『四国巡礼葛藤記―駆け出し僧侶が歩いた四国八十八カ所』

東大印哲の博士課程を終えて、福井の永平寺と宝慶寺で修行した著者が思い立って30そこそこでお遍路さんに出る。托鉢で道中費をまかない、野宿をしながら2ヶ月弱、1100キロを歩き通した記録。
著者は柔道の有段者でもあるので体力的には問題はないはずだが、自動車専用道路に入ってしまって警察に通報されたり、アベックがたむろする公園で眠れぬ夜を送ったり、道に迷って雨の崖を登ったりと、一寸先は闇の冒険譚になっており、淡々と書かれているのに読んでいてハラハラ、1日の日記が終わるたびにホッとするほど。
道中で考えたことが随所に挿入されているが、それがいちいち深い。仏教とは何か、禅とは何か、修行とは何か、真理とは何か……。特に僧侶が衆生をどうやって救えるのかという問題は、道中通して葛藤していたことであり、何度読んでも唸らせられる。
その他、禅宗で重んじられる坐禅と法要の法式はどう結び付けられるのかということや、現世利益の意義、菜食主義や不飲酒の是非など、僧侶として避けて通れない問題にも、真正面から取り上げていて傾聴に値するものばかり。
何よりも禅語がぽんぽんと出てきて、それを自分のこととして咀嚼していくのがすごい。訳が分からないまま引用して何となくありがたかっているなどということはなく、分かりやすい言葉で説いているのはただならぬ才能である。咀嚼するだけでなく、「葛藤記」という言葉が表す通り、大学の研究室や寺院の僧堂で培われた理念に自分の姿を重ね合わせようと努力し、それができずに慙愧するという繰り返しは、無骨なほどに真面目で頭が下がる。
貴重な歩き遍路のガイドブックとして(?)だけでなく、冒険小説としても、現代僧侶論としても面白く、示唆に富んだ本である。 私も「区切り打ち」でもいいから行ってみたくなった。

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