんなでお唱えしているとお釈迦様の大きな懐に抱かれたかのようで心底心地よい。
このたび、同期の中で3人が特派師範に任命され、そのお祝いも兼ねていた。特派師範とは、全国を御詠歌を教えて回るお役目。お唱えにも日常の立居振舞にも高い水準を求められ、かつ5時間にわたる講習が1週間も続くため体力も必要となる。近年、二日酔いで講習したり、教場にジャージで現れたりするなどの問題があって、厳しい目が注がれている中での任命である。仲間が任命されるというのは私にとっても光栄で、心からエールを送りたい。
この日記は、ホテルのLANにつなげてノートパソコンで書いている。これから懇親会スタート。二次会もあるみたい。先週の新年会は『ウーロン茶じゃだめですか』(東京プリン)『NIPPONのサザエさん』(嘉門達夫)『石焼きイモ』(ブリーフアンドトランクス)で会場をすっかり引かせてしまったので、このたびは反省を生かして……何で行こうか?
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ご近所のパキスタン人
- author: hourei
- 2009/03/03 11:50
次女がまだ入院しているので、1日おきに山形まで冷凍母乳を届けに行っている。昨日の帰りは、西バイパス沿いのインド料理店「スパイス・マジック」に行ってきた。
もう概観からインド国旗の色をあしらった派手な店構え。中に入るとサリーを着たマネキンがお出迎えで、気温が10度くらい上がったような感じになる。ランチはチキン、ベジ、キーマの三択。タンドーリチキンとシクカバブもある。おいしかった。夜は私の好きなパラク・パニールもあるようだ。
店員はみんなインド人。ヒンディー語を話す機会を伺っていたが、妻が「チャイ・ガラム」と言ったのに店員が反応したところで話し始めた。そのうちオーナル(owner、社長)も帰ってきた。みんなナイーディッリー(ニューデリー)の出身で、田舎が好きで山形にはインド料理店がないから始めたという。
オーナルと一緒に来た人が何と長井で中古車販売をやっているというパキスタン人。家は館町の雇用促進住宅、子供はうちと同じ構成で3人。長女は小1で長井小学校に通っているという。今度チャイを飲みに来てよと誘われた。
つくばにいたときに長女と同じ保育園でパキスタン人の中古車商の方がいた。その方の家探しを手伝ったときにも思ったが、ヒンディー語がウルドゥー語として普通に通じるということ。これから楽しくなりそうだ。
帰宅してスパイスマジックのホームページを見たら派手で笑った。プリーティ・ズィンターがお出迎え。
http://www.spice-magic.com/
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長男と過ごす週末
- author: hourei
- 2009/02/22 23:27
先週の水曜日から、長男と2人でつくばに住んでいる。小野家は次女が生まれて女性5:男性2と劣勢に立たされているが、男だけだと結構気楽なものだ。食べるのも適当、寝るのも適当、遊ぶのも適当。
食が細い長男。もう食べたくなくなるとすぐ「おなか痛い」と言い出し、果物が出てくるまで休んでいる。いろいろ作っても食べるのは一品だけなので自然と品数が減る。今日の食事は、朝は味噌餅、昼はパン、夜は豚肉と白菜の煮物とポップコーンと果物だった。
我が家は妻以外、夜型人間なので寝る時間も遅くなっていく。昨日の就寝は23時で、今日もまだ寝ていない。その代わり朝が遅く、いくら起こしても全く起きなくて保育園は9時半ころの社長出勤だ。でも長女が小学校に入学すればそうもいかなくなるだろう。
昨日はボードゲームを遊んだが、長男はその周りで邪魔もせずくるくると遊んでいた。全く手がかからない。今日は雑誌の原稿〆切に追われてカンヅメだったが、これまた独りで黙々と遊んでくれた。時々おやつを出すくらいでいい。長女がいればインターネットをしたくて邪魔してくるはずだが。
でもそんなのばかりでは可哀想なので、今日の午後からお出かけ。パン屋さんで遅めの昼食を取り、ゲーセンで一銭も使わずうろつき、ダイソーでおもちゃを300円分買ってくるという下流なお出かけだったが、男同士だと不思議と気にならない。長女がいれば間違いなく本屋に行くはずだが。
最近の長男は「何で〜なの?」を繰り返してくる時期。「何でお家に帰るの?」「暗くなったからよ」「何で暗くなったの?」「夜だからよ」「何で夜なの?」「暗くなったからよ」「何で暗くなったの?」「夜だからよ」……父親は循環論法をよく使う。
長男の日課は、ウルトラマンと仮面ライダーの主題歌集を流しながら長い棒をもってエイヤー言いながら振り回すというもの。家に帰るとすぐに長い棒を探し、再生ボタンを押して始める。テープなのであまりにかけすぎて壊れてしまった。この機会に仮面ライダー主題歌集のCDを買い直そう。
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赤ちゃんの名前
- author: hourei
- 2009/02/17 21:40
赤ちゃんの名前が「日向子(ひなこ)」になりそうだ。
最近はだいぶ収まったが、逆立ちしても読めないような名前をつけるおやが跡を絶たない。子供が犯罪に巻き込まれたのは名前が悪かったからだなどという気は毛頭ないが、自己満足で無茶な名前をつける親に対してイラッと来るほう。
それは妻も同じで、これまでの2人はまず読みやすい名前を心がけた。基準は「Microsoft IMEの変換候補にあること」。これからの時代はパソコンで名前を入力されることが増えるだろう。そんなときに一字一字、別の読みで入力するのはたいへん。お寺では過去帳をアクセスで管理しているが、戒名は変換候補にない組み合わせばかりなので年末に苦しんでいる。
上の2人はデフォルトで変換できたが、「ひなこ」は「日名子」しかない。「人名地名辞書」をオンにしたらやっと「日向子」が出てきた。
ちなみに画数は全く気にしていない。祖父がよく命名の相談を受けていたが、虎の巻にしていた本はあやしげな豆知識本だった。また、学生時代のサークルで、画数で部屋割りをしたことがあったが、そのとき参考にした2冊の本が言っていることがまるで違っていて、当てにならないものだと分かった。ただ、本を見てしまうと気になるから、その手の本は一切見ないことが大事だ。
その代わり、何となくシリーズ化しているのが漢字のどこかに「日」という漢字が入っているところ。実は私の名前にも入っている。ただし日蓮宗ではない。
「ひなこ」は長女が考えた名前。生まれる前は産科で性別を聞かないようにしていたが、長女は男の子が生まれたときのことを全く考えていなかった。勘が鋭い。
まだ本決まりでないのに、長女はもう「ひなちゃん」と呼んでいて、昨日お見舞いに行ったときは、新生児室は父母以外入室できないので会うことができず、「ひなちゃん見たい〜」と悔し泣きしていた。
日向子といえば江戸風俗研究家の杉浦日向子さんを思い出す。「お江戸でござる」はよく見ていた。亡くなってもう3年も経つが、この機会に著書を読んでみようかな。明日、つくばに行って出生届を出す予定。
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破水(5)
- author: hourei
- 2009/02/14 22:29
昨日の移動はハードだった。12時半につくばをバスで出発して、常磐線、新幹線、バスで大学病院、タクシーで山形駅、路線バス1時間で長井、母に迎えに来てもらって帰宅したのは20時半。お見舞いは1時間だったから、7時間は移動していたことになる。昼食も夕食もおやつも車中。
今日は午前中から法要で、夕方に空いた3時間でお見舞いに行ってきた。途中で見つけた公園の大型すべり台に乗りたくて、着くなり帰るコールの子供たち。妻は楽な姿勢を開発したとかで、先生に相談して月曜日になったら置賜病院に戻りたいとまでいう余裕があったのでよしと。
帰ったら、母が用意しておいた食事を子供たちと祖母に出して、御詠歌の練習会。終わってから遅めの夕食をとり、子供たちをお風呂に入れる。なかなか隙間がない上に、パソコンは長女が占有しているので、仕事もなかなか進まない。
とここまで書いて、これから寝ようと思ったら妻から電話。今度は本格的に破水したという。声はまだまだ余裕の様子だが、今夜中に生まれるかもしれないという急展開となった。夜中の348号線は怖いけど、これから病院にいってきます。
明日はお釈迦様の命日。そんな縁のある日に生まれるんだったら幸せかな。ちなみに祖父の命日はお釈迦様の誕生日である。
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破水(4)
- author: hourei
- 2009/02/13 15:30
一昨日から今日まで、子供たちを連れてつくばに行ってきた。保育所で今日、お楽しみ会(演劇発表会)があったためである。それに合わせて昨日は秋葉原に行き、ボードゲーム関係のお仕事。お葬式が入らなかったお陰で無事にことが運んでよかった。
妻には昨日、母がお見舞いに行って携帯を渡してくれたお陰で状況を聞くことができた。夜中に5分おきの陣痛がきて、張り止めの薬を増やしたので、今は落ち着いているという。大学病院名物の、教授が学生を何人も引き連れて回診(別名「白い巨塔」)に来たのを楽しんだというから、まだ余裕があるみたいだ。
子供たちは母親がいなくても寂しがらずよい子にしている(今朝、長女が珍しくおねしょしたくらい)。一方、私は妻がいないと料理をする気が起きなくて二晩続きの外食にしてしまった。冷蔵庫も空っぽ。
只今、新幹線で山形に向かっているところ。新しいE3系は各座席にコンセントが就いているので、のんびり日記が書ける。これから病院に直行して、バスで家に帰る。
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破水(3)
- author: hourei
- 2009/02/10 20:30
早朝、『サンクトペテルブルグ』を妻と遊ぼうとカードを切っている夢を見て、ワクワクして早く起きた。すると7時半頃に病院から電話が。「先生からお話があるというので今来ていただけますか?」朝食も食べずに病院に向かう。
病院から電話とあれば危篤というのが相場だが、妻や赤ちゃんの状態が急変したのであればそう言うだろう。行ってみると案の定、先生の話は山形大学病院に移すということだった。
理由は3つ。
1.破水が続いており、お腹の張りが消えない
2.超音波診断で胎児の片方の腎臓に腎嚢胞の疑いがある
3.血糖値が高く、糖尿病の疑いがある
正常分娩できるとされる34週目まであと数日だったが、その前に生まれてしまうと置賜病院で対応できない。すぐ生まれそうということではないが、いつ生まれてもいいように万全を期すそうだ。
妻は救急車で搬送されるという。先生は「後を付いていったら危険です」と真顔でいうので、後から行くことにして荷物をもって保険証を取りに自宅へ。
自宅では母が2人の子供に手を焼いていた。長男がパパがいないと泣き、その泣き声で起こされた長女もふて寝している。要するに10時近くになって朝食を食べていなかった。なだめたり引きずったりして何とか2人に朝食を食べさせ、自分も食べて山形市に出発。置賜病院までは20分で行けるが、山形大附属病院までは山を越えて50分くらいかかる。
先に着いた妻は豪華な個室に入り、元気そうにしていた。差額ベッド11,500円/1日だという。テレビカードも1000円で1000分と置賜病院の2倍。貸しパジャマも1日70円(置賜病院は50円)と、ぜんぶ高い。これが山形値段か。お布施が5割増なのもこれで分かった。
でも行きかう医師は若い人が目立つし、1階にはファミリーマートとドトールがあるし、看護師も白衣でないので活気があるのはよい。大学の偏差値が医者の腕を決めるという先入観が私にはあって、山大なんてと思っていた時期もあったが、今日はずいぶん頼もしく感じた。
先生から話を聞いて驚いたのは、もう来週には生まれるだろうということだった。予定日は3月下旬だが、破水が続いている以上、感染症の恐れがあるので、34週になったらすぐ産めるよう、準備を進めるという。ステロイド剤を注射して胎児の呼吸機能の成長を促進させる。その前に生まれる可能性もあり、帝王切開の同意書にサインを頼まれた。
説明にかける時間は置賜病院以上。手術、輸血、生物製剤のそれぞれについて、医師と看護師が椅子に座ってリスクをきっちり説明する。子供もいたので途中から上の空だったが、福島で産科医が訴えられた事件以来、都市部では特にナーバスになっているのだろう。
今日も子供たちの執着のなさは見事。早く帰りたい早く帰りたいとうるさい。帰りはミルキーウェイでハンバーグを食べて、成沢の本屋さんで本を見て帰る。帰りの348号線では、子供が2人とも眠っていた。
明日は法事やら大般若やらあって、夕方につくばに行く予定。妻へのお見舞いは週末になるが、それまでまだ産まれないでほしいな。
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破水(2)
- author: hourei
- 2009/02/09 22:05
子供たちは、妻がいなくても全く気にしないようでぐっすり寝た。ときどききょうだい喧嘩して発散している。
午後からはおつかいも兼ねてお出かけ。病院に着くまで長男はずっとお昼寝していた。午前中からずっと「ママんとこにお見舞い行きたい」と言っていた長男は、病室に着くなり探検したいと部屋の外に行き、わんパークをしばらく見たら「おうちに帰りたい」と言い出す始末。全く執着がない。
妻には携帯で職場と実家に連絡を取ってもらい(安静なので、公衆電話までも行くことができない)、昨日のミクシィ日記を読ませた。
羊水の漏れは相変わらずだが、羊水過多だったのではないかということ。3人目ともなるとお腹がよく伸びるので、羊水がずいぶん溜まって、どこかが破れたのかもしれないという。なので羊水はまだまだたくさんある。ただ、張り止めの点滴が効き過ぎたのか熱を出してしまい、食欲が落ちてぐったりしていた。
病院で不思議なのは、健康な状態でもしばらくいるだけで元気がなくなってくるところだ。病は気から、心なしか、廊下ですれ違う妊婦さんもうつむいたり足を引きずったりしていて病人のように見える。点滴で寝ている妻も病人になったのかもしれない。
帰りは本屋で立ち読み。妻が病室でメールを見たいというのでW-ZERO3でもとヤマダ電機に探しに行ったら、この辺はエリア外が多いので扱っていないという。結局ドコモに行って母のMOVAをFOMAに変えることにしてきた。それなら無料で交換できるし、私の携帯との通話料が無料になる。
ドコモには子供コーナーがあって、昔の機種の見本が「ご自由にお持ちください」と置いてあった。そこで長女はF883i、長男はF706iをゲット。スーパーで電話ごっこをしていたが、おもちゃに見えないので、ほかの客に「こんな小さい子供に携帯を持たせて……」と思われたかもしれない。
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破水(1)
- author: hourei
- 2009/02/08 22:18
昨日の早朝、羊水が漏れているようだと妻に起こされ、休日診療でつくばの産院へ。里帰りするなら今帰ったほうがよいと言われ、秋葉原のボードゲーム交流会をキャンセルして家族みんなで山形にやってきた。
というのも現在で33週ちょっとなので、破水してしまうと超未熟児ということになり、大学病院などに搬送されることになってしまうからである。筑波大病院に入院したら、もう山形には移動できない。実は切羽詰っていた。
とはいえ、羊水の漏れはほんのわずかで、お腹の張りもなく、普段と変わらないで新幹線に乗ってきた。家に着いてからものんびりごろごろ。さすがに湯船には入らなかったが、シャワーも浴びて寝た。
そして今日、また少し漏れているようだと妻に起こされる。夜の何時間かで結構でてくるらしい。そこで置賜病院に連絡して、休日診療ですぐ行くことになった。
山形の車では「おくりびと」のサントラがずっと流れている。車窓から見えるのは地吹雪。寂しさと感慨深さの入り混じったしみじみとした気分になる。このまま入院になったらどうするかを相談した。
病院に着くと、診察があって呼び出された。横になって点滴を打っている妻。先生に「入院ですか?」と聞くと、「もう入院してます。」ちょっとウケてしまったが、先生は真顔である。明日生まれてもおかしくない、妊娠というのは全く先が読めないものだということを諭された。今週中に破水したら、山形大病院だという。
1人目も2人目も生まれる日まで破水しなかったので、妻も私も変な自信をつけてしまい、油断していたようだ。産科は前例がまったく役に立たないものだ。これから羊膜の穴が塞がって(リシールというそうだ)退院できる可能性もあるが、ほとんどの場合生まれるまでもうずっと入院とのこと。
幸い羊水はまだたくさんあって、胎児もよく動いているので、そっとして様子を見ることに。妻は初めての入院という以上に、残り3週間分の仕事をどうしようか戸惑っている様子である。寝ていなければならないので、ノートパソコンの使用も不許可。本を読むかテレビを見ているしかない。
一通り必要な荷物を聞いて、家に帰ってきた。午後からは法要と会議があったので、荷物は母と子供たちに届けてもらう。
というわけで、今日から子供と3人で寝る生活が1ヶ月以上続くことになる。その間、つくばで子供のお楽しみ会(演劇の発表会)、荷物の引越し、役所・郵便局・妻の職場への転居届けなどがあり、子供たちと行ったり来たりの生活になりそうだ。妻の心配はあまりしていないが、子供たちの体調が悪くならないことと、お葬式があまり入らないことを願うばかりだ。
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スーパー終
- author: hourei
- 2009/02/02 23:05
今日は上山で新年会があって、つくばから新幹線で直行。帰りは奥羽本線から長井線に乗り換えて帰ってきた。
長井線の終列車が出るちょっと前に、米沢からの奥羽本線がやってくる。この列車を高校生の頃「スーパー終(しゅう)」と呼んでいたのを思い出して懐かしくなった。
高校の通学は、長井線と米坂線を乗り継いでいた。遅刻しないで間に合う選択肢は2つしかなく、そのうちの1本は始発である。5:30に起きて、3キロの下り道を自転車でぶっ飛ばし(冬もスノータイヤの自転車で雪道を転びながら)、羽前成田駅から6:06に乗って、高校には7時半に着く。宿題は道中にやっておいて、学校に着いたら1時間ほど吹奏楽の朝練。
帰りの選択肢もあまりなく、当時は南米沢駅18:34が終列車だったと思う。3kmの上り道を歌を歌いながら自転車でこいで、帰宅が19:30。あとはご飯を食べたらもう眠くて、22時に寝るという非常に健康的な高校生だった。テレビは土曜日の夜にねるとん紅鯨団と夢で逢えたらしか見た記憶がない。
ごくたまにだったが、米沢で夜遊んでから帰ることもあった。制服を着たままレストランでだべるか、カラオケに行くかくらいだが、今考えると一番青春らしい時期だったと思う。こうして18:34の米坂線を逃したときに乗ったのが、20:30米沢発の奥羽本線「スーパー終」。米坂線では接続しない長井線の終列車に、赤湯駅で接続する。スーパーというのは終列車を超える終列車というくらいの意味。
「スーパー終」に乗るには、高校から最寄の南米沢駅でなく、4キロほど離れた米沢駅まで行かなければならない。自転車で行くから、翌日は米沢駅からの通学になる。そんなリスクを背負った「スーパー終」。帰宅は21:30で、当時は深夜といって差し支えなかった(どこまで健全なのか)。
「スーパー終」に乗るのは、ごくたまに遊んで帰ったときだけなので、いつもより浮かれていることが多かった。そのせいか、今日「スーパー終」を見たときも、なぜか心躍った。もう20年近く前の話なのに。
現在、米坂線の終列車は20:45南米沢発となり、長井線の終列車に接続するようになっている。
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山形弁日記
- author: hourei
- 2009/01/22 11:50
昨日は昼に檀家さん亡ぐなやったって言う電話あって、つぐばさ居だったもんだがら、急に帰んなねぐなった。
もどもど山形さは金曜日に長男ど行ぐごどになってだったもんだがら、2日早まったなよ。保育所さ長男どご迎えに行って、それがら妻の職場さ車置ぎに行って、駅まで送ってもらって。長男は急に山形に行がれっこどになったもんだがら、きしゃましったっけ。
常磐線まで30分くらいあって、ひたぢのうしく駅は寒いもんだがら、だんだん具合悪くなってきてよお。昨日がら咳止まんねくて、風邪だったんだべな。常磐線も新幹線もずっとウトウトしったった。長男は窓がら外見だり、うだ歌ったり、機嫌よぐ遊んでだったげんど、保育所で昼寝もしねで来たもんだがら、さすがに福島あだりで寝だ。
赤湯駅まで母に迎えに来てもらって、家さ帰って体温測ったら38度。でもこれがら上山まで枕経に行がんなね。妻が心配してタクシーで行ぐよう言ってでけっちゃもんだがら、タクシー呼ばって出発。
タクシーの中ではぐったりしったったげんど、喪家の家さ近づぐどなしてだが具合良ぐなるんよ。お陰でお経も御詠歌も咳き込まねでちゃんと読まっちゃ。仏様のおかげだべが。
家さ帰ったなは夜9時でタクシー代は往復27500円。でもこんな熱で運転して事故起ごしたら、こんなもんでは利かねぐなっぺがらしょねごでな。今日はだいぶ具合いいぜ。明日は午前午後ど2つお葬式あっから休んどがねど。
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ぜんそく
- author: hourei
- 2009/01/21 11:14
ここ2,3年、咳で悩まされている。今回は10月のエッセン以来、咳が抜けない。お正月に「それはドイツに行ったお坊さんだけがかかる病気ですよ」なんて言われたが、どうやらぜんそくということのようだ。
何年も前にかかったつくばの開業医ではぜんそくと診断され、気管支拡張薬のテオドールと、ステロイド吸入薬のパルミコート、セレベントを処方された。今考えるとこれが正解だったが、このお医者さんは誰を診察してもぜんそくと言うといううわさを聞き、咳き込んで苦しいと言うこともなく、薬代も高いので症状がよくなるとやめてしまった。
それからは専ら対症療法でしのぐ。咳止めにもいろいろあって、メジコン、フスコデ、リン酸コデイン、麻杏甘石湯、柴胡清肝湯、抗アレルギー薬としてアレジオン(エルピナン)、オノン、セレスタミンなどいろいろ飲んできた。この年でお年寄りのような薬の多さになったこともある。
ぜんそくの症状として、ちょっとした刺激で咳き込む(タバコなど)、かぜをひきやすいというのを見て、自分が正真正銘のぜんそくであることに納得した。どちらにもあてはまる。虚弱体質ではないのである。
ぜんそくは気管支アレルギーなので、アレルゲンが何かということになるが、スギと、線香の煙のようだ。線香にはスギが使われているが、それも関係しているのかもしれない。職業病ともいえる。今度から、お葬式のときは迎え線香を略してもらおう。
現在は花粉症の予防も兼ねてエルピナンとオノン、そして咳止めにフスコデ、そして前にもらったパルミコートを服用中。薬漬けだが、変なウィルスをもっているわけではないので、目の前で咳き込まれてもご安心ください。
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セールス電話
- author: hourei
- 2009/01/20 14:26
先ほど、都内のマンションを買えとかいう電話が来た。山形ではお寺のイメージダウンにならないよう、「大変申し訳ありませんが、またの機会によろしくお願いします」などと言って丁重にお断りしているが、つくばでは容赦なく最初から切り札の「お断りします」を使う。そのほうがあちらにとっても時間を無駄にしなくて済むだろう。
ところが今日は「お断りします」が効かなかった。前置きが長引きそうだったので「何のご案内ですか?」と聴いたところ、「まあまあ、まだ話の途中ですから」と話をやめない。そこでしびれを切らせて「お断りします」の切り札を使ってしまった。
このタイミングが悪かったようだ。セールスは食い下がる。「どういうものかご存知の上で断られるんですか?」「いいえ、興味がありませんので」「興味をお持ちにならないかどうかは、お話を聞いてから……」と言ってこちらの答えを聞かずしゃべり始めた。話をなんとか遮って再び断り、電話を切るとまたかかってきた。
第2ラウンドはうっかり「お話を聞く時間がありません」と言ってしまった。これは母がよく使う手だが、あまり効き目はない。早速「それではいつならお時間をいただけますか?」という返事。強気で「いつでもありません」と言ってなんとか退ける。「いつでも時間がない」なんて、自己嫌悪に陥るような危険なカードをよく出したものだ。
それでも粘る相手に根負けして、話を聞くことにした。タフさには感心するが、馴れ馴れしいのはダメだ。「ご主人様はお勤めですか?」「どうぞ話を続けてください。」「会話しましょうよ。」「会話はしたくありません。手短にお願いします。1分くらいで。」「それでは話をまとめて後でお電話します。」それからかかってこないところを見ると、やっと諦めてくれたか。
しつこいセールスを、フェアかつ短時間で退けられる作戦は何かないものだろうか?
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定額給付金
- author: hourei
- 2009/01/19 12:21
先日反対した生活支援給付金(現在は定額給付金)がまもなく採決されそうになっている。こんな稚拙なことしかできない自民党が政権を握っていることに歯軋りをする思いが続いていたが、最近のやり取りから、賛成してもいいかなという気持ちになってきている。
昨日、火葬に行く車中のラジオで、各党の言い分を聞いていたが、民主党は世論調査の反対意見の多さを盾に、自民党は世論調査の給付されたらもらうという意見の多さを盾に応酬していた。世論調査は説得力があるが、みんながそう思っているからといって正しいとは限らない。賛成・反対とも論理的な理由が必要である。
ちなみに、麻生総理が給付金を受け取るか受け取らないかも議論していたが、これも論点から相当ずれた話でどうでもよい。
先日のニュースで放送された国会の議論で、内閣が「減税では納税していない人が恩恵を受けられない」というのを聞き、なるほどと思った。
ドイツでは景気対策として新車購入の助成を行うという。確かに経済効果は大きいだろうが、これも車を買えるくらいの富裕層しか恩恵が受けられない。
定額給付金の恩恵が大きいのは、地方在住者だろう。不景気の影響をもろに受け、働く意欲があっても職がない。山形では「16時終業」「12月19日からずっと年末休暇」「週休4日」などの例を聞いた。60%の賃金保障より失業保険のほうが多いのだが、その先が見えないから辞められない。夏であれば野菜を作って食糧確保もできるが、冬は本当にやることがない。暖房費の節約のため、パチンコ屋やスーパーの休憩所に1日中いる。
そういう人々にとっては、12000円の給付金は1ヶ月の生活費にもならないとしても非常にありがたい。また、同じく疲弊している地方の商店にとっても、いくらかの売り上げ増が見込める。
一方、経済効果はまったく見込めないだろう。消費刺激を見込める中流層以上にとっては、金額が少なすぎるからだ。 4人家族で5万円くらい給付されたとして、それなら車を買い替えようという気になるだろうか。
以上のように、たとえ刹那的であっても、地方対策という意味で定額給付金には賛成できる。おそらく国が地方に恩恵を与えるようなこんなチャンスはもう二度と訪れまい。経済がグローバル化する中で、国家が国民の生活を守る時代は、どの党が政権についてもまもなく終焉を迎える。最後の線香花火をせいぜい楽しもう。
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1週間の多様性
- author: hourei
- 2009/01/09 21:29
新年早々バラエティに富んだ1週間だった。
月曜日はお葬式の導師、火曜日は大学の試験官、水曜日は演奏会の司会、木曜日はお札の名前書き、金曜日は大般若のご祈祷。明日はゲーム合宿である。七変化。
日曜日に妻と長男がつくばに帰り、私と長女が山形に残ることになった。もともとは長男が残ることになっていたが、お葬式が入った時点で困難が予想されたため、長女と交替になった。長男は仕事の邪魔をするばかりだが、長女はお手伝いもするし、一人でも遊んでいられる。さすが春から小学生。
月曜日、葬儀が終わってから高校の友人と飲む。が、その1人が肋骨を折ったとかで来られなくなり、急遽あちこちに電話をかけまくったところ、地元以外に共通の属性がないという変な集まりになった。しばらく会っていない人の近況を聞く。
心に残ったのは既婚の後輩が資格を取るため朝3時に起きていたという話。これぐらいしなければ博士論文は書けないだろうな。
皆が帰ってから試験問題を作って、翌朝に日帰りで大学へ。論理学後期試験の最終設問は、自殺をほのめかす友人を思いとどまらせる説得文を書くという課題を課した。論理とは人を離れて成り立たないものなのである。
これで2年間にわたる埼玉通いは終了。結局1回も休講にしなかったのは奇跡的である。
水曜日は隣町で開かれた室内楽のコンサートである。ステージマネージャー兼司会ということで、午後からずっと舞台裏を駆け回っていたが、こういうのは楽しい。
サンサーンスの七重奏曲の途中で、ヴィオラが焦って弓を止めるというシーンに遭遇したが、後で聞いたらユニゾンのヴァイオリン2人が結託して弾かないという悪戯。若手なのでこういうことは時折あるらしい(譜面にヌードの切抜きを貼るとか、スラーをスタッカートにするとか)。作曲家だって人間だから、笑って許してくれるよとか。僧侶にも回向文にグラビアの切抜きを挟み込むという悪戯をやったのがいたが「冒涜だ!」とこっぴどく怒られたのを思い出した。
昨日は1日中準備をして、今日は1年ぶりの大般若会。250枚ほどのお札に申し込み者の名前を書き、落雁とお守りをそれぞれ袋に包み、地区ごとに数を分ける。さらに本堂を荘厳し、法要が終わった後の料理や飲み物を注文し…と延々続く準備。
ぎりぎりになって法語が見つからず急いで書き直したり、礼盤の上で結跏趺坐したらまさか足がしびれてしまったりとちょっとしたハプニングはあったが、大過なく終了。太鼓係の和尚さんが腕を上げられていて、強弱を使い分けた撥さばきにゾクゾクした。
今回初めて、厄年と年祝の方の名前を導師自ら読み込んでみた。参加している人にとっては、法要中に自分の名前が読み込まれるのはとてもよい気持ちだろう。これは次回もやってみたい。
終わってご寺院さんを接待申し上げた後、役員さんと新年会。住職が家族で帰ってくるというのを役員さんたちは殊の外お喜びになり、上機嫌でワイワイガヤガヤ、お酒も進む。私はすでに今年3回目の飲酒ということもあって少しセーブ。
この間、別の新年会の案内葉書を作ったり、宗教法人の手続きをしたり、こまごまとした書類作成が多い。源泉徴収税の納付も残っている。そんな中、明日は温泉でボードゲーム合宿。ちょっと遊んで英気を養おう。日曜はご祈祷があり、月曜につくばに帰る予定。よいこにしていた長女への家族サービスは、リクエストにより後楽園のおもちゃ王国。
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初夢は御詠歌で
- author: hourei
- 2009/01/01 07:13
フラワー長井線で終点の荒砥駅まで行き、御詠歌の講習会に参加する。若い人も集まっていて、全部で35人くらいいた。始まる前、納豆アイスを糸を引きながら食べている友人に「まずそー」と言ったら、周りにいた人から「そんなことを言うなんて見損なった」と口々に言われ、「冗談だよ〜」と必死に火消しをする。
講師はシキ先生という方で、女性だが尼僧さんではない。当てられた人たちが、なぜか先生ではなくて私にばかり意見を求めるので、先生はイライラしている。おまけに隣に座っている妻が「シキ先生はホラー映画がお好きですか」なんて質問をするものだから、「それは御詠歌と関係ありません!」と怒り出した。
私がお唱えしようとすると、先生は「あなたは上級者ですから教えることはありません」などと嫌味を言う。そこで何とか頼み込んでお唱えさせてもらった。永平寺第一番『渓声』である。ところが「い〜ろ〜♪」の上のレからドに下りるアヤが大ハズレ。音程が高すぎるのか、声が出ない。調を下げてもう一回(のつもりが同じ調)。「い〜ろ〜♪」あまりの酷さに目が覚めた。
なんだろう、この夢(ほんとうの初夢は今日か明日の夜に見る夢である)。
お水をあげ、坐禅をして、朝課は般若心経・理趣分品・消災呪で大般若祈祷、参同契・宝鏡三昧で祖堂諷経、大悲呪で開山歴住諷経、寿量品偈で檀越先亡供養。これで1時間半ほど。終わってから実際に『渓声』を唱え初めしてみたが、夢ほど酷くはなかったので安心する。
年始客への引出物は、立春大吉のお札、お寺のマッチ、ごまふりかけ、七福神飴、住職だより、石屋さんから頂いたパンフレットの6点。もうすぐお客様がいらっしゃる頃だ。
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年末進行
- author: hourei
- 2008/12/17 17:00
2人の子供と過ごす山形6日間はあっという間に過ぎた。つくばと比べると子供たちも刺激が多いので楽しいようだ。つくばでの週末というと、お昼にパン屋さんに行って、午後から本屋さんに行き、家では本かインターネットくらいのものだが、山形ではまずテレビとDVDがあり、長女の好きなVOWや長男の好きなミニカーがあり、それにイレギュラーにお客さんがが訪ねてくる。お出かけも本屋だけでなく、仏壇屋や墓石屋などバリエーションに富んでいる。
月曜日は、午前中に御詠歌の練習が終わった後、保育園に長女を迎えに行って、祖母に見てもらっていた長男と一緒に長井線→新幹線→バス。新幹線では眠くなった長男が久しぶりに大泣きしたが、やがて長女と一緒に眠りについたのでゲーム会のレポートを作ることができた(このごろレポートはほとんど新幹線の中で書いている)。
東京駅では例によってキャラクターストリートに立ち寄り、ウルトラマンとトミカを見る。ウルトラマンはこのごろ長男が大好きで、私が小さい頃に見ていた怪獣図鑑を長女に読んでもらって、結構たくさんの怪獣名を覚えた。特にエースの超獣を気に入っているみたい。長女は博学が趣味なので、どこに行っても一通りチェックしている。
キャラクターストリートではプラレールを扱っていないのと、ウルトラマンと比べて仮面ライダーの扱いが小さいのが残念だ。頑張れ石ノ森プロ。
そんなこんなで遅くなってしまったので、お菓子を買ってバスに乗る。道中好きなお菓子を買ってもらえるのも子供たちが山形に行きたがる理由のようだ。長男はぶどうグミ、長女はチョコレートを好む。
家に帰ると妻と6日ぶりの再会。山形と比べると休日はほとんど家にいて慎ましい生活を送っていたようだ。私なら間違いなく、どこかのゲーム会に行ってしまいそうだが。
火曜は久しぶりに料理を作った。山形では母に任せっきりで、私はお湯を沸かすか配膳をするくらいしかしない。スーパーで買ってきたトンカツを使ったカツカレーとサラダを作る。
水曜は夕方から米沢の温泉で忘年会のようなものがあったため、秋葉原経由で一路北へ。この日記はその道中で書いている。旅のお供は上野駅で買った福岡西通りプリン、期間限定品の紅茶花伝クリーミーいちご、ウコンの力カシスオレンジ味。昼には秋葉原で紅茶花伝ミルクティーを飲んできたし糖尿病になりそうな感じだ。今日も食べすぎ・飲みすぎをしないように気をつけたい。
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子供たちと山形
- author: hourei
- 2008/12/10 18:22
結局、今日から来週まで山形にいることにした。その代わり、来週の水曜日はとんぼ帰りにして週末までつくばで過ごす。それでも今月の6割は山形で送ることになる。
当初は長男と私は山形に行き、長女と妻はつくばに残るという子育てシェア計画。ところが保育所を休んで新幹線に乗れるとウキウキの長男を見ていた長女が「私も山形行きたい」と言い出す。保育所の大きな行事もないということで、結局2人とも連れて山形行きとなった。妻は寂しがったが、ま、行きたくないというのを無理やり連れていくよりはいいか。
今日は朝7時前に家を出発。つくばエクスプレス→山手線→新幹線→米坂線という4時間以上の長旅だが子供たちはすんなりと起きて道中も騒がずお利口にしていた。山形の家に着くと長女は早速インターネット、長男はミニカー。これが目当てなのか?
