2009年12月アーカイブ

今、セブンイレブンで平成仮面ライダースタンプラリーが行われている。ファイズ好きの長女が乗り気で、買い物の帰りに寄ってみたら「26日からです」早すぎた。

そういうわけで満を持して26日からスタート。車内のBGMもオリジナルで編集した仮面ライダーの主題歌集(ダブルからディケイド、キバ、電王と遡り、仮面ライダーで終わる)にしてある。

セブンイレブンの各店舗には違う種類のスタンプが用意してあり、4軒回って4つのスタンプを集めると、シールとガンバライドカードが無料でもらうことができる。

無料といっても、子連れでコンビニに立ち寄れば何か買いたくなるのが人情。普段はコピー以外の用事で立ち寄らないだけに免疫がついていない。折しも1回500円の仮面ライダーくじなんかやっている。まさに思うツボというわけだ。

4軒目の長井小学校前で交換してもらおうと思ったら、シールが切れているというのでもう1軒。さらにシールには応募券がついていて、これに住所なんかを記入してもっていくのでもう1回。最初の空振りも入れると結局7回セブンイレブンに立ち寄ったことになる。

その間に買ったものは……
仮面ライダーくじ×3回。賞品はサイクロンジョーカーのガイアメモリ2回、ケータッチのハードパスケース1回。子供たちはこれで仮面ライダーごっこをしている(ちゃんとフィリップ役の長女が気絶する。そこに赤ちゃんの襲撃!)。
ギャグマンガ日和総集編。こちらにも何か応募券がついていた。またまた思うツボ。
のどあめ、ミルクティー。もうしばらくセブンイレブン(というかコンビニ)には行かなくていいかな。

といいつつ帰りには本屋で、定期購読している仮面ライダーファイルを買ってきた。親が好きじゃないと、ここまで好きにはならなかったのかも。

長井のヨークベニマルで「だしカレー」というのを発見。山芋のネバネバにカレー味がきいて美味しかった。素材的にも仏様のお供えにできるので朝も出せる(と思ったがタマネギで×だった)。

さらに今日、長井のヤマザワで「だしキムチ」というのを発見。こちらは白菜が細かく刻まれていてこれまでにない食感。素材的には夜しか食べられないが、これだけでご飯が進むので、あとは魚が一切れでもあれば十分だ。

どちらも「漬物王子・小華和雅巳」の顔入り。「だしカレー」はインド人の帽子をかぶって、「だしキムチ」は韓国人の帽子をかぶって登場している。この方、ブログでは「漬物を広げるために、ツケモーノ星ヤマガータCITYからやってきた」という。全国を飛び回っているだけでなく、ツケモーノ星内での普及活動も怠らないというわけだ。

だしカレー、だしキムチの写真はこちらから。また買ってくるつもり(まだ売っていればの話だが)。なかったら、カレー粉で作ろうかな。

※だし…山形の郷土料理。野菜を細かくきざみ、醤油などであえたもの。ご飯や豆腐にかけて食べる。

クリスマス動画2点

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明日がクリスマス

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クリスマス:ドイツ人はプレゼントを節約したくない」の記事によると、ドイツの子どもは平均して1人当たり240ユーロ(3万円)分のクリスマスプレゼントをもらうという。3人いたら9万円とは、仏教徒には無理な話。

でもそれに勇気付けられて今日、ヨークベニマルにプレゼントを買いに行ってきた。長女には昨年に引き続きシルバニアファミリーの家具と人形、長男には初の合体ロボ・シンケンオー、次女にはお風呂で口から紐を引っ張ると泳ぐおもちゃ。値段にばらつきはあるが1人平均3500円くらいとなった(次女のプレゼント350円が平均を著しく押し下げている)。

長女が当初希望していたファイズギアボックス(仮面ライダー555の変身セット)は、ファイズドライバー(ベルトのみ)にグレードダウンしたにも関わらずヤフオクで連戦連敗。去年出たレジェンドシリーズではなく絶版のDXを狙うからだが、6000円は下らない。これだけ苦労して落札して、一晩で飽きられたら泣く。

私「うちのクリスマスは明日だからね」
長女「えっ、どうして?」
私「あわてんぼうのサンタクロースが来るからだよ」
長女「家に?!」
私「長井線に」

どうして明日かというと、長井線でサンタ列車が走るからである。フィンランドから「本物のサンタクロース」がやってきて特別列車に搭乗する。夜の便だったので乗車は諦めたが、これにあわせて作られる今泉の志保屋菓子店による「あわてんぼうサンタのクリスマスケーキ」を予約注文した。フラワー長井線のかたちのケーキということで非常に期待している。

