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      <title>寺日誌</title>
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      <language>ja</language>
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         <title>『お坊さんが隠すお寺の話』</title>
         <description><![CDATA[2007年に発売された『<a href="http://www.tgiw.info/weblog/2007/03/post_333.html">お坊さんが困る仏教の話</a>』の続編。前著はお寺の歴史や日本人の宗教観を分かりやすくまとめたものだったが、今度はさらに一歩踏み込んで、現代のお寺が抱える問題を説く。 

現代のお寺が抱える問題として本書で挙げられているのは後継者不足による空き寺化と、本山（教団）への多額の上納金、葬儀の寺離れである。 

空き寺化は、高齢化、結婚難、少子化によって引き起こされている。近くのお寺の住職が掛け持ちすることになるが、もう後任者を探すこともなく、「お坊さんが居ない方が、金がかからなくて助かる」という総代もいる。またこれに関連して、貧乏寺と金持ち寺の格差も広がっている。採算分岐点の檀家400戸を下回るお寺（うちもそうだ）は、お寺の維持のために副業も考えなくてはならない。 

さらにお寺の重要な収入源である葬儀が、本堂ではなくホール葬になったり、直葬・自由葬が広がったりするなどお寺を必要としなくなりつつある。東京で菩提寺をもたず、いざとなってからお寺を探す人たちを「お寺難民」は、葬儀社が紹介する嘱託のお坊さんを頼んだり、テレビのチャンネルを変える気安さでお寺を選ぶ。 

本山（教団）への上納金は、小さな寺で年間十万単位、標準的な寺になると百万単位になるという。さらに僧階による賦課金、大遠忌や本山の修復など何十億円の事業に臨時の負担がある。これがお布施に反映される。こうした多額のお金が社会に還元されているとは言いがたい。宗派を超えて集めて、ホスピス病院を建ててはどうかと提案した松長有慶・真言宗管長が紹介されている。 

著者は伝統教団の中からルターのような改革者が出てくること、宗派を超えて住職の再研修を行うこと、檀家制度をやめて会費制・加入退会自由の護持会システムに代えること、尼僧の結婚を男性僧侶並みに一般的にすることなどを提案する。 

このようなお寺を取り巻く状況は1,2年といわずどんどん厳しくなっており、私も強い危機感を持っている。帯の「檀家さんの我慢は、もはや限界寸前。」というのは肝が冷えるが、それ以上に、こうした危機的な状況を知らない檀家さんが多いだろうことを危惧する。檀家さんとこうした問題意識を共有しつつ、宗派やお寺の規模などの壁を乗り越えて協力できることを模索していきたい。
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         <pubDate>Thu, 22 Jul 2010 16:25:03 +0900</pubDate>
        
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         <title>親子で過ごす平日</title>
         <description>母が研修などで3週連続お泊まりで出かけているため、その間、子ども3人と父1人だけで過ごしている。今、長女の給食調理場が改修中で、毎日弁当を作らなければならないのがたいへん。火曜日と水曜日は長男も弁当持ちなのでダブル弁当である。 

朝は6時に起きて、長女だけを起こし、朝食の準備。仏様にもお供えする関係で、目玉焼きとかウィンナーで手早く済ませるわけにもいかず、野菜を切ってコトコト煮物を作る。仏様の分と一緒にだいたい7時までに出す。 

長女が食べ始めたら、弁当を作り、お茶とお水をお供えして朝のお勤め。終わって自分も朝食を食べ、7時40分に長女を送り出す。それから長男と次女にご飯を食べさせ、終わった食器を食洗機にぶちこんで、洗濯物を干しているともう8時30分過ぎ。長男と次女を保育園に送って9時ころ朝の任務終了。 

夕方は16時30分から。先に帰ってきている長女におやつを出して、長男と次女を迎えに行く。帰宅して一息ついてから夕食の準備。自分が食べながら次女に食べさせて、台所の片づけをし、風呂に入れて21時30分ころ寝る。 

ほかに次女がだっこしろ攻撃で足にしがみついてきたり、長女と長男がちらかしたものを片付けたりとイレギュラーに仕事が入り、朝の3時間と、夜の5時間はフルタイムジョブである。近頃は玄関に待機してひたすら外に出たがる次女。30分ほど散歩に付き合ったら虫に刺されてかゆい（次女はなぜか刺されず）。 

今日は午後から米沢の法務局に書類を取りに行く用事があって、帰りにスーパーで買い物、次女と長男を迎えて、長女が帰宅する前に帰った。250円くらいの豚バラをショウガ焼き用に買ったら量が思いのほか少なかったので、玉ねぎを炒めて加えたら油が絡んで美味しかった。 

