2006年5月アーカイブ

総代会/披露宴

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午前中は教区の総代会(各寺院の代表者会議)、午後からは友人の結婚披露宴に出席。
ここ2年、総代会は教区長と総代会長の公開討論会のようになっていた。総代会長が「近頃は葬式仏教と揶揄されており……」と言えば教区長は「葬式仏教で何が悪い!」と憤慨し、気がつけば1時間、足イタイ。
今日もそんなやり取りを覚悟していったが、総代会長が今日こそは決着をつけようと時間を長く取ったのを事前に察知したのかどうか、教区長は開会式が終わると会議に参加せず帰っていった。
それはそれで拍子抜けである。総代会長は今期で交替し、次期会長はマイルドな方なので、もう当分このようなドンパチは見られないだろう。ちょっと寂しい気もする。
ちなみに今回、総代会長が話し合いたかったテーマは「会葬者に配るため、葬儀が終わる前に花輪を崩すことの是非」だったらしい。マイナーだな〜。例えば会葬者が読まれるお経の意味を分からないのは仏教離れにつながるのではないかとかいう問題の方が、ずっと大事だと思うが。
というわけで会議はあっさり終わって、人権学習ビデオを見てから昼食。でも乾杯して20分でお開きって、どうよ? しかも真っ先に帰るのは、お坊さんのほうである。檀信徒に寄り添い、その声を聞くことの重要性が叫ばれている中、上からあーだこーだ言うだけで総代に対してこんな態度をとるのでは、そのうち檀家さんみんなからそっぽを向かれるのではないか。檀信徒は、仏の如く敬うべし。
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午後からの披露宴は、余興を頼まれていた。誰かと一緒なら打ち合わせをして「アルゴリズム体操」でもやろうかと思っていたが、独りでやってくれとのこと。ネットを調べているうちヨン様スピーチ(http://plaza.rakuten.co.jp/yxesagan/diary/200601200000/)を見つけたので、これをやることにした。
それから1週間、ハングル語を必死で覚える。「ハムケヒンモリセンギルプディサイチョケ!」前日は、米沢のヒッポファミリークラブに行って綿密な予行練習をさせてもらった。当日もずっとブツブツ……外面は平静を装っていたが、食事も味わう余裕がない。
他の余興がマイク一本やカラオケしか使っていないのに対し、こちらは冬のソナタのBGM、マスク、バラの花、そして司会の「通訳」、さらにスポットライトまで当ててもらって使えるものを全部使っただけに、話に夢中になっている人も注目してくれた。目立ちたがり屋ではないつもりだが、人前でやる芸には小学校のころから気合を入れる癖がある。
余興が終わると、まもなくお開きになる。恒例の新婦が涙ながらに読むお父さんへの手紙。そこでふと、自分がお父さんの立場になって聞いているのに気づく。「いつの日か私も娘からこんな手紙を読んでもらう日が来るのだろうか?」と思うと目頭が熱くなってしまった。数年前、自分を新郎の立場に重ね合わせて「私ならこの奥さんはどうか?」などと品定めしていたのとは大違いだ。
二次会は出席せず、新幹線でつくばに直帰。19日以来、8日ぶりとなる。もう子どもの顔が思い出せなくないぐらいだ。さあどんな寝顔で寝ているだろうか。

たとえ話=アナロジーを使ってものの関係を明らかにするという方法。この本自体にアナロジーが多用されており、分かりやす過ぎてうんざりするくらい、分かりやすい。

因果関係から無関係まで10列挙されたアナロジーの頻出パターンは実用的。じゃんけん関係「ニワトリと卵」は、相互依存や循環論法として、議論をチェックするポイントになる。

たとえに使うものは、「題材がよく知られていて、わかりやすい」ものでなければならない。帰納法であれ演繹法であれ論理的にはどんな実例でもよいことになるが、ここであくまで聞く人に合わせて実例を選ぶということが重要なポイントになっている。

