2010年3月アーカイブ

ドイツ(ミュンヘン)に長いこと住んでいるジャーナリストが、現地から最新のドイツ事情をお届けする。2004年に発行された本の文庫版。『ドイツ病に学べ』がとても面白かったので著者買いした。これだけの内容が、500円で読めるのは幸せである。

「ドイツ人ってどんな人たち?」「変わり行くドイツ社会」「ドイツ生活を楽しむには?」「ドイツ人と会社生活」の4章に分けられ、各章バラエティに富んだ15前後のトピックから構成されている。いずれも印象批評ではなくて、インタビューや数字を交えていて、読み応えがある。

・仕事上の手紙にはきちんと答えることが強迫観念。官庁に取材の手紙を送ってもちゃんと返ってくる。あわててドイツ人からのメールに返事した
・狩猟民族的な特徴。真冬で外がマイナス十度でも窓を開けて換気したり、夜は窓を開けたまま寝たり、照明が暗くても平気だが、晴天には弱い。寒がりの私には想像できない世界
・教会税は毎月所得税の8〜9%を税務署が天引き。独身サラリーマンで月1万円くらい納める。教会脱退者は増え続けており、20年前は94%いたキリスト教信者が64%に。日本の寺離れと似た現象が起こっている
・新生児の名前は性別が分かるものを付けなくてはならない。どっちでも使える名前では、もう1つ付けるよう求められる。日本よりも無茶な名前が少なそう
・ナチスの建物を保存し、掲示板を立てる。「自国の歴史を批判的にとらえればとらえるほど、他の国々との友好関係を深めることができる」とブラント元首相。自由主義史観とは対極にある考え方だ
・オクトーバーフェストで民族衣装を着る若者が増えている。将来への不透明感が伝統や保守主義に回帰させるのではないかと著者。ボードゲームもそうですね
・「あなたたち日本人は働くために生きているように見えますが、我々ドイツ人は休暇を楽しむために働いているのです」とあるドイツ人。6週間という休暇は個人主義の強いドイツ人が仕事で他人と衝突するストレスを解消するために必要なもの。ドイツ人も楽じゃない

「ドイツ生活を楽しむには?」はミュンヘンのローカルな話が多くてついていけなかったのと、「ドイツ人と会社生活」は新刊『ドイツ病に学べ』のほうがずっと詳しいが、1トピック3ページ半くらいで簡潔にまとめられており、好きなところから読んでもかまわない。ドイツ全般に関心のある方であれば楽しんで読めるだろう。

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次女と5日間

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いよいよ妻の育児休業が終わり、来週から職場復帰となる。春休み中の長女と長男を連れて、今日から埼玉の実家に帰省した。私と次女(1歳1ヶ月)はお留守番。

長女は今回のお出かけをずっと楽しみにしていて、春休みの宿題も1日で終わらせ、昨日からリュックを背負っているほど。今日も出かける前は「あと○分」と分読みでカウントダウンしていた。長男も浮かれて周囲を踊っている。

次女が妻と離れるのはこれが初めてである。日中は母も面倒を見てくれるし大丈夫だと思うが、夜がどうなるか未知数だ。泣き声が上の2人より大きいので、これまでやってきた「私が無視して寝る→子供が泣きつかれて寝る」ができそうにない。

赤ちゃん夜ぐっすり!の秘訣8か条

を見ると、寝る直前にたっぷりミルクをあげるのが有効そう。実際、昨日と一昨日はおっぱいを抑えてミルクを飲ませたらいつもよりよく眠った。1歳になったら哺乳瓶は使わないほうがよいというが、この際背に腹は代えられない。

妻は4月1日だけ出勤して、また子供たちといったん帰ってくる。2日に次女の保育園の入園式に行って、週明けから本格的な単身赴任を始める(とはいえ当分週末には帰ってくる予定だが)。これからの5日間は、そのリハーサルといったところだ。

今日の勉強

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マラヤラム写本の照合にようやく取り掛かることができた。マラヤラムフォントをダウンロードして、デーヴァナーガリーとの対照表を作成。これを見ながらゆっくりと読む。インド留学中に写本学で学んだグランタ文字と似ている。

写本の画像は非常に見づらい。すでに入力してあるものと見比べながら、ここは2文字あるから異読のほうだななどと推定する。この写本だけで解読するのは無理な話だ。

幸か不幸か、4ページ分しかなく、1/4終了。これが終わったらとりあえずプリントアウトして、それを見ながら和訳を確かめつつ、本文を作る。

写真は上が写本、下がフォントで入力したもの。同じ箇所だと分かるだろうか?

化粧品メーカーから納棺師に転職。数多くの遺体のメイクを手がけてきた著者のブログを単行本化。

故人と真剣に向き合うことで、誰しもおくりびとになる。だから決められたサービスだけでなく、お客様がほしいものを悟って提供することが付加価値であるという。ブログなのでタイトルも文体も軽く、死者の尊厳や救済などとは無縁のようにみえるが、実際は真摯に仕事に向き合われているのだろう。

おくりびとの原作『納棺夫日記』や、独居死を描いた『遺品整理屋は見た』のように死そのものにはあえて触れず、あえて死体の見栄えだけにこだわるというのも、ひとつの態度である。遺体メイクの練習や遺体の肌年齢など、男性の私には興味が持てない話もあったが、女性ならいろいろ考えさせられるのかもしれない。

元ブログ:今日のご遺体

巧言令色少なし仁とはいうものの、表現なしに言いたいことは伝えられないし、ちょっとした表現に相手に知られたくない本音が出てしまうこともある。どういう言い方がディスコミュニケーションを生むのか、言語学的・語用論的な側面から分析した著。

日本人・日本語には、長ければ長いほど丁寧、文を閉じたくない、言葉よりも心が大事、聞き手の気持ちを汲み取る、状態・動作に釣り合う資格・身分であるかどうかに敏感、これから話すことを端的に表す談話標識の発達、上から目線に思われないように工夫した表現を選ぶ、情報を間接的に手に入れたことの明示などの特徴がある。これらを意識して、かつそれが過度にならないように注意しなければならない。

