2001年6月アーカイブ

犯罪者

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「いつも自分が被害者という意識をもっていた」
「身勝手なわりには仲間とのつながりを失いたくもなかった」
先日大阪の児童殺傷事件で逮捕された容疑者のこれまでが新聞に掲載されていた。例によって子供時代からの知人が登場しコメントをしている。
コメントには「そういうことをするような人だとは思わなかった」というものと、「そういうことをしそうな人だった」の2種類があるが、今回は後者。コメントを総合して上のような2つの結論になっている。
しかし、この2つが全く該当しないという人がどれだけいることだろう?少なくとも私はドキリとするくらいこの2つが当てはまる。この性格だからこそ事件を起こしたのであり、この性格の人間はこれから一般社会から隔離しなければならないと結論されるならば、私も収容所に入らなければなるまい。いや、収容所に入らない人間の数を数えた方が早いかもしれない。そうなったら、健全な人間たちの住む区域の方が収容所と呼ばれることになるだろう。
事件が起こる度に犯人をステレオタイプで切り取り、健全な社会を装ってある種の人間を差別する。こういう論調には閉口してしまう。
犯人が悪いのはその生い立ちでも、育ってきた環境でもない。ある瞬間に犯した犯罪行為そのものである。それまでの人生との因果関係を、誰が特定できようか。
司法方としては仕方ないとしても、自分自身を顧みることなく、正義を振りかざす危険を感じた。

日記らしい日記

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 6時起床。今日は小国町で御詠歌の講習会があり、そのアシスタント(※講師は北海道からいらっしゃった先生)としていかなければならない。昨日は夜に新幹線で帰宅してから浄髪(カミソリで頭を剃る)したり、たまっていた書類を整理しているうちに1時も過ぎたので眠いはずだったが、このところあっさりと早起きできる。
 行き先は小国町でも山の奥まった所なので2時間という見立てだったが、道が空いていたので1時間で着いてしまう。8時前の会場はまだ人もまばらで手持ち無沙汰になった。あたりを散歩したりして時間をつぶす。
 講習会は9時から3時まで。開講式の手配・連絡など気を使うこまごまとした内容だったが、会場となったお寺の住職の寛容さ(?)に助けられ、また受講者50名のあたたかい協力で終始和やかであり。休憩時間にお寺の本棚で金倉円照の印度哲学史(古いので希少本)を発見し、しばし読みふけったりする余裕もあった。お昼はイワナの刺身、ワラビの一本漬が美味しかった。午後は講員さんと一緒に講習を受ける。『迎え火』の横アタリは「炎のゆらめき」なんだそうだ。『高嶺』の新曲想「おわします想いで」シールが配布される。とてもためになった(御詠歌用語ばかりですみません)。
 講習が終わると先生を宿へとお送りする。道中は1時間くらいあり、御詠歌の話から宗門の未来といったところまで発展した。しかし先生曰く「基本に忠実に。基本ができた上で自分のスタイルを作らないと我流になる。」ご詠歌に限らず銘記したいことだ。
 宿から帰宅したのは5時。近くのお寺さんがいらっしゃっていた。「講師になったらどうか」などと本気とも冗談ともとれないことをおっしゃって、お帰りになる。講師は、なれるかどうか別としてもたいへんな仕事である。
 やっと朝から来ていた衣を脱いで作務衣に着替え少しお茶を飲んで休憩していると、電話があり今日の講習会の書類を隣町まで届けることになる。急いで夕食を済ませて出発。
 書類を届けた後、7時から吹奏楽団の練習。明日は依頼演奏が入っているのだ。月に1度吹けるかどうかわからない状態ではもうぼろぼろだが、合奏は楽しい。終わった後の雑談も楽しい。団員に年明けに3人目のお子さんが産まれる予定だという話で、「市からお祝い金は出るんでしょうか」というところをつい「お見舞い金」と言ってしまう。式と言えば葬式、お包みといえばご香典を連想してしまうのは、頭の中に白黒幕が張られているせいであろうか。
 雑談などを終えて帰ると11時。掛川の和尚さんから新茶が届いていたので礼状をしたためる。風呂に入って今日の長い一日はおしまい。この日記を書いて寝よう。

 7月2日からJR埼京線に女性専用車両が試験的に導入されるという.全部ではなく午後11時から終電までの一番車内が荒れがちな下り電車11本.
 京王電鉄が先行して行った結果,アンケートで女性の8割,男性も6割が賛成したという.男性が賛成した理由は「痴漢に間違われなくなる」など.
 本当にそうなるだろうか.10両編成のうち女性専用車両は最後尾の1両であり,これ以外は全て男性専用車両なのではない.これに乗らない女性は他の車両に乗ることになる.他の車両に乗った女性は少し気味悪く思うかもしれない.「ああ,私は女性専用車両に乗っていない.やっぱり周りは男性が多い.女性専用車両じゃないから痴漢していいなんてことはないはずだけど,何となく嫌な空気を感じるわ…」男性の中にだって「あ,こいつ女性専用車両があるのにここに乗っている.触られてもいいつもりなんだろうか」と考える不埒な輩がいないとも限らない.そんな状況でどうして痴漢に間違われなくなることがあろうか.
 女性専用車両の出現によって,他の車両のモラルハザードが深刻化し,女性専用車両がノアの箱舟になるという可能性も否定できない.
 痴漢を物理的に根絶するには,男性専用車両5両,女性専用車両5両というような徹底した対策が必要である.そうなれば電車はもはや銭湯である.ホームに上がると男性は「男」と書いてあるほうへ,女性は「女」と書いてある方へ移動する.家族で乗ってもお父さんは「男」へ,お母さんは子供と「女」へ.公共の場で男女の区分が徹底されるならば,日本は神なきイスラム国家になってしまう.あるいは男を触る痴漢もいるそうなので、根絶はできないかもしれない。
 これが現実的であるとは思われない.「お互いに労りあう心がけが大切」などと小学校の学級会のようなことを言っても始まらないだろう.対策は2つ,まずJRが本数を増やすこと.これはもう無理かもしれないし,我々にはどうしようもない.そうだとしたら2つ目の対策は乗らないこと,すなわち混む電車に乗らないような生活に変えることである.痴漢に間違われないようにあれこれ気をつけていても事故は必ずある.痴漢に間違われて冤罪を晴らすために一生を棒に振るよりは,早く田舎にUターンでもして通勤に苦労しない快適な生活を送った方が確実に幸せだ.
 もはや「通勤地獄」以上になっているこの事態からの脱出,これを機に本気で考えてみてはどうだろう.

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