2004年5月アーカイブ

喉もと過ぎれば

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2泊したホテル「レッド・キャッスル」(カロル・バグ)
税込4,500円と高いが冷房完備。
レッドキャッスル

一時帰国は結局1ヶ月以上となった。

 もとは5月の連休に法事を務めるために10日程度いるつもりだった。インドにはもちろん連休はない。あまりサボるのも考えものと、休みを最小限に抑えた。ところが、ジャー教授は5月が忙しく、6月から授業を再開するというので日本滞在を2週間延長。授業もないのに連日40度を超える5月のインドにいる理由はなかった。

 というわけで5月下旬にインドに戻り2週間ほどカシミール地方で調査をする予定だったが、大学にいったときに僧侶作家の玄侑宗久氏が大学祭で講演するという情報を得る。このごろ氏の本を読むことが多く、ちょうどその情報を聞いたときにも鞄に『釈迦に説法』(新潮新書)が入っていた。そこでさらに日本滞在を5日延長。インドで買った航空券は3ヶ月のオープンチケットで、日程は自由に変更できる。

 デリーに着いて、これだけ伸ばし伸ばしにしてきてよかったと思った。日本で「インドは暑いですか?」と訊かれて「40度以上です」とよく答えていたが、日本にいると40度以上というのがどういうものか感覚が薄れてくる。デリーは相変わらず40度以上の日が続いていた。私が日本で涼しい(山形は霜が降ったほどで、寒いというべきか)思いをしている間、こちらはずっとずっと毎日、この暑さだったのかと思うと、ここに生きている人の凄さを実感する。要するにお風呂に頭のてっぺんまで潜っているようなものだ。

 ちなみにデリーの空港で人が集まっていると思ったら、現在のインド映画俳優No.1と言われるシャールク・カーンがそこにいた。それでウハウハして会う人会う人に「シャールク・カーンを見た」と言って回るのは、我ながらミーハーだ。

 ところで今回はデリーからインド北部のカシミール地方に行く予定でいた。地上の楽園と謳われたカシミールの州都シュリナガルは、古来より文化の交流地点として栄えてきた。イスラム教徒が多かったにもかかわらずインド領になったことで、印パ関係の火種としてテロなども相次ぎ、現在も外務省退避勧告地域となっている。だがシュリナガルに住むタヒルさんという知人から、安全だからぜひ来なさいと何度も誘われ、またサンスクリット写本があるらしいという情報も得て行くことに決めた。

 しかし、そういう物騒なところだから行くインド人も少ないだろうというのは間違いだった。デリーに着いた日に翌日の航空券を予約しようとしたら満席、片道24時間かかるというバスすら満席である。鉄道でジャンムというところまで行き、そこからバスという案も鉄道が1ヶ月以上満席だというので断念。それほど、世界中の人がシュリナガルを目指しているのだった。さすが地上の楽園。

 結局翌々日の航空券を抑えることができ、デリーに2泊することになった。政府公認の観光案内所なのに、取りにくい航空券だからと裏金2,000ルピー(5,000円)を請求。どうもダフ屋みたいな旅行代理店があるらしい。値段交渉して、いくらかまけてもらったが、ぼられた感は拭えない(というよりも本当にぼられた)。ちなみに飛行機なら1時間ちょっと、つまり前の日に出発したバスに追いついてしまう。いかに山がちの地形であるかがわかる。

 デリーに滞在するといっても暑さで観光などする気も起きない。映画館で涼もうと思ったら、ちょうど新作「ハム・トゥム」の封切で夜の回まで売り切れ。どこまで行っても、人の多い国であることを今更思い出す。仕方がないので近くのレストランで時間をつぶして、ホテルに早めに戻った。デリーは生き馬の目を抜く街、暑さで交渉能力が衰えると、たちまちぼられる、ぼられまくる。

宗教と世俗

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禅寺で名前あげ張り紙「信仰心逆手に脅迫」
http://mytown.asahi.com/yamagata/news02.asp?kiji=5190
既成宗教の俗化は日本に限らない現象のようだが、社会と齟齬をきたした場合、結局裁判所だのみになるのは情けない。その宗派の中での自浄作用というものは期待できないのだろうか。
仏教の組織には基本的に強い年功序列がある。これは教団の中で余計な権力争いがないようにするため必要なものであるが、ある程度年を取った人(特に「長」がつくような人)が何かの弾みで暴走するようなことがあると、なかなかそれを止めることができない。その人よりも年上の僧侶がいないからである。
曹洞宗の場合、トラブル解決のためのさまざまな機関がある。地裁から最高裁のように、解決しにくい問題は上位機関に上げられていくことになっている。今回の事件が曹洞宗であれば(記事には禅寺としか書かれていない)どこまでそれらの機関が動くのか、注目される。
こういった事件に、私のように離れている者も無関係ではいられない。ひとりの僧侶の悪評判はたちまち広い範囲の僧侶に波及する。僧侶は一蓮托生の集団、我が身のこととして考えておきたい。

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