おの: 2006年9月アーカイブ

毎年恒例、地元のレクリエーション&芋煮会が行われ、先ほどたらふくビールを飲んで帰ってきた。今日のビールはそれほど美味しいと思わなかったが、運動の後はまだ飲める。
レクリエーション大会では地元新町地区が6つの班に分かれていろいろな競技を競う。前はソフトボール大会だったが、高齢化や選手の固定化などから誰でも参加できる競技に変わったようだ。
毎年お彼岸の中日に行われていたので、法事などがあって芋煮会のおしまいのほうに顔を出すのがやっとだったが、今日はたまたま何もなかったので最初から最後までまる1日参加できた。レクリエーション大会に参加したのは私の記憶では初。

最初の競技は輪投げ。比較的年配の方向けの競技である。少しリハーサルしていたが、うちの班の選手はなぜか上手で100%決めている。本番もあっさり1位。後で聞いたら「ほとんど経験者」だとか。なに輪投げの経験者って(笑)。
次はボール渡し。12人が縦1列に並び、頭の上から後ろの人にボールを送る。最後の人がボールを受け取って先頭に走り、今度は股下からボールを送る。頭上と股下を交互に繰り返し、最初先頭にいた人が再び先頭にきたら終了。これまた謎のチームワークで2位。
ここで全員参加のじゃんけん大会。五円玉のついた紐を首にぶら下げ、勝った人は負けた人から全部取れる。最終勝者は300円ぶんくらいの賞金になるという次第だ。準備たいへんだなー。山形(東北?)の人はチョキを人差し指と親指で作る。そのせいかチョキを出す確率が高いと見たのでグーで勝負をかけたがあっさり敗退。
二人三脚で倒れているビール瓶を足で立て、豆を箸でつまんでラムネを飲み干し、紐の輪をくぐってリレーするという競技は基本的に夫婦or親子参加。指をくわえてみていた。これも2位。
お次は風船割り。片足に風船を紐でくくりつけて、制限時間内に他チームの風船を割り合う。生き残った数で勝負。生き残ることはできたが、内履きを忘れ裸足だったので1つも風船を割れなかった。かかと落としをしすぎて足が痛い。また2位。
それから子どものお菓子取り競争があって、最後が5人の長縄跳び。ここまでの得点は1位。1分間に飛んだ数だけ得点が加算され、最終順位が決まる。30秒で足がもつれ始め、作務衣のズボンが下がってきた。やべぇ。後半30秒は滅茶苦茶で、順位を2位に下げた。
午後の芋煮会は晴天のなかビールがなくなるなくなる。班別MVP「マキマキって頑張ったで賞」(マキマキ……興冷めするほど全力を出す山形の擬態語。マキコキとも)を頂いた。風船割りと長縄跳びはよほど形相が変わっていたのだろう。
ビンゴなんかやってから解散、班長宅で二次会。劇辛で美味しい砂肝があったのでまたまたビールが進んだ。話題は「2位でよかった今年の成績」「長持ちする屋根のペンキ」「最近の強力だけど怖い農薬」「農協の肥大化による弊害」「地域行事の日程は土日と祝日のどちらがいいか」など。地元の情報をだいぶ得た。

日本酒を飲まなかったので冷めるのが早い。明日は御詠歌の講習会の後につくばへ。 

片付け

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ここ数日、本堂の片付けに追われている。1日6時間以上、パズルゲーム『倉庫番』のリアルバージョン。
築40年近い住居の建て替えがだんだん現実味を帯びてきている。家族と話し合った末、再来年にしても来年にしても同じことなら早いほうがいいと、来年春の着工が濃厚。
うちのお寺の場合、山の中腹にあるので大型車両が入れない、家の裏の大木を切る必要がある、同じ場所に建てるので仮住まいのプレハブが必要、などといった状況から時間はすこしかかりそう。でも一番の問題はモノが多いということだ。
法事などの引き出物のシーツやタオルケット、私も先代も好きな本の山、祖母が唯一の気晴らしで買い集めた衣服、ものを大事にとっておく性格の母が捨てられないこまごまとしたもの。お寺だから収納スペースはたくさんあるが、その分が多いので片付けるとなると気が遠くなる。
モノを動かす順序は、1.小屋を片付けてスペースを作る、2.本堂から小屋に移して本堂にスペースを作る、3.住居から本堂に移すというスライド式。右から左に流しているだけのように感じるが、お寺なので住職の独断で捨てられないものが多い。
まずは小屋から。古くて壊れた机なんかがあるのでどんどんゴミにする。重い。小屋は蚊の大群に襲われて作業に集中しにくかった(後頭部なんかを刺される)。
次に本堂の倉庫整理。思えば祖父が亡くなった8年前以来まともに片付けたことがなく、足の踏み場もないほどにモノが詰まっている。そこを片付けるのはまるでトンネルを掘るかのよう。大般若の経本箱、前机、袈裟行李などさらに重いものが多い。ゴミもある。えっちらおっちら。
それから別の倉庫にある贈答品の布類をバザーに出品するため運び出してきた。1年に10箱でも10年すれば100箱。積み上げてみてビックリ。

