2009年10月アーカイブ

太陽光発電

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太陽光発電のセールス電話がかかってきた。

一通り話を聞くが、「費用が全くかからない」「5件様限定」のところが腑に落ちない。「それではそちら様はどうやって利益を得るのでしょうか?」と聞いてもこちらのメリットしか話さないし、どうして「5件限定なんでしょうか?」と聞いても同じことを繰り返すばかり。

押し問答を繰り返しているうちに、費用はかかるが、光熱費が浮くので相殺されること、5件というのはモニターだということが何となく分かってきた。山形市内の会社で、ちゃんと素性を明かしたので、翌日いらっしゃってもらうことに。仙台からだと容赦なく断るが、山形の場合はひょっとすると知り合いとか、知り合いの知り合いだったりするので、無碍に断れない。

ちょうど新聞で詐欺まがいの太陽光発電セールスの記事があったので心して臨む。いらっしゃったセールスマンは営業系というよりも技術系という感じの実直な青年だった。「お話をお聞きになって、いらないと思えば断っていただいてもかまいません」「はい、もとからそのつもりです。ところで読みましたか、今朝の新聞。太陽光発電のセールスで消費者相談が増えているんだそうで、お話をお聞きしづらいなと思っていたところです。」

太陽光発電は、CO2を排出せず原発にも頼らなくてよいため、政府や電力会社が力を入れている分野。昼間の余剰電力は蓄電できないため、電力会社に売るが、その値段が買値と同じか、高い。これには驚いた。また、停電になっても日中は自宅の電気を供給できるのも魅力的だと思った。インドで計画停電1日4時間などという生活をしてきたお陰で、電力供給が永続するとは思っていない。

しかし心が傾いたのもそこまで。セールスが用意してきたのは、パネル1枚当たり最大どれくらいの電力を作れるかというデータだけで、雪国であったり、南向きの屋根がなかったりすると、実際最大出力の何パーセントくらいになるかとかの説明がなかった。それでは、電気代・灯油代・ガス代が永久に一切かからなくなると言われても説得力がない。

電力料金票のコピーが何枚かあったので、それを集計して計算すれば実際値は分かるでしょうと聞いたが、個別のデータから、ここではどれくらいと断言できないという。いや、断言しなくてもいいので、この地方の平均値でもいいから教えてくれませんかというと、そういうものに意味はないという。統計的に有意ということはあるのではないかとさらに聞くと、うちの会社では出していませんと突っぱねられた。妻と2人で問い詰めたようなかたちになったので、気の毒だったかもしれない。

また、設置費用のローンが返し終わる15年後からはプラスしかないというのも疑問。経年劣化があったり、メンテナンスをしたり、新しい技術が出ればそれに乗り換えたりするだろうから、永久的に使い続けられるはずがない。

実際の発電量データがなければ検討しようがないというところで、セールスは完全にあきらめたようだった。資料をかばんにしまい始める。なんだか申し訳なかったので、エコキュートや夜間電力割引の話を聞いた。夜間電力割引にしないと、電気は高く売れないらしい。そして夜間電力割引にすると、エコキュートを使わないと損。つまり、夜間電力割引とエコキュート、太陽光発電はセットで、いずれか1つというのでは割に合わないということが分かった。全部入れれば、総額400〜500万円くらいかかるということも。

セールスの方には申し訳なかったが、いろいろ勉強させてもらった。今度、電力会社に務めている知人にもこの話をして、知見を広めてみたい。

言いたいことから一部を引き算する「遠慮」、その一部を足し算する「察し」。そんなふうにしてやり取りする日本の察する文化では、言葉や論理がかえってマイナスになることもある。「言わないほうがよかった」「言っても無駄だった」ということも少なくないというのは、どこに原因があるのか。その面倒くさくて奥深い世界での生き方を、西洋の理論などを駆使して分析し、解決策を提案する。

まずコミュニケーション能力の高さを、「演じられるエピソードの数や種類」と考える。経験をつめば、同種のスキーマから類推したり、即座にスキーマを構築したりしながら対応することができる。

