2012年2月アーカイブ

ぶっちゃけ会議

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先日トランプでPTAの役員決めをしたが、その後、宗務所梅花講役員会、ゆうもあ理事会、隣寺との役員交流会、人権擁護委員会、児童センター給食検討委員会、子供育成会役員会と会議が続いている。

会議は往々にして「沈黙は金」を決め込む人が多いが、せっかく時間をかけて集まっているのにもったいない。早く終わらせたいのはこちらも同じ。だったらどんどん意見を出して、さっさとまとめるのがよい。

……と考えて思いつき次第どんどんしゃべる。ブレインストーミングの4原則である。

・批判しない
・思いつきでもしゃべる
・質より量
・他人の考えに便乗する

さらに、堅苦しい改まった言葉を使わずぶっちゃける。挙手するのは最初のうちだけ。時間が終わりかけているのに座長が何もしなければ勝手に仕切ってまとめてしまう。うざい奴だなとと思われたかしら、会議が終わると自己嫌悪に陥るが、その一方で、つられて意見を言い出す人もいるので会議としては成功していると思う。

人がたくさんいる前でもかまわずぶっちゃけてしまうようになったのは、ボードゲーム、特にコミュニケーションゲームのおかげ(弊害?)かもしれない。昨年1年間は、自宅でよくコミュニケーションゲームを遊んだ。そして一緒に遊んだコメント力(機転や表現力、笑いを取る力)の高いメンバーから大きく影響されたようだ。

ただし、こういう態度で臨むのは、友好的な議論になりそうなメンバーの場合。過去の経験から敵対的な議論になりそうなメンバーがいたら、警戒して言葉を選ぶ。

「論争を始める前に、必ず論争相手の特徴、彼我の能力差、聴衆の特徴をよく吟味しなさい。実に、慎重な吟味は、思慮ある者たちに行動を起こすべきか否かを教えてくれる。」(チャラカ・サンヒター)

3月4月は年度末・年度初めでいろんな会議がある。空気を読みつつ、あえて読まないでいく場面も増やしたい。

ブログ刷新

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ブログのレイアウトを直しているうちに、どうしても直らないので、1から作り直しました。過去のエントリーは見られなくなっているものもありますが、徐々に見られるよう復旧しています。 読みたい記事がありましたら、コメント頂けると優先的に復旧いたしますのでよろしくお願いします。

冬の山形頻出方言

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2年連続の大雪となった冬も、ようやく終わり始めてきた。道のわきにはうず高く雪が積もっているが、道路は圧雪状態でなくなり、乾燥しているところもある。家が密集しているところは、ダンプカーと除雪車がやってきて雪を川原まで運ぶ。春になればすっかり消えてしまうものに命をかけ(今年も雪下ろし作業中にたくさんの方が亡くなった)、多額のお金を投じる(山形県で40億円、長井市で3000万円)。水と緑に恵まれた雪国の宿命と受け入れるしかない。

冬になるとよく聞かれる方言をピックアップ。

かんじる:「非常に寒い」という意味でエロではない。「寒じる」と書くらしい。お正月にお寺にお参りに来たお客様が十中八九、開口一番にいう。

もさもさ:大粒の雪がどんどん降ってくる様子。ひと通り除雪を終える頃には、最初に除雪を始めたところは元通りに積もっていて、徒労感が漂う。

ほだ:歩けないくらい新雪がたくさん積もった場所。あえて踏み入れれば(ほだこぎ)、長靴に雪が入るのは必至である。

なでこげる:屋根に積もった雪が、寒さが緩んでまとめて落ちること。「なで」は雪崩のことらしい。雪下ろし作業中に起こると大変危険。

ざげる:圧雪状態だった道路が半分解けて、轍ができて車が通りにくくなること。「ざくざくになる」とも。車が揺れるので時速20km以上出せない。

ほかにもありそう。

FM山形「ふれあい一番おしょうしなう」のブログに載っていた会話。
A:いや〜、今日も かんじるずね〜。
B:んだな〜。おらいの家の池も すっかり しが 張ってだは。
A:屋根のなでこけ どが かなこりに気付けて歩がんなねな。
B:ほだど思って、上の方ばり 気にしったら、さっき どふらさ落ぢでしまった……。
(しが:氷/かなこり:つらら/どふら:雪の穴…米沢弁?)

毎年地元の公民館で行われている写経教室では、写経の前にお経の話をしている。1年目は般若心経、2年目は法句経を取り上げたが、3年目は修証義にしてみた。正確にいえば修証義はお経=仏説ではないが、お釈迦様の教えの核心を捉えていると思う。

第1章第5章と読んで、今回は第4章。翻訳にあたっては、専門用語をできるだけ平易な言葉に改めた。解説書を何冊か参照したが、どれも専門用語を噛み砕いてくれず苦労した。専門用語は、はじめは特別な意味をもっていたのだろうが、やがてその原義が分からなくなり、ジャーゴンやマジックワードになってしまいがちだ。

平易に訳してみると、これが今の世の中でも価値を失っていないこと、そしていかに今の自分が至らないかが思い知らされる。人に言うばかりでなく、自分ももう一歩進めたい。


修証義 発願利生 (現代語訳)

菩提心を起こすということは、自分が幸せになる前に、みんなを救おうと誓って修行することです。僧侶であろうとなかろうと、天人でも人間でも、苦しい境遇でも幸せな境遇でも、「お先にどうぞ」の心を起こしましょう。

外見が悪くても、この心さえ起こせばもうみんなの先生です。子供でも僧侶を教え導き、みんなの慈愛あふれる父親となります。性別は関係ありません。これが仏教の正しい法則なのです。