実は2人連れてくると、2人で遊ぶので親としては楽である。今も長女がこの頃はまっている「うちの3姉妹」ごっこを2人でやっている。長男だけだと、パソコンに向かえばウルトラマンの動画を見せろというし、テレビを見ればDVDをかけろというしで何もできない。
明日と明後日は公式の行事がない。パソコンの前でぼうっと過ごさず、年末でたまっている仕事を少しずつ片付けていこう。
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戻るか、留まるか
- author: hourei
- 2008/12/08 21:57
パズルのような日々が終わって、12月はだいぶ楽になると思っていたら、思ったほどでもなさそうだ。用事の数は多くないが、水曜日にピンポイントで入り続けているために、往復するタイミングがとりづらい。
週末はほとんど山形にいるので、土・日(+金・月)に用事が入っても対応は比較的容易である。火曜日は大学の講義があるので用事が入ったら断る(幸いなことにこの2年間、火曜日に葬儀が重なったことはない)。
問題は水・木に用事が入った場合だ。日帰りでつくばに帰るか、それとも週末まで山形にいるかで悩む。
つくばでは、身重の妻が2人の子供と毎日格闘を繰り広げている。長女はずいぶん大人になったが、もうすぐ3歳になる長男が爆弾。夜は寝ないわ、あたりは散らかすわ、母乳が出ないのに「パイパイ」攻撃を続けているわで妻はゲッソリ。特に週末に私がいなくて親子3人で過ごすとなると、日曜夜にはたいていへとへとになっている(子供たちとしては平日の日中に会えない分を取り返そうとしているんだろうけど)。
山形でも、ひっきりなしの来客の合間を縫って母が祖母の介護をしているので格闘ではあるが、祖母は自分のことを自分でするので、つくばほどたいへんではない。祖母を留守番にして外出することもできる。
こういう状況で、私はできるだけつくばにいて家事をするか、あるいは長男を連れて山形に行くことが望まれる。山形に1〜2泊だと、子供を連れて行くメリットよりデメリット(移動の大変さ、子供の体力消耗など)が勝る。日数がそれ以上になると子供(長男)を連れて行くことになるが、平日につくばにいれば至れり尽くせりの保育所に通えるわけで、元気なのに休むのはもったいない。
そこで平日に用事がとびとびなら、小まめに往復するという手がある。水曜日に用事が入り続けている場合、小まめに往復しないと、火曜以外を全部山形で過ごすことになりかねない(今月がそうなりかけている)。でもこれをやると一往復するごとに諭吉2枚が飛んでいってしまう。
このように小まめに帰っても、長男を連れていっても一長一短。特に水・木に用事が入るともうどうしたらいいのやら。用事は土日だけで、月〜金曜までつくばにいられるならばどんなにありがたいことか。
昨日と一昨日は久しぶりにつくばにいたので、今日は山形へ日帰り往復になった。明後日に入った用事、長男を連れていくべきか、また日帰りするべきか。結局、交通費をケチって、長男を道連れに山形に引きこもることになりそうな気がするのだけれど(不思議なことに、いればいるほど仕事は増える)。
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パズルのような日々(4)
- author: hourei
- 2008/12/02 11:37
日曜日のうちに妻は大阪から帰ってきたが、そのまま月曜から都内で学会のため、草加の実家に宿泊。私と子供たちも日曜日の朝まで草加にいたので、行き違いである。
月曜日は朝から御詠歌の検定会。私は二級師範という年不相応な資格を持っている関係で主任検定員なんて偉そうなポストに。緊張して入ってくる母親以上の年齢の受検者を前に点数をつけたり、終わってから手厳しい寸評を加えたりしていた。本当にすみません。
帰宅してからは、じゃれついてくる子供たちを無視して日本ボードゲーム大賞の投票準備。そのうち長女はお絵かき、長男は泣いているうちに眠ってしまった。
何とか準備を終えて、夕方からは高校の同窓会。初めての参加で、おじいさん方しかいないだろうと思ったら、案の定私と友人の2人唯一の平成卒で、しかも最年少だった。叔母と同年代くらいでも下から数えたほうが早い。卒業してから15年以上経っているわけだが……。出席者は社長、医院長、町長、校長と「長」の付く人がずらり。すっかり引いてしまったが、最後に校歌や自治会歌を歌うころまでにはだいぶ打ち解けた(16年経っても応援歌などを忘れないのは、入学直後に新入生全員が受ける、ありえないほど厳しい応援練習の賜物である)。
我が母校は上杉藩の藩校を母体にしていることもあって、帝王教育が染み渡っている。「寧ろ鶏口となるとも牛後となるなかれ」という故事は、高校のときに覚えさせられた漢文に入っている。同窓会に来るのは自然と「長」になるのだろうけれども、私も一山の主として組織におもねることなくやっていく勇気をもらった気がする。
それと高校の近況を聞かせてもらったが、米坂線の本数が少なくなったり直行列車がなくなったりして、長井から通っている生徒は激減しているのだそうだ。かつて、ないことで有名だった修学旅行が今は行われているという。といっても東大なんかの見学が主ではあるが。それから上杉鷹山公の出身の関係で宮崎の高鍋高校と行き来しているという。こういう歴史に力を入れているところは相変わらずだなと思う。
帰宅してから御詠歌の関係でもう一仕事。おかげで夜遅くなってしまったが、今日は大学の講義のため早起きしなければならなかった。5時に叩き起こされて不機嫌な子供たちを連れ、新幹線へ。新幹線の中では子供たちの機嫌が直ったのでのんびりする。
子供たちを義母に預けると、1時間ほど時間ができたので道中のネットカフェでこれを書いている。講義が終わって義父母の家に行くと、妻も帰ってくることになっている。3日ぶりに家族が揃い、つくばに帰る。これでパズルのような日々も一段落というところだ。
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パズルのような日々(3)
- author: hourei
- 2008/11/30 18:31
金曜日から妻が大阪出張のため、子供を連れて行動することになった。金曜はスーパーですぐ食べられる惣菜を買って、宝くじ売り場へ。先日妻の実家のテレビで、銀座の売り場にすごい行列ができているのを見て久しぶりに買おうと思ったのである。15年ぶりであるが、日暮れどき、惣菜を買って2人の子供を連れて宝くじを買う父親の姿はあはれなものである。
夜は子供たちを早めに寝かしつけて、23時からスカイプ会議。結局26時までかかってしまい、風邪を引いたようだ。翌朝にはさっさと朝食を済ませて、妻の実家に移動する。
土曜日はよく考えたら、妻は仕事だが私は何もないことに気づいので急遽ゲーム会を企画する。急なお誘いに応じてくださる方がいらっしゃり、妻の実家にて貴重な息抜きができた。子供たちは妻の両親と義兄におまかせ。
今日は朝から浅草のテーブルゲームフェスティバルへ。子供たちが意外になじんでくれたお陰で2時間も滞在できた。長女があちこちのブースで「これは何ですか?」と質問を繰り返し、長男が後をついていって会場をぐるぐる回っている間に、いろいろな人とおしゃべり。ゲームマーケットもそうだが、ものを買うというよりも人に会うために行くという感じだ。
終わってから、子供たちに約束していた花やしき遊園地へ。長女はロールコースターに乗りたがるが、長男が110cmの身長制限のひっかかってしまう。長女は独りでも乗るというので、長男とスカイシップに行き、帰ってきたらちょうど乗るところ。独りで30分近く行列に並んで、知らない人とコースターに乗る長女の成長を感じた。あとタクシー(本物ではない)に乗ってから、地下鉄で上野へ。
上野駅に着いたのは新幹線が出る15分前。ちょうどよいかなと思っていたが、チケット発券に5分、子供がトイレと言い出して5分。残り5分で地下4階ホームにいかなければならなくなった。しかもエレベーターが逆方向に行ったりして、エレベーターの中から発車ベルが聞こえる。乗れるか? エレベーターのドアが開いたらすぐに新幹線に飛び乗った。10秒くらいの僅差でセーフ。乗ったのがMAXやまびこだったため、大宮でつばさに乗り換えた。
新幹線の車中では長女はマンガ、長男は一通り食べてお昼寝。赤湯駅から先ほど帰ってきたところで、髪を剃って19時から御詠歌の練習がある。
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パズルのような日々(2)
- author: hourei
- 2008/11/26 12:30
先週の水曜日、私に連れられて山形に来た長男は、後から長女と来た妻が月曜日につくばに連れて行った。今回、私がつくばに連れて帰れなかったのは、寺役員の一泊研修があったためである。
月曜日は、朝から寺役員さんが集まって境内の冬支度を行う。終わって午後から米沢の林泉寺へ。来年1月から始まる大河ドラマ『天地人』の主人公・直江兼続の菩提寺である。上杉藩は関が原の戦いで負けて越後から会津、会津から米沢に減封される。智将として豊臣秀吉に認められていた兼続は、米沢で藩の再生に取り組んだ。
振り返ると、米沢というのはつくづく負け組であり続けたと思う。関が原の戦いでは西軍、忠臣蔵では吉良家側、戊辰戦争では江戸幕府軍、そして今は山形・仙台・福島に囲まれて寂れる一方である。江戸時代にも跡継ぎができず、お家取り潰しは免れたものの石高を半分にされたこともあった。直江兼続や、藩政を立て直した上杉鷹山を見習って、地方格差の時代を生き延びることはできるだろうか。
上杉鷹山が10代に婿として米沢に入ったとき、ひそかに神社に納めたという「立志の誓詞」が印象に残った。学問と武道に励むこと、謙虚であること、言行を一致させることなどが誓われている。言行の一致は耳が痛い。
お寺から小野川温泉へ。お風呂で温まって宴会である。お酒を飲むのは今月2回目。お酒を次に来る役員さんが、コップを空けろ空けろと急かすので9時頃バタンキュー。
翌日は二日酔いだったが、大学に行かなければならない。朝6時に起きて米沢駅から新幹線で埼玉へ。講義が終わって今度は四ツ谷の紀尾井ホールに行き、来夏に山形で行われるコンサートのプログラムを相談。ちょうど声明のコンサートで、衣を着たお坊さんが楽屋で発声練習をしていたのが笑える(私もやりますが)。
今日は午前中から赤湯でお寺さんの会議がある。そのためつくばには帰らず、草加にある妻の実家に泊めてもらって今朝は5時起き。この日記は赤湯に向う新幹線の中で、イチゴのシュークリームを食べながら書いている。会議が終わったらとんぼ返りで秋葉原に行き、1週間ぶりにつくばに帰ることにしている。
今週末も山形と埼玉での仕事に妻の大阪出張が重なり、なかなか厳しい日程だ。綱渡りはあと1週間続く。
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長男と山形
- author: hourei
- 2008/11/20 18:57
1週間ほど山形に滞在しなければならなくなったので、子育てのワークシェアリングで長男を連れて行くことになった。水曜日といえば秋葉原も捨てがたい。というわけでちょっとだけ顔を出すことに。
まずはスーパー「マスダ」の休憩コーナーで昼食。つくばに限らないことだろうが、平日の昼間に子供を連れてぶらぶらしている男の人は少ない。しかもバンダナをしていたりと正体不明すぎてすれ違う奥様方の視線を釘付け。何者なんだろう?って、私でも思いますもん。
バスに乗ってつくばセンターに行けば秋葉原まで45分だ。だがその前に、前から気になっていた研究学園駅前の巨大ショッピングセンター「イイアスつくば」に立ち寄る。日本最初のトイザらスである荒川沖店が8月に閉店になったのは、ここに開店するためである。というわけで脇目も振らずトイザらスへ。トイザらスでは脇目も振らずボードゲームコーナーへ。
特に変わったものがあるわけではなかったが、見て満足というところである。長男にはウルトラマンのフィギュアを選ばせたところ、エースとゼットンを購入。そして駅まで引き返して秋葉原に向かう。
秋葉原で知り合いと会ってから、予約していた新幹線で山形へ。新幹線の中もエースとゼットンで間がもった。私がかまわずゆっくり本まで読めるようになるとは、長男も成長したものだと思う。
山形はずいぶん雪が降っていて驚いた。夜にドドン怪獣※で何度か起きたが、お昼寝をほとんどしていなかったので親子とも朝までぐっすり。今朝はさらに降り積っており、30cmほどになっただろうか。まだ葉っぱが落ちていない木々は、突然の雪の重みでずいぶん折れてしまっていた。
※ドドン怪獣 屋根に積もった雪がまとめて下の屋根に落ちるときにする音を、私が幼少の頃からドドン怪獣が来たといって怖がっていたもの。
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パズルのような日々
- author: hourei
- 2008/11/19 10:52
先週は何をしていたか、妻と話していたがどうも思い出せない。記憶力が減退したかと思ったが……
9日 つくばでのんびり。結局11月で何もない週末はここだけ。
10日 妻が1泊で仙台出張に出発。子供たちと夜を過ごす。就寝直前に訃報が入り、あれこれ予定変更。
11日 車で草加にある妻の実家へ。子供たちを預けてから大学に出講。終わって山形に直行。通夜のお経を読む。妻は仙台から草加に帰り、子供たちを連れてつくばへ。
12日 火葬と葬儀を終えて夜につくばに帰る。予定していたゲーム会は中止。
13日 保育所で個人面談。終わって電車で妻の実家へ。子供たちを預けてから秋葉原に行き、ボードゲーム雑誌のインタビュー。終わって草加に帰る途中、つくばから電車で来た妻とたまたま同じ車両になる。ちょっとときめいた。
14日 同じ新幹線で妻は仙台、私は子供たち2人と山形へ。妻は仙台からバスを乗り継いで山形へ。夜に長男と迎えに行く。
15日 午前中法事、午後伴僧、夜に同級会の反省会で久しぶりに飲む。
16日 午前中法事、お昼はご供養で家族みんなでお餅を頂く。午後も法事。
17日 午前中にご詠歌の講習会、午後からつくばに帰る。
どうも行事が多すぎ&不規則すぎて覚えきれないほどだったようだ。今日はこれから長男だけ連れて秋葉原経由で山形へ。明日から3日間、ご詠歌の講習がある。妻は長女を連れて土曜日に山形に来て、来週の月曜日に子供たちを連れてつくばに帰る。私は月曜日に役員研修で小野川温泉に一泊し、大学に直行。パズルのような日々は月末まで続く。
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昨日の長井線
- author: hourei
- 2008/11/15 18:30
私は長井線のヘビーユーザーである。国鉄から第3セクターになり、少子化による高校生減少で苦しい経営を迫られており、赤湯駅で待ち時間が1時間あろうとも、急いでいない限りは極力利用するようにしている。
この頃は観光客の誘致に力を入れており、東京など遠方からはもちろん、中国人の団体客も見かける。車窓から田園と盆地の美しい風景を見られるのがウケているらしい。朝倉さんという車掌が、山形弁全開でガイドをしているのもいい。
昨日も団体客が乗っていて、朝倉さんがガイドしていた。こちらは地元風の2人の子ども連れである。飴玉をもらって赤湯駅を出発。
梨郷駅付近だったろうか、床からガチャガチャと音がして列車が急停止した。床に転がる長男を、朝倉さんが心配してくれたが大丈夫。置石かと思ったら運転士のアナウンスがあった。「ただいま大型動物をはねました。今確認いたしますのでしばらくお待ちください。」
大型動物って何?!
列車の後方に駆け寄る団体客たち。見てきた人の話だとカモシカだという。「頭がすっぽりなくなってるよ。見に行かないほうがいい」なんて言ってるおじさんもいる。車掌は外に出て携帯電話を片手に車両をチェック中。
ところがである。運転士が車両に戻ってまたアナウンスした。「カモシカは自分で起き上がって山のほうに帰っていきました。車両に異常がありませんでしたので出発します。」遠目で首がなかったように見えただけらしい。よかったよかった。
列車は2分後れだったが、団体客にはいい土産話になっただろう。こんな長井線が、そして車掌さんたちが私は好きだ。
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善玉コレステロール
- author: hourei
- 2008/11/07 22:05
今日、血液検査の結果を聞いてきた。先週、咳でお医者さんに見てもらったついでに内科検診もお願いしたのである。
その結果、正常値を唯一外れているのが善玉コレステロール(HDL)。これが基準値にちょっと足りない。血液検査の結果、この値だけが低いのはもうかれこれ10年になるが、去年、これが理由で生命保険を蹴られたときはショックだった。
治療の必要はないが、動脈硬化につながる恐れがあるという。これを増やす方法を聞くと継続的な運動と適度な飲酒。1日1合程度を取るとよいらしい。「お酒を飲みなさいということではないですけどね。」
10月にお酒を飲んだのは1回だけ。11月も2回だけになりそう。不飲酒戒を持ち出すまでもなく、毎日飲むなんて無理。お金がかかる、夜中に目が覚めてしまう、集中力が落ちるなどのデメリットが大きい。百薬の長というが、『大智度論』では飲酒の三十五失が説かれている。
となると残るは運動。歩く時間がないことはないが……。
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運動神経
- author: hourei
- 2008/10/09 21:58
今日の午前中は保育所の運動会。前の日までの雨もすっかり上がり快晴で気分がいい。3時間ほどの中に2〜5歳児の全員に見せ場を作り、滞りなく次の競技、次の競技と準備していく先生方と父母の会の役員さんにすっかり感心した。
長女は保育所最後の運動会で、見せ場が一番多い。最初のかけっこ、障害物競走(とは言わないが)、となりの幼稚園生と綱引き、親子競技、ダンス、リレーと6回もある。そのほかに歌や終わりのことばまで。
このために毎日練習を重ねていたそうで、長女の足もいつの間にか速くなっていた。ただ、障害物競走は苦手がなかなか克服しきれなかったようで、のぼり棒は「視界に入らなかった」といってスキップ、鉄棒も前回りで頭が下になったままなかなか戻れない。
まさにこれ、子どもの頃の自分を見るようだった。背が高くて、体をうまく操れないのである。小中学校の体育の成績はいつも「3」。進学校の高校に行って初めて、運動神経が今ひとつの同級生の比率が高まったおかげで相対的に成績は上がったが、今年の夏に小学校の同級会で運動をしたときは実力差を見せ付けられた。
長女が生まれたばかりのころ、パパママ教室で体育の成績を上げる方法ということで、足を持って逆さ吊りにする(虐待ではない)なんていうのをやってみたが効果なし。長女は今、縄跳びも自転車もフラフープもほとんどできない。遺伝だなぁといまさら親近感を新たにした。長男のほうは運動が得意だった妻のほうが遺伝しているようだ。
ともあれ本人は最後に金メダル(クラス全員がもらえる)をもらって満足そう。よくできたご褒美に、帰りに好きなおやつを1つ。でも運動会の帰りに、妻と私でパフェとあんみつを食べたことは内緒にしている。
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おくりびと
- author: hourei
- 2008/10/09 16:27
モントリオール映画祭グランプリ受賞で急に話題になった映画。オーケストラが解散になったチェロ奏者の主人公は、妻と共に故郷の山形に帰る。そこで「旅のお手伝い NKエージェント」という求人を見ていったところは、納棺の仕事だった。
笑いと涙(涙が断然多いが)がいっぱいつまった2時間。妻を喪った人(「今までで一番きれいでした」、子どもを喪った人「やっぱり私の子どもだと」、母を喪った人、大の男が泣き崩れるのを見るのはたまらない。久石譲の音楽が効果的に輪をかける。
それにしても、死体を扱う職業ってこんなに差別されているものなんだろうか。同級生は「まともな職に就け」というし、妻は「汚らわしい!」というし、仕事中にも「あんな仕事を一生して償うのか」と言われてしまう。私にはとても尊い、そして美しい、「師」とつくのにふさわしい職業だと思うが。
山形の風景も美しい。庄内弁もお見事。ただ、実際の話をすると納棺師はまだまだ都会の職業であり、山形では一般的ではないと思う(つまり家族が自ら死に化粧や納棺をしている)。
オーケストラのシーンでは現在、山形交響楽団の音楽監督である飯森範親氏が出演し、ホルンの岡本さんもちらっと写っていた。庄内の風景は残念ながら鶴岡なのか酒田なのかさえ見当もつかなかったが、そばに神社があるNKエージェントの建物(パンフレットでは酒田だそう)はすごく味わいがあっていい。
火葬場の係が「死は門です」と言い、父は息子にメッセージを残す。死者と生者は決して分断されてはいない。「いってらっしゃい、また会おうの」というセリフが強く印象に残った。
私も子どものときに父が離別し、その後一度も会っていない。学生時代にオーケストラをやっていたことがあり、来年から山形に行き、山形に行けば死者を相手にする仕事が待っている。なんと主人公と境遇が似ていることだろう。そのため非常に感情移入してしまった。
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資産運用
- author: hourei
- 2008/10/05 22:02
今日は午後からお坊さんの研修会だった。が、お葬式が入り、ヘロヘロになりながら夕方から参加した。
夕方の講義は資産運用についてで、講師は野村証券の方。超低金利時代の現在、預金だけでは資産は目減りするので高利の証券を。今アメリカの金融危機で証券も値下がりしているが、日本の「空白の10年」と比べるとアメリカは政府がいち早く動いており、2年くらいで収まるのではないか。なので今が買いどきと(本当はここまでは言い切っていない。脳内補完あり)。
まず必要な利率ありきという話で、リスクについては全く触れられなかった。「空白の10年」の頃と違い、アメリカの景気の影響を受けやすい現在はリスクが高いのでは?という疑いが起こる。だが、それよりも、僧侶の積極的な蓄財が倫理的に許されるのかというところが気になって仕方ない。「一日為さざれば、一日食らわず。」
もちろん、宵越しの金はもたないなんて主義ではお寺はやっていけない。だが、目の中が¥マークになってしまいそうなのも怖い。イヤでしょう、そういうお坊さんって。 ちなみに妻にもそういうセールスが来るが、「調べたり検討したりしている時間があったら働く。」近くのお寺さんは「運用する資産なんてねぇ!」どちらにも全く同感。
疲れがどっと出たところで、夕食は弁当を食べながら人権学習のビデオ上映。それが児童虐待についてなのである。近所の子どもが虐待を受けているようだ。どこに通告したらよいか、そして通告後どういう人が動くのか。食事が喉を通らなかったのは言うまでもない。
家に帰ったら長男が元気に遊んでいたのでほっとする。明日はつくばへ。
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最上川アルクセッション
- author: hourei
- 2008/10/03 11:59
明日10時から、私のお寺で坐禅・写経体験会が行われる。これまで申し込まれた方は子どもを含む9名。当日参加もOKなのでこれをお読みの方はお誘いあわせてお越し下さい。
「最上川アルクセッション」という観光イベントの一環として行われるもの。市内の寺院全部にアンケートをしたのに、やってもよいと行ってきたのはうちともう1ヶ寺だけだったらしい。気軽に訪れることのできるお寺って、みんなが求めているものだと思うけれどなぁ。
昨日の夜、寺院の会議があった。次回はいつにするという相談で、この日はダメ、次の日は別の人がダメと言っているうちに月末になってしまう。いまどきの住職は、想像以上に忙しいようだ。というか、私がヒマすぎるのだろうか?
JR東日本とタイアップした立派なチラシにもこの坐禅・写経体験が掲載されていてびっくり。坐禅はときどき行うが、写経は私の代になって初めてだ。
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導師進退
- author: hourei
- 2008/09/29 22:08
今日は道元禅師と瑩山禅師の命日ということで、両祖忌の法要が行われた。当番寺なので導師初体験。
両祖忌は最高の敬意をもって行われる法要なので特別な進退が多い。特に導師は何かをお供えするたびにお拝する。しーんと静まり返った中、周りに近隣の和尚様が立っているところでのお拝は殊の外緊張した。
ミスもいっぱいあった。次回は何年後になるか分からないが、今度はきちんとしよう。直った分、どこか抜けそうな気がするが。
※進退とは引退するか続行するかということではなく、法要中の動き方の作法を意味する専門用語。
これは当日参加した方に配った資料に掲載したものである。
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本日はお忙しい中、両祖忌にご参列頂きまして誠にありがとうございます。
両祖忌とは、曹洞宗の開祖で永平寺を開かれた道元禅師と、総持寺を拠点にして全国に教えを広められた瑩山禅師の法事です。年は違いますがご命日がほぼ同一であったことから、お位牌を二つ並べ、その同じ日にご供養致しております。
すでに道元禅師がお亡くなりになられてから七百五十五年、瑩山禅師がお亡くなりになられてから六百八十三年が経ちますが、両祖忌の法要は毎年行われております。これは、両祖様のご冥福を祈るというよりも、教えを受け継いでいる我々が今の自分を見つめ直す機会であると言えるでしょう。
世の無常を悟り、我への執着をなくして、坐禅をはじめとする仏道の日々を送ること。縁起の中で生きている「いのち」を問い続け、お釈迦様の悟りに一歩でも近づこうとすること。それが現在、どれだけできているかを改めて確認し、反省し、明日に生かしていくのがこの両祖忌であります。
お釈迦様の正しい教えをこの日本に伝え広められた両祖様に深く感謝しつつ、報恩の誓いを捧げましょう。そしてこの一日一日、この一瞬一瞬を大事にして、仲良く暮らしていきましょう。仏の世界は、今ここにこそあるはずです。
南無高祖承陽大師 南無太祖常済大師
平成二十年九月二十九日 森居山龍泉寺 兼住記す
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昨日の東大(2)
- author: hourei
- 2008/09/28 01:51
同窓会でまた東大。今回は先輩の護山真也信州大准教授の発表ということで行くことにしたのだった。院生時代、もっとも長時間一緒に読書会をした先輩だ。
その護山さんが博士論文で扱った主宰神論が発表テーマ。はじめは四聖諦などの知のみに限定されていた仏陀の全知者性は、やがて神格化されるに及び無制限の全知者性に拡大される。しかし仏教徒は同時に、バラモン教の主宰神(世界の創造主)とその全知者性を徹底的に批判する。どこが違うのか?という話。
発表原稿が長すぎて、これからというところで打ち切りになってしまったが、私もオーストリア留学を志していた頃はやりかけていたテーマでもあり、十分面白かった(主宰神の論証は、今は詭弁にしか思えないけれど)。
その後、末木文美士教授の発表だったがこれが何と退官にあたっての最終講義的なものだという。東大の定年は65歳になったが、末木先生は定年前にお辞めになって民博かどこかに行くらしい。定年で辞めるのではないから最終講義など仰々しいものはしないで、これをその代わりにするとは、いかにも形式にこだわらない末木先生らしい。晴れの卒業式にわざとキティちゃんのネクタイなんかしてきたこともあった。
話の中で、印度哲学研究室の中で日本仏教の研究者の肩身がいかに狭かったかを述べられた。日本仏教というと研究者がたくさんいそうだが、そのほとんどは歴史学か宗派関係で、思想史として体系的に追う研究者は非常に少ないという。現代思想でも活躍している末木先生だが、その跳ねっかえり精神の源が分かったような気がした。
そんな話を聞きながら、学生の頃に日本仏教でも中国仏教でもなく、インド哲学を選択した私の中の舶来信仰みたいなものに気がついて内心赤面した。末木先生の授業で別の授業のレポートの焼き直しを提出し、文末にその旨を正直に書いたら不可をもらったなんていうのもいい思い出だ。
終わってからは後輩がいかにこの世界の就職口がないか、したがって博論のモチベーションも上がらないかという話。それを分かって印度哲学を選び、大学院にまで進んだはずだが、研究が何の役に立つなんて考えてしまうとダメだ。
先生方にあいさつして、また博論を早くと言われつつ早めに退散。新幹線で山形へ。
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民主党
- author: hourei
- 2008/09/24 07:04
昨日、妻が用事を済ませている間、子どもを見ながら民主党の街頭演説を聴いていた。小沢党首の最初の目標は、児童手当1人26,000円と、高速道路の無料化だという。そして後期高齢者医療制度の見直し。
アメばかり見せて財源をどうするんだというのもあるが、どれも要らないか、優先順位が低いだろうというのが、私の意見だ。
まず児童手当だが、親の小遣いになるのが関の山。貧困層の親ほど、パチンコ代なんかに消えてしまいそうだ。そんなお金があるなら保育所や学童保育の充実にお金を使ってほしいが、本当はもっとその前の、若者の職業訓練や就業支援が必要だと思う。その辺がしっかりしないと、結婚すらおぼつかない。
次に高速道路を無料化すると、下道を行っても時間がほとんど変わらない地方ならともかく、首都圏では渋滞が激しくなるので「高速」道路でなくなってしまう。道路よりも公共交通機関を支援して交通弱者対策をしてほしい。
そして後期高齢者だが、この世代のお年寄りは年金が手厚いので結構お金を持っている。払える人は払うのが原則。払えないときに保障をするのは必要だが、最初から払わなくていいというのはおかしい。一部の貧しいお年寄りを例に挙げて、まるで全てのお年寄りがそうであるかのような過度の一般化をするべきではない。
人気取りにしてもピントがずれていないか、民主党。自民党も終わっていると思うが、人材力という点ではまだ勝っているのではないか。
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昨日の東大
- author: hourei
- 2008/09/20 12:15
東大に足を運ぶのは2年ぶりくらいではなかろうか。上野からバスで東大構内へ。帰りは上野まで歩き。所要時間の勘はまだ残っていて、講演会にも新幹線にも間に合った。
講演会は断片資料データベースの構築について。1500〜1000年前に書かれたインドの書物の中から、現存しない文献を構築しようという意欲的で気の遠くなりそうな試み。面白そうだとは思うが、誰が入力するの?という感じ
理学部の中に「ビッグバン宇宙国際研究センター」というのがある。前から気になっていたが、これが駐車場の片隅につくった小さい部屋なのだ。看板と中身のギャップがすごい。
看板といえば、文学部でも「次世代人文学開発センター」というのを立ち上げるそうだ。これまた大層な看板であるが、実際は各分野で作ったデータベースをリンクさせるという仕事らしい。例えば大蔵経と四書五経とか。人文学の研究方法を根底から変えるという話だが、どうなんだろうか。
センターといえば、インドでよく見かけたのがワダパオセンター。ワダパオという、スパイス入りのマッシュポテトを揚げてパンではさんだスナックを売る屋台に書いてあった。ギャップという点では理学部も文学部もこれに叶わない。
とにかく博論書かなきゃ。
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二往復
- author: hourei
- 2008/09/18 22:03
先ほど訃報が入って、山形に行かなければならなくなった。ところが明日の午後はウィーンから来ている先生の講演会。教授からずっと出ろと言われていたものだ。お葬式を優先して講演会を欠席するか、講演会を優先して枕経をほかの人に頼むかという選択肢である。
で、悩んだ結果、両立する方法を(母が)考え付いた。それは二往復。これまで日帰りで往復したことは何度もあるが、一日に一往復半はさすがに最高記録だ。
1日目
4:45 タクシーでつくば駅へ
5:07 つくば→秋葉原
6:18 上野→赤湯(新幹線1)
8:42 赤湯→寺→枕経
10:30 寺→赤湯
11:24 赤湯→上野(新幹線2)
13:50 上野→大学
15:00 講演会
18:00 大学→上野
18:14 上野→赤湯(新幹線3)
20:46 赤湯→羽前成田
2日目
9:00 出棺・火葬
13:30 葬儀
17:32 羽前成田→赤湯
18:31 赤湯→東京(新幹線4)
21:00 東京→つくば
西村京太郎みたい。交通費を計算したら44,440円。明後日、無事につくばに帰っている姿をイメージしつつやっていこう。
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朝課
- author: hourei
- 2008/09/14 17:49
長男と山形に来て2週間ほどになる。毎日、朝のお勤めをしているうちに、すっかりお経を覚えてしまった。
お茶とお水をあげて、線香を立てて三拝。長男も隣でしっかり五体投地する。座褥にヨダレが付くのがかわいい。
般若心経では父の膝に座って副堂(木魚係)。お経のリズムに結構合ってきた。回向では略三宝(十方三世一切仏……)もお唱えできる。
どれも別に教えたわけではない。門前の小僧習わぬ経を読む。いわんや堂内の子坊主をや。
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有料インタビュー
- author: hourei
- 2008/09/11 11:32
昨日の夕方、ある会社から電話があった。雑誌で寺院インタビューがあるので応じてほしいという。
何でも有名で話し上手な年配の俳優さん(名前は聞いても分からなかった)がカメラマンと共にお寺にいらっしゃって、若い住職と会談するというものだそうで、時間の設定まであっという間に話が進んだ。でも、前にもこんな話があったような……。
「お聞きしますが、このインタビューは有料だったなんていうオチはありませんよね?」
その質問はズバリ的中。取材協力費として7万円だとか仰る。しかしそれはご住職さんのアピールにもなりますし、誰でもその俳優さんと会いたい人はいらっしゃっていいですしというので、
「その協力費は、お出ししてもお出ししなくてもよいものでしょうか? それとも請求される性格のものでしょうか? こちらはお金をお出しするつもりは全くないんですが」
と申し上げたら終了ー。そのあたりで前にも同じ誘いをお断りしたのを思い出した。前回は、わりあい最初からお金の話が出ていたと記憶しているが、今回はこちらから聞かなかったらどうなっていたんだろう? 当日、インタビューが終わってから「実は……」と切り出されたらお支払いせざるを得ないんだろうな(そこで支払わずに帰すには、相当のインド人魂が必要だ)。
住職もいまどき、ガードを堅くしておかないといけないようだ。
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御詠歌の研修
- author: hourei
- 2008/09/05 20:31
一昨日から2泊3日で、鶴岡の善宝寺を会場に開かれた御詠歌の研修会に参加してきた。
自家用車は母が使うというので、バス乗り継ぎで往復。長井から山形まで1時間ちょっと、山形から鶴岡まで2時間ちょっと。時間もお金もかかるが、本を読んだり眠ったりする至福のひとときを考えれば決して高くない。
御詠歌を始めて10年、いつの間にか受講者の中では上級者になってしまい、その割に進歩していないので落ち込む。しかも、耳ばかり肥えてしまって、自分のことを棚にあげてほかの人の粗ばかり気になるのはイヤだ。僧侶の世界では赤ん坊も同様の34歳、もっと貪欲かつ謙虚でありたい。
研修の一番の楽しみは、ここでしか会えない人に会えることだ。全国に散らばる旧知の仲間、御詠歌を極めた先生方、そして新しい仲間との出会い。面白い話をいっぱい聞けた。
その中でも一番嬉しかったのは総持寺の副管主でもある斉藤方丈さんが照見してくださったこと。もう90歳を過ぎて、激務でお疲れの様子だったが宮崎禅師との約束だから108歳まで生きたいと仰る。博士論文を早く出すように言われたが、課程博士でなく、時間をかけて書いたほうがいいとも。
地元では一般講員が減少し、新しく始める僧侶や寺族さんもめっきりいなくなって意気消沈気味だったこの頃、みんなの熱気に当てられて5年くらい辛抱強く続けてみようと思った。
私の不在中、初めて父母と離れて過ごすことになった長男はずっと37度くらいのお熱。臨時で頼んでいた保育園をお休みしていたという。もっとも、孫かわいさのあまり、家に留めておいたというのが実情のようだ。夜もほとんど泣かなかったそうだが、私が帰宅してから気が緩んだのか、しばらくキーキー泣いていた。
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長男と山形一週間
- author: hourei
- 2008/09/02 16:04
今日から長男と山形で一週間過ごす。乗り遅れそうになったり乗り遅れたりしながら、やっと赤湯駅まできたところ。長井線がモウモウと煙を上げていて、駅員が眺めていたが大丈夫だろうか。
妻と長女はつくばで過ごす。長女はこのごろ、夜寝る前に父のおっぱいを吸うのだが大丈夫だろうか。開発されそうな父であった。
第三子の妊娠が判明。いろいろ検討した結果、妻は育児休業を取ることにしたみたい。もともと上の二人は山形で小学校・保育園に入ることになっていたが、ここに妻と赤ちゃんが加わって、みんなで山形で過ごすことになった。夢にも見なかった7人家族。新しい家にしておいてよかった。
明日から鶴岡の善宝寺で2泊3日の御詠歌の研修。長男は母にお願いしていく。父も母もいない夜は、長男にとって初めてかも。夜泣くかもしれない。
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鉄道博物館
- author: hourei
- 2008/09/01 15:59
久しぶりの日曜休みで、家族で鉄道博物館に行ってきた。パークアンドライドということで、ニューシャトルの駅に駐車して、そこから乗ろうという魂胆。
つくばから関宿を越えて幸手方面へ向かい、蓮田を越えて内宿へ向かうルートでスタートしたが、広域地図では細かいところがよく分からない。結局野田から岩槻に行き、大宮近くまで行ってしまった。
途中の駅で駐車場を探したがないことないこと。親切な駅員のおばさんに、終点の内宿でないと駐車場がないことを知らされ、そこから北上。内宿にやっと駐車場を見つけたときは出発から3時間経っていた。しかもタイムズに駐車してから「マイカーパス」用の駐車場は別であることを知らされガッカリ。
