Indiaの最近のブログ記事

修士以来の指導教官が、日本学術振興会の科学研究費助成事業を取得して、「インド哲学諸派における<存在>をめぐる議論」プロジェクトを立ち上げた。その研究会で、長野県松本の信州大学へ。

松本に行くのは初めてで、路線検索の通りに羽前成田―赤湯―大宮―長野―松本というルートで行くことにした。直線で行くことはできず、N字型のルートで6〜7時間。さらに松本駅からバスで15分。意外に時間がかかる。新宿周りのほうが乗り換えがよかったかもしれないが、篠ノ井線の姨捨駅から見た盆地の眺めが最高だったのでよしとする。

道中は本を読んだり、ボードゲームの翻訳をしたり、寝たり。長野駅で1時間ほど待ち合わせの間に、ネットカフェに行ったら信州大学シミュレーションゲーム会の部室を教えてもらったので。大学に着いてすぐ訪問したが、夏休みのせいか誰もいなかった(カギは空いていたが)。

まずはひと通り自己紹介。インド哲学の若手研究者が約30名が勢ぞろいするのは見ものである。外国留学からわざわざ一時帰国して参加した人もいた。そして今回のプロジェクトの趣旨が説明された後、研究発表が始まった。私は発表がないので気楽なものである。

基調講演は桂紹隆・龍谷大教授で、アビダルマから二諦説・三性説に至る存在の分類と、ヴァイシェーシカ学派とサーンキヤ学派のカテゴリー分類を概観した。次に丸井浩・東大教授は、長尾雅人氏の空の存在論と、W.ハルプファス氏のインド古典存在論から、基本的な論点を抽出した。藤永伸・都城高専教授は、ジャイナ教の存在カテゴリー分類を年代順に整理してまとめ、加藤隆宏・ハレ大研究員はヴェーダーンタ学派のバースカラについて、シャンカラとの対比から宇宙原理と個我の異同を説明した。桂教授は、初期仏教を含めたインド哲学全体のコンセンサスを提案したが、学派による隔たりは非常に大きく、一口に「インド哲学では」というのは難しいことが浮き彫りになる。

和気あいあいとバスで宿に行って、温泉に入ってから夕食会と二次会。熱い哲学議論には加わらず、お寺や地震の話でのんびり。毎年4月に行われている新入生歓迎の研究室旅行のようで懐かしい。10年以上も前の話だが、あの頃私は何を考えて研究に没頭していたのだろう。40歳も近づいたせいか、どこか冷めている自分がいた。

翌日は広島大のイジェヒョン氏によるバルトリハリの「二次的存在性」について。奇しくも4年前にお亡くなりになった谷澤淳三・信州大教授の最初の論文テーマだったという。過去と未来の言語表現を可能にするため、文法学派ののバルトリハリは仮の存在性を想定した。そこには時間の実在も背景にあって面白い。次にウィーン大学に留学中の江崎公児氏は、ウダヤナの刹那滅論批判にみられる滅や無の実在性についてである。「無は存在する」という後期ヴァイシェーシカ学派の枠組みは、インド哲学の特異点と言えるだろう。そして最後は鈴木孝典・愛知文教大講師によるヴァイシェーシカ学派の目的論。ヴァイシェーシカ学派は自然科学といわれることが多いが、解脱論を説いている箇所もあり、その目指すところは簡単に判別できない。そこがはっきりしていなくて中立的であるがゆえに、ほかの学派が利用しやすかったのではないかと思われた。

全体討論では、存在論は言語哲学と切り離せないという提起が多くなされていた。インド哲学では、主にヴェーダの解釈学から始まった経緯から、語句と語句の対象の関係が深く考察されている。言葉の対象の実在を認めるバラモン教系諸派と、全ては心の中での出来事に過ぎないという仏教唯識系諸派で大きな論争が繰り広げられた。また、神の存在論証や、解脱の方法論とも密接に関わっている。これをどこまで広げ、どこまでまとめられるかが今回のプロジェクトの勝負となりそうだ。