最もなるほどと思ったのは「共感モード」と「分析モード」の使い分けだった(146ページ)。相手の話を聴くとき、感情の共有を目的とするのが共感モード、受け取る事実や情報の識別・評価・批評を目的とするのが分析モードである。このモードがミスマッチしていると、コミュニケーションがうまくいかない。

よくあることだが、愚痴や悩み事を打ち明けられたとき、つい第三者としての状況分析やアドバイスをしてしまいがちだ。しかし相手はそんなことを求めておらず、ただつらい気持ちを分かってもらいたいだけかもしれない。それでは善意の状況分析やアドバイスでも、余計なお世話か、傷塩になってしまう。

もっとも、共感と分析のどちらかで済むのではなく、両方を匠に混ぜて使うのがよいとされている。会議でも、分析モードで臨みつつ、自分の意見を受け入れてもらうために共感モードも併用することが必要だ。

ほかにも自分の立場と相手の立場の優先順位による5つのコンフリクトスタイル(56ページ)、自分と相手の力関係による人間関係の三類型(70ページ)、勧誘やセールスで用いられる4つの戦術(79ページ)、3つのフェイスワークテクニック(102ページ)、ヴォイストレーニングのガイドライン(127ページ)、管理職のコミュニケーションスタイルの5タイプ(202ページ)など、場合分けをして説明してあるので論理的で分かりやすい。

キッチンシンキング(今の問題とは直接関係のないことも含めて、ありとあらゆる不満を一気にぶちまけること)、恐怖戦術のブーメラン効果(弱い恐怖では効果がなく、強い恐怖ではやる気がなくなるので、適度な脅かしが必要)、日本人のエートスの情緒的要素(専門家よりタレントが信頼される)、見かけの協議(主張する前に、相手の意見を聞くふりをする)、成功する服装(特に靴が盲点)、暗黙の性格観(第一印象から連想が広がる)、自己開示(自分についての情報を積極的に提供することで話を聞いてもらいやすくなる)など、具体的な記述になるほどと思うこと多数。

非・論理コミュニケーションは正攻法でないと思っていたが、円滑なコミュニケーションのため、自分が使うだけでなく、人が使うのも見逃さないでおきたい。

大悲心陀羅尼

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禅宗でよく読まれる陀羅尼に、『大悲心陀羅尼』というものがある。禅宗で真言というのも違和感があるかもしれないが、中国から続く伝統らしい。

五種不翻というのがあって、?@用語が周知の場合、?A仏の秘密語である場合、?B多義的である場合、?C中国にない概念である場合、?D言葉を尊重する場合とされている。陀羅尼が訳されないのは、このうち?Aの理由によるものだ。

しかし、梵文が手に入る今になってみると、漢字で音写されたものを、さらに日本人の読み癖で読むので、もともとの発音から大いに逸脱している。訛りに訛ったお経が、仏に通じるのだろうか。