ともあれ、ニューシャトルには初搭乗である。新幹線の高架に平行して走っており、新幹線がびゅんびゅん走るすぐそばでサラリーマンが待っているというシュールな風景を車窓から見て、いつか乗りたいと思っていた。小さい車体、眺めのよさ、高速の新幹線で長男がもう大興奮。まるでここから博物館が始まっているみたい(鉄道じゃなくてタイヤだが)。内宿から25分があっという間に過ぎた。
鉄道博物館は、予約制のミニ運転列車や運転シミュレータは当然のようにもう終わっていたが、ヒストリーゾーンにある明治・大正期の列車や模型鉄道ジオラマなど、たっぷり楽しめた。人が客車を押す人車軌道が衝撃的。赤湯にもあったそうだ。
列車の中で食べられる駅弁はもう売り切れていたが、2階のセルフサービス式のレストランTDが美味しくて満足。
欲を言えば御料列車の中をもっと見えるようにしてほしかったのと、もっと映像資料がほしかった。その点は、2月に見てきたニュルンベルクのDB(ドイツ鉄道)博物館に軍配が上がる。
帰りは草加の妻の実家に寄って夕食とお風呂を頂き、帰って速攻で寝た。長女は入館早々に帰りたがったが、長男は今朝まで興奮が持続するほどで、また近いうちに行くことになるかもしれない。
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インド・ワラ
- author: hourei
- 2008/08/30 16:00
東京駅八重洲地下街のインド料理店、インド・ワラが気に入っている。オススメですよ。
野菜・キーマ・チキン・日替わりから1品選んだターリーが650円、2品だと800円。日替わりはパラック、サンバル、バターチキンなど。店が狭くてほとんど屋台みたいだが、この価格はうれしい。
チャパティはレンジで温めるのでかみきれないが、バスマティライスにコリアンダーがたっぷりかかっているのと、ショウガのアチャールがついているのと、ライスが葉っぱに乗っているのと、サラダがそっけない塩コショウ味なのが本格的。量的にもちょうどよいくらい。
店員はインド人が常駐。頼んでいないものを勧めてくるとインドを思い出す。ときにアルバイトの日本人がいる。持ち帰りも可能。
「ワラ」は、リキシャーワラ(リキシャー運転手)なんかのワラ。ラージュ・ワラ(王宮)のワラではない。
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小学校の同級会
- author: hourei
- 2008/08/12 13:36
昨日は午後から小学校の同級会に参加。20歳のときから5年に1度開かれているもので、今回は私の地区が幹事になった。ただ集まって飲むだけでは工夫がないと思い、小学校のグラウンドに集合して2時間汗を流し、バスで温泉に入ってから宴会というプランを決行。もうそろそろ若くないので、できるうちにやっておきたいという思いもあった。
運動に参加してくれた同級生は9名。案内の葉書にサッカーボールのイラストを入れたからか、サッカーチームのユニフォームを着て、スパイクまで用意している人もいる。何ができるか心配していたが、即サッカーに決定。コーンを置いて小さいピッチを作り、ハードルを2つ並べてゴールにした。
サッカーを職場や仲間でやっているという人もいてなかなか白熱する……が、ものの5分で足は止まり、10分後に休憩。「きっつい!」と口々にいうみんな。日ごろの運動不足をいかんなく露呈したかたちになった。
それから30分ほど休んでいると、学校の先生が来たのでお願いして体育館をちょっと開けてもらう。第2ラウンド、バスケットボールの開始である。バスケットボール部だった人もいたが、シュートがなかなか入らない。そのうちまた足が止まり始めて10分で終了。
また30分休んで今度は100m走。よく体力が持つものである。1位は14秒を切る好タイム。私は途中から足がもつれてビリから2番目。小学生のときから体がずっと大きくなっているはずなのに、100mは長かった。
運動能力ってそう簡単には変わらないものだと、友達や自分を見て思った。心配なのは明日あたりから来そうな筋肉痛だ。
2時間はあっという間に過ぎ、バスに乗って温泉へ。友人が何か飲んでいるので聞けば「鯉の肝」だという。ソルマックみたいなものだというので頂く。効いたかどうかは分からないが、汗を流してからのビールは最高だった。ふだん酒がおいしくないのは、体を動かしていないせいなのだろう。宴会は先生も含め22名参加。
友人の息子(1歳半)がずっと宴会場にいて可愛がられていたり、そこに救急隊に務めている友人が気を利かせて救急車のミニカーを買ってきたり、入院中の先生への寄せ書きを作ったり、ファミコンソフトの「アストロロボ・ササ」なんてフレーズを聞いたり、不妊の話をしたり、同級生ならではの気兼ねなさで心から楽しんだ。
3次会が終わると26時半。「鯉の肝」が効かなかったか、効き目以上に飲みすぎたか分からないが、今朝はかなり二日酔いしていた。これから塔婆を28本書いて、明日からお盆のロードが始まる。
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寺子屋体験
- author: hourei
- 2008/08/10 19:45
昨年に引き続き地元の小学生を対象にした寺子屋体験会があった。今度はおとなりのお寺で、私は手伝いとして参加する。
メニューは坐禅、読経、お粥、清掃、写仏、ボードゲーム、流しそうめんという順番。去年、私の寺で行ったときは坐禅の驚策(肩を打つ棒)は見かけだおしだったが、今回はご住職の指示で1人1回ビシビシと打たせて頂く。誰かが打たれるたびにビクッとしてキョロキョロする子供たち。たくましく育て、子供たち。
最初にご住職が話したことは、樋と畳の縁を踏まないということ。脚下照顧、勉強になる。躾は家庭で今一番足りないものだろう。私はそのへん、自分でもできていないこともあって無頓着なので反省。
お粥では全員食べ終わるまでおしゃべりをしたり足を崩したりしてはならなかった。普段お粥など食べなれていないせいか残す子供が多かったが、今回はそういうルールなので皆が睨みつける中、慌てて口の中に流し込む。同じような状況で、熱いお粥を大盛りにされた修行時代を思い出した。
食後、少しは休憩するかと思いきや間髪入れずお椀洗いと雑巾がけ。終わるとまた休憩なしで写仏を1時間みっちり。守り本尊を写して自作のお守りを作るというもので、身心を整えて作ったお守りはさぞや御利益があるというものだろう。
ボードゲームはカラバンデ、ブロックス、かえるの飛び込み大会、ミスターダイヤモンド、キャッチミー、ジェンガの6タイトルを用意(人気はこの順番)。それまでの日課が厳しかったこともあって、子供たちは水を得た魚のように生き生きとしていた。
お寺が変わればメニューも変わるが、毎年続けていると子供たちの坐禅の姿勢もよくなっていく。お寺がどんなところか知ってもらうためにも、これからも継続してほしい。来年からは長女を参加させようかな。
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事務員
- author: hourei
- 2008/07/15 11:26
35歳前後といえば、世間では中堅だがお坊さんの世界では赤ん坊もいいところである。80歳くらいでやっとありがたみが出てくるまであと45年もある。
だがこの年代によく回ってくるものがある。それはいろんなお坊さん団体の事務という仕事。私にも昨年あたりからぼちぼち回ってきて、3つになった。御詠歌の研究会、本山への奉仕団体、市の仏教会である。主な仕事は資料の作成、会場の予約、会員への連絡など。
前に御詠歌の先生から「頼まれたら断らず、私でよろしければと引き受けること」と教えられて以来、安請け合いしているが引き受けてみて結構たいへんだということがわかった。資料の作成は前役員から引き継いだテンプレートがあるが、会場の予約は費用や集まりやすさを考慮に入れなければいけないし、会員への連絡が文書だと発送の手間がある。そしてその一々を会長さんに確認しなければならない。
一方、我が家の家系は「泥棒来てから縄綯い」がモットー。中学校のテストは前日になるまで勉強する気が起きなかった私にもその血が流れている。インドに行ってからはさらに拍車がかかり、明日のことは明日考えるという風になってしまった。事務には一番向いていないタイプである。
先週末も夜遅くになってからハガキを印刷したり、思い出したように電話したり。何か忘れているような感じがいつもするのは気持ち悪い。世情に詳しくなるというメリットもあるが、これから5年くらいはこういう仕事が続くと思うとちょっと気が遠い。
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今年前半の給与
- author: hourei
- 2008/07/05 22:47
6月が終わると恒例の源泉徴収をしなくてはならない。うちのお寺は小さな事業者ということで半期に一度の申告になっている。例年だと正確な額は年末調整に回すことにして前年の実績に基づいて申告しているのだが、今年は庫裡建設の返済があるため、帳簿をエクセルに入れて計算してみた。
その結果、宗教法人としての前半期総収入(お布施)は422万円、総支出(経費・返済)は380万円。差し引きで42万円が給与ということになった。源泉徴収はゼロ。この給与でどうやって暮らしているのかと税務署が立ち入りそうなくらいである。
実際には毎月の返済分は妻が負担している(形式上は生活費を仕送りしている)ので毎月30万円弱を山形の生活費として使える。あとは貯金を取り崩したり、祖母の年金を融通してもらったりして急な出費をしのいでいるという状況だ。昨日の車検は10万来た。
お寺というのは物入りが多くなるとなぜかお葬式が増えて何とかやっていけるという不思議な法則がある。来年から私が子どもたちとともに山形に住むようになると年間60万円くらいの交通費が浮く反面、大学の給与がなくなるから差し引きゼロといったところだろう。後はまあ今の調子でやっていけそうだが、そのためには何より心身ともに健康でないと。
というわけで明日は仙台の遊友会へ。仙台に宿泊して明後日は上山で御詠歌を習い、かみのやま温泉から新幹線でつくばに帰ります。
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『寺門興隆』で紹介
- author: hourei
- 2008/07/03 18:00
今月1日発売の月刊誌『寺門興隆』(旧・月刊住職)に「ボードゲームを日本に広める青年住職の技」という記事で私が紹介された。私の生い立ちから『ウサギとハリネズミ』の遊び方まで詳しく紹介されていて、嬉し恥ずかしである。
インターネット経由で取材依頼があり、秋葉原で取材に応じた。数日前にはゲーム関係でインタビュアーとなったイエサブ下のルノワールで、今度は私がインタビューされる側というのも不思議な気分である。しどろもどろだったが、記事ではきちんと伝えられていた。さすがプロ。
終わってから上の階に移り水曜日の会で遊ぶ様子を撮影。つなきさんとかが冷やかすのでにやけてしまったが、幸い遊んでいる写真だけが掲載された。
取材でしどろもどろだったのは、お寺とボードゲームに接点がほとんどないという理由もある。先日、韓国の方と"Are you praying every morning?" "Yes, if I stay in the temple." "Playing every morning?!" "No, no, p'r'aying! ... but maybe that's why I p'l'ay boardgames."なんていう会話をした話でお茶を濁したが、なぜ住職がボードゲームをしているのかなんて考えたこともなかった。
お寺に人を集めるため? 人間の観察眼を鍛えるため? コミュニケーションスキルを上げるため? それとも単なる暇つぶし? う〜ん、どれも結果的にそうなっているのであって、目的ではないなぁ。きっとこういうのを遊戯というのかもしれない。無為であることが尊い。
遊戯(ゆげ)……菩薩の自由自在な活動。とくに仏国土から仏国土への移動。仏の境地に徹して、それを喜び楽しむこと。心のままに無礙自在であること。ゆきき。遊化とも書く。(佛教語大辞典)
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今日の鉄道
- author: hourei
- 2008/06/24 16:06
今日から1週間、山形に滞在する関係で子供を一人、連れていくことになった。今回は久々の長男(2才)。
大学の講義中、預ける場所はないので途中で草加の義父母宅にお願いし、帰りまで見てもらうことにした。ありがたいありがたい。
というわけで今日の経路。
つくば→南流山→南越谷→新越谷→新田→義父母宅→新田→新越谷→南越谷→新秋津→秋津→元加治→大学→元加治→秋津→新秋津→南越谷→新越谷→新田→義父母宅→新田→新越谷→南越谷→南浦和→大宮→赤湯→羽前成田→家
鉄道14本、計11時間の長旅である。これから長男を迎えに行くところ。
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上野泊
- author: hourei
- 2008/06/19 00:09
今日は上野の安宿に泊まっている。本郷で論文集の発送作業、秋葉原でゲーム、夕方から会食。明日は朝から赤湯で研修会があるため、つくばに帰らず駅前に泊まることにした。
5500円ながら和室に布団敷き、大浴場もあり快適。昭和のレトロな感じがいたるところに漂っていて気に入った。明日は5時半起きで新幹線に飛び乗る。
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それって差別発言?
- author: hourei
- 2008/06/13 19:48
今日はお寺で研修会。近隣の寺族さん(お寺の奥様方)が集まるというので、いつにも増して気合のこもった準備をした。私は前日の夕方にノコノコと参上したが、母は毎日のように草むしりや掃除でヘトヘトになっている。
大分からいらっしゃった布教師さんの法話を聞くのがメインだが、暑くもなく寒くもなく、天気も晴れていて快適な会になったと思う。新しい庫裡の和室も控え室としてうまく機能した。
休憩中、布教師さんに差別発言の注意点を伺う。全国を巡回している布教師さんたちが今一番気をつけているのがこの問題。無意識に言ったその一言で、聞く人を傷つけてしまってクレームがついたら(事情聴取はあるが)一発でクビなのである。
「箸は右手で、お椀は左手で」これはアウト。左利きの人に配慮していないという。正解は「箸は片方の手で、お椀はもう片方の手で」。「インドでは左手は不浄手といって衛生上の理由があるのではないですか?」「不浄手という考え自体がもうアウトです。」「合掌は両手の指をぴったりくっつけて」「お年寄りや指のない人などでそうできない人のことを考えている?」正解は「合掌はこのようにすることをお勧めしますが、できない方は心の中でそういうかたちにして下さい。」
そのほか経典などに出てくる文言にも気をつけなければならない。「眼横鼻直」は顔立ちがそうでない人に配慮していない。「上下」なども注意。『修証義』で説かれる三時業(今の行為の報いは、現世、来世、その次の来世に返ってくる)は、悪しき業論(現世の差別の原因を、前世に転嫁して現状肯定してしまう間違った説教)になる恐れが非常に高いので、「完璧に説明できない限り説かない」ということになっているそうだ。そんなことを言ったらさまざまな喩えが展開される『法華経』など、喩えの中には危ないのもあるので意味を分からないで読むしかない。
近年は単なるNGワードの列挙や言葉狩りというレベルを超えて、ひとつひとつの言葉の背景を深く考えるという研修を行っているそうだが、それでも聴衆が「何か差別発言をしないかな。言ったら即通報してやろう」と手ぐすね引いているような状況で法話をしなければいけないのはしんどい。そんな心境で法話の真髄である安心(あんじん)を説くことなどできるものか。そのうち布教師の資格を取るつもりだが、御詠歌の師範のほうが性に合っていると思った。
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死者の思い
- author: hourei
- 2008/06/12 22:27
昨日は所用で秋葉原に行って来た。会場は事件現場の交差点のすぐそばなので、報道ですぐ場所が分かった。衣姿で行って大悲心陀羅尼をあげてこようかと思ったが、頼まれていた荷物が多いのでいつもの娑婆服で。
通り魔事件からわずか3日後ということで、交差点には献花台が置かれ、警察や地元の商店会の方が立っていた。花だけでなくふたの開いたペットボトルがたくさん並んでおり、手をあわせる人も後を絶たない。商店会のジャンパーを着たおじいさんがお供えをしていった人に「ありがとうございます」と言っている。
新聞によると前日に地元の僧侶がお経をあげていったそうなので、私は黙祷をすることにした。現場で目を閉じると、冥福を祈るつもりだったのに亡くなった方の気持ちを想像してしまって恐怖の念が湧いてくる。何の理由もなく突然に命を奪われるということ。これまでの人生を振り返る間もなく、遺される人々のことを考える間もなく、ふたつの眼がたちまち暗くなる。
そこから先のことは想像がつかないが、息絶えるまでに少しでも何か思う時間が残されているならば「こんなところで死にたくない」と思うことだろう。もしその思いが死後も何らかのかたちで継続するとしたら、献花台にいくら花があがったとしても少しも慰めにはなるまい。もちろん、献花する人だって意識的であれ無意識であれそこまで分かっていて、でもほかに死者と向かい合う術がないからそうするわけだが。
死者の思いは死後も継続するのか。それとも身体の消滅と共に消え失せ、あとは遺された人の記憶や想念にすり替わるのか。前者ならばそれはどこに存在し、私たちがどうやって知るのか。そんなことを考えながらの帰り道だった。
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三低
- author: hourei
- 2008/05/30 21:44
今日は保育所に早お迎えで長男を耳鼻科に連れて行き、長女にはしかの予防接種を受けさせ、町内会費を郵便局から振り込んで、2人を本屋で立ち読みさせてから妻をお迎え。帰宅したら手早く作り置きの料理を温めて出す。長男を風呂に入れて今に至る。用事が土日前に終わったので気持ちいい。
三低が今、女性側から見た結婚相手の理想像だという。低姿勢(女性に対して高圧的でない)、低依存(家事や身の回りを女性に頼らないで自分でする)・低リスク(スキルや資格をもっていて安定した職業についている)。妻に決して逆らわない、食事は全部作る、お寺の住職という私は結構満たしているんではないかと。
一方バブル期にもてはやされたという三高。高学歴、高収入、高身長。高収入(たぶん一番重要)以外は結構満たしているけれど、文系では博士になっても職はないし(だから博士論文が遅々として進んでいないというわけではないが)、身長が高くても鴨居に頭をぶつけているうちに猫背になってしまったくらいだから意味がなくなっているのは確かだ。
というわけで三低の世の中になってよかったと思っている。
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東京おもちゃ美術館
- author: hourei
- 2008/05/25 07:55
妻が結婚式出席のため大阪へ。私も夕方から山形に行くので妻の実家にお世話になる。 でも夕方までは何も予定がない。そこで家で退屈するであろう子どもたちを連れて東京おもちゃ美術館に行って来た。
東京おもちゃ美術館は、四谷三丁目で先月から始まった美術館だ。廃校になった小学校を改造して、各教室を「グッドトイ展示室」「ゲームのへや」「日本の伝統おもちゃ」などテーマ別に分けて展示している。見るだけでなく、実際に手に取って遊べるものも多い。
「ゆうもあ」がお手伝いするボードゲーム体験会は実は今日だったが、昨日もバックギャモンなど遊べるゲームがあった。
埼玉から1時間ちょっと。長男は電車に乗ってはしゃいでいたが、ちょっとしたらもうベビーカーの中でスヤスヤ。長女は木のボールのプールとクーゲルバーンがお気に入りだったよう。私は左右の紐を引いてボールを穴から落とさないようにあげていくゲーム。しばらくして起きた長男は、木の棒をハンマーで打ち込むおもちゃに熱中していた。
休憩室でちょっとジュースを飲んだくらいで3時間ほど。元小学校という雰囲気のよさも手伝ってのんびりと遊べるいい場所だった。
妻の実家には3時到着。子どもたちをお願いして3時半に出発。楽しかったので疲れた気はしなかったが、新幹線の中は爆睡。
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日本フィル長井公演
- author: hourei
- 2008/05/20 22:18
「今日の天気は西から東に向かって晴れている
茨城は晴れだった
↓
埼玉も晴れているだろう」
この演繹推理を使って傘なしで出動。武蔵野線が遅れていたが雨に合わずに大学の授業、新幹線、夜のコンサートへ。7時開演なのに6時半に赤湯着(しかも長井線)で厳しかったが、今泉でタクシーを呼んで何とか中プロのラフ2から聴くことができた。
このコンサートはすでに20年前から有志が活動して定期的に日フィルを招いているものだ。今回の開催は代表の八木先生の日記で知り、何かお手伝いしたいと思っていたが往復生活で何もできず。せめて演奏会を聴かねばと参上したのであった。
プログラムに八木先生が書いている。「この地域で千人のホールを満席にすることは、首都圏で東京ドームを満席にすることに匹敵する」と。人口3万人の街で、クラシック音楽のコンサートをこれだけ大々的に続けられるのも積み重ねの賜物であろう。
ラフマニノフはロシアものというには繊細・複雑で、ややもすると混沌としがち。だがさすがコバケンの指揮と木曽真奈美さんの演奏。分かりやすくロマンチックな演奏だった。
メインはベト7。演奏の前に指揮者が自ら聴きどころを解説してくれるというすばらしいサービスつきで楽しめた。『のだめカンタービレ』で有名になったとか。
第2楽章でフレーズの最後が短調がかるところが大好きなのだが、十分に堪能した。しかし驚いたのが第3楽章。トランペットが入るクライマックスに強力なリタルダンドをかけて盛り上げる。さすが炎のマエストロ。
子どもができると昼でも夜でもコンサートをじっくり聴くことができない。オーケストラにはまっていた遠い学生時代を思い出して懐かしくなった。
(※中プロ…2曲目のプログラム、ラフ2…ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、ベト7…ベートーヴェンの交響曲第7番)
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東京キャラクターストリート
- author: hourei
- 2008/04/14 12:58
昨日は山形からつくばに帰る途中、3月8日にオープンした東京駅地下の「東京キャラクターストリート」に長女と寄ってきた。
http://www.tokyoeki-1bangai.co.jp/feature/characterSt/
親子してテレビを見ないのでどのお店も素通り。わずか10分で帰ってきたが途中にカフェがあったり、壁にのぞき穴があったりと面白そう。
一番気になったのはトミカショップ。組立工場とジオラマがあって、実際に手にとって遊べるようにもなっている。今度は長男を連れていきたい。きっと目を丸くして飛びつくはずだ。
http://www.takaratomy.co.jp/products/tomicashop/tokyo/index_sp.htm
道中はすやすや眠る私のそばで、長女はずっと起きていた。目が覚めるとJRのカタログを切り抜いていて、「近郊の駅」というNゲージの鉄道模型がほしいという。お値段は136,500円。買えないといったら「どうしてうちは貧乏なの?」
ちなみにこれ↓
http://www.eki-net.biz/trainshop/disp/CSfLastGenGoodsPage_001.jsp?GOODS_NO=49645
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奉詠大会
- author: hourei
- 2008/04/12 21:28
昨日は地元の御詠歌の大会が高畠町で開かれた。今回はお釈迦様の生涯というテーマでナレーションとスライド・DVD上映をしながらその途中途中に花祭から涅槃までの御詠歌を入れていくという趣向。はじめにこの企画を聞いたときは実現可能性を疑うほどだったが、最後までうまくいった。
私の今回の役目は開会式と閉会式の独詠(ソロ)、それから4人の修行僧役(シーツをまといステージ上でお釈迦様を罵る)、あとは会場設営などの人足。こちらは指示通りに動いていればいいので安泰だが、指示を出す宗務所の方々はたいへんそう。講員さんがひとり倒れるというハプニングもあり、うまくいったときは本人たちが信じられないような顔をしていた。
御詠歌は毎年のことながら花粉症の喘息との闘い。気合で咳を止めて一曲通すのは精神がすりへる。終わると物陰にいってゲホゲホ。
今回思ったのは、才能というのは私の知らないところにたくさん隠れているということ。御詠歌の才能、パソコンの才能、演技の才能、そして人を動かす才能。イベントになると本領を発揮するというのがお坊さんの特性かもしれないが、自分にはこれだけのことをする才能はないと思うことが多かった。その仲間としてやっていることが誇りだ。
心配なのは参加者の減少である。昨年と比べて80人も減ったそうで、講員の高齢化が浮き彫りとなった。このままいくと10年後はホールでなくどこかのお寺で開催してもいいくらいの規模になる。今回の試みはその打開策でもあったが、普段から新しく始める方を増やす方策を進めておかなければならない。
今回もうひとつの懸案は長女の保育園と祖母のデイサービス。朝は登園・通所前にこちらが出発しなければならなかったので知り合いにお願いして送ってもらった。年度初めで午前保育なのでお昼に母がいったん迎えに行きホールまで連れてきた。祖母が帰ってくる前に急いで帰宅。こちらもぎりぎりのスケジュールだったがうまくいったのでよかった。長女に独詠を聴かせることもできたし。
・曹洞宗山形県第二宗務所:第38回梅花奉詠大会……私も写真に写ってます
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最終の新幹線
- author: hourei
- 2008/04/01 21:49
今日は夜にお寺関係の会合があって、明日は朝から保育所の入所式があるので最終の新幹線で移動。23:30東京着で25:00ごろつくばに帰宅予定。
ヘヴィーなので今日は昼寝しておきました。只今は福島近辺。眠くないので本でも読みながら行きます。
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挨拶は必要か
- author: hourei
- 2008/03/30 21:42
先日、お寺の近くにお坊さんが庵をかまえて住んでいるというので訪ねてきた。恩師のお兄さんでもともと知らない方ではなかったが、まさかこんな近くに住んでいるとは知らず驚く。普段はなかなか話せない仏教のこと(皮肉なことに住職同士では仏教の話をほとんどしない)をじっくり話せて満足した。
でも近隣のご寺院さんたちはそういう方がこんな近くに住んでいるというのを知らないようなのである。そこで何人かに「こういう方がいる」とお話してみた。お檀家さんを取るようなつもりはないと伺っていたし、よくよく言葉を選んで紹介したのだが好意的な反応がない。無関心かネガティブな感想ばかりだった。田舎は余所者に厳しい。
そこで近隣のご寺院さんたちと顔見知りになっておいたほうがよいのではないかと思い、そのお坊さんに、要職に就いている方2,3名に挨拶に伺うよう提案。私が案内するということで一度は乗り気になったのだったが……。
そのお坊さんがまず電話をしたところ、もう予定が入っているとかで断られたらしい。私には「日を改めてということになった」という連絡がきたが、いつになったか分からない。そこで今日電話してみた。
そのお坊さんはなぜか態度がずいぶん硬化していて、自分から挨拶にいく理由はないと仰る。反対に、挨拶が必要だという考えは江戸時代の一村一カ寺の発想だから、そんな古いことに拘るべきでないとも。
いつもなら「はいそうですか」と引き下がるところだが、相手はこういう議論をしても気を悪くなさらない方だろうと思ったので反論を試みる。これは江戸時代の発想ではなく、釈尊の時代から受け継がれてきた僧伽(僧侶の教団)の考え方なのだと。すなわち僧侶は集団としてひとつなのであり、集団である以上は組織がある。僧侶であるということは、組織の一員ということであり、同志と仲良くやっていくために挨拶は必要であると。
いつもだったら私自身が先輩から言われそうな台詞を、よく年配の方に偉そうに言ったものだ。「あなたに言われることではない」と拒まれたのは当然だろう。だがそのうち、そのお坊さんは孤高を貫こうとしている自分の態度が小乗的と言われれば分かると仰った。私の言おうとしていることは伝わったようだ。
議論はさらに続く。そもそも仏教は普遍宗教だから挨拶したほうがよいというのは視野が狭いと言うので、仏教は教理だけではなくて、地域に根ざした文化という側面も見なくてはならないと返す。文化である以上は様式があり、儀礼も形式だからといって無視できない。ましてや曹洞宗では「威儀即仏法、作法是宗旨」といって形を非常に重んじる。
後から振り返ればこれもあまりよい理由ではない。「文化」という指示範囲の非常に広いマジックワードを提出している時点でやや詭弁の匂いがする。対機説法が仏教の基本だが、仏教の教理に大きな価値を見出している方には、仏教の言葉で説得するべきだった。
そういうわけで結局伝わらず、挨拶に行くという説得は失敗。反対に「あなたは東大印哲出てて、奈良先生とか竹村先生の後輩なんだから、そんな小さいことに拘ってはいけないよ」と言われる。「一山の住職ですと、マクロな視点とミクロな視点の両方をもちあわせていなければならないんですよ」と、一応立場は理解していただいた。また遊びに行きます、こちらにも来てくださいと言って電話を切る。
20分ほどだったが、これだけまともに相手に反論しあったのにさわやかな気持ちで電話を切ることができたのは親子ほどの歳の差があったからかもしれない。自分の意見を否定されることと、自分の人格を否定されることの区別がつかない人が非常に多い。私もそうだったが、どんなに無茶苦茶でもダメ元で言ってみる人が多いインドでずいぶん"良い加減"になった。
理論と実践は、どちらが欠けていてもダメだと思う。経論を読んで教理への理解を深めつつ、ご寺院さんやお檀家さんと俗っぽいお付き合いもする。問題なのは、気がつかないうちにどちらかに偏ってしまっていることだ。今日の議論で、君子の礼儀がいつの間にか小人の媚びへつらいになってしまっているのではないかと反省したところである。
「仲間の中におれば、休むにも、立つにも、行くにも旅するにも、常に人に呼びかけられる。他人に従属しない独立自由を目指して、犀の角のようにただ一人歩め。(『スッタニパータ』)」
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一番の新幹線に乗り遅れる
- author: hourei
- 2008/03/27 08:16
月曜の早朝に山形入りし、火曜日に葬儀が終わって深夜帰宅。週末までつくばにいるつもりだったが、昨日の夜にまた訃報が入り、本日の早朝また山形入りすることになったところである。
5:07つくば発のTX始電に乗るには、バスがまだ走っていないのでタクシーで行かなければならない。月曜と同じく4:45に予約したが渾身の寝坊。午後4時に目覚ましをかけるという基本的なミスであった。新聞配達のバイクの音で目が覚めたのが5:10。飛び起きて5分で出発した。幸いタクシーは待っていてくれたが30分も待たせて申し訳ないことをした。
この寝坊のため一番の新幹線に乗り遅れ、次の新幹線が2時間後。というわけで大宮まで来てネットカフェに入っている今である。モバイルSuica特急券は受け取り後も変更ができることがわかったのが成果か。
今度のつくば帰りは来週の火曜日。
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モバイルSuica特急券
- author: hourei
- 2008/03/24 14:08
今月15日から始まったモバイルSuica特急券を初めて使った。携帯電話で新幹線の指定席を予約し、チケットレスで新幹線に乗れるという便利な代物である。
これまではインターネット予約しても駅の発券機で受け取る必要があった。みどりの窓口と比べれば混んではいないが、発券機に行くのに遠回りしなければいけない駅もあるし、機械が処理するまで結構時間がかかる。荒川沖駅で発券することもあるが、発券中に後ろから刺される可能性だってあるわけだし。
モバイルSuica特急券では専用のアプリを起動して暗証番号を入れ、乗る列車を選ぶ。「受け取り」を選択すると確定。あとはそのまま新幹線の改札で携帯をかざすだけ。赤湯駅のような田舎の駅にもちゃんと専用の改札機が設けられ、また携帯をかざすと降りたことになる。
発券の手間いらずというメリットに加えて、指定席なのに自由席より安いというメリットが大きい。上野〜赤湯は9600円。普通に買うと自由席が9640円、指定席10,850円だから、1割引以上である。これまでもえきねっと割引(発券機割引)400円があったが、割引率大幅アップで嬉しい。
問題は携帯を忘れたり落としたりしたらどうしようもないことと、座席番号や発着時間をちゃんと控えておかないとまたアプリを起動させてネットにつながないといけなくなること、あと1人分しか予約できないので家族と行くときは使えないことぐらいか。今日は思わず駅員さんに操作方法を聞いてしまった(が、駅員さんもよく分からなかった)。
ほぼ毎週乗っている新幹線。安く乗る情報にはいつも耳をそばだてている。値下がりしているJR東日本株を買って株主優待でもと思ったが1株80万円で2割引が1回のみ。回数券は赤湯からのものがなく割引が少ない。定期券を買うほどには乗っていないし……そんなときにモバイルSuica特急券。これから活用させてもらうつもりだ。
今朝は4時起きでタクシーに乗り、5:07発のつくばエクスプレス、6:18分上野発の新幹線、長井線、母の迎えで9:30寺到着。ややねむい。
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変態親子
- author: hourei
- 2008/03/12 23:44
先週の土曜からずっと山形。長女は保育所に通い、私はまだ引越し作業をやっている。一番重い本が本棚20架分。いつ終わることやら。
入浴のとき、長女が父の○○をつまむイタズラを覚えた。小さいおっぱいでは飽き足らなくなったらしい。どっかのマンガかバウで覚えたのだろう、今日は「このロリコン野郎!」なんて言いながらつまんでくる。つい「逆だろ!」と言ってしまったが、余計なことを教えてしまったなぁ……。
今はメールの対応に追われる父のひざでスヤスヤ眠ってます。
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ジェネリック薬品
- author: hourei
- 2008/03/09 22:25
「近頃の若い者は」という枕詞でよく出てくるのが花粉症である。おとなしく聞いているがその私も中学生からの花粉症。
このところ花粉予報が「非常に多い」の関東地方。花粉症の薬がなくなったので金曜の午後に耳鼻科に行く。ところがさすがこの季節、駐車場がもう満車で入れなかった。
ここで待っていても軽く1時間を超えそうだと思い、一計を思いついていきつけの内科へ。最近開業したばかりで、いつ行ってもほとんど待ち時間のないところだ。この日も果たして誰もいなかった。受付を済ませたらすぐ診察室へ。先生から「お久しぶりです」と挨拶されて戸惑う(「おかげさまで」が正解だったと後で思ったが)。
そこで咳の薬と一緒に、今飲んでいる薬の処方箋も書いてもらえないか恐る恐る聞いてみるとOK。ただジェネリック薬品だったため、近くの薬局に聞いてみると置いていないという。オリジナル薬品と薬価を調べてもらうと、2倍以上の開きがあった。同じ薬が、そんなにも違うものだと驚く。
前にその薬をもらった薬局に行くことにしてジェネリック薬品を処方してもらい、無事4週間分を入手できたのであった。長期間飲むので、保険が効いても1000円以上安い。
どこかの製薬会社の宣伝で「お医者さんにジェネリック薬品をお願いしてみましょう」というのがあったが、同じ薬品にそんな種類があるとは知らないし、お医者さんも忙しそうなので言われた通りにするのが普通だろう。今回はいい勉強になった。
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ひなまつりの夕食
- author: hourei
- 2008/03/03 21:07
夫婦の家事分担というが、食事はどちらかが一貫して作ったほうが絶対によい。買い物の時点で何らかの構想があるわけで、途中から交替しても「この材料は何?」なのである。
私がつくばにいる平日は、保育所に子どもたちを迎えに行って食事を作り、妻の帰りを待つというパターンが多い。朝も同様。妻はときどき手伝ってくれるが、子どもの相手をしていてもらえばそれでいい(こういうのを「主夫」という)。
今日の買い物はインスピレーションがわいたのでひなまつりスペシャルメニュー。
・ちらしずし(ミツカンですが)
・紅白はんぺんのおすまし
・にんじん・さつま揚げ・しらたきの煮物
・一口チキンフライ
・りんご
チキンフライはマヨネーズをからめてパン粉をつける簡易フライ。実はもう3回目である。味付けもしなくていいという、お手軽で美味しいメニューだ。
娘も将来、稼ぎは悪くとも料理の上手な旦那さんをもらってほしい。そんなことを考えた3月3日であった。
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つくば―山形のルート
- author: hourei
- 2008/02/24 00:53
ほとんど毎週のように往復しているつくば―山形間だが、決定的なルートというものが定まっていない。新幹線に乗るまでの間、いくつかの選択肢がある。
1.つくば→南流山→南浦和→大宮で新幹線
……安いが乗り換え多すぎ。子どもを連れているとき、ホームが寒いとき、花粉が飛ぶときは避けたい。乗り換え時間があるため早くない。
2.つくば→秋葉原→上野から新幹線
……一番高いが所要時間は1と変わらず乗り換えが少ないので楽。ただ秋葉原で地下から地上2階まで上って、上野でまた地下4階まで降りる間に結構歩く。東京に行くと少し時間ロス。
3.荒川沖→上野で新幹線
……もっとも乗り換えが少ないパターン。JRオンリーなのに1より40円しか安くない。でも始発駅ではないので、立っていかなければならない可能性がある。