このプロジェクトは今年から4年にわたって行われ、最終的に専門外の研究者や一般読者にも分かりやすい書籍にまとめることをめざしている。私はどこまでコミットできるか分からないが、年に1回くらいの研究会に顔を出しながら、昔研究した「ものとものの共通性」の特質をまとめなおしてみようかと思っている。そのほかに、丸井先生から早く博士論文をまとめるよう(会うたび言われているが)言われたり、桂先生から議論に関する術語集をまとめるように提案されたりと、身に余る激励を受けた。昨年、学会発表するきっかけになった後輩の結婚式もそうだったが、年に1度くらいはこうした場に出て刺激を受けることが必要だと思う。

しかし帰り道もやはりボードゲームの翻訳。メールとチェックすると、新たな翻訳依頼が来ている。こうして秋は毎年、翻訳三昧になっているが、はたして勉強できるのか、乞うご期待。

9月10日から2日間にわたって、立正大学で行われた日本印度学仏教学会の学術大会に参加、研究発表してきた。発表するのも行くのも、7年ぶりである。

1日目は、感覚を取り戻すために何人かの発表を聴いておいた。朝一番の新幹線に乗り、真っ先に向かったのは7世紀の仏教論理学者ダルマキールティ(法称)の部会である。毎回人気を集める部会だが、今回も熱気に包まれ、発表が終わるたびに喧々諤々の議論が交わされていた。午後からはアビダルマ部会とインド文学部会をはしご。

心に残った発表は「プラジュニャーグプタの独自相理解」(東京学芸大学・小林久泰氏)。認識の根拠を未来の対象とするプラジュニャーグプタが、独自相を未来に位置づけている仕組みが面白い。それから「チャンドラキールティの論理学」(筑波大学・吉水千鶴子氏)。何も主張を立てず相手の批判だけを行う中観学派で、特に帰謬論証にこだわったはずのチャンドラキールティが、仏教論理学派の枠組みに沿って批判自体を主張と捉えていたという話である。午後からは「阿羅漢の智慧と仏陀の智慧」(東京大学・馬場紀寿氏)」。部派仏教で定まった教説の重点が、大乗仏教に引き継がれ声聞・縁覚像が作られたという。それから「記憶するしくみ―発智論・大毘婆沙論を中心として」(龍谷大学・那須良彦氏)では、刹那滅の中で、いかにして認識内容が受け継がれていくかという問題に3つの答えがあることを説いた。

写真撮影が終わったら総会・懇親会には出席せずに宿へ。キンコーズで原稿をコピーして、三鷹のテンデイズゲームズへ。ネットテレビに出演し、来月にエッセン国際ゲーム祭で発表される注目の新作を紹介してきた。

2日目は発表のあるインド哲学部会に張り付き。発表は15分間で、質疑応答が5分間というのはあっという間である。日本中からこの分野の研究者が勢ぞろいしているわけだが、不思議と緊張はしなかった。たとえ発表にケチを付けたとしても(付けられなかったが)、数少ない仲間である。そう思うと遠慮なくマニアックな話ができるのが楽しく、そしてわざわざここに来て聴いてもらえることがありがたかった。発表中に2回、ウケを取れたのが嬉しい。

午後からは仏教用語の現代語訳を考えるパネルディスカッション。コンピュータで参照できる辞書を作るプロジェクトが進行中で、その経過報告である。仏教用語は、苦・集・滅・道や貪・嗔・痴など、漢訳をそのまま使っていることが多く、それが現代において呪文のようになってしまい、教義について深く考えたり、知らない人に伝えたりする努力を妨げていないかという心配が背景にあるらしい。

予め「訳語は一例の提案」と言ってあったにもかかわらず、早速会場は「そんな訳語じゃダメだ」のオンパレード。原語のサンスクリット語やパーリ語にしても、訳語の現代日本語にしても、ニュアンスの捉え方は千差万別で、さらに長年研究してきたこだわりもあり、今後の難航が容易に想像された。