「お疲れさま」は目上の人に使ってもよいが、「ご苦労さま」は使ってはいけないのはなぜか。日本語では、他人の気持ちを勝手に断定してはいけないからであるという。疲労は物理的・肉体的なものなのでよいが、苦労は主観的な判断なので、勝手に断定するのは越権行為になる。だから「コーヒーが飲みたいですか」と気持ちを聞くのではなく「コーヒーでもお飲みになりませんか」と意向を聞く。この原則は、目上の人とのコミュニケーションで知っておいて損はない。

「私ってハーブ大好き人間じゃないですか。」というのが不愉快に感じるのは、こちらが知るはずもない情報なので否定も肯定もできないところに、肯定することを強要されるからだと分析する。人間には、自分を尊重してほしいという「おもての願望」と、逆に干渉されたくないという「うらの願望」がある。要求に対して断る自由を与えるなど、うらの願望を満たすものが配慮ある丁寧な表現と言うことになる。私は「うらの願望」のほうが強めだが、世の中全てがそうではない。この2つの相反する願望もバランスを取るようにしたい。

ときには世間の常識とずれていること、空気とずれていることを言わなければいけないことがある。そのときのポイントとして著者が挙げるのは、はっきりロジック(精密な推論)を示して妥当性を理解してもらうこと、空気を読んでいることのアピール(受け入れにくいことは分かっていますよ)、時間がかかることをあらかじめ理解しておくこと(急かさず環境を整える)の3つである。つい思い付きで言ってしまいがちだが、それなりに受け入れてもらうには周到な用意が必要なのだ。

帯に書かれている直したい用例は次の通り。本書を読むと、なぜ直したいのかが説明できるようになる。
この件につきましては、誠に申し訳ありませんでした。(意図せぬ限定)
おかげ様で志望校に合格しました。(自信過剰)
そういう場合は事前に連絡をするものです。(常識の押し付け)
この仕事、君にでもやってもらおうと思っているんだけど。(悪い例え)
「このホッチキス借りてもいいですか」「まあ、いいよ」(悪い断言回避)

割と当たり前のことをわざわざ難しい言葉で理論化していると思しき箇所もあるが、これも言語学者が正確を期した書き方か。察する文化に慣れきってしまうと言いたいことも言えなくなりがちだが、言うべきときにこういった性向を押さえた上で言えば、摩擦は最小限になるし、目上の人とも、気後れせずに話ができそうだと、自信が付けられた。

今日の勉強

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ムンバイ本照合は60/60で終了。17日で60ページとは予定よりいいペースだ。

インド哲学の文献は、討論形式で著作が作られていることが多い。「前主張」と呼ばれる対論者の主張を記し、それに対して反論を加えるというかたちである。さらに別の人が、その反論に対し再反論を加えるというふうに、1000年もかけて往復書簡のようなことをやっているのである。

その中でよく使われる論法に帰謬論法というのがある。「もしあなたの言う通りならば、こんな不都合が生じてしまう。だからあなたの言うことは正しくない」という。中には過度の一般化や、風が吹けば桶屋が儲かる的なこじつけもあるが、相手が新たに主張を限定すれば、今度は別の主張という反則を指摘できる。

さてここで、他説承認という反則がある。相手が望むことを認めてはいけないという論争のルールである。これを帰謬論法の途中で指摘するという手がある。
「もしあなたの言う通りならば……」
「ハイッ、認めたんならお前の負け!」
せっかちなインド人ならやりそうな気もするが、ズルくね?

帰謬論法は、「相手の意見を一旦認めてみる」という暫定的な定説という枠組みからなされる。「相手の意見を認めたら終わり」という他説承認は、これと矛盾する概念ではないだろうか。このネタ、使えそうだな。

さらにインド哲学でよくある反論法「周知なものの論証」は、他説承認に近いけれど別物であるという。これはどういうことか。どこが似ているのだろうか、考えてみたい。そもそも周知なものの論証は、何の誤りなのか、どのカテゴリーに入るのかもよく分かっていない。

今日の勉強

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ムンバイ本照合は53/60。

インドの哲学史は、スートラ解釈史である。独自に著作をするのではなく、学派の創始者が短く記したスートラに注釈をつける。その注釈にさらに複注、複々注と加えられて、基本文献が出来上がっている。なので現代のインド哲学者も、自然と注釈をつけるように論文を書きたくなるのかもしれない。

時代が変わると、理論が発達してスートラが通用しなくなる。そのときに注釈者がよく使うのがウパラクシャナである。スートラの文言は一例に過ぎないとして、著作当時は想定していなかったものまで拡大解釈する手法である。

このウパラクシャナ、梵英辞典にはsynecdoche(提喩)と書かれている。その中でも、一般化の提喩にあたる。「人はパンのみにて生くるにあらず」でパンが食べ物一般を表すように、代表的な個をもって類を表すというものである。

ウパラクシャナとシネクドキは全同でない。個別化の提喩は含まれず、また個は偶然的でもよいからである。例えばカラスが止まっている家で、カラスがその家のウパラクシャナになる(故谷沢先生がそんなことを言っていたなあ)。まあ、よく止まっている家じゃないとそんな喩えは成り立たないだろうけど。

さてウパラクシャナの訳であるが、インド哲学では「代喩」と訳されるが、レトリックの分野では「提喩」が一般的らしい。「代喩」と訳すレトリック学者や辞典もあるが少数である。「代喩」で慣れきっているが「提喩」にしたほうがよいだろうか。どっちも一般的ではないから、そのままでもいいか。

今日の勉強

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ムンバイ本との照合は47/60.もう終わりが見えてきた。

