おの: 1999年6月アーカイブ

私の嫌煙話

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窓からさし込む麗かな日差し,風もさわやかな日曜の午後.今日は喫茶店に来ている.
暖かい紅茶を飲みながらひとときの幸せに浸る.心のはたらきを全部やめて目に入るままに見,耳に入るままに聞く.
まさに至福とはこのことである.
 そこにふと,嘔吐をもよおすような気分が走る.さっと我に返ってみると近くの席でおばちゃんがタバコを吸い始めたのだった.
小さな喫茶店だから分煙はされていない.おばちゃんを見た.ここまでなるには相当の年月を要したであろう二重あご!
 今度は隣に来た母娘.灰皿を持ってきたことで私の警戒と嫌悪が煽られた.2人は果たして脳細胞が相当数破壊されたような会話を始めた.2人がそろってタバコに火をつけたとき,私はそそくさと店を逃げ出した.その時ふと,私は彼女たちに前世ででも悪いことをしたのだろうかと思った.
 歩道を歩いていると息苦しくなる,前方でタバコを吸いながら歩いているおじさん,おにいさん.電車を待っていると吐き気がしてくる,駅のホームの喫煙所から遠く離れたベンチに座ってタバコをふかしているじいちゃん,
 タバコが嫌いだ.タバコを吸う人の悪いところばかりが目に入ってしまう.殺意すら抱くこともある.
タバコを吸う以上,煙が出る.その煙は無差別に周囲の人々を席巻していく.今や分煙は世界の常識だ.吸っていいところ悪いところ,吸うべきではないところ.吸っていいのは,そこで煙を被る全ての人の許可・認容が必要だ.無理な話だろうが,タバコを吸う人はこの煙が撒き散らないようにしてほしい.
 きれいな空気を吸う権利は,基本的人権である.
 さらに言うと,私の祖父はタバコを長く吸っており肺癌で亡くなった.それは吸う人の勝手だろうが,家族のためにも命は大事にしてほしい.

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