聞く人に合わせてといっても、「アナロジーに自分たちが登場する場合」は避けたほうがよい。喩えに使われていない要素を捉えて反論されると、伝えたいことが伝わらなくなってしまうからだ(これは、議論で反論者が意図的に使う方法でもある)。

「データよりも、その評価(意味づけ)が大切」という点は、ものを書くときにも注意したいと思った。「だから何?」と言われないように。

話のうまい人は、たとえ話に感心する。いざ自分で考えてみると陳腐だったり、意味不明だったり、不自然だったりしてなかなかピッタリ来ない。著者が「10考えておいて2使う」というように、関心のある問題については常日頃から考えておくことが大切だと思った。

寺院会・級階査定

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夕方から教区8名のお坊さんたちで寺院会。
集金、今年の日程確認(遅すぎ)、懇親という流れだ。17時に始まって、19時過ぎに終わるという驚異の早さだが、病み上がりの方が揃っているので仕方あるまい。去年は救急車を1回呼んだ私だって、いつの日かもっと(期待してどうする)。
酒を飲んでいたのは半数。病気とか運転とか理由はあるが、不飲酒戒が徹底されてきたようだ。私もお茶でお茶を濁した。
話題はというと、曹洞宗宗制(規約みたいなもの)の矛盾点と全く官僚的な本庁職員とか、週刊誌を賑わせた元宗務総長の死とか、作務衣がスーツよりフォーマルじゃないのはおかしいとか、坊主頭に似合う洋服はないとか、麻雀研修をしようとか、でもお葬式の後に将棋を打つのはやめろとか(昔やっていたらしい)。
雑多な話には違いないが、ちょっと前は携帯の話とか車の話だったので、少しは付いていけるようになった。
曹洞宗では現在、級階査定というのをやっている。お寺が宗門などに毎年支払う費用は、そのお寺の規模によって点数化され、それをもとに計算される。うちのお寺で年に21万円。この点数が何年かに1度見直されるというわけだ。
基本的には檀信徒数だが、今回はお寺の土地も調査されており、登記謄本や国土調査結果表の提出をしなければならない。そのため法務局や市役所通いの日々。
都会のお寺さんが、広大な境内地をすごい金額で売ったり貸したりしているためにこういう調査をするようだが、田舎の土地は二束三文。何でこんな調査に付き合わなくてはならないのかと思う。

