おの: 2007年2月アーカイブ

大学の先輩で,信州大学人文学部の谷澤淳三教授が20日にお亡くなりになったらしい.過労ということだが,まだ50歳前後だと思う.ここ1週間ほど,そのことでいろいろ考えている.

谷澤先生の専門はサンスクリット文法学.バルトリハリという5世紀ぐらいの学者が書いた『ヴァーキヤ・パディーヤ』という書物の解読から始まり,インド哲学一般に広範で刺激的な研究を続けられてきた.論文に「インド哲学で説かれたうそつきパラドックスの議論」「パーニニ文法学派の固有名論と〈フレーゲのパズル〉」など.「ゴジラは存在しないから存在する?」というタイトルでの講演もあった.

授業でサンスクリット文法学の基礎を教わったのは3年ほど前だったろうか.そのとき先生は黒板に「インド哲学」と板書し,「哲」のところにバツ印をつけて,今のインド哲学者に哲学をしていない人の何と多いことかと嘆いてみせた.「西洋哲学をやらなきゃインド哲学はわからない」とも.

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インド哲学の研究者が,もし「哲学」というものを志しているのならば,当然インド哲学における諸説を批判的に見るということが必要になると思うのですが,どうも現状を見ると,細かな文献学(もちろんそれはそれで非常に価値あることですが)にのみ精を出したり,かと思うと「ディグナーガ・ダルマキールティ教」の信者(と呼びたくなるよう)になってしまったり,せっかくの哲学的思索の宝庫であるインド哲学が宝の持ち腐れになってしまいかねません。(信州大学ホームページより)
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権威なんてクソくらえ!といった威勢のいい授業で,学会でも女子学生を引き連れて若々しい姿でいつも見ていたので,亡くなったというのがまだ信じられない.お得意の冗談なのでは?といまだ思っているくらい.

今回のショックは,インド文学の上村勝彦教授が『マハーバーラタ』全訳に取り組んでいる最中に癌でお亡くなりになったときの衝撃よりも,中観思想の江島惠教教授が駅で吐血して亡くなられたときの衝撃に近い.

上村先生はすでに多数の研究や翻訳を出版されているが,谷澤先生や江島先生は,その力量からすればもう1つや2つ,優れた研究を大部の書物にまとめることができただろう.そう思うとインド哲学という虚学に人生を捧げるその目的や幸せがいった何なのか分からなくなる.

少年老い易く,学成り難し.思うところあってしばらく手をつけていなかった博士論文に,重い腰を上げた.

レトリックの第一人者による反・論理的思考のすすめ。論理的思考が通用する場面は、ディベートのように両者が対等な立場にある場合に限られ、実際は偏った力関係の中で説得の手段を見出さなければならない。

著者は詭弁というのが勢力のない側が使った場合にそう呼ばれるだけで、普通によく用いられていることを示す(「あなたは平和憲法の改悪に賛成ですか?」)。

その上で、定義からの議論と因果関係からの議論を両立させないほうがよいこと、論点のすり替えはより重要な問題への移行だとする意見、先決問題要求の虚偽は実際意図がみえみえで詭弁にもならないことをレトリックの教科書を参照しながら説明する。

共通するのは、議論は主張者が誰でも同じなのではなく、主張者の信条・態度・信頼度(エートス)を巻き込んだ上で説得力が生まれるということだ。これは従来に論理的思考の本ではあまり触れられず、また触れられたとしても無碍に否定されていたことではないだろうか。

著者の書き方がすでにレトリックの教科書のようになっていて面白い。新書で紙幅が限られているためだとは思うが、トピックが少なくて物足りないので、もう2,3章くらい多くてもよかったと思う。

子どものいる家庭への財政支援、母親が働きながら子どもを育てられる環境の整備、女性就業率の増加による男女共同参画、夫の家事負担……今、政府や社会ではこうした流れを推進しようとしている。

筆者はこれらが"少子化対策としては"効果がない(だからといって不必要だと言っているのではない)ことを統計データから示し、少子化対策として有効な手立てはありえないと断言。少子化社会に見合った体制を提言する。

少子化の最大の問題は、産みたいけれども産めない人が増えたとか、きょうだいの数が減ったということではなく、都市化や期待水準(生活水準の理想)の上昇にあるという。

自分の生活水準を大幅に下げるくらいなら結婚はしなくてもよいという考えが未婚化・晩婚化を招き、また政府の子育て支援策は、結婚や子育てにおける生活水準の理想をなまじ上げてしまい、かえって控えさせることになってしまうという(第6章)。