明日の弁当のおかずもたっぷり買ってきたので安心だ。次女が長女が登校するまで寝ていてくれるとたいへん助かるのだが、そううまくいくとは限らず臨機応変な毎日である。</description>
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         <pubDate>Tue, 13 Jul 2010 20:04:00 +0900</pubDate>
        
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         <title>ダライラマ講演会</title>
         <description>本山の横浜・総持寺にダライラマ14世がやってくるというので聴講を希望し、聴きにいってきた。総持寺が能登で火災に逢って横浜に移転してから100周年を迎える記念事業だったので、入場料は無料である。 

関係者限定の講演会だったが警備は厳重で、リストバンドをしないと入れないようにしてあった。警備員だけでなく金色のバッジをつけたSPがたくさん見張っている。受付で並び、クロークで並んでようやく入場。1000畳敷の本堂は本山の修行僧、寺院関係者、鶴見大学関係者、鶴見中高の学生総勢1700人でいっぱいになった。司会が携帯電話の電源を切るようにと5回くらい繰り返している。 

ダライラマ14世は堂行と本山の重鎮に導かれ、足を引きずるようにして入ってきた。一斉に合掌をしてお迎え。本尊に五体投地してから、線香を拈じ、位に着いた。高台の上には演壇の後ろにソファーが置いてあり、くつろいだ調子で話し始める。英語交じりの中国語で通訳つき。 

はじめに中論の『帰敬偈』を唱えてから、ここにいる皆さんで般若心経を読んでくださいというリクエスト。始まる前はきゃぴきゃぴしていた鶴見高校の生徒も一緒に読む。読み終わると般若心経の解説が始まる。一切は皆空であり、自性をもたないものである。人には仏性があるが、煩悩のために隠されている。般若心経の呪願文を唱え続けることで智慧が完成し、煩悩を取り除かれるとともに、自利と利他がつながるという。 

そして世界の宗教は平和を目指す点で教えが共通しているにもかからず、これだけ紛争が絶えないのは看板だけ掲げて信仰していない人が多いからである。信仰する人が増えれば、世界は平和になると結んだ。 

話は40分ほどで終わって質疑応答。予め決められていた鶴見高校の学生と本山の修行僧が質問する。鶴見高校の学生は輪廻について訊いた。人は死んだらどこに行くかという質問に対し、法称の『量評釈』を引用し、始まりのない意識が、習化と因果によって次の意識を生み、それが連続していくという、哲学的な答えを出した。 

正月には神社、結婚式は教会、お葬式はお寺という日本人の節操のなさについては「楽しいですね」の一言。宗教は内面的なものであるというダライラマ14世の考え方からすれば、こういった行事がどんな形であろうとかまわないのかもしれない。宗教と文化は別物だとも。 

修行僧の質問は、自分のことに精一杯という人がほかの人の苦しみにも目を向ける方法やダライラマ14世の説く普遍的責任について。全ての生き物も物体も、私たちに縁のないものはないというつながりの意識が必要だという答えだった。 

決められた質問者が終わり、手を挙げての質問。最後に当てられた鶴見大学の職員は、シングルマザーとして苦しんでいること、自分の宗教がもてないこと、でも毎日本堂で手を合わせていることを話し、来世で自分は幸せになれるでしょうかと尋ねた。質問の途中からもう感極まって涙ぐんでいる。 

これに対して、意志があれば必ず実るという話を因果関係をベースに話す。朝、美味しいものを食べたいと思って買い物に行けば、夕方に実現する。子どもによい教育を受けさせれば、子どもは十年後、何十年後に幸せになる。このように、結果がすぐ現れるものもあれば、時間がかかって現れるものもある。あなたの来世も、幸せになりたいと思うならばなれるだろう。ただし、意志が叶う条件を整えなければならない。それは今をしっかり生きることだ。 

因果応報（特に三時業）の教えは、説き方によっては差別などの社会問題を現状肯定する恐れがある。そのため、来世よりも今が大切だという教えがよく説かれるようになってきているが、未来への意志や夢を蔑ろにしてはいけない。因果関係の「因」に直接的原因と間接的条件の2種類があることから、未来志向と現在の努力の2つを説明したのは見事としか言いようがない。 

仏教哲学は、実存的な問題には無力だと思っていた。でも、法称や世親の難解な哲学を引用しながら、このように人の悩みに答える説き方もあるのだ。この頃は般若心経が分かりにくいからと初期仏典に傾倒していたが、もう一度宗門の伝統に沿って見直してみようかとも思った。拍手で送られていくダライラマ14世に、法悦の心で合掌した。 

