2014年3月アーカイブ

自殺防止

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今日は市の地域自殺予防対策研修会というのに参加してきた。自殺のサインに気づき、適切な対応を図る「ゲートキーパー」を市では増やそうとしており、民生委員や公民館役員、人権擁護委員などに声がかかったところである。

自殺率が高いのは東北の日本海側と覚えていたが、昨年は1位が山梨(30.5)、2位が岩手(28.6)、3位が新潟(28.1)、4位が秋田(27.9)、5位が島根(27.3)とばらけている。山形は24.9と比較的低い方だが(全国平均は21.4)、市町村別に見ると長井は38.2と高く(県内13市で最高)、対策に取り組む必要が出ている(数字は10万人あたり年間自殺者数)。

今回の研修では、相談に来た方にどのようなアドバイスをするかという話から始まり、広くおすすめできるリラックス法として「調息」も取り上げられた。「調息」は坐禅の基本。住職という立場から支援できることもありそうだと思った。

実際、私が住職になってから自死された方をもう何人も見送り、そのたびに無力感を感じていたので(ご遺族にかける言葉が本当に見当たらないのである)、このような研修が行われることはたいへんありがたい。今後も継続して研修が開催されることを望む。

地域の将来

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地元の地区総会に参加。58軒の町内会だが、いつも穏やかな方々がガチで議論する年に1回の機会となっている。昨年までは年度末に決算総会、年度初めに予算総会を行っていたが、今年からは両方を1日で行うことになり、その結果、始まったのが13時半で、終了が17時。さらに、途中で抜けてきたが、その後には懇親会もあった。地区に対する情熱のかけ方が尋常でない。

今回のハイライトは、地区長の任期を1年から2年に変えるという提案。来年度の役員はもう決まっているので、再来年度からということになるが、規約改正を今回の総会でするべきか、次回の総会でするべきかでもめました。

2年に延長するのは、世代が下るに連れて住民が減っていく将来に備えてのことだが、前例主義を脱して地区を変革していくという意味もあると思う。1年交替では、事業をこなすのが精一杯で、現状に合わせて変えていくということがなかなかできないものだ。

少子高齢化と若い住民の減少により、地域コミュニティは縮小の一途をたどっている。現在は団塊の60代が地域を引っ張っているが、50代になると一気に8割台に落ち込み、さらに40代と30代は7割、20代は6割しかいない(下図)。その中で何をなくしてもいいか、何はなくしていけないか、そしてどう変えていくかということを今のうちから考えておかないと、取り返しがつかないことになりそうな気がする。前例主義は一番楽だが、各世代の意見を十分に擦り合わせてて、手間ひまをかけて変えていくことが望ましい。

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小学校の卒業式

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小学校の卒業式に来賓として参加。卒業式は短大に続いて2日連続となる。

卒業生の親でもないのに、中学校の制服姿で入場してきた最初の子どもを見た途端にうるっと来てしまった。赤ちゃんから手塩にかけてきて立派になった嬉しさだろうか、だんだん大人になって親元から離れていく寂しさだろうか。それとも、もう二度と帰ってこないあの頃へのノスタルジーだろうか。どうして晴れの席に泣けてくるのか、考えていた。

教育委員長さんが記念品贈呈でおっしゃった一言「中学生になると自分でも驚くほど成長します」という言葉が心に残る。教育を受けて自分がどう変わるか、受けている前には分からないのが教育の本質であるという内田樹氏の言葉に重なる。未知の可能性を秘めた卒業生に、心から祝福を送る。

短大の卒業式

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非常勤講師を務めている短大の卒業式に行ってきた。毎年、文化会館で行われているので行ったところ、誰もいない。慌てて短大に電話したら、体育館で行われているとのことでぎりぎりになってしまった。

週1コマしか教えていない学生の卒業式に毎年出ているのにはワケがある。それは学長さんの式辞。内容もさることながら、原稿(たぶん箇条書きにしていると思われる)にほとんど目を落とさない話しぶりが惚れ惚れする。

今回の式辞は「知識は陳腐化するが課題を見つける力は役に立つ」「自分を客観視して社会に位置づける」「社会(会社、家庭、地域)に対する批判の目をもつ」というような内容だった。世の中のムードに流されないで、かといって自分本位にもならずに、しっかり前を見つめて歩いていくこと。はたして今の自分にできているかも不安である。

袴姿の卒業生の様子も見ていたが、祝辞は眠そうにしていた人も式辞はしっかり聴いていた。熱意は伝わるものである。こういう薫陶を受けた卒業生は、各界で活躍していくことだろう。

「卒業研究を通して、人としてよく生きるとは何かということを考えた」という卒業生の言葉も素晴らしかったことを付け加えておく。

供養の心

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宮城で御詠歌の研修会が行われ、2日目に東日本大震災で亡くなった方々のための法要が行われた。分科会で奉詠曲を練習しておき、ひとつずつお供え物をして御詠歌を唱えるという趣向である。御詠歌だけで法要を行い、お経を読まないところも新しい。

燭(ろうそく)、花、お菓子、果物などはよくお供えされるものだが、最後にお供えされたのが玩具。この差定を見ただけでもう泣けてきたが、実際の法要では、小さい子供向けの玩具が出てきたのを見ると、声が詰まって地蔵御和讃をお唱えできないくらいだった。

今回の講習会のテーマは「供養の心」。この経験を通して感じたのは、そこにおわします思いで、喜んでくださるように行うのが供養だということ。おそらく心からそう思えたとき、そのときに亡くなった方は成仏するのだと思う。いつもの法事も、檀家さんが亡くなった人を偲ぶ機会になっているか反省しているところだ。

追悼法要差定

山形県民シンポジウムin長井~みんなでつくる長井のしあわせ~」というのに、パネラーとして参加した。山形大学がこれからの街づくりを市民とともに考えるイベントで、県内8ヶ所で開催されているという。高校の恩師から声をかけて頂いて参加することになった。

5分ほど与えられた発表で選んだテーマは「コミュニティのダウンサイズ戦略」。これからの人口減少と個人化をにらみ、地域行事や組織を長期的視点で新しい形に見直してみようという提案である。なくすことと、前年通りにやることは簡単だが、変えるとなるとたいへんな労力がかかる。それができるのは、まだ住民がそこそこいる今のうちですよと。

この背景には、地元の公民館や育成会、青年クラブの役員が次々と私にも回ってきて、何日もかけて周到に準備しても、慢性的に人が集まらないという虚しさと、地域のニーズに応えられていないのではないかという疑問がある。ダウンサイズといっても、大変だから縮小しようというのではない。次世代の新しいニーズを掘り起こし、持続可能なコミュニティを手作りしていくチャンスと捉える。

はじめに山形大学の北川教授が、新ローカリズムということについて講演なさった。開放的で自律的なコミュニティを作るということ、芸術と産業を橋渡しする創造性が大事であることなど。いくら歴史や自然が素晴らしいといったって、そのままでは何にもならない。現代においてどのような価値があるかを提示しなければならない。実際、お寺の裏山で行われている「ぼくらの文楽」は、そこがきちんとなされている。

パネラーは4人いて、私のほかにはロボットによる街おこし、外国人の受け入れ、出身者の定住について話をされた。その後に意見交換。お寺の将来や子育てのことについて聞かれた。「よそ者」との融和や、学校教師が地域で活躍しにくいことなど、私が普段思っていることも伝えられてよかった。

終わってから市長さんはじめいろいろな方に声をかけて頂き、問題意識を共有する方がいらっしゃることを知って勇気づけられる。お寺の存続にもかかわることだけに、力を合わせて今後につなげていきたい。

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