2005年11月アーカイブ

田舎のお寺でも、首都圏にいる檀家さんが少なからずいる。さらに、子どもたちが首都圏に住み田舎には年寄り夫婦だけという世帯は数え切れないほどだ。そしてその数は今後どんどん増加していくだろう。核家族化は、首都圏だけの問題ではない。

本書は今の50代、60代が介護や葬儀、法事などを子どもに頼りたくない事情を社会学的に考察し、実際に頼らないようにするためにはどのような方法があるかを具体的に提示している。子どもに頼りたくないのは信用していないからではない。子どものことを思えばこそ迷惑をかけたくないのだ。

今、「家」という共同体が急速に崩れ夫婦単位、個人単位になってきているのは紛れもない事実である。そうなれば継承者のいない仏壇やお墓はどうなるのか、葬儀はどうなるのか。寺院はそうした社会情勢や需要に応え切れず、高いお布施で不信感を集めるばかり。

私は住職を務めている者であるが、これまで葬儀や先祖供養を支えてきた団塊の世代がまもなく見送られる側となるのに見送る者がいなくなってきた現在、寺院としてもう手をこまねいてはいられないところまで来ている、すぐにでも何か手を打たないといけないと手遅れになるのだと思わせられた。

樹木葬、桜葬、散骨、墓の引越し、遺骨の手元供養などの具体的な手順や連絡先が掲載されている。死後の自分の身の処し方を考える上で一読しておくとよいだろう。

禅宗では般若心経よりも頻繁に読んでいるのではないかという陀羅尼、大悲呪(だいひしゅ)。なぜ禅宗なのに真言?意味は?効能は?という疑問に答える書。

効能は地獄に落ちないで浄土に往生できること、悪い死に方をしないこと、現世の利益、罪業の消却などに加えて「女性が男性に転身できる」というのが時代を感じさせる(女性はいったん男性に生まれ変わってからでないとい成仏できないという、いわゆる変成男子説)。

用法は結界を作ってから唱えることとされている。結界をつくるためにもう大悲呪を21回読まないといけないらしい。

そして具体的な目的にしたがって読む回数が変わる。子どもが病気のときや心臓発作のとき、やけどや腹痛のときなどは21回だが、夫婦仲が悪いときは1008回も唱えないといけないという。

今朝1回読むのにどれぐらいかかるか測ってみると、約2分だった。つまり21回唱えるのに42分、1008回唱えるのに(休憩なしで)34時間もかかることになる。

実際には繰り返し読むことのない大悲呪だが、お正月にでも21回ぐらい読んでみようかな。何か起こるかもしれない。

このアーカイブについて

このページには、2005年11月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2005年9月です。

次のアーカイブは2005年12月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

アーカイブ

リンク用バナー