2009年2月アーカイブ

長男と過ごす週末

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先週の水曜日から、長男と2人でつくばに住んでいる。小野家は次女が生まれて女性5:男性2と劣勢に立たされているが、男だけだと結構気楽なものだ。食べるのも適当、寝るのも適当、遊ぶのも適当。

食が細い長男。もう食べたくなくなるとすぐ「おなか痛い」と言い出し、果物が出てくるまで休んでいる。いろいろ作っても食べるのは一品だけなので自然と品数が減る。今日の食事は、朝は味噌餅、昼はパン、夜は豚肉と白菜の煮物とポップコーンと果物だった。

我が家は妻以外、夜型人間なので寝る時間も遅くなっていく。昨日の就寝は23時で、今日もまだ寝ていない。その代わり朝が遅く、いくら起こしても全く起きなくて保育園は9時半ころの社長出勤だ。でも長女が小学校に入学すればそうもいかなくなるだろう。

昨日はボードゲームを遊んだが、長男はその周りで邪魔もせずくるくると遊んでいた。全く手がかからない。今日は雑誌の原稿〆切に追われてカンヅメだったが、これまた独りで黙々と遊んでくれた。時々おやつを出すくらいでいい。長女がいればインターネットをしたくて邪魔してくるはずだが。

でもそんなのばかりでは可哀想なので、今日の午後からお出かけ。パン屋さんで遅めの昼食を取り、ゲーセンで一銭も使わずうろつき、ダイソーでおもちゃを300円分買ってくるという下流なお出かけだったが、男同士だと不思議と気にならない。長女がいれば間違いなく本屋に行くはずだが。

最近の長男は「何で〜なの?」を繰り返してくる時期。「何でお家に帰るの?」「暗くなったからよ」「何で暗くなったの?」「夜だからよ」「何で夜なの?」「暗くなったからよ」「何で暗くなったの?」「夜だからよ」……父親は循環論法をよく使う。

長男の日課は、ウルトラマンと仮面ライダーの主題歌集を流しながら長い棒をもってエイヤー言いながら振り回すというもの。家に帰るとすぐに長い棒を探し、再生ボタンを押して始める。テープなのであまりにかけすぎて壊れてしまった。この機会に仮面ライダー主題歌集のCDを買い直そう。

赤ちゃんの名前

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赤ちゃんの名前が「日向子(ひなこ)」になりそうだ。

最近はだいぶ収まったが、逆立ちしても読めないような名前をつけるおやが跡を絶たない。子供が犯罪に巻き込まれたのは名前が悪かったからだなどという気は毛頭ないが、自己満足で無茶な名前をつける親に対してイラッと来るほう。

それは妻も同じで、これまでの2人はまず読みやすい名前を心がけた。基準は「Microsoft IMEの変換候補にあること」。これからの時代はパソコンで名前を入力されることが増えるだろう。そんなときに一字一字、別の読みで入力するのはたいへん。お寺では過去帳をアクセスで管理しているが、戒名は変換候補にない組み合わせばかりなので年末に苦しんでいる。

上の2人はデフォルトで変換できたが、「ひなこ」は「日名子」しかない。「人名地名辞書」をオンにしたらやっと「日向子」が出てきた。

ちなみに画数は全く気にしていない。祖父がよく命名の相談を受けていたが、虎の巻にしていた本はあやしげな豆知識本だった。また、学生時代のサークルで、画数で部屋割りをしたことがあったが、そのとき参考にした2冊の本が言っていることがまるで違っていて、当てにならないものだと分かった。ただ、本を見てしまうと気になるから、その手の本は一切見ないことが大事だ。

その代わり、何となくシリーズ化しているのが漢字のどこかに「日」という漢字が入っているところ。実は私の名前にも入っている。ただし日蓮宗ではない。

「ひなこ」は長女が考えた名前。生まれる前は産科で性別を聞かないようにしていたが、長女は男の子が生まれたときのことを全く考えていなかった。勘が鋭い。

まだ本決まりでないのに、長女はもう「ひなちゃん」と呼んでいて、昨日お見舞いに行ったときは、新生児室は父母以外入室できないので会うことができず、「ひなちゃん見たい〜」と悔し泣きしていた。

日向子といえば江戸風俗研究家の杉浦日向子さんを思い出す。「お江戸でござる」はよく見ていた。亡くなってもう3年も経つが、この機会に著書を読んでみようかな。明日、つくばに行って出生届を出す予定。

無事誕生

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赤ちゃん
4時35分、女児誕生。2406グラム。立ち合えたが、あまりにあっけなく生まれたので感動せず。ただ健康そうなことを喜ぶ。

この子は誰の生まれ変わりだろう? いや、たとえ前世があろうとも、意識が連続しているわけではない。この生を受けとめて、全うしてほしい。

破水(5)

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昨日の移動はハードだった。12時半につくばをバスで出発して、常磐線、新幹線、バスで大学病院、タクシーで山形駅、路線バス1時間で長井、母に迎えに来てもらって帰宅したのは20時半。お見舞いは1時間だったから、7時間は移動していたことになる。昼食も夕食もおやつも車中。

今日は午前中から法要で、夕方に空いた3時間でお見舞いに行ってきた。途中で見つけた公園の大型すべり台に乗りたくて、着くなり帰るコールの子供たち。妻は楽な姿勢を開発したとかで、先生に相談して月曜日になったら置賜病院に戻りたいとまでいう余裕があったのでよしと。

帰ったら、母が用意しておいた食事を子供たちと祖母に出して、御詠歌の練習会。終わってから遅めの夕食をとり、子供たちをお風呂に入れる。なかなか隙間がない上に、パソコンは長女が占有しているので、仕事もなかなか進まない。

とここまで書いて、これから寝ようと思ったら妻から電話。今度は本格的に破水したという。声はまだまだ余裕の様子だが、今夜中に生まれるかもしれないという急展開となった。夜中の348号線は怖いけど、これから病院にいってきます。

明日はお釈迦様の命日。そんな縁のある日に生まれるんだったら幸せかな。ちなみに祖父の命日はお釈迦様の誕生日である。

破水(4)

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一昨日から今日まで、子供たちを連れてつくばに行ってきた。保育所で今日、お楽しみ会(演劇発表会)があったためである。それに合わせて昨日は秋葉原に行き、ボードゲーム関係のお仕事。お葬式が入らなかったお陰で無事にことが運んでよかった。

妻には昨日、母がお見舞いに行って携帯を渡してくれたお陰で状況を聞くことができた。夜中に5分おきの陣痛がきて、張り止めの薬を増やしたので、今は落ち着いているという。大学病院名物の、教授が学生を何人も引き連れて回診(別名「白い巨塔」)に来たのを楽しんだというから、まだ余裕があるみたいだ。

子供たちは母親がいなくても寂しがらずよい子にしている(今朝、長女が珍しくおねしょしたくらい)。一方、私は妻がいないと料理をする気が起きなくて二晩続きの外食にしてしまった。冷蔵庫も空っぽ。

只今、新幹線で山形に向かっているところ。新しいE3系は各座席にコンセントが就いているので、のんびり日記が書ける。これから病院に直行して、バスで家に帰る。

破水(3)

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早朝、『サンクトペテルブルグ』を妻と遊ぼうとカードを切っている夢を見て、ワクワクして早く起きた。すると7時半頃に病院から電話が。「先生からお話があるというので今来ていただけますか?」朝食も食べずに病院に向かう。

病院から電話とあれば危篤というのが相場だが、妻や赤ちゃんの状態が急変したのであればそう言うだろう。行ってみると案の定、先生の話は山形大学病院に移すということだった。

理由は3つ。
1.破水が続いており、お腹の張りが消えない
2.超音波診断で胎児の片方の腎臓に腎嚢胞の疑いがある
3.血糖値が高く、糖尿病の疑いがある

正常分娩できるとされる34週目まであと数日だったが、その前に生まれてしまうと置賜病院で対応できない。すぐ生まれそうということではないが、いつ生まれてもいいように万全を期すそうだ。

妻は救急車で搬送されるという。先生は「後を付いていったら危険です」と真顔でいうので、後から行くことにして荷物をもって保険証を取りに自宅へ。

自宅では母が2人の子供に手を焼いていた。長男がパパがいないと泣き、その泣き声で起こされた長女もふて寝している。要するに10時近くになって朝食を食べていなかった。なだめたり引きずったりして何とか2人に朝食を食べさせ、自分も食べて山形市に出発。置賜病院までは20分で行けるが、山形大附属病院までは山を越えて50分くらいかかる。

先に着いた妻は豪華な個室に入り、元気そうにしていた。差額ベッド11,500円/1日だという。テレビカードも1000円で1000分と置賜病院の2倍。貸しパジャマも1日70円(置賜病院は50円)と、ぜんぶ高い。これが山形値段か。お布施が5割増なのもこれで分かった。

でも行きかう医師は若い人が目立つし、1階にはファミリーマートとドトールがあるし、看護師も白衣でないので活気があるのはよい。大学の偏差値が医者の腕を決めるという先入観が私にはあって、山大なんてと思っていた時期もあったが、今日はずいぶん頼もしく感じた。

先生から話を聞いて驚いたのは、もう来週には生まれるだろうということだった。予定日は3月下旬だが、破水が続いている以上、感染症の恐れがあるので、34週になったらすぐ産めるよう、準備を進めるという。ステロイド剤を注射して胎児の呼吸機能の成長を促進させる。その前に生まれる可能性もあり、帝王切開の同意書にサインを頼まれた。

説明にかける時間は置賜病院以上。手術、輸血、生物製剤のそれぞれについて、医師と看護師が椅子に座ってリスクをきっちり説明する。子供もいたので途中から上の空だったが、福島で産科医が訴えられた事件以来、都市部では特にナーバスになっているのだろう。

今日も子供たちの執着のなさは見事。早く帰りたい早く帰りたいとうるさい。帰りはミルキーウェイでハンバーグを食べて、成沢の本屋さんで本を見て帰る。帰りの348号線では、子供が2人とも眠っていた。

明日は法事やら大般若やらあって、夕方につくばに行く予定。妻へのお見舞いは週末になるが、それまでまだ産まれないでほしいな。

破水(2)

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子供たちは、妻がいなくても全く気にしないようでぐっすり寝た。ときどききょうだい喧嘩して発散している。

午後からはおつかいも兼ねてお出かけ。病院に着くまで長男はずっとお昼寝していた。午前中からずっと「ママんとこにお見舞い行きたい」と言っていた長男は、病室に着くなり探検したいと部屋の外に行き、わんパークをしばらく見たら「おうちに帰りたい」と言い出す始末。全く執着がない。

妻には携帯で職場と実家に連絡を取ってもらい(安静なので、公衆電話までも行くことができない)、昨日のミクシィ日記を読ませた。

羊水の漏れは相変わらずだが、羊水過多だったのではないかということ。3人目ともなるとお腹がよく伸びるので、羊水がずいぶん溜まって、どこかが破れたのかもしれないという。なので羊水はまだまだたくさんある。ただ、張り止めの点滴が効き過ぎたのか熱を出してしまい、食欲が落ちてぐったりしていた。

病院で不思議なのは、健康な状態でもしばらくいるだけで元気がなくなってくるところだ。病は気から、心なしか、廊下ですれ違う妊婦さんもうつむいたり足を引きずったりしていて病人のように見える。点滴で寝ている妻も病人になったのかもしれない。

帰りは本屋で立ち読み。妻が病室でメールを見たいというのでW-ZERO3でもとヤマダ電機に探しに行ったら、この辺はエリア外が多いので扱っていないという。結局ドコモに行って母のMOVAをFOMAに変えることにしてきた。それなら無料で交換できるし、私の携帯との通話料が無料になる。

ドコモには子供コーナーがあって、昔の機種の見本が「ご自由にお持ちください」と置いてあった。そこで長女はF883i、長男はF706iをゲット。スーパーで電話ごっこをしていたが、おもちゃに見えないので、ほかの客に「こんな小さい子供に携帯を持たせて……」と思われたかもしれない。

破水(1)

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昨日の早朝、羊水が漏れているようだと妻に起こされ、休日診療でつくばの産院へ。里帰りするなら今帰ったほうがよいと言われ、秋葉原のボードゲーム交流会をキャンセルして家族みんなで山形にやってきた。

というのも現在で33週ちょっとなので、破水してしまうと超未熟児ということになり、大学病院などに搬送されることになってしまうからである。筑波大病院に入院したら、もう山形には移動できない。実は切羽詰っていた。

とはいえ、羊水の漏れはほんのわずかで、お腹の張りもなく、普段と変わらないで新幹線に乗ってきた。家に着いてからものんびりごろごろ。さすがに湯船には入らなかったが、シャワーも浴びて寝た。

そして今日、また少し漏れているようだと妻に起こされる。夜の何時間かで結構でてくるらしい。そこで置賜病院に連絡して、休日診療ですぐ行くことになった。

山形の車では「おくりびと」のサントラがずっと流れている。車窓から見えるのは地吹雪。寂しさと感慨深さの入り混じったしみじみとした気分になる。このまま入院になったらどうするかを相談した。

病院に着くと、診察があって呼び出された。横になって点滴を打っている妻。先生に「入院ですか?」と聞くと、「もう入院してます。」ちょっとウケてしまったが、先生は真顔である。明日生まれてもおかしくない、妊娠というのは全く先が読めないものだということを諭された。今週中に破水したら、山形大病院だという。

1人目も2人目も生まれる日まで破水しなかったので、妻も私も変な自信をつけてしまい、油断していたようだ。産科は前例がまったく役に立たないものだ。これから羊膜の穴が塞がって(リシールというそうだ)退院できる可能性もあるが、ほとんどの場合生まれるまでもうずっと入院とのこと。

幸い羊水はまだたくさんあって、胎児もよく動いているので、そっとして様子を見ることに。妻は初めての入院という以上に、残り3週間分の仕事をどうしようか戸惑っている様子である。寝ていなければならないので、ノートパソコンの使用も不許可。本を読むかテレビを見ているしかない。

一通り必要な荷物を聞いて、家に帰ってきた。午後からは法要と会議があったので、荷物は母と子供たちに届けてもらう。

というわけで、今日から子供と3人で寝る生活が1ヶ月以上続くことになる。その間、つくばで子供のお楽しみ会(演劇の発表会)、荷物の引越し、役所・郵便局・妻の職場への転居届けなどがあり、子供たちと行ったり来たりの生活になりそうだ。妻の心配はあまりしていないが、子供たちの体調が悪くならないことと、お葬式があまり入らないことを願うばかりだ。

お布施の適正価格

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昨日の朝日夕刊の「日々是修行」で佐々木閑さんが、お布施の適正価格について興味深いことを書いていた。

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お布施は、「もの」や「サービス」ではなく、その僧侶の「姿や言葉」に対して払うものだからである。おみくじなら、実費+気休め料+利益で計100円と計算できるが、「僧侶の姿」となると決まった基準がない。「100円で十分」という場合もあるだろうし、「100万円でも惜しくない」ということだってある。お布施は、僧侶自身のあり方に対する、まわりの人々の外部評価の表れだ。その額は、お布施をする側が決める。自分で納得した額が適正価格になるのだ。
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僧侶の姿や言葉への外部評価。全く持ってその通りだと思う。中には、仏様にお布施をするんだから、僧侶がどんな低俗な人間だってかまわないという信心深い方もいるだろうが、ごく少数だろう。それに僧侶がそんな開き直りをしたら最悪である。

もっとも、建前とは別に常識的な相場というものはある。そういう情報は地域や親戚で出回っているもので、お経を読みに行って100円だったとか、お葬式でいきなり100万円頂いたなんてことはまずない(都会ならば分からないが)。

この相場を住職が吊り上げるのも一概に悪とはいえないが(古い建物の維持にはお金がかかるものである)、常識の範囲内でということになるだろう。ましてや世代が下がって、従来の相場を高く感じる人が増えている現在ではなおさらである。

こういう相場があって、ほとんどの方がそれに従ってお布施をするとしても、高いと感じるか、安いと感じるかは、その僧侶の姿や言葉によるのはまちがいない。例えばお葬式ならば読経や法話以外にも、枕経に駆けつけるまでの時間、遺族からのヒアリングや疑問への受け答え、親族縁者との交流、仏事のインフォームドコンセントなど、総合的なきめこまやかさが安心につながる。これに普段の生活態度も加味されるだろう。

私自身、今頂いているお布施(相場)は、お寺を維持するのに必要な額だとしても、社会的・常識的にはかなり高額であると思っている。その金額を一般的な労働で捻出するのに、いったいどれくらいの汗水を流さなければならないのか。

独り暮らしのおばあさんの家でお経を読んでお布施を頂いた。そのおばあさんが夜、誰もいない広い家の寒い部屋でぽつんと布団に入っている姿が想像されて、私はこのお布施を頂く資格があるのだろうか不安になった。

自分の姿や言葉を磨くだけならば、それは僧侶ではなくて芸能人だろう。それだけでなく、お布施を下さる方の気持ちを十分に汲み取ってこそ、僧侶と呼ばれるのではないだろうか。

インド留学中、シュリナガルの写本調査でたいへんお世話になったタヒルさん。帰国してから時々メールを出していたが、なしのつぶてだった。

少し前、妻に突然電話が来て、家が爆破されたとか言っていたので心配していたが、電話も出ないのでそのまま。今日、改めてメールを出したら宛先不明で帰ってきた。名前で検索してみると、こんなページが引っかかってくる。

カシミール独立ゲリラが警察に射殺されたというシュリナガルのニュースで、死んだ4人の中に何とタヒルさんの名前が! メールが届かないのはもしやと思い、IP電話から携帯に電話してみた。死んでたら携帯もつながらないだろうなと思いつつ。

電話ははじめにヒンディー語のメッセージがあって、陽気なインド音楽が流れる。そして「Hello!」別人かと思って「Mr.Tahir?」と聞くと、「Who is speaking?」「This is Ono.」「Wao, konichiwa!」……よかった、生きていた。

それから興奮口調の2人がしばらくしゃべった中で分かったことは、タヒルさんはもう結婚していること、爆破された家は修理してみんな元気なこと、いつも送っていたメールアドレスは変わっていたこと、そしてスカイプのアカウントがあることなどなど。

こちらも家族がみんな元気でおり、第三子がまもなく生まれることを伝えたが、シュリナガルでみんな元気なのは、日本でみんな元気なのと訳が違う。とにかくよかった。

夜8時以降はスカイプを開けているとのことなので、こちらは深夜になるがいろいろ話ができそうだ。シュリナガル、また行きたくなってきた。

スーパー終

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今日は上山で新年会があって、つくばから新幹線で直行。帰りは奥羽本線から長井線に乗り換えて帰ってきた。

長井線の終列車が出るちょっと前に、米沢からの奥羽本線がやってくる。この列車を高校生の頃「スーパー終(しゅう)」と呼んでいたのを思い出して懐かしくなった。

高校の通学は、長井線と米坂線を乗り継いでいた。遅刻しないで間に合う選択肢は2つしかなく、そのうちの1本は始発である。5:30に起きて、3キロの下り道を自転車でぶっ飛ばし(冬もスノータイヤの自転車で雪道を転びながら)、羽前成田駅から6:06に乗って、高校には7時半に着く。宿題は道中にやっておいて、学校に着いたら1時間ほど吹奏楽の朝練。

帰りの選択肢もあまりなく、当時は南米沢駅18:34が終列車だったと思う。3kmの上り道を歌を歌いながら自転車でこいで、帰宅が19:30。あとはご飯を食べたらもう眠くて、22時に寝るという非常に健康的な高校生だった。テレビは土曜日の夜にねるとん紅鯨団と夢で逢えたらしか見た記憶がない。

ごくたまにだったが、米沢で夜遊んでから帰ることもあった。制服を着たままレストランでだべるか、カラオケに行くかくらいだが、今考えると一番青春らしい時期だったと思う。こうして18:34の米坂線を逃したときに乗ったのが、20:30米沢発の奥羽本線「スーパー終」。米坂線では接続しない長井線の終列車に、赤湯駅で接続する。スーパーというのは終列車を超える終列車というくらいの意味。

「スーパー終」に乗るには、高校から最寄の南米沢駅でなく、4キロほど離れた米沢駅まで行かなければならない。自転車で行くから、翌日は米沢駅からの通学になる。そんなリスクを背負った「スーパー終」。帰宅は21:30で、当時は深夜といって差し支えなかった(どこまで健全なのか)。

「スーパー終」に乗るのは、ごくたまに遊んで帰ったときだけなので、いつもより浮かれていることが多かった。そのせいか、今日「スーパー終」を見たときも、なぜか心躍った。もう20年近く前の話なのに。

現在、米坂線の終列車は20:45南米沢発となり、長井線の終列車に接続するようになっている。

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