終わって駅に直行。昼食を取る時間がないのでコンビニで買おうかと思ったが、奮発して駅弁にした。考えてみたら昨日上京して以来、買い物をしたのはコンビニの水だけだった。</description>
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         <pubDate>Sun, 27 Jun 2010 17:25:25 +0900</pubDate>
        
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         <title>「男の育児」講座2</title>
         <description>先週に引き続き、まちの楽校・本町館で開かれた「男の育児」講座に参加。今回は東北文教大学の先生。といっても教職に就いたのは定年後で、保育師として37年務め、学者でなく実践者を自認しておられた。 

講演は父親の育児参加に関する世論調査、父親の役割についての学説紹介、先生が経験した実話に基づく子供の目線、そして学生アンケートによる父親観という構成。理論にも実践にも偏らず、押し付けがましくもなく、聴きやすくてためになった。 

特にまとめで、子育てにマニュアルはなく、理想的な父親像などというものもないこと、それゆえそれぞれの家庭で、子どもとの関係性の中で違ったかたちの父親像が紡ぎ出されるという話と、子ども時代は将来への準備期間ではないのだから、今を楽しむこと、生ききることが大切だという話は心にしみた。 

子ども目線というのは言われてみないと気づかないことである。朝、子どもが起きたとき、もう大人は起きているわけだが、早くと言われてしまうと出遅れ感（会議に遅刻したときのような乗れない気分）をもってしまう。そこでは「今日一日始まるよ」と一日の見通しを語るほうがよいという。 

また、子どもが手に取るものはものではなく子ども自身であるから、むやみに取り上げるべきではないというお話や、お父さんの仕事を聞かれたら、幸せを作る仕事だとかっこよく教えましょうというお話、保育園に早くお迎えに行った理由を聞かれたら「会いたかったから」とか、お下がりはかわいそうといわずに「お兄ちゃんみたいにかっこよくなれるよね」とか、事実でなくとも、自分があまりそう思わなくとも、言ってあげることであるという（4歳前半くらいまで）。もちろん、自分が思っていることもきちんと伝えることが大事で、こういったことが子どもの心情や意欲に結びつく。 

先生は保育科の学生に、まず自分の親のことを考えさせるという。自分がどのように育てられ、何物だと思っているかが、子育てに大きな影響を及ぼす。自分の考え方が母親寄りなのは、主夫をしているという以上に、父親がいないことと深い関係があるのかもしれないなと思った。 

子育ては親育て。こうして自分自身を振り返るきっかけとしても、こういう講座はありがたい。</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Diary</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 25 Jun 2010 16:32:00 +0900</pubDate>
        
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         <title>イクメンプロジェクト</title>
         <description><![CDATA[昨日の日記に合わせるかのようなニュース記事を発見。イクメンとは、子育てを楽しみ、自分自身も成長する男性のことで、イクメンが多くなれば、妻である女性の生き方や子供たちの可能性、家族のあり方までが変わり、社会全体も豊かに成長していくはずだという。へえ。 

子育てを楽しむ余裕があるというのは結構なことだが、たいへんなところは奥さんに押し付け、子育ての真似事のようなことをちょっとだけして満足しているのは頂けない。まずはルーティンにして、楽しいとかたいへんだとか思わなくなって、そのうち充実感に満たされてくるというのが真のイクメンだろう。 

同年代のお寺さんとしゃべっていると、おかあさんといっしょ（NHK教育）の話が合ったりする。「この時間だけが息抜きで、外でタバコを吸ってくる」「歌は全部覚えた」とか。子育ても修行と同じで、はじめは嫌だったものが、次第に何とも思わなくなり、そのうち楽しくなってくるものでありたい。 

家族のあり方や社会全体まで変わるとは思えないが（むしろ逆で、家族のあり方や社会全体が変わらないとイクメンは増えないと思う）、子育てをする男性がもっと自信と責任をもち、世間がそれを受け入れてくれるなら、わざわざ厚労省が推進する意味もあろうというものだ。日中に男がスーパーで買い物をしてもジロジロ見られないで済むとか、そんな世の中になってほしい。 

<a href="http://mainichi.jp/select/today/news/20100618k0000m040063000c.html"><strong>厚労省が「イクメン」を促進</strong></a> （毎日新聞）

<a href="http://ikumen-project.jp/index.html"><strong>イクメンプロジェクト：ホームページ</strong></a>（登録してきました）]]></description>
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         <pubDate>Fri, 18 Jun 2010 10:47:00 +0900</pubDate>
        