統計から導き出される根本的な少子化対策は、都市に住む人間がみんな?@田舎に疎開し、?A農業を営みながら?B三世代同居で暮らすことになるのだが、それは無理な話である。?@?A?Bともに世の中の流れが全く逆方向に動いている以上、少子化は止めようがない。

そこで筆者は、少子化のデメリットを検討。経済の衰退、労働力不足、社会保障費の増大を挙げる。これを受け入れた上で、年金負担の世代間分配など社会制度の整備を説く。

筆者が結論として言いたいことは男女共同参画の否定では決してなく、結婚したい人もしたくない人も、子どもを産みたい人もそうでないひとも、公平に扱うことで結婚や出産の選択を自由にするということである。

こうしてみると、柳沢厚労相の「女性は産む機械」発言は、現在結婚し出産した女性ばかりを保護している政府のイデオロギーを見事に言い表したものであろう。要するに「産めよ殖やせよ」政策なのだ。どうして政府は「そうですよ、そういうつもりでやってます」と開き直らないのだろうか。

少子化問題は今一番ホットな話題のひとつ。筆者の言う「選択の自由」は完全には同意しかねるが、世間の常識を問い直し、たくさんの視点を得られたことは収穫だった。

『つっこみ力』

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新聞やテレビの情報や大学の授業で教わることに対して、専門的な知識なしに、面白いかつまらないかという観点で反応する力を「つっこみ力」と呼び、メディアリテラシーやリサーチリテラシーに代わるものとしてその効用を説く。

つっこみ力には3つの軸がある。まずは分かりやすさを心がけること、愛。

『わかりにくい説明をする学者も、これと同じじゃないですか。わかりやすく説明したら、なあんだ、学問ってのは、どうでもいいことを難しく説明してるだけなんじゃん、と世間に知れ渡ってしまうから、ご自分の権威を保つために、難しい言葉でカモフラージュするんです。』
『学問は伝わってナンボです。伝わらずに、自分だけわかったつもりになってたら、無意味な自己満足です。』

次は相手の興味をひきつけること、笑い。そのためには正しさや批判力ではなく、おもしろさという付加価値を高めなければならない。

『どんなに論理的に正しい批判だろうが、正論だろうが、一人でも多くの人に伝わり、納得してもらわないことには、なんの力も持たないのも真理です。それがキビシい現実です。』
『正しいと思ったことを、いかにおもしろく伝えられるかが重要なのに、識者も学者も教育者も、それをあまりにも軽視しています。大衆に媚びる必要はありませんが、ウケを狙いにいくことは、大切です。』

そして権威だろうが偉い人だろうが、遠慮なくつっこむ勇気。論理的に反論できなくてもいい、茶化してでもいいから、何かヘンだということを意思表示しておこう。

『周囲の人を愉しませて巻き込み、相手をいじるパフォーマンスを見せることで、「そういわれりゃあ、なんかヘンだ」という感覚を、多くの人の頭に植えつけることができればいいんです。』

この後、経済学者のインセンティブ理論や日本人の肩書き先行的な職業観、失業率と自殺率の相関などに実際につっこんでみせる。ただ茶化しているだけかというと、10年スパンで長期的な視点を持った再チャレンジ社会や、家を売れば借金の中区なる住宅ローンの仕組みなど、はっとさせられる意見も。創造的なアイデアというのは、笑いの中から生まれるのかもしれない。

ところどころクスリと笑える文句があって、読み物としても楽しめた。

これからつくば

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2月はずっと山形にいるような気がするが、今日ようやく一段落でつくばに帰る目処がついた。

風邪が完治しないのでお医者さんに行ったら「過労ですね。」
先週末は福島のWizards'Innにも、鶴岡の庄内テーブルゲーム研究会も、今日は外国語サークルも行かず自宅で静養していたのに……。要するにお医者さんには山形とつくばの往復がハードに映るらしい(ま、ハードですが)。

薬をもらって帰ってきたら、妻から電話で長男が熱を出して早退してきたとのこと。つくばへは明日ゆっくり帰るつもりだったが、予定を早めて今夜出発することにした。

と、その前に午後6時から寺院新年会。しゃべると咳が出るので、黙々と食べて早めに退出したい。自宅着は23:20の予定。

家を建てる

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庫裏の建築に関する役員会とその打ち合わせで5時間。庫裏(くり)とは住職たちの住まいのことだが、一部の部屋はお寺の一部(檀家さんやご寺院さんの接待・法要時の控え室)としても使うため、檀家さんにご負担をお願いする。

