2001年3月アーカイブ

大江戸線

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昨年に全線開通した大江戸線だが、原案で「環状線」となっていたのを石原知事が訂正させたことからもわかる通り、環状に近くて環状でないことが大いに混乱させている。
先日は新宿から本郷三丁目に行こうとしてしばらく乗っていると、「大門〜大門〜」・・・ここで反対方向に乗っていることに気づいた。結局40分くらいもかかってしまう。
路線図を見ると都庁前が「環状」の起点になっている。しかし逆方向に走る電車が都庁前行きだったため混乱したのだった。
そこで今日は新宿から注意深く観察してきちんと光が丘行きに乗って「戻った」。都庁前までは徒歩でも行けるくらい近く、電車も1駅。到着すると反対側のホームに階段を昇って移動し、ちょうど来ていた電車に飛び乗った。
しばらく乗っていると、「代々木〜代々木〜」あれ?・・・何とまた逆方向に乗っていたのだった。路線図をよく見ると本郷三丁目方面に行く電車は新宿ではなく、東新宿を通っていくようになっていた。
結局国立競技場から都庁前まで引き返し、今度は正しい電車に乗ることができた。もしかしたらそのまま逆方向に乗っていってしまった方が早かったかもしれない。
山手線も昔は混乱したのだろうか。飯田橋方面とか、大門方面とか言われても、どっち向きなのかわからない。初めて乗る人には難易度がとても高いと思う。
駅に貼られた「首都移転NO!」といって親指を下に突き立てている石原知事のポスター。この文句が「鬼畜米英」でもおかしくないような雰囲気でこわい。

本歌取り?

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私の敬愛するネオせん茶氏(仮名)が久しぶりに待望のホームページを公開し始めた.ここのサイトのページとそっくりな作りだが,内容は期待通り.
http://www.sol.dti.ne.jp/~masemba/absorb.htm
氏のホームページはこれまで「ピンク色の安田講堂」「のび犬文字焼き」などの傑作で一部のファンに知られている.今後の発展を期待したい.

ばんどdeオペラ

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長井市民文化会館で吹奏楽とソプラノ・バリトンソロと合唱の演奏会。「フィガロの結婚」「こうもり」「蝶々夫人」「アイーダ」などの抜粋。楽器をさらうひまのない私はちゃっかりセカンドテノールでアイーダを歌った。最近ご詠歌三昧なので、自動的にコブシが回ってしまって困った。
県の企画・予算であったため、指揮者がなぜか山下一史氏だったり、アイーダトランペットが6本あったりして、お客様も大満足。入りも年度末の割にはえらくよかった(少し平均年齢が高いような気がしたが)。はじめ吹奏楽団に演奏を依頼されたときには無理だと思っていたが、長井高校の吹奏楽部の力と、市内音楽団体の人脈で何とかなった。
県の進め方は唐突であることが多いが、今回はそれがかえって幸いしたと言えそうだ。音楽団体間の垣根を越えて協力できたことは、大きな収穫である。田舎はとかく狭く閉鎖的になりがちだが、今後もこうしたインターサークルの活動が定期的にできれば楽しいだろうと思う。
プログラム
「フィガロの結婚」序曲
「フィガロの結婚」より「恋とはどんなものかしら」
「フィガロの結婚」より「もう飛ぶまいぞこの蝶々」
「こうもり」より「アデーレのワルツ」
「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲
「ジャンニ・スキッキ」より「私のお父様」
「椿姫」より「プロバンスの海と陸」
「蝶々夫人」より「ある晴れた日に」
「こうもり」序曲
「カルメン」より「闘牛士の歌」
「魔笛」より「パパパ・・・ゲーナ・パパゲーノ」
「アイーダ」より「大行進曲」
「サウンドオブミュージック」メドレー
アンコール「ラデツキー行進曲」
指揮:山下一史、ソプラノ:足立さつき、バリトン:久保和範
合唱:市内各合唱団、吹奏楽:長井高校吹奏楽部、置賜地区内音楽団体
司会:石尾和子

講演会

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「ここ数年間少年犯罪が増え、しかもその低年齢化がすすんでいることについて、なぜそのようなことが起こっているのか、大人はこの問題をどの様にとらえて行動していけばよいか」というテーマで講演。JAおいたま女性部(旧農協婦人部)総会にて1時間。後輩のお父さんからの依頼。
世代的には青少年に近いので、「こうするべきだ」ではなく「こうしてもらいたい」という観点で話した。甘やかされながら育てられて急に厳しい社会を目の当たりにするよりも、小さい頃から厳しさを少しずつ体験していった方がよいということで、結論は家族主義への回帰だったが、正解かどうか。
個人主義の流れの中で、対話のない空疎な人間関係に耐えきれなくなる。しかし家族の中ならばパーソナルゾーンを乗り越えて干渉することがある程度許容される。その信頼関係をどう築くか。そこに親の厳しい一面が求められる。慈父かつ厳父、慈母かつ厳母。その難しさは古今東西繰り返し説かれてきたことであり、現代においても強調されて行かなければならないだろう。

ちゃぱつ

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最近歩いていて思うことは,髪を染めていない女性の少ないこと.
10人中9人は茶髪とまで行かなくとも何らかの色がついている.
ここで大和撫子の何とかが台無しだとか,西欧文化の外見的な真似事だということを言いたいのではない.各人さまざまな理由から(「何となく」も含めて)そうしているのであって,ひと括りにして批判したところでどうしようもない.
ただ,客観的に見てこの割合の高さはあることを思いつかせる.それは,
「この色って,保護色?」
群れをなして生き延びる動物は,みんなたいてい同じ色をしている.突然変異などで違う色をしていると,天敵に狙われることになる.天敵から狙われないためには,保護色を種全体でまとうことが重要である.
人間に天敵はいないと言えるだろうか?人間は同じ種の中で分化が進み,人間に対して人間が天敵になることもあり得る.突然ナイフを持って刺してきたり,ストーカーをされたり,詐欺や新興宗教の勧誘をされたり・・・そうなってくると,人ごみに紛れてその中で目立たない工夫が必要になってくる.その結果が,この髪の色なのではないだろうか.
今,手を加えていない黒髪の女性が危ない.早急に髪を染めて集団に埋没することをお勧めする.

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