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         <title>「男の育児」講座</title>
         <description><![CDATA[保育園からのお知らせで、市民講座があったので昨日行ってきた。保育園のお迎えの後、3人の子供を連れて買い物を済ませ夕食をかきこむ。子供たちに食べさせるのは母に任せて出発。 

場所は「まちの楽校本町館」。桑島記念館かと思っていったらそうでなくて、江口玩具店のおじさんに訊いたらフェリカ跡だった。NPOの運営で仕事や趣味など<a href="http://samidare.jp/ayakka/">いろんな講座を開設</a>している。今回の受講料はたったの200円。 

全3回の講座で、今回のテーマは「仕事も育児も楽しむ生き方」。講師は山形新聞社の社員ということだったが、行ってみてびっくり、高校の同級生だった。卒業以来約20年ぶりである。 

受講者は6名。はじめに詳しい自己紹介（家族構成など）をして打ち解けた後、講師のお話。父親として1ヶ月の育児休業を取るまでの根回しから、たいした家事もできなくて奥さんの評価は辛口だった話まで。驚いたことに、山形新聞社で育児休業を取ったのは、彼が男女通じて初だったという。どんだけ後れているのか、山形。 

とはいえ、近所のお父さんを見ていると、不況もあって育休どころか仕事があるだけで御の字という様子である。奥さんも、一家の大黒柱として育休など取らず働いてもらわないと困るという意見が大勢で、道のりは遠そうだ。現在1％程度の男性の育休取得率を、政府はあと10年で13％にしたい考えだが、育休を取ることが目的になってしまって、日常の育児にしわ寄せがいくのでは意味がない。 

まずは、月間160時間という労働時間を短縮し、子供が寝る前にお父さんが帰宅できるようにするところからだろう。早く帰ってこれれば家事ができ、家事に慣れていれば、育休でも役に立てる。一足飛びに育休をとっても、飲みに行ったりゴロゴロしたりと、自分のためだけの休みになってしまって奥さんの不興を買いかねない。 

私は育休年間365日といってもいいくらいなので、世間ずれも甚だしいが、ほかの受講者の話を聞くと、職業・年齢・子供の人数などによって世間も決して一様でないということに気づかされた。それぞれにいろんな悩みを抱え、それを乗り越えていこうとしている。子育ては独りでできるものではない。自分ばかり大変だと思いがちだが、家族に敬意を払い、互いに協力してやっていこうと思った。 

帰宅すると子供たちがお風呂に入らないで待っていた。子供たちにかける言葉がいつもよりも優しくなったのは言うまでもない。]]></description>
         <link>http://www.tgiw.info/weblog/2010/06/post_689.html</link>
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         <pubDate>Thu, 17 Jun 2010 11:56:00 +0900</pubDate>
        
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         <title>『坊主DAYS』</title>
         <description><![CDATA[臨済宗の住職を兄に持つ著者が、兄の修行時代をマンガに描き起こした本。建前と本音、表と裏のギャップに笑いつつも、伝統的な仏教の修行は絶対譲れない部分がある。 

類書に『ファンシィダンス』があるが、ストーリーはなく、仏教の解説やツッコミを加えながら楽しく伝える。 

曹洞宗は無想禅ということもあって禅問答は形式的なものになっているが、臨済宗は厳しい。1700もの公案を全部クリアして初めて印可がもらえるのだとか。 

薪割りはしなかったけれど、修行僧だったころを懐かしく思い出しながら読んだ。
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         <link>http://www.tgiw.info/weblog/2010/06/days.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Book</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 14 Jun 2010 15:49:51 +0900</pubDate>
        
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         <title>先祖の話もいいけれど</title>
         <description>一昨日、本山から派遣されていらっしゃった布教師の法話を聞く集まりが近くであった。年に1回このような会があり、私は聞くのを楽しみにしている。養成所で研修を重ね、さらに実地で経験を積んできた方々の話は、内容も話しぶりも徹底的に磨き抜かれていて、自分が檀家さんの前でお話しするときのよいお手本になる。 

今回のお話の中で、ひいおばあさん4人の名前を全部言えますか？という質問があった。言える人はほとんどおらず、私も2人しか分からない。わずか数十年前に生きていた人でも、記憶がある人は急激に減っていく。私だって、それなりに年を取って死んだら、50年経って覚えている人などほとんどいないだろう。 

その話から布教師さんは、我々の命がそういう名前も知らないたくさんの先祖によって受け継がれてきたものだから、大事にしなければいけないですよという話に持って行った。 

私も子供たちの前で、そういう話をすることがある。両親は2人、祖父母は4人、総祖父母は8人……と2倍2倍と増えていって、7代前まで合計すると（延べ）500人以上になる。そのうち1人でも欠けていたら、今の私はなかったかもしれない。今の私があることをご先祖様に感謝しなければいけないですよと。 