改めて読んでみるといろいろ面白いことが書いてあることに気付く。留学中は意味を理解するのに必死で味わう余裕がなかった。

敗北の場合の説明により、インド中世のディベートでは、会衆が一定の役割を果たしている。対立する2人の論者の意見を聞いて、どちらが勝ちかを判定するのだが、騒然となったり凝視したりして発言者を戸惑わせることもあるし、不注意で聞き逃したり、物分りが悪かったり、誤解したりすることもある。でも全会一致か概ねか分からないが、一部の会衆が分からなくてもかまわないとされる。会衆が望むならば、余分な論証も行ってよいし、逆に望まないならばだらだら喋ってはいけない。会衆が議論の理解度の基準になる。審判も人間ということ。

相手の過失をきちんと指摘しないと、「去勢者のカップルのように」真実も勝敗も得られないとか、ドラヴィダ人とアーリア人が議論しているときにドラヴィダ人が現地語をしゃべったら負けとか。

ムンバイ本が終わったら手付かずだったマラヤラム写本を見るつもりだが、読めるかどうか。

お布施の金額

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昨年、市内の仏教会で各葬儀社に、葬儀の伴僧の人数やお布施の金額については不用意に助言せず、聞かれたら各寺院に問い合わせるように促すというお願いをした。お布施の金額は、寺院によって、家によって、人によって異なり、一律ではないからという理由である。

一口に寺院といっても、檀家数はさまざまである。一般に住職の生活が成り立つには300〜400軒の檀家さんが必要だと言われており、それより少なければ檀家さんの負担はどうしても大きくなるし、それより多ければ少なくて済む。また、護持会費(寺費、檀家さんの年会費)を多めにして経常費を捻出し、その分お布施を下げる寺院もあれば、逆に護持会費を下げてお布施の中から経常費を出す寺院もある。

次に家であるが、近年では平等になってきたとはいえ、何百年来の付き合いなので、家によってお布施の金額が異なることが多い。一般に総代と呼ばれる家、院号を受けたことのある家ほど、信仰の厚さをお布施の金額に反映することが多い。寺院として、家柄で差別するようなことは決してあってはならないが、先祖代々受け継がれてきた思いも受け止める必要がある。

しかし、いくら先祖代々信仰が厚くても経済状態が悪くて出せないこともあるし、お寺の怠慢で信仰を失わせてしまうことだってないとはいえない。反対に家に関係なく個人として帰依の心を深める信者さんもいる。

さらにその土地柄というのも実際ある。東北地方は全体的に高いとか、都市部にいくほどいわゆる相場は上がりやすいということがあるようだ。

そういうわけでお布施の金額は千差万別なので、寺院やその家の先祖のことをよく知らない葬儀社が助言できる話ではないのである。

このようなお願いをしておいて後から気づいたことだが、お布施の金額を寺院が答えなければいけないのは、なかなかきついことである。

というのもまずお布施は喜捨であって、料金でもサービスへの対価でもない。つまり寺院から請求するものではないのである。近年、国会で宗教法人など公益法人への課税が取り沙汰されているが、それはお布施が料金や対価のようになってしまっている現状を鑑みてのことだろう。

金額を寺院からはっきり申し上げるのは、親切からなのかもしれないが、料金と受け止められる可能性は高い。それでは見返りを求める気持ちが起こり、折角の功徳を失うことになってしまう。寺院がお経を読むとき、お布施をもらえるからなどという気持ちで読んでいては功徳がないのと同様である。お布施を頂くかどうかに関係なく、檀家さんのためにお経を読むし、檀家さんはお経を読んでもらえるかどうかに関係なくお布施をするというのが望ましい。

憎まれようがお構いなく、お布施を要求して否応なく功徳を積ませるのが住職の務めだという考えもあるだろうが、お医者さんだって教師だって威張っていられない今の世相からみて、納得できないことをやらせるのは難しい。

というわけで私は依然として金額提示を行っていない。でも葬儀社にお願いしておいて自分は知らんぷりというわけにもいかないので、葬儀の場合は寺の役員さんに聞くようにお願いし、法事・祈祷・供養の場合はここ10年に実際いただいている金額のデータを教えるという方法をとっている。

寺の役員さんにお伝えしている金額は、私が近隣の寺院から伺って調べた地域の相場である。しかし、その金額はあくまでも目安であって、変動してもかまわないことを必ず付け加えてもらう。役員さんは親切に「なんぼ多くてもかまわないから」と言って下さっているそうだ。住職に直接言われるよりも、寺の役員さんから聞いたほうが、その金額を守らなくてはいけないプレッシャーが少なく、料金であると取られる可能性も減り、また住職の独断や私利私欲からではなくお寺全体で情報共有されていることを分かってもらえる。データで提示するのも同じ効果がある。

別に住職を信用していないというわけではなくても、お布施の金額に客観性と情報公開度が担保されると、檀家さんは安心するようだ。

もちろん、結果的に誰からいくら頂いたかは公開しないし、金額にもこだわらない。あるお寺さんは、金額を帳簿につけるのは奥さんに任せて、自分はわざと知らないようにしているという。知ってしまえば、金額によって檀家さんを差別する気持ちが抑えきれないからだという。

それでは冒頭に書いた寺院・家・人によって異なるというのはどうかというと、うちのお寺の場合、お布施が変わりうるのは最後の人による部分だけで、あとはあえて考慮しないことにしている。隣のお寺と異なり過ぎるのは問題だし(どこのお寺のお布施が高いという話は、田舎なので親戚づてにすぐ伝わる)、家や戒名によってお布施は変えないというのが私の方針だからである(護持会費は家によってまだ差が残っているが、徐々に縮めたいと考えている)。戒名料も、それに相当するお布施も頂かない。

なので、当主は寺の役員さんから目安を聞いた上で、現在の経済状況と、お寺や住職への自身の信仰度を加味して最終的な金額を自由に決めることになる。最終的な決定に関して、こちらからは何も言わない(言ってしまうと、目安を下回ったときにケチだとか信仰が足りないとかいう話になってしまう)。