4.荒川沖→友部→小山→宇都宮で(山形)新幹線
1度だけ使ったことがあるが、ありえないルートだと分かった。途中で康さん家に寄る場合のみ。
5.高速バス→上野で新幹線
……高速バスのバス停まで徒歩5分なので便利だが、平日の上りは渋滞のため時間が読めない。下手すると2時間以上かかるので全く当てにできない。いつになってもいい帰りは東京からよく乗る(でも下りはいつもまず渋滞しない。皮肉)。
6.高速バス→大宮で新幹線
……本数は少なかったがもっとも安くつくのでよく利用していたパターン。でも今月の15日でバスが痛恨の廃線。
今日は荒川沖まで送ってもらって3。6がなくなった今、これがベストかなぁ。東京を経由しない地方都市間の往復というのはえてして不便なものだ。
赤湯駅で山形鉄道の回数券を買ったら「すみません3月14日から……」「?」「時刻が変わるんですが時刻表がまだ出来てません」と言われた。一瞬こっちも廃線になるのかとドキッとしたぜ〜。
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風邪気味の長女
- author: hourei
- 2008/02/13 22:54
早朝から山形へ。
今回も1週間の長丁場なので長女(5才)を同行させた。1泊2泊では移動の負担が大きいので子どもを連れていかないが、平日に長くいられる場合は育児の分担や長女の山形慣らしという意味で連れていくことが多い。こちらにいる間は保育所に一時預かりしてもらえる。
新幹線では楽しみにしていたおやつをリュックから出してポリポリ。あとは車窓を眺めたり、ひざまくらをして横になったりするくらいで本当に手がかからない。私は横でゆっくり本を読める。
山形の家でまず楽しみにしているのはテレビ。まずは新聞のテレビ欄をチェックから。NHK教育のわんパークと、サザエさんの代わりに始まったヤッターマン、あとニュースでもクローズアップ現代でも何でも見ている。先月はエンタの神様を祖母と見てゲラゲラ笑っていた。テレビ自体が珍しいのである。
保育所も嫌がらずすんなりと行く。本とおやつを楽しみにしているようだ。毎月行っているので、そろそろお友達の顔も分かるようになってきたのではないだろうか。
母を恋しがることはまずない。でも習性なのか父のおっぱいをまさぐって乳首をつまむのはくすぐったいのでやめてほしいな。
さて私が不在の間、家族の残り2人がインフルエンザという状況で1人だけ奇跡的に罹患しなかった長女。でも3泊目の今日になってくしゃみを連発。鼻もつまり出した。どうやら昨日温泉に行ってから湯冷めしたようだ。鼻をかまないでこするのでトナカイさんみたいになっている。
それでも熱はないし食欲もある。保育所帰りに買ってきた『なかよし』(ついに少女マンガデビュー!)を熱心に読んでいた。もう2年くらい熱を出したことのない丈夫な彼女。明日はどうなるかな。バレンタインデーで誰かにチョコをあげたいなんて言ってるけど。
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2泊して移動、の繰り返し
- author: hourei
- 2008/01/12 18:22
今週はつくばと山形を2泊おきに移動する1週間だった。いつものことだとはいえ、1泊目というのは寝つきがよくないもので、2泊してやっとよく眠れる。だから2泊おきに移動するというのは疲れがたまらないいい方法だ。両方の家族にも顔を合わせられるし。
日曜日、家族みんなで山形からつくばへ。長男が車中で奇声を発してたいへんだった。これからしばらくは移動の大変な時期になりそう。深夜に着いてつくば泊。
月曜日、大学の試験問題を作成のはずがメールの返事や本のレビューを書いて、仮面ライダー電王の動画なんか見ていたら夕方に。慌ててようやく完成。非正規社員の雇用について賛否両論を読み、自分の考えを述べるという問題。大学生は何学部だって他人事ではないぞ〜。夕方に保育所に迎えにいく。つくば泊。
火曜日は大学へ。今週中にボードゲーム雑誌の原稿を仕上げなければならなかったので、道中ずっと原稿書き。試験監督しながら、そして山形新幹線の車内でも。山形泊。
水曜日は大般若の祈祷。夕方につくばに帰るつもりでいたが、会計簿・税務書類の作成、あと御詠歌の会員連絡があって終わらない。夜中まで作業して山形泊。
木曜日は朝から原稿書き。お昼に源泉徴収税を払って税務署に書類を出して、つくばへ帰る。子どもたちより早く着いたので夕食の支度。つくば泊。
金曜日は都内へ。高円寺のすごろくやさんへインタビューをしにいき、帰りに水道橋のメビウスでニュルンベルク行きの相談。この辺は仕事なんだか趣味なんだか分からない。休日だったとしておこう。保育所のお迎えには間に合った。つくば泊。
土曜日は千葉の檀家さん宅で法事。その足でそのまま山形に向かい、夜は御詠歌の練習。総武快速から新幹線への乗換えが、衣に草履姿ではきつかった。御詠歌の後はインタビューの原稿起こし。山形泊。
日曜日、今日はお昼にご祈祷があって、空き時間にインタビュー記事作成。夕方はヤハハエロという小正月行事で、これから行ってきます。寒い外でのご祈祷でまた喘息にならないようにしたい。山形泊予定。
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お寺の税務
- author: hourei
- 2008/01/10 00:42
今日は朝から年末調整。お昼に大般若会の法要に出て、熱を出した母をお医者さんに送って、なんだかんだとやっているうちに夜になってしまった。
お布施は住職の懐にそのまま入ると思っている人が多いようだが、少なくとも今はそうではない。宗教法人会計に入れ、経費や預金を除いて残り一部を給与として頂く。法人税はないが、給与分の所得税は納めなければならない。
毎年この時期になって始めるのが寺日誌からエクセルファイルへの入力。○月×日、だれ某からお布施いくら、○月×日どこそこから仏前生花いくらというようにひとつずつ入力していく。すでに年末から妻が時間を見て少しずつ進めていてくれたのだが、寺日誌に記載し忘れたものを通帳や領収書から拾ったりするのに手間がかかる。
入力が終わって最後ににシグマボタンを押すのが楽しみ。収入の合計から支出の合計を引いて、さらに預金を引くと給与額が分かる。普通は給与額から計算していくものだと思うが、お寺の収入はムラがあるので事後報告の年俸制をとらざるを得ない(定額にして足りない月には貸しにしておくという手もあるらしいが)。
さて給与額が分かったら、税務署の書類に記入開始。早見表で源泉徴収税額を割り出し、続いて所得から諸控除を引いて年税額を計算。この差し引きで年末調整額を割り出し、納付書に記入する。結構面倒くさい作業で、税理士にお任せしているお寺も多いようだが、私の場合は小さい寺だし、分からないところがあれば税務署で親切に教えてもらえるのでずっと独力でやっている。
そして源泉徴収票を作成し、市町村の市民税課に送って終了。
こんなことを1日やっていると頭はお金のことでいっぱいになってしまうものだが、そんなとき思い出すのが映画『ザ・カップ/夢のアンテナ』の一場面。ワールドカップを見たくてアンテナの購入に形見の金時計を売ろうとするブータンの少年僧に、長老が「お前は金儲けが下手だな。いい僧侶になるだろう」と言う。
そう、お寺は商売ではない。利益にとらわれないことによって心の平安を求める。そのためにはあえて不器用でいたいものである。
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妻のいない一週間(3)
- author: hourei
- 2007/12/13 10:41
家事育児も毎日のリズムができてくるとそれほど難儀ではない。慣れが肝心、でも新鮮な気持ちも失いたくない。
お寺の雑誌の表紙絵を見て、長男が聞く。
長男「これなーに?」
長女「おしゃかさま」
長男「おしゃかなしゃん? とっと?」
長女とふたりでウケた。ちなみに観音像だったが、お釈迦様と答えられる長女も大したものである。
長男は言葉の習得真っ最中。「たべる(tabelu)」が「たれぶ(talebu)」になるが、これは子音のlとbが交替している現象で興味深い。
長女は帰宅後インターネットをしていることが多い。ちらっと覗いたら中村優一(仮面ライダー電王のゼロノスの人)ブログなんか見ている。慌てて「見なくていいよ」なんていうあたり、すっかりおませさんだ。
もうそんなことをしている間に明日妻が帰国。早いものだ。
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岩手の住職殺人事件
- author: hourei
- 2007/12/12 06:25
岩手で6月に起こった住職殺人事件の容疑者が逮捕された。境内に父のお墓がある親族で、金を借りに来たがずいぶんなことを言われ、住職と母親を刺して現金十数万円を奪ったという。
岩手日報:45歳店員の女を逮捕 一関・東山強盗殺人
日経スポーツ:住職ら殺害の女「侮辱的なことを言われた」
産経ニュース:「岩手住職親子殺害」返り傷の血痕DNAから浮上「明るいオバさん」…何を「侮辱」されたのか
近年警備会社を頼むお寺が増えているようだが、お寺は誰でも出入りできるところだから、この手の犯行には対策がない。そもそもお寺は性善説を取らなければならないところであり、またものを惜しまずに与えるという布施の心で接しなければならない。そこに付け入られるとお手上げである。
私も夜になるとふと不安になることがある。田舎のお寺だから現金なんて数万円しかないのだが、押し入るほうはおかまいなしだろう。それで命を落としたら大損だ。虎に足を切って食わせたお釈迦様の前世のような志もないし。
昔だったらお寺から何かを盗んだり、住職を傷つけたりしたら地獄の中で最も恐ろしい百間地獄と言われていた。しかし今は住職もただの人。蓄財するから金を借りに来る人も出る。僧侶の僧侶たる所以を考えねばなるまい。
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妻のいない一週間(2)
- author: hourei
- 2007/12/11 21:01
2日目の夜は長男・私・長女というフォーメーションで朝までぐっすり。
山形の母から電話があったとき、長男が「見てこれ」と言って手の甲に描かれたアンパンマン(保育所で先生に描いてもらった)を受話器に当てていたのがおかしかった。そういう発想って、大人になるとなくなるなぁ。
保育所は5時迎えだが、少し遅れていって後片付けに手間取っているうちに5時半、6時に帰宅して夕食の支度。この間長女はインターネット、長男はみかんやパンを食べる。7時に夕食。お風呂を入れながら皿を洗って8時に入浴。そうするとだいたい9時には就寝できる。
私がいないときも9時就寝になるそうだが、夫婦揃うと10時になってしまう。この1時間の遅れは、気の緩みでのんびりしてしまうせい。それだけ、1人で子ども2人を見るというのは張り詰めているということだ。
食事を運ぶそばから食べ始める長男。ほら、こぼさないで! 長女はおかずばかり食べている。ごはんも食べなさい! え、のりで巻いて食べるって? 取ってくるよ。あーあ、こぼしちゃった。台ふき台ふき。ん、うんちした? パンツ替えようね……うーん、食べた気がしない。
先日山形で気づいたことだが、食べるスピードが異様に速くなっている。場合によっては祖母が箸をつける前に食べ終わるくらい。食べ終わるとすぐ立ち上がって何か始める癖がついているなと思ったら、こういう生活のせいか。
長男の第一次反抗期がやってきたようだ。保育所に迎えに行くと「ヤダ」と言って帰らない。服を着るのも脱ぐのも「ヤダ」ととりあえず言ってみる。これからもっと大変になりそうだ。
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妻のいない一週間(1)
- author: hourei
- 2007/12/10 15:57
妻が海外出張のため今週は2人の子どもと3人で過ごす。妻は毎週のようにやっていることだけれども、私は何ヶ月かに一度なので緊張するものだ。
妻は土曜日に出発。私は日曜日まで山形にいたのでその間は妻の両親に来てもらう。駅までお送りしてからショッピングモールへ。ほとんど何も買わず、だらだらとウィンドウショッピングして帰る。週末はこのパターンが多い。
帰宅後、妻の両親が作り置きした夕食を食べ終わると、長男が泣き出した。「ママアッチ〜(ママを探しにお外に行きたい)」とひとしきり泣いた後「ニュウニュウ〜(牛乳飲みたい)」に切り替えた。食後のおっぱいはもう習慣になっているようだ。
昼寝をほとんどしていなかった長男、牛乳を飲んだら寝てしまった。起こして入浴。風呂の中で「チッチ(おしっこ出た)」と言ったが、本当にしていたのかは不明。ただその後、長男は風呂のお湯を飲んでいた。
21時就寝。夜ははじめ長男・長女・私の並びで寝ていたが、夜中に長男が呻るので長男・私・長女と移動。そのうち長女が起きて再び長男・長女・私、さらに長男が起きてきて長女・長男・私と場所を変更した。なれないパターンなので2人とも収まりが悪いみたいである。寝不足もあって9時間睡眠。
朝は特にトラブルもなく保育所に行けた。月曜は保育所にもって行く荷物が多いので、長女が長男の手を引いて連れてきてくれるのがありがたい。
あと1時間もしたら迎え。金曜日まで平穏に過ごせるといいのだが、どうなるだろうか。
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外国人花嫁詐欺
- author: hourei
- 2007/12/07 15:00
昨日は近所で外国人花嫁の紹介業をしている方がいらっしゃった。残留孤児の後見人になったのがもとで、よりよい生活を夢見る中国人女性と、結婚難の日本人男性のマッチングを始めたという。すでに40組のペアが近所にいる。
この方は会社を設立して関係各機関から許可を取り、合法的に進めているがこの頃違法な輩がはびこっているらしい。その手口を聞いた。
家は由緒ある旧家より割合新しいところを狙う。爺さん婆さんと40代の息子という家族構成が典型的だ。まずブローカーが家族と話をする。田舎は人がいいからここまでこぎつけるのは難しくない。でも爺さん婆さんはちょっとなぁと渋い顔。
そこでブローカー、それまで黙っていた息子に「ところであなたの女性の好みは面長か丸顔か」と訊く。実は車に面長と丸顔が待機しており、息子の答えに合うほうを連れてくる。連れてこられた女性は息子のそばに座り、流暢な日本語で息子をほめ殺し。息子はウブだから、決して悪い気はしない。爺さん婆さんも相好を崩し始める。
帰りにブローカー「こんなに仲良くなったなら一晩泊まっていったら?」と女性を置いて帰る。手数料は200万円。息子はすっかり高揚しているため急いで支払うのだ。その晩は座敷になどに泊まるわけだが、女性は息子を誘惑して夜這いさせる。そして翌朝ドロン。
息子のプライドや家の威信に関わるため被害届は出にくい。仮に出ても、一晩の関係を盾に事実婚を主張すれば詐欺の立件は難しいという。ドロンした女性はしばらく福島や新潟に雲隠れしてほとぼりを冷ます。ドロンされた息子はもう立ち直れず、一気に老けてしまうそうだ。
結婚は男女の関係だから必ずしもうまくいくとは限らない、ということを逆手に取った悪行。悲しいな。
合法な手続きでお見合いしても結婚生活が長く続かない可能性は大いにある。40組のペアがうまくいっているのは、ひとつはまず男性が現地に実際行ってあちらの家族と共にお見合いしてくるというのと、もうひとつはみんな同郷で時々会う機会を儲けているからだという。親族のつながりと中国人コミュニティが、結婚生活をバックアップするのだ。
この先日本は労働人口の減少に伴ってどんどん外国人労働者が増えていく。そうやって来日した人たちが孤立しないような仕組みが必要だと思う。とりあえず私は中国語と韓国語をもう少し話せるようにしておくかな。
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不自由さの幸せ
- author: hourei
- 2007/12/04 23:55
お寺の用事が入ったので先週の木曜から長女だけ連れて山形入り。ひと通り終えて昨日の午後からつくばに帰ったが、今日の昼に訃報が入ってまた山形である。つくばにはわずか一晩しかいられなかった。
今週末まで山形にいることになったが、その今週末、妻はアメリカ出張にいってしまうので10日ほど会えない。子どもたちは、妻の両親に手伝ってもらって見てもらうが、今月も綱渡りだ。
新幹線で山形に入ると雪が降っている。子どもが一緒なら喜ぶだろうが、大人で喜ぶのは除雪作業員くらいだ(「あ、お金が降ってきた」というらしい)。
今回は子どもを連れてきていないが、つい昨日長女が残していったお絵描きを見つけて胸が切なくなった。再来年からは子ども2人が山形で生活する予定だが、聞けば妻も単身赴任に耐えられるか不安だという。
今週のAERA「40歳は女の新・結婚適齢期」特集に、44歳の女性が結婚を考えるようになったきっかけとして、会社の同僚が41歳で高齢出産したことを挙げていた。「職場復帰した彼女は午後7時までに仕事をバタバタを片付けて帰る。その「不自由さ」が羨ましかった」とある。
お寺だけだったら相当時間に余裕はあるだろう。しかし家族がいてバタバタしているのは実はとても幸せなことなんだと思う。もちろん、僧侶として家族の絆のもろさ(人は命ははかなく、また気持ちも移ろいやすいこと)など重々承知しているつもりではあるが、いやそれゆえにこそ、家族が愛おしくなるのである。
とはいえ家族と一緒にいるとそんなことを思わないばかりか、もっと自分の時間がほしくなるばかり。子どもがいないときだけでなく、そばにいて付きまとわれているときもこんな心持ちでいたいものだ。
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内覧会でした
- author: hourei
- 2007/11/24 18:32
7月から取り掛かっていた庫裏がようやく完成し、昨日お披露目を行った。朝から晩までひっきりなしに檀家さんが訪れ、住職の新居をくまなくご覧になり、お茶を差し上げた。
責任役員会議事録の作成に手間取った曹洞宗への手続きも、追加工事費がどんどん膨らんだ最後のお支払いもまだだが、何より住めるようになったのが嬉しい。
インド留学以来、気温30度が適温、20度以下は冬という感覚が身についてしまった寒がり屋の私にとってこの暖かさは何よりもありがたい。
「部屋を暖める」ではなく「家を暖める」というセントラルヒーティングの全館暖房式。ボイラーで暖めたお湯を家中のヒーターに循環させている。温度センサーがあり、設定で昼間は20度、夜間は16度を維持。エアコンで暖めているように頭ばかりがカッカして足が冷えたりすることがないのもよい。
高気密・高断熱なので一度暖めると熱が逃げないから、全館暖房でも光熱費はそれほどかからないという。とはいえ灯油高の今、実際どれくらいかかるのかは一冬越えてのお楽しみ。
心配なのは、こんなぬるま湯の環境で過ごして、つくばの官舎に行ったら家族全員風邪を引かないかということだ。
昨日と一昨日は風呂と寝るだけだったが、今日は引越しで本格的に新居の生活が始まる。建築中介護施設に行っていた祖母も楽しみに帰ってくるだろう。亡き祖父に見せたかったと思うと残念だが、大はしゃぎしている子どもたちを見るとこれでよかったと思う。

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月月火水木金金
- author: hourei
- 2007/11/15 21:03
只今つくば行きのバス車中。
先週の水曜につくばでゲーム会をしたまではよかったが、それ以降とても慌ただしい。
木曜に長男が熱で早退、翌日休所。家事と看病の合間に『アグリコラ』のカード訳を仕上げる。
土曜の朝5時に家を発って山形に行き、御詠歌の集まり。午後から訃報が入り枕経。夜も御詠歌の講習。
日曜は朝から友人の結婚式に参列。大きな声で賛美歌を歌う。「いいのかよ?」と聞かれたが神や仏はひとつの宗教に収まらないものなのである。スピーチではただ話ばかりでもつまらないので『結婚讃歌』を歌う。
二次会の途中で抜け出して入棺を行い、三次会からまた合流。カラオケでいつも通り『携帯哀歌〜10年後』『NIPPONのサザエさん』『青のり』『なんでだろう』『金太の冒険』を歌う。
四次会まで出たので帰宅は23時。葬儀の準備をしていたら26時になった。葬儀の準備があるので、お酒はほとんど飲んでいない。ちなみに今年になって15回目の飲酒。月1回という目標ペースを少しオーバーしているが、このうち4回は妻の実家でオチョコ2杯程度というものだからまあよしと。
月曜はまず出棺・火葬に出て、それから御詠歌の講習。お昼は車の中でサンドイッチをかじって午後から葬儀。さすがに眠い。終わって新幹線でつくばへ。
火曜は大学で講義。水曜の5時に家を発ってまた山形に。たばこ販売組合の依頼で「本当の心の時代とは」というタイトルで1時間の講演をする。四聖諦、十二因縁、八正道、四摂法という仏教の基本をじっくり。終わってからリクエストで『まごころに生きる』『報恩供養御和讃』を披露。
そして今日、葬儀の手伝いをしてから新幹線。ヘロヘロだが、もうすぐ家だ。
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小島よしお
- author: hourei
- 2007/11/09 07:10
保育所で小島よしおが流行しているらしい。長女が楽しげに披露して、長男が横で真似をする。
「はい、オッパッピー!」「ハイパピー」
「でもそんなの関係ねぇ!」「チョンナ、カンケーネー」
このやりとりがおかしくてしばらく思い出し笑い。
長男が昨日熱を出して早退。今まで驚異の回復をしていたが、今日は保育所に行けないかな?
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東京ボーズコレクション
- author: hourei
- 2007/10/31 00:30
12月15日(土)に築地本願寺で「東京ボーズコレクション」というのが行われるらしい。
http://www.engi.jp/tbc/
芥川龍之介『杜子春』をラップとダンスで。天台宗・真言宗・浄土宗・浄土真宗・曹洞宗・臨済宗・日蓮宗の僧侶によるコラボレーション法要。フェアトレードグッズ販売と国際協力バザー。プチ修行と佛教相談。ロハス・マーケット。僧侶向けワークショップ「10年後のお寺をデザインしよう。」
……進んでるなぁ。コラボレーション法要とワークショップは非常に興味があるので行ってみたい。
超宗派の集まりになっているが、築地本願寺が本山である浄土真宗が先導しているのは間違いないだろう。カフェ・ド・シンランとか、本願寺LIVEとか、オープンテラス「ツナガルオテラ」とか、進みすぎているくらい新しいこと・若いことを推進している。若手の起用も盛んなようだ。そもそも門主が先進的な考え方をもっておられるのがいい。
21世紀型の宗教として参加型というのがある。若年層が参加したいようなものをお寺で提供していくには、若い僧侶のアイデアが必要になる。曹洞宗でも目線をしっかり下げた活動がもっとあるといいなと思う。
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Zazen
- author: hourei
- 2007/10/28 21:54
Today morning two ladies came to my temple to practice Zazen. Both are teachers of high school, one is Japanese and the other is American. The Japanese mailed me according to my web site and I arranged the date.
First I asked, "Should I explain in English?" The American lady, named Rebecca was little bit surprised, "Wow". She seemed not to imagine, a Japanese monk living in the country mountain can speak English.
She came to Japan in August and does not know not only Zazen, but also Japanese so much. I had to speak English until they leaved. It was challenging for me, but a lot of fun.
I have explained how to practice Zazen in English once. It is sometimes difficult to translate technical terms of Zen or Buddhism. But I found a magic sentense to explain every thing - "Like this." Very easy! By this they understood Zazen and started 30 minutes' sitting.
Zazen is a kind of meditation, but I noticed them to try not to think anything. It is very important point of Zazen to get nothing-ness.
After 30 minutes Zazen was over, but they could not stand up soon because their legs are paralized;
Drinking green tee, we talked much about religion, culture, and philosophy. She was curious and asked many questions. "Why does Hikikomori happen in Japan?", "Do you practice Zazen every day?(No!)", "What is the Japanese logic?" and so on. It was pity I could not find the word "Confucian"(in Japanese Ju-kyou).
Two hours passed very quickly. They said, "It was very interesting and We want to come again." "Come again, you are always welcome!" This is the speech I used to listen from many kind families in India.
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住職10年目
- author: hourei
- 2007/10/18 20:07
1998年の10月、祖父の葬儀があって私は洞松寺の33代住職となった。そこから数えて今月から、住職10年目を迎える。
あっという間だった気がするが、振り返ると結構激動といっていいくらい、いろいろなことがあったと思う。
1999年 修士論文提出、博士課程進学
2001年 結婚、つくばへ引越し
2002年 長女誕生
2003年〜2005年 インド留学
2006年 長男誕生
2007年 家を建てる
しかし住職になってからインド留学まで4年ほど、大学に学生として通っていたわけで、今考えると信じられない。今月はすでに山形とつくばを5往復。昨日の夜、秋葉原から山形に直帰して、今朝となりのお寺の葬儀のお手伝いをして、そのまま帰ってきたばかり。保育所の送迎はそのたびに妻や母にお任せになっている。
これからの10年はどんな風になるだろう? 家が建ったから、山形での子育ては確実として、博士論文の執筆、御詠歌の研鑽あたりが柱になるかな。あとボードゲームもね。
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−妻+母
- author: hourei
- 2007/10/15 16:39
昨日から妻が1週間のアメリカ出張。1人で見られないこともなかったが、この機会に母につくばに滞在してもらうことにした。
いつもは祖母の介護で遠出しにくい母も、このたびは家の新築で祖母がホームに住んでいるため比較的自由。とはいえ、毎日ホームに欠かさず足を運ばないと祖母の機嫌が悪いから、かえって忙しくなったようなところもある。このたびのつくば滞在も、祖母から「(行くか行かないかは)お前の良識に任せる」などと言われてきたらしい。
表向きは子どもの世話ということになっているが、仮住まいの不便さや祖母の面倒見で疲れているのを少し休んでもらおうという魂胆だ。
母は土曜日に上京し、都内でコンサートを聞いた後つくばへ。一方の私は、急な葬儀(葬儀は急なものだが)が入ってしまい後からつくばへ帰ることになった。
妻を送って第1日目。来客も電話もない生活で、母は子どもたちと適度に遊びつつ、久しぶりにのんびりしていたようだ。午後からは長女のため本屋に行って、外食して買い物。大人が2人いれば、子ども2人連れの外食も恐くない。
1才半になる長男は、母の添い寝で夜泣きもせず朝まで寝たので、私もゆっくり休むことができた。1人だったら、夜中に何度か起きなければならなかっただろう。
今日は伴僧を頼まれて私だけ山形へ日帰り。保育所の迎えは母の仕事になり、昨日のうちに経路を確認しておいた。料理も運転もお任せでは母が休む暇もないが、その分子どもたちのいない昼間にに休んでもらおう。
明日は大学へ出講で、明後日は秋葉原でゲーム会。木曜か金曜にでも、昼間に都内の博物館や関東の親戚に連れていってみるつもりだ。
これからつくばへ。到着は21時の予定。
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展覧会の絵
- author: hourei
- 2007/10/05 18:48
水曜日は葬儀が出て山形に戻っていたために、ピアノリサイタルを聴くことができた。長井高校OB会主催で奏者は木曽真奈美さん(http://www.haginojibika.com/piano/index.htmlなぜ耳鼻科のドメイン?)。
数年前、長井高校で捨てられようとしていたボロボロのピアノが実はスタインウェイ社のものであることが分かる。しかも1920年代に制作された年代もので、今の値段だと1億円以上はしたものだったという。一体誰が購入し、当時の長井女学校に設置されたのかは不明。
そんなに歴史と価値のあるものならばと、長井高校のOB会が立ち上がりピアノを修復しただけでなく、何年かに1度コンサートを開くことになった。そんなストーリーも素敵だが、リサイタル自体もすばらしいものだった。
前半はチャイコフスキーとラフマニノフの小品。休憩前に後半演奏される『展覧会の絵』の解説。奏者の木曽さん自身がプロの司会者かと思うくらいの明瞭な言葉で、しかも感情をこめてお話された。
木曽さんによると、『展覧会の絵』の作者ムソルグスキーはバルト三国近くの村のおぼっちゃんに育った。日本からモスクワに行くより、モスクワからその村に行くほうが時間がかかるというほど辺鄙な、何もない村。大志をもって都会に出たムソルグスキーであったが、自信作のオペラは酷評され、母親が死んで、身の回りのものを売っては安い居酒屋に通う毎日。最後はアルコール中毒で死んだという。
そんな中、彼のほとんど唯一の友人だった画家ガルトマンが若くして死去。その遺作展で彼が見た絵が、『展覧会の絵』のモチーフとなっている。
ガルトマンの絵は、デッサンであったりラフスケッチであったりして、あの音楽からは想像もつかないほど簡素であった。ムソルグスキーは何を表現しようとしたのか。
それは、ただの絵の印象ではなく、自身の絶望的な境遇であり、ガルトマンとの別れの悲しみであり、冥福の祈りではなかったかと。
そうして聴いてみると、第4曲ブイドロは葬送行進曲に、第10曲キエフの大門の序奏は賛美歌と教会の鐘に聞えてくる。キエフの大門の絵は、街のコンテストにガルトマンが応募した作品で、好評を博したにもかかわらず、街の都合で建築が中止されてしまう。ムソルグスキーは、永遠の音楽の中で、キエフの大門を建立したのである。
そうして聴くと『展覧会の絵』の印象はまるで違う。木曽さんは実際にムソルグスキーの生地を訪れ、またサンクトペテルブルクにあるお墓にお参りして、この曲想を得たという。古いピアノの柔らかい音色とあいまって、物悲しく、胸を打たれる演奏だった。
しばらくプロムナードがリフレイン。私の大好きな作品のひとつだが、またさらに好きになった。ラヴェル版もいいけど、ピアノ版はまた一味違った味わいだ。
「展覧会の絵」の絵
http://www.geocities.jp/tatsuyabanno/Bilderausstellung/Bilderausstellung.html
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鉄道の旅
- author: hourei
- 2007/10/03 15:51
先週の土曜日に、土曜ワイド劇場『鉄道捜査官』を見る。山形が舞台で、私がいつも乗っているフラワー長井線でも殺人事件が起きる。長井線内にもスナップが貼られており、近くのお寺の奥さんがエキストラで出たというので見てみた。
http://www.tv-asahi.co.jp/dwide/20070929.html
車掌が「いつも乗っている地元のお客さんばかりでした」と言うセリフがあるけど、そんな分かるほど田舎じゃないぞ!とか、鮎茶屋にいくなら鮎貝じゃなくて荒砥からだろ!とか、白鷹から山形のレストランに勤めていて長井線で通うのはどんだけ鉄道マニアなんだよ!とか地元ツッコミはあるものの、いつも見慣れた景色が出るのは楽しい。特に長井駅での乱闘シーンは見もの。
私もこのところ鉄道三昧。人生は旅なのであります。旅先で仕事をし、旅先で遊び、旅先で家族と会う。雲のごとく、水のごとく。
昨日は高校の後輩と偶然、新幹線で行き会った。アメリカ人と結婚した彼女は帰省中で、ちょうど帰国する日。一緒だった1才4ヶ月のお嬢ちゃんは、美味しいときなぜか眉をしかめる仕草がかわいい。アメリカのこと、山形のこと、子どものことなど話しているうちにあっという間の2時間。
4日ぶりに家に帰ると、1才8ヶ月の長男を見たが、わずか数日で言葉が増えている。「アンパンマン、だ」「ライオン、だ」など。長女は相変わらずインターネット三昧で、キッズgooやプリキュア5の動画やホームページを見ている。マウスの操作は見事なものだが、目が悪くなるんじゃないかしら。
そんな子どもたちをよそに、わずか一泊で山形にトンボ帰りである。明日は保育所の運動会だし、妻に全部任せっぱなし。本当は今日から水戸の祇園寺で開かれる講習会に行く予定が、葬儀のため明日の夜から参加。山形から水戸へは小山経由で行くが5時間かかる。つくばからだったら2時間くらいで行けたのになぁ。
ここ10日間ほど、妙に行事が詰まっている。御詠歌、葬儀・法事、コンサート、大学……。それぞれは大した時間をとられないのだが、移動量が多い。3往復。
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家の建築状況
- author: hourei
- 2007/09/30 11:16
家の完成まであと2ヶ月ほどとなり、だいぶ形が見えてきた。窓の見晴らしをよくするため大きい窓に替えてもらったり、部屋の入り口を増やしたりといった調整も済み、そろそろ内装にとりかかる。
目下の課題は見積もり外の費用の捻出方法。地盤改良で土を全部入れ替えたのと、仮住まいのために電気や水道を引き直したのが見積もりに入っていなかったため、150万くらいオーバーしそうな感じである。
さらに、本堂のトイレを改修するにあたり、ついでに壁や屋根の一部など直してもらいたいところも出てきて、こちらでも費用増が見込まれる。
3月に開かれた檀家総会では、見積もり費用と分担案まで承認されているので、こうした見積もり外費用については正直お願いしにくい。もっとも、少し多めに予算を考えているので、どこまでを檀家さんの寄付でまかない、どこまでを住職の会計でまかなうか、今度総代で話し合うことになった。
ともあれ、もうすぐシステムキッチンも入りそうだし、完成がどんどん楽しみになってきた。日に日に寒くなっており、そろそろ暖房が欲しくなる季節だけに、暖かい家が待ち遠しい。
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両祖忌
- author: hourei
- 2007/09/29 15:33
毎年、9月29日は曹洞宗の開祖・道元禅師と全国に広めた瑩山禅師の命日法要が行われる。両禅師の命日を太陽暦に変換するとどちらも9月29日になるんだとか。いろいろ調べたが9月29日に揃わないのはどうしてだろう?
永平道元
正治2年1月2日(1200年1月19日) - 建長5年8月28日(1253年9月22日)
瑩山紹瑾
文永5年10月8日(1268年11月21日) - 正中2年8月15日(1325年9月29日)
それはさておき、今年は維那(いの)という大役を仰せつかる。導師に次いで法要をリードする役割である。ここ数年は若手が集まって前日にナラシ(リハーサル)をするので最低限みっともないことにはならないが、緊張したなぁもう。
維那は法要の後半、出班焼香から仕事が始まる。並んだ和尚様に順番に焼香を促す。終わって九拝したら今度は宣疏跪炉。ソロで長い長い漢文を読む。声の高さを途中で変えなければいけないポイントがあって難しい。
宣疏の前に、表紙を読み上げなければいけないのを忘れてしまう。アンドゥ、アンドゥ。懐からまた出して読み直した。あと読み方でワンミス。「住持法孫比丘」をいつも葬式で「住持比丘」と言っているものだから「住持比丘法孫」と間違えてしまった。
それから挙経・読経・御詠歌・回向。回向では「高祖承陽大師」というところを「高祖ど…(うげん禅師)」まで言ってしまった。道元禅師は大師号など願い下げるようなご生涯だったことから、梅花流では「承陽大師」という言葉を「道元禅師」に変換し始めているが、まだ正式には承陽大師が正解となっている。
ともあれ、無事に法要終了。法要をご覧になった各寺の役員さんたちにどれだけの法悦を感じていただいたか心もとないが、まずは心底ほっとした。来年は私が兼務するお寺で行われるのでまた緊張しそう。
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親育て
- author: hourei
- 2007/09/28 22:11
昨日の昼、スーパーマーケットの前でお母さんが小さい子どもに当り散らしているのを見る。「みーちゃん! あっちこっち行かないでお母さんのほうだけを見て歩きなさい!」……そんなムリだろ?