今回は総工費・檀家さんの負担割合の確認と、檀信徒総会の日程決めが主な話題だったが、それ以上に多岐にわたって有意義な協議をしていただいた。

参加した役員さんは、今回の工事が決定したら相当額の負担をする立場になるわけだけれども、負担をいかに少なく抑えるかという観点ではなくて、負担をいかにほかの檀家さんに納得してもらうかという観点で臨んで下さった。

それは一応、住職側の負担割合が総工費の8割を超えるという事情によるものかもしれないけれど、住職とその家族の住まいなんだから当然のこと。残り2割といっても、檀家数はそう多くないから1戸あたりの負担は相当な額になる。それをここまで快く前向きに考えて頂けることが、恐縮するほどにありがたい。

もちろん、ただイエスマンの役員さんではない。登記や借入などに詳しい法律家、市議会の最新情報をつかんでいる情報通、前回・前々回の寄付集め関係書類を揃えている資料通、想定される質問を考える戦略通、建築や電気の工事に明るい専門家……まさにGメンと呼ぶに相応しい。お寺の役員に、これだけの優れた人材が何気なく集まっているのだ。同席していただいた工務店の方も、「たいへん勉強になりました。」

これで総会の日程が決まり、そこで承認されれば4月頃から現在の住まいの解体が始められるだろう。秋頃には完成と見られる。また恩に着る方々が何人も増えそうだけれども、楽しみ楽しみ。

三日三晩寝て風邪は治ったが咳がまだひどい。聞けばつくばは花粉がひどいという。毎年花粉でも喘息になるから、また外出を抑制する日が続きそうだ。秋葉原の水曜日の会、ご無沙汰だなぁ……。

「我利我利亡者ぼったくり坊主」がテキトウにつけた戒名よりは、自分自身や家族でふさわしい漢字を使って自作しませんか?という本。資料として戒名の歴史と戦国武将や殿様たちの戒名つき。

殿様の戒名は感心するほどたくさん調べられており、確かに戒名カタログにはなっているが、広く浅くの雑学本といったところ。後半は対談形式になっているが、戒名談義というよりも戦国歴史オタク談義といった体。むしろ歴史に興味のある人向けかもしれない。信長の戒名がどうして2つあるのかなどは面白い。

戒名や位階を金で買うといういわゆる戒名料問題が現代日本仏教の大きな問題であることは否めないが、あえて言わせていただくと僧侶だけの責任ではなく、宗教的な領域に見栄などの世俗をもちこむ一般人の招いたことでもある。

『以心伝心で、お礼の金が動いたのは確かでしょうが、今みたいに、お寺の坊主のほうから、「居士はいくら、大居士ならいくら、院殿がくっついたらこのくらい」なんて、さも定価表でもあるように要求する露骨なリンク制度が始まったのは、そんなに古いことじゃないんじゃないでしょうか。』という記述があるが、たとえ以心伝心であっても見返りのお金ならば布施ではない。

戒名料については誤解を生むものだとして仏教界では廃止ということになっている(名目を変えたりして要求しているところもまだあるが)。また地方では寺院と檀家との日常的な交流の延長線上でその人に相応しい戒名をつける努力がなされている。そういった点をうやむやにして「我利我利亡者の坊主」「ぼったくり仏教」を連呼されると、じゃあお前さんたちはどれほど正しい信仰に生きる仏教徒なのかと問いかけたくなってしまった。

長女を連れて10日ぶりにつくばに帰ってくると、訃報が入っていたので翌朝また山形へ。つくばの滞在時間はたったの8時間ほどだった。

睡眠不足もあって朝からだるい。大宮行きのバスも山形新幹線もずっと眠っていたが、お寺に着いて枕経が終わると体温が37度、通夜が終わると39度にまで上がっている。体中に寒気が走り、一瞬たりとも気を抜けないような状態。喘息もひどくなった。

早めに寝たのだが、朝起きると熱はまだ39度ある。しかしお葬式を延期してもらうわけにも行かないし、代役も立てられないので、ガクガク震えながら洗面所で剃髪。朝食を少しだけ食べて出棺のお経を読みに行く。一旦お寺に戻り、火葬場まで母に送ってもらった。お経を読むとき以外は、魂の抜け殻のような状態である。火葬場の寒さも身にしみる……