以下、原文、漢訳、現在の曹洞宗での読み方、原文の読み方を並べてみた。

नमो रत्नत्रयाय। नम आर्या 南無喝囉怛那哆羅夜耶。南無阿唎耶。
ナムカラタンノー トラヤーヤー ナムオリヤー
ナモー ラトナトラヤーヤ ナマ アーリヤー
वलोकितेश्वराय बोधिसत्त्वाय 婆盧羯帝爍鉗囉耶。菩提薩埵婆耶。
ボリョキーチーシフラーヤー フジサトボーヤー
ヴァローキテーシュヴァラーヤ ボーディサットヴァーヤ
महासत्त्वाय महाकारुणिकाय। 摩訶薩埵婆耶。摩訶迦盧尼迦耶。
モコサトボーヤー モーコーキャールニキャーヤー
マハーサットヴァーヤ マハーカールニカーヤ
ॐ सर्वभयशोधनाय तस्य 唵。薩皤囉罰曳。數怛那怛寫。
エン サーハラハーエイ シュータンノートンシャー
オーン サルヴァバヤショーダナーヤ タスヤ 
नमस्कृत्वा इमु आर्या 南無悉吉利埵伊蒙阿唎耶。
ナムシキリートイモーオリヤー
ナマスクリトヴァー イムン アーリヤー
वलोकितेश्वर तव 婆盧吉帝室佛囉楞馱婆。
ボリョキーチーシフラーリントーボー
ヴァローキテーシュヴァラ タヴァ
नमो नीलकण्ठ। हृदयंमहा 南無那囉謹墀。醯唎摩訶。
ナームーノーラーキンジー キーリーモーコー
ナモー ニーラカンタ フリダヤンマハー
वर्तयिष्यामि सर्वार्थधं शुभम् 皤哷沙?刀B薩婆阿他豆輸朋。
ホートーシャーミー サーボーオートージョーシューベン
ヴァルタイシヤーミ サルヴァールタダン シュバン
अजेयं सर्वसत्त्वानां मार्ग 阿逝孕。薩婆薩哷那摩婆薩哷。
オーシューイン サーボーサートーノーモーボーギャー
アジェーヤン サルヴァサットヴァーナーン マールガ
विशोधकम्। तद्यथा ॐ 那摩婆伽。摩罰特豆。怛姪他。唵。
モーハーテーチョー トージートーエン
ヴィショーダカン タドヤター オーン 
अवलोके लोकातिक्रान्त। 阿婆盧醯。盧迦帝。迦羅帝。
オーボーリョーキー ルーギャーチー キャーラーチー
アヴァローケー ローカーティクラーンタ
एहि महाबोधिसत्त्व सर्प सर्प 夷醯唎。摩訶菩提薩埵。薩婆薩婆。
イーキリ モーコーフジサートー サーボーサーボー
エーヒ マハーボーディサットヴァ サルパサルパ
स्मर स्मर मक मक हृदयम्। 摩囉摩囉。摩醯摩醯唎馱孕。
モーラーモーラー モーキーモーキーリートーイン
スマラスマラ マカマカ フリダヤン
कुरु कुरु कर्म। 俱盧俱盧羯蒙。
クーリョークーリョーケーモー
クルクル カルマ
धुरु धुरु विजयते 度盧度盧罰闍耶帝。
トーリョートーリョーホージャーヤーチー
ドゥルドゥル ヴィジャヤテー
महाविजयते। धर धर 摩訶罰闍耶帝。陀囉陀囉。
モーコーホージャーヤーチー トーラートーラー
マハーヴィジャヤテー ダラダラ
धारणीश्वराय चल चल 地利尼。室佛囉耶。遮囉遮囉。
チリニー シフラーヤー シャーローシャーロー
ダラニーシュヴァラーヤ チャラチャラ
मम विमलामूर्त्ते। एहि एहि। 摩摩罰摩囉。穆帝隸。伊醯伊醯。
モーモーハーモーラー ホーチーリー ユーキーユーキー
ママ ヴィマラームールテー エーヒエーヒ
