山形県じまん
ー各論ー

国道458号線
山形のおもしろ博物館
Y沢KJ館高校
長井市
閉鎖社会

国道458号線

 驚くべきことに、舗装していない上に1車線の国道が山形にはあります。寒河江〜大蔵間を山を越えてムリヤリ結んだ35キロの国道458号線。
 脇は崖で恐い。揺れがひどくて時速10キロ以上出せない。たまに対向車とすれ違うときは一苦労。
 でもごくたまに2車線の舗装道路があってそういう時に限って国道の看板が立っている。冬は通行止めになるらしい。

 私はこの間、気軽に入っていってエライ目に会いました。

それでも国道なんです。

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山形県のおもしろ博物館

 
名称 所在地 内容 コメント
庄内米歴史資料館(山居倉庫) 酒田市山居町 米関係資料 「おしん」で有名になったところ。
天童市将棋資料館 天童市本町 将棋駒の歴史、作品展示 さすがですね・・・。
紅花資料館 河北町谷地 紅花関係の資料 めずらしい。
夕鶴の里語り部の館資料館 南陽市漆山 「鶴の恩返し」関係資料 ここが「鶴の恩返し」の発祥の地だそうです。
山寺秘宝館 山形市山寺 山寺の仏像、仏具 熱海秘宝館とは全然違うんですが。
釣りバカ会館 鶴岡市伊勢原 釣り関係 命名者の責任大。
アマゾン資料館(出羽庄内国際村) 鶴岡市伊勢原町 世界の民族資料 なぜ?
月山あさひ博物村 朝日村越中山 アマゾン自然館、山ぶどう研究所、文化創造館 いちばんあやしい!
 たしかに、単なる郷土歴史資料や特定の人物の遺品では集客力がないのはわかりますが、だからといって奇をてらいすぎるのもどうでしょう。でも、蓼食う虫も好き好き、好みにはまれば楽しいでしょう。

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高校の思い出

90年代は、県の教育方針のため、新学校とされる県立高校の多くでスパルタ教育が行われていました。そんなひとコマを振り返ってみます。

●文武両道
 これはどこの進学校でも言えるのでしょうが、ほとんど無理です。でも、かといって人が少ないので分業する訳でもない。そこそこに部活をやって、そこそこ勉強して、そこそこの大学に入れればよい。公立ならどこでもそうかもしれません。
 それでも悲劇はあります。テストが多いのです。英単語テスト、古典単語テスト、現代慣用語テスト、数学の復習テスト、課題テスト、模試など。追試や追追試もあります。そして部活の時間は短くなっていきます。
 入学時の学力を最大限に伸ばそうとするこのような努力のかけ方は県内でも随一でしょう。
●地域のリーダー育成
 リーダーというのはどんな集団でも10%の割合で自然に決まるという生物学の法則があるそうです。してみると、この高校の卒業生が全員リーダーになる必要はない。それどころか、なれない人は必ず出ます。たてまえではリーダーになろうとして、実際はそうでもない人は悲しいです。そういう人はしばしば「仕切り屋」といわれて嫌われます。今は封建時代ではない。実力社会の中でリーダーは自然に決まるでしょう。
 支配者の学問を学ぶということでしょうか、それとも旧態依然とした田舎の風土がそうさせるのでしょうか。鶴岡の致道館が高校になっていたら同じ道を歩んだものか、考えさせられます。
●封建主義と現代
「修身・斉家・治国・平天下」という建学の精神がありましたが、かつては封建秩序の確立をめざしたものだったのでしょう。また「謙虚に学ぶべし」という学則もありました。家柄などによる差別はさすがに顕在化しないものの、これも時代と折り合いをつけるのが難しい。先生の教えることが絶対ではないし、年功序列は能力主義などによってしばしば逆転される。現役合格した大学生が浪人してきた同級生の歳を聞いて「〜先輩」と呼び改めたり、丁寧語を使ったりするのは正しいことでしょうか。
●制服がない
 中学校に「制服がない」という噂が流れ、皆私服でいけるものだと憧れます。校則にも「質素清潔を旨とす」とあるだけらしいのですが、実際には「標準服」というのがあります。結局、どんな制服を着てきてもよいということだったのです。 お洒落をして学校に来て、生徒指導室に呼び出されている人がいました。私は制服が好きだったのでかまわないんですが。

すごい話

●応援練習
 もうなくなったらしいですが、入学後1週間にわたる応援練習はすごいものでした。全部の応援歌と応援のやり方をを1週間で覚えるためのしごき。1年生は全員毎日放課後にグランドで大声を出させられました。みんな声が枯れました。「返事はオッスだー!」「オッス!」「聞こえねー!!」「オッス!!」「聞こえねー!!!」「オッス!!!」 こうして身に付けるものが、KJ館精神だという話です。

●修学旅行がない
 修学旅行がありませんでした。理由は「大人になったらどこでも好きなところに行けるから。」修学旅行ってそういうものではないはずでしょうけれど。代わりに毎年登山がありました。夜は皆疲れて語らうどころではありません。高校時代の思い出不足の最大の原因です。
●負け犬のセリフ
 どこまで本気だったか分かりませんが、校長が高体連の壮行会で、「本校は最上川の源流にある。だから県で一番になれる」とか、 「参加することに意義があるというのは負け犬のセリフだ」とか、 すごいことを言っていました。