親も人間だから機嫌のいいときも悪いときもあって、そのつもりはなくても関係のない子どもに八つ当たりするかたちになってしまうことがある。どんなに怒っていても辛かったり悲しかったりしても、子どもにいつも笑顔で接することができたらいいなぁと思った。それを目指すのは修行が必要だなぁとも。
そんな日の夜、1才半を過ぎた長男が食事を床にぶちまける。肉だんごとシラタキをほおばってから、あまり美味しくなかったのだろう、テーブルにボトボト吐き出し、さらに手で床に払い落とす。床中、ひき肉とシラタキが散乱。
長男はけなげにシラタキを1本ずつ拾っては流しに入れているが、3本ほどでやめてしまった。足の裏にもひき肉ベタベタである。こちらも食事が終わったので雑巾で拭いては拾い、拾っては拭き。ひき肉がなかなか拾えなくてイライラしてきた。
やっと終わった頃に妻が帰宅。気が緩んだせいか疲れがどっと出た。そこへ長男が台所のおたまや包丁を取ろうとするものだから、つい大声で「メッ!!!」ビクッとする長男。ついでに奥にいた長女もビックリして機嫌を悪くしてしまった。
どうして私が大声を上げたか訊いた長女に、妻が「お父さんも人間だからね、機嫌がいいときもあれば悪いときもあるのよ」……お昼に私が思ったことと一緒じゃないか(笑)。
とばっちりを受けた長男は、妻がお風呂に行ったのでパイパイを欲しがって泣いている。申し訳なかったとダッコして、そのまま家事を続けた。さっき怒られたのは何でもなかったかのように、すぐ機嫌が直る長男。私も見習いたい。
そんな平日が終わって今日から山形。家族と離れるのは寂しいものだが、主夫にとってはひとつのリフレッシュとなっている。
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違法行為
- author: hourei
- 2007/09/21 10:07
水戸地裁から手紙が届く。開けてみると「宗教法人法違反事件 過料決定」という見出し。これはまた振り込め詐欺か?と思ったが、心当たりがあった。
先日、庫裏の建設で融資を受ける際、法務局から登記簿謄本を取ってきたが私の住所が都内のまま。住職になったときに登記して以来、一切手をつけていなかったからである。
そこですぐに住所変更の手続き。何度も通わなければならないことの多い法務局にしては1度であっさりと変更できた……のだが。
「左記の者は、左記法人の代表役員に在任中平成13年3月15日(←入籍して引っ越した日)から2週間以内にすべき代表役員の住所移転登記を、平成19年7月11日(←住所変更した日)まで怠った。」
へぇ、仰る通りでごぜえます、お奉行様。
というわけで罰金10,000円。ついでに連絡に使った郵送料80円も収入印紙で納めよとのこと。納付方法はおって検察庁よりお達しがあるそうで。
罰金よりも、違法行為を犯していたという罪悪感が強い。これって、運転免許の減点1くらいの話なのか、それとももっと重いのか、どうなんでしょう。
今度引っ越したら、真っ先に住所変更の手続きをしようっと。
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母のいない夜
- author: hourei
- 2007/09/06 13:02
妻が出張で2晩留守。だからというわけではないが、火曜はヤポンブランドのテストプレイ会、水曜は水曜日の会で秋葉原に行ってきた。
先輩の和尚さんから「男の育児は、授乳以外何でもできる」と教わったが、夜はこの授乳がネックになる。保育所のお迎え、ご飯の準備、入浴、夕食、はみがき、洗濯物の取り込みまでは順調にいったが、寝かせるところが難しい。1才半の長男が母のいない夜を過ごすのは2月以来5ヶ月ぶり。
1晩目。20時を過ぎるころからお母さんが恋しい様子。乾いた洗濯物から妻の服を引っ張り出してきて「ママ、ママ」と泣き始める。う〜ん、せつない。昔読んだ誰かのインド旅行記で、牝牛に死んだ仔牛の皮をなめさせると牛乳がよく出るという話を思い出した(逆だが)。
飲み物をほしがるので麦茶を飲ませ、泣いたまま消灯。1時間くらい泣いていた長男も、さすがに泣き疲れて寝入った。長女も、さすがに泣いてはいないがごろごろしたり体をかいたりして寝付かない(いつものことだが)。
長男は真夜中に2度起きた。1度目はまた麦茶を飲ませて寝付いたが、2度目は「パイパイ、パイパイ、パイパイ、アァー〜〜」とおっぱいをほしがって麦茶を飲まない。たまりかねて口の中に鼻頭を押し込んだら、更に大泣きしたけれども諦めがついたのかやっと寝た。
いちおう9時に就寝して、5時に起きるつもりだったがもう眠くて6時半。しかもまた長男に起こされる。今度はパンを食べさせるとにっこりいつも通り。ついでに長女も珍しく早起きしてインターネットなどやっている。おかげで定時に保育所に登所。
2晩目も覚悟していたが、「ママ、なーい」と言うくらいで意外にもあっさりと泣かずに寝入る。夜中に起きたのは1回。麦茶を飲んですぐ寝た。早朝に起きたときはまた「パイパイ」と言って泣いたがパンを食べて機嫌を直す。一昨日の記憶はどこへやら。すごい適応力である。
おかげで私の緊張がほどけてしまって、のんびりやっているうちに保育所へは少し遅刻した。
私はしょっちゅう山形に行くので妻だけで2人見るのは毎週のようにあるが、日中仕事して、夜中起こされて、妻は(体力的・精神的に)よくもつなぁと感心。
それと夜中あれだけ泣いていた長男が、朝になると何事もなかったのようにニコニコしているのもすごい。ちょっと大人になったら、根に持つとまではいかなくても機嫌の悪さが続くだろう。赤ちゃんは仏様なのだ。
来月はもう少し長丁場の留守がある。でもまぁ、この子たちなら何とかなりそうだ。
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おっぱいプリン
- author: hourei
- 2007/08/29 12:59
お葬式の準備をしながら聴いていたラジオ番組「純喫茶・谷村新司」でおっぱいプリンが紹介されていた。米沢だというので早速ホームページを見る。
写真でも分かる通りもとは電器店。おやじさんがお中元か何かでおっぱいプリンを自作して配っていたところ評判になり、とうとう菓子店まで開いたという。
電器とプリン。すごい取り合わせだが、谷村さんはハードとソフト(ソフトの意味違うんじゃないか)の絶妙な取り合わせと絶賛していた。お寺でも何か新しい事業始めようかな(←やめとけ)。
おっぱいはともかく(?)、プリン大好き人間としてはほっておけない。今度米沢に行ったら買ってこよう。
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鳴鶴楼II
- author: hourei
- 2007/08/28 11:24
庫裡の建設は順調に進んでいる。小説『大聖堂』では12世紀のイギリスで大聖堂が完成するまで34年かかった。そんな大きな建物ではないにしても、今の大工さんは仕事が早い。電気工具だもんな。
日曜日に家の中に入ってみて、間取りを見る。屋根はもうトタンが葺かれ、窓もほとんど入っているので、完成状態がずいぶん想像できるようになってきた。
ふと、祖母の部屋とトイレ前廊下が壁になっていることに気づく。すぐトイレに行けるように戸をつけるのではなかったか。設計図を見返すと、あれ? 壁だ。
そこで至急、工務店さんを呼んで相談する。幸いまだ修正できる箇所だったので、早速壁の柱を取り外してもらった。ほっ。できあがってから気づいたのではもう遅いものなぁ。
家を新築した人が、できあがってから「ここはこうすればよかった」と後悔するのはよくある話。工事途中でこまめにチェックするのは大事なことだと思った。
2階の窓から外を眺めるとすごい景色。お寺は小高い山の上にある上に、2階が前よりも前に張り出したので盆地がより遠くまで一望できるのだ。稲穂が実り始めた田んぼは緑のじゅうたん。
ここのお寺は江戸時代、米沢から俳人が来て「眺望群れをはなれ、佳景神を得たり」と絶賛して以来、それを聞きつけた上杉のお殿様までがやってきたと伝えられる。お殿様から賜った「鳴鶴楼」の額は寺宝である。
洞松寺の記
お殿様がご覧になったのは庫裡の2階からだったという。今度の庫裡の2階は、さしずめ鳴鶴楼IIといったところか。
ちょうどこの話をまとめた檀家さんの冊子が届けられて、お寺の来し方に思いを巡らせた。

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大叔父が亡くなる
- author: hourei
- 2007/08/25 18:40
祖母の弟で都内に住んでいた大叔父が亡くなったとの報せを受ける。葬儀の日はあいにくお寺の仕事があるので今日、お見舞いに行ってきた。
田舎では友引でもはさまない限り、亡くなった翌々日に火葬と葬儀が行われる。しかし首都圏は火葬場や会場の予約がとりにくく4、5日かかるのが通例だ。また、昨今の住宅事情では棺を安置できる部屋も少なく、葬儀社や斎場で遺体を預かるという話をよく聞く。
大叔父も葬儀社の安置室に置かれていた。受付で面会を申し出ると、用意をするまでちょっと待ってから安置室へ。遺体用の冷蔵庫が2列×2階で4基あり、その中から棺を引き出してある。蓋は少しずらされ、顔に触れることもできた。
係の人はお参りが済んだら内線電話で連絡してくださいと去っていったのでゆっくりお参りする。お経を読んで、回向して、御詠歌をお唱えして、顔をなでてきた。
大叔父は私が大学に入学したときに保証人になってくれて、ときどき遊びに行くと寿司をおごってくれたりした。また寮から引越ししたときは車に乗って手伝ってくれた。「タクちゃん、また遊びに来てね」ずいぶん可愛がってもらったものだ。
アルバイトを探していたときは、近くに住んでいるお孫さんを紹介してくれて、そのときは必ず夕食がついていた。バイト代もさることながら、一人暮らしで栄養が偏っていたころには本当に助かったものだ。
晩年は経済面・健康面で苦しい生活となったが、妻と長女を連れて行ったときは「ボクはサンデー毎日(毎日が日曜)だよ」と明るい冗談で出迎え、お店をやっている頃に首に巻いていたというバンダナをくれた。「これを巻くと、一日頑張ろうって元気が出るんだよね」と。
そんな思い出に浸りながら、冷たい額に触れて観世音菩薩を念ずる。願わくば、仏天が冥護を垂れたまいますように。
お経を読む前に見た顔は険しい感じがしたが、お経を読んでからよく見たら、大叔父は気のせいか微笑んでいた。「おじさん、またどこかで会いましょうね。おばあちゃんには、よく伝えておきますから」と声をかけて退出。
帰り道、微笑んでいる大叔父の顔を思い出し、こんな若輩者のお経でも喜んでくれたのかなと思うと急に涙がこみ上げてきた。あれだけ世話になりながら、私からお返しできたことはなかったのが残念である。
死は易く、生は難し。
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替えオムツがなかったばかりに
- author: hourei
- 2007/08/24 06:50
子どもたちを保育所に迎えに行って、その足でスーパーへお買い物。のんびりと売り場を眺めるのは結構好きな時間だが、昨日は違った。
車から長男を降ろしたとき、匂いがするのでオムツをのぞくとウンチをしている。あまり嫌そうな顔もしていないがひとまずトイレでオムツを脱がせた。替えオムツがなかったので、フルチンにズボンだけ。これがたいへんなことになる。
こうしてトイレから出てきた長男、オムツのない解放感からオシッコをおもらし。頭のバンダナと、すぐに脱がせたズボンで水たまりになった床を拭く。フルチンの長男を置いて、バンダナとズボンをトイレで洗い、ゴミ箱から拾ったビニール袋に入れる。
こうしているとお菓子売り場に行っていた長女がウンチといって駆け込んでくる。長男も連れて3人で個室へ。長男が脱出したので追いかけると、トイレで長女が大声を張り上げて泣く。ほかの客にじろじろ見られながらトイレへ。
終わるともう買い物のやる気はかなり削がれていたが、少し考えて長女のパンツを長男にはかせ、長女はノーパンで過ごしてもらうことにした。3人で水を飲んで一息。
ふとズボンを見てびっくり。長男にパンツをはかせるとき、まだお尻にウンチがついていたためこちらのズボンにもウンチがついていた。茶色のズボンだから目立たないだろうと思ったが、鏡を見ると目立つ〜。ズボンを手繰り上げて、シャツの裾で隠した。
ノーパンの長女はズボンがずり落ちてくるので、ガチャガチャを1つ買い与え、買い物の間それを見て待っているように指示。長男をカゴに載せて急いで買い物を済ませる。時間も気力も少なくなっていたので料理の手間が要らない刺身など。
買い物が終わると長女がガチャガチャの前にいない。待ちきれなくて再びお菓子売り場に戻ったようだ。再び売り場に戻って連れ戻し、車へ。家まではすぐである。
家の駐車場に着くと、長男が「チッチ」と言う。もしやと思い股間を見るとベビーシートにおもらし。可笑しくなって笑うと、長男もつられてニヤリとした。
しかし保育所の荷物とベビーシートをもつともう両手いっぱいで、長男をだっこできない。そこで手を引いて連れてくるよう長女に頼む。泣いている長男の手をぐいぐい引っ張って連れてくる長女も泣きそう。その前を荷物いっぱいで歩く私は早く風呂に入りたかった。
家に着いたら汚れた服を洗って洗濯機に放り込み、すぐに3人でシャワー。帰ってすぐインターネットをするつもりでいた長女は、長男につられてとうとう泣いてしまったが、洗っているうちに機嫌を直した。
子どもたちには買ってきた「かにぱん」を食べさせて食事の用意。途中、母からの電話で話し込んでいるうちに妻が帰ってきた。
こうして書き出してみると親業っていうのは短時間のうちにたくさんの仕事をこなしているものだと思う。しかも考えるヒマもなく本能的に。3才離れていてもこうなのだから、年子だったら毎週のようにパニックになるだろうな。
ひとまず買い物袋には替えオムツを入れておくということで。
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お盆も終わり
- author: hourei
- 2007/08/18 00:20
今日の午前中は御詠歌の例会。盂蘭盆会の御和讃と御詠歌をお唱えする。
地獄の話になり、ご先祖は今ではみんな成仏されていること、でも我々が悪いことをすれば地獄に落ちうること、閻魔様の裁きはときに理不尽なので仏様によく願うことなどをお話した。話すほうも聞くほうも、ひとつの物語として捉えているが、それでもこういう話は楽しい。
午後からお盆礼に出かけようとしたら檀家さんがお見えになり、急遽仏像と位牌を寺で預かることになる。おふたりとも中国人なので中国語を交えつつ。「有没有箱子?」「ちょっと大きいけど……」「好。」ちなみに中国語を喋っているのが私で、日本語を喋っているのが中国人である。
移転を終えてようやくお盆礼。途中の棚経読みでは娘さんの旦那さん(イギリス人)と会った。"I am the priest of the temple this family belongs to. Nice to meet you!"と握手。
それからお世話になっているご寺院様にお盆礼。裕福になるほど信心が薄くなりがちという話や、寄付は押し付けるだけでなくお願いを躊躇うことも信心を失いやすいという話など。すっかり話し込んでしまい、2時間後ステーキ屋さんで夕食をご馳走になる。米沢牛のサーロインステーキうますぎ。
すっかり満腹になってから、祖母の老人ホームにお見舞い。でも慣れない肉でお腹を下してしまう(もったいねぇ)。夜型人間の祖母は、昼に会うときより活発で調子がいい。私と同じだ。
さらに近くで行われているお祭へ。同級生数名と会う。同じ獅子舞でも神社によってかなり違うものだと感心。
獅子舞は23時30分ころ神社に入り、ようやく帰ってきたところ。今日はカレンダーに何も書いていなかったけれど、さまざまなことがあったものだ。お盆礼はあと少し。明日の午前中に済ませて、午後から温泉ゲーム会に行く。
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上棟式
- author: hourei
- 2007/08/12 00:28
今日は夕方から上棟式。これが終わるとお盆休みということもあって大工さんたちはぎりぎりまで作業していた。
こちらもお盆直前ということで、お盆飾りをしたり塔婆を書いたりしていたが、近所の方がひっきりなしにお祝いに訪れる。今日だけで来客は50名を超えた。皆さんお祝いのお酒を持って来て下さるんだが、私には無用の長物でもったいない。失礼ながら道元禅師の掛け軸の前に整列。
棟札を書かねばと思い立ち、山門落慶で祖父が作ったものをもとに作成。庫裡ということもあって、寺族の名前をちゃっかり入れておいた。完成まで老人ホームで待ってくれている祖母、私の留守を預かり毎日大忙しの母、最大の資金提供者である妻、この3人(ついでにいうと再来年に学校に入る娘を入れて4人)なしには庫裡の新築など不可能だっただろう。小野家は女性でもっている。
上棟の法要は理趣分祈祷を採用した。大雨でまともに法要ができなかった地鎮祭のリベンジである。神式に慣れている工務店の社長さんたちは、焼香を勧められて戸惑っていた。
それから謡があって、本堂に移動し懇親会。暑い本堂では生ビールが好評。寺役員さんたちはやっとここまでたどり着いたと上機嫌であった。
私には役員が仏様に見える。はじめは自宅というつもりで計画したのが、境内地にあることからお寺の一部として建築することになり、檀家さんの承認取り付けや融資の保証人で大いにお世話になった。はじめから檀家さんを当てにして怠けるのは論外だが、お寺にいる以上、檀家さんの支えなしにはひとときも生きていけないのだ。
これから約4ヶ月、完成の日が楽しみになってきた。ひとまず明日からお盆体制。はりきってお経を読みたい。

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お盆直前
- author: hourei
- 2007/08/10 17:48
お盆直前の平日は何事もなく主夫。水曜日は息子の1歳半検診の後、秋葉原に出て水曜日の会。木曜日は妻の誕生祝で、今日山形に入った。
まず驚いたのが家の建築が想像以上に早く進んでいたこと。先週末着工したばかりなのに、すでに長井線の車中から4km近く離れた新築中の家が見える(田舎ですから)。明日の上棟式を前に、7〜10人ほどの大工さんが来て集中的に作業しているという。
次に驚いたのが建物の高さ。前の家より少し前に張り出すことになったため、それだけで威圧感があるのだが、実際に基礎から高くもなっている。お陰でメインの建物であるはずの本堂はすっかり物陰に。何か仏様に申し訳ない気持ちである。
山形は案の定、母が大忙しで地に足が着かない様子。明日の上棟式には大工さんと寺役員で30名ほどの来客を予定しているが、その準備がある上に、お墓掃除、お盆の飾りつけとひっきりなし。私もこれから大量の塔婆書きが待っている。
そんな母は米沢で開かれる山形交響楽団の演奏会に行き、お盆の英気を養う模様。私も水曜日の会ですっかり充電してきたので、まず1週間張り切っていきたい。

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家族の夏休み
- author: hourei
- 2007/08/06 07:09
先週の金曜日から昨日まで、家族で山形に帰省していた。そのダイジェスト。
金曜日
檀家さんの訃報を受け、予定を早めて帰省。何とか入棺に間に合う。終わってから寿司屋。外食は帰省中この1回きり。
土曜日
午前中に火葬。夜の御詠歌練習は自然休講になったので温泉に行く。
日曜日
法事、夏祭りの祈祷、寺役員の研修会と立て続け。近くであったお寺の本葬には母が参列。研修会後の反省会はかけもちしているお寺の存亡をかける話にまでなってグッタリ。
月曜日
午前中に葬儀。午後から融資を受ける信用金庫で口座を開設。
火曜日
総代さん全員に集まって頂き融資契約。説明責任の関係で長引く長引く。ハンコ押しまくり。変動金利で、金利はこの先上がっていくようなので早く返したい。契約の後、万が一のときの借金返済用に私に3000万円の生命保険をかけることに決まった。
水曜日
米坂線に乗って新潟県の瀬波海岸へ海水浴。ちょうど梅雨明けということで最高の天気。浮き輪をつけた娘と海岸線沿いに何百メートルも泳ぐ。息子は海の家でBGMに合わせて踊り、大人気だったらしい。
木曜日
法事の後、30件分のお寺の広報や合同法事の案内を作成して郵送。夕方から坐禅会の準備。
金曜日
「いまどき寺子屋体験」で坐禅と法話とボードゲーム。前の日記参照。妻は同窓会出席のため息子と先に埼玉に移動する。
土曜日
娘とふたりで妻の実家へ。夜になると山から吹いてくる風が寒いくらいだった山形と比べると埼玉は暑〜い。
日曜日
法事の後、息子の子守り。妻は娘と映画を見に行った。夜につくば着。
娘は山形でも保育所に預かってもらっているが、それでもほとんど空き時間のない1週間。これは果たして夏休みといえるのか? また来週からはお盆が始まるので今週はつくばで体力・気力を蓄えたい。
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変身
- author: hourei
- 2007/07/18 15:14
7月15日はお盆の日。
大宮駅のうどん屋で夕食をとったときのこと。店員があったかいうどんにするか冷たいうどんにするか訊かなかったとかで、おばちゃんが絡んでいる。
「ちょっと! あったかいか冷たいか訊かなかったけど、あったかいのが暗黙の了解なの?」
「すみません。あったかいうどんでよろしいでしょうか?」
「冷たいうどんよ! 全くもう、がっかりしたわ」
「申し訳ありません……」
「もう二度と来ないわよ!」
美味しいうどんを食べて満足していた矢先にこれだ。「じゃあ二度と来んな!」と言おうか「心狭いですよ」と言おうか迷ったが、おばちゃんをちらっとにらんだら妙に怖がってしまったのでやめた。
何しろこちらは坊主頭に作務衣姿。しかも風邪気味で顔がこわばっている。こんなのと目が合ったら背すじが寒くなるんだろうなぁと思っていると、おばちゃん携帯を取り出した。聞こえよがしに、
「帰り迎えに来てくれる? ちょっと怖いのよ……」
悪いことしたなぁ。
ユニフォーム効果というのか、娑婆服(洋服とか)を着ているときと違って衣姿でいると私の性格が多少なりとも変わる。だから、仮面ライダーの気持ちがよく分かる(笑)。
今回はそれが悪いほうに出てしまったが、人の励みになればと思う。怒鳴られていた店員に、店を出るとき「頑張ってください」と小声をかけてきたが聞こえたかどうか。
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常磐線
- author: hourei
- 2007/07/17 22:47
昨日は風邪でふらふらになりながらも、千葉の檀家さん宅へお盆のお経読み。行きはつくばエクスプレス(TX)で行ったが、帰りは久しぶりに常磐線で帰ってきた。
常磐線のイヤなところ。
1.取手より先の客のことなんか考えていないような列車間隔。待ち時間の長いこと長いこと。取手が北の果てで、そこから先は外国みたい。
2.特急でもないのにグリーン車。ほとんど乗っている人はおらず、普通車両が混むだけ。
3.沿線の駅前の下品な看板。テレクラとかパチンコとか、ボクシングジムじゃない角海老宝石とか。
あとシート席で裂きイカ食べながらワンカップ飲んでるおっちゃんとか。すぐ近くにいかにも理系っぽいおっちゃんとセレブな奥様・お嬢様たちが乗っているTXが走っているなんて信じられない光景である。
つくばエクスプレスだって、妙に不自然な街並みや大型SCが気色悪いとは思っていたが、常磐線の生き馬の目を抜くような世界ではもう生きていけなさそうな気がした。6年前までは亀有に住んでいたんだけれど。
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引越し最終日
- author: hourei
- 2007/06/19 20:59
……だったが私は昨日のうちにつくばに来て今日は大学の講義。電気・電話・水道・ガスの総引越しは、母が指揮&お茶出しで無事引越しを完了したようだ。頼んでおいた大工さんがタンスや冷蔵庫など重いものを運んでくれた。
大学の講義ははじめ違和感。考えてみれば先週は山形で長時間、和尚さんたちと山形弁でしゃべっていたので標準語が出にくくなっているのだった。引越し疲れもあるのかな?
というわけで講義は途中でやめて、学生に『百科審議官』を遊んでもらう。ヒモや付箋は用意できないので紙に三色のマジックでヴェン図を書いて、答えはそこに直接記入。制限時間内に、より多くのエリアに自分の答えを書けた人が勝ちとした。
ちなみに百科審議官を知らない人は↓をご覧下さい。
すごろくや:百科審議官
「このゲームは帰納法の手続きを踏んでいます。いくつかの例から仮説を考え出し、その仮説を検証して間違いなければ法則にできます。」
ちょっとのぞいた学生のヴェン図に私の名前。「動物」かつ「濁点がない」かつ「とがっている部分がある」……って一体どこがとがっているんだって?
勉強になったかは分からないけれども、楽しかったと好評だった。準備が少なく、ルールが簡単で、時間も短い。もっといろいろ紹介したいと思うが、なかなかこういうゲームはないものだ。
明日から解体工事が始まる。全部壊される前にお経読んでおかないと(地鎮祭とか、全部自前)。
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引越し(3)
- author: hourei
- 2007/06/18 01:36
連日の寝不足で朝寝坊したが、朝食後は荷物運び。夕方から御詠歌の寺院検定会、祖母の見舞い、総代さんから印鑑もらい、夕食後ゲームのレポートや新曲の御詠歌の吹き込み(そんな余裕あるのか)。
ちなみに吹き込んだ御詠歌は洞松寺ブログで公開中。今回はエコーをかけてみたら下手でもそれっぽい。音程が不確かだったり、鈴鉦が鳴らなかったりしていて修行が足りないなぁ。
母は草刈のお客様にお茶を出したり、家事をしたりしながらだから時間がかかる。私の分はまもなく終了の見込みだが、母の部屋片付けはきっと明後日の深夜まで続くだろう。
明日はパソコンの移動をしてから、融資の申込に行ってつくばへ。
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引越し完了まであと3日
- author: hourei
- 2007/06/17 00:17
今日のメニューは8:30出棺、9:00御詠歌の講習会、13:30葬儀、16:00引越し、19:00御詠歌の講習、21:00地元青年クラブの懇親会と盛りだくさん。
引越しがやばそう。自分の部屋は見通しがついたのだが、2階にいってビックリ。大量の布団、未整理のタンス、置物の数々……無事終わるのかどうかは、予断を許さない状況だ。
荷物を運び出しながら、地震を予知して脱出するネズミを思い浮かべた。明後日までに運び出せなかったものはゴミ。火事のときのように、手当たり次第に大事そうなものを運ぶという感じになってきている。
玄侑宗久氏の芥川賞受賞作『中陰の花』で、お坊さんは何かに憑依されにくいという話があった。理由は頭の切り替えが早くて思いつめることがないから。思いつめていると、同じ波長の何かを呼び込んでしまうらしい。
合間合間にいろいろな人に電話しているが、それぞれ御詠歌のこと、融資のこと、次のお寺の行事のことと用件は全くばらばら。これだけ多くのことを同時進行しているなら、思いつめているヒマがないどころか、思いついたことを忘れないようにするので精一杯。こりゃあ何かに憑依されることはないなと、上記の話を思い出した。
明日は珍しく法事のない日曜日。さて1日でどこまで運び出せるか勝負だ。
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引越し引越し
- author: hourei
- 2007/06/14 23:20
日曜日に長女とつくばに帰って、月曜は講義準備、火曜は大学で講義、水曜は秋葉原でボードゲーム。そして今日からまた山形である。
来週には家の解体が始まるので、せっせと荷物を運び出す。本堂や小屋の収納スペースは昨年からの整理のお陰でだいぶあり、困ることはない。でもそれ以上に荷物が多くて終わりがまだ見えない。
最近はほとんど聴いていないカセットテープの整理がたいへん。吹奏楽少年だった私が昔ラジオやCDからせっせと録音したテープ。ケースは燃えないゴミ、ラベルは燃えるゴミ、本体は有害ゴミと分けてごっそり捨てる。
1987年の吹奏楽コンクール課題曲(A『風紋』、B『渚スコープ』、C『コンサートマーチ '87』、D『ムービングオン』、E『ハロー!サンシャイン』)は、どれも印象に残っている。中学2年生だったわけか。懐かしい。
……なんて感慨に浸っていると終わらないのが片付けである。月曜日が〆切、急げ急げ。
雨の日の夜に、母と2人きりのお寺で見るこのニュース。一番怖いのは幽霊なんかじゃなくて生きている人間だと、子どものころ読んだ本の文句を思い出した。
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お金を借りる
- author: hourei
- 2007/05/16 06:38
昨日やっと庫裏(自宅)の建築資金を借りる算段がついた。
前の日記(http://www.tgiw.info/weblog/2007/03/post_331.html)で書いたように、庫裏の建築費用の9割を小野家で、残り1割を檀家さんで負担することにしている。
自己資金(といっても妻の貯蓄)を除くと不足額が約3500万円。住宅ローンで30年くらいというのが当初案である。2つの地方銀行に行って、条件のいいほうにするつもりだった。
申し込んでから2週間後、両行とも返事は「住宅ローンは不可」。ガビーン。曰く、住宅ローンは建物と敷地を担保にするのだが、今回の場合は自宅とはいえ境内地に建っている建物なので、敷地はもちろんのこと建物も担保が取れないとのこと。
銀行の人は「そんなところを抵当に入れたらバチがあたります」と言っていたが、実際本堂とつながった建物が抵当に入っても買い手がつかないだろう。「じゃあ、お寺の前の土地を買って、そこに建物を建てたら住宅ローンが組めるんですか?」「はい、組めます」……でもそれは無理だなぁ。
というわけで住宅ローンの線は明らめて、次は設備資金ということで申し込むことにする。設備資金とは、企業が新たな事業をするにあたって借りるというパターン。担保はないが、お寺はつぶれないという信用取引でかけあった。申込先も、少し資金力のある銀行に。
予め工務店さんが話をしてくれて感触がよいということで期待していたが、2週間待って結果はまた不可。ドガーン。曰く、担保なしにそれだけ長い返済期間を設定するのは前例がないとのこと。
多くのお寺では檀家さんが大部分を負担するため、3〜5年ほどで返済する。しかしそれは檀家さん一戸当たり20万円くらいの負担を意味することになる。今の時代、そんなことをしたら確実にお寺離れを助長するだろう。
行き詰まったかに見えたとき、不思議と光明がさしてくるのがお寺だ。総代さんと、となりの和尚さんが信用金庫に当たってみることを勧めてくれた。そこで返済期間は20年に短縮。月20万円ほどの返済は布施収入から捻出し、不足する住職と家族の生活費は外で働く妻が出すということで申し込んだ。
わずか4日で返事が来て、総代と妻が連帯保証人になることを条件にOKが出た。ヤッター!
三度目の正直、勝因は何だったのか。ひとつはまず妻の収入だろう。いくら東北ではまだお寺の権威が残っているからといって、田舎の小さいお寺の収入でこれほど借りるのは無理だ。
もうひとつは信用金庫の性格。地方の中小企業を専門に取引している信用金庫に、地方の小寺院であるうちがマッチしたようだ。初めて知ったことだが、信用金庫には総代と呼ばれる地区役員がおり、その中にはよく知った和尚さんの名前もあった。
しかし何よりも大きかったのはコネだと思う。総代さんととなりの和尚さんは、信用金庫の支店長とずいぶん昔からのお付き合いらしい。お二人が電話してくれておいたお陰で、最初から支店長と直にお話しすることができた。コネというとネガティブに聞こえるが、要するに信用である。
昨日は信用金庫から連絡を受けてすぐ、嬉しくてお礼の電話を総代さんと和尚さんへ。そしてこの間辛抱強く付き合ってくれた工務店さんにも。出会う人に恵まれる幸せをかみしめた。
そんなわけで予定の工期から遅れること2ヶ月。ようやく始める目途がついた。あとは雪が降る前に完成してくれることと、これから20年間みんな健康で無事完済できることを祈るばかりだ。
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山形→仙台→埼玉→山形
- author: hourei
- 2007/05/01 16:29
29日は法事日和で5件。
手違いで同じ時間にダブルブッキングをしていたことが前日に分かって冷や汗をかいたが、法要が終わったらお茶を頂かずに次のお宅、終わったらその次というようにして何とか辻褄だけは合わせたが、慌しい思いをさせて施主家には申し訳ないことをした。
法事の予約はもうずっと前に行われているものだから記憶が曖昧だし、そもそも誰に責任があるのか突き止めたところで意味がない。事後の対処しか手はないわけだが、できるだけ再発しないよう、いい手はないものだろうか?