慣れないこともあり夕方になることにはヘトヘトである。夜は同級生の友人と飲み。先月はビールのまずさに気づいた私だったが、肉体労働の後のビールは美味しいと分かった。同級生と言っても価値観や生き様は当然のように異なり、それが刺激になったのが美味しかった理由か。皆、苦境の中でも明確な希望をもち、しっかり前を向いて生きているのが頼もしい。この頃は夢を追い求めるというよりも現実に追いかけられているような私であるが、友人の話を聞いて大いに力づけられた。

作務衣<スーツ?

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僧侶の服装には法要などで着用する衣、外出時に着る改良衣、そして炊事洗濯などで着る作務衣があります。また衣でも袈裟をかけたり絡子にしたりすることがあります。

ところがこの頃会議や研修などで、スーツ・ネクタイに絡子という姿で現れる方が出てきました。「会議や研修などではきちんとした服装で参加するように」というお達しがあったりすると特に増えます。

そういうとき、作務衣に絡子という服装は「きちんとした服装」とみなされません。作務衣よりスーツがより正装に近いというわけです。

しかしこれっておかしくないでしょうか? スーツはあくまで世間的な正装で、出世間の僧侶から見ればいわゆる「娑婆服」です。仮にも出家者がこれを着て堂々としている感覚が分かりません。

さらに「一日為さざれば一日食らわず」の曹洞宗では、労働は尊いものとされ、作務は修行の本質的な部分と考えられます。であれば作務衣だって、「きちんとした服装」ではないのでしょうか?

出家者の服装は在家より聖なるものでなければならない、という理由から、作務衣<スーツではなく作務衣>スーツであるべきだと思うのですが、これは一般的な考え方ではないようです。うーむ。

やはりスーツが上ですか?
作務衣が上ならどうしてスーツを着てしまうの?
どうやったら作務衣を準正装にできる?

(断っておきますが、作務衣を正装にと主張しているのでは決してなくて、スーツと比べて「きちんとした服装」度が低いことを疑問視しているわけです。「正装」といえば大衣塔袈裟、でなければ改良衣までということに異論はありません。
中国で道元禅師の心を打った椎茸典座はどんな服装だったのか分かりませんが、在家の服ではなかったはずです。)

刊『寺門興隆』の人気連載「そもさん 玄侑和尚の説教部屋」を加筆修正したもの。

形骸化する葬祭、葬儀社の台頭、檀家離れ、お布施の使い道、オウム真理教やイラク戦争などの社会問題への対応、私生活との両立、後継者問題など、住職なら誰しも悩んでいる項目に分かりやすく答えていく。

といっても、これは絶対ダメというのは「お布施の値段を決める」「お寺に定休日をもうける」ぐらいで、両論併記にして後は自分で考えるよう促している。玉虫色の答えに納得できない人もいるだろうが、実際白黒つけがたい問題が多いのだから仕方ない。

お寺を継ぎたくないという息子に悩む住職には自分が仏教に惚れ込んでいるかが問題だと根源となる前提に切り込んだり、お葬式は節目を作り心をきれいにするための儀式としお守りやお札は無我になるための祈りをこめた物とするなどオカルトでない説明をしたりするなど、現実的かつ鋭い意見があり、とてもためになった。

今のお寺が抱える問題には、仏教そのものだけでなく、儒教・道教を含む中国思想から、カウンセリングに役立つ臨床心理学、社会学、日本の民俗学まで多角的に取り組んでいくことが大切なのだと思った。そして人と対話を重ねていくことも。

