2011年9月アーカイブ

曹洞宗で梅花流詠讃歌が始まって来年で60年、その教学的な位置づけは今なお曖昧なところがある。御詠歌嫌いを公言して憚らない和尚さんや、おばあちゃん方のお茶飲みの口実ぐらいだと思っている檀家さんもいる(あながち間違っていないが)。ずっと前になるが、大学の先輩から「歌舞観聴」に当たるのではないかと指摘され、口をつぐんでしまったのはずっと記憶に残っている。

そんなところに先月、港区の宗務庁で行われた梅花流指導者講習会で、佐藤俊晃師(秋田県龍泉寺)の「詠讃するということ」という講義録を頂戴した。特派師範協議会で講義されたものを、伝道部詠道課で印刷製本したものということ。これが非常に腑に落ちたのでここに要約しておきたい。

講義録といっても、学術論文といってもいいくらい綿密な研究である。第一章で道元禅師の和歌の成立経緯とそこに込められた仏教的な意味を探り、第二章で「転読」のもともとの意味を手がかりに声明と御詠歌を結びつける。そして第三章では『傘松道詠』の序文から、詠讃が伝統的に推奨されることを論証している。

川端康成が言及したことで有名になった道元禅師の和歌「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて 冷しかりけり」は、父親である源通親の「春は花 夏はうつせみ 秋は露 あはれはかなき 冬の雪かな」を元にしていると考えられる。しかし川端がいうように四季の美や日本の真髄を伝えたものではなく、花は「一華開五葉」や「拈華微笑」(『正法眼蔵』梅花)、ほととぎすは天童如浄の「杜鵑啼く、山竹裂く」(『正法眼蔵』諸法実相)、月は「心なる一切法」(『正法眼蔵』都機)、そして雪は「慧可断臂」の雪(『正法眼蔵』行持)と、全て仏法に対する厳しい志を詠んだものと解する。道元禅師の和歌は、深遠な仏法を僅かな言葉でまとめた経典(スートラ)なのである。

中国では、お経の読み方に略読、速読、真読、転読があったらしい。転読は今では、大般若会で御経本をパラパラめくりながら読む方法だが、面山瑞方禅師によれば、もともとは中国で一句一句節を付けて(声を転じて)ゆっくり読むこと(声明)だったという。インドで、韻文のお経を「歌詠讃歎」していることは中国でも知られていた。中国にも、そのような「梵唄」の名人がいたことが伝えられている。ひとたび一節を唱え始めると、行き交う象や馬まども立ち止まったという。この系譜に、経典である道元禅師の和歌の詠讃が加えられても不自然ではない。

そして道元禅師の和歌54首は、没後200年以上経ってから『建撕記』にまとめられた。ここから和歌だけを抽出した『傘松道詠』序文(1750)で、面山瑞方禅師は「もし人ありてわずかに一首のを唄詠し以て道味を諳ずれば、すなわち八萬法蔵の起尽、またあに此の外ならんや」と寄せている。この「唄詠」(写本から異読の可能性も言及しているのは非常に信頼できる)こそ、詠讃を推奨するものであると結ぶ。

御詠歌は声明であり、声明は偈文であるということは前から伺っていたが、それが中国・日本の出典をもって跡づけられたのはたいへん喜ばしい。釈尊の教えを心を込めて唱え奉り、多くの人に伝え、そして後の世に伝えていきたいという思いを強くした。

修証義の新経本先代から使っていた経本がだいぶ古くなったので、この度経本を作り直した。法要などで使いやすいよう、テキストを打ち込んだファイルを近所の印刷所に持ち込み、以前の経本と同じサイズ・デザインで作ってもらった。

もくじ
・修証義 総序
・般若心経
・修証義 行持報恩
・慈経
・慈悲の瞑想
・般若心経(現代語訳)
・修証義 総序(現代語訳)
・修証義 行持報恩(現代語訳)
・追弔御和讃
・新亡精霊供養御和讃
・追善供養御和讃
・報恩供養御和讃

修証義はお葬式で一緒に読んでいただくもののみ抜粋。順序もお葬式で読む順に、般若心経を間に入れた。そしてこの頃法事でよく読んでいる慈経と慈悲の瞑想は、パーリ仏教から。さらに修証義と般若心経は、できるだけ短く分かりやすいことを心がけた拙訳を掲載。これも法事で一緒に読んで頂くつもりである。最後に、法事でよくお唱えする供養編の御和讃の歌詞を載せた。

一方、檀家さんと一緒に読むことのない観音経と舎利礼文、修証義の第2〜4章は割愛した。

修証義の総序だけを読むと、罪悪感を抱かせるだけなので続けて第二章を読むというご寺院さんもいらっしゃるが、その前に、一般の方は意味も分からず読んでいるみたいである。修証義は明治時代に編纂されたものだが、正法眼蔵の抜粋なので中身は鎌倉時代の言葉。それでも漢文をそのまま読むのと比べればだいぶ理解できるが、論理展開まではついていくのはたいへん。今回、現代語訳にして読んでみて、自分でもいろいろ腑に落ちるところが多かった。

お葬式用の経本入れに130冊セットし、法事用かばんにも25冊ほど入れてある。これで秋からの法事は進めやすくなりそうだ。多めに刷ったのでお正月には全檀家さんに配りたい。