30日は仙台の檀家さん宅で法事と納骨。地元から行く親類の車に同乗した。私のブログを読んでくださっているとのことで、それがもとで車中はざっくばらんな仏教談義に花を咲かせる。死んだ人はどこにいくのか、いつ成仏するのか、お盆に帰ってくるのはどうしてか……。
お墓は七ヶ浜町という海辺にあり、住んでみたくなるような素晴らしいところだった。天気も快晴。故人もさぞ安心なさっているだろう。
食事の後、仙台駅まで送って頂いて上京。上りが意外に混んでいたので、ネットカフェで時間をつぶす。大宮から妻の実家に行き、義父母と3人きりで静かな一晩を送った(ちなみに妻子は山形)。9時間も眠ってしまう。
そして今日は大学の講義。連休の合間なので学生さんは少ないかと思ったが、ほとんど欠席なし。先週に「この授業は出席点の比率が大きい」と言っておいたのが功を奏したか。でもお疲れで序盤から眠っている学生もちらほら。
そこで気分転換に「問答ゲーム」をしてみた。決められた形式で自分の意見と根拠を述べるというだけのものでゲームというほどではないが、根拠を述べるということに意識的になってもらえばよい。楽しんでもらえたようだ。
今は秋津駅前。これから大宮に戻り新幹線で山形に戻る。明日は家族で何かできたらいいなぁ。明後日はゲーム会。連休後半は、また法事三昧だ。
ちょっとやってみたい↓
「住職がヒーロー戦隊「ミョウレンジャー」発足−西陣活性化に一役」
http://karasuma.keizai.biz/headline/136/
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大学で講義
- author: hourei
- 2007/04/18 07:32
昨日は飯能の私立大学で講義をしてきた。生まれて初めての経験で緊張したなぁ。
大学で教えたいという希望をぼんやりとは持っていたものの、いかんせんインド哲学という専門では口がほとんどない。おまけに少子化で大学も厳しい時代、大学の教員になるのはどんどん難しくなっていると思っていた。
そんな昨年の暮れ、指導教官の先生から連絡が入る。その私立大学に勤めている先生が、ひとつ口を紹介して下さるという。話を伺って履歴書を送ったらあっさり採用。大学ってコネなんだなぁ……腐っても東大っていうことか。
とても嬉しい話だが、2つほど問題があった。
ひとつは飯能というところの遠さ。つくばからはつくばエクスプレス、武蔵野線、西武池袋線を乗り継いで2時間ちょっとかかる。帰りは池袋周りで東京駅からバスに乗ったら3時間もかかった。もっとも、長距離移動は毎週末の山形往復で慣れているのだが。
もうひとつは科目が「論理学」だったこと。いちおうインド論理学が専門とはいえ、記号論理学となるとちょっとかじった程度。大学1年のときに受けた野矢茂樹の論理学の授業は、途中で挫折した経験がある(朝1限のため起きられなかったというのもある)。
そこで考え直した。記号論理学は、もともと論理的に考えられる人が考える方法を効率的にまとめる手段である。今、学生の多くは論理的に考える方法を身に付けたいのではないか。とすれば、教える内容も今はやりの「ロジカル・シンキング」がよい。
「ロジカル・シンキング」は論理より論証の比率が高くなる。それならば私がここ数年やっている論証術にも近い。ということでシラバスもそのように書いたら、就職の役に立つと思ったのか結構な数の学生が集まった。
第1回は「論理的でない我々日本人」。これから毎週火曜日、ネタを仕込むのがたいへんになりそうだ。山形のお寺につくばの家庭に飯能の大学。これから1年、どうなることやら。
- ">Diary ">Diary
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大学で講義
- author: hourei
- 2007/04/18 07:32
昨日は飯能の私立大学で講義をしてきた。生まれて初めての経験で緊張したなぁ。
大学で教えたいという希望をぼんやりとは持っていたものの、いかんせんインド哲学という専門では口がほとんどない。おまけに少子化で大学も厳しい時代、大学の教員になるのはどんどん難しくなっていると思っていた。
そんな昨年の暮れ、指導教官の先生から連絡が入る。その私立大学に勤めている先生が、ひとつ口を紹介して下さるという。話を伺って履歴書を送ったらあっさり採用。大学ってコネなんだなぁ……腐っても東大っていうことか。
とても嬉しい話だが、2つほど問題があった。
ひとつは飯能というところの遠さ。つくばからはつくばエクスプレス、武蔵野線、西武池袋線を乗り継いで2時間ちょっとかかる。帰りは池袋周りで東京駅からバスに乗ったら3時間もかかった。もっとも、長距離移動は毎週末の山形往復で慣れているのだが。
もうひとつは科目が「論理学」だったこと。いちおうインド論理学が専門とはいえ、記号論理学となるとちょっとかじった程度。大学1年のときに受けた野矢茂樹の論理学の授業は、途中で挫折した経験がある(朝1限のため起きられなかったというのもある)。
そこで考え直した。記号論理学は、もともと論理的に考えられる人が考える方法を効率的にまとめる手段である。今、学生の多くは論理的に考える方法を身に付けたいのではないか。とすれば、教える内容も今はやりの「ロジカル・シンキング」がよい。
「ロジカル・シンキング」は論理より論証の比率が高くなる。それならば私がここ数年やっている論証術にも近い。ということでシラバスもそのように書いたら、就職の役に立つと思ったのか結構な数の学生が集まった。
第1回は「論理的でない我々日本人」。これから毎週火曜日、ネタを仕込むのがたいへんになりそうだ。山形のお寺につくばの家庭に飯能の大学。これから1年、どうなることやら。
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長女の誕生日
- author: hourei
- 2007/04/06 16:15
今日は長女の誕生日である。満5才になった。
誰に似たんだか癇癪もちで、保育所でも一匹狼を好み、家では弟を徹底的に避けている長女だが、大人の会話にもよく参加するようになり、頭の回転の速さに驚くときもある。何よりも家で一番元気なのがありがたい。もう1年以上、風邪を引いていないのではないだろうか。
長女の希望で、誕生日のプレゼントはプリキュアグッズになった。最新の「Yes!プリキュア5」は5人もいるので、人形を5体揃えるのはなかなかたいへん。
バンダイのキュアドールは1体が1300円もするので、5体揃える気になれない。そこで1体300円の食玩を探すことにした。
セブンイレブン、ローソン、サンクスと回ったがコンビニはもう売り切れで、トイざラスとスーパーでようやく揃った。そのほかにアクセサリーやガチャガチャも買ったので、店員にはよほどのアニヲタに見えたかもしれない。
というわけで今年の長女の誕生日プレゼント、プリキュアづくし。
1.キュアドリーム
2.キュアルージュ
3.キュアレモネード
4.キュアミント
5.キュアアクア
6.ピンキーキャッチュ キュアルージュ&キュアアクアバージョン
7.アクセサリー
8.ヘアアクセサリー
9.プリキュアスイング
中に入っているラムネは私が頂きます。
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山形滞在が延び延び
- author: hourei
- 2007/03/27 00:27
先週の金曜日、檀家さんが亡くなった連絡が入って、家族に「じゃ、月曜日にお葬式が終わったら帰ってくるよ」と出てきた山形に、まだいる。
この辺のお葬式はたいてい亡くなって3日目(2日後)というのが普通。今回は3日目が友引だったので月曜日になるだろうと予想していたのだが、もうひとつ罠があった。それはシダミ※。
昔はそんな風習はなかった当地域だが、こういうものは一旦気にし始めるとダメなものらしい。私が「それは一部の地域でしか通用していない迷信だから、葬式をしないというのは全く賛成できない」と繰り返し繰り返し言ったが、聞いてもらえなかった。ああ無力……。
というわけでお葬式は五日目となってしまい、つくばに帰るのが1日遅くなった。家族には「ごめん、シダミだとかいうものだから……」
でもお陰で今日は銀行に行って住宅ローンの相談ができるようになった。時代は最長年で固定金利のプランである。ほかに長井線の新しい時刻表をもらったり、ドコモショップで携帯の充電をしたり。
そんな今日、近くのお寺さんから電話があり、明後日に御詠歌の大会のための練習を水曜日の夜にするという。「明後日というと、水曜日ですね……」ガックリ。
練習が終わってからではもうつくばに帰れないから、帰るのは木曜日になってしまった。家族には「ごめん、御詠歌の練習だとかいうものだから……」今日は長男が目やにで早退したとかでつくばはたいへん。
木曜日に帰ったとして、土曜日には近くのお寺で大般若があるからすぐ戻らなくてはならない。それでも、1週間以上家を空けるよりは2日でも帰ったほうがよい。新幹線やバスで5時間の移動は疲れるので、体力を温存しておきたい。
でもその前に、明日か明後日別の用事ができて、滞在がさらに延びないことを祈るばかりだ。
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※シダミ
死後四日目の葬式(ダミ)を避ける風習。葬儀社に勤める友人によると、シダミの風習は県内でも長井・中央地区と高畠にしかないそうだが、誰かから聞いてだろう、徐々にこちらまで広がってきている。
日々是好日という曹洞宗では、友引も迷信という公式見解を打ち出しており、こうした語呂合わせのタブーを全て否定している。しかしそういう日にお葬式をして、後日何か不幸が続くと「ほれ見ろ、だから言ったんだ」という馬鹿が必ずいるので遺族もつい消極的になってしまう。
最近は気にしない人が増えてきたというが、中にはこういう風習を口実にして、故人に1日でも長く家にいてもらいたいという遺族の思いがあったりするので、なかなか厳しい態度で臨めないのが現状である。
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昔の手紙
- author: hourei
- 2007/03/25 08:20
庫裏の新築が決まったので、今の庫裏を片付けなければいけない。昨日は第一弾として亡き祖父の部屋の整理を始めた。
不要なものは解体業者が分別するのでそのままにしておいてよいという。したがって必要なものだけを取り出していく作業だが、いつも乱雑にしているツケが回る。本堂の倉庫に続くリアル倉庫番2。
その中から、曽祖父が受け取った手紙が出てきた。大正から昭和初期のものである。
札幌に嫁いだ大叔母が曽祖父に送金をお願いする手紙が胸を打つ。父母を案じ、日々の苦労を愚痴り、お金を無心するこの手紙は生活の苦労をしのばせる。切手は三銭。
「雪を見た時すぐ内地の事を思ひ出しました。事に此の頃はいろいろ見たり聞いたり珍らしい事が有る度びに御父母様の事を思い出し弟達の事を思ひ出されてなりませんです。」
「私は針仕事をして少しづつの家計のたしにして居ります。朝早くから夜十時半十一時頃までやって居ります。(中略)夜は子供を寝かしてからやりますの。だから歯が浮きてしまって奥歯は皆物をかむははなく前でやうやく物を食べて居りますの。それで別に体も悪るくしないで毎日働いて居ります。これも御父母様の御陰と感謝して居ります。」
「いつか前ニ年も立ちましたがジャケツの袖と足袋カバーとをあんで有りましたの。御氣に召さないでせうけれども弟につけてやつて下さいませ。カバーはキノヱにビン止め二ツキノヱに上げて下さいませ。」
「それから私の命にかけてのおねがひで御座居ます。主人にはおこられるから内証で十二月の二十日頃まで間違なく御返し致しますから十円何んとか都合して借して下さる様固く固くおねがひ致します。」
ほかにお寺で酒を飲んで暴れた檀家さんが「私儀酒癖ノ過失ヲ懺悔シ将来ヲ謹慎スル」とした誓約書、寄付で頂いた十円札(大叔母にやったらよかったのに)、近くのお寺から頂いた達筆の手紙など。いずれも貴重な古文書としてファイルした。
今は何事もパソコンですましてしまうので手書きの手紙など滅多に書かないし、豊かになって昔のような生活苦もない。この手紙を見ていて、言葉だけではない感謝の気持ちとか、父母や年長者に対する尊敬の気持ちも、昔と比べるとずいぶん薄くなってしまったのだなぁと、心寒くなった。
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檀家総会
- author: hourei
- 2007/03/19 10:12
1週間の山形滞在を経て昨日、長女とつくばに帰ってきた。保育所は結局、インフルエンザのため6日中2日しか開かず、ほとんどの時間を子守に費やす。YouTubeでプリキュアをずっと見ている長女のそばで読書。
土曜日は2年ぶりの檀家総会で、34人の檀家さんが集まった。洞松寺の場合、檀家総会は毎年行わず、何か大きな事業がある場合などに臨時で開いている。
今回の議案は庫裏建築。1戸あたり4〜6万円の高額の寄付をお願いすることになったが、小野家が9割を負担することにしていたためか、すんなり承認頂いた。
庫裏は住職とその家族の住まいなので、基本的に全額を住職が負担するべきだと思うが、さまざまな事情や信条から全額を檀家さんに出してもらうお寺もある。そういうお寺がいくつもあることを檀家さんは知っていて、住職(正確に言うと大部分が妻)が自ら9割を負担すると言ったことを喜んで下さったようだ。
ちなみに1割負担の理由は和室。法要のときの控え室にする和室は、建坪の1割を占める。
それにしてもこの経済情勢の厳しい中、すんなり承認頂いたのはありがたいことである。ちょうど今年は、住職になって10年目を迎える。その間大学院の授業に通ったり、インドに留学したりして不在が多かったけれども、今回の承認はこれまでの務めに一定の評価をして頂いたものかもしれない。それとも、「もう行ったり来たりしないで、ここに落ち着け」というメッセージかな?
終わってからの懇親会では長女が大活躍。むさずられたり(※むさずる=山形弁で「からかう」)、背中をたたいたり、こちょこちょされたり、なぞなぞをかけたりして並み居るおじさん・おじいさんたちを悩殺(?)していた。「めんごいなー」(※めんごい=山形弁で「かわいい」)の大合唱。
皆さんが帰られて後片付けをしてから長女と温泉「はぎの湯」へ。お湯につかって頭をからっぽにすると疲れが癒えて、次の気力がわいてくる。本当にたいへんなのはこれからの引越しだ!
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長女保育所へ
- author: hourei
- 2007/03/14 07:31
昨年から、私が山形に仕事にくるとき長女がついてくるようになった。お目当てはつくばにはないテレビらしい。というわけで今週1週間も長女と一緒に山形で過ごしている。子育てのワークシェアリング。
長女はこの頃『ギャグマンガ日和』にはまっていて、母や祖母の前で「うんこ大好きうんこ丸」とか「松雄芭しょんぼり」とか連呼する。それはそれで、それなりに会話が成り立っているのがおかしい。
とはいえもうすぐ5才になる子が1日中室内にいても退屈して力を持て余してしまうし、お寺の行事があると面倒を見切れないので、保育を申し込むことにした。私の母校(っていうのか?)西根保育園。今は予算取りなどの関係で西根「児童センター」と名前を変えているが、自分と同じ保育所に子どもが入るとは感慨深い。
親子ともつくばに住民票があるので、厳密にはこちらで保育してもらうことはできない。最初に市役所に相談にいったときも、係の人が困っていた。しかしその後、保育士をしている親戚づてに情報を集めているうちに、里帰り出産しているお母さんが上の子を一時保育するケースがあることを知り、その親戚の口添えもあって申し込むことができた。
ちなみに保育所の所長さんは、うちのお寺の総代さんの奥様だったりして、いろいろ話が早い。最初の面接に行ったときはもう委細承知といった感じで申込書をもらうだけ。これが地元でなかったら、お寺のこと、つくばにいる訳を長々と説明しなければならなかっただろう。
というわけで月曜日が初登所。私が年小クラスに通っていたときは、お迎えのバスに乗るのがイヤで毎日泣いていたのを今でも覚えている。しかし長女はすでに0才児から保育所に通い、週末もゲーム会のたびに託児されてきたので、もう慣れたものである。父にバイバイすると、すぐ先生と奥に消えていった。
つくばでは布団・着替え・弁当などをセルフで所定の位置にセットしなければいけないが、こちらは一式を先生に渡して、親は玄関のところで引き返すようになっていた。100人もの子どもが通うつくばの保育所と比べると、非婚少子化で子どもが少ないこちらの保育所はゆとりがあるのかもしれない。
お迎えは存外に早く15時。もっともお寺の場合はだいたいそれぐらいの時間までに用事が終わっていることが多いので問題ない。園児服に付けてもらったピンクの名札がかわいい。山形弁全開の保育所内でも、楽しく遊んできたようでほっとした。
また明日もお願いします、というはずが年長さんのクラスでインフルエンザが流行し、火曜と水曜は全園お休み。火曜は結局、親子共に家にいてYouTubeでプリキュアを見たりしていた。今日はちょっと出かけてこよう。
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咳が止まらない
- author: hourei
- 2007/03/12 18:39
土曜日に長女を連れてつくばから山形に移動。しかし咳が止まらない。花粉症による喘息だが、かれこれ1ヶ月以上続いていて、咳をするたびにわき腹の筋肉が悲鳴を上げる。
母に赤湯駅まで迎えに来てもらい、アイスクリームをなめる長女を尻目に車中で着替え。そのまま枕経へ直行した。枕経の間、プリキュアグッズを買ってもらって満足気な長女とお寺へ。布団をかぶって寝込むzzz。
しかし翌日のお葬式の都合で法事がひとつ繰り上がり、夜の7時から本堂で読経。『摩訶〜ゲホゲホ、般若波羅密多〜ゲホゲホ、心経〜』みたいな調子でお経の4分の1くらいを参加者に読んでもらうような状態だった。
「花粉症の喘息で、お聞き苦しいところがありました点をお詫び申し上げます。ゲホゲホ。この喘息、夜に出ることもあるのですが、お寺などにおりますと、このまま心臓が止まって、朝冷たくなっていたらどうなるんだろう、などと考えることも、ゲホゲホございます……」などという法話。夜ということも手伝って話していてずいぶんしんみりとする。
そして翌朝。わき腹に貼り薬などしてみたものの、それで咳が止まるわけではない。日曜日の日程は朝8時の出棺から始まって、屋外の祈祷、大般若会、午後の葬儀、終わってからの法事と多彩でハードなスケジュール。急遽、いつもの薬に咳止めの売薬を付け足して出動した。用事がひとつ終わるごとに、あといくつと数えて無事最後まで務められることを祈る。
お経の最中は咳との戦いで本当にぎりぎり。咳が出そうなのを押し殺してお経を読み、やがて負けてゲホゲホ咳き込み、一段落収まったところでお経に復帰するという繰り返しである。特に御詠歌は、どうかこのフレーズが終わるまで咳が出ませんように!と祈る気持ちでのお唱えだった。
5つの行事が終わったときは、よく持ちこたえたものだと自分でも信じられないような気持ちになった。「仏天冥護を垂れ給い」である。そして布団をかぶって寝込むzzz。
今日は朝から御詠歌の講習。夜はもう無理かというくらい咳き込んでいたが、講習中は何とか乗り切った。ほんとうにありがたいことである。長男が最近覚えた喃語「トゥヌトゥヌトゥヌトゥヌ」を合間合間にずっとつぶやいていたのが功を奏したか。
もちろん、仏の加持ばかりを期待しているわけにもいかない。帰りにはちゃんとお医者さんにいって咳止めを頂いてきた。
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これからつくば
- author: hourei
- 2007/02/21 17:38
2月はずっと山形にいるような気がするが、今日ようやく一段落でつくばに帰る目処がついた。
風邪が完治しないのでお医者さんに行ったら「過労ですね。」
先週末は福島のWizards'Innにも、鶴岡の庄内テーブルゲーム研究会も、今日は外国語サークルも行かず自宅で静養していたのに……。要するにお医者さんには山形とつくばの往復がハードに映るらしい(ま、ハードですが)。
薬をもらって帰ってきたら、妻から電話で長男が熱を出して早退してきたとのこと。つくばへは明日ゆっくり帰るつもりだったが、予定を早めて今夜出発することにした。
と、その前に午後6時から寺院新年会。しゃべると咳が出るので、黙々と食べて早めに退出したい。自宅着は23:20の予定。
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家を建てる
- author: hourei
- 2007/02/20 18:01
庫裏の建築に関する役員会とその打ち合わせで5時間。庫裏(くり)とは住職たちの住まいのことだが、一部の部屋はお寺の一部(檀家さんやご寺院さんの接待・法要時の控え室)としても使うため、檀家さんにご負担をお願いする。
今回は総工費・檀家さんの負担割合の確認と、檀信徒総会の日程決めが主な話題だったが、それ以上に多岐にわたって有意義な協議をしていただいた。
参加した役員さんは、今回の工事が決定したら相当額の負担をする立場になるわけだけれども、負担をいかに少なく抑えるかという観点ではなくて、負担をいかにほかの檀家さんに納得してもらうかという観点で臨んで下さった。
それは一応、住職側の負担割合が総工費の8割を超えるという事情によるものかもしれないけれど、住職とその家族の住まいなんだから当然のこと。残り2割といっても、檀家数はそう多くないから1戸あたりの負担は相当な額になる。それをここまで快く前向きに考えて頂けることが、恐縮するほどにありがたい。
もちろん、ただイエスマンの役員さんではない。登記や借入などに詳しい法律家、市議会の最新情報をつかんでいる情報通、前回・前々回の寄付集め関係書類を揃えている資料通、想定される質問を考える戦略通、建築や電気の工事に明るい専門家……まさにGメンと呼ぶに相応しい。お寺の役員に、これだけの優れた人材が何気なく集まっているのだ。同席していただいた工務店の方も、「たいへん勉強になりました。」
これで総会の日程が決まり、そこで承認されれば4月頃から現在の住まいの解体が始められるだろう。秋頃には完成と見られる。また恩に着る方々が何人も増えそうだけれども、楽しみ楽しみ。
三日三晩寝て風邪は治ったが咳がまだひどい。聞けばつくばは花粉がひどいという。毎年花粉でも喘息になるから、また外出を抑制する日が続きそうだ。秋葉原の水曜日の会、ご無沙汰だなぁ……。
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白鷹町でコンサート
- author: hourei
- 2007/02/13 09:22
昨日は白鷹町でクラシックのコントラバスのコンサートが開かれ、妻とお手伝いに行ってきた。
奏者は東京芸大コントラバス科の永島教授で、昨年トランペットのコンサートを開いた杉木教授と共に、芸大オケが長井でコンサートを開いたとき以来、親交を深めている。
演奏会の打診を受けたのがお正月。さすがに1ヶ月では無理だろうと思っていたら、白鷹町の重鎮、新野医院の院長が名乗りを上げた。医師会会長、老人ホーム理事長など多くの肩書をもつ先生だが、今回はソフトボール協会会長の肩書でソフトボール関係者を動員し、あっというまに200人余りの会場を埋め尽くす聴衆を集めた。
私は相変わらず裏方で、プログラムの制作、奏者の送迎、当日の司会が主な仕事である。ピアノ伴奏はウィーン国立アカデミーのプリンツ教授。奥さんが日本人なので日本語でも十分話ができるが、送迎の道中はドイツ語で会話を楽しんだ。
私がドイツ語を話すとすぐボードゲームの話になる。今は全く遊ばないという先生でも、ドイツ圏で頻繁に遊ばれているスゴロク"Mensch, Ärgere Dich nicht!"を知っているか聞いたら、"Natürlich(もちろん)!"。
実は新野先生もドイツ語は堪能だ。ドイツに留学して医学を学び、帰国後、大学講師をなさっているときに『プリンシパル医学ドイツ語』という本を出版されている。
そのほか山形在住でウィーン留学していた音楽家なども聴きに来るし、私の妻もドイツ語で自己紹介するので、プリンツさんは山形にドイツ語を喋る人がたくさんいると驚いていた。
演奏はコントラバス独奏という珍しいもので、永島教授の超絶技巧と表現力に聴衆はすっかり引き込まれていた。コントラバスは弦が長いため、運指もその分動きが大きいものとなる。非常にダイナミックで、もちろん正確で、そして繊細。楽器は1708年イタリア製だとかで(時価何億という代物)、永島教授が最大限に引き出したその響きには言いようのない深さがあった。
打ち上げはどぶろくが出回って皆さん上機嫌だったが、ウーロン茶の私は、子どもを寝かせるため早めに退席。長女は母と祖母と楽しく過ごしていたようでよかった。とても楽しい演奏会だった。
この2日の偏食
11日 昼食 そば、大根煮(大般若の食事・のどか村)
夕食 納豆チャーハン、刺身、焼き魚
(東北学生音楽祭打ち上げ・和楽)
夜食 すし(奏者と共に・すしてつ)
12日 昼食 そば(演奏会スタッフと・千里庵)
夕食 そば、鮎塩焼き(打ち上げ・のどか村)
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赤ちゃん連れで山形(2)
- author: hourei
- 2007/02/04 21:13
昨晩は22時に就寝して、今日の7時まで9時間寝たけれども、夜中に4〜5回起きて泣いたので親子共に寝不足気味。何しろお腹が空いて仕方がないのだ。
こちらとしてはおっぱいもないし、どうすることもできないので、泣き声で起こされてもタヌキ寝入り。そのうちどちらともなく寝入るという繰り返しだった。
今日は午前・午後と大般若の祈祷があったので私はずっと外出で、長男は母に子守してもらった。お尻が赤くなる心配もあったが、床に降ろすととにかく泣き続けるので仕方なくおんぶ。おんぶをすれば機嫌がよく、よく眠ったという。
3時過ぎに帰宅してから、疲れたので長男を抱っこして一眠りしようとしたが、眠ったのは私ばかりで長男はずっと泣き続け。隣りの部屋で「気になって仕事に手がつかない」と母がまたおんぶ。
夕食には、祖母の提案でくず湯を食べさせてみた。片栗粉を水で溶き、鍋で温めながらよく練ると透明のゼリー状になる。少し砂糖を加えて出来上がり。
長男はこれがいたく気に入ってぱくぱく。もっと寄こせとせがむほど。くず湯のあとはリンゴの絞り汁、イオン飲料、シロップ薬。満足したのか食後は泣き止んで大人しく遊んでいる。大人が夕食を取るので再びおんぶにして睡眠。
私は昨日怒って大声を出したのと、今日もまた祈祷で大声を出したのでちょっと風邪気味になってしまった。喘息の咳も多い。今日はゆっくり休めるとよいのだが……。
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赤ちゃん連れで山形
- author: hourei
- 2007/02/03 21:39
山形に1週間滞在することになり、子どもを1人連れていくことになった。はじめは4才の長女を連れていくことになっていたが、急遽1才になったばかりの長男に交替。長男が単独で山形に行くのは初である。
冬になってから中耳炎やら風邪やらでなかなか調子が上がらない長男。ここ数日も腹に来る風邪とかで下痢が続き絶食状態。イオン飲料やおもゆ、リンゴの絞り汁しか入れられない。一抹の不安があったが、山形に向かってレッツゴー!
つくばから大宮に向かう高速バスではずっと眠っていた長男だが、新幹線に乗って赤ちゃんせんべいを食べた直後からもんどりうって泣き出す。これは与えないほうがよかったようだ。デッキであやしているうちに福島。
今回は自由席だったので福島で途中下車して、つぎの山形新幹線を待つ。タイミングよくウンチをしておむつを替えることができた。トイレにオムツ替えシートがあるのは女性トイレのみ。主夫は肩身が狭いものだなぁ……。
ウンチをして少し機嫌が直った長男だったが、山形新幹線では揺れのせいか空腹のせいか再び大泣き。米沢まではデッキであやしたが、米沢からは自由席も空いたので席に座る。ちらちらこっちを振り返る前の席の青年を睨み返しているうちに赤湯に到着。世間の目は冷たい。
赤湯駅まで母に迎えに来てもらって帰宅。長男はイオン飲料をたらふく飲んで寝入った。
帰宅してからはしばらく大人しく遊んでいた長男だったが、すぐお腹をすかせて泣き始める。おもゆを飲んでいたが、少しくらい大丈夫だろうと食べさせたおかゆでまたもんどりうって大泣き。これも与えないほうがよかったようだ。
延々と泣き続ける長男を心配して祖母や母が「医者に行ったら」「おんぶをしたら」と口々に言う。医者は昨日行って薬をもらってきたばかりだし、おんぶはお尻が赤いので極力避けたい。そう言ってるのに相変わらずやんややんや言い、しまいに祖母が「こんな小さい子なのに連れてこられて可哀想」といったのでカチンときた。
「そんなにうるさくて迷惑なら、もうつくばに帰る!」
「迷惑だなんて言ってないでしょ! 心配して言ってるのに!」
「じゃあ無理なことばかり無責任に言うのはやめて! こっちだってできる限りのことはやってるんだから」
(山形弁に変換してお読み下さい)
こんなやり取りは、世間でもよくありそうな気がする。血がつながった家族でさえこんなだから、ましてや血のつながっていない嫁姑では育児方針でお互いに衝突したり、気を遣いあって気疲れするのも分かるような気がした。
それまで泣き続けていた長男は、私が声を荒げたのでなぜか静かになり、そのまま寝入ってしまった(現実逃避?)。
これが1日目。これから1週間、曽祖母も祖母も長男も、この環境にもう少し慣れてほしいと思う。私ものんびりしていられなさそうだ。
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移動、移動
- author: hourei
- 2006/12/04 00:00
妻が海外出張のところに葬式手伝いの依頼が入り、急にせわしなくなった。
山形からつくばに日帰りしても、保育所の迎えは間に合わない。いっそのこと子どもたちを車に乗せて山形に行こうかと思ったが、ノーマルタイヤでは雪道が心配だし、往復8時間子どもたちがじっとしているとも思えない。
あれこれ考えた結果、妻の実家にすっかりお世話になることにした。だが預けたまま山形にずっといるわけにもいかないので、すべて日帰りすることに。
というわけで日曜日は車でつくば→草加。午前中チャットや部屋の掃除をして、草加では子どもたちを義父母に任せて本まで読めた。のんびりした1日は嵐の前の静けさだったが、体力をだいぶ蓄えることができたと思う。
そして月曜日、子供たちを預け新幹線で草加→山形。山形では午前と午後に葬儀があり、終わってすぐ草加に戻る。ここで子どもたちを車に乗せてつくばに行く予定だったが、お昼に食べた青い蓮ゼリーとコーヒーの組み合わせで午後からお腹の調子が悪く断念。
火曜日の朝、車で草加→つくば。赤ちゃんを耳鼻科で見てもらって、子どもたちを保育所に預けほっと一息。買い物やホームページの更新などをする。あと予約していた粗大ゴミも出した。夕方、保育所から直行でつくば→草加。
水曜日は月曜日と同じパターンで草加→山形→草加。つくばには行かないことにしていたので、ちょっくら郡山に途中下車して『盗賊の親方』を遊んだが、22時帰宅になってしまい子どもたちはもう寝ていた。義父母もお疲れである。
そして木曜の朝に草加→つくば。たいへんな移動だったが、草加では至れり尽くせりだったので、ずっとつくばで父親一人子どもを見ているよりも楽だったのではないかと思う。
いずれにしても妻のありがたみわかり機。
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子連れで山形(完)
- author: hourei
- 2006/11/28 00:00
3日目は日曜だったので、お経読みや来客で娘は部屋に閉じこもっていた。よいこで遊んでいるのだが可哀相に思う。
お昼は兼務しているお寺の餅供養に連れていく。「『(囲炉裏に)あだれ』って、標準語でなんていうなんべ?」と盛り上がる役員さんたちに、人見知りして挨拶もできない。だが餅もお菓子もバクバク。
夕食後、近くの温泉に連れていった。広い浴場を歩きまわり喜ぶ姿にほっ。風呂上りにはドライヤーを使いたがった。ソフトクリームをぺろりと平らげ、スーパーボールを買ってもらってご満悦。
4日目は葬儀だったのでほとんどおかまいなしで、テレビを見たり、部屋でお絵かきをしたりと保育所と比べて退屈な1日だったと思う。
葬儀終了後すぐにつくばに向けて出発。福島あたりから2人とも眠ってしまった。さらに東京からの高速バスは、常磐道が渋滞していて2時間もかかり帰宅は10時。
ほとんど隙のない4日間で、本も読めずメールも読むだけ、ボードゲームのサイトも更新できずだった割に娘と遊べた時間も少なかったが、親の全力投球ってこんな感じなのかなと自己満足している。
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子連れで山形(2)
- author: hourei
- 2006/11/26 00:00
昨日はもともと移動日だったので、夜の御詠歌講習以外何もなかったのだが、あっという間に過ぎてしまった。
朝食後、母から境内の掃除を指示される。ブロアーにガソリンを入れて作業開始。吹き飛ぶ落ち葉に、娘がキャーキャー言いながら喜んでいる。
ここ数日晴れの日が続いていたので落ち葉も乾いて飛ばしやすくなっていたが、イチョウの葉は別。ある程度たまるとびくともしない。結局途中から竹箒に切り替えた。
箒で掃き掃除をしていると、いろいろなことが頭に浮かんでは消えていく。雑念がなくなるというまでにはいかないが、もやもやしていることが整理されるようないい気分になる。作務もひとつの大事な修行。ちなみに娘はすぐ飽きて部屋でお絵描き。
昼食をはさんで掃除が終わったのは3時過ぎていた。それから娘と買い物へ。山形で着る防寒着を買う。ゲーセンでアンパンマンの乗り物に乗ったり、ぬりえの本をチェックしたり、本屋で立ち読みをしたりしているうちにすっかり1時間。
帰宅すると急いで夕食をとって御詠歌の講習である。娘も参加したが、遊び始めたので怒られて泣きながら退場。
今日は日曜日なので用事満載。夜にでも温泉に連れていければいいなと思っている。
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子連れで山形
- author: hourei
- 2006/11/25 00:00
週末に用事があって山形に行くのはいつものことだが、このたびは4才の娘が一緒に行きたいというので連れてきた。
当初は土日の一泊の予定が、お葬式が入ったため金〜月曜の3泊4日に。保育所も2日休むことになり、長丁場で何をしようか考え中。
昨日は、保育所に送る車をつくば駅で降りて姉は山形、弟は保育所へ。この頃弟のせいであまりかまってもらえず、ひとり遊びの多かった娘は歌を歌いながらスキップするほどの浮かれよう。
つくばエクスプレス、武蔵野線、京浜東北線といつもの乗換えで大宮から新幹線。隣り合う席がなくて自由席でB,C席に座る。
娘は駅で買った雑誌を早速開いたがすぐに車酔い。揺れへの弱さは親譲りだ。幸いゲロは吐かず、見かねた後ろの席のサラリーマンが席を譲ってくれた。山形新幹線の温かさ。
おかげで窓際に座れた娘はしばらくすると元気を取り戻し、お菓子をパクパク食べ始めた。紅葉に色づいた山々の車窓を背景にお菓子を食べ続ける娘の姿を見ると、喩えようもない幸せを感じる。
駅までは母が迎えに来ていた。寺に戻ってすぐ着替えて枕経。昼食をとってから、靴が古いというので買い替えに行ってきた。道中疲れたのだろう、娘はすぐこっくりこっくり。
家に帰ると新聞を取ってというので渡すと、テレビ欄を確認してドラえもんを見たいという。つくばにはテレビがないので、テレビも娘の楽しみになっているのだろう。ちなみに声優が変わってから初めて見た。
入浴して10時に就寝。山形はつくばと比べ物にならないほど寒い。何度か目が覚めてしまったが、娘は10時間以上、トイレにも行かずぐっすり。
今日は本屋に連れていくことになっている。娘は本屋に行くと2時間近く過ごすので、それだけで半日になりそうだ。
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レクリエーション&芋煮会
- author: hourei
- 2006/09/24 00:00
毎年恒例、地元のレクリエーション&芋煮会が行われ、先ほどたらふくビールを飲んで帰ってきた。今日のビールはそれほど美味しいと思わなかったが、運動の後はまだ飲める。
レクリエーション大会では地元新町地区が6つの班に分かれていろいろな競技を競う。前はソフトボール大会だったが、高齢化や選手の固定化などから誰でも参加できる競技に変わったようだ。
毎年お彼岸の中日に行われていたので、法事などがあって芋煮会のおしまいのほうに顔を出すのがやっとだったが、今日はたまたま何もなかったので最初から最後までまる1日参加できた。レクリエーション大会に参加したのは私の記憶では初。
最初の競技は輪投げ。比較的年配の方向けの競技である。少しリハーサルしていたが、うちの班の選手はなぜか上手で100%決めている。本番もあっさり1位。後で聞いたら「ほとんど経験者」だとか。なに輪投げの経験者って(笑)。
次はボール渡し。12人が縦1列に並び、頭の上から後ろの人にボールを送る。最後の人がボールを受け取って先頭に走り、今度は股下からボールを送る。頭上と股下を交互に繰り返し、最初先頭にいた人が再び先頭にきたら終了。これまた謎のチームワークで2位。
ここで全員参加のじゃんけん大会。五円玉のついた紐を首にぶら下げ、勝った人は負けた人から全部取れる。最終勝者は300円ぶんくらいの賞金になるという次第だ。準備たいへんだなー。山形(東北?)の人はチョキを人差し指と親指で作る。そのせいかチョキを出す確率が高いと見たのでグーで勝負をかけたがあっさり敗退。
二人三脚で倒れているビール瓶を足で立て、豆を箸でつまんでラムネを飲み干し、紐の輪をくぐってリレーするという競技は基本的に夫婦or親子参加。指をくわえてみていた。これも2位。
お次は風船割り。片足に風船を紐でくくりつけて、制限時間内に他チームの風船を割り合う。生き残った数で勝負。生き残ることはできたが、内履きを忘れ裸足だったので1つも風船を割れなかった。かかと落としをしすぎて足が痛い。また2位。
それから子どものお菓子取り競争があって、最後が5人の長縄跳び。ここまでの得点は1位。1分間に飛んだ数だけ得点が加算され、最終順位が決まる。30秒で足がもつれ始め、作務衣のズボンが下がってきた。やべぇ。後半30秒は滅茶苦茶で、順位を2位に下げた。
午後の芋煮会は晴天のなかビールがなくなるなくなる。班別MVP「マキマキって頑張ったで賞」(マキマキ……興冷めするほど全力を出す山形の擬態語。マキコキとも)を頂いた。風船割りと長縄跳びはよほど形相が変わっていたのだろう。
ビンゴなんかやってから解散、班長宅で二次会。劇辛で美味しい砂肝があったのでまたまたビールが進んだ。話題は「2位でよかった今年の成績」「長持ちする屋根のペンキ」「最近の強力だけど怖い農薬」「農協の肥大化による弊害」「地域行事の日程は土日と祝日のどちらがいいか」など。地元の情報をだいぶ得た。
日本酒を飲まなかったので冷めるのが早い。明日は御詠歌の講習会の後につくばへ。
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片付け
- author: hourei
- 2006/09/23 00:00
ここ数日、本堂の片付けに追われている。1日6時間以上、パズルゲーム『倉庫番』のリアルバージョン。
築40年近い住居の建て替えがだんだん現実味を帯びてきている。家族と話し合った末、再来年にしても来年にしても同じことなら早いほうがいいと、来年春の着工が濃厚。
うちのお寺の場合、山の中腹にあるので大型車両が入れない、家の裏の大木を切る必要がある、同じ場所に建てるので仮住まいのプレハブが必要、などといった状況から時間はすこしかかりそう。でも一番の問題はモノが多いということだ。
法事などの引き出物のシーツやタオルケット、私も先代も好きな本の山、祖母が唯一の気晴らしで買い集めた衣服、ものを大事にとっておく性格の母が捨てられないこまごまとしたもの。お寺だから収納スペースはたくさんあるが、その分が多いので片付けるとなると気が遠くなる。
モノを動かす順序は、1.小屋を片付けてスペースを作る、2.本堂から小屋に移して本堂にスペースを作る、3.住居から本堂に移すというスライド式。右から左に流しているだけのように感じるが、お寺なので住職の独断で捨てられないものが多い。
まずは小屋から。古くて壊れた机なんかがあるのでどんどんゴミにする。重い。小屋は蚊の大群に襲われて作業に集中しにくかった(後頭部なんかを刺される)。
次に本堂の倉庫整理。思えば祖父が亡くなった8年前以来まともに片付けたことがなく、足の踏み場もないほどにモノが詰まっている。そこを片付けるのはまるでトンネルを掘るかのよう。大般若の経本箱、前机、袈裟行李などさらに重いものが多い。ゴミもある。えっちらおっちら。
それから別の倉庫にある贈答品の布類をバザーに出品するため運び出してきた。1年に10箱でも10年すれば100箱。積み上げてみてビックリ。
慣れないこともあり夕方になることにはヘトヘトである。夜は同級生の友人と飲み。先月はビールのまずさに気づいた私だったが、肉体労働の後のビールは美味しいと分かった。同級生と言っても価値観や生き様は当然のように異なり、それが刺激になったのが美味しかった理由か。皆、苦境の中でも明確な希望をもち、しっかり前を向いて生きているのが頼もしい。この頃は夢を追い求めるというよりも現実に追いかけられているような私であるが、友人の話を聞いて大いに力づけられた。
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巡礼
- author: hourei
- 2006/09/11 00:00
毎年行われている寺の観音巡礼に、祖母の車椅子係として初めて参加する。
山形県内には庄内三十三観音、最上三十三観音、置賜三十三観音と地区ごとに33ヶ所の札所がある。ほとんどがお寺の境内にあって、観音像の前で御詠歌を読み、参拝のしるしに御朱印を頂く。
33ヶ所を一度に回るのではなく、1回に5つぐらいずつ何年もかけて巡っていくので、コンプリートには何年も連続で参拝しなければならない。母や祖母はもう30年以上続けていて、コンプリートどころか2周目、3周目に入っているという先輩だ。
住職はお葬式が入ったりするので、毎年必ず参加できるとは限らない。その上私はつくばやインドにいたのでこれまで参加したことはなかった。
祖母は年老いてバスの乗り降りや車椅子での移動など介助が必要となり、講員を引率しなければならない母にはそこまでする余裕がないので、今回私が呼ばれたというわけだ。実際、皆がバスから降りた後に祖母の手を引いてバスから降ろし、車椅子に乗せて観音堂まで連れて行く頃には、もう母が御詠歌を唱え始めていることがほとんどだった。
もちろんつきっきりというわけではなく、トイレや入浴は母が介助する。それにしても祖母の信心の深さは並ではない。住職や寺族はどちらかというと仕事の一環として参加しているのかと思っていたが、祖母を見る限りそうでもないらしい。
というわけで初めてという上に祖母のそのような姿を見たものだから、妙に姿勢を正される巡礼だった。カシミールでムスリムの家に滞在したとき、ムスリムにとってメッカに行くことがどれほど嬉しいことなのかを聞いたが、メッカに行くムスリムもこんな気分だろうかと想像したりもした。
最上川舟下りは20年ぶり2回目。子どもの頃は滝とか岩ぐらいしか注目できなかったが、「左右山覆ひ、茂みの中に船を下す」(『奥の細道:五月雨をあつめて早し最上川』)というのがよく分かる。古くから最上川の海運に従事していた人たちの苦労が垣間見えた。
その後、庄内三十三観音の2つをお参りして湯野浜温泉へ。温泉に入り、食事をして、だらだらと過ごす。日常の仕事から解放されて、ヒマだからテレビでも見るしかないというような解放感が嬉しい。時代劇や大相撲を見ていたら「(亡くなった)おじいちゃんと同じだ」と言われた。
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麦茶VS麦酒
- author: hourei
- 2006/09/05 00:00
夏になると、つくばでは水出しの麦茶を冷蔵庫に用意しておく。夜、風呂上りに一杯飲むとこれが絶妙に美味い。山形でも冷たいお茶を飲むが、これほど美味いとは感じない。
冬も熱い緑茶が非常に美味いと感じたが、関東の乾燥した気候がなせる効果なのだろうか。
それとは対照的に、このごろビールがとても不味く感じられるようになった。8月にビールを飲んだのは友人がお盆に遊びに来たときだけ。法事では車を理由に断り続けているし、夕食で母や祖母が飲むときも付き合わない。
インド滞在中、キングフィッシャーは最高の幸せだったが先日I氏と東京のインド料理店で飲んだ味は「ラクダのオシッコの味(ゲッツ板谷『インド怪人紀行』)」だった。
よく檀家さんが「酒が飲めなくなったら本当に終わり」(酒好きな東北人が、お酒を飲まなくなったらお迎えが近いしるし)と言うが、体調は悪くない。では何だろうこの変化は?