でも今回ふと考えた。もし人生に悩み苦しんでいる人、お釈迦様の説く「一切皆苦」をしみじみその通りだと思っている人にこのような話をしても、少しも役に立たないのではなかろうか。もしかしたら、苦しみに満ちた人生を与えた先祖や親を怨むことになるのではないかと。 

もちろん、人生が苦しいのは先祖や親のせいだというのは責任転嫁も甚だしい。「誰も産んでくれなんて頼まなかった」と憤る子供のようなものである。先祖や親が与えてくれたのは命であって、実存的な自我ではない。しかし、苦しみのもとである自我の原因は先祖でないからこそ、ある意味関係のない先祖を引き合いに出しても救われないのである。 

自我の根本原因は無明や煩悩であり、それを乗り越えるために仏教がある。先祖の入る余地は（少なくとも教義的には）ない。 

しかし実際、日本仏教は先祖教である。お釈迦様をさておいて、先祖を崇め奉っている人が多い。それに合わせて僧侶も、自己の成仏得度よりも先祖が大事だ、先祖を拝もうという話をしがちだ（葬儀も法事もそれが主目的だからなのだが）。 

民俗と絡み合って発展してきた日本仏教の事情がある以上、先祖が大事だという話は不可避であろう。でもそれが結論ではいけないと思う。実存的な苦しみを取り除き、仏心、道心、菩提心を植え育てる話に進まなければならない。お経の最後の回向で「願わくは我らと衆生と皆共に、仏道を成ぜんことを」と願うではないか。 

でもそうすると出道や出家の話にならざるを得ないわけで、じゃあ袈裟をつけている僧侶はいったい仏道を歩む見本になっているのかが問われる。布教師さんが本山での修行を終えて挨拶を回っているとき、ある方から「あなたはなぜ袈裟をつけるの？」と問われたという。布教師さんは「お坊さんだからです」と答え、その方は「袈裟をつけているということは、いつでもどこでも仏教を説きますということなんだよ」と教えたそうだが、実に重い問いであると思う。 

というわけで自分の生活ぶりを棚に上げるために、先祖の話でお茶を濁してしまっていないか、反省している最中だ。</description>
         <link>http://www.tgiw.info/weblog/2010/06/post_688.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Buddhism</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 09 Jun 2010 16:31:00 +0900</pubDate>
        
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         <title>『葬式は、要らない』</title>
         <description><![CDATA[葬儀の平均費用は231万円、そのうちお布施は54万9000円。普段の信仰もないのに、いざというときだけ知らない僧侶を呼んで、こんな金額を出すくらいならば、直葬や家族葬、戒名を自分たちでつけた葬式をしてもいいのではないか、という提案の書。なので葬式自体を否定している本ではない。 

日本仏教の歴史やお寺の経済事情まで加味した上での提案なので、お寺の側から見ても一方的ではなく、納得できる内容である。特に寺の檀家であるということはひどく贅沢なことであるというくだりは全くその通りだと思う。 

<<寺の住職は、毎日勤めをし、本尊の前で読経などを行う。その際には、寺の檀家になっている故人たちの冥福を祈る。檀家にはそうしてもらっているという意識や自覚がほとんどないが、檀家になることで、私たちは先祖の供養を委託しているのである。（中略）その特権を護るためには、それ相応の負担をしなければならない。それは、当たり前の話である。ところが、私たちは、こうしたことを明確に意識もしていなければ、自覚もしていない。>> 

実際、直葬は東京で20パーセント（私が聞いたところでは30パーセント、40パーセントとも）と増加傾向にあり、地方にも波及しそうな勢いであったり、この本が25万部も売れているという事実を、仏教界は重く受け止めなければならない。地方でも「家の格」に見合った振る舞いが求められなくなり、上記のような檀家の自覚が希薄になっており、古来の法式だけでよしとせず葬儀の意義をきちんと説かなければいけない時期に来ている。

個人主義の世相、親子の家業の分断、葬祭業者の台頭など、寺院を取り巻く状況に愚痴をいっている暇はない。「今のお寺は葬式仏教すら果たしていない」「仏教はなくならないが、寺院は近い将来なくなっていく」そんな言葉に真正面に向かい合って、危機感をもってやっていきたい。
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Book</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 07 Jun 2010 20:20:56 +0900</pubDate>
        
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         <title>父一人子供三人</title>
         <description>今週は母が御詠歌の全国大会で大阪に行っており、初めて親独りで子供3人を見ることになった。月曜日の朝までは妻がいたが、駅に送るといよいよ1人になった。 

とはいえ9時から16時までは学校や保育園だし、仕事もなかったから、家でのんびりしていればよい。ヤフオクの発送をしたり、泊まりで来たゲーム仲間と遊んだりして過ごす。 

しかし朝と夜はそれぞれ3時間、びっちり家事がある。朝は子供を起こして、朝ごはんを作って、朝のお勤めをして、長女を送り出して、次女にごはんを食べさせて、長男の弁当を作って、洗濯物を干して、長男と次女を保育園に送る。夜は夕ごはんを作って、次女に食べさせて、台所の片づけをして、風呂に入れて寝かせる。何とか21時までには寝かせたいから、朝だけでなく夜も時間との勝負だ。 

時間短縮のため、次女にご飯を食べさせながら自分も食べることにした。次女がよそ見をしている隙にがっと食べる。次女の後ではご飯が全部冷めてしまっていたが、こうして食べるといくらか温かい。とはいえ、10分くらいの節約にしかならないが。 

火曜日は長女のズボンにティッシュが入ったまま洗濯してしまって、取り除くのに20分もかかってしまったり、長男の荷物はいつも何かしら忘れたりと手抜かりも多いが、毎日同じことをしていると時間が短縮されてくるから不思議だ。次女の保育園に着いたのが火曜日は9時半だったが、水曜日は9時、今日は8時45分だった。次女のだっこして攻撃を無視できるようになったのが大きい（ちょっと泣くが、すぐあきらめて遊び始める）。 

夜は子供たちが眠ってからこっそり起きる。実は長男は眠っていないのだが、長女と次女がいるので大人しく寝ている。この頃ホームページ更新が日課になっているので、しないで寝ると気持ち悪いのである。夜中に更新されていたら日中は忙しかった証拠である。 

つくばでは妻がいないときこうして長女と長男を見ていることがよくあった。時間との勝負とはいえ、誰にも気兼ねせず自分のペースで配分できるのでストレスは少ない。もっとも、長女と長男が大泣きしないので（次女はしょっちゅう大泣きしているが）助けられている部分もある。 

まあ、世間のお母さんたちはこれに加えて定時出勤があるわけなので、これぐらいで大変などと言ってはいけない。でも今晩母が帰ってきて、明日妻が帰ってくるので少しずつ楽になりそう。</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Diary</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 20 May 2010 15:34:00 +0900</pubDate>
        
      </item>
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         <title>長女の家庭訪問</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.tgiw.info/weblog/2009/05/post_588.html">昨年</a>は妙に緊張したが、今年は長女のほうが明らかに緊張していた。対談中、ふすまの陰に隠れたり、2階に上ったかと思えば下りてきたりとそわそわしている。 

感心したのは何でも認めて褒めるという先生の姿勢。忘れ物が多いんじゃないか、友達がいないんじゃないか、貧乏ゆすりしているんじゃないかと、親はどうしても欠点を挙げてしまいがちだが、「ときどき忘れ物をしてくるから、みんなが『ああ、アキコちゃんでも忘れ物するんだ』と親しみを覚えるんです」と先生。親としても見習いたい。 

4月から通信教育を自ら志願して始めた長女。明らかに学校の進度より進んでいるわけだが、知っていることをひけらかしたりせず、分からなくて手を挙げているクラスの子に、先生の代わりに教えてあげているという。その教え方も「じゃあ問題をもう1度読んでみてね」「すごい、正解！」などと優しいそうだ。 

私が小学生のとき、先生がこれから教えようとしていることを先取りして言うので先生の機嫌を損ねてしまったことを思い出した。ほかの子に教えた覚えは全くない（中学生のときテストでカンニングさせたとか、高校生のとき早朝の職員室でテスト原稿を見つけ、みんなに出題箇所を流したとか、不正なものはあるが）。 

親としてはそんなに勉強を頑張りすぎないほうがいいんじゃないかと思うほどだが（先は長いので）、そんなことを思えるのも幸せなことである。]]></description>
         <link>http://www.tgiw.info/weblog/2010/05/post_685.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Diary</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 20 May 2010 15:09:00 +0900</pubDate>
        
      </item>
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         <title>僧侶と性欲(4)</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://dailycult.blogspot.com/2010/04/blog-post_29.html"><strong>やや日刊カルト新聞：中尊寺僧侶淫行事件から考える、宗教者のエロ事件</strong></a>  

エロキリスト者はインドア派なのに対し、エロ坊主はアウトドア派なんだとか。それだけお寺に人が寄り付かないということということでもある。仏教関係者の事件数がキリスト教や神道を圧倒しているのは、絶対数が多いからであろう。 

法に触れる行為は僧侶であるかどうかに関係なく、していけないのは当然のこととして、僧侶に高い倫理性が求められる時代ももうすぐ終わるのではないかと思う。事実、僧侶の妻帯について、日本では不問であるどころか、妻帯していないほうが変人扱いされる始末。宗教の俗化はどんどん進んでいる。 

僧侶が俗人に戻ることを「還俗（げんぞく）」という。現在の自分の生き方は9割以上が俗人にほかならず、還俗して在家信者になったほうが名実が一致してすっきりするのではないかと、この頃考えている。実際は還俗して僧籍を失うと住職の資格も同時になくなるので、後継者がいない限り還俗は難しいが、今の自分を振り返るにつけ、還俗したい思いが募るところである。]]></description>
         <link>http://www.tgiw.info/weblog/2010/05/4_7.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Buddhism</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 05 May 2010 00:11:00 +0900</pubDate>
        
      </item>
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         <title>連休の外出</title>
         <description><![CDATA[例年通り毎日法事だったので、毎日夕方から外出した。 

1日は白鷹の土里夢（ドリーム）館でいちごソフト。ここは地元の山菜が安く買えるところで有名だが、夕方はもう茎立ちしか売っていなかった。その後<a href="http://www.shirataka.or.jp/furusato.html">森林公園</a>でローラーすべり台。結構スピードが出る。 

<img src="http://www.tgiw.info/image/diary/nagaidam.jpg" width="345" height="240" align="right">2日は完成したばかりの長井ダム。<a href="http://www.thr.mlit.go.jp/nagai/manabi/index.html">野川まなび館</a>で下調べした後、いざダムへ。試験湛水の直後ということで、満水に近い状態だった。感想は「金かけてんなー」。帰りに栄助寿司で注文し、渋谷玩具店でおもちゃを見て、コンビニでアイスクリームを買った。<BR clear="all"> 

<img src="http://www.tgiw.info/image/diary/akayueki.jpg" height="345" width="240" align="right">3日は赤湯駅で贈答用びゅう商品券ギフトを買ってから、<a href="http://www.uesugi-zoen.co.jp/">おいたま温泉・賜の湯</a>へ。夕方なので混み混みだったが、お湯は熱めで気持ちいい。風呂上り、子供にアイスを買う。遅くなったので外食しようと思ったが、どこも混んでいるのでヤマザワで焼き鳥とカップラーメンを買って家で食べる。<BR clear="all"> 

<img src="http://www.tgiw.info/image/diary/daimyojin.jpg" height="345" width="240" align="right">4日（今日）は地元・<a href="http://www.watarigraphic.com/sakura/daimyoujin.php">大明神桜</a>を見てから米沢へ。<a href="http://www.charsuke.info/detail/?category=2&p=21">成島ワクワクランド</a>に寄ってみたが5時閉園なので10分だけ。サティに行っておもちゃや本を見、サーティーワンアイスクリームを食べて帰宅。バンダイの変身する車<a href="http://www.bandai.co.jp/releases/J2010031501.html">VooV</a>は、ディテールがちゃちい。 

明日は未定だが、午後からゲーム会なので午前中にどこかに行ければと思っている。1日に乗りそびれた森林公園のスカイサイクルか。 

こうして見ると、地元も結構遊ぶところがあるものだと実感。あるものに気づかず、ないものねだりをしてはいけない。子供が大きくなるにつれ、行けるところはさらに増える。 

4日間に共通する今回のコンセプトはアイスクリーム。ちょうど気温も上がり子供たちも喜んだが、夕方に食べるのでその後の夕食が食べられなくなっていた。]]></description>
         <link>http://www.tgiw.info/weblog/2010/05/post_684.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Diary</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 04 May 2010 23:46:00 +0900</pubDate>
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      </item>
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         <title>次女の風邪</title>
         <description>保育園に通い始めて3週間目、次女が熱を出してダウン。慣れない環境で疲れがたまっていたのだろうか。長男の保育園でも、お休みしている子供が多いようだ。長男もバスから降りたときと、お風呂に入っているときに吐いた。 

自宅で看病するといっても、特に変わったことはない。食後に薬を飲ませれば、あとはひたすら抱っこしているだけである。床に置くとすぐ起きてしまうが、抱っこしていればずっと寝ていてくれる。抱っこしながらでも、手を伸ばせばキーボードは打てる。平日に仕事がほとんどなかったのも幸いした。 

週末に妻が帰ってきて看病を引き継ぎ、私は仕事のほかに長男と長女を連れて米沢に外出したりして一息。しかし次女はここで治らなかった。 

一昨日の朝は普通に登園したが、帰りにはまた熱が上がっている。2回目のお医者さんでは抗生剤をもらったが、夜はなかなか寝付かない。一方、私は土日の仕事と遊び疲れがたたって、とうとう風邪がうつってしまう。昨日の午後は、座薬を入れた次女と布団でダウン。咳がひどくなり、歯がカタカタ言うほどひどい寒気がして体の節々が痛む。 

一晩寝て私は持ち直したものの、次女は相変わらず熱が高い。というわけで今日もまた1日中抱っことおんぶである。

長男は保育園を休まずに回復。インドで生死の境をさまよった長女は、全く元気である。どちらも0歳児のころから保育園に通っているので体の出来が違う。 

今日の長男の迎えのとき、長女に見張りをお願いした。帰ってくると次女が部屋を抜け出して階段の降り口に！　何でも、次女に本を読んで聞かせている間に本に熱中してしまい、次女が抜け出したのを気づかなかったらしい。</description>
         <link>http://www.tgiw.info/weblog/2010/04/post_683.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">Diary</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 28 Apr 2010 18:50:00 +0900</pubDate>
        
      </item>
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         <title>『大江戸お寺繁昌記』</title>
         <description><![CDATA[お寺といえばお葬式。お坊さんが病院を歩けば誰か亡くなったのかと思われる現代だが、江戸ではそうではなかった。 

徳川家の菩提寺の地位を争った芝の増上寺と上野の寛永寺は大奥にロビー活動を行い、成田山と川崎大師は本尊の出開帳で人を寄せる。富くじばかりか貸金業まで行い、門前の茶店から女性アイドルが浮世絵デビュー。芝居や寄席を興行したり、付近には遊女屋ができあがったりと、今とは想像のつかない賑わいを見せていた。そんな江戸のお寺の表と裏を、資料を挙げながら紹介する。 

・寛永寺門主の登城行列の歳は、町人に土下座が義務付けられた。ほかに土下座しなければならないのは、徳川御三家だけである。偉すぎ。 
・家斉が厄除けで川崎大師に参詣する直前、山主が急死した。家斉は自分の厄の身代わりに死去したと聞き、それ以来、幕府からのバックアップを得るようになった。ストーリーが大切。 
・大奥をバックに創建された谷中の感応寺には、寄進の長持ちの中に大奥の女性がこっそり忍び込み、お寺に運び込んで僧侶たちと姦通しているという噂がたち、わずか3年で廃寺になってしまう。お寺と女性には距離がある。 
・将軍家から下賜された品で人集めをする寺院が後を絶たず、寺社奉行では、葵の御紋のブランド力低下を防ぐため、開帳を禁止した。しかし大奥を通じた寺院の政治圧力によって、禁止の効果はなかった。 すごい政治力。
・富札は1枚5000円前後で1等8000万円。富突が始まる前に、大般若会が行われた。8000万円当たっても、800万円は主催者に奉納し、次回の富くじを800万円分買い、経費として400万円を取られるので、結局手取りは6000万円くらいになる。宝くじよりひどい。 
・建物修復のために集めたお金を、一般に貸し付けて利殖を図った。しかも、幕府の許可を得ることで、奉行所が督促状を出すことになり、債権も保護された。蓄財OK。 
・1733年の人口統計では、江戸町人は53万人、男性は63％で、しかも独身者が多かったことから、遊郭や、美少女が給仕する茶屋が流行った。むさい男だらけか。 
・浅草寺にお参りに行くと称して実は吉原に。「女房と雷門で出っ食わし」成田山参詣では船橋宿、大山詣では藤沢宿が、遊女屋として流行った。今も残っている。 
・本尊が開帳される境内に芝居や見世物が並んだことには、批判も寄せられた。「畢竟見世物の序に参拝するに同じ、開帳仏もし物いはば、憮謐き小言いひ賜はん」花より団子。 

巻末に「お寺よ、もっと開かれろ！」というタイトルで著者と彼岸寺の松本圭介氏の対談がある。「若い人がお寺に来てくれない」ではなく、「来てくれるような仕組みを作っていない」と松本氏。世代間交流の場として、来ている人に任せて盛り上げてもらうというのはこれからのお寺のあり方として重要な視点である。 

楽しく読めて、振り返れば現代のお寺について新しい視点も見つかるよい本。
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         <pubDate>Fri, 16 Apr 2010 15:53:22 +0900</pubDate>
        
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