洞松寺オリジナル経本はB6サイズ54ページ。ご希望の方には実費(1冊250円+送料)で頒布します。お申し込みはhourei@e.jan.ne.jpまで。

学生時代、ドビュッシーやプーランクのフランス音楽にどっぷりとはまっていた。ベートーヴェンやブラームスなど、ドイツ音楽の重厚さには付いていけず、軽やかなメロディと淡いハーモニーが心地よかったのである。

「これでーいいのだー♪」という歌がサントリーのCMやラジオでときどき流れて、すごく気になっていたが、テレビで来日したニュースをもとに歌手が分かって購入。ちょうどフランス語を勉強しているのでリスニングもかねて。ボーナストラックがある盤とない盤があるので注意が必要だ。

うる星やつら、キャッツアイ、タッチ、サザエさん、ドラえもん、ちびまる子ちゃんなどおなじみの曲ばかりだが、歌詞がフランス語(一部英語)になってパーカッションがボサノバになっただけでまるで違う音楽に聞こえる。カーオーディオで流して田園の中を走れば、まるで南仏をドライブしているかのよう。

特に気に入っているのはアンニュイなサクソフォンの間奏が流れる「とんちんかんちん一休さん」と、「ゲ」の2つ目が下がるゲゲゲの鬼太郎で、よく聴いている。「元祖天才バカボンの春」はオリジナルからしてずいぶん物悲しい曲だと思っていたが、さらにしみじみとしていて、もののあはれを感じさせる。

異安心

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『超訳 ブッダの言葉』や『偽善入門』などを著し、このごろメディア露出度が高い僧侶、小池龍之介師が、浄土真宗から破門されていた。仏教教団で最も思い罰である波羅夷(教団追放)である。

破門の経緯は、小池師のお寺のホームページに記載されている。浄土真宗と異なる教義を流布したことが原因で住職申請が認められず、お寺を宗派から離脱・単立化させたため、他宗派の寺院を設立して活動してはならないという規定に基づき、破門されたということのようだ。

浄土真宗と事なる教義を流布したことについて、小池師は「仏教とは釈迦の教えを根幹にしたものであり、浄土真宗も仏教である以上は、釈迦の教えに学ぶのも修行をするのも決しておかしなことではありません。釈迦の教えと浄土真宗の教えが相反するというのであれば、浄土真宗は仏教ではなくなってしまうということにならないでしょうか」と反論している。

小池氏は東大教養学部(ドイツ地域文化研究)卒で、理論派僧侶として「解決!紳助の駆け込み寺」にも出演していた。瞑想をよく説くので、破門よりも真宗の僧侶だったことに驚いたくらいだ。

私もその傾向があるが、理論派というのは原理主義に走りやすく、初期仏教(テーラワーダ仏教)に惹かれていく。初期仏教は、これまで「小乗仏教」と揶揄してきた南伝仏教に多く伝わっており、仏教学の成果もあって近年ようやくその内容が日本に知られ始めている。

ところが日本の伝統仏教は、中国経由で長い年月を経て伝えられてきたものだから、初期仏教とは様相が異なる部分が多い。初期仏教も伝統仏教も重んじて、両者のギャップをどう解決するかが、現代の日本僧侶の課題となっている。小池師も当然この意識はあるのだろうが、反論からは主従関係(浄土真宗が従)が垣間見れる。これでは異安心と取られてしまうだろう。

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異安心(いあんじん)
正統説とは異なった見解・解釈。ことに親鸞が説いた真宗の安心とは異なった異端説をいう。親鸞当時すでに一念他念の諍いがあったが、蓮如のころに至って最も多くこの異端が現れた。十劫秘事・一益法門・施物だのみなどがそれで、その後、地獄秘事・御倉法門などの秘事が現れた。事件としては宝暦十三年(1763)に起こった三業惑乱が最も著名。(仏教語大辞典)
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曹洞宗ではあまりこういったことをいわないが、外道であるバラモン教、特に仏教徒とひたすら対立し続けたウダヤナの研究などして、インドのバラモンに師事したりもしているので、他人事ではない気がする。

ただ、宗派は純粋に教義だけで動いているのではない。教団である以上、政治というものがあり、原則から外れることがあっても、トップに立つ人の鶴の一声や多数決で決まっていくこともある。小池師の破門でもうひとつ思うのは、故郷山口県のお寺の周囲に応援してくれるご寺院さんがいなかったのだろうかということである。

東京で活躍しても、故郷を蔑ろにすれば、しっぺ返しはありうる。宗門系の大学を出ていればまだ知り合いも地元にいて応援してくれるだろうが、東大では孤立無援になりやすい。宗門は僧伽(僧侶の集団)で成り立つ義理と人情の世界なのである。これまた、地元でよく不義理をはたらいている私には、他人事とは思えないところである。

教義のギャップと、人のギャップ。私は初期仏教も道元禅もどちらも同じ価値のあるものだと思うし、近隣のご寺院さんの力添えなしでは何もできない。なので単立化して破門されるなんてことは全く望まないが、フリーの僧侶となった小池師はかえって活動しやすくなったのかもしれない。今後の活躍を祈るところである。

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