午後の葬儀まで時間があったので、火葬場からお医者さんに直行。衣を着たままの聴診器はたいへんだった。新幹線の中でインフルエンザに罹ったのではと検査もしたが、幸いにして陰性。もし陽性だったら、喪家に大量の罹患者を生み出していたことだろう。ゲホゲホ咳き込みながらお経を読んでいたからなぁ。

「安静にしていてください。」
「でも午後からお葬式なんです。代役を立てられなくて」
「お葬式? それじゃしょうがないなぁ(苦笑)」
「終わってから安静にします(笑)」

処方された風邪薬を飲んで、1時間ほど眠ってから午後の葬儀へ。症状はだいぶ緩和されていたものの、肉体的・精神的に全くの余裕のない葬儀だった。途中でぶっ倒れるんではないかと思ったが、何とか最後まで務めを果たし、フラフラになって帰りバタンキュー。予定ではこの日のうちにつくばに帰ることになっていたが、無理な話だった。

こんなとき思い出すのが亡くなった師匠(祖父)の最後のお葬式だ。あれは吹雪の12月だった。祖父のお葬式に付き添いで参加した私は、祖父が酸素ボンベでぜいぜい息を切らしながら、導師を務めていたのを見た。亡くなる3ヶ月ほど前のことだった。それを思い出すと、風邪くらいでへこたれてはいけないと励まされる。

翌日も翌々日も、熱は39度から下がらず薬を飲んでまる1日布団の上。結局三日三晩寝続けた。食欲はまだあるのが救い。治ったらつくばに帰るつもりだったが諦めざるを得なかった。長時間眠って意識が朦朧としていると、自分に妻子がいたことすらも夢の中の出来事に思えてくる。子どものアルバムを引っ張り出してきて確認するほど。

夜に妻が電話をかけてきて、みんな元気だというのでほっとしている。週明けに用事があるので、つくばに帰れるのはもう少し先になりそうだ。

葬式仏教によってなおざりになってしまった現代の諸問題に、気鋭の仏教学者や僧侶が立ち向かった論考集。

掲載されている論考は序文を含め16篇。生命・環境といった倫理的な問題を第1部に、仏教と社会との関わりの歴史を第2部に、実践的な立場からの問い直しを第3部にする構成で、興味のあるところから読み進めてよいようになっている。

全体に通底する問題意識は、編者代表の末木文美士氏が主張してきた大衆迎合主義からの脱却である。

仏教は平和主義であるとか、仏教は生命を大事にするとか、口先だけのきれい事をやめようではないか。自分の感覚として何が大事なのか、自分自身を見つめ、そして考え直すところから出発するのでなければならない。経典に書いてあるからとか、宗祖がこういったから、ということは、もちろん宗派内の「公」としては成り立つし、それは否定しない。しかし、それは宗派を離れたら何の説得力も持たないことを認識しなければならない。(pp.27f)

日本の社会は、とりわけ戦後、宗教に対して冷淡であり、敵対的でさえあった。(中略)そのような逆風が続く中で、仏教界の側も萎縮し、自らの教団の中だけに閉じこもり、外の世界との共通の議論の場を絶って自己防衛に徹する姿勢を続けてきた。(pp.296f)

しかし実際に現代の諸問題と仏教をリンクさせるのは容易なことではない。前川健一氏は、脳死と臓器移植について仏教の教義に照らし合わせた結果、全く正反対の結論になっていることを指摘し、「特定の倫理的決定の正当化であるよりも、健全な懐疑主義(p.77)」が必要であることを述べている。また、安易なリンクは、仏教が抱える性差別(熊本英人『仏教とジェンダーフリー・バッシング』)や戦争肯定(石井公成『不殺生と殺生礼讃』)の歴史を再び招くことにもなりかねない。

そこで上田紀行氏が、縁起や慈悲を説くだけでなく縁起や慈悲に生きることが必要だと述べ(p.47)、菅原伸郎氏が教師が「仏教を教えるのではなく、仏教で教える」(p.149)と述べているように、仏教をまず学び、自分のものさしできちんと取捨選択して、それを実践する中にこそこれからの仏教の存在価値があるようだ。

しかし具体的に何を実践するかというと、「寺という場所を生かしながら、地域のNPOなど市民と連携して、寺の社会的役割を打ち出していく(秋田光彦談・http://www.asahi.com/kansai/kokoro/taidan/OSK200702130025.html)」とはいうものの、なかなか難しいのが現状である。

