2008年5月アーカイブ

三低

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今日は保育所に早お迎えで長男を耳鼻科に連れて行き、長女にはしかの予防接種を受けさせ、町内会費を郵便局から振り込んで、2人を本屋で立ち読みさせてから妻をお迎え。帰宅したら手早く作り置きの料理を温めて出す。長男を風呂に入れて今に至る。用事が土日前に終わったので気持ちいい。

三低が今、女性側から見た結婚相手の理想像だという。低姿勢(女性に対して高圧的でない)、低依存(家事や身の回りを女性に頼らないで自分でする)・低リスク(スキルや資格をもっていて安定した職業についている)。妻に決して逆らわない、食事は全部作る、お寺の住職という私は結構満たしているんではないかと。

一方バブル期にもてはやされたという三高。高学歴、高収入、高身長。高収入(たぶん一番重要)以外は結構満たしているけれど、文系では博士になっても職はないし(だから博士論文が遅々として進んでいないというわけではないが)、身長が高くても鴨居に頭をぶつけているうちに猫背になってしまったくらいだから意味がなくなっているのは確かだ。

というわけで三低の世の中になってよかったと思っている。

古代アーリア人のザラスシュトラ・スピターマ(紀元前12〜9世紀、ギリシア語でゾロアスター、ドイツ語でツァラトゥシュトラ)が創始し、現代ではインドで儀式が細々と行われているだけのゾロアスター教を俯瞰した書。

「拝火教」とも言われるが著者によれば火を通して神に祈るのであって火自体を拝んでいるのではないからおかしいそうな。さらには西欧では黒魔術みたいに言われていたが、実際の祭式は悪魔から防御するというだけの受身の目的しかない。

アフラ・マズダー(叡智の主)とアンラ・マンユ(大悪魔、高校ではアーリマンと習った気が)の対立で全てが説明される善悪二元論の宗教が、ひとりの創案によるものだとは知らなかった。「この世は善と悪の闘争の舞台であり、そこに生まれた人間は、善と悪のどちらかを選択して、この闘争に参加する義務があるというのである。」

祭式でハオマ草(インドではソーマ草)を用いるなどバラモン教との共通点、祖霊(フラワシ)信仰=盂蘭盆、ミスラ神・救世主(サオシュヤント)信仰=阿弥陀仏・弥勒菩薩、ズルヴァーン・アナーヒター女神=観音菩薩などの仏教への影響、紀元後3世紀にゾロアスター教を国教としたサーサーン朝期の『アベスターグ(近世ペルシア語でアヴェスター)』におけるプラトン・アリストテレスに触発されたと思しき時間論・存在論、7世紀以降のイスラム改宗と生活様式の保存、ルネッサンス期にビザンティン王国から伝わった虚像とニーチェの『ツァラトゥシュトラはかく語りき』、そしてナチスのアーリア民族至上主義での英雄視と、異文化の接触を入念に描いているのが興味深い。

著者は大学の同級生。すでに多くの文献が失われて研究が困難である上に、日本社会とのリンクも少なくマイナーな分野だが、書いてあることの裏づけをきちんととり、広範な地域(アルメニアやアゼルバイジャンまで!)の調査を加味するという地道で妥協のない姿勢を見習いたい。

東京おもちゃ美術館

妻が結婚式出席のため大阪へ。私も夕方から山形に行くので妻の実家にお世話になる。 でも夕方までは何も予定がない。そこで家で退屈するであろう子どもたちを連れて東京おもちゃ美術館に行って来た。

東京おもちゃ美術館は、四谷三丁目で先月から始まった美術館だ。廃校になった小学校を改造して、各教室を「グッドトイ展示室」「ゲームのへや」「日本の伝統おもちゃ」などテーマ別に分けて展示している。見るだけでなく、実際に手に取って遊べるものも多い。

「ゆうもあ」がお手伝いするボードゲーム体験会は実は今日だったが、昨日もバックギャモンなど遊べるゲームがあった。

埼玉から1時間ちょっと。長男は電車に乗ってはしゃいでいたが、ちょっとしたらもうベビーカーの中でスヤスヤ。長女は木のボールのプールとクーゲルバーンがお気に入りだったよう。私は左右の紐を引いてボールを穴から落とさないようにあげていくゲーム。しばらくして起きた長男は、木の棒をハンマーで打ち込むおもちゃに熱中していた。

休憩室でちょっとジュースを飲んだくらいで3時間ほど。元小学校という雰囲気のよさも手伝ってのんびりと遊べるいい場所だった。

妻の実家には3時到着。子どもたちをお願いして3時半に出発。楽しかったので疲れた気はしなかったが、新幹線の中は爆睡。

『若者はなぜ3年で辞めるのか?』の著者が豊富な具体的事例から「昭和的価値観」からの脱却を勧める本。『若者はなぜ〜』よりも読み応えもあるし説得力もある。どちらかだけ読もうと思っている人はこちらをお薦めしたい。