ということで週末、つくばでビールを飲んでみた。麦茶がこんなに美味しく感じられるのだから、ビールも山形よりずっとイケるだろう。学生時代飲み過ぎた思い出深いヱビスビール。
一口。マズ!(カシミール語の美味いという意味ではない)顔が歪むのを見て娘が面白がる。「お父さん、もう1回。」また一口。オエエ。娘がゲラゲラ。「もう1回飲んでー!」三口目を飲んでいるうち、今度は胸やけがしてきて残りは捨てた。
どうやら本当にビールが駄目になったようだ。というかお酒が全部ダメ。ちなみにお酒が飲めないのは小野家の遺伝である。先日の曽祖父の法事も小野家サイドは皆揃ってウーロン茶を飲んでいた。30代になると体力が落ちて、もともと飲めない人は本当に飲めなくなるらしい。
でもこういうとき不飲酒戒というのは、卑怯だがよい言い訳になる。強く勧められても「戒律で」と言えば相手はたいてい引いてしまうので飲酒を免れる。
麦茶はいい。比較にならないほど安いし、飲んでも車を運転できる。そしてノーカロリー。というわけで麦茶最高!不飲酒戒スヴァーハー!
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子どもと過ごす週末
- author: hourei
- 2006/09/04 00:00
妻が海外出張のため、2人の子どもと3人きりで過ごす週末。妻が見るというパターンは毎月何度もあるが、私は初めてだった。
先輩の和尚さんから「男の育児は、授乳以外何でもできる」と教えられたことがあるが全くその通りで、しかもその授乳もミルクを夜中1回起きて作ればそれで事足りるので大したことはない。もう少しで8ヶ月の息子には湯冷ましもせず、お湯を水で薄めてミルクを作るから早い。
土曜日は朝にパン屋まで1時間の散歩、昼にマツキヨまで車でお買い物、夜に外国語サークルに行ったが休みだったので本屋さん。日曜日は土浦まで外国語サークル&お買い物。外出すると親子ともに気分転換になってよい。
食事は金曜に作った煮物を食べ続け、後はパンとか麺類とかでごまかす。赤ちゃんの離乳食も作るので、どうしてもお姉ちゃんの分まで気が回らない。ちゃんとしたものは保育所の給食で食べてくれ、子どもたち。
入浴は3人で入り、息子を洗ってから浴室の隅に座らせ、タライにお湯を入れてクジラのおもちゃを浮かばせておく。息子がそれに夢中になっている間に、娘を洗って自分も洗う。もとよりカラスの行水なのでゆっくりできなくても汗が流せればOKだ。
いつもはおっぱいを吸いながら寝入る息子と、おっぱいを触りながら寝入る娘が、当然のように寝付かないのにはウンザリしたが、イライラせずに先に寝てしまうことにした。育児はとても体力をつかうものらしく、ほとんどバタンキューで9時間以上眠る(その間1回ミルクを作るため起こされるが)。
洗濯、料理、皿洗い、ミルク、おむつ替え、掃除、散歩……の繰り返しで気晴らしといえばちらちらインターネットをするくらいだったが、久しぶりに子どもとべったりできた週末で満足した。妻が帰ってくるまで今週いっぱい、楽しい育児にしたいものだ。
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お盆4日目
- author: hourei
- 2006/08/17 00:00
法事3件、棚経2件、寺院へのお盆礼2件、親戚へのお盆礼3件。これで一通りお盆の行事は終わった。ふー
午前11時からの法事は、法要が終わってからずっとお客様が高校野球に釘付け。地元代表の日大山形高校が、県史上初のベスト8をかけて愛媛の今治西高校と戦っていたのである。
山形県代表は最近、関西出身者を多数擁する酒田南高校が多かったが、日大山形はほとんど県内出身者だとか、青木という選手は長井出身だとか盛り上がっている。
ちょっとでもピンチになると「よくやったよ」とすぐ諦め顔になるのが山形らしい。あからさまに勝つことを嫌い、運がよかっただけと言うくらい僅差で勝つか、さもなくば負けて相手に喜んでもらったほうがいいという卑屈なまでの謙譲の美徳。山形代表が甲子園でなかなか勝てなかったのはそのせいかもしれない。
夜は同級生2人を招いて久しぶりに飲み&ゲーム。2人とも何度か遊んだ経験があるのでちょっと冒険をした。ダイス運とブラフが楽しい「カサノバ」、見かけとは裏腹に考えさせる「たぶらか」、アクション陣取りゲーム「プッシャー」を遊ぶ。「コヨーテ」も出そうとしたが自分の顔が窓に映るのでダメだった。
12時近くまで遊んで、同級生の友人が帰ってから明日(というか今日)の書き物を思い出して先ほどまで書く。坦々としたお盆だったなぁ。
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お盆明け
- author: hourei
- 2006/08/17 00:00
睡眠時間3時間ちょっとで午前中に梅花講の法話、その後に法事1件、お昼を頂いて帰ってきてほっとしているところに訃報が入って枕経1件。祖母と母と叔母は肘折温泉に出かけていったので一人でお留守番をしている。
お盆の期間の法事では『仏説盂蘭盆経』をお客様と一緒に読んでいる。祖父が「お盆中の法事用経本」と書いた箱にしまっていたので、それを見つけて以来毎年使っているわけだ。
『仏説盂蘭盆経』はお盆の行事の根拠になったお経。その中で釈尊の弟子の目連尊者が神通力であの世を見たところ亡くなった母が餓鬼界に落ちているのを見つけ、釈尊に助けを求める。
釈尊は修行僧が雨季の修行を終える7月15日に修行僧を集め、供養して祈願してもらうとよいとアドバイスした。それを実行したところ、母親が餓鬼界から救い出されたため、今後7月15日を父母の幸福を祈る行事とした、という内容。
このお経、インドから伝来したものではなく中国で作られた偽経(ぎきょう)であることが分かっている。じっくり読んでみると確かにインド撰述にしてはおかしい表現がある。
「時に仏十方の衆僧に勅し、皆先ず施主家の為に、七世の父母を呪願し……」とあるが、出家者である目連を「施主家」と呼ぶのはおかしい。これでは在家になってしまう。
「初めて盆を受くる時、先ず安じて仏の塔前に在らしめ……」まだ釈尊が生きているときの話なのにもうストゥーパ(仏舎利塔)が建っているとは!
基本的に在家と出家の区別がめちゃくちゃである。繰り返し読むうちにだんだん気になってきた。
そもそも家出人である出家者にとって、捨ててきた家族にどう責任を取るかというのはなかなかに難問である。釈尊は家族を出家させて教団に入れるという方法を取った。
道元禅師の見解も一定しない。
一切衆生斉しく父母の恩のごとく深し(『隋聞記』3-16)」
と言って自分の家族にのみ関わることをよしとしなかったり、
母儀の安堵活命をも支度して仏道に入らば、両方倶によき事なり(『隋聞記』4-10)
といって家族を大事にするよう薦めたかと思えば、その直後に、
老母たとい餓死すとも、一子を許して道に入れしむる功徳、あに得道の良縁にあらざらんや(同)
と見捨ててもよいようなことを言っている。いろいろ言っておいてあとは自分で考えなさいと。
日本で初めて、僧侶が家族をもつ出家在家というスタイルが生まれたのは、家族と祖先を大切にする『仏説盂蘭盆経』を作らせた東アジア世界の儒教的伝統のためだけでなく、その芽はすでに釈尊からあったのかもしれない。
私も幼い子どもを残してインドに2年間旅立った身なので、こういうことはよく考える。父親不在の責任は、一緒にいられる間に精一杯のことをするぐらいしかない。明後日家族が山形に来るが、どれぐらい家族サービスできるかもう不安だ。
明日は1週間ぶりに何もない日。来客が少なかったらホームページでもいじろう。
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お盆3日目
- author: hourei
- 2006/08/16 00:00
昨日とほぼ同じく法事3件、棚経18件。うちお茶を頂いたところ半数。
「お茶どうぞ」の言葉は何か相談したくて言っていることもあれば単なる社交辞令のこともあるので、実際にお茶を頂くかどうかの見極めはなかなか難しい。
判断材料はまず家族がいるかどうか。当主とお茶を出す奥さんがいてスタンバイしていたら留まる。当主が留守なら帰る可能性が高い。あるいはいても食事中だったりすれば帰ることにする。
次に準備の出来具合。気がつけばもう机にお茶とお菓子が出されているならばお茶を頂く。反対に、今道具を出してきたばかりという感じならば帰ったほうがよいかもしれない。
最後に軽く断った後の反応。「もう遅いですから」などと曖昧なことを言った後、「いいじゃないですか!」と強い口調で薦めるならば留まる。「一服ぐらい召し上がっていったらいいのに……」と口を濁す程度なら帰る。
何年も続けていると、だいぶ本音が分かるようになったが、まだ下手なのがお布施の頂き方。お茶を断りつつお布施が出てくるを待っているのはとても格好が悪い。お茶を頂かないことにしたならば、玄関にゆっくり向かいつついつ引き止められてもよいようなさりげなさが大事。
もちろんお布施なしでも帰る。お盆は稼ぎ時だねと言われるが、私はお布施を期待してお経を読んでいるのではない。あくまで死者の冥福と生者の安心が目的。お布施はもらって当たり前という顔をしていてはダメだ。
「布施なき経は読むべからず」という言葉があるそうだ。お経を読んだらお布施をもらえという話らしいが、研修会で講師が「思わずお布施をあげたくなってしまうようなありがたいお経を読めという意味だ」と仰っていた。
誠心誠意努めていればお布施は自然と付いてくるものなのである。それを履き違えてお布施が第一目的になり、信頼を失っている僧侶の何と多いことか。
明日も法事3件。棚経はあと2件だけ残っているが、寺院さんと親戚へのお盆礼がある。明日でお盆はおしまい。
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お盆2日目
- author: hourei
- 2006/08/14 00:00
昨日はたっぷり寝たので充実。午前中に法事3件、午後から棚経15件ほど。
8月14日といえばかつては最も法事の多い日だった。お盆のお墓参りをした翌日、遠くの親戚が一堂に集まり、明日からは神社のお祭もある。
それが今日は3件で拍子抜け。考えてみると月曜日で、若い人は地元でも働いている人が結構多い。何人かに聞いてみるときちんとお盆休みを取る会社のほうが少ないように見えた。
農業から会社勤めという労働事情の変化に加え、「お盆休み」から「夏休み」への変化で、お盆に家にいるのはご先祖様だけという家が増えている。そんな留守がちの家に帰ってきたいものだろうか。
法事では盂蘭盆経を全員で読んだ上でお盆=盂蘭盆の起源をサンスクリット語ウランバナ(????????)音写説、中国の盆起源説、イラン語のurvan音写説に分けて説明し、いずれをとっても現在の行事には謂れがあること、そしてその意義は親孝行にあることを説いた。
どんな行事も惰性でやっていてはやがて滅びる。時々意義を確認する必要があるだろう。
棚経読みで一件、中国人のお嫁さんが留守番をしていた。「お経読ませてください」「お父さんいない、分からない」しばらく中国に帰っていたせいか日本語がいまひとつ通じていない。どしどし上がってお経を読ませていただく。
お経を読んでいる途中、子どもがしきりに「チェー是什マ?(これ何?)」とお母さんに聞いているので、終わってから中国語で話かけてみる。「什マ時候回来了?」「わからない」「我説漢語、什公時候?」「…!、昨天!」「為爺々我念了仏教経、明白了?」「明白。」「在中国也仏教??」「不是…」久しぶりに話す中国語だがどうにか会話になっている。喋っている間、子どもがいたずらをしてきた。「很可愛。」「可愛?ウルサイ」「在漢語ウルサイ是什マ?」「ホワンイン」「児子都ホワンイン」
ときどきアッチャー(ヒンディー語)とかDann(ドイツ語)とか混じりそうになって可笑しい。最初は突然の見知らぬお坊さんの来訪に顔がこわばっていた奥さんもすっかり打ち解けた。「再見!」「再見!!」
明日も法事は少ないから棚経が終わりそうだ。あと16件。
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お盆だよ全員集合
- author: hourei
- 2006/08/13 00:00
先ほど棚経から帰ってきて、お盆の初日が終わる。朝は墓経、帰ってお盆参り客の接待、午後から合同法事、お墓参り、そして棚経と、例年通りの幕開けである。昨日の睡眠時間は3時間だったが、何とかもってよかった。
お墓参りは歴代住職の墓前でお経を読みながら、お寺が始まって540年の間、お寺を守ってきた32人の住職(私で33代目)の積み重ねに思いを致す。
32人の住職で、今生きているのは1人もいない。それぞれの時代を生き、仏法の灯火を受け継いできた面々。私は彼らからものすごく重いものを背負わされている気がした。やがて私も名を連ねたとき、誰がここでお経を読むのだろう。
私たちのいのちは、過去から現在、未来へと向かういのちの流れにある。それを体感できる機会がお盆だ。お墓参りで行き交う近所の人と笑顔で挨拶をかわす。
棚経は、江戸時代に檀家がキリスト教に改宗していないかチェックするための検査だったらしいが、今は檀家さんとのコミュニケーションの場となっている。だからお経3分、お話30分(その代わり全部の檀家を回らない)。
総代の家では何はなくとも今進行中の案件の相談や打ち合わせになるもので、話をしているうちに頭を整理することができた。本堂で使う椅子のこと、地区の墓地の管理のこと、総代の交替時期のこと、今度の先住忌のことなど。
いつもだと14日は法事5件、棚経10件ぐらいだが、明日は法事3件と少なめ。
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ネズミ!
- author: hourei
- 2006/08/07 00:00
朝から法事とか墓経とか来客とかぎっしり。その後に明日開かれる「いまどき寺子屋体験」(坐禅&お話&ボードゲーム)の準備。何話そう?
お葬式や法事では「誰でもいつかは死ぬ。だから私もあなたも死ぬ。限られているからこそ尊い命」といって死の準備教育のようなものができるが、将来のある子ども相手にそんなこと言ってもなぁ。先祖から代々受け継がれてきた命だから大切にと言っても、親が健在なうちはそんな実感がないだろうし。
今日の法事で実験的に因果応報や自業自得の話をしてみた。今生きているのは、前世の業を清算するためなのである……と言いかけたがこれはかなり危険。お坊さんは、この理屈で社会的な差別に加担してきたのである(いわゆる「悪しき業論」)。
これでは「あなたが不幸なのは、前世で悪いことをした報いなのだ。このツボ(印鑑)を買えば……」というようなインチキ宗教よりもっとタチが悪い。因果応報の原理は現状を肯定するためのものではなく、あくまでよりよい未来を志向するものとしてのみ、適用されなければなるまい。
ひとまずお寺とはどういうところか、お坊さんとは何をする人か、どうしてお経を読むのか、なんてところから始めてみようかな。そして先祖の話から、親心という無条件の愛につなげて、生きているというそれだけで尊いことを説き、感謝の念にあふれた生活を薦めるという道筋で。小学1年生から中学生まで、どれくらい伝わるか不安だ。
話が終わってしまえば、お寺の境内を探検して、流しそうめんの昼食を取って、午後はボードゲームと何の心配もない。先日、役員さんに集まってもらってワードバスケット、キャッチミー、ニワトリのしっぽ、投扇興、カヤナック、オバケだぞ〜を一通り遊んでルールを覚えてもらった。さらにジェンガ、ブロックス、ネコとネズミの大レースなどを用意(ゆうゲームズが多い)。無敵。
ゲームではなくて現実の話だが、先ほどから部屋の中に1匹子ネズミがいる。ときどき顔を出してチョロチョロしていたが、1時間前からどこかに行ってしまった(部屋からは出ていない)。寝ている間に耳をかじられたらヤだな。
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教育か介護か
- author: hourei
- 2006/08/06 00:00
カレンダーを見ると6月最終週以来、週末はずっと法事がある。平日もたまにお葬式があるので、7月と8月のつくば:山形の滞在率は2:3である。たまにしか家にいない父に娘がなつかないのもむべなるかな。
帰宅後せっせと塔婆を書いて、夜から地元吹奏楽団の後援会長宅へ。今後のことを4時間も話し合う。
今後の方向性には2つの選択がある。すなわち地元の若者を集めてアマチュアらしく演奏活動をやっていく方向が1つ、それから一流の奏者を招き聴く専門でコンサートを興行する方向が1つ。どちらも立派な文化活動だと思うが、主役を青少年にするか老壮年にするかの違いは大きい。
青少年を主役にするのは、将来性があるが骨が折れる。仕事が忙しく、休みは独りで過ごしたい人たちにとって、同じ時間に集まることさえ難しい。そもそも若者がそんなにいない。そんな中で統率を取って、定期的に何かやっていくには相当のエネルギーが要求される。
一方老壮年を主役にするのは、比較的易しいが奉仕的である。時間もお金もある人たちにパトロンになってもらえばエネルギーは節約できるが、自分たちが楽しむより人を楽しませることが先にたつのは避けられない。そうなると、何のためにやっているのかだんだん分からなくなる。
少子高齢化と過疎化で寂れていく地方にとって、この2つの選択は音楽に限らない。教育問題と介護問題がそうだ。教育する側かつ介護する側に立つ世代にとって、どちらかでさえ一筋縄ではいかないものが両方同時に迫ってくるのは恐ろしい。
そんなことを考えたが、結局どちらかといえば後者(老壮年)を取ることになりそうだ。でもそれは住職という立場だからなのかもしれない。介護はその人が亡くなったら終わるが、供養は亡くなってから始まるものだから(現金な話)。
青少年のほうは、音楽よりボードゲームをうまく活用できないか考えている。
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のど自慢
- author: hourei
- 2006/07/30 00:00
今日、地元長井でNHKのど自慢の公開収録が行われた。先月、御詠歌仲間から一緒に出演しないかとか誘われたが、「冗談でしょう」と流す。衣姿のお坊さんが何人も出てきてはNHK的にまずかろう。
毎週見ている母は、家族全員の観覧応募をして自分の分だけ当たったので見に行っていた。私はといえば朝から法事、法事、法事。
放送も見られないだろうと思っていたが、法事の後の食事で檀家さんがテレビを脇に置いていたので話をしながらちらちらと見ることができた。
のど自慢の予選は必ずしも上手な人ばかりではなくて、よく言えばヒューマニティに溢れる、悪く言えばいじれるキャラクターを必ず入れる。
高齢のお年寄りが伴奏を無視して暴走し、チャイム1つで止められるのは私が最も好きな場面。あれは、NHKが送る、高齢化社会へのレクイエムなのだろう。
だから上手い人ばかりが入るとは限らないが、それでも地元長井の人で本選に出場できたのは3人ぐらいだったらしい。「あー、あれは勧進代の○○さんの息子だ」なんて会話はほとんど聞けなかった。
家に帰った母が「民謡でチャンピオンはない」などと審査に文句を言っていた。「今のは合格だろう?!」などと文句を言いながら見るのも、のど自慢の楽しみ方らしい。
午後からは地区のお祭が2つあって祈祷のダブルヘッダー。さらにこれから懇親会もダブルヘッダーということで、お酒とカラオケを覚悟の出発。私ののど自慢がこれから始まる。
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ネーパール
- author: hourei
- 2006/07/27 00:00
先週に引き続きお葬式の手伝いを頼まれ、つくばから山形へ。そのまま来週明けまで山形にいることにして、家族とは離れ離れだ。ついでにいうと山形も母と祖母が北海道に旅行のため独り暮らし。
7:50に家を出て13:10にお寺に着いた。道中は『精子戦争』(ロビン・ベイカー)を読んでモヤモヤしたり、昨日のゲーム会のレポートを書いたりして過ごす。『精子戦争』読了したらレビューに書こうと思うけれど、世界観変わりますよこれ。
そんな本を読んでいたので、お葬式の進行ではうっかり変なことを口走りそうになる。「亡くなったおじいさんの遺伝子は、皆様にもしっかり受け継がれております、これを不倫してでも後世に伝え、子孫繁栄を……」ダメダメ!
お葬式が終わって、折角だからヒッポファミリークラブに出ようと米沢まで足を伸ばす。しかし今日は休み。がっくりしていたところ、同じ会場で素敵な催しを見つけた。米沢市国際交流協会が主催する国際理解講座・ネパール編というものである。
恐る恐る会場に入ると、一般当日参加OKとのことだったので喜んで聴講する。講師は米沢に嫁に来て10年というチャンダー・スレースタ伊藤さん。米沢在住600人の外国人のうち、唯一のネパール人だとか。
http://www.city.yonezawa.yamagata.jp/shisei/hisyo/kouhou_yonezawa/kouhou_pdf/060501PDF/15.pdf
お名前のチャンダーは月、名字のスレースタは最良、最年長という意味のサンスクリット語。クシャトリヤ・カーストだとか。名前、名字という順番は欧米と同じなんだって。
ネパール舞踊の日本公演で来日したとき、米沢在住の旦那さんから見初められたらしい。インドやネパールなどの保守的な国で、女性が外国にお嫁に行くということは非常に珍しいと思う。事実、父親が「牛肉を食べる日本人なんかとの結婚は絶対反対!」で、父親が亡くなってからようやく結婚したのだという。ましてや米沢といえば米沢牛だもんな〜(チャンダーさんは今も牛肉どころか豚肉も食べない、食べたいとも思わないそうだが、子どもには栄養のため豚肉は与えている)。
国教がヒンドゥー教のネパール、下位カーストの友達を部屋に入れてはいけないとか、結婚相手の家系は下位カーストが混じっていないか三代前まで調べるとか、そんなのを無視して恋愛結婚でもしたら親が亡くなったとき葬式に出られなくなるとか、日本だったら人権問題になりそうなことが常識としてまかり通っている。「日本みたいに自由ない、ダメダメいっぱい」なのである。
終わって雨乞いのダンスを披露してもらい、柔らかな指先の美しさに見とれる。ネパールのサリーも(色合いがインドとちょっと違うような気がする)美しい。
それから会食。Alu Ra Anda Ko Tarkari(ポテト・エッグカレー)ネパールから取り寄せたスパイスでチャンダーさんが自ら作ったカレー、そしてチャイ。クミンの懐かしい味につられてつい3杯も食べてしまいお腹いっぱい。
そしてネパールの公用語であるネパール語と、チャンダーさんの民族言葉であるネワール語をちょっと教えてもらう。同じようなものかと思ったがこれが大違い。
「私の名前は○○です。」が、ネパール語だと「メロ・ナーム・○○・ホー」、ネワール語だと「ジグナン・○○・コー」。「私は△△に住んでいます。」はネパール語なら「モ・△△・バスツィエ」、ネワール語なら「ジ・△△・ツォナツォナ」。ツォナツォナって!
ネパール語は、ヒンディー語のベンガル訛り(アがオになる)みたいな感じで分かるが、ネワール語は別系統なのだろう。ネパール人でもネワール族じゃなければ分からないって言うんだからしょうがないか。
チャンダーさん、さすが来日10年だけあって日本語が堪能。「家サ帰ります」……やっぱり訛りますよね。
たまたま見つけたにしては最高にピッタリの催しだった。運がいい。
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外出日
- author: hourei
- 2006/07/06 00:00
たまった用事を済ませるため、1日中外出の日になった。
午前中は川西町の宗務所に行き、責任役員変更届と財産処分申請の書類をもらう。
寺院は1件1件が宗教法人であり、宗派はそれを総括する宗教法人という二重の構造になっている。そのためたくさんの複雑な手続きがあるが、特にオウム真理教の一件以来運用が厳格化され、何かしようとするたびに膨大な書類が必要になった。
寺院では住職は代表役員ということになっているが、1人で実験を握っているわけではない。総代など檀信徒から責任役員が登録され、重要な事項は全員の印鑑をもらわないと進められないようになっている。責任役員の任期は4年。それが今年切れるので、任期満了に伴い手続きをしなおさなければならない。今年から印鑑登録証明の添付も必要になった。早めに始めなければ。
また寺院が土地を売却した場合、それがたとえ道路拡張のための提供であっても財産処分申請を宗務庁に対して行わなければならない。うちのお寺では、おそらく先代住職が昔処分した土地が国土調査で明らかになり、どこを誰に売却したか調べるところから始めなければならない。「2年ぐらいかかるでしょう」と師匠。気が遠い。
帰宅して午後からは曽祖父の五十回忌の拝請。来てほしい近隣の寺院10件ほどを訪問し、案内状をお金を添えて差し上げ、お拝をする。1つのお寺で6回、五体投地のお拝をしてくるので60回。だんだん膝がガクガクしてくる。着替えの時間を節約するため大衣を着て車を運転した。
お拝が終わったらすぐ帰って来るのだが、2ヶ寺だけ断れずお茶をご馳走になった。教区長からは私も知らない曽祖父の思い出話、布教師からは葉っぱを増やす=人間としての魅力を高めるという話を伺った。
終わったのが午後6時半。そのまま米沢のヒッポファミリークラブ(外国語サークル)に出る。いきなり大衣を着たお坊さんが乱入したので子どもたちがあっけに取られていた。フランス語で挨拶し、スペイン語を喋る。「リングアヘ」って、languageのこと? アヘアヘ、間寛平。
去年買った新車のメーターを見たら12000キロ。1ヶ月に1000キロ走っている計算だ。ガソリン代だって、1万円を超えているぞ。
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さくらんぼ
- author: hourei
- 2006/07/04 00:00
山形は今、さくらんぼの季節だ。上野駅では毎日、新幹線改札を出たところにお店が出ている。佐藤錦(さとうにしき)が有名だが、今日檀家さんのところで味見をしたら紅秀峰(べにしゅうほう)のほうがずっと甘い。贈答品が多いこの季節、食べ過ぎて下痢にならないよう気をつけたい。
今日の午前中の先住忌は鐘を一発多く叩いてしまったが、無事滞りなく終わった。拈香法語の後、大ケイ三声の一発目をどこで入れるか迷ったのが敗因。進前焼香低頭時で正解だったが、それから行道開始前の進前では小ケイだけでよいのに、第一ケイ子までおまけで入れてしまった。修行中ならゲンコツは免れないが、今日は口頭注意。教えてもらえるだけまだ幸せか。
食事を終えて帰ると福岡のあるお寺の副住職という方から電話がある。ホームページを読んで、私が今の日本仏教の堕落ぶりをちょっと書いていたので電話したとのこと。
話によると、先日仏教会で台湾に研修旅行した際、ゴルフをしていた人がいて、それはどうかと会長に言ったらいさめられたそうで、これをどう思うかというこれまた微妙な質問だった。ゴルフに疑問をもちつつも自分も飲み屋などには行くので、戒律に背くという批判をするつもりはないけれど、まっとうなことを言ったつもりが反対にいさめられたのが不満だったらしい。
お坊さんが海外でゴルフをするのは、戒律というより社会通念上どうか、一般の檀家さん信者さんがそれを聞いてどう思うかというところで考えたほうがよいと答え、僧侶はどうしても他人に厳しく自分に甘くなってしまうから、この機会に反省のきっかけができたのはよかったのではないかとまとめてみたが、答えになったかどうか。近くに愚痴を言い合える同じ年代の僧侶がいたら、これしきのことでわざわざ山形まで電話をかけてこなくてもよくなるのにと思った。
でもホームページを開いていると、こうした新しい出会いがあるから楽しい。
先日山形市内の会社からセールス。「簡易ホームページを製作している会社ですけれどご住職様はホームページをお作りでしょうか。」「はい。」「……えっと、それでは定期的に更新もされていらっしゃいますね。」「ええ、まあ。」「それでは失礼しました。」ホームページをもっているお寺は数えるほどしかない。
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平日が休日
- author: hourei
- 2006/07/03 00:00
朝からお墓でのお経読み2件。その檀家さんや工務店、子ども育成会の方がぽつぽついらっしゃって来客多めの1日となった。
睡眠不足が続いているのに、場をもたせようとして何かしゃべってしまうものだから、支離滅裂なことを言っていたような気がする。グライスの協調の原理では、
量の格率
1.(言葉のやり取りの当面の目的のための)要求に見合うだけの情報を与えるような発言を行いなさい。
2.要求されている以上の情報を与えるような発言を行ってはならない。
というルールがあるが、眠いとなかなか守れない。しかしそれはそれで、思わぬ話の展開を引き出すこともあるものだ。
明日は近くのお寺で前の住職の法事。法要の進行を司る堂行(鐘や太鼓を鳴らす係)を初めて頼まれたので虎の巻で予習した。曹洞宗は、法要の淀みない進行を殊のほか重視し、法要の途中に少しでも無駄な間を作るのはよくないとされる。進行係は法要の次第を頭に入れ、次の次まで考えておかないといけない。うまくいくといいな。
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病み上がり
- author: hourei
- 2006/07/02 00:00
火曜日の午後から頭を下げるとガンガン痛むようになり、夜には寒気と発熱になって、水曜日に医者。感染症つまり夏風邪ということで結局金曜日まで休養した。
そして土曜日、何とか回復して11:30に家族に別れを告げ、山形に向かう。荷物が多かったので高速バスで上野まで行ってしまい、新幹線に乗ることにした(いつもなら、バス―つくば―南流山―南浦和―大宮―新幹線のルート)。
高速バスは渋滞などで時間が読めないが、上野に新幹線発車15分前に到着。ちょうどよいと思いつつ、券売機にクレジットカードを入れてネット予約の切符を受け取ろうとすると……
「調整中です。しばらくお待ち下さい」ピンポンピンポン……
新幹線発車5分前。機械の隣の窓から顔を出した係員「機械がまだ立ち上がりません。もうちょっとお待ちいただけますか?」「新幹線があと5分で発車なんですけど」「すみません」
そして新幹線発車時刻。「お待たせしましたー!こちらの切符ですね」「もう新幹線行ってしまいましたよ」「……」
そして次の新幹線は禁煙席満席。切符を全部払い戻し、替わりに買った自由席券をもってトボトボと新幹線ホームへ。禁煙席ないならグリーン車ぐらいサービスしろよ!…と日本で言ったらヤクザもんである。タバコ吸わないヤクザだけど。
1両しかない山形新幹線の禁煙自由席に座るには、始発の東京にいかなければならない。東京駅で30分ほど並んで、ようやく昼食の駅弁にありついた。
新幹線が1本遅れたせいで母に赤湯まで迎えに来てもらう。帰りに100円ショップでクラッカー(引っ張ってパンというアレ)を購入する母。何に使うんだろう?