付和雷同しがちな日本人に足りない、問題解決のための議論をルールから説き明かし、もっともらしい意見も批判的に見つめ、建設的な議論をできるようになるための本。

実質何も言っていないのにそれらしく聞こえるマジックワードや統計のカラクリ、バイアスのかかった資料解釈、「人それぞれ」という考え方の誤り、意見の要約や根拠の評価の仕方、対立する意見の弁証法(共通の前提を覆す)、正解は決してないという限界など。

議論は必ずしも戦いではなく、協力している面もある。仲良く喧嘩することが、意見を批判されただけで全人格を否定されたようになってしまう日本人には何と難しいことだろう。

「議論に負けても、それは相手に負けたことにはならない。真理に負けた、いや従っているのである。悔しがるより、自分がより心理に近づいたと満足すべきなのだ。」

「議論の場とは、対立しあっているように見えるが、実はたった一つの点では共通している。それは、「私とあなたは同じ問題に関わっている」という信頼である。」

しかし、自分の意見を理解してもらうという努力は放棄するべきではない。主張と理由だけで分かってもらえなかったら、例示、説明、引用、対比、比喩を多用しよう。

「もちろん、理屈がうまく通じない相手もいる。偏見が強かったり必要な知識を持っていなかったり論理が苦手だったり、そういう場合は必要な知識を補い、論理のつながりを丁寧に言い換え、解きほぐす必要が出てくる。」

有名人、専門家だからといってしっかりした意見を持っているとは限らない。批判的に見る・疑ってみるということは、決してひねくれてみるということではなく、問題の本質に迫っていく大切なことなのだと考えさせられた。

もっと議論のルールが学校教育などを通して共有されたらよいと思う。

常識を疑ってみるところから新しい真実が見つかるかもしれない―古今東西の資料を集めて発想術を説いた本。

転倒思考(常識の命題を逆にする)、逆因果思考(常識の因果関係の結果を逆にする)、因果反転思考(常識の因果関係を因果反対にする)という3つの類例を設定する。

ことわざや文豪の例でその3パターンを具体的に観察し、オイディプスの予言では逆説が与える心理的な効果を考察、さらに逆説は欠陥動物である人間に本質的なものであり、それゆえ人類の文明は週末が来ると広げていく。

「ロミオとジュリエット効果、カリギュラ効果(禁止されるとやりたくなる)」「ハンディキャップ進化論(人類は記憶力や体毛が退化したことで言語や火を発明した)」「エラー進化論(人類は失敗を成功の元にして発展してきた)」「エゴイズム的自殺(自由が空虚を生む)」「アノミー的自殺(規範がなくなって不安になる)」など、逆説的なトピックは勉強になったが、最初から最後まで引用ばかりで、筆者自身の見解となると印象が薄い。

巡礼

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毎年行われている寺の観音巡礼に、祖母の車椅子係として初めて参加する。
山形県内には庄内三十三観音、最上三十三観音、置賜三十三観音と地区ごとに33ヶ所の札所がある。ほとんどがお寺の境内にあって、観音像の前で御詠歌を読み、参拝のしるしに御朱印を頂く。
33ヶ所を一度に回るのではなく、1回に5つぐらいずつ何年もかけて巡っていくので、コンプリートには何年も連続で参拝しなければならない。母や祖母はもう30年以上続けていて、コンプリートどころか2周目、3周目に入っているという先輩だ。
住職はお葬式が入ったりするので、毎年必ず参加できるとは限らない。その上私はつくばやインドにいたのでこれまで参加したことはなかった。
祖母は年老いてバスの乗り降りや車椅子での移動など介助が必要となり、講員を引率しなければならない母にはそこまでする余裕がないので、今回私が呼ばれたというわけだ。実際、皆がバスから降りた後に祖母の手を引いてバスから降ろし、車椅子に乗せて観音堂まで連れて行く頃には、もう母が御詠歌を唱え始めていることがほとんどだった。
もちろんつきっきりというわけではなく、トイレや入浴は母が介助する。それにしても祖母の信心の深さは並ではない。住職や寺族はどちらかというと仕事の一環として参加しているのかと思っていたが、祖母を見る限りそうでもないらしい。
というわけで初めてという上に祖母のそのような姿を見たものだから、妙に姿勢を正される巡礼だった。カシミールでムスリムの家に滞在したとき、ムスリムにとってメッカに行くことがどれほど嬉しいことなのかを聞いたが、メッカに行くムスリムもこんな気分だろうかと想像したりもした。
最上川舟下りは20年ぶり2回目。子どもの頃は滝とか岩ぐらいしか注目できなかったが、「左右山覆ひ、茂みの中に船を下す」(『奥の細道:五月雨をあつめて早し最上川』)というのがよく分かる。古くから最上川の海運に従事していた人たちの苦労が垣間見えた。
その後、庄内三十三観音の2つをお参りして湯野浜温泉へ。温泉に入り、食事をして、だらだらと過ごす。日常の仕事から解放されて、ヒマだからテレビでも見るしかないというような解放感が嬉しい。時代劇や大相撲を見ていたら「(亡くなった)おじいちゃんと同じだ」と言われた。

