おの: 1998年1月アーカイブ

1998年の夢

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12月15日


タイムスリップして昔東大で印度哲学を教えていた故宇井伯壽先生に会いに行く。聞けることは聞いておかないとと思って焦る私。ひとまず唯識思想から聞きた。いろいろ聞かないといけないと焦っているうちに、夢が醒めてしまった。

12月07日


実家で国際学会が開かれる。ヨーロッパのインド学者と英語で話をする。テーマは、学会の発表者が多いと質は上がるか下がるかということだった。そこで、たくさんの学者が来ればよい学者も多くいるだろうということで見解が一致。意気投合するとClausは「一緒に仕事をしよう」といって連絡先を教えてくれた。語学に長じていることで有名なこの学者は、日本語も上手だった。

12月05日


広末涼子が東大オケに入る。レッスンに行ったら自分の後が広末の番だった。時間が遅くなったので金管トレーナーの先生が広末を送っていくように言う。「大丈夫でしょう」と断る私。というのも、広末の住んでいるところは京王線の奥地で小田急からそこまで行ってまた亀有まで帰るのは面倒だったからである。駅まで送っていったところ、野次馬が出てきてたいへんだった。

11月27日


駒場の学生会館の窓口係をする。その日は木管分奏があるらしく、木管トレーナーの先生がやってきた。挨拶をすると、「ちょっとクリーニングするものがたくさんあるから近くのクリーニング屋に置いてくる」と言ってすぐいなくなってしまった。しばらくすると、木管の駒場生が先生を探しにやってきたので、「先生はクリーニング屋です」と教えてあげた。

11月10日


高校生に理科を教える。電気回路を組み立てて豆電球をつくようにして、スイッチ部分に釘置く。釘を置くと豆電球がついて、釘を取ると消えるというしくみである。ゆっくりゆっくり釘を置いていくと、電球が最初は暗くてだんだん明るくなっていく(んなわけない)。これがどうしてそうなるのかレポートを書かせた。

11月06日


払った年金よりももらう方が少なくなるという年金問題を解決するため、政府が年金納付者から尿を取ってその中の栄養分を抽出し、医療機関に売ることになったという噂が流れる。以後、年金窓口は公衆便所のようになってしまった。自分も年金窓口のところで指定の容器に立ちションをしながら、「どうもこれは単なる政府への嫌がらせではないか」と思うのであった。

10月26日


突然、長井市長に任命される。市長室に案内されると、異様に広い部屋だった。部屋の真ん中でたき火をした後があったので、「こんなところで、誰がやったの?」と市長秘書に聞いたら、「前の市長です。気に入らないなら、片付けてください。」と言われてせっせと片付けていた。片付けながら、「この片付けが終わったら市長の仕事が山積みだなあ。いつまでもこうやって片付けていたい」と思う。

01月26日


修行先で最初の夜にみた夢。それぞれの頭のなかで考えていることを絵にしてくれる機械が完成。友達のを見たら、古代エジプトの壁画だった。何を考えているんだと突っ込む。

1月03日


初夢。物質的な世界の先に精神的な世界があるという二元論は常識とされることであるが、それから演繹して第3世界があると誰かが教えてくれた。その第三世界とは何かといろいろと考えていると、「それはブラフマンである」とその誰かが教えてくれた。それによって包摂されるために一元論になるのか、あるいは物質と精神が存続して三元論になるのかはわからないままだったが、何となく自分の心の拠り所が与えられたような気がして安心した。何とも抽象的な夢。

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