チラシには「あわてんぼうなので…12月19日(土)宮内駅渡しです」とある(問い合わせたら長井駅でももらえることが判明)。これに合わせて、我が家のクリスマスは19日とした。年末になると何かと慌しいので甚だ都合がよい。

ちなみに翌日はお寺で年越しの餅食いである。ケーキ&餅で太らないように、せっせと雪かきに励みたい。

第三セクターになって21年、少子化と車社会化の進行に苦しむ山形鉄道・フラワー長井線は何と公募で社長を選んだ。社長に選ばれた野村氏が自身の半生記と現在の展望を記した。

面白くてあっという間に読んだ。自慢話より失敗談、人生哲学よりとにかく実践である。部活をさぼって鉄道専門店に通った中学時代、なかなかなじめなかった読売旅行山形支店、奥さんと大喧嘩になった退職。しかし順風満帆でなかったがゆえに、自身の作品を車に載せた「移動美術館」を始め、街おこしイベントで長井線と出会う。

しかし読売旅行山形支店時代には駄じゃれ・駄菓子屋・駄目所長の3つの「駄」で年商を5年間で3倍弱に延ばし、長井線の観光客は年間365名から1万7千名に。その秘訣は1日2時間の読書と、奇抜なアイデアと実行力、そして細やかな気配りにある。

山形鉄道の社長になってからも、「車内会議」「ロボット駅長」「つり革オーナー」「車内誕生パーティー」「日本一長い硬券で地域貢献」など、矢継ぎ早にアイデアを打ち出している。またそれだけでなく、週に2回は長井線で通勤したり、社員全員と個人面談するなどコミュニケーションを密に取り、地元の高校生に存続を訴える。観光鉄道化は、結局のところ市民の足を守るための手段だという。

国でも家計でもそうだが、赤字解消の特効薬などない。1つ1つは焼け石に水のようなことでも積み重ねていくしかない。しかしその1つ1つが苦しみだったらとてももつまい。自分自身が楽しみながら、いろいろな人を巻き込み、街の活性化もして長井線を守っていく、その活力に大いに刺激を受けた。

私も沿線住民として、なるべく多く乗るだけでなく、何かコラボしてみたい気になった。車内坐禅とか、車内ボードゲーム大会とか?

あと、長井線関連記事の切抜きが全部収録してあって重宝する。表紙の写真の目が半開きなのは狙っているのか分からないが、社長の性格がよく伝わってくるような気がした。

お寺でも、クリスマスのお祝いをする。仏教は一神教ではないから、祟りなどの迷信を宣揚するようなものを除いて、あらゆる宗教を排除せず、敬意を払うのである(と、私は解釈している)。

というわけで、今年も子供たちへのクリスマスプレゼントを考えなければならない。ボードゲームにすればいいだろうと思う人もいるかもしれないが、未プレイ品がたくさんあるし、だいたい自分のために買っているという謗りを免れない。

去年は長女にシルバニアファミリー、長男にトミカタウンをプレゼントしたが、なかなかこれ級が見つからない。

去年タイムマシン(ムリだっつーの)をリクエストした長女の今年のリクエストは仮面ライダー555の「ファイズギアボックス」とベネッセの「進研ゼミ小学講座」である。ファイズギアボックスはもう絶版で、アマゾンで調べたら32500円、ヤフオクでも10000円は下らない。進研ゼミは月2630円だが、通信教育は高校のZ会くらいまでやらなくていいだろう。

弟はシンケンジャーか仮面ライダーダブルかな。でも1年足らずで終わると思うと、難しい。

お金が信心を奪う

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朝日新聞「声」11月17日「戒名断り、母は無宗教の墓へ」

お母さんが亡くなったとき、菩提寺が遠いので別の僧侶に通夜と葬儀をお願いしたが、菩提寺の境内に納骨しようとしたら、住職から「戒名を授けて本葬儀をしないと、母は浄土にいけない」「戒名50万円、本葬儀60万円のところを計80万円にする」と言われたという。そこで戒名を断ったら「出ていってくれ」と言われ、お墓を宗教的な制約のないところに移転し、俗名を刻んだという。この選択について「これが正しかったのか。孫子のために良かったのか。結論はもう少し時間が掛かるかもしれない。」とまだ納得できていない様子だ。

23日付けの「声」では別の方からの返事として「信心するなら、普段からお寺と付き合って仏教を知ってください。」「今後、自分はどう死んでいくか。折にふれて考え、納得のいく準備をしておくと良いと思います。」とある一方、俗名では成仏できないとした菩提寺は正しいとする。

今日付けの「声」では「戒名は仏弟子になった証しではありますが、何十万円もの価値があるとは到底思えません。」とし、無宗教のお墓に移ったのは子孫のためによかったと励ましている。