例えば……

私立の有名進学校から現役で東大法学部、卒業後に大手生保に入社したものの今は数字を拾って関係各所に流すだけ。転職市場ではもはや彼の人材の価値はない。「オレ、どこで間違ったのかなぁ……」

大手日本企業の幹部候補として派遣留学、MBAを取得したものの、その知識を生かすクラスになるにはあと10年以上もまたなければならない。米国企業との直接交渉で煮え切らない50代社員を差し置いて自分の判断で交渉に乗り出したところ「おまえ、なに勝手に仕切ってんだよ!」

東大文学部を卒業してすぐ出家、浄土真宗の僧侶となった松本圭介氏(『おぼうさん、はじめました。』)。一般社会への情報発信に力を入れている。東大生から「どうしてお坊さんになったんですか?」と聞かれて「ではどうしてあなたは官僚になりたいと思うんですか?」

多くの人はキャリアアップする時期を逸し、独立する気概もなく、趣味でも充実させながら今の職場でやっていくしかないのが現実だろう。割り切れるならいいが、「もう一人の自分」が頭をもたげてきたならば……やりたいことがあって転職するというのは昔からあることかもしれないが、それは「逃げ」ではない。

労働者を守ってきた左派政党が労働者の中高年化で保守化してしまい、中高年の高賃金を維持するために若い労働者が犠牲になっているという著者の指摘については傾聴に値する。でももっと実証的なデータがほしい。

大卒入社3年以内で36.5%が会社を辞める(2000)。その理由は厳選採用・ピンポイント採用のため専門性と仕事に対する意識の高い学生が多く採用されるようになったのに、現場では年功序列の名残で下積みの単調労働ばかりやらされることにフラストレーションを抱え込むからだという。

年功序列は若い頃の労働の対価を中高年になってから受け取る積み立て制度だが、中高年にポストと高収入を与えるには企業の成長が不可欠となる。しかし続く低成長時代においては、年功序列はもう支えきれない。こうして年功序列の幻想に騙されながら、またうすうす気づきながらも高給取りの上司を食わせるためにクタクタになる若者たち。

「年功序列制度は、組織の方針を信頼し、将来を託すという意味で、一種の宗教に似ていなくもない。写経を続ければいずれ極楽へ行くことができると信じられるからこそ、人は写経するのだ。出口のない地下牢の奥で毎日数字を書きなぞっていれば、心身に偏重をきたしても無理がない気がする。(p.87)」

努力が報われない社会に希望はない。そしてこれが少子化の原因になっているという。派遣社員が同じ仕事を半分以下の給料で行い、しかも将来性もないとすれば、その負担は「次世代を作り育てる」という役割の放棄につながる。

この格差の原因を企業の成果主義に求めてはならない。総人件費の抑制のため、結果として成果主義や派遣社員が導入されたのである。格差の原因は、年功序列への無理な固執である。

もはやよい高校、よい大学、よい企業というレールはすでに崩れた。「与えられるものは何でもやれるが、とくにやりたいことのないからっぽ人間」では生き残れない。答えはひとつではないし、他人から与えられるものでもない。会社を利用して自分を磨くくらいの意気込みで、働く理由を見つけ出そう。

字数が少ない光文社新書のせいで全体に具体例や資料が少なくイメージしにくいところも多かったが、主張と構成は分かりやすい。自分の所属する組織が当てにならなくなる可能性は常に意識しておかなければならないと思った。

「今日の天気は西から東に向かって晴れている
 茨城は晴れだった
 ↓
 埼玉も晴れているだろう」

この演繹推理を使って傘なしで出動。武蔵野線が遅れていたが雨に合わずに大学の授業、新幹線、夜のコンサートへ。7時開演なのに6時半に赤湯着(しかも長井線)で厳しかったが、今泉でタクシーを呼んで何とか中プロのラフ2から聴くことができた。

このコンサートはすでに20年前から有志が活動して定期的に日フィルを招いているものだ。今回の開催は代表の八木先生の日記で知り、何かお手伝いしたいと思っていたが往復生活で何もできず。せめて演奏会を聴かねばと参上したのであった。

プログラムに八木先生が書いている。「この地域で千人のホールを満席にすることは、首都圏で東京ドームを満席にすることに匹敵する」と。人口3万人の街で、クラシック音楽のコンサートをこれだけ大々的に続けられるのも積み重ねの賜物であろう。

ラフマニノフはロシアものというには繊細・複雑で、ややもすると混沌としがち。だがさすがコバケンの指揮と木曽真奈美さんの演奏。分かりやすくロマンチックな演奏だった。

メインはベト7。演奏の前に指揮者が自ら聴きどころを解説してくれるというすばらしいサービスつきで楽しめた。『のだめカンタービレ』で有名になったとか。

第2楽章でフレーズの最後が短調がかるところが大好きなのだが、十分に堪能した。しかし驚いたのが第3楽章。トランペットが入るクライマックスに強力なリタルダンドをかけて盛り上げる。さすが炎のマエストロ。