葬祭業と寺院

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何年か前のこと、お葬式でやってきた葬儀屋さんが高校の同じクラスのT君だった。それ以来何度か顔を合わせるけれども会う場所が会う場所なので世間話をしているわけにもいかず。今日は思い立って電話をして、仕事帰りに遊びに来てもらった。
同じクラスといっても部活も違い、それほど親しかったわけではないが、同級生というのは垣根が低い。君付け、ため口で話せる人は貴重だ。
私が日ごろ葬祭業について思っていること、場を仕切りすぎたり場違いなアナウンスをしたりする不自然さ(http://www.tgiw.info/weblog/2005/09/post_139.htmlで書いたようなこと)を遠慮なく指摘。担当が若くて場数が少ないとどうしてもそうなるらしい。
それから寺院側への要望を聞いてみると、司会との打ち合わせで「いつも通りに」なんて言っておきながら開式してから思いつきで変更するのはやめてほしいと(特に喪主挨拶のタイミングを変えられると喪主が大混乱する)。曹洞宗は次第を差定(さじょう)と言って重んじるので、滅多な変更をしないが、真言宗は多いとのこと。
そこから常に打ち合わせておかなければならないこととして会葬者が多いときの焼香のスムーズな進行、弔辞・弔電が多いときの省略方法、閉式後の食事にお寺さんが参加するかどうか、供え物の準備や位置など。
形式的なところばかりを追っているようにも見えるが、円滑な進行があるからこそ遺族が安心でき、感情移入もできるのだと思う。こうしたよいお葬式は葬儀社と寺院が協力してはじめてなしうるものだと思った。
それから下世話だがお布施の相場の話。もっともT君は聞かれても「お寺様によって違いますから、直接ご住職に聞いてください」と言っているそうだ。きちんとお寺を立ててくれているのは嬉しい(でも聞くと怒るお寺さんもいるので、その場合だけ相場を話すとのこと。葬儀屋さんは何でもケースバイケース)。
その話の流れで、ここだけの話の愚痴モード。T君も、家に帰ればお寺の檀家さん。昨年お父さんが亡くなって喪主を務めたときのいろいろ。
「お宅ぐらいですとこのランク以上で」などと高額なプランを勧める葬祭業者がほんとにいるのか知らないが、導師入場でドライアイスを流したりするなど(演歌歌手じゃないんだから)、サービスがエスカレートして常識外れになるケースは聞く。その点、家に帰れば普通の(=信心に厚い、しかしバブリーな葬式は所望しない)お客様と同じ立場になるT君には葬儀業者として信頼がもてた。私も、一般の人の視点は忘れないようにしたい。
最後に迷信の話。山形県置賜地方ではシダミ(死後四日目の葬儀)を避けるところがあるが、これはどうやら置賜(の一部)限定らしい。小国町では代わってツカビ(「塚(墓)」にかけて二日、五日、二十日に葬儀をしない)というのがあるそうだ。これに友引が加わるから、初七日近くまで葬儀ができなかったりする。
やめてほしいと言いながら、T君の勤め先の電話番号下4桁は4444、別の葬儀社は4242(笑)。誰も取らない電話番号だから、取りやすいのだそうだ。確かに!
もうひとつ、迷信というか少なくとも仏教の教義からは完全に外れている清め塩は、お寺さんが入れるなというので入れないと葬儀社にクレームが来る(当たり前か)。葬儀社に入れるなという前に、要らないことを皆によく説明してほしいという。ごもっとも。
今度はほかの同級生も交えて米沢で飲もうという話に。高校を卒業して14年、あの頃が懐かしくなってきた。

私が山形にいる=お寺の仕事があるなのだが、今回は母が旅行に行っていて留守番を仰せつかり、山形にいてお寺の仕事がないという珍しい日曜を送った。いつもは母頼みの祖母も心なしか張り切っている。
メインはつくばにいるときと同じく、炊事である。朝に作る仏様のお膳と朝食は精進料理。味噌汁にだしの素も入れない。昼食は麺類や余ったご飯でチャーハン。夕食は魚を焼いたり。つくばでは、メニューに合わせて食料を買ってくることができるが、山形では食料(ほとんど頂き物)に合わせてメニューを考えなければならない。
今日は冷凍イクラを解凍し過ぎてホッカホカにしてしまい失敗。
午後からは花に水をやった後、境内で筍掘り。昨日雨だったので、「雨後の筍」でいたるところニョキニョキ。25本掘ったら汗だく。シャワーを浴びて剃髪してから総代さんなど5件に5本ずつ配ってきた。
その帰りに市立図書館へ本探し。福田恆存が目当てだったが、はたしてなく、語学や宗教の棚をちらちら見て帰ってきた。
図書館の前ではちょうど「つつじ祭り」をやっていて、何人か知り合いに会う。暖かくて人出はよかったが、つつじの方はまだ七分ほどといったところか。
帰宅後久しぶりにテレビ。大相撲千秋楽で応援に来ていた白鵬のお父さんのほりの深い面構えや、歌丸師匠が司会になって楽屋ネタが面白くなった笑点を見る。つくばにはテレビがないので、もの珍しい。