学会中には、同じ分野の研究者たちと親交を温めることができた。久しぶりに会う人と近況報告し合ったり、論文でしか見ていない人と初対面のご挨拶ができたり、この道に入ったばかりの若い後輩とお話したりと、懇親会に出なかったにもかかわらず、たくさんの人と話できて満足である。そして私も、住職や父親やボードゲームジャーナリストだけでなく、一介のインド哲学研究者だということを思い出すことができた。放ったままの博士論文に期待なさる方もおり、今回の発表を足がかりにできればと思っている。

帰りは秋葉原のR&Rステーションへ。店内で「小野先生ですか」とか声をかけられたのでビックリしたが(最初は昨日収録したネットテレビを見た人かと思った)、学会で私の発表を聴いた筑波大学の大学院生だという。聴けば私と非常に近い分野の研究をしている。学会では筑波大学の先生から今度遊びに来てよと声をかけて頂いた上に、ボードゲームを嗜む学生がいると知ってはぜひ行かねばなるまい。

「リーラー(遊戯)」というサンスクリット語がある。神様が世界を作った理由として挙げられる言葉だ。余裕をもって愉しみながら続けていくのであれば、研究もリーラーなのではないだろうか?

今日の勉強

user-pic
0

参考文献の書き方(出版社が先か、発表年が先かとか)を忘れて、他人の論文を見たりしていた。もうリハビリだこれは。

とはいえ、始めると段々勢いがついてくる。読解力は鈍っているのかもしれないが、サンスクリット語の文章もどうにかこうにか読める(論理学関係限定だが)。

六主張論議は、立論と反論のあとに、再反論を失敗することで始まる。再反論を失敗すると、過失が立論にも遡及する。このことから、立論はそれ自体ではまだ成立したとはいえず、正しい再反論を待たなければならない。これは、ニヤーヤ学派の反駁がない限り正しいという原則(anyathaakhyaati)に則っており、レトリックで言われる「主張は反論によって鍛えられる」にも通じる。本論からは外れるが、興味深い箇所だ。

ウダヤナという11世紀の哲学者がメインだが、その前にジャヤンタバッタという10世紀の哲学者の著書に興味深い著述を見つけた。それ以前の学者とウダヤナとの橋渡しになるような記述である。明日、これについてまとめて、いよいよウダヤナの部分に取り掛かる。

気がつくとパソコンのわきに本が10冊くらい積み重なっている。崩れる前に片付けよう。

今日の勉強

user-pic
0

……って週末に学会があるので今頃起動した次第。先週までに完成させたかったが、ボードゲームの和訳2本を抱えて全く着手できなかった。木曜まで4日で完成させないといけない。

学会の発表テーマは『六主張論議と審判・会衆の役割』。インド議論学で不毛な議論として出される六主張論議が、どうして「6」なのかという話。

今日はひとまず六主張論議とは何かというところから。梶山先生と石飛先生の和訳を参照したが、結局サンスクリット原文から訳した。定式化してみるとこんな感じか。

(1)A:XはPだからQである。何であれ、PであるものはQである。Yのように。
(2)B:PだからといってQとは限らない。確かにYのようにQのものもあるが、ZのようにQでないものもある。したがってXも、QかQでないかは確定できない。
(3)A:「XはPだからQではない」という主張でも、PかつQのものも、PかつQでないものもあるので確定できない。
(3’)(A:XがQではない理由が知覚されず存在しないので、PならばQである。」)
(4)B:(3)からXはQであると言えるならば、同じくXはQではないとも言える。
(5)A:(2)から、XはQでないと言えないことになるので他説追認である。
(6)B:(3)から、XはQであると言えないことになるので他説追認である。