お葬式に行って戒名が院号だと「さぞたくさんお布施をされたんだろうな」と思う方もいるかもしれないが、その推理は必ずしも正しくない。戒名によってお布施が変わるという仕組みにしていないし、そもそも金額を提示せず後払いであれば多いか少ないかも分からないからである。

御詠歌の研修会

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昨日から今日にかけて、天童温泉にて福島・宮城・山形の三県合同梅花流講習会が開かれ、参加してきた。今回は講師が6人もおり、きめ細やかな指導にたいへん満足した。

最初の全体講習は、梅花流の手本となった密厳流による法具の説明。禅宗には密教的な要素が多分にあるが、陀羅尼にしろ印相にしろ解説されることはまずない。密教だからわざと解説しないのか、それとも解説できるだけの知識を持ち合わせていないのか分からないが、基本的なところは押さえておきたい。

袱紗や鉦敷で梅花紋の周囲に書かれた華は「宝相華」だそうである。ササン朝ペルシア伝来の花文様を基礎に、中国の唐代に神仙の世界や仏教の極楽浄土などの空想の楽園に咲く花という概念により、さまざまな花の美しい部分を組合せて、作り出された空想の花だという(ソース)。「空華(khapuSpa)」は、インドの哲学文献において「実在しないけれども、言葉で言い表されるもの」の例としてよく出てくる。関係あるのかな。

ほかにも釈迦紋の「バク」の意味とか、御詠歌のもとは声明であり、声明のもとは仏典の韻文(シュローカ)にあるとか、三宝御和讃のもとになった曲には実は四番があったとか。

 教えのもとはいづくぞと
 仏の道をたずぬるに
 いつも変わらぬものはただ
 まことひとつの心なり

終わって班別講習。私のクラスは、受講者が3人だけだったので、1時間の講習だと1人20分も取ってもらえる。先日密厳流のCDを聞いて、お経のような力強い発声に惹かれ試してみたところ、やはり強弱をもっと付けるようにと指導された。

密厳流だけでなく、梅花流も当初はお経のような発声だったのである。そのことはカセットやレコード時代の録音を聞くとよく分かる。そして個性的だった。上向き音でもアタリを入れたり、1拍のツヤで5回当たったりする。声質もシャープで誰が唱えているか、一発で分かる。

それが50年以上経って、いつの間にか梅花流は画一的で柔らかいお唱えになっている。西洋音楽の発声法や楽理を取り入れたからだろうと先生は仰ったが、指導が行き渡っているということでもあろう。特派の巡回先で、梅花流が西洋音楽になってしまったことを残念がる方もいらっしゃったという。

西洋音楽風の御詠歌は確かに聴き心地がよい。でも門風というものを時々見直してみるのは大事なことだと思う。今回は、一緒に受講した年配の和尚さんのお唱えがまさに門風を感じさせる素晴らしいものだった。

宴会の日本舞踊もうまくいって、二次会はカラオケボックスで『ラーメン大好き小池さんの歌』などを絶唱。久々に発散した感じがする。今日も午前中は講習があり、お昼には河北町の一寸亭というお店で肉そばを食べて帰ってきた。

次回となる再来年は、私の管内が当番となる。人手不足の中、やりおおせることはできるだろうか心配だったが、今回参加して大事なのはスタッフの人数ではなく、志気だということに気づかされた。

今日の勉強

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日記に書いていないけどコツコツ毎日やっております。ムンバイ本との照合は27/60.1ページ15分くらいで終わるようになった。

見覚えのあるスートラが出てきた。修士論文で触れたものだった。久しぶりに取り出してみると、不十分な先行研究リストや不正確な翻訳に指導教官の書き込みがびっしり入っている。博士論文はこれ以上のものを書かないと。

NS2-1-3,NS2-1-4,NS2-2-31はヴァーサルヴァジュニャとウダヤナの両方が引用しているが、ヴァーサルヴァジュニャはそれぞれ確信による対等(saMpratisama)、確定による対等(vyavasteApattisama)、不異による対等(ananyasama)と名づけ、NSで説かれる24種の詭弁が例示に過ぎないとする一方で、ウダヤナはこれらを全て非知覚による対等(anupalabdhisama)の仲間に入れて、24種の枠組みを守る。カシミールとカーシーの伝統の違いか。

そのほか本のレビューで大蔵経データベースの『大毘婆沙論』を調べたり、日記で『法華経』を読んだり。こういうときはWikipediaより『仏典解題事典』などが役立つ。

これからお買い物。明日は一泊で研修会。葬式やら体調不良やらで欠席者続出中だが、踊りはうまくいくだろうか。

観音様の功徳

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法華経の観世音菩薩普門品は、曹洞宗でもよく読まれるお経である。そこでは、観世音菩薩を信仰する功徳が説かれている。このお経はお釈迦様が亡くなって400年ほどして、紀元前後ころから起こった在家信者による宗教文学運動の一環として西北インドで作られたという。どういう経緯で著作されたかは明らかでないが、実話に基づいているような気がしてならない。

パターンは決まっていて、窮地に立たされたときに観世音を念じれば助かるというもの。ひとつだけ、男女産み分けできるというのがある。

・財宝を船に積んで難破し、羅刹の国に漂着しても脱出できる
・処刑されそうになったときに処刑人の刀が折れる。足かせや鎖でつながれていても解ける。
・財宝を持って旅行中に盗賊に襲われても、無事に逃げられる
・息子がほしければ容姿端麗で上品で優雅な息子、娘がほしければ容姿端麗で上品で優雅な娘が生まれる。
(以上散文)

・火が燃え盛る穴に落とされても火が消える
・海で難所や怪物の住処に落ちても海に沈まない
・崖から突き落とされても太陽のように宙に浮く
・大石を頭上から落とされても一本の毛髪も害われない
・剣を持った敵に囲まれても皆改心する
・処刑されそうになっても剣はばらばらに砕ける
・足かせや縄で縛られてもすぐ解ける
・呪いや悪霊を仕向けられても送り主に還る
・鬼や悪魔に囲まれても一本の毛髪も害われない
・猛獣に囲まれても皆逃げ去る
・毒蛇に囲まれても毒が消える
・雷雨に襲われてもすぐ静まる
(以上偈文)

