坐禅

彼岸明けの念仏講

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毎年、彼岸明けに本堂で行われている念仏講を、今年初めて見学させていただく。

念仏は、葬儀の後に近所の人が集まって行うものだが、私は葬儀が終わると帰ってしまうため、どのようなものか今まで知らないでいた。しかし近年、ホール葬の増加と、後継者不足により念仏が省略されるケースが多くなっており、市の仏教会で調査・保存に乗り出すことになった。その手始めとして、まずは地元からというわけである。

地元の念仏講は現在47軒が加入し、年会費300円と、葬儀のときに100円の見舞金を出している。おとなりの念仏講は、年会費のみでまかなっているという。本日集まったのは47軒中、6名だけ。毎年のことだが、新旧の当番とあとちょっとしか来ない。昔はもっと多かったのに、残念なことである。

「ナカゴシ」と呼ばれる先達が中心に坐り、念仏箱からろうそく立てと鉦と数珠を出す。箱の裏には回数を数えるスライド式の札がついている。長い数珠を周囲に張り巡らせて、それを参加者がもつ。

ナカゴシは「願わくはこの功徳をもって…」「我昔所造諸悪業…」「三世十方の諸仏…」など唱えながら、鉦で合図を取って念仏を行う。南無阿弥陀仏(ナンマイダンブ)20回、南無地蔵大菩薩20回、南無釈迦牟尼仏(ナムシャカムニンブ)20回、そしてテンポを上げて南無阿弥陀仏40回。1回唱えるごとに「千遍」と書かれた札をずらすので、100回で十万遍唱えたことになるという。

念仏は民間信仰で、お寺の出る幕はないものと思っていたが、間に修証義の一節が唱えられるなど、住職が指導したような形跡も見られる。地域によっては、僧侶を招いて念仏を行うところもある。地域によってやり方が様々だからといって、お寺が知らないふりをできるものではない。地域の歴史などを読んで勉強してみたい。

終わってからは総会と懇親会。念仏講に限らず、お寺にもっと足を運んでもらう方法から、地域のニュース、仏事の豆知識などいろいろ話した。有益な時間であった。

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浄土真宗、浄土宗は『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』に拠るもので阿弥陀仏の本願に基づき観仏や念仏によって穢土であるこの娑婆世界を去って阿弥陀仏の極楽浄 土に往生しようと願う教えですよね?お釈迦様は『無量義経』に「四十余年には未だ真実を顕さず」と説き『法華経』に「正直に方便を捨てて但 無上道を説く」と説かれ四十余年に渡って説いた諸々の経は全て法華経を説く為の仮の教えであり法華経こそが真実の教えであると説いてますよ。浄土真宗、浄土宗の所依の経典はこの四十余年に説かれた仮の教えであり未顕真実の教えです。しかも唯一真実教である法華経を「千中無一」「捨閉閣抛」と言っては誹謗する法然や親鸞、数々の念仏僧侶はお釈迦様の教えに背いてますよ。この念仏を信仰する事 は無間地獄の闇へ堕ちます!『無量寿経』に「西方浄土の阿弥陀仏が念仏を称える者を救う」と説かれているがまだその後に続きがあり「唯五逆と誹謗正法とを除く」と言われ、要するに阿弥陀仏は「正法である法華経を誹謗する者は救えない」と言ってるのですよ あなた方は本尊と仰ぐ阿弥陀仏に背いている事を知るべきです。本尊とする阿弥陀仏はお釈迦様の経典に出てくる仮の架空の仏であり実際にこの世に出て衆生を教化した事などありません。また阿弥陀仏の本願力によって臨終の後、西方極楽浄土に往生すると言うが現実の世界を穢土だと言っては嫌う厭世思想や現実逃避の思想を生み出す事になります。しかも現実に苦悩してる人々を今世で救えないのでは真実の教えとは言えない。更に念仏の僧侶である善導は西に向かって極楽往生を願い柳の木から身投げ自殺をしたが固い土の上に落ち腰の骨を折り七日七夜に苦しみ死んだという事実がある。これこそがまさに正法である法華経を誹謗した罰の姿です。この正しい法華経を広めて下さり末法のこの世を救ってるのは日蓮様なのですよ。日蓮様は善導の死について「善導と申す愚癡の法師がひろめはじめて自害をして侯ゆへに、念仏をよくよく申せば自害の心 出来し侯ぞ」と言われ、現世を厭う事を教える念仏を唱えるならば、善導と同じように自殺願望の心が生 まれると破折されています。『法華経』には「我常在此。娑婆世界」 「我常住於此」「我此土安穏」と説かれており真実の仏は常に娑婆世 界に住して教えを示され衆生を教化されるのであります。あなたが単なる金儲けではなく真の平和を祷る僧侶ならば お近くの日蓮正宗 法華講の寺へ訪ねて改宗に南無妙法蓮華経

…文永元年11月11日は念仏の信者である東条景信や念仏僧侶が日蓮様を襲い、日蓮様の弟子の鏡忍房日暁と信者の工藤吉隆 が殺され日蓮様も額を斬られ左手を骨折し重傷を負いました。ここで1つ質問ですがいきなり襲い掛かり相手の最愛な弟子と信者を殺害するというこの凶暴的な行動をどう思われますか?それもこれも皆、念仏僧侶や念仏信者が起こした殺人なのですよ!あなたはこんな念仏僧侶の先輩に付いて行きたいと思うのですか?念仏は釈迦が法華経を説く為だけに説いた仮の教えであり本懐の肝心な法華経を説いたのだからそちらを信仰してゆくべきなのです。あなたが単なる金儲けではないなら 近くの日蓮正宗 法華講の寺をネットで探し て訪ねて改宗されなさい 念仏は無間地獄へ 落下する誤った宗派です南無妙法蓮華経

江戸時代後期から150年間続いた浄土真宗 西本願寺の末寺である帰命寺の元、住職だった吉田正信さんの体験談「地涌の流類への道」が本になりました。
http://turukame5940.blog.fc2.com/blog-entry-38.html


この住職は念仏では人々を救う事が出来ないとわかり、改宗したのです。あなたが単なる金儲けではなく真の平和を祷る僧侶ならば近くの日蓮正宗 法華講の寺へ訪ねて改宗されなさい南無妙法蓮華経

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このページは、おの2011年10月 3日 15:16に書いたブログ記事です。

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