本論部分は、インドで作っておいた和訳をもとに進める。明日は先行研究のまとめかな。

聴講は金曜日午前の第5部会(ダルマキールティ)が面白そうだが、間に合うかどうかは微妙。午後からは第4部会(唯識)あたりが聴きどころか。私が発表する土曜午前の第1部会(バラモン哲学)では知り合いが特に多い。午後はパネルディスカッションで仏教用語の現代語訳を聴講したい。

学会に出るのは何年ぶりだろうか。知り合いばかりで、関西勢があまりいないが、それでも久々なので緊張する。

今日の勉強

user-pic
0

マラヤラム写本の照合にようやく取り掛かることができた。マラヤラムフォントをダウンロードして、デーヴァナーガリーとの対照表を作成。これを見ながらゆっくりと読む。インド留学中に写本学で学んだグランタ文字と似ている。

写本の画像は非常に見づらい。すでに入力してあるものと見比べながら、ここは2文字あるから異読のほうだななどと推定する。この写本だけで解読するのは無理な話だ。

幸か不幸か、4ページ分しかなく、1/4終了。これが終わったらとりあえずプリントアウトして、それを見ながら和訳を確かめつつ、本文を作る。

写真は上が写本、下がフォントで入力したもの。同じ箇所だと分かるだろうか?

今日の勉強

user-pic
0

ムンバイ本照合は60/60で終了。17日で60ページとは予定よりいいペースだ。

インド哲学の文献は、討論形式で著作が作られていることが多い。「前主張」と呼ばれる対論者の主張を記し、それに対して反論を加えるというかたちである。さらに別の人が、その反論に対し再反論を加えるというふうに、1000年もかけて往復書簡のようなことをやっているのである。

その中でよく使われる論法に帰謬論法というのがある。「もしあなたの言う通りならば、こんな不都合が生じてしまう。だからあなたの言うことは正しくない」という。中には過度の一般化や、風が吹けば桶屋が儲かる的なこじつけもあるが、相手が新たに主張を限定すれば、今度は別の主張という反則を指摘できる。

さてここで、他説承認という反則がある。相手が望むことを認めてはいけないという論争のルールである。これを帰謬論法の途中で指摘するという手がある。
「もしあなたの言う通りならば……」
「ハイッ、認めたんならお前の負け!」
せっかちなインド人ならやりそうな気もするが、ズルくね?

帰謬論法は、「相手の意見を一旦認めてみる」という暫定的な定説という枠組みからなされる。「相手の意見を認めたら終わり」という他説承認は、これと矛盾する概念ではないだろうか。このネタ、使えそうだな。

さらにインド哲学でよくある反論法「周知なものの論証」は、他説承認に近いけれど別物であるという。これはどういうことか。どこが似ているのだろうか、考えてみたい。そもそも周知なものの論証は、何の誤りなのか、どのカテゴリーに入るのかもよく分かっていない。

今日の勉強

user-pic
0

ムンバイ本照合は53/60。

インドの哲学史は、スートラ解釈史である。独自に著作をするのではなく、学派の創始者が短く記したスートラに注釈をつける。その注釈にさらに複注、複々注と加えられて、基本文献が出来上がっている。なので現代のインド哲学者も、自然と注釈をつけるように論文を書きたくなるのかもしれない。

時代が変わると、理論が発達してスートラが通用しなくなる。そのときに注釈者がよく使うのがウパラクシャナである。スートラの文言は一例に過ぎないとして、著作当時は想定していなかったものまで拡大解釈する手法である。

このウパラクシャナ、梵英辞典にはsynecdoche(提喩)と書かれている。その中でも、一般化の提喩にあたる。「人はパンのみにて生くるにあらず」でパンが食べ物一般を表すように、代表的な個をもって類を表すというものである。

ウパラクシャナとシネクドキは全同でない。個別化の提喩は含まれず、また個は偶然的でもよいからである。例えばカラスが止まっている家で、カラスがその家のウパラクシャナになる(故谷沢先生がそんなことを言っていたなあ)。まあ、よく止まっている家じゃないとそんな喩えは成り立たないだろうけど。