上田紀行氏の著書『がんばれ仏教!お寺ルネサンスの時代』でも、藤井正雄氏の著書『仏教再生の道すじ』においても、芥川賞作家の玄侑宗久氏のような稀なケースを除いて、お寺に閉じこもってはいないにしても、あまりお寺から離れていない印象を受ける。

本書はその意味で、現代における仏教実践の端緒なのだろう。道を誤らないポイントを押さえつつ、道に飛び込んだとき、どんな未来が開けるかは、全国に25万人いるという僧侶と、仏教を愛する全ての人々ひとりひとりの肩にかかっている。

昨日は白鷹町でクラシックのコントラバスのコンサートが開かれ、妻とお手伝いに行ってきた。

奏者は東京芸大コントラバス科の永島教授で、昨年トランペットのコンサートを開いた杉木教授と共に、芸大オケが長井でコンサートを開いたとき以来、親交を深めている。

演奏会の打診を受けたのがお正月。さすがに1ヶ月では無理だろうと思っていたら、白鷹町の重鎮、新野医院の院長が名乗りを上げた。医師会会長、老人ホーム理事長など多くの肩書をもつ先生だが、今回はソフトボール協会会長の肩書でソフトボール関係者を動員し、あっというまに200人余りの会場を埋め尽くす聴衆を集めた。

私は相変わらず裏方で、プログラムの制作、奏者の送迎、当日の司会が主な仕事である。ピアノ伴奏はウィーン国立アカデミーのプリンツ教授。奥さんが日本人なので日本語でも十分話ができるが、送迎の道中はドイツ語で会話を楽しんだ。

私がドイツ語を話すとすぐボードゲームの話になる。今は全く遊ばないという先生でも、ドイツ圏で頻繁に遊ばれているスゴロク"Mensch, Ärgere Dich nicht!"を知っているか聞いたら、"Natürlich(もちろん)!"。

実は新野先生もドイツ語は堪能だ。ドイツに留学して医学を学び、帰国後、大学講師をなさっているときに『プリンシパル医学ドイツ語』という本を出版されている。

そのほか山形在住でウィーン留学していた音楽家なども聴きに来るし、私の妻もドイツ語で自己紹介するので、プリンツさんは山形にドイツ語を喋る人がたくさんいると驚いていた。

演奏はコントラバス独奏という珍しいもので、永島教授の超絶技巧と表現力に聴衆はすっかり引き込まれていた。コントラバスは弦が長いため、運指もその分動きが大きいものとなる。非常にダイナミックで、もちろん正確で、そして繊細。楽器は1708年イタリア製だとかで(時価何億という代物)、永島教授が最大限に引き出したその響きには言いようのない深さがあった。

打ち上げはどぶろくが出回って皆さん上機嫌だったが、ウーロン茶の私は、子どもを寝かせるため早めに退席。長女は母と祖母と楽しく過ごしていたようでよかった。とても楽しい演奏会だった。

この2日の偏食
11日 昼食 そば、大根煮(大般若の食事・のどか村)
   夕食 納豆チャーハン、刺身、焼き魚
      (東北学生音楽祭打ち上げ・和楽)
   夜食 すし(奏者と共に・すしてつ)
12日 昼食 そば(演奏会スタッフと・千里庵)
   夕食 そば、鮎塩焼き(打ち上げ・のどか村)

寺院の合併

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妻と長女は金曜夜に無事に到着し、昨日は米沢の上杉博物館で行われていたドールズハウス展と雪灯篭祭、外国語サークルに行ってきた。米沢の市街中心部の寂しさは長井以上かもしれない。バイパス通りは賑やかなのだが……。

そして今日は先週に引き続き大般若会。今年に入って5回目となり、だいぶ心配なくできるようになった。大きな声で「大!般若経巻第……降!伏一切大魔最勝成就……」と唱えていると気合が入ってよい。今年予定されているのはあと3回。

終わってからの食事で、どうすればもっと参拝客を増やせるかという話を振ってみる。私のお寺でもこの悩みは深刻だ。

原因については過疎化もあるが、人々の意識に寺院離れが進んでいるようだ。寺に足が向かないのは、葬儀と法事以外のこと、例えば生きる指針とか悩み事の相談などを期待していないのではないか。

「細木数子とか、江原啓之なんかもひとつの信仰ですからねぇ。そういうので事足りