おの: 2006年7月アーカイブ

のど自慢

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今日、地元長井でNHKのど自慢の公開収録が行われた。先月、御詠歌仲間から一緒に出演しないかとか誘われたが、「冗談でしょう」と流す。衣姿のお坊さんが何人も出てきてはNHK的にまずかろう。
毎週見ている母は、家族全員の観覧応募をして自分の分だけ当たったので見に行っていた。私はといえば朝から法事、法事、法事。
放送も見られないだろうと思っていたが、法事の後の食事で檀家さんがテレビを脇に置いていたので話をしながらちらちらと見ることができた。
のど自慢の予選は必ずしも上手な人ばかりではなくて、よく言えばヒューマニティに溢れる、悪く言えばいじれるキャラクターを必ず入れる。
高齢のお年寄りが伴奏を無視して暴走し、チャイム1つで止められるのは私が最も好きな場面。あれは、NHKが送る、高齢化社会へのレクイエムなのだろう。
だから上手い人ばかりが入るとは限らないが、それでも地元長井の人で本選に出場できたのは3人ぐらいだったらしい。「あー、あれは勧進代の○○さんの息子だ」なんて会話はほとんど聞けなかった。
家に帰った母が「民謡でチャンピオンはない」などと審査に文句を言っていた。「今のは合格だろう?!」などと文句を言いながら見るのも、のど自慢の楽しみ方らしい。
午後からは地区のお祭が2つあって祈祷のダブルヘッダー。さらにこれから懇親会もダブルヘッダーということで、お酒とカラオケを覚悟の出発。私ののど自慢がこれから始まる。

ネーパール

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先週に引き続きお葬式の手伝いを頼まれ、つくばから山形へ。そのまま来週明けまで山形にいることにして、家族とは離れ離れだ。ついでにいうと山形も母と祖母が北海道に旅行のため独り暮らし。
7:50に家を出て13:10にお寺に着いた。道中は『精子戦争』(ロビン・ベイカー)を読んでモヤモヤしたり、昨日のゲーム会のレポートを書いたりして過ごす。『精子戦争』読了したらレビューに書こうと思うけれど、世界観変わりますよこれ。
そんな本を読んでいたので、お葬式の進行ではうっかり変なことを口走りそうになる。「亡くなったおじいさんの遺伝子は、皆様にもしっかり受け継がれております、これを不倫してでも後世に伝え、子孫繁栄を……」ダメダメ!
お葬式が終わって、折角だからヒッポファミリークラブに出ようと米沢まで足を伸ばす。しかし今日は休み。がっくりしていたところ、同じ会場で素敵な催しを見つけた。米沢市国際交流協会が主催する国際理解講座・ネパール編というものである。
恐る恐る会場に入ると、一般当日参加OKとのことだったので喜んで聴講する。講師は米沢に嫁に来て10年というチャンダー・スレースタ伊藤さん。米沢在住600人の外国人のうち、唯一のネパール人だとか。

http://www.city.yonezawa.yamagata.jp/shisei/hisyo/kouhou_yonezawa/kouhou_pdf/060501PDF/15.pdf
お名前のチャンダーは月、名字のスレースタは最良、最年長という意味のサンスクリット語。クシャトリヤ・カーストだとか。名前、名字という順番は欧米と同じなんだって。
ネパール舞踊の日本公演で来日したとき、米沢在住の旦那さんから見初められたらしい。インドやネパールなどの保守的な国で、女性が外国にお嫁に行くということは非常に珍しいと思う。事実、父親が「牛肉を食べる日本人なんかとの結婚は絶対反対!」で、父親が亡くなってからようやく結婚したのだという。ましてや米沢といえば米沢牛だもんな〜(チャンダーさんは今も牛肉どころか豚肉も食べない、食べたいとも思わないそうだが、子どもには栄養のため豚肉は与えている)。
国教がヒンドゥー教のネパール、下位カーストの友達を部屋に入れてはいけないとか、結婚相手の家系は下位カーストが混じっていないか三代前まで調べるとか、そんなのを無視して恋愛結婚でもしたら親が亡くなったとき葬式に出られなくなるとか、日本だったら人権問題になりそうなことが常識としてまかり通っている。「日本みたいに自由ない、ダメダメいっぱい」なのである。
終わって雨乞いのダンスを披露してもらい、柔らかな指先の美しさに見とれる。ネパールのサリーも(色合いがインドとちょっと違うような気がする)美しい。
それから会食。Alu Ra Anda Ko Tarkari(ポテト・エッグカレー)ネパールから取り寄せたスパイスでチャンダーさんが自ら作ったカレー、そしてチャイ。クミンの懐かしい味につられてつい3杯も食べてしまいお腹いっぱい。
そしてネパールの公用語であるネパール語と、チャンダーさんの民族言葉であるネワール語をちょっと教えてもらう。同じようなものかと思ったがこれが大違い。
「私の名前は○○です。」が、ネパール語だと「メロ・ナーム・○○・ホー」、ネワール語だと「ジグナン・○○・コー」。「私は△△に住んでいます。」はネパール語なら「モ・△△・バスツィエ」、ネワール語なら「ジ・△△・ツォナツォナ」。ツォナツォナって!
ネパール語は、ヒンディー語のベンガル訛り(アがオになる)みたいな感じで分かるが、ネワール語は別系統なのだろう。ネパール人でもネワール族じゃなければ分からないって言うんだからしょうがないか。
チャンダーさん、さすが来日10年だけあって日本語が堪能。「家サ帰ります」……やっぱり訛りますよね。
たまたま見つけたにしては最高にピッタリの催しだった。運がいい。

『葬式と檀家』

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檀家制度は、江戸時代のキリシタン弾圧から始まった。すなわち島原の乱でキリスト教徒を危険視した幕府が仏教への改宗を徹底させ、キリスト教徒でないことを寺院が保証する寺請制度が敷かれて、元キリスト教徒であるかないかにかかわらず全国民がいずれかのお寺の檀家になった。

本書は、この事情を古文書を丹念に取り上げて明らかにしたものである。

伴天連追放令を機に藩の態度が急変―小倉、元キリスト教徒が改宗したことを証明する寺請証文の誕生―熊本、1637年に起こった島原の乱の始終と翌年に発布された密告奨励制度、身分保障機関として指定された寺院の繁栄―浄土真宗、堕落する寺院を排した神道請制度の試み―岡山、キリスト教徒本人だけでなく親戚一同が投獄された恐怖政治―岡山・熊本、戸籍簿となる「宗門人別改帳」と寺院が偽作した「御条目宗門檀那請合之掟」、寺請の拒否をちらつかせて離檀をさせなかったり不義密通を強要した寺院―熊本・神奈川。

古文書(よくぞこれほど残っているものだ)を徹底的に照合し、歴史上無名に等しい人物を丹念に追いかけながら、その社会背景を考察する道筋は見事。当時の状況がありありと蘇ってくるようで引き込まれる。

「つねづね、大不義坊主多く候ゆえ、旦那もはしばし承り候えども、ぬしぬしが口ゆえ坊主を迷惑させ申す儀もいかがと存じ、だまり居り申し候ゆえ、一入年々不義大きにまかりなり候…」(池田家文書)

公僕となって国家権力を後ろ盾に、民衆から派手な収奪を繰り返していた僧侶に、もはや仏教だとか信仰などというものが残る余地はない。

寺院はそんなところではなくて、信仰の拠り所でもあったのではないかという期待も、筆者は切り捨てる。そういう構造になっているのだから。

「信仰心による喜捨に支えられて、堂于が維持され拡大されたというのは表向きの説明にすぎない。われわれの先祖たちは、食い扶持をへらしてもその資金を寺へ運ばされたのである。そしてその資金を拒否すれば身分的差別・宗教的差別をうけたことはすでに指摘したところである。」