さてウパラクシャナの訳であるが、インド哲学では「代喩」と訳されるが、レトリックの分野では「提喩」が一般的らしい。「代喩」と訳すレトリック学者や辞典もあるが少数である。「代喩」で慣れきっているが「提喩」にしたほうがよいだろうか。どっちも一般的ではないから、そのままでもいいか。

今日の勉強

user-pic
0

ムンバイ本との照合は47/60.もう終わりが見えてきた。

改めて読んでみるといろいろ面白いことが書いてあることに気付く。留学中は意味を理解するのに必死で味わう余裕がなかった。

敗北の場合の説明により、インド中世のディベートでは、会衆が一定の役割を果たしている。対立する2人の論者の意見を聞いて、どちらが勝ちかを判定するのだが、騒然となったり凝視したりして発言者を戸惑わせることもあるし、不注意で聞き逃したり、物分りが悪かったり、誤解したりすることもある。でも全会一致か概ねか分からないが、一部の会衆が分からなくてもかまわないとされる。会衆が望むならば、余分な論証も行ってよいし、逆に望まないならばだらだら喋ってはいけない。会衆が議論の理解度の基準になる。審判も人間ということ。

相手の過失をきちんと指摘しないと、「去勢者のカップルのように」真実も勝敗も得られないとか、ドラヴィダ人とアーリア人が議論しているときにドラヴィダ人が現地語をしゃべったら負けとか。

ムンバイ本が終わったら手付かずだったマラヤラム写本を見るつもりだが、読めるかどうか。

今日の勉強

user-pic
0

日記に書いていないけどコツコツ毎日やっております。ムンバイ本との照合は27/60.1ページ15分くらいで終わるようになった。

見覚えのあるスートラが出てきた。修士論文で触れたものだった。久しぶりに取り出してみると、不十分な先行研究リストや不正確な翻訳に指導教官の書き込みがびっしり入っている。博士論文はこれ以上のものを書かないと。

NS2-1-3,NS2-1-4,NS2-2-31はヴァーサルヴァジュニャとウダヤナの両方が引用しているが、ヴァーサルヴァジュニャはそれぞれ確信による対等(saMpratisama)、確定による対等(vyavasteApattisama)、不異による対等(ananyasama)と名づけ、NSで説かれる24種の詭弁が例示に過ぎないとする一方で、ウダヤナはこれらを全て非知覚による対等(anupalabdhisama)の仲間に入れて、24種の枠組みを守る。カシミールとカーシーの伝統の違いか。

そのほか本のレビューで大蔵経データベースの『大毘婆沙論』を調べたり、日記で『法華経』を読んだり。こういうときはWikipediaより『仏典解題事典』などが役立つ。

これからお買い物。明日は一泊で研修会。葬式やら体調不良やらで欠席者続出中だが、踊りはうまくいくだろうか。

パーリ文法学

user-pic
0

インド留学中にサンスクリット文法学を教わっていたマヘーシュ・デオカール先生が来日し、東大で講演会を開かれるというので聴きに行ってきた。副貫首の選挙の仕事が終わってすぐ長井線に飛び乗り、夕方には東大へ。

上野から東大構内行きのバスに乗り、第二食堂前で降りる。生協書籍部に立ち寄り、哲学と宗教学のコーナーで立ち読み。そして法文二号館まで歩く―いつものコースだが、久しぶりで懐かしい。

マヘーシュさんは、全盲の天才文法学者である。パーニニという紀元前の文法学者が作った4000近いサンスクリット文法の規則を暗記しており、しかも専門はパーリ文法学。現在、プネー大学のパーリ学部長を務めており、サンスクリット学部を上回る100人以上の学生を受け持っている。実は私より3つしか年上でないことを今回知った。

私がインドに留学した折、先に留学していたIさんの紹介で授業に出席した。カーラカという、サンスクリット語に七つある格の使い分け方についての講読だった。大学はすぐ休みになるので、日本人3人で自宅に押しかけたり、逆にお招きしたりして講読を続け、ずいぶんお世話になったものである。私が最初に師事した先生が多忙でかまってもらえなかった時期は、図書館でも文法学ばかり勉強していた。