子どもができると昼でも夜でもコンサートをじっくり聴くことができない。オーケストラにはまっていた遠い学生時代を思い出して懐かしくなった。

(※中プロ…2曲目のプログラム、ラフ2…ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、ベト7…ベートーヴェンの交響曲第7番)

NET縁

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ネットで寺の後継者決まる 縁組み第1号は神戸の光顕寺

浄土真宗・西本願寺派が「NET縁」というのを開いていて、お寺に入りたい住職、住職を探しているお寺、寺院後継者の縁組を行っているという。進んでるなあ。

曹洞宗でも昔、本庁でお見合いパーティのようなものを行っていたというが今は聞かない。僧侶は未婚という建前がまだ根強いのかもしれない。でももはや禅師様だって既婚の時代、旧態依然としていてはいけないと思う。

浄土真宗は僧侶の数が多いと聞くが、曹洞宗は寺院数に比して少なく、深刻な後継者不足が始まっている。過疎化が進む田舎のお寺の場合、無住になったらもう半永久的に住職が来る見込みはない。檀家さんが私のようなお寺のバカ息子をちやほやするのもそのためだ。

寺院はこれから30〜50年で急減するというのが識者の見方だが、現場では葬式が増えているせいか危機感があまりない。ただし子どもに跡を継がせようと考えている人は確実に少なくなっている。跡を継いだとしても、兼業僧侶のほうがよいという考えも多い。

宗門の中では修行をもっと厳しくして少数でも強い意志をもつ人だけでやっていくべきだという意見と、もっと簡単に資格を取れるようにして後継者不足を解消すべきだという意見に分かれているが、どちらがよいというものでもない。その前にまず、情報の行き交いにくい中でマッチングをもっと積極的にしていくほうが先決である。

夫婦や家族で運営されているお寺って、お参りして気持ちいいものですよ。

連休の法事三昧が明けて一息。数が多いとどうしてもルーティン化してしまって気が抜けるので注意したい。

このごろ法事の後の法話で、故人はすでに成仏していることを強調している。その根拠となっているのが「衆生受仏戒、即入諸仏位(衆生は戒律を受けた時点で、諸仏と同じ立場になる)」という文言。葬儀で戒名を受けたときに成仏しているというわけだ。

故人はすでに成仏しているから、法事はさらに成仏を祈るものではない。ましてや供養しないと化けて出るとか、タタリがあるなどという理由でするものでもない。「徒に所逼を怖れて山神鬼神等に帰依し、或は外道の制多に帰依する事勿れ、彼はその帰依に因りて衆苦を解脱すること無し(タタリなどを恐れて神や外道を信じてはならない)」なのである。そこで日常の反省と感謝、そして報恩の誓いを立てるために行うべきものだと説く。

ここで気になっているのが、「同時成道(成仏は個人単位ではなく全世界同時になされる)」と「修証一如(成仏は修行の末ではなく、修行の中にこそある)」という教えだ。

法事の文脈に当てはめると「同時成道」は故人の成仏と遺族の安心は同時にあるものであり、いつ故人が成仏したかは、遺族がいつ安心したかによると説明できる。遺族が故人を思い出して、笑顔を思い浮かべることができれば故人は成仏したということだと説明すると、納得してもらえることが多い。

一方「修証一如」のほうは、故人は戒名をもらって成仏したが、修行し続けなければならないということになる。だから故人が成仏したと安心して怠けることなく、精進し続けなければならない。

ここまでの説明ならばよいのだが、反対の見方をすると危険なことにもなる。「同時成道」ならば、逆に遺族が不幸せということは故人もあの世で苦しんでいるということなのか? 「修証一如」ならば、供養をやめたら故人は極楽から転落してしまうのか?

けれども、そんなことを言えばタタリの話と違わなくなってしまう。世の中にはそうやって不安を煽っておいて救いの手を差し伸べるマッチポンプの似非宗教もあるが、仏教はそうであってはなるまい。

確かに遺族が不幸せならば、故人も安心して成仏できないだろう。だがそれは、遺族の不幸せが故人のせいであるというのとはまったく違う。因果関係が逆だ。自分の人生をネガティブに捉え、責任転嫁していては苦しみは解決しない。

それにしても遺族は不幸せなのに故人は成仏している(他はこれ吾にあらず)とか、遺族は幸せなのに故人は成仏してない(菩薩となってこの世にとどまっている)というケースはないのだろうか。他者論が大きな問題になる大乗仏教の観点なども援用しつつ、こうした問題を哲学的に考察していきたい。

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