寺院には明治元年の神仏分離令、太平洋戦争後の農地解放令に続き、現在は農村の過疎化と葬祭業者の進出によって第三の危機が訪れていると筆者は言う。江戸時代から寺院の拠り所になってきた檀家制度が崩れつつある今、寺院は本当の意味での寺院(修行と信仰の場所)になれるのかもしれないと思った。

ブッダを生涯通して神格化しようとする仏典から距離を置いて、成道前のブッダ=シャカを人間的な迷いや疑いの中にあった存在として捉えなおし、家族も子どもを捨てて「家出」した本心を探る。

南伝によればシャカは長男ラーフラが誕生したその夜、または御七夜に家を出たとされる。一方北伝ではシャカが家出をした29才のときに妻が妊娠し、成道した6年後に誕生したという。

筆者は北伝を重視し、ヒンドゥー教の四住期の3番目に当たる林住期やサティヤグラハ(禁欲の実践)を実践したマハートマ・ガンディーの生涯を重ね合わせて、シャカの出家は趣味みたいなもので、その後もときどき家に帰ってきて妻と交わっていたと考える。その結果、成道の頃に子どもが生まれたのであると。

タパスを貯めるための苦行(禁欲が基本)をはじめに求めたブッダが、ときどき妻と交わっていたというのは俄かには信じがたい話だし、当然仏典のどこからも支持されない筆者の想像に過ぎないが、シャカをあくまで人間と見る視点は面白い。

しかし、肝心の「ブッダは、なぜ子を捨てたか」について筆者の答えは「自灯明、法灯明」という程度で、すぐさま「ブッダに捨てられたラーフラは、どうやって立ち直ったか」という話に変わっている。

さらに、その後は仏教とはどんな教えか、日本に伝わった仏教はどう変容したかというようにテーマからどんどん脱線し、しまいには現代においてブッダの存在を感じられるのはどこかというように信仰告白のようなものになっている。

これでは、本のタイトルは読者を欺いていると言わざるを得ない。

ブッダは、なぜ子を捨てたかというテーマを学術的に考察するならば、インドの宗教哲学全般の基調をなす解脱論(筆者もインドの無我VS日本の無私で少し触れているが)や解脱の条件(知識か、ヨーガか)、さらに当時のインドの社会構造や規範(マヌ法典に見られるような)をもっと掘り下げねばなるまい。

また、筆者が「〜ではないか」と仮定に仮定を重ねるならば、いっそヘルマン・ヘッセの『シッダールタ』のように小説仕立てにしてもよいだろう。学術的に根拠があるような言い方をしつつ、想像でものを語るのは全く頂けない。

大学者だからこそ、論がこんなに筋道立っていないのはよくない。少しお年を召されたのかな。

レトリックを意味、形、構成に分け、30の項目に分けて小説などを例に取りながら解説した書。ジュニア新書だけに平易で、ところどころ若者受けしやすいレトリックも交えている。

筆者は英語学が専門であるが、「英語も日本語も、本質的にはそんなに変わらないと思っています」と言い、本書を通してギリシャ以来のレトリックが、日本語にも備わっていることを通して、日本語の独自性よりも普遍性を強調したいようだ。

だからタイトルは「日本語だけのレトリック」ということではなく、「日本語にもあるレトリック」という含みになる。タイトルから日本語の独自性というか前者を期待していた私としてはやや落胆した。

レトリックが目指すものは、白を黒と言い含める技術ではない。「魅力的な表現」「より適切な表現」「文脈をよく考慮して、伝えたい意味が過不足なく表されて」いることである。レトリックを離れてものを表現することはできない。「単なる言葉の飾りではなく、私たちの思いを表す根源的な表現法」なのである。

そういう意味で、レトリックの技法に無関心でいることはできない。話す上でも書く上でも、いくつかは無意識に使っている30項目を確認して、意図的にそして自由自在に使いこなせるようになりたい。

『初恋温泉』

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すれちがい続ける男と女が、温泉という異空間で何を見出すのか。