想像だといえばそれまでだが、まず発想が在家である。お坊さんなら、財宝を持って旅行したり航海したりしないし、息子や娘を望むこともない(日本仏教なら跡継ぎの息子がほしいところだろうが)。それからやけに迫害されている。今の新興宗教の一部のように、法華経を編纂した人たちは強烈な信仰心のゆえに非社会的な集団として迫害されたのではないだろうか。法華経を奉じた日蓮の佐渡流罪を思い起こさせる。

ただ、今の日本では功徳としてあまり魅力的ではない。猛獣や毒蛇に囲まれたりしないし。せいぜいオヤジ狩り・オタク狩りに逢わないといったところか。

今風に解釈すると、こんな感じだろうか。あまりに現実的だと、観世音を念じたのにダメだったということもありそうだが。

・預金先の金融機関が破綻して、借金まみれになっても逃げおおせる
・冤罪で懲役や死刑になっても、無罪判決が出る
・家が火事や地震に襲われても、無事に脱出できる
・交通事故に遭いそうになっても、無事でいられる
・詐欺に遭いそうになっても、騙そうとした人が損をする

表題の答えは現世と来世の間にある世界を七日間ずつ七回さまよって、七回の審判を受けるからで、なぜ七なのかといえば七曜ということと、七という数字は素数で縁起がよいという説明がなされている。

中陰四十九日説の由来は、『阿毘達磨大毘婆沙論』(インド、2世紀ごろ)第七十で設摩達多という人の説として「中有極多住七七日。四十九日定結生故。」という文言に由来する。ほかにも七日以内という説と無限という説が挙げられている。ここでも根拠述べられていない。インドでも時間のひと区切りであった七日を適用したものという説明しかなさそうである。

とはいえ、後世には冥土の旅の絵解きなども作られ、死者が三途の川を渡って地獄極楽めぐりをするという観念が一般化しているので、それと四十九日を重ねて説明を試みてもよかったのではないか。

仏教にはとてつもない広さや長さがあるのを数学的に分析したくだりは面白い。お釈迦さまの守備範囲である一仏土は、小世界十億個分で、小世界を太陽系くらいの広さと仮定すると、一仏土の幅は100万光年。さらに西方浄土は十万億仏土なので、1000京光年の遠くになるという。

天人の寿命は500歳だが、天界の1日は人間界の50年にあたるので、人間で言うと9125000歳。しかしこれは天界でも下のほうの下天の話で、もう少し上の兜卒天は、1日が人間界の400年にあたり、天人の寿命は4000年に延びる。人間で言うと5億7600万年である。ここに住む弥勒菩薩が人間界に現れるのが、釈尊入滅後56億7千万年といわれており、1桁違うがだいたいこの計算に合致する。

「劫」という時間の単位は、実際何年かを考察してもらいたかった。天女が百年に一度、羽衣で7km四方の石を軽くひとこすりして、その石が摩擦でなくなるくらい、または7km四方の箱に芥子の実をつめて、百年に一度一粒ずつ取り出し、全てなくなるくらいが一劫である。

本に書いていないので自力で計算してみる。すりきれのほうは定量的な評価ができないが、芥子の実の直径を0.8mmとすると、体積は0.512立方mm。7km四方の箱には2垓8446京個入るから、一劫はその100倍で284垓4600京年ということになる。

世界は20劫ずつ成・住・壊・空の段階があり、合計80劫で1サイクルとなる。現在は住劫の第9劫だそう。仏教の尊い教えは、百千万劫に1度会えるかどうかだという説き方があるが、その長さを年で表したら、2溝8446穣年となる。お釈迦様の教えに行き会うまでいったい何回生まれ変わって待っていなければならないのか。

仏教由来の単位である恒河沙、阿僧祇、那由他には30桁くらい足りないが、宇宙ができた137億年前、地球が誕生した46億年前なんていうのはごく最近の話という気がしてくるから面白い。

ほかに大仏の黄金比や、百八つの煩悩の計算など。こじつけに感じる説明もあるが、仏教のいろんな数字に着目して整理した本として面白く読めた。

朝日新聞に2年間にわたって掲載されたコラムを加筆修正したもの。初期仏教の思想を、現代の生活に即して紹介する。著者は花園大学の教授だが、空理空論に走らず、また抹香臭い説教にもならず、日常の言葉で語っているところがよい。

インドの仏教では当初、肉食と殺生は切り離して考えていた。生き物を殺さないようにして暮らしつつ、お布施はありがたく頂かなくてはならない。しかし一部の仏教徒が肉食しなくなったのは、インド社会の「肉には穢れがある」という考えに影響されてのことだという。それでは「差別の沼に足を踏み入れている。」

お寺は、野宿で暮らす修行者を気の毒に思う人が建てたのが始まりである。今も、お寺に固定資産税がかからないのは、公共物だからであり、仏道修行という業務、誠実さという家賃を怠ってはならない。建物だけは立派なんてことになっていないか。

仏教は本来、非社会的な宗教であり、世間の片隅で悩む人たちをそっと受け入れてきた。お釈迦様が、自分の出身の一族が滅亡させられてしまうが、政治的にも軍事的にも抵抗しなかった。それは「仏教は政治に関わることができない」というメッセージだという。

その一方で、社会に迎合してしまう危険性がある。日本中の僧侶がこぞって戦争協力をしたのは、当時の善意でもあっただろう。この「宿命的板挟み」には、自分の考えが絶対正しいと思わないことと、仏教がもつ独自の世界観を失わないことで正しい判断を心がけるしかない。世界平和だって、ときに全ての人の幸福になるとは限らない。