独詠師

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昨日、妻がパリから無事帰ってきてバトンタッチ。今日から山形に10日ほど滞在する。
1人で2人の子どもを見るのは1日が充実していて結構楽しかった。でも見知らぬおじさんに「たいへんだね〜」とか声をかけられたり、保育所の先生から「(お母さんが帰ってくるまで)あと○日ですね?」などと頻繁に言われると父親が子どもを見るのって世間的に認知されていないんだなとちょっと物寂しくなる。
今日は11時から法事があったので昨日のうちに山形に移動しておこうとも思ったが、それでは妻とすれ違いになるので今日の早朝に立つことにした。タクシーを呼んで駅まで向かい、つくば5:28発、羽前成田9:43着。このところ毎朝早起きしているので、5時前に起きるのもあまり苦にならない(22時には就寝しているからだが)。
11時の法事、13時の仏壇開眼、14時の墓地抜魂と檀務を終わらせて、16時から近隣の寺院の法事に出席。法要では独詠師という配役を与えられた。焼香師が献供やお拝などをしている間に御詠歌をソロで唱えるという、おいしすぎる役目だ。ばっちり決めれば法要参加者に感銘を与えることができ、失敗すれば法要自体をぶち壊してしまうという紙一重。
しかも今回は先輩の和尚さんから、『大聖釈迦如来涅槃御和讃』3番と『追善供養御和讃』3,4番を続けて唱えよという指令。この2曲は意趣が非常に似通っていて、唱え分けるのが難しい。至るところに類似する楽譜が混在しており、暗譜も容易でない。しかも歌詞は普段あまり唱えない後ろのほう。歌詞改定もある。要するに今度受験予定の検定対策なのだ。
♪教えのままにしたがいて 戒法(いましめ)まもりゆく道の そこに仏の命あり 怠るなかれもろびとよ
つくばからずっと練習してきたが、そんな付け焼刃ではうまく行くはずもなかった。何とか歌詞と楽譜を間違えないで唱えるという最低限をクリアしただけで、暑さと緊張でガチガチになり曲想どころではない。修行が足りない。
さらに緊張を増加させたのがマイク。妙にボリュームが大きく調整されていて、その分生の声の音量を絞らなければいけなかった。緊張しているところにpやmpで行けば、声が震えてしまうのである。次回からはマイクなしを希望しよう。
終わってからその先輩の和尚さんに「今日は調子がよくなかったね」と言われ、落ち込みながら食事では喉も通らない。帰りの車中ではずっと今日の曲を唱え続けてきた。
しかし今日はそれで終わらない。19時から一般向けに御詠歌を教える日となっている。高齢化に悩む梅花講の打開策として、気軽に始められる御詠歌の会を企画したもので、現在4人が受講中。開始時は自信喪失で息絶え絶えだったが、教えているうちにだいぶ調子を取り戻した。
明日は法事2件。塔婆を書いたりしているうちにこんな時間になってしまった。つくばでは子どもと一緒に9時には横になっているのが、山形に来ると途端に0時を過ぎるのは、母と祖母が夜更かしだからだ。

