おの: 2006年10月アーカイブ

本質を見失って形骸化している葬儀を、日本人の習俗文化という観点から捉えなおし、イメージに流されずに納得できる方法を探る書。

第一章では仏教伝来よりはるか前から日本人が 培ってきた葬祭の習俗と死生観を民俗学的見地から解説。この世での死=あの世での誕生から弔い上げまでを「子どもの養育(=供養)」と捉える。これを踏まえず表面的な手法(海洋散骨やホテルでのお別れ会など)を安易に取れば、後から行き詰ってしまうという。

第二、三章では仏式の葬儀を司る寺院が、機能不全に陥っている状況と、その打開策を提案。葬式仏教こそ寺院の本質的な役割であると考えて、寺院が専門家としてきちんと説明責任を果たすべきであると唱えている。

第四〜六章は戒名を自分で考えたり、葬儀と告別式を分けたり、自分が信頼できる僧侶を見つけたりしてよりよい逝き方を具体的に提案。住職や奥さんの檀家さんへの対応によっては、離檀の方法まで示している。

仏式に批判的な現代の葬儀解説書は多々あるが、その中であくまで仏式にこだわり、その中でよりよいかたちを模索しようとしている点でほかに類を見ない書である。

『「葬式仏教」という卑下した言葉を耳にしますが、これは決して仏教を揶揄しているのではなく、日本では死者供養は仏教で行い、その後の先祖供養は仏教の作法を借りた「習俗」で行っている、その姿を言い当てているといってよいと思います。』

『また告別式は、残された者が故人と決別し、それからの人生をどのように更新するかを探る場ともいえます。故人のことを思い浮かべ、追悼にふける時間をもちつつも、参加した人たちが、その逝去をどうとらえ、意識を変えていくか、そんなことも行いの目的として踏まえると、よい告別式が行えるのではないでしょうか。』

『お寺は死者供養、先祖供養に徹するという原点に立ち戻るべきです。お葬式で食べていることを恥と受け取るのではなく、お葬式で食べているからこそ、務めを立派に果たすのだととらえてほしいものです。供養寺としての誇りをもって、檀家と接してほしいと思います。』

終焉にまつわる習俗文化の取り戻し、筆者の視点はぶれず、バランスの取れた論考と提案として示唆に富んでいる。

御詠歌の研修で郡山のお寺に2泊3日。

つくばから電車とバスを乗り継いで行こうと思ったが甘かった。福島交通のホームページで調べたら、近くを通るバスは1日3本、始発は12:30という寂しさだった。最寄のバス停を問い合わせたら「でもお寺まで3キロありますよ。タクシーで行ったほうがいいです。」……。

でも福島交通のおばさんが親切に教えてくれて、東北本線の日和田という駅が最寄だと分かる。郡山で乗り換えて1駅。駅前にタクシーがあったので乗ろうとしたら予約で、別の車を呼んでもらった。「最近この辺もタクシーに乗る人少なくて」……。

お寺についてびっくり。噂には聞いていたが、タクシーを降りると見事な伽藍が広がっている。ご住職さんは地元の名士で、新築された本堂は、今日の講習会のために3日前にできたばかりで、ついでに庫裏も建てたという。

ご住職さんは経営手腕もさることながら、御詠歌も達人、曹洞宗でも中央の要職を務めておられる。社会にがっちりコミットして世のため人のために尽くすというかたちの仏教の実践者といえよう。

今回は僧侶と寺族を対象にした指導者研修会。要求されるレベルも高い。ここ1年、指導をすることはあっても指導されることのなかったので、知らぬ間についたいろいろな癖を矯正してもらわなければならなかった。特に音程が微妙にずれる点。

御詠歌の講習会はこれまで数知れず参加してきたが、三食付で1日中、歌のことばかり考えて過ごすのは心地よいと感じるようになった。空っぽになった頭に、先生がちょっと涙話をするとすぐ涙が滲み出てきてしまう。涙話は洗脳、もとい教化の大事なポイントなのである。