चिन्द चिन्द। अरस्प्रचलि। वशवशम् 室那室那。阿囉參佛囉舍利。罰沙罰參。
シーノーシーノー オラサンフラシャーリー ハーザーハーザー
チンダチンダ アラスプラチャーリ ヴァシャヴァシャン
प्रनाशय। हुलु हुलु स्मर 佛囉舍耶。呼盧呼盧摩囉。
フラシャーヤークーリョークーリョーモーラー
プラシャーヤ フルフル スマラ
हुलु हुलु। हृदयं सर सर 呼盧呼盧醯利。婆囉娑囉。
クーリョークーリョーキーリー シャーローシャーロー
フルフル フリダヤン サラサラ
सिरि सिरि सुरु सुरु। बोधिय बोधिय 悉利悉利。蘇嚧蘇嚧。菩提夜菩提夜。
シーリーシーリー スーリョースーリョー フジヤーフジヤー
スィリスィリ スルスル ボーディヤボーディヤ
बोधय बोधय। मैत्रिय नीलकण्ठ菩馱夜菩馱夜。彌帝唎夜。那囉謹墀。
フドヤーフドヤー ミーチリヤー ノラキンジー
ボーダヤボーダヤ マイトリヤ ニーラカンタ
दर्शनानाम्। हयमान स्वाहा। 地利瑟尼那。婆夜摩那。娑婆訶。
チリシュニノー ホヤモノ ソモコー
ダルシャナーナーン ハヤマーナ スヴァーハー
सिद्धाय स्वाहा। महासिद्धाय स्वाहा। 悉陀夜。娑婆訶。摩訶悉陀夜。娑婆訶。
シドヤー ソモコー モコシドヤー ソモコー
スィッダーヤ スヴァーハー マハースィッダーヤ スヴァーハー
सिद्धयोगीश्वराय स्वाहा। नीलकण्ठ 悉陀喻藝。室皤囉夜。娑婆訶。那囉謹墀。
シドユーキー シフラーヤー ソモコー ノラキンジー
スィッダヨーギーシュヴァラーヤ スヴァーハー ニーラカンタ
स्वाहा। वरानर स्वाहा। 娑婆訶。摩囉那囉。娑婆訶。
ソモコー モーラーノーラー ソモコー
スヴァーハー ヴァラーナラ スヴァーハー
सिंहसंमुखाय स्वाहा। 悉囉僧阿穆佉耶。娑婆訶。
シラスーオモギャーヤー ソモコー
シンハサンムカーヤ スヴァーハー
सर्वमहासद्धाय स्वाहा। 娑婆摩訶阿悉陀夜。娑婆訶。
ソボモコシドヤー ソモコー
サルヴァマハースィッダーヤ スヴァーハー
चक्रहस्ताय स्वाहा। 者吉囉阿悉陀夜。娑婆訶。
シャキラーオシドーヤー ソモコー
チャクラハスターヤ スヴァーハー
पद्महस्ताय स्वाहा। 波陀摩羯悉陀夜。娑婆訶。
ホドモギャシドヤー ソモコー
パドマハスターヤ スヴァーハー
नीलकण्ठपान्दराय स्वाहा। 那囉謹墀皤伽囉耶。娑婆訶。
ノラキンジーハーギャラヤー ソモコー
ニーラカンタパンダラーヤ スヴァーハー
महालि शन्कराय स्वाहा। 摩婆唎勝羯囉耶。娑婆訶。
モーホリシンギャラヤー ソモコー
マハーリ シャンカラーヤ スヴァーハー
नमो रत्नत्रयाय। नम आर्या
南無喝囉怛那哆羅夜耶。南無阿唎耶。
ナムカラタンノートラヤーヤー ナムオリヤー
ナモー ラトナトラヤーヤ ナマ アーリア
वलोकितेश्वराय स्वाहा। 婆盧吉帝。爍皤囉耶。娑婆訶。
ボリョキーチー シフラーヤー ソモコー
ヴァローキテーシュヴァラーヤ スヴァーハー 
सिद्ध्यन्तु मन्त्रपदाय स्वाहा॥ 悉殿都。漫哆囉。跋陀耶。娑婆訶。
シテドー モドラー ホドヤー ソーモーコー
スィッディヤントゥ マントラパダーヤ スヴァーハー

