2013年9月アーカイブ

本寺よりも先とは

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洞松寺が開かれた応仁年間(1467か1468)と伝えられている。ところが、本寺である盛興院(南陽市上野)の開山は文明元年(1469)なのである。開山はどちらも、瑞龍院五哲に数えられる月窓正印大和尚(生年不祥-1478/9/29遷化)。盛興院の方丈さんにも伺ってみたが、末寺が本寺より先に開かれるということがあるものか、不思議なことである。

最も可能性が高いのは、「勧請(かんじょう)開山」である。実質的に開山した和尚様が第2世となり、自身の師匠など尊敬する方を初代に据えるもので、洞松寺の場合だと第2世の休参正庵大和尚(生年不祥-1487/8/12)がこれにあたる。勧請開山は、第2世と年月が隔たっていることが多いが、月窓正印大和尚と休参正庵大和尚は、没年が9年しか離れておらず、同時代の人物である。謙虚な性格か、あるいは何か事情があったかで先輩のお名前をお借りしたと推測できる。実際の開山は1470年から87年までの17年間のいずれかということになる。

本当に洞松寺のほうが早いならば、最初は庵か小屋のようなもので、正式に寺院認可が降りたのが盛興院の後だったとも考えられる。あるいは時代が下ってから盛興院の末寺に組み入れられたということもあるかもしれないが、記録が全くない以上、推測の域を出ない。

いずれにしても洞松寺が開かれてから500年以上経過していることは間違いない。お寺の毎朝のお勤めでは、開山の月窓正印大和尚も、歴住の和尚様も供養するお経を読み、この地に仏教を伝える拠点を作り、維持してきた方々への感謝の念を捧げている。

枕経でときどき『正法眼蔵』から「生死(しょうじ)」を読んでいる。枕経では一般的に『遺教経』が読まれるが、これを道元禅師が解説した『正法眼蔵』の「八大人覚」のほうが聴いていて分かりやすいと聞き、読み始めた。その本には「道心」と「生死」も収録されており、亡くなった方の年齢などに応じて読み分けている。

「生死」には、次のような一節が現れ、頭を悩ませる(現代語訳)。

生から死にうつると心得るのは、誤りである。生は一時の位であって、すでに前があり、後がある。こういうわけであるから、仏法の中では、生はとりもなおさず不生と言う。滅も一時の位であって、また前があり、後がある。これによって、滅はとりもなおさず不滅と言う。生と言う時には、生よりほかにものがなく、滅と言う時には、滅のほかにものがない。こういうわけで、生が来ればただこれ生、滅が来れば滅に向って仕えなさい。(滅を)厭がってはならない、(生を)願ってはならない。(『道元禅師全集7』)

常識的には、私たちはこの世を何十年か生きて、それから死ぬ。しかし、このような考え方は誤りであると、道元禅師は仰るのである。生きているときは生しかなく、死ぬときには死しかないから、今を一生懸命生きるべきであると。

しかし一生懸命生きた後で、悔いを残さず死ぬということであれば、「生から死にうつる」という考え方になるのではないか。生と死の間には絶対的な断絶があるということだろうか、生も死も空であり、真実は言葉にできないということだろうか、あるいは全ては刹那滅で、真実は映画の1コマ1コマのようにばらばらであるということだろうか。

中村宗一師は次のように翻訳する。「生を授かる」「お迎えがくる」という言葉通り、生死は外来のものであり、「自己の意志ではどうしても左右し得ない」。しかし今の状態になりきることで、生きる死ぬを超越することができる。

生が死に移ると考えることは誤りである。生と死との間の時の隔りはあるが、生には生になりきっている時の状態、死は死になりきっている時の状態なのである。だから仏法では「生は即ち不生」......生を超越した生というのである。また滅(死)も滅になりきっている一時の状態なのである。故に生が来れば生になりきり、死が来れば死になりきることである。だから仏法では滅を不滅というのである。滅を超越した滅というのである。
生という時には生の外に何もない、滅という時には滅の外に何もない。この道理から、生が来ればただ生に向かい、滅が来れば滅に向かうばかりである。生死は自己の意志ではどうしても左右し得ない。また願ってもどうにもならぬことである。(『全訳正法眼蔵4』)

『正法眼蔵啓廸』には、次のように解説されている(現代仮名遣いに改めた)。ここでも生死は「我事にはあずからぬ」外来のものであることが説かれる。またミクロに見れば、私たちには絶えず生と死が入り乱れており(「一時一時の位」)、それについてはどうすることもできないから、心配してもしょうがない。生死とは別の次元の、複雑な原因と結果(「因縁所生法」)によって自分が成り立っていると捉える。

生が死に移るではない。生は生の位じゃ、死は死の位じゃ、一方一位じゃ、ところが生れるという方だけは、みんな済んでいるから何とも思わぬが、死ぬるというもその通り、決して我事にはあずからぬ、生也全機で現在は生の一時の位なるごとく、死もまた一時の位じゃ、もし生死を心配するようなら一息一息をも心配せにゃならぬ、ところが頭が赤くヤカンになったといって葬式をしたこともない、歯が欠けたといって親類を寄せたということもない、それ見よ本去来はない、ただ因縁所生法で、年をとるから頭が赤くなる、一時一時の位で、一時一時の法じゃ、生が死になるわけではない、故に「ひとときの位」という。(『正法眼蔵啓廸下』)

両方の解説を併せると、まず生きる死ぬは現象であってコントロールできず(自死や延命治療も、命を100%コントロールできるものではない)、それについて心配しても仕方がない。そして生と死は自己にランダムに幾度となく起こるので、「生の連続→死」という常識的な図式が成り立たない(そもそも生が連続していない)。一時一時に生や死が起こるあり方を見極めれば、「今生きている」とか「そのうち死ぬ」とかいうことは意味がなくなり、不生不滅である真実の自己(そのときには「自己」も無意味となるが)に目覚めることができる。それに気付いたら、世間的な意味での「死」を迎える段になっても、日常の延長線上で受け入れることができるだろう。

生と死の定義の問題ともいえるが、生も死も起こりうる今の一瞬が、私たちの生きている世界である。過去や未来にとらわれず、現在にベストを尽くすことが、道元禅師の示される「生きる」ということになるのだろう。参究していきたい。

「昨日?そんな昔の事は忘れた。明日?そんな先の事は分らない」(『カサブランカ』)

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