ブラジル開拓に行った檀家さんが、幼い子どもがマラリアに罹って熱を出しているとき、真っ先に考えなければならなかったのが「この子をどこに埋めたらよいか」ということだったという話。今のようにまともな病院もなければ治療費もなかったのである。

同年の僧侶が癌で亡くなったとき、見舞いに行って涙をこらえている先生に、その師匠(お父さん)が明るく振舞って慰めてくれた話。にこやかな顔で「息子が余命数ヶ月だって聞いたときは、頭の中が真っ白になりました」「新しい本堂は、息子の晋山で使えればどんなによかったか」などと仰る。慰めに行くつもりが慰められたという。

御詠歌のお誓いでは「仲良い暮らしをいたします」と書いてあるのに夫婦喧嘩が絶えなかった先生。4才の娘が部屋にドラえもんの絵を貼って吹き出しに「お父さんお母さん仲良くしてね」と書いていたのを翌日見た話。

被爆二世で子どものころ血液交換をしたが、この頃肝炎になってしまった先生。「治療に専念するので私が教えるのは今日が最後です。」

子ども、逆縁、別れの3つがどうやら涙のツボのようだ。

終わる頃には自分に今欠けているもの、これからの指針や希望、そして何よりも心の平安を手に入れることができたような気がする。いい研修会だったなぁ。来月、東京でも行われるので参加する予定である。

ところで、お寺の前でタイマー式の鐘楼を初めて見た。ウィーーーーン……ゴーン!!

経済発展によって急激に先進国の生活を手に入れた中産階級を実例で描き、精神的な空虚からもてはやされる癒しとしてのヒンドゥー教、その背景となる現代インド史とヒンドゥー・ナショナリズムの問題を考察する。

あとがきで筆者は相変わらず日本では「悠久のインド」か「貧しくとも目の輝きをもったインド人」というイメージで捉えられていることにうんざりし、インドをもっと多角的に捉える必要があると書いているが、ミクシィのインド関連コミュニティを見ながら同じことを思っていた私はこの本の切り口に全く共感した。

郊外にある豪華なクーラー付きマンションに住み、夫婦で共働きで子どもは受験勉強。週末は家族でショッピングモールにお買い物。日本人口を超える中産階級が、商業主義が作り出した高級な生活の「イメージを消費」しながらこうした生活に追いかけられている。

そこでヒンドゥー寺院や新興宗教に向かうインド中産階級が多いというのは、「無宗教」の日本とずいぶん様相を異にするものだと思った。信仰が息づいているしるしである。

しかしその信仰心がヒンドゥー・ナショナリズムを助長し、インド社会が掲げる他宗教の共存が危うくなっているのは良し悪しである。筆者は単一論的宗教(自分の信仰する宗教が絶対正しいという立場)から多一論的宗教(真理はひとつでありながら、そこに向かう道の多様性を認め合う立場)への転換を主張しているが、事態はそれほど容易ではない。

私もインドで多一論的な考え方を口にする中産階級によく出会ったが、そういう人は高等教育を受けて宗教を知性的に捉える人、あるいは社会のコードによる「イメージ」でものを語る人に見えた。ベジタリアンが増えているというのも、伝統的な信仰に支えられてではなく、健康面と社会的イメージアップの側面が強い。

一方、ヒンドゥー教を崇拝し身も心も捧げているような人には、その分他宗教を認めるのが難しい。そこにヒンドゥー至上主義が入り込む隙がある。イスラム教でも同じことが言える。

今後のインドは、宗教のモード化と信仰心の薄れによって変わっていくのではないだろうか。ちょうど教育基本法が論議され「宗教心の涵養」などが叫ばれる日本と規を一にしている。

このように問題解決の見通しなど楽観的に感じたものの、現代インドのルポルタージュとして非常に面白い。

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