突如妻が離婚を申し出た夫婦―熱海、仲のよいおしゃべり夫婦―青森、不倫―京都、夫が仕事一辺倒の夫婦―那須塩原、高校生カップル―黒川。温泉には多少なりとも胸がきゅんとするような思い出があり、それぞれのシチュエーションについつい引き込まれてしまう。

「熱い湯に浸かっていると、とても贅沢な気持ちになれる。どんなことがあったとしても、まるでその日一日を祝福されたような気持ちになる。」……同感同感。

お話が肝心なところでぷっつりと終わってしまうのは作者の故意なのだろうか。ほとんどの話に、結末は用意されていない。あとは読者の想像に任せて、余韻を楽しむように仕向けているのかもしれないが、わくわくしながらページをめくると三行で終わっていたりしてフラストレーションがたまった。

あと男と女の口調がいつも一辺倒なのと、男が部屋に入ると決まってタバコを吸うのが陳腐。

外出日

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たまった用事を済ませるため、1日中外出の日になった。
午前中は川西町の宗務所に行き、責任役員変更届と財産処分申請の書類をもらう。
寺院は1件1件が宗教法人であり、宗派はそれを総括する宗教法人という二重の構造になっている。そのためたくさんの複雑な手続きがあるが、特にオウム真理教の一件以来運用が厳格化され、何かしようとするたびに膨大な書類が必要になった。
寺院では住職は代表役員ということになっているが、1人で実験を握っているわけではない。総代など檀信徒から責任役員が登録され、重要な事項は全員の印鑑をもらわないと進められないようになっている。責任役員の任期は4年。それが今年切れるので、任期満了に伴い手続きをしなおさなければならない。今年から印鑑登録証明の添付も必要になった。早めに始めなければ。
また寺院が土地を売却した場合、それがたとえ道路拡張のための提供であっても財産処分申請を宗務庁に対して行わなければならない。うちのお寺では、おそらく先代住職が昔処分した土地が国土調査で明らかになり、どこを誰に売却したか調べるところから始めなければならない。「2年ぐらいかかるでしょう」と師匠。気が遠い。
帰宅して午後からは曽祖父の五十回忌の拝請。来てほしい近隣の寺院10件ほどを訪問し、案内状をお金を添えて差し上げ、お拝をする。1つのお寺で6回、五体投地のお拝をしてくるので60回。だんだん膝がガクガクしてくる。着替えの時間を節約するため大衣を着て車を運転した。
お拝が終わったらすぐ帰って来るのだが、2ヶ寺だけ断れずお茶をご馳走になった。教区長からは私も知らない曽祖父の思い出話、布教師からは葉っぱを増やす=人間としての魅力を高めるという話を伺った。
終わったのが午後6時半。そのまま米沢のヒッポファミリークラブ(外国語サークル)に出る。いきなり大衣を着たお坊さんが乱入したので子どもたちがあっけに取られていた。フランス語で挨拶し、スペイン語を喋る。「リングアヘ」って、languageのこと? アヘアヘ、間寛平。
去年買った新車のメーターを見たら12000キロ。1ヶ月に1000キロ走っている計算だ。ガソリン代だって、1万円を超えているぞ。

さくらんぼ

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山形は今、さくらんぼの季節だ。上野駅では毎日、新幹線改札を出たところにお店が出ている。佐藤錦(さとうにしき)が有名だが、今日檀家さんのところで味見をしたら紅秀峰(べにしゅうほう)のほうがずっと甘い。贈答品が多いこの季節、食べ過ぎて下痢にならないよう気をつけたい。
今日の午前中の先住忌は鐘を一発多く叩いてしまったが、無事滞りなく終わった。拈香法語の後、大ケイ三声の一発目をどこで入れるか迷ったのが敗因。進前焼香低頭時で正解だったが、それから行道開始前の進前では小ケイだけでよいのに、第一ケイ子までおまけで入れてしまった。修行中ならゲンコツは免れないが、今日は口頭注意。教えてもらえるだけまだ幸せか。
食事を終えて帰ると福岡のあるお寺の副住職という方から電話がある。ホームページを読んで、私が今の日本仏教の堕落ぶりをちょっと書いていたので電話したとのこと。
話によると、先日仏教会で台湾に研修旅行した際、ゴルフをしていた人がいて、それはどうかと会長に言ったらいさめられたそうで、これをどう思うかというこれまた微妙な質問だった。ゴルフに疑問をもちつつも自分も飲み屋などには行くので、戒律に背くという批判をするつもりはないけれど、まっとうなことを言ったつもりが反対にいさめられたのが不満だったらしい。
お坊さんが海外でゴルフをするのは、戒律というより社会通念上どうか、一般の檀家さん信者さんがそれを聞いてどう思うかというところで考えたほうがよいと答え、僧侶はどうしても他人に厳しく自分に甘くなってしまうから、この機会に反省のきっかけができたのはよかったのではないかとまとめてみたが、答えになったかどうか。近くに愚痴を言い合える同じ年代の僧侶がいたら、これしきのことでわざわざ山形まで電話をかけてこなくてもよくなるのにと思った。
でもホームページを開いていると、こうした新しい出会いがあるから楽しい。
先日山形市内の会社からセールス。「簡易ホームページを製作している会社ですけれどご住職様はホームページをお作りでしょうか。」「はい。」「……えっと、それでは定期的に更新もされていらっしゃいますね。」「ええ、まあ。」「それでは失礼しました。」ホームページをもっているお寺は数えるほどしかない。

人が死ぬこととはどういうことか、翻って生きるとはどういうことか、死んだらどうなるのか……という古来からの難問に、「時間」という概念を軸にして取り組んだ本。

「時間」には時計で刻まれるカレンダー的な時間と、感覚によって長くも短くもなる主観的・相対的な時間がある。後者を掘り下げると、死後にはすでにその人の時間はないことになる。筆者はこのことを指して死を絶対的な有であり、かつ絶対的な無であると結論している。

段階を追って時間を考察する中で触れられる科学史における時間(ビッグバン以前には時間はなかったとする宇宙論)、遊びという点で共通する老人と子どもの時間(老人が子どもをものを教えるというのは人間の本質であること)、生物学からみたエコロジカルな時間(時間は種や個体にとってそれぞれ固有のものがあり、相対的なものであること)、宗教における時間の超越(いかにして人間は永遠を手に入れるか)と、多岐にわたる視点がどれも興味深い。処々に目からウロコ。

あとがきでは、死者と生者は決して断絶したものではなく、共同体をつくるものであると説き、愛しい人を亡くした人のケアにまで及んでいる。

医療福祉関係者、宗教や哲学に興味のある方に非常におすすめ。

午前中は近くのお寺で特派布教師による法話の集い。午後から鶴岡に行ってボードゲーム。
「8時20分集合」と書いてあったので生真面目に5分前の8時15分に到着したらまだ寺の役員さんしかいなかった。だいたい9時30分から始まるというのに集合時間早すぎ。手持ち無沙汰もいいところだ。
特派布教師は松戸のお寺さん。特派布教師の中には曹洞宗のスローガン「人権、平和、環境」と上段に構えて具体性のない眠い話をする人が多い中、今日の布教師は地元の話を交えつつ、最後まで飽きさせなかった。見事である。
都会では、お坊さんを見ると「今日はどこのお葬式ですか?」「ママ、あれなーに?」「人が死んだとき来る人よ!」なんていう反応が多いそうだが(私はお坊さんの格好をしていないのでそういう経験はない)、山形に来るとすれ違う子どもたちが「こんにちは」と普通に声をかけてくれ、中には合掌してくるのもいる。それだけ普段の触れ合いがある証拠なんですねとほめてくれた。
山形のお寺の数は、小学校・郵便局・コンビニよりもずっと多い。それだけ日常にお寺が深く関わっているのだ。住職と檀家がお互いに支えあって築いてきた先祖代々のサンガ。ホタルがきれいな水がなければ生きていけないように、住職は清らかな心をもった檀家さんがなくては生きていけないと心に留めたい。
懇親会では「つくばにいらっしゃるんでしたら、今度遊びに来てください」という話から子育ての話に。「私の法話の基本は、絵本の読み聞かせなんです。」ゆっくり、丁寧に話すことは大事だ。私などはせっかちだからかいつまんで結論を急いでしまうが、そうすることが必要な場面と、あえてそうしないでおく場面があることに気づいた。

平日が休日

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朝からお墓でのお経読み2件。その檀家さんや工務店、子ども育成会の方がぽつぽついらっしゃって来客多めの1日となった。
睡眠不足が続いているのに、場をもたせようとして何かしゃべってしまうものだから、支離滅裂なことを言っていたような気がする。グライスの協調の原理では、
量の格率
1.(言葉のやり取りの当面の目的のための)要求に見合うだけの情報を与えるような発言を行いなさい。

2.要求されている以上の情報を与えるような発言を行ってはならない。
というルールがあるが、眠いとなかなか守れない。しかしそれはそれで、思わぬ話の展開を引き出すこともあるものだ。
明日は近くのお寺で前の住職の法事。法要の進行を司る堂行(鐘や太鼓を鳴らす係)を初めて頼まれたので虎の巻で予習した。曹洞宗は、法要の淀みない進行を殊のほか重視し、法要の途中に少しでも無駄な間を作るのはよくないとされる。進行係は法要の次第を頭に入れ、次の次まで考えておかないといけない。うまくいくといいな。

病み上がり

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火曜日の午後から頭を下げるとガンガン痛むようになり、夜には寒気と発熱になって、水曜日に医者。感染症つまり夏風邪ということで結局金曜日まで休養した。
そして土曜日、何とか回復して11:30に家族に別れを告げ、山形に向かう。荷物が多かったので高速バスで上野まで行ってしまい、新幹線に乗ることにした(いつもなら、バス―つくば―南流山―南浦和―大宮―新幹線のルート)。
高速バスは渋滞などで時間が読めないが、上野に新幹線発車15分前に到着。ちょうどよいと思いつつ、券売機にクレジットカードを入れてネット予約の切符を受け取ろうとすると……
「調整中です。しばらくお待ち下さい」ピンポンピンポン……
新幹線発車5分前。機械の隣の窓から顔を出した係員「機械がまだ立ち上がりません。もうちょっとお待ちいただけますか?」「新幹線があと5分で発車なんですけど」「すみません」
そして新幹線発車時刻。「お待たせしましたー!こちらの切符ですね」「もう新幹線行ってしまいましたよ」「……」
そして次の新幹線は禁煙席満席。切符を全部払い戻し、替わりに買った自由席券をもってトボトボと新幹線ホームへ。禁煙席ないならグリーン車ぐらいサービスしろよ!…と日本で言ったらヤクザもんである。タバコ吸わないヤクザだけど。
1両しかない山形新幹線の禁煙自由席に座るには、始発の東京にいかなければならない。東京駅で30分ほど並んで、ようやく昼食の駅弁にありついた。
新幹線が1本遅れたせいで母に赤湯まで迎えに来てもらう。帰りに100円ショップでクラッカー(引っ張ってパンというアレ)を購入する母。何に使うんだろう?
帰宅17:30。急いで剃髪し、18:00から隣のお寺との総代懇親会。大般若会当番の件でちょっと話し合ってから、4時間近く飲んでいた。病み上がりなのでウーロン茶で勘弁してもらったが、1リットル近く飲んだのではなかろうか。
会議ではこれを言うとあの人に悪い、あれを言うとこの人に悪いなどと思っているうちに発言しないまま。たとえ事実でも、いや事実だから言えないことが多い。今日は「人にあれこれ吹き込まない」をテーマに黙って人の話を聞くことに。普段は会わない隣のお寺の総代からいろいろな情報を得ることができた。スパイみたい。
―死んでいる時間のほうが生きている時間よりもずっと長い。だから、あなたと私が長い歴史の中である時間を共有したという事実はほとんど奇跡的なことである。(広井良典『死生観を問い直す』)

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