高畠町で開かれた住職の研修会に参加。
曹洞宗では、55歳未満の僧侶は毎年研修を受講する義務が課されている。これを3年間怠ると資格を剥奪される、という訳ではないけれども、本庁の教学部長に報告されることになっている。お寺への信頼が低下しつつある昨今、僧侶も意識改革と資質向上が求められている。
15:00〜20:00まで行われた研修は、前半が人権学習、後半がお経(『遺教経』)の勉強という構成だった。
曹洞宗の人権学習は、1979年に世界宗教者会議に参加した宗務総長(当時)が「日本に部落差別はない」と発言し、糾弾されたことから反省の意味で始められたものだが、25年経った今では慈悲・同事などの仏教的根拠も整い、さまざまな社会差別の解消に向けて自発的に活動するに至っている。
今回の研修は、自分の中にある差別の根(偏見・迷信・固定観念)を常にチェックし、思考停止せずにたえず自ら考え行動していこうというもの。被差別部落は関西だけでなく、山形にもある。また山形には旧庄屋の家が旧小作人の家を見下したりする家柄差別や、標準語しかしゃべれないといじめられるという標準語差別も残る。どこか遠くで起こっている事件として眺めるのではなくて常のこと、自分のこととして考え、全ての人の幸せを願う僧侶として生きていこうというわけだ。
質疑応答では、戒名に種類があるのは差別なのか尋ねてみた。「差別戒名(被差別部落の人に、焼印になるようなひどい戒名を付けたこと)」は解消に向けて全国的な取り組みがなされているが、戒名の種類はそのままになっている。
A家は院号、B家は居士号、C家は信士号というように違う種類の戒名を付けることはたいていの寺院でなされている。これが家柄や経済力を示す指標とみなされ、一種のランク付けとして世間が考えていることに私はいつも違和感を感じていた。同じ仏弟子なのに、どうして等しくできないんだろうかと。
戒名料、もしくはそういう性格のお布施を、うちのお寺では頂いていないので戒名によってお布施の額が変わることはない。原則としてその家の先祖に合わせた種類の戒名を授与している。
しかしそれでも、年会費として頂いている「護持会費」や大工事の寄付金についてはうちの寺でもだいぶ差がある。中には、由緒ある家で院号をもっているが老夫婦しかおらず、そういった負担が苦しいという声も聞き、不公平だなあと思っていた。
これに対する回答は、戒名の種類は家柄ということではなく、その家その家の代々の信心の積み上げによって作られている以上、そういった伝統の堆積を軽々しく崩すことはできないだろうということだった。
言われてみればお布施の額というのは他の家と比べて多い少ないという相対的なものではなく、各家に伝わる家の教えを当主が受け止め、できれば継承しようとするところから出てくる絶対的なものだ。各家の長い長い貢献の蓄積に対して寺院側が恩に報いる手段としては、それ相応の戒名で誠心誠意弔うということになるだろう。
実は同じことが、先日総代と話をしていたときに出ていた。彼らにとってほかの家と比べてどうかというのは、あまり問題ではない。自分の親たちである先祖にならってお寺を支えているだけだと。
僧侶にとっても、信者にとっても、戒名やお布施は自他を比べるところから差別は始まるのだから、比べようとしなければ違いは違いとして共存できるのではないか。まだまだ微妙な問題は残っているが、ひとまずそのように考えを改めた。
これと平行して生前戒名で信頼回復をはかってはどうかという提案が講師からなされたが、それはとても気に入った。帰依式・入信式を行い、在家得度として参加者に4文字の戒名を与える。世間では戒名の立派さを文字数でカウントしているらしいから、ひとまず全員4文字とすれば余計な悩みをもつ心配もない。
生前戒名を頂いた檀家さんは、その戒名を胸に仏の教えを日常生活に生かし、お寺でさらに学ぶ。信士だの居士だの院号だのは、その方が亡くなってから送り名として与えればよい。これはぜひ実現したいアイデアだと思った。今度の役員会でそれとなく言ってみて、反応を見てみよう。

基本的に文藝評論家入門だが、評論一般に通じることもある。それは数多く素材にあたること、周辺の知識を増やすこと、論理的であること、そして書いた文章を活字にしてもらう努力を続けることなど。

