坐禅

ドゥルゲーシュ,敗れる

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 日本の大学で同じ学科のK君が奥さんとプネーに到着.

 もともと私のプネー行きは,彼なしになかった.オーストリア留学の計画がなかなか思うようにいかず,インド留学に路線変更をしたとき,ちょうど彼がインド留学を計画中で,これ幸いと相乗りさせてもらったのである.入学願書,ビザ,予防接種,持ち物に至るまで,怠け者の私は彼からことごとく教えてもらい,留学を決めてから半年足らずで実現できた.

 その彼がなぜ私より遅れて到着したかというと,インド政府がのろかったからである.インドに行くためには,たとえ観光旅行であっても,パスポートに加えてインド大使館が発行する入国許可証(ビザ)が必要.そのビザには観光ビザなど何種類かあり,それぞれ手続きが異なる.私は単身で渡る上に研究費は曹洞宗だったので制約がなく,短期間で発行される学生ビザ(Student
Visa)を申請していたが,彼の場合,奥さんが同行する上に研究費が国から出ているので研究ビザ(Reseach
Visa)という正式な手続きを踏まなければならなかった.

 この研究ビザというのが曲者で,申請に大量の書類が必要な上に,発行まで最低3ヶ月,6ヶ月以上もかかることになっている.申請書がインドに送られ,大学を経由してまた日本に戻ってくるという.その途中で書類の不備があればやり直し.そんな気の遠くなるような手続きをしていれば,予定も全く立てられない.K君の場合は,あまりの遅さに教授と大使館にかけあい,結局発行されたのが学生ビザだったという虚しさ.しかし研究ビザを待っていたら年明けだったかもしれないことを考えると,正解だったかもしれない.この研究ビザに泣いた研究者は,枚挙に暇がない.

キャロムが上手いドゥルゲーシュ、ビジネスの電話をしながら そのような訳でやっと着くことができたK君と奥さんはまず大学近くのホテル・ピチョーラというところに泊まって家探しを始めた.家探しといえばこの人,ドゥルゲーシュの登場である.K君が来る前から連絡を取り,よいフラットがあるという情報を得た.私も住んでいるアウンドという街は大学から近い上に空気があまり汚れておらず,お店も揃っている.ここをテリトリーにしているドゥルゲーシュなら,私の場合と同じようにすぐにいい物件を見つけてきてくれるだろうと思われた.ドゥルゲーシュは大張り切り.いつにも増してテンションが高くなっていた.

 しかし,ことはうまく運ばない.今回は街の中心部にいい物件が見つからなかったのだ.3日間,合計10件以上見て回ったがどれもこれも街外ればかり.街外れは買い物などの移動が大変なだけでなく,スラム街を通っていかなければならず,女性にはきつい.いいところが見つかってもすでに成約済みだったり,まだ人が住んでいたり,オーナーが売るつもりだったりと,なかなかうまくいかない.ドゥルゲーシュは「ここは中心から決して遠くない!」「今住んでいる奴らはすぐ追い出すから,そこに入ればいい!」とかかなり苦しいことを言っていて持ち駒の少なさが見て取れた.かさんでいく宿代に次第に憔悴していくK夫妻と,紹介するもの紹介するもの断られて不機嫌になるドゥルゲーシュ.

 このままでは拉致があきそうにないと思い,日本人会の連絡網を活用させてもらう.ここで小島さんが会社で契約している不動産屋を紹介して下さった.K君が電話をすると場所や予算などの条件を聞かれ,早速翌日に下見.そこからは今までは何だったんだというくらいあっという間に話が進み,K夫妻はプネー到着4日目にしてとてもよいフラットを見つけることができた.K君の話では下見は全て車で回ってもらい(ドゥルゲーシュは徒歩か自腹リキシャー),決まったフラットは家具つきで,しかもクッションなどを交換してもらえるという.ホテルから荷物を運んでくれたり,支払いは銀行員が同席してドルで払えたりと,至れり尽くせり.

 慌てたのはドゥルゲーシュ.K君が別の人の紹介で決めたと知ると,烈火の如く怒ったという.K君としては,3日間もいろいろな物件を見せてもらって土地勘や相場などを勉強できたし,お礼に結構な額の謝礼を渡すつもりだったが,ドゥルゲーシュが怒っていて受け取るまでも大変だったそうだ.彼はまだ21歳.良くも悪くも若い.

 その後しばらくして私のところに電話があった.前もって一部始終を聞いていたので,ドゥルゲーシュが私に愚痴を言うようならば,顧客を満足させられなかったドゥゲーシュの非を説くつもりだったが,予想に反してドゥルゲーシュは落ち込んでいた.力ない声で,「彼らが別の人からフラットを決めた…」と繰り返すだけ.しかもちょっと泣いているようだ.「落ち込まないで,次があるさ,ポジティブにいこうよ」と慰めてこういう時にいい子ぶる私はずる賢いと思う.

 今回の宿探しの間にドゥルゲーシュから聞いた話では,彼の父親は警察官で,10才年下の母親がドゥルゲーシュを産んだのは彼女が15才のとき.21才のドゥルゲーシュのお母さんは今36才なのだ.父親は州内の遠いところに勤務しており,絶大な権力とお金を持っている彼に対してドゥルゲーシュは反抗期を迎えている.その反抗心が大学の勉強とビジネスに彼を駆り立てているようだった.不動産業をしながら大学で経営学を学び,MBA(経営学修士)を取るのが目標.いい加減なインド人が多い中,彼の真面目さはひときわ光っている.経験がまだまだ浅いのは仕方ないことだが,経験を積むことで彼の理想を失わないでほしいと思った.私も,彼を見ていると元気が出る.がんばれ,ドゥルゲーシュ!

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このページは、おの2003年11月 8日 00:00に書いたブログ記事です。

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