麦茶VS麦酒

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夏になると、つくばでは水出しの麦茶を冷蔵庫に用意しておく。夜、風呂上りに一杯飲むとこれが絶妙に美味い。山形でも冷たいお茶を飲むが、これほど美味いとは感じない。
冬も熱い緑茶が非常に美味いと感じたが、関東の乾燥した気候がなせる効果なのだろうか。
それとは対照的に、このごろビールがとても不味く感じられるようになった。8月にビールを飲んだのは友人がお盆に遊びに来たときだけ。法事では車を理由に断り続けているし、夕食で母や祖母が飲むときも付き合わない。
インド滞在中、キングフィッシャーは最高の幸せだったが先日I氏と東京のインド料理店で飲んだ味は「ラクダのオシッコの味(ゲッツ板谷『インド怪人紀行』)」だった。
よく檀家さんが「酒が飲めなくなったら本当に終わり」(酒好きな東北人が、お酒を飲まなくなったらお迎えが近いしるし)と言うが、体調は悪くない。では何だろうこの変化は?
ということで週末、つくばでビールを飲んでみた。麦茶がこんなに美味しく感じられるのだから、ビールも山形よりずっとイケるだろう。学生時代飲み過ぎた思い出深いヱビスビール。
一口。マズ!(カシミール語の美味いという意味ではない)顔が歪むのを見て娘が面白がる。「お父さん、もう1回。」また一口。オエエ。娘がゲラゲラ。「もう1回飲んでー!」三口目を飲んでいるうち、今度は胸やけがしてきて残りは捨てた。
どうやら本当にビールが駄目になったようだ。というかお酒が全部ダメ。ちなみにお酒が飲めないのは小野家の遺伝である。先日の曽祖父の法事も小野家サイドは皆揃ってウーロン茶を飲んでいた。30代になると体力が落ちて、もともと飲めない人は本当に飲めなくなるらしい。
でもこういうとき不飲酒戒というのは、卑怯だがよい言い訳になる。強く勧められても「戒律で」と言えば相手はたいてい引いてしまうので飲酒を免れる。
麦茶はいい。比較にならないほど安いし、飲んでも車を運転できる。そしてノーカロリー。というわけで麦茶最高!不飲酒戒スヴァーハー!

ボードゲーム『スコットランドヤード』では、24ターンのうちに怪盗を捕まえなくてはならない。本小説では、主人公が24日の間に彼女を恋人にできるかというテーマで筋書きが進行する。

いわゆるトレンディドラマは全く見たこともないし、ラブロマンスなんかで感動したこともほとんどない私だが、ボードゲームつながりで読み始めたこの本、よくある男女の恋愛話だろうと高をくくっていた。

だが、物語は中盤から急展開、全く予想もつかなかったどんでん返しと、「我々は、死者とどう向き合うのか」という隠れたメッセージが心を打つ。宗教的、哲学的にも含蓄が深い。

それでいて読み口は一言会話が繰り返されて軽快、ところどころウィットに富んでいてクスッとさせるところもある。ボードゲームも、実際に何回か大事な場面で登場し、テーマと自然になじんでいる。

これがドラマ化されたら、ボードゲームが流行らないかな。

妻が海外出張のため、2人の子どもと3人きりで過ごす週末。妻が見るというパターンは毎月何度もあるが、私は初めてだった。
先輩の和尚さんから「男の育児は、授乳以外何でもできる」と教えられたことがあるが全くその通りで、しかもその授乳もミルクを夜中1回起きて作ればそれで事足りるので大したことはない。もう少しで8ヶ月の息子には湯冷ましもせず、お湯を水で薄めてミルクを作るから早い。
土曜日は朝にパン屋まで1時間の散歩、昼にマツキヨまで車でお買い物、夜に外国語サークルに行ったが休みだったので本屋さん。日曜日は土浦まで外国語サークル&お買い物。外出すると親子ともに気分転換になってよい。
食事は金曜に作った煮物を食べ続け、後はパンとか麺類とかでごまかす。赤ちゃんの離乳食も作るので、どうしてもお姉ちゃんの分まで気が回らない。ちゃんとしたものは保育所の給食で食べてくれ、子どもたち。
入浴は3人で入り、息子を洗ってから浴室の隅に座らせ、タライにお湯を入れてクジラのおもちゃを浮かばせておく。息子がそれに夢中になっている間に、娘を洗って自分も洗う。もとよりカラスの行水なのでゆっくりできなくても汗が流せればOKだ。
いつもはおっぱいを吸いながら寝入る息子と、おっぱいを触りながら寝入る娘が、当然のように寝付かないのにはウンザリしたが、イライラせずに先に寝てしまうことにした。育児はとても体力をつかうものらしく、ほとんどバタンキューで9時間以上眠る(その間1回ミルクを作るため起こされるが)。
洗濯、料理、皿洗い、ミルク、おむつ替え、掃除、散歩……の繰り返しで気晴らしといえばちらちらインターネットをするくらいだったが、久しぶりに子どもとべったりできた週末で満足した。妻が帰ってくるまで今週いっぱい、楽しい育児にしたいものだ。

このアーカイブについて

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