宗教の実体は、資金調達と使途、決定システム、一般社会からの批判に対する対応、政治へのかかわりの4点が注意点である。ありのままに社会に向かって公開できているか。不都合なことは隠していないか。

仏教の3つの柱に入っている「僧」とは、集団としての僧である。集団生活には、雑事に時間をとられず、病んだり老いたりしても支えてもらえる相互扶助システムがある。僧侶は、みんなと力を合わせて修行に専念していることによってのみ、敬われる存在になるということだ。

慙愧=良い人を敬い、至らぬ自分を反省するのはとてもよいことであるとされる。劣等感も、心の大切な栄養であるという。傲慢になって地道な努力をやめてはならない。

仏教では自業自得ということをよくいう。でも著者は「そうやって批判する人は、今苦しんでいる人たちの、苦しみの原因を、きちんと論理的に説明できるのか」と反問する。社会の巡り合わせまで考えることが必要であり、因果応報を誤ってはならない。

「お坊さんの価値」は、新聞連載時から気に入っていた一節だ。お布施の適正価格が決められないのは、僧侶の「姿や言葉」に対して払うものだからである。金額を、お布施をされる側が決めるのはおかしいことなのだ。

お釈迦様の遺言に「自灯明、法灯明」と2つあるのは、どちらか一方ではいけないからだと著者は考える。前者だけでは独りよがりになり、後者だけでは盲信になってしまう。「一見修行しているが、実際はパターン化した儀礼を繰り返すだけ」というのは鋭い指摘である。

ほかにも輪廻、自殺、科学、悟り、言葉など興味深い問題が続々。どの章を取っても、自分に当てはめてあれこれ考えたくなってしまう。折に触れて思い返し、考えていきたいことばかりである。

朝の日課

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長女が小学校に入って早いもので1年。ようやく朝のスケジュールが固まりつつある。

6:20 起床 長女を起こす・着替え・洗面
6:30 テレビ体操 お湯を沸かす・PCでメールとmixiのチェック
6:45 朝食を作る 長女は朝読み・髪とかし・テレビ
7:10 朝食を出す 仏様に食事と水・お茶をあげて朝のお勤め
7:30 長女登校 朝食を食べる・新聞を読む
8:00 次女・長男起床 朝食を出す・洗濯もの干し
8:50 長男登園 バス乗り場まで送り

子供の起床時間や機嫌はイレギュラーなところもあるが、ルーティンワークになるとあまり忙しさは感じない。近所の勤め人は8時始業だから、それと比べるとだいぶ余裕がある。

妻と母はそれぞれ次女・祖母の世話のため夜が遅く、だいたい7:10頃から登場。子供と一緒にご飯を食べてもらったり、次女にご飯を食べさせたりするほか、洗濯もの干しや長男の送り、日によって弁当作りをする。

9:00から16:00は仕事がなければだいたい自分の時間(次女の世話は妻任せ)。勉強にしろ、ブログ更新にしろ、翻訳にしろ、ほとんどPCの前にいる。運動不足になるわけだ(朝のテレビ体操をしているのは長女だけで、私はメールのチェックをしながら部分的にやるだけ)。

来月からは妻がいなくなり、次女が保育園に通い始める。もう少しタイトなスケジュールになりそうだ。

法事札

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お正月に、お寺では今年法事が当たっている方の法事札を張り出す。いつから始まったのか分からないが、近隣の寺院はどこでもやっていることであり、珍しいものではない。

どこのお寺もそうだが、法事札には戒名、俗名、享年、地区、現在の当主、続柄、回忌年数などが記されている。お正月に年始にいらした檀家さんは、これを見て今年自分の家で法事がないかを確かめる。法事が終われば住職がその分をはがし、1年かけて少しずつ札がなくなるという仕組みだ。

この法事札、個人情報保護の観点から問題があるのではないかということが数年前にあった。でもそのときは、全員に承諾を得る必要はなく、掲示拒否の申し出がなければ掲載してかまわないという通知が出された。

しかし、去年になって、掲示拒否の申し出がなくとも、法事札の掲示は望ましくないという見解を本庁で聞いてきたという方がいた。理由は相変わらず個人情報保護だったが、どうも法事をしない人の急増が背景にあるのではないかと思っている。

お坊さんを呼ばないでお墓参りだけとか、そもそも法事をしないとか、そんなかたちが増えているらしい。いわゆる寺離れである。確かに、意味の分からないお経を読んで、檀家さんとゆっくり話をせずにすぐ帰っていくお坊さんには、ありがたいと思う暇もないし、お布施のし甲斐もない。

今はお葬式もお坊さんを呼ばないで行う人が増えているのに、まして法事で呼ぶはずもない。お坊さんが法事に呼ばれなくなれば、お寺に法事札を貼っておいても仕方がない。

田舎ではまだましである。法事をしないと、法事札はずっとお寺に貼られたままになる。これが田舎では無言の圧力になることが多い。残された法事札を見た本家や親戚が、早くしろよと忠告するからである。

お寺としてはそういって促してもらえるのはありがたいが、一歩間違えると、世間体のために法事をするというような話になりかねない。そんな法事は早晩形骸化する。無言の強制力で、施主家の自主性を失わせ、法事を形骸化させる恐れが、法事札の掲示にはあるかもしれない。

お寺がお葬式や法事ではもう成り立たない時代が近づいている。しかし今一度、法事は何のために行うのか(もちろん、亡くなった人の祟りを恐れてなどでは決してない)を説明するとともに、やってよかったと思われる法事にしたいと思う。

パーリ文法学

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インド留学中にサンスクリット文法学を教わっていたマヘーシュ・デオカール先生が来日し、東大で講演会を開かれるというので聴きに行ってきた。副貫首の選挙の仕事が終わってすぐ長井線に飛び乗り、夕方には東大へ。

上野から東大構内行きのバスに乗り、第二食堂前で降りる。生協書籍部に立ち寄り、哲学と宗教学のコーナーで立ち読み。そして法文二号館まで歩く―いつものコースだが、久しぶりで懐かしい。