評論と論文の違いを明らかにして、論証の緻密さと閃きの鋭さのほどよい配合を説き、有名な評論を実際に評論してよい評論と悪い評論を提示する。続いてより実際的な出版の話に至り、最後に評論がダメならエッセイをと薦める。

「基本的な事柄とよくある過ち」で指摘される過度の一般化と定義の恣意性、そして「論争の愉しみと苦しみ」で著者自らの体験や文壇の実例から書かれた論争の条件などが興味を引く。

「論争というのは両者が何らかの前提を共有していなければ成り立たない」「批判に応答せずに自説を繰り返すのは、ルール違反である」というくだりは、私の専門であるインドの論争術において「他説承認」と「無駄な繰り返し」にある面において対応しており、ヒントを得た。

ところどころ大学研究室の内輪ネタや自分史、なかなかお金にならなかったり悪口を書かれたりしたことの愚痴などが書いてあって、テーマを逸脱しているしあまりためにならないように感じるが、読んでいて面白かったのでまあよし。

評論家になるには寸暇を惜しんで読書せよと書いてあるが、本書に引用・言及される膨大で多岐にわたる書物の列挙は、ちょっとした文学史の相を見せている。

必読とされながら読んでいない本・著者の多さに愕然。それゆえに、実例を見ても共感どころか理解できなかったところが多かったのが恥ずかしい。せめてレトリック学でもよく引用される福田恆存ぐらいは何か読んでおきたい。

娘を看病

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連休中は家族で山形にいたが、連日の法事と接客・会合、その合間の家族サービスがぎっしりとつまり、メールやミクシィは開いて5分ぐらい読むのが精一杯。
ゲーム会は根性で1回、自宅の小屋にて開催したが「フレッシュミート」プレイ中に訃報。葬儀のために滞在延長となり、先に赤ちゃんを連れて帰った妻とつくばで会えたのは火曜の夜遅くだった。
妻が2人を連れてつくばに行くのは辛かろうと、娘も滞在が伸びた。日頃「お母さん!お母さん!」とキイキイ声を上げている娘だが、母がいなければ父に甘え、父もいなければ祖母に甘える柔軟性はまだ赤ちゃんの部類に入るのかもしれない。
月曜日は葬儀の準備を午前中で済ませた。かわいい絵を描いている子どもと向かい合わせになって位牌を書いている私という構図。
午後からは牛を見たいという娘を眺山牧場に連れて行き、道の駅でソフトクリームをご馳走した。ソフトクリームをなめる子どものそばで溶けたアイスをタオルでふき取る作務衣姿のお坊さんという構図。
葬儀が終わって火曜の夕方から、フラワー長井線、山形新幹線、高速バスを乗り継ぎ5時間かけてつくばに移動。娘との2人旅は初めてではないが、のんびりはできない。
食べかけの弁当を娘が蹴飛ばして全部床にこぼしてしまい、厳しく叱責していると、娘の泣き声に耐えかねた後ろの人が「何とかなりませんか?」私は叱った顔のままで振り向いたものだから、「すみません」と返したけれどもヤクザみたいになってしまった。バンダナをかぶっていたのがせめてもの幸い。
そして2人ともほとんど眠る間もないまま、つくば着。娘はちょっと熱っぽい。朝起きてみると38度だったのでそのまま医者に行き、楽しみにしていた秋葉原水曜日の会は参加できなくなった。
私がつくばにいるということはお寺の仕事がないことを意味するが、医者に行ったり、買い物をしたり、料理を作ったりしていると時間はあっという間に過ぎる。気を抜いている暇がない。昨日は妻まで頭痛で早退してきて、娘と2人で寝ていた。
そして今日も、娘の熱は下がらず私が家で看病している。連休中は次から次へとお客様がやって来て疲れたのだろう。体調が心配なことは心配だが、額に冷たいおしぼりを当てたり、食べたい料理を作ったり、本を読んであげたりしながら娘に向かい合っていると妙に気持ちが落ち着くような気がした。

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