菩提心を起こしてから、地獄から天国までさまざまな生き物に生まれ変わっても、その生まれ変わりの縁がみな悟りのための修行となります。したがって、これまで無駄に過ごしてきたとしても、この生命が終わらないうちに急いで誓いをたてましょう。もう仏になるのに十分な力があるとしても、さらにその力をみんなの悟りのために向けるのです。無限に長い時間、みんなを救い続け、自分はいつまでも仏にならないという菩薩もいらっしゃいます。

さて、みんなを救うには四つの智慧があります。一つ目は与えること、二つ目は優しい言葉、三つ目は思いやり、四つ目は共に生きることです。これを菩薩は実践しているのです。

与えることとは、欲張らないことです。自分のものでなくても与えることはできます。多い少ないを問わず、その気持ちが大切なのです。したがってわずかな教えでも与えましょう。現世と来世で幸せのもとになります。わずかなものでも与えましょう。現世と来世で幸せのもとになります。教えもものとなるし、ものも教えとなるでしょう。どちらにせよ見返りを求めず、自分ができる限り与えるのです。舟や橋で川を渡してあげるのも与えることです。生計を立てるための仕事も、本来は与えることにちがいありません。

優しい言葉とは、相手を見てまず慈愛の心を起こし、その人のためになる言葉をかけることです。赤ちゃんに接するような気持ちで話しかければ優しい言葉になります。徳のある人はほめ、徳のない人はあわれんで言葉をかけましょう。敵でも降参させ、偉い人でも仲良くさせるには、優しい言葉が第一です。面と向かって優しい言葉を聞けば顔がほころび、心が豊かになります。人づてに優しい言葉を聞けば、決して忘れられません。優しい言葉には、天下を一変させるほどの力があることを学びましょう。

思いやりとは、分け隔てなく他の人のためになる手立てを考えることです。弱った亀や雀を助けた人は、見返りを求めず、ひたすら相手のためによかれと思って助けたのです。愚かな人は、他の人のためになることを優先すると、自分の分がなくなると思うものですが、そうではありません。思いやりとは、自分と相手両方のためになるのです。

共に生きることとは、自分にも他の人にも背かないことです。お釈迦様は人間の姿でこの世に現れました。周囲に自分を合わせることで、自分と周囲と同じくするという方法もあります。自分と他の人とは、永遠に関わっていくのです。海があらゆる水を拒まないのが共に生きることです。だから水が集まって海になるのです。

全ての菩提心の修行において、このような四つの智慧を落ち着いて思い巡らしましょう。軽く考えてはいけません。菩薩がほかのみんなを救い、引き受けることで私たちは救われるのですから、その計らいを礼拝し、敬いましょう。

今日は長男の一日入学だった。用意するものや集金の説明を受けた後で、PTAの役員決め。

2年前、地元の保育園の父母の会副会長になったとき、来年は会長で、再来年はPTAの1年部会長となるのが恒例だと聞かされていた。小学校へはほかの保育園からも入ってくるが、ごく少数しかいない。少数派を蔑ろにしている気もするが、地元の保育園の役員がそのまま持ち上がるほうが話が早い。

座長に選ばれると、立候補の有無を確認し、当然誰もいなかったので「恒例ですと私が部会長ということになるようですが、それでよろしいでしょうか?」と尋ねる。拍手で承認。

ここまでの流れは予想していたので、教頭先生に予めお願いしておいたトランプを取り出した。そして、1学年の役員は10名必要なこと、6年で60名になること、この学年は31名なので、1人平均で2回は必ず当たることを先に説明。その上で、15分という短時間で決めるためくじ引きにさせてもらった。

予め教頭先生と相談して、くじ引きにしても家庭の事情なども考えたほうがよいでしょうということだったので、家庭の事情でできない人、きょうだいのPTA・保育園役員が決まっている人には挙手して頂き、それ以外の人にトランプを配った。2スートとジョーカーで27枚用意したうち、5枚を抜いて22枚。

立候補は受け付けないんですか?という質問が出た。「1年生のうちに立候補して役をしておけば、高学年になってから部長・会長をしなくて済む」というのは兄・姉が小学校に入れば知っていることである。しかしそのようなことを知っているくらいPTAに詳しい人こそ、高学年のとき役員をやってほしい。何も分からない人ばかり高学年で残ってしまわないほうがよいと説明して納得してもらった。

配り残りがないことを確認して、残りの2スートから引く。ダイヤの8ならハートの8、スペードのQならクラブのQが当選。まず副部会長は私が引き、たまたま同級生(の奥さん)を引き当てた。残り8名の役員は副部会長に引いてもらう。当たった人は苦笑いしながら前に出てきた。私が知っている人もいれば知らない人もいる。

私がくじ引きにした狙いは、時間短縮、人材配分のほかに、仲良しグループの解消も密かにあった。「○○さんと一緒ならやる」という意見がよくある。私も保育園の役員決めのときは、つい知っている人に頼んでしまった。そのほうが頼みやすいし、活動しやすいのは確かだが、反面どうしても仲良しグループで固まってしまう。そのグループに入っていない人は情報も回らず、子供ともども孤立化する心配もある。田舎では、情報格差が生活格差につながりやすい。それをいかにしてシャッフルし、いろんな人が意思決定の場面に参加するか。PTAだけでなく地域でもお寺でも、同じ問題意識をもっている。

大事な人事をゲーム仕立てで決めることや、仲良しグループが分断されそうなことへの抵抗感もあるかなと思った。でも幸いほかの保護者の受けはよかったようで、来年もくじ引きにしましょうなどと言われた。私より若い人が多いので、心配したような抵抗感は少ないのかもしれない。

勝負はこれから。もともと知り合いでない人が集まっているので、1年後にはみんな友達になるよう、連絡を密にしていきたい。

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