マヘーシュさんは、全盲の天才文法学者である。パーニニという紀元前の文法学者が作った4000近いサンスクリット文法の規則を暗記しており、しかも専門はパーリ文法学。現在、プネー大学のパーリ学部長を務めており、サンスクリット学部を上回る100人以上の学生を受け持っている。実は私より3つしか年上でないことを今回知った。

私がインドに留学した折、先に留学していたIさんの紹介で授業に出席した。カーラカという、サンスクリット語に七つある格の使い分け方についての講読だった。大学はすぐ休みになるので、日本人3人で自宅に押しかけたり、逆にお招きしたりして講読を続け、ずいぶんお世話になったものである。私が最初に師事した先生が多忙でかまってもらえなかった時期は、図書館でも文法学ばかり勉強していた。

さて演習室に着くと、マヘーシュさんの子供たちがマラーティー語で騒ぎながらホワイトボードに落書きしている。私が帰国してから生まれたサンバル君はもう4歳。うちの長男と同じ年である。プロジェクターの明かりに照らされて、得意げに演説を始めたが、お母さんに抱えられ悲鳴を上げながら出て行った。長女のサユリちゃんはもう10歳で、英語もよく話す。講義を聴きに来たのは先生を含めてたったの8人。いくらマイナーな分野とはいえ勿体なさ過ぎる。

講義の内容は、非パーニニ系統のサンスクリット文法学やパーリ文法学の概要と、文法学の目的について。テクニカルで複雑なパーニニのシステムに対し、後世になって分かりやすい文法学が生まれた。カータントラ派とチャンドラ派である。術語を用いず、例外的な規定を削って規則を減らし、各章で完結し、ヴェーダ語を収録しないことで、一時はパーニニよりも人気を博した。仏典と共にミャンマーやチベットまで伝播したという。

同じ時代、パーリ文法学も生まれた。カーッチャーヤナ、サッダニーティ、モッガラーナの3系統があり、後代になるに従って改良が加えられ、サンスクリット文法学の影響も見られる。

サンスクリット文法学のもともとの目的は、バラモン教の柱であるヴェーダ聖典の理解と正しい読誦のためである。ヴェーダには祭式の次第や由来、そこで唱えるマントラが記されている。祭式を聖典通りに行い、マントラを正しく発音できなければ、バラモン教の司祭としては失格である。そのために文法学を勉強する必要があった。さらには、サンスクリット語を理解するバラモン階級の社会的アイデンティティにもなる。

しかし主流派のサンスクリット文法学はやがて、自己目的化していった。文法学を学ぶこと自体が真実を知るということであり、解脱の道であるという人が現れたのである。そこから言語自体が究極の真理であるとか、言語なしには思考もないという言語哲学も生まれる。日本の言霊信仰や、ヴィトゲンシュタインの言語哲学のようなもので、ヴェーダの文言を究極の真理とする一派と共に、インド哲学特有の思想を形成している。

これに対しパーリ文法学は、あくまで仏陀の言葉を正しく理解するための手段と位置づけられた。大事なのは言葉ではなく仏陀の意図であり、経典に説かれた内容を理解することで涅槃を目指す。非主流派のサンスクリット文法学も事情は同じである。中世からは多くの仏教書がサンスクリット語で著作されており、マスターしやすい文法書が求められたのだろう。今の日本でいうと、辻直四郎では難しすぎるので、ホンダ(ゴンダ)が使われるようなものか。

質問では、サンスクリット語がバラモンのアイデンティティになったように、パーリ語が仏教徒のアイデンティティになったということはないかを尋ねた。インド留学中、仏教を信奉する被差別部落を訪れ(仏教が一端絶滅し、東南アジアから逆輸入されたインドでは、ヒンドゥー教の階級社会からはみ出した被差別階級が仏教を信奉しているという事情がある)、仏教徒なのになぜパーリ語ではなくサンスクリット語を勉強するのかと詰め寄られたことがある。しかし中世には仏教はサンスクリット語で研究されており、サンスクリット語=バラモン教、パーリ語=仏教という単純な二分法ではないようだ。もっとも、現代ではサンスクリット語=大乗(北伝)仏教、パーリ語=上座部(南伝)仏教という相克があるのかもしれない。

講義が終わるともう20時。戻ってきたマヘーシュさんの家族と一緒にそのまま演習室でテイクアウトのインド料理を食べた。上野泊。今日は6時18分発の朝一番の新幹線で帰り、10時から写経教室である。

副貫首選挙

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今日は本山の副貫首選挙の投票日で、立会人をしてきた。副貫首は次期に禅師(本山の住職)となる重要な役職である。同じく選挙で就任された善寶寺の方丈さんが昨年遷化されたため、その後任を決めるための選挙ということになる。

僧侶の世界では根回しが徹底されるせいか、無投票になることが多く、選挙は珍しい。毎日のように両陣営から手紙や葉書が届いたが、今回は誹謗合戦にならなくてよかった。前回は、これが本当に僧侶の書いたものかと思うような見苦しい誹謗もあった。

この選挙、国政選挙のように本格的で驚いた。投票箱に何も入っていないことを確認して施錠。鍵は封筒に入れて押印する。選挙人名簿を参照し、投票用紙を渡して投票受付。投票終了後、投票箱は紙の帯で封をしてまた押印。余った投票用紙は本庁へ簡易書留で返送。そして立会人とともに開票所に届ける。報告書を提出し押印。さらにここから別の立会人のもと開票作業が行われ、結果が本庁に報告される。本庁は、投票数と残票数を足して、発行数になることを確認した上で有効になるという。

これが今日、全国一斉に行われているのである。事務費用のほか、立会人には日当も出る。果たしてそこまでかける意味はあるのかとは思ったが、ダライラマのように、亡くなった禅師の生まれ変わりを見つけて、その子を育てれば……とはいかないか。