さて演習室に着くと、マヘーシュさんの子供たちがマラーティー語で騒ぎながらホワイトボードに落書きしている。私が帰国してから生まれたサンバル君はもう4歳。うちの長男と同じ年である。プロジェクターの明かりに照らされて、得意げに演説を始めたが、お母さんに抱えられ悲鳴を上げながら出て行った。長女のサユリちゃんはもう10歳で、英語もよく話す。講義を聴きに来たのは先生を含めてたったの8人。いくらマイナーな分野とはいえ勿体なさ過ぎる。

講義の内容は、非パーニニ系統のサンスクリット文法学やパーリ文法学の概要と、文法学の目的について。テクニカルで複雑なパーニニのシステムに対し、後世になって分かりやすい文法学が生まれた。カータントラ派とチャンドラ派である。術語を用いず、例外的な規定を削って規則を減らし、各章で完結し、ヴェーダ語を収録しないことで、一時はパーニニよりも人気を博した。仏典と共にミャンマーやチベットまで伝播したという。

同じ時代、パーリ文法学も生まれた。カーッチャーヤナ、サッダニーティ、モッガラーナの3系統があり、後代になるに従って改良が加えられ、サンスクリット文法学の影響も見られる。

サンスクリット文法学のもともとの目的は、バラモン教の柱であるヴェーダ聖典の理解と正しい読誦のためである。ヴェーダには祭式の次第や由来、そこで唱えるマントラが記されている。祭式を聖典通りに行い、マントラを正しく発音できなければ、バラモン教の司祭としては失格である。そのために文法学を勉強する必要があった。さらには、サンスクリット語を理解するバラモン階級の社会的アイデンティティにもなる。

しかし主流派のサンスクリット文法学はやがて、自己目的化していった。文法学を学ぶこと自体が真実を知るということであり、解脱の道であるという人が現れたのである。そこから言語自体が究極の真理であるとか、言語なしには思考もないという言語哲学も生まれる。日本の言霊信仰や、ヴィトゲンシュタインの言語哲学のようなもので、ヴェーダの文言を究極の真理とする一派と共に、インド哲学特有の思想を形成している。

これに対しパーリ文法学は、あくまで仏陀の言葉を正しく理解するための手段と位置づけられた。大事なのは言葉ではなく仏陀の意図であり、経典に説かれた内容を理解することで涅槃を目指す。非主流派のサンスクリット文法学も事情は同じである。中世からは多くの仏教書がサンスクリット語で著作されており、マスターしやすい文法書が求められたのだろう。今の日本でいうと、辻直四郎では難しすぎるので、ホンダ(ゴンダ)が使われるようなものか。

質問では、サンスクリット語がバラモンのアイデンティティになったように、パーリ語が仏教徒のアイデンティティになったということはないかを尋ねた。インド留学中、仏教を信奉する被差別部落を訪れ(仏教が一端絶滅し、東南アジアから逆輸入されたインドでは、ヒンドゥー教の階級社会からはみ出した被差別階級が仏教を信奉しているという事情がある)、仏教徒なのになぜパーリ語ではなくサンスクリット語を勉強するのかと詰め寄られたことがある。しかし中世には仏教はサンスクリット語で研究されており、サンスクリット語=バラモン教、パーリ語=仏教という単純な二分法ではないようだ。もっとも、現代ではサンスクリット語=大乗(北伝)仏教、パーリ語=上座部(南伝)仏教という相克があるのかもしれない。

講義が終わるともう20時。戻ってきたマヘーシュさんの家族と一緒にそのまま演習室でテイクアウトのインド料理を食べた。上野泊。今日は6時18分発の朝一番の新幹線で帰り、10時から写経教室である。

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうちIndiaカテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリはetcです。

次のカテゴリはWebです。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

月別 アーカイブ