●弁論大会で天皇を称える
 「天皇陛下と私たち」というテーマで白手袋をして校内弁論大会にでた同級生が、優勝しました。内容は「我々は万世一系の天皇陛下を敬うべきである」というもの。まさか優勝するとは思いませんでした。

●体育館で正座
 学年集会があって、同級生がバイクを盗んで乗り回したとかで学年全員が正座。一種の連帯責任を取らされたというかたちですが、学年全部に及ぶとは・・・
●(ブチ)きれる人たち
 よくきれる人がクラスに1、2名ずついました。きれると何をしだすかわからない。たいていはきれる人同士で喧嘩していましたが、今考えると様々な重圧の息苦しさがあったんだと思います。
●どんなテスト結果も発表する
 テストをすれば必ず結果を張り出しました。こういう中で勉強の出来不出来に基づく差別感が助長されていきます。成績がよければ、えらい。悪ければ、だめ人間。学校中コンプレックスで渦巻いていました。
●トイレの張り紙
 鏡のところに「身なりを整える前に心を整えよ」と貼ってありました。なんじゃそりゃ?その脇に生徒が「身なりを整えないものはしばしば他人に失礼と思われる」と貼っていましたが。
●教室の張り紙
 受験は勝ち負けなんでしょうが、3年生になると教室の黒板の上にどこのクラスでも「必勝」とか、「日々是決戦」とか貼ってあって嫌でした。
●進路の資料
 前の年の先輩が1年から模試でどういう成績をとっていて、結局どこにうかってどこに落ちたのかが詳細に記された「進路の資料」が下学年に配られていました。一応名前は伏せてありますが、進学先からもう一目瞭然!成績を上げるためならば手段を選ばないというのが基本スタイルだったように思えます。
私自身、今でも夢に出てくることがあります。楽しいこともありましたが、受験プレッシャーと成績コンプレックスが渦巻くあの時代に二度と戻りたいとは思いません。
 進学校ならどこでもそうなんでしょうか。それとも山形だからこういう学校の存在が許されたのでしょうか。今はさすがにのようなことはないそうです。

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長井市

 人口3万人ちょっとの辛うじて市であり続ける街。でも、クリエイティブな人間がいっぱい住んでいるんです。現状に満足せずに新しいものを創り出そうとする市民性は、長年の米沢藩による支配から培われたものかもしれません。
 「ザワシュ(沢衆)」という言葉があります。上杉の城下町というプライドが高くて鼻に付く米沢の人で、長井など周辺地域は格下だといわんばかりに傲慢に振る舞う人を指すようです。このように、長井市民には今は支配されてはいるがいつか独立してやるといったような米沢に対する独特な感情があります。

この話を読んでくださるとその辺りのことがよくわかります→青巒木水居士物語

<長井市内の駅>

白兎(しろさぎ)駅[致芳地区]
長井の最北にある駅で,一番新しくできた駅でもあります.兎年には話題になりました.
羽前成田駅[致芳地区]
ボランティアの駅員さんが四季折々の美しい花を植えられ,田舎の駅のよさがあふれています.
長井駅[中央地区]
長井の中心部にある駅.メインストリートだった駅前通りはドーナツ化現象でその座を南方に譲り,さびしくなりました.
南長井駅[中央地区]
長井高校の最寄駅として朝晩は高校生でにぎわい,幾多の青春物語の舞台となっているようです.
時庭(ときにわ)駅[豊田地区]
めまいを覚えるような素敵な名前で広く知られてます.最近駅舎を建て替え,近隣住民の憩いの場としても機能しています.
今泉(いまいずみ)駅[豊田地区]
ここでJR米坂線とフラワー長井線が交差し,4方向から来た人々が行き交います.キオスクがなくなり寂しくなりました.

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閉鎖社会

 最近、山形県議会の議員さんたちが他県の議員さんと野球大会をして、それにかかったお金を公費でまかなったことから、市民オンブズマンが住民監査請求を行いました。そこで県の監査委員が調査を行い、結論を出しました。

 結論は、請求棄却。この説明を見ていきましょう。

「議会の判断が社会通念を著しく逸脱していない限り尊重すべきだ」
「こうした意義ある大会に参加することは社会通念上も妥当」

となると、この「社会通念」が問題となる訳ですが、

「社会通念とは議会の総意による」

ということは、これで上の説明を読み直すと、「議会の判断が議会の総意を著しく逸脱していない限り尊重する」となります。ところで、議会の判断と議会の総意とは結局同じものですから、「議会の判断が議会の判断である限り尊重する」となって「議会が決めたことであれば何でも尊重する」ということになりますね。これはすごい話です。
 そして、とどめはこれです。

山形は山形のやり方で監査した

完全に開き直ってます!

 もちろん、オンブズマンが納得する訳はなく住民訴訟を起こすということですが、これで監査というのは、いかにも山形が閉鎖社会であるかを物語っています。普通に考えれば、この監査委員は馬鹿なんじゃないかと思いますが、顔触れを見る限り、仕方なしにわざとしたことがわかります。この監査委員は、県議会と余計な諍いを起こすよりはこれで穏便に済ました方がよいと考えたんでしょう。

こういうことって、よくあるんでしょう。私は、むしろ感動を覚えました。監査委員の方々が愛しいです。

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