開票所から直接長井線に乗って都内へ移動。夕方からは大学で講演会がある。

今日の勉強

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勉強することが珍しくなくなるまで、しばらくこのタイトルで。

ムンバイ版との照合作業は7/60。夕方から始めたのであまり進まず。

8日に送る日本印度学仏教学会発表の発表要旨をささっと作成。ゲーム的にものを見る癖がついているなと実感した。まあ、古代・中世インドのディベートにもルールがあるわけで。

今日はあと『ボードゲーム・ジャンクション』の書評と『哲学としての仏教』のレビューを書いたり、ドイツ人の原稿を翻訳したりと、ずっとPCの前。

明日は午後から上京して夕方の講演会に出る。『今回の講演会では、日本ではなじみの薄い非パーニニ系の文法学諸派の特徴と、パーニニ系及び非パーニニ系諸派における「文法学の目的」に関する哲学的議論についてお話いただく予定です。』という案内だったが、どこまでマイナーな話になるか楽しみである。

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学会発表要旨
六主張論議(SaTkoTika/SaTpakSin)は、仏教徒とニヤーヤ学派が取り上げる議論の形式で、『廻諍論』、『方便心論』、『ニヤーヤスートラ』(2〜3世紀)に収められている。立論者と反論者が、対立する主張と反論を交互に3回ずつ提示するもので、『ニヤーヤスートラ』では両者ともに敗北し、『廻諍論』と『方便心論』は反論者の勝利と判定している。

ニヤーヤ学派で両者ともに敗北と判定されるのは、他説追認(matAnujJA)と繰り返し(punarukta)という2つの敗北の場合に該当するからだが、ウダヤナ(1050-1100A.D.)は著書『ニヤーヤ・パリシシュタ』において新たに詳細な解説を加えた。その中で、三主張論議・四主張論議・五主張論議もありうることを述べ、数が増減する理由を、立論者と反論者のほかに、討論の主審と、通常は発言権のない会衆の出番に求めた。敗北の場合に該当することを指摘するべき人が指摘しなかった場合、論議は延長され、次に指摘するべき人の出番になる。

さらに、勝敗ではなく真実を追究する議論では、主審がいなくなり、立論者が自ら訂正する場合が想定される。勝敗を競う議論で自論を訂正したら、その時点で別の主張(pratijJAntara)という敗北になってしまう。

このように、古い伝承を、実際の議論の場面に当てはめて解釈しなおしたウダヤナの独創性を提示するとともに、当時の議論のあり方を討論会の次第や役職と合わせて見直す。

存在・言語・心・自然・絶対者・関係・時間という7つのテーマについて、仏教哲学の考え方を提示し、近代合理主義やポストモダニズムなどの西洋主導の哲学に対して新しい見地を見出そうとする書。

説一切有、唯識、禅、如来蔵、華厳、多仏、縁起、中観などの仏教哲学の粋を集め、その現代思想的な意義を模索する。

例えば五感の世界には物はなく事しかないのに、言葉が適用され、それが潜在意識に蓄積されて、世界を構造化するという唯識思想をもとに、言語で固定化された世界を解体する。これがいわゆる「不立文字」「教外別伝」であり、その上で坐禅や禅問答によって、高次元な問答や詩的言語に移行し、真実を語ろうとする。そう考えれば、禅と密教は遠いものではない。

また善意でさえも自我への執着から生まれているのに、善を実行し続けるのは、自覚的な選択によって、我執にとらわれた自我を変えていく。これが修行である。

天台における「草木国土、悉皆成仏」の論理は面白かった。釈尊と我々が住むこの世界は別物ではないから、釈尊が成仏した以上、この世界も成仏したといわなければならない(「依正不二」)。そこから自己の身心と自然の同一を見る。ほかの理由は本覚思想が色濃いが、釈尊によって成仏させられた世界に私たちが生きているという世界観は示唆に富んでいる。

道元の而今という時間論も分かりやすい。永遠の今以外に時間はなく、そこに立てば、老いることも死ぬことさえもない。生きている限りは、死なないし、死んだらもう死なないからである。やや詭弁がかった言い回しにも聞こえるが、坐禅の中で体得される覚悟というものだろう。

入門と題しながら難解な専門用語ばかりなのと、仔細な比較なしに、西洋哲学と比べてやたら「モダンではないか」というのは鼻につくが、その西洋哲学者を紹介していて知識が増えた。哲学だけで現代社会にはたらきかけるのは難しいだろうが、少なくとも仏教が現代を分析するひとつの道具になりうることを、本書は確かに示している。

今日の勉強

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後輩の結婚披露宴から帰ってきて、まだ熱意が冷めていないので勉強した。ファイルの最終アクセスが2007年3月だったので、実に3年ぶりで手をつけたことになる。印刷した訳注を探すのに30分くらいかかってしまった。

ちなみにインド留学中に、A4で200ページほどのテキスト校訂と訳注を作っており、そのまま博論にするつもりだった。だが先生に見せたら、もっと解説を入れるようにとの指示が出た。そこで序文を書き始めて、いろんな本を読んでいるうちに、執筆が完全に止まってしまったという次第。

今日の勉強は休んでいる間に刊行されていたムンバイ版(K.ジャー編)とのテキスト照合。4/60ページくらい。系統としてはマドラス写本・ティルパティ版で、コルカタ版を適宜参照したようだ。コンピュータ製本で読みやすい。ヒンディー語の序文が15ページほどあるので読んでみよう。今月中に照合が終われば、あらためて博論に取り掛かることができる。

あとそれから9月の学会申込が来週8日までなので、それまでに発表要旨を作る。8年ぶりの発表となる今回は、ウダヤナによる六主張論議と審判・会衆の役割について発表してみたい。

さらに今週の木曜日には、インド留学中にずっとサンスクリット文法学を習っていた先生が東大にいらっしゃる。上野に1泊して聴講する予定。

あの結婚披露宴がきっかけで、一夜にして研究者に戻ったのは不思議なことである。

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