一度お葬式をしたのに、菩提寺に頼まなかったがゆえに納骨の際にまたお葬式をしないといけなくなるのを、『坊主丸儲けのカラクリ』では「ダブルお布施地獄」と呼ぶ。この件についての私の考えは「もうひとつの戒名問題」で述べた。

この背景にあるのは戒名料が利権化しているという実態である。さらに言えば戒名を頂くのにお金がかかるという実態である。「声」の投稿者が「整然仏の道に功徳を積んだ人間に、位の高い戒名を与えると言うが、実際はお布施を払った後に授かることになる。それなら販売と言ってくれた方が分かりやすい。」というのは至極当然の意見である。

お寺の側からすれば、信心のない者ということになるだろうが、その信心を育てなかったのはお寺の責任である。葬式・法事だけの付き合いでは、信心よりお金の話が先に立ってしまうのも(お互いに)無理はない。

戒名がないと成仏できないかといえば、成仏をどう考えるかによる。受戒して修行を積んで仏になるのだという考えや、受戒することがそのまま仏になることだという考えならば、戒名なしには成仏できないが、人は誰でも死ぬまでには光に包まれ、尊厳に満ちて涅槃に入るという考えならば、戒名がなくても自動的に成仏できる。しかしいずれにせよ「戒名がないと浄土にいけない」などというのは「供養しないと祟りが起こる」と同様、単なる脅し言葉なので言ってはいけないことである。

おそらくこの方は戒名がいくらだとか言われなければ、黙ってそのお寺のお墓に納骨していたことだろう。お寺としては先祖代々支えてきて下さった檀家を1軒失ったことになるし、我々僧侶にとっても大事な仏教徒を1人失ったことになる。その損失はお金で換算されるものではないだろう。ほんとうに残念なことだし、我が身を振り返って、こういう事態が起こらないように常日頃からよくよく注意したいと思う。

※宣伝ではないが、うちのお寺は戒名料を一切頂いていないし、そういうお寺も少なくない。ただ、何でも安ければ安いほどよいというのはお寺の存続から言っても、菩薩道における布施の心から言っても正しいとは思わない。日常の信頼関係に基づいて、与えるほうにとっても頂くほうにとっても適正な金額になるのが望ましい。

鶴岡・善寶寺の斉藤信義老師が去る11月25日に遷化され、日曜のお逮夜(通夜)、月曜の密葬(出棺)に参列してきた。世寿92歳。

大学の後輩ということで何かと目をかけて下さった。祖父の具合が悪くなったときにイレギュラーな期間に安居させて頂き、その上、安居中に山内で修士論文の研究を許して頂いた。雲衲の身であったのに、よく方丈の間に呼ばれ、宗教と科学の話をよくお伺いしたものだ。母校である東京大学の国際競争力を上げなければならないとよく力説しておられたのを思い出す。密葬には東大名誉教授の高崎直道先生と木村清孝先生が参列しておられた。

私が送行してからも、印度哲学の同窓会や御詠歌の講習会で年1回はお会いした。平成13年の結婚披露宴にもいらっしゃっている。またいくつかの奨学金に推薦してくださったおかげでインドに留学することもできた。

平成15年には本山の副貫主に就任。体調の悪い禅師の代理で、90前後というお年で法要や大会のため全国を飛び回っておられた。調子のよいときは善寶寺の階段を上って通勤なさっており、同窓会では正門から山上会館まで徒歩でいらっしゃるほどの健脚だった。

昨年、善寶寺を訪れたとき、106歳で亡くなった宮崎禅師と同じ年まで生きると約束したこと、私を山形大学に就職させたいことを仰った。今年の夏にお会いしたときも元気そうだったのに、その後すぐ入院していたらしい。私には、本の出版を望んでおられたが、ボードゲームの本では納得してもらえないだろうな。

遺弟さんから伺ったが、新聞には老衰とあったものの、実際はいろいろな持病と疲労との戦いだった。そして亡くなる直前まで「無念だ」「悔しい」「まだ遣り残したことがある」と仰っていたという。

和尚さんが亡くなることを「遷化」という。教え導くという仕事をする世界を、この世からあの世に移すという意味である。「般涅槃」ともいうが、受ける印象はだいぶ異なる。般涅槃は輪廻から解脱するが、遷化は一切衆生が成仏するまで輪廻世界に留まる。

斉藤信義老師は奇しくも11年前に亡くなった私の祖父と同い年。住職になって11年、尊敬すべきたくさんの僧侶を見送ってきたが、その方々は今、いったいどこにいるのかと、善寶寺の窓から見える木立ちを眺めながらふと考えた。

遺偈
脱落研参 平常道心
總持劫外 坐佛只管

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