帰宅17:30。急いで剃髪し、18:00から隣のお寺との総代懇親会。大般若会当番の件でちょっと話し合ってから、4時間近く飲んでいた。病み上がりなのでウーロン茶で勘弁してもらったが、1リットル近く飲んだのではなかろうか。
会議ではこれを言うとあの人に悪い、あれを言うとこの人に悪いなどと思っているうちに発言しないまま。たとえ事実でも、いや事実だから言えないことが多い。今日は「人にあれこれ吹き込まない」をテーマに黙って人の話を聞くことに。普段は会わない隣のお寺の総代からいろいろな情報を得ることができた。スパイみたい。
―死んでいる時間のほうが生きている時間よりもずっと長い。だから、あなたと私が長い歴史の中である時間を共有したという事実はほとんど奇跡的なことである。(広井良典『死生観を問い直す』)
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客来すぎ
- author: hourei
- 2006/06/15 00:00
朝の8時から夜の8時まで来客ラッシュ。明日の葬儀の遣い、供え物届け、祭壇設営、引き出物届け、境内の草刈、境内墓地の契約、墓地の造成見積もり、墓地参道の工事、その見学、庫裏新築の下調べ、子ども会の行事打ち合わせ、宅急便……当初の予定では夜の打ち合わせだけだったはずだが。
お客様の合間を縫って境内の掃除、そして檀家さんが床屋をオープンするというので祈祷、そして明日の葬儀で使う書き物。詰め込みすぎた。体が順応すると、一仕事終えると休む気も起きず次の仕事を探してしまう(そして、仕事はいくらでもある)。危険なことだ。
境内の清掃では、初めてブロアーが登場した。ガソリンエンジンでモーターを回し、強力な風を送る機械で、落ち葉を吹き飛ばすのに使う。昨年、イチョウの葉を片付けるために購入したものだが、すぐ雪が降ってしまい未使用のままだった。
今日は今まで大汗をかいて1時間もかかって箒で掃いていたところをわずか5分という鮮烈なデビュー。葉っぱもゴミも波状に飛んでいくさまは壮観である。これからも活躍してくれそうだ。
夜は子ども会の会長さんがいらっしゃって一泊坐禅会の打ち合わせ。何年か前、近くの公民館で行われた教育座談会で私が「いかにして地域で(非親を巻き込んで)子どもを育てるか」という問題を提起したところに、会長さんが目をつけたという。おそらく当地区で初めての試みである。
私の狙いは2つあって、ひとつはいのちの教育、もうひとつはボードゲーム。
いのちの教育は近年大いに叫ばれているが、学校が政教分離のもと避けて通っている宗教なしには教えられるものではないと私は思っている。なぜなら死を通してしか、いのちの意味は分からず、死は宗教が最も深く扱っている問題だからだ。
ボードゲームは私の単なる趣味だが、外遊びもできず、テレビゲーム一辺倒の子どもたちにコミュニケーションスキルを楽しみながら身に着けてもらえればいいなと思っている。
というわけで、お寺でボードゲーム&坐禅という通常ありえない組み合わせの行事が8月に開かれる。さあ、どうなることやら。ゲームの選定とインストラクターの確保を、ぼちぼちやっていこう。
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帰ったらまた
- author: hourei
- 2006/06/14 00:00
昨日は午前中火葬、午後から葬儀、帰宅してほっとしているとすぐ訃報が入って枕経。檀家数200件ほどのお寺では、こんなことも珍しい。すっかり気を吐いたので早々と就寝した。
お葬式で伴僧にいらした和尚さんからいろいろ聞く。税理士もなさっているので法人関係に明るい。
まず檀家総会をするかどうか。うちの寺では総代会(5名)、役員会(20名)を行って、檀家総会(200名)は大きな行事がある年だけ開いている。しかし「お金を集める年だけ総会をするのか」という批判もあって毎年開催も考えているが、さすがに年3回も集まるのは集めるほうも集まるほうもたいへん。
和尚さんのお寺では代議員制度を設け、総会はしないようにしているという。大和尚になる大法要では、説明のために総会を設けたが、出席したのがたった10名。それでは意味がない。
うちのお寺は現在役員会が代議員会のような役割を持っているが、それを定める文面はない。規約を作って毎年恒例のことは役員会の決議が効力をもつとしたほうがよさそうだ。
それから伴僧のお布施は帳簿にどうつけたらよいか。伴僧というのは、お寺から頼まれて葬式のお手伝いをするもので、そのお寺からお布施をもらったことにするとそれは給与になり、源泉徴収の対象になる(日雇い)。それでは頼んだほうのお寺の税務がたいへんだし、記載していなければ査察が入ったときに問題になる。
そこで帳簿には寺名・施主名と表記し、施主から直接頂くかたちをとる。そうすれば布施収入となるので非課税だ(もっとも国会で審議されている宗教法人法の改正によっては、これも課税対象になる可能性はある)。
なるほど勉強になるなあと。
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まごころに生きる
- author: hourei
- 2006/06/10 00:00
曹洞宗は今月初めに札幌で開かれた梅花流全国大会にて、新曲『まごころに生きる』を発表した。作詞作曲は南こうせつ。九州の曹洞宗寺院の三男坊なのだとか。
お坊さんでない人が作った曲はこれまで古賀政男の『彼岸御和讃』があったが、あれは唱歌のようでいまひとつ。今回はどうなるだろうと興味津々だったが、かなりいい曲だった。
これが一番の歌詞。ホロリと来た。解説では「諸行無常」「諸法実相」を説くという。
(一)そよ吹く風に小鳥啼き 川の流れもささやくよ
季節の花はうつりゆき 愛しい人は今いずこ
ほほえみひとつ涙ひとつ 出逢いも別れも抱きしめて
生きてる今を愛して行こう
旋律の特色はファ音を基調とする四七抜き音階。つまりシとミがない。ド音を基調としない曲は涅槃御詠歌に続いて二曲目だが、長調は初めてである。
それ以上にこれまでにない大きな特徴が、拍速70。たいていの詠讃歌は38〜50だったので、異様な速さだ。この速さでは3,4拍目の鈴が振れないため、鳴鈴は3拍目だけとする。
さらに詠衆は詠頭が唱え始めたら撞木も鈴ももって準備する。いつも通り撞木だけをもっていたのでは、鳴鈴が間に合わない。
……こんな講習会が今日の9:00〜15:00。私は助講ということで講習の手伝いをしていた。昼に鴨そばが出たが、昨日の昼は八郷でしゃもそば、夜は宇都宮で天ぷらそばを食べていたことは内緒にしてある。
講習会が終わってから寺に戻り、16:00から寺役員会。決算・予算の承認など。日記でも以前にまとめたが清め塩、シダミ、六曜は迷信であることを強調し、生前戒名を全員に勧める。
今最も難航しているのが総代人事。総代長が体調不良で辞意を表明し、後任選びが難航している。
かつて総代はしかるべき家(いわゆる庄屋)の当主にのみ許されるポストであった。うちのお寺も基本はその路線だが、そのしかるべき家というのが5件しかなく、その中に後継者がいない家や親族関係にある家があって、総代の定数を確保できなくなった。
となると総代の次に来る地区役員の中から、長年の業績があった人物を繰り上げるしかない。地区役員経験のない人物では、お寺のしきたりを知らないまま総代になってはつらい。
しかも総代は最低10年は勤めてもらいたい役職。そうなるとあまり年配の人に頼むわけにもいかない。60代半ばが限度。長年の業績がある50〜60代というと2,3人ほどしかいなかった。つまり、代々地区役員をしている家で、父親が早くして亡くなり、交替して30代くらいからずっと役員をしているという方々だ。
その中で最も有力とされていた方が、他の業務と家庭の事情を理由に断られた。「気力がない」という言葉は勧誘をあきらめさせるのに十分だった。
そこでどうするかという相談。30ちょっとの住職では、やれと強く言うこともできない。ひとまず経過を関係者に伝えて、互選で決めてもらうか、無理だったら総代に一任してもらうようにしてはというアドバイス。こういう段取りは苦手なもので、たいへん勉強になった。
役員会終了22:30。長い一日だった。明日も朝から法事ですよ。
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総代会/披露宴
- author: hourei
- 2006/05/29 00:00
午前中は教区の総代会(各寺院の代表者会議)、午後からは友人の結婚披露宴に出席。
ここ2年、総代会は教区長と総代会長の公開討論会のようになっていた。総代会長が「近頃は葬式仏教と揶揄されており……」と言えば教区長は「葬式仏教で何が悪い!」と憤慨し、気がつけば1時間、足イタイ。
今日もそんなやり取りを覚悟していったが、総代会長が今日こそは決着をつけようと時間を長く取ったのを事前に察知したのかどうか、教区長は開会式が終わると会議に参加せず帰っていった。
それはそれで拍子抜けである。総代会長は今期で交替し、次期会長はマイルドな方なので、もう当分このようなドンパチは見られないだろう。ちょっと寂しい気もする。
ちなみに今回、総代会長が話し合いたかったテーマは「会葬者に配るため、葬儀が終わる前に花輪を崩すことの是非」だったらしい。マイナーだな〜。例えば会葬者が読まれるお経の意味を分からないのは仏教離れにつながるのではないかとかいう問題の方が、ずっと大事だと思うが。
というわけで会議はあっさり終わって、人権学習ビデオを見てから昼食。でも乾杯して20分でお開きって、どうよ? しかも真っ先に帰るのは、お坊さんのほうである。檀信徒に寄り添い、その声を聞くことの重要性が叫ばれている中、上からあーだこーだ言うだけで総代に対してこんな態度をとるのでは、そのうち檀家さんみんなからそっぽを向かれるのではないか。檀信徒は、仏の如く敬うべし。
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午後からの披露宴は、余興を頼まれていた。誰かと一緒なら打ち合わせをして「アルゴリズム体操」でもやろうかと思っていたが、独りでやってくれとのこと。ネットを調べているうちヨン様スピーチ(http://plaza.rakuten.co.jp/yxesagan/diary/200601200000/)を見つけたので、これをやることにした。
それから1週間、ハングル語を必死で覚える。「ハムケヒンモリセンギルプディサイチョケ!」前日は、米沢のヒッポファミリークラブに行って綿密な予行練習をさせてもらった。当日もずっとブツブツ……外面は平静を装っていたが、食事も味わう余裕がない。
他の余興がマイク一本やカラオケしか使っていないのに対し、こちらは冬のソナタのBGM、マスク、バラの花、そして司会の「通訳」、さらにスポットライトまで当ててもらって使えるものを全部使っただけに、話に夢中になっている人も注目してくれた。目立ちたがり屋ではないつもりだが、人前でやる芸には小学校のころから気合を入れる癖がある。
余興が終わると、まもなくお開きになる。恒例の新婦が涙ながらに読むお父さんへの手紙。そこでふと、自分がお父さんの立場になって聞いているのに気づく。「いつの日か私も娘からこんな手紙を読んでもらう日が来るのだろうか?」と思うと目頭が熱くなってしまった。数年前、自分を新郎の立場に重ね合わせて「私ならこの奥さんはどうか?」などと品定めしていたのとは大違いだ。
二次会は出席せず、新幹線でつくばに直帰。19日以来、8日ぶりとなる。もう子どもの顔が思い出せなくないぐらいだ。さあどんな寝顔で寝ているだろうか。
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何もない山形の日曜
- author: hourei
- 2006/05/22 00:00
私が山形にいる=お寺の仕事があるなのだが、今回は母が旅行に行っていて留守番を仰せつかり、山形にいてお寺の仕事がないという珍しい日曜を送った。いつもは母頼みの祖母も心なしか張り切っている。
メインはつくばにいるときと同じく、炊事である。朝に作る仏様のお膳と朝食は精進料理。味噌汁にだしの素も入れない。昼食は麺類や余ったご飯でチャーハン。夕食は魚を焼いたり。つくばでは、メニューに合わせて食料を買ってくることができるが、山形では食料(ほとんど頂き物)に合わせてメニューを考えなければならない。
今日は冷凍イクラを解凍し過ぎてホッカホカにしてしまい失敗。
午後からは花に水をやった後、境内で筍掘り。昨日雨だったので、「雨後の筍」でいたるところニョキニョキ。25本掘ったら汗だく。シャワーを浴びて剃髪してから総代さんなど5件に5本ずつ配ってきた。
その帰りに市立図書館へ本探し。福田恆存が目当てだったが、はたしてなく、語学や宗教の棚をちらちら見て帰ってきた。
図書館の前ではちょうど「つつじ祭り」をやっていて、何人か知り合いに会う。暖かくて人出はよかったが、つつじの方はまだ七分ほどといったところか。
帰宅後久しぶりにテレビ。大相撲千秋楽で応援に来ていた白鵬のお父さんのほりの深い面構えや、歌丸師匠が司会になって楽屋ネタが面白くなった笑点を見る。つくばにはテレビがないので、もの珍しい。
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娘を看病
- author: hourei
- 2006/05/11 00:00
連休中は家族で山形にいたが、連日の法事と接客・会合、その合間の家族サービスがぎっしりとつまり、メールやミクシィは開いて5分ぐらい読むのが精一杯。
ゲーム会は根性で1回、自宅の小屋にて開催したが「フレッシュミート」プレイ中に訃報。葬儀のために滞在延長となり、先に赤ちゃんを連れて帰った妻とつくばで会えたのは火曜の夜遅くだった。
妻が2人を連れてつくばに行くのは辛かろうと、娘も滞在が伸びた。日頃「お母さん!お母さん!」とキイキイ声を上げている娘だが、母がいなければ父に甘え、父もいなければ祖母に甘える柔軟性はまだ赤ちゃんの部類に入るのかもしれない。
月曜日は葬儀の準備を午前中で済ませた。かわいい絵を描いている子どもと向かい合わせになって位牌を書いている私という構図。
午後からは牛を見たいという娘を眺山牧場に連れて行き、道の駅でソフトクリームをご馳走した。ソフトクリームをなめる子どものそばで溶けたアイスをタオルでふき取る作務衣姿のお坊さんという構図。
葬儀が終わって火曜の夕方から、フラワー長井線、山形新幹線、高速バスを乗り継ぎ5時間かけてつくばに移動。娘との2人旅は初めてではないが、のんびりはできない。
食べかけの弁当を娘が蹴飛ばして全部床にこぼしてしまい、厳しく叱責していると、娘の泣き声に耐えかねた後ろの人が「何とかなりませんか?」私は叱った顔のままで振り向いたものだから、「すみません」と返したけれどもヤクザみたいになってしまった。バンダナをかぶっていたのがせめてもの幸い。
そして2人ともほとんど眠る間もないまま、つくば着。娘はちょっと熱っぽい。朝起きてみると38度だったのでそのまま医者に行き、楽しみにしていた秋葉原水曜日の会は参加できなくなった。
私がつくばにいるということはお寺の仕事がないことを意味するが、医者に行ったり、買い物をしたり、料理を作ったりしていると時間はあっという間に過ぎる。気を抜いている暇がない。昨日は妻まで頭痛で早退してきて、娘と2人で寝ていた。
そして今日も、娘の熱は下がらず私が家で看病している。連休中は次から次へとお客様がやって来て疲れたのだろう。体調が心配なことは心配だが、額に冷たいおしぼりを当てたり、食べたい料理を作ったり、本を読んであげたりしながら娘に向かい合っていると妙に気持ちが落ち着くような気がした。
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大学へ
- author: hourei
- 2006/03/29 00:00
2か月ぶりぐらいになるだろうか、大学へ。もう学籍はないのだが、私と同じくインドのディベートについて研究しているウィーンの先生が来日しているというので教授からお呼びがかかる。
本当は御詠歌の講習会だったが急遽キャンセル。もともとこの講習会のためにベビーシッターを頼んでいたので難なく上京することができた。子どもを2人連れて帰る妻のため、午前中に夕食の買出しと準備を済ませる。
講演の内容はアーユルヴェーダの根本聖典ともいうべき『チャラカ・サンヒター』(2世紀)の医者のたしなみとしてディベートを学ぶ章について。50以上の写本をインド各地から集め、使われている文字(シャーラダ、デーヴァナーガリー、ベンガーリー)や誤字脱字をもとにA写本はB写本の写しで、B写本はC写本の写し…などと系統樹を作っていく。気の遠くなる作業だ。その過程で、刊本では現代のインド人が勝手に解釈して改変している箇所がわかり、古代における専門用語の意味が明らかになる。
理由(hetu)は後代、論証の一部分をなすものになるが、チャラカの時代は4つの認識手段(pramANa)の意味で使われていた。ところが編者が論証の一部分という考えに引きずられて、順番を改変したり、複数形を単数形に変えたりしてしまう。そしてそれは、どの写本からも支持されないことで、編者の改変だと分かるのだ。
オーストリア科学アカデミー・アジア文化思想史研究所の所長であるプレッツ博士は、8年前の来日のとき都内で泊まるところがなく、当時亀有に住んでいた私の6畳一間に約1週間滞在した。浅草に浴衣を買いに行ったり、地下鉄の階段を転げ落ちて病院に連れていかれたり、緑茶を出したら夜眠れなくさせてしまったりしたことを思い出す。4年前に来日したときは奥さんと一緒にお寺を回った。
講義は英語だったが、終わってからもう当然のようにドイツ語で話しかけてくるのでそのままドイツ語モード。時折ヒンディー語が出そうになったが(アッチャーとかイスリエーとかレーキンとか)、それはともかくも存分にしゃべれて満足だった。教授や先輩後輩も交えて、久しぶりに終バスまで飲んだ。
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ボードゲームシンポジウム
- author: hourei
- 2006/03/26 00:00
昨日から妻の実家に向かい、妻子を置いて浅草へ。NPO法人世界のボードゲームを広める会『ゆうもあ』主催のボードゲームシンポジウムの当日である。
思うように参加者が集まらず、収支はぎりぎりのライン。早めに浅草に着いたので、浅草寺にお参りして般若心経を唱え、気持ちを落ち着かせる。
着いたら会場設営なんかでバタバタしているうちにもう時間。心配していた参加者だが、東北勢6名のお陰で何とか赤字を免れた。当日参加の東北勢は、ヘルム峡谷でエルフを見た思いでしたよ。
最初にゲーム賞の発表。今回は全部の賞にデザイナーからコメントをもらえたので翻訳して読み上げた。フェデュッティのが受けたかな。そして能勢さんに表彰。
シンポジウムの発表者は新大陸の坂本さん、メビウスの能勢さん、バネストの中野さん。3人がずらりと並ぶと壮観である。
坂本さんはメーカーがロングスパンで取り組むことと、ゲームの露出を多くする必要性を説き、ルーンバウンドの日本語版、ファミレスで導入されつつあるテーブルトーク端末へのブロックス導入など、具体例も示された。
能勢さんは分かりやすい日本語ルール作りのためのノウハウをご披露。ただ言葉を変えればいいだけでなくて、文化的背景やゲームの前提知識も含めて、日本人が読みやすい翻訳をする難しさを感じた。
中野さんはバネストのこれまでを振り返りながら、今後の展望を述べられた。国産ゲーム・日本人デザイナーの応援、そして日本語の環境でゲームが出ることで一般人により親しみやすいボードゲームのあり方を提案している。
後半のディスカッションは、まず邦題統一の可能性という、我々が用意してきたテーマに多くの時間を割いた。話の結果、新大陸でもメビウスでもバネストでも、先行して販売されたタイトルにできる限り合わせるということでお三方が合意されたのは大きな収穫であろう。ゆうもあが邦題が分裂しそうなメーカーの命名権を管理するという案も出たが、事実上無理そうだ。また、ドライマギアやツォッホなど、たくさんの輸入業者が関与しているメーカーでは、このような同意が得られないのも課題として残された。
次に国産ゲームに何を期待するかという話題では、ルールが簡単で多人数向きの日本語ワードゲーム、クイズゲームなどを期待するという声が上がった。確かにこれは、世界中どこを探しても日本にしか作れない。この手のゲームではワードバスケット、アップルトゥアップル、ワードリンク(同人)が出ているが、まだまだ可能性は残っているだろう。
最後にサマリー、フローチャートを作ってつけてほしいという話から、カード訳はシールがいいか対訳表がいいかなんていう話まで。ここまで4時間、本当にあっという間に過ぎてびっくりした。
懇親会も盛り上がった。前夜祭があるため「1時間だけ」という中野さんが最後までいてくれて一本締めまでしてくれたこと、メビウスママさんがお店を閉めてから駆けつけてくださったこと、そのほかウェブではなかなか話せない四方山話をできたことが嬉しい。これまた2時間があっという間に過ぎた。
二次会はお断りして仙台組のお二人とつくばへ。家に着いたら郵便受けに「ボードゲームシンポジウムのご案内」当日かよ!
意外に早く着いたのでちょっとゲームを遊ぶ。明日はゲームマーケットで早起きだ。
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子守り
- author: hourei
- 2006/03/17 00:00
妻の産休明けに合わせて、平日は私が自宅で赤ちゃんを見ている。幸いお葬式も今のところ入らず、山形のお彼岸は雪でお墓参りもしないから、今週は無事に過ごすことができた。
赤ちゃんはほとんどの時間寝ているので、その間インターネットし放題。ボードゲームのことばかりやっていて、世捨て人だ。インド哲学の論文を書いているのも、十分世捨て人だけれども。
赤ちゃんがときどき起きたら、オムツを替えるか(泣き声が「うぇーん」の場合)、だっこしてゆするか(泣き声が「ひょえーん」の場合)、ミルクを作って飲ませるか(泣き声が「ギャオー」の場合)。
赤ちゃんは4月から保育所入りが決まっているので、こうしていられるのもあと半月ほど。子育ては10年だと、知り合いの和尚さんから言われたが、子どもはどんどん変わっていくから、同じことを10年続けるわけではない。そう思うと貴重な時間に感じられる。
ただ自分を子育てのオリに閉じ込めてしまうと、精神的に持たないような気はする。視線を時折外にも向けながら、子どもと向かい合うぐらいのスタンスがちょうどいいのかも。外出だってしたければできる。花粉症なので決してしないけれども。
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2つの閉店
- author: hourei
- 2006/02/18 00:00
つくばで家から一番近かったスーパー「リブレ京成」が2月いっぱいで閉店することになった。雑貨・文房具全3割引セールをやっていて、いつもは静かな店内(だから閉店なのだ)がハイエナで埋め尽くされていた。私もそこにいたわけなのだが。
それでも29年間やっていたらしい。食料品の質はよかったが値も張るので、何かちょっと足りないときにしか使っていなかった。近所の人の話でも皆そういう使い方をしていたらしい。だから閉店になったのだろう。
でもいざ閉店というと寂しいもので、店長になったつもりで店内を見回し、感傷的な気分になってしまった。おそらくこの跡地に別の店が入ることはないだろう。日本のどこでも起こっていることだが、郊外に大きなショッピングモールができており、人の流れはそうやすやすと取り戻せない。
そして今度は山形。先代からずっと毎月雑誌を配達してくれている本屋さんが支店をたたみ、社員を全員解雇して家族だけで営むことにした。そのため配達はこれで最後ですと告げられた。その配達員のおじさんも解雇されることになっており、再就職のあてはないという。
街の本屋さんも大型店舗の開店やインターネット通販の普及で窮地に立たされている。こちらはまだ閉店というわけではないが、何か大切なものを失ったような寂しい気持ちに再び襲われた。
ひるがえってみれば私のお寺は大丈夫だろうかなどと不安になる。スーパーや本屋のように商売ではないからといって安心してはいられまい。戦後世代の宗教離れと葬祭業者の進出はお寺の存在感を薄れさせ、それに過疎化が拍車をかける。
50年後に生き残るお寺として曹洞宗の先鋒・南直哉老師は檀家数が現在1,000件以上あるところか、都市部で土地貸しなどの副収入があるところか、カリスマ住職がいるところしかないという。実際、何百年も続いてきたお寺でも自分の代で終わりだと思っている住職が結構見受けられる。
お寺とて危機感をもって時代についていく努力を怠れば、未来はない。そんなことを強く思わせられた、2つの店じまいだった。
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パキスタン
- author: hourei
- 2006/02/10 00:00
保育所の娘のクラスにパキスタン人の子どもが入って、迎えに来たお母さんにアッサラームアライクムとか挨拶したらすっかり仲良しになった。ヒンディー語とウルドゥー語は文字こそ違え喋る分にはほとんど同じなので、会話に支障はない。いざとなったら英語。
お父さんは自動車の輸出業をやっていて、ニュージーランドから引っ越してきた。娘と同じ3才の息子と、2才の娘がいる。今は会社で借りているアパートに住んでいるが、そこを会社で使うというので家を探さなければならなくなった。そこで市営住宅の申込を手伝ってほしいと頼まれる。
申請書、源泉徴収票、納税証明書、住民票、給与証明書、貸主からの手紙、保険証の写し、外国人登録カードの写しなど、提出書類がたくさんあって驚いた。結局これで3回も会い、書類の代筆や確認をすることになった。
そして書類がやっと揃って市役所に赴く。2,3質問があったが想定の範囲内。貸主からの手紙は英語で係員には読めない様子だったので、こういうことが書いてあるとだけ説明した。
これで終わったかと思いきや、奥さんの収入または無収入を証明するものがないという。別の窓口で申請してみたら、その時期はつくばにいなかったので証明書が発行できないとのこと。この証明書は、奥さんがつくばに来る前住んでいた江戸川区でもらわないといけない。さあ、困った。
しかしここはお父さん、経験豊富だった。江戸川区に行くなら今日は無理かとあきらめていた私に「私がやるからここで待っててくれ」と立ち向かう。私がいると、係員が私に理解を求めてしまうので、カタコト日本語で押し切るつもりらしい。そして待つこと15分。「私を信じてください」の一点張りでお父さんのネバリ勝ち。さすが。
申請中、日本はこういう手続きが早い、インドでは「カル・アーナ(明日来い)」ばっかりだったという話をしたら、パキスタンもそうだとお父さんも同調。特に裁判の遅さがたいへんで、審理を早くしてほしかったら賄賂、お前ら裁判官だろ!と。それがイヤでパキスタンを出てきたのに、今はパキスタン大使館で同じ思いをしているそうだ。
しかし次の問題が待ち構えていた。空き部屋なし、待機者30名で空く見込みは当分なし。県営住宅の申込書ももらったが、また同じ書類が必要。しかも県営住宅もいっぱい。つくばエクスプレスの開通で人が増えているそうだ。
ここまで絶望したのは、インド=ネパール国境で、千キロ以上離れたプネーまで戻って警察から許可証をもらってこいと言われて以来だ(その場は同行したK氏の賄賂500ルピーで乗り切った)。でも、お父さんはあまりガッカリしていない。この逆境での楽観は、見習いたいものがある。
帰り道、まるで反対方向に行くお父さん。「この辺の道はよく知ってるからドント・ウォーリー」といった5分後、「あれ?道が分からなくなった。」ここは日本かと疑問に思うような体験ばかりで楽しかった。
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出生届
- author: hourei
- 2006/01/26 00:00
火曜日に山形からつくばに行き、長男の出生届。母も孫の顔を見に一緒にやってきて一泊。水曜日に帰っていった。私はそのままつくばに留まる予定だったが、檀家さんの葬儀で結局母と一緒に山形に戻ってきた。
子どもの名前は陽平(ようへい)に決定。長女の晶子(あきこ)と「日」つながりでもあり、家族みんなが気に入ってくれた。
この頃ヒドイ名前がはびこっていると思う。氏名欄にひらがなで書いて、振り仮名欄に漢字を書いてほしいと言っている人がいた。
これは6年前に書いた文章である。憎しみすら感じられる。
奇をてらった特別な読み,強い思い入れが入った難字,ちょっとひねりをきかせた普通名前に使わない字.子供がかわいそうだと思わないのだろうか.
初対面の人に呼ばれるとき,テストで名前を書くとき,電話口で名前の漢字を説明するとき,携帯にその人の名前を入力するとき,などなど.いつも苦労しなければならずその子供の人生は真っ暗だ.「どうしてこんな名前をつけたんだ?!」と親を恨むときがきっとくるだろう.
名前はありきたりな方がいいと思う.覚えてもらいやすいし,どんなにありきたりでも同姓同名などという事態はまず起こらないからだ.名前はその子供の定義ではなく,他人と区別するための恣意的な固有名である.
将来,新聞で凶悪犯罪者が凝りに凝った名前だったりする日が来るだろう.そのとき,何人かの人が思うかもしれない.「ああ,こんな名前じゃなければもっとましな人生だったろうに・・・」
というわけで妻と話し合って決めた我が家の名前の決め方は長女も長男も以下の通り。
1.普通の名前(世間で十分通用しているもの)にする
2.女なら「子」、男なら「平」を付ける
(「平」は、妻の祖父、父、兄についている字。私の家系にはそういうシリーズがない)
3.その中で音の響きがよいものを探す
4.その中でよさそうな漢字を探す
5.父母のこれまでの人生で、その字が名前に入っている人物を一通り思い起こし、問題のある人物はいなかったか確認
6.パソコンで普通に変換されるか確認
このうち1,6でヘンな名前はたいがい排除できる。ここまで来るともうヘンな名前アレルギーかもしれない。
実は「あきこ」は亡くなった私の叔母の名前で、「ようへい」は母が私の名前の候補にしていた名前である。だからこれにしたという訳ではないが、名づけた理由のひとつとして取り上げられるようにもした。水晶のサンスクリット語はスパティカーで女性名詞、太陽のサンスクリット語はスーリヤで男性名詞、この類の理由なら後付けでいくらでも出てくる。
長女のときはすぐに決まったが、長男ははじめ「しゅうへい(修平)」が濃厚だった。修行の修はお寺の息子らしいだろうと。
しかし子どもが生まれてみると「どうもシュウヘイって顔じゃない」と妻。そこで急遽「ヨウヘイ」が浮上した。そういえば映画で本木雅弘が演じた『ファンシーダンス』の主人公も陽平だったなぁとか言っているうちに決定した。「普通であること」以外は大した思い入れもなく、テキトーである。
「陽ちゃん、陽ちゃん」と呼ぶと陽子さんみたいで最初はピンと来なかったが、だんだんと耳になじんできた。今はまだ1日のほとんどを睡眠に費やしているが、さあ、どんな人間に育つだろうか、陽平君。
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息子が生まれた日
- author: hourei
- 2006/01/17 00:00
1月16日、第二子が誕生した。
長女が予定日よりも20日も早く生まれたので、2人目も同じだろうと年末から待機していたが、結局予定日を7日過ぎての出産だった。この間、私は山形とつくばを3往復している。不在の間は、妻の両親に来てもらっていた。
16日も、小正月の行事を終えてつくばに着いた日だった。米坂線が除雪作業のため1本運休になり、朝8時30分に出たのに予定より1時間遅く14時につくば着。妻が駅まで迎えに来たが、「今日生まれそうだ」とか言っている。妻の両親は私と交替でお帰り。
午後は2人でインターネット。私は専らボードゲームのメールばかりだが、妻は仕事のメール。論文を始めようと思ったころにはもう娘の迎えの時間が来ていた。
娘は帰ってくると笑いながら恥ずかしそうに「パイパイ」と言っておっぱいを吸い始める。これまでもパイパイを吸われているとお腹が張ってくることが多かったが、今日は陣痛が始まった。陣痛の合間に夕食を食べて産科へ。家からは歩いても5分のところにあるが、とても歩いていける状況ではなかった。
産科に着くと、点滴が始まる。そこに母から電話で、お葬式の伴僧を頼まれたという。家にかけても電話が通じず、またインターネットかと思っていた母は陣痛を聞いてびっくり。依頼されたご寺院さんに電話して「ちょうど今陣痛が始まったところでして、今回は申し訳ありませんがお断りさせていただきます。」
妻がうんうん唸っている隣で、娘に絵本を読んでいたが、忘れ物をしたというので取りに行ってくる間に、妻はもう分娩室に入っていた。帰ろうかと思ったら「もうすぐ生まれますので、お部屋で待っててください」と看護師さん。
子どもを連れての立会いはできないので、部屋で絵本を読んだり、分娩室の前でひそひそ話をしたりした。部屋にテレビがあったので「西遊記」を見ていたら、怒鳴りっぱなしの悟空に娘が恐がってスイッチオフ。
また分娩室の前に行くと今にも生まれそうな様子が聞こえてくる。オギャー!……先日生まれた隣りの部屋の赤ちゃんだった。気を取り直して、耳をそばだてていると、オギャーオギャーと元気な声が聞こえてきた。「元気な男の子ですよ!」(性別はまだ聞いていなかった)と先生。
1人目のときほど胸が詰まらなかったし、娘も呆然としていたのでちょっと間抜けだったが、ともかくも無事に生まれたのが嬉しい。3186グラム。
しばらくすると妻は歩いて分娩室から出てきた。やや顔が青ざめているような気がするがすっきりした表情になっている。1人目より長引いたのは大便が邪魔していたせいらしい。夕食も全部吐いてしまったという。
中を覗くとオムツをした赤ちゃんがもう泣くのに疲れたのか手をパタパタさせている。娘が「やっぱり弟だったねー」などと知ったかぶったが、実は私も男ではないかと思っていた。
というのも、私は印象に残った夢を記録しているのだが、6年前に亡き祖父が夢枕に立って平成18年か20年に生まれ変わることができると予言していたのである(http://www.tgiw.info/life/d00.html、2月26日の項)。この日記をつけていたことすら忘れていたが、母が覚えていた。
生まれ変わりだからといって性別が同じになるとも限らないのだろうが、ともかくも祖父、亡くなってから8年を経て復活ということである。母に電話をしたら仏壇に線香を上げて祖父にお願いしていたといい、声を詰まらせた。
しばらくすると部屋に赤ちゃんがやってきて、親子4人で団欒タイム。名前はどうするかとか、今週の生活はどうするかとか、のほほんとしたひとときを送る。妻はまだ痛そう。毛糸の帽子をかぶせられた赤ちゃんはこっちを見ているんだか見ていないんだか分からない視線をときどき飛ばしながら、手をグーパーグーパーしている。顔は、残念ながら今回も妻似のようだ。また負けた……。
娘と帰宅したのは23時を過ぎていた。風呂なしで即就寝。長いような、短いような1日だった。これからが勝負だ。
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手持ち無沙汰な1月
- author: hourei
- 2006/01/16 00:00
年が明けて早くも半月が過ぎた。これをあと23回繰り返すと1年も終わるのか。9日予定の第二子はまだ産まれていないし、3月提出予定の論文も凍結状態になっている。忙しくはないのに、そこはかとない焦りが漂う今日この頃。
今日は午前中に隣のお寺のお葬式のお手伝い。このあたりでは一番若い者が法話をするということになっていて、今日は山折哲雄氏の無常の三原則「この地上にあるもので永遠なるものは一つもない」「形あるものは必ず滅する」「人間は生きて死んでいく」を話してみたが、思いのほか効果が大きかった。
感情に訴える葬儀屋さんの司会は引いてしまう人が多いが、このような教理的なものを淡々と述べるのは理性に訴えかける。無常観は、仏教が日本に根を下ろす際に大きな足がかりになっている。
後の法要では正法眼蔵道心「この生の終わるときは、二つの眼たちまちに暗くなるべし。その時、励みて南無帰依仏と唱え奉るべし。この時、十方の諸仏憐れみをたれさせたもう。」を話そうとしたが、フレーズを覚え切れていなかったのでやめた。
葬儀を終えて、昼から開基檀頭のお宅にて宅祈祷。大般若経理趣分品を40分で読む。「ノーボバギャバテーハラジャハラミタエイタニャタシッレイエイシッレイエイシッレイエイソワカ(namaH
bhagavate prajJApAramitayai tad yathA zriyai zriyai zriyai svAhA)」というマントラがあるが、「世尊に帰依す、般若波羅蜜に帰依す、吉祥(天)に帰依す、吉祥(天)に帰依す、吉祥(天)に帰依す、幸あれ」という意味で、訳さないのは言霊のような信仰があるからなのだろう。効き目バッチリ、でも足イタイ。
お昼をご馳走になって帰宅、ほろ酔いで昼寝。夜からは小正月行事であるヤハハエロ(斎灯焼)の祈祷に出かける。この季節、外でお経を読むのは堪えるものがあるが、引き締まるものだ。
終わって地区の方々と反省会。というわけで法要のトリプルヘッダー、飲み会のダブルヘッダーという1日だった。1月は法事がないのに、毎週週末に行事がある。
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日本へ
- author: hourei
- 2004/04/27 00:00
アーメダバードから朝の飛行機でデリーへ、デリーから夜の飛行機で成田へ。
昨日の飲みすぎ、食いすぎが祟ったか、あるいは熱射病だったのかわからないが朝から調子が悪い。胸焼けがして眠れなかった上に、朝は下痢続き。熱はないようだがだるい。
デリーでは11時間ぐらいの待ち時間がある。市内観光や映画も考えたが、体がついていかないので近くのホテルを予約して休むことにした。休憩も宿泊も値段は変わらず、4000円。ホテルに着いて、NHKを見ながらウトウト。
お昼はスープを飲んで、またウトウトする。そのお陰で夕方にはだいぶ回復した。寝ると治るというパターンは、夏になってから多い気がする。あまり食欲はわかないが、下痢は収まったようなので一安心。インターネットをしたり、この日記を書いたりできるようになった。インターネットは市内通話でできるのに、フロントが国際電話をしたと勘違いして出掛けに1000円ぐらい余計に払ったのは悔しかったが。
さらに空港に着いてからチェックインすると、アーメダバードで買った本のおかげで荷物が35キロもあることが発覚。10キロの超過荷物料15000円となった(カード支払い)。これまた悔しいが、疲れ気味なので言うがまま。日本から本を注文することを考えればそれほど高くないと、自分に言い聞かせた。
飛行機は夜の9時出発、追い風で早まり日本へは7時間で到着した。