梵文の原題が『青頸陀羅尼』となっている通り、仏教が説かれているのは最初と最後だけで、大部分がシヴァ神を讃える内容。観音菩薩はヴィシュヌ神系だと思ったが。今度梵文で朝課をしてみようかな。


高校の講演会のため、博士課程卒業者の進路を文系理系別に調べた。まず、文系の博士課程卒業者は、理系の3割に満たない。その理系も、医師が約半数を占める。医師の場合は規定路線であって、働き口がないということはまずないから、保健系を除いて考えたほうがよいだろう。特に文系。

「博士が100人いる村」では死亡・不明が8人(8%)に数えられているが、文系だけ取ってみると22%に急増する。もっとも、「博士号取得者と自殺について」で考察されているように、この22%がみな悲惨な行く末だというわけではないだろう。文系では、研究内容と全く関係のない仕事に就き、大学側が就職状況をが把握できないことが多いからだ。

とはいえ、一般企業への就職が厳しいのは文系のほうだ。大学は少子化の影響で文系学科をリストラ中。その間、授業は非常勤講師に頼っている。その非常勤講師ですら倍率が高い。代わりはいくらでもいるから、待遇はよくならない。非常勤講師になれなければアルバイト生活が待っている。一方、常勤の教員も高校へのリクルート活動、就職の世話、組織再編の会議で過労気味。昔は「大学教員は3日やったらやめられない」と言われていたそうだが、今は「なっても地獄、ならなくても地獄」である。

私の周囲にも、非常勤講師のみで先の読めない人、アルバイトで糊口をしのぐ人、大学で過労死した先生が少なからずいる。

水口昭道氏の『高学歴ワーキングプア』の前半のように、ルサンチマンに浸っていても仕方がないが、大学に在学中、または大学進学を考えている後輩たちには知っておいてもらいたいことである。

ITmediaエンタープライズ:高学歴ワーキングプアとは何か

御詠歌の講習会

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水曜日から2泊3日で、小田原の最乗寺で開かれた御詠歌の講習会に行ってきた。参加は必須でないが自己研鑽のため、年1回は行くようにしている。全国各地で開かれているが、南東北か関東に行くことが多い。

1日目は葬儀が入ったため、午前中にしてもらってお昼に出発。自家用車、長井線、山形新幹線、東海道線、大雄山線、タクシーと5時間かけて、到着したときは薬石(夕食)の時間だった。幸い、夜の特別講習があったのでそこから参加する。

私は師範養成所というところで御詠歌を始めた口だが、そこでは全国から80名ほどが集まり、志を共にする同期の仲間ができた。養成所を終えて9年、講習会で会っていた同期生は今年から一斉に特派師範に任命され、気がつけば後輩ばかり。とはいえ肩身の狭さを感じたのは最初だけで、すぐ打ち解けた。

半日遅れて参加したこともあって、3日間の講習はあっという間に過ぎた。お唱え面では、この頃小さくまとめようとするきらいがあったかもしれない。同じ音が続くと口が小さくなり、高い音ほど喉がしぼむ。いつもは教えるばかりだと、こういうところが気づきにくい。

講演では、お誓いの実践というテーマで、日ごろ梅花講でどのような活動をしているかをお互いに発表しあった。急激に人口が減っている梅花流の将来を危ぶむ声が多く聞かれたが、話を聞いているうち、それは御詠歌だけの問題ではなく、お寺というあり方そのものなのではないかという気がしてきた。

梅花講員の減少は、一般檀信徒の寺離れの氷山の一角なのである。今、家のあり方の変化や過疎化に伴って、寺檀関係は急速に解消されつつある。御詠歌でお寺に通っていたおばあちゃんが亡くなったとき、お嫁さんが交替しないのは、そこまでお寺に親しみを感じていないせいもある。

逆にいえば講員が増えるということは、お寺がまだ機能している表れである。1人しか増えないにしても、その周囲には行きたくても行けない人や、行く気はないけれどもそういう活動があることを知った人がたくさんいるだろう。いまどき、住職や寺族が研鑽を積み、近所の方に声をかけて講員になってもらうにはたいへんな時間と労力がかかる。しかし講演の中で先生が仰っていたことだが、講員さんはいろいろな面でお寺の力になって下さるのは何物にも代えがたい。

お寺の存続にとって、御詠歌は不可欠とまではいかなくても、強力な要素であることは間違いない。これまでは自分の楽しみのためにやってきた御詠歌だが、これからはお寺を潰さないために御詠歌を活用するという意識も必要になってきそうだ。

最乗寺にお参りするのは初めてだが、高い木々の合間に大きな伽藍がどっしりと構えている見事なお寺だった。祈祷の守護神である道了尊とは天狗のことで、山紋もヤツデだった。鶴岡の善寶寺(龍神)、愛知の妙厳寺(稲荷)とともに曹洞宗三大祈祷所のひとつに数えられている。

新しい仲間もできたし、お唱えの点検もできたし、梅花流の将来に希望も持てた。参加したくてもできない方がいる中で3日間、御詠歌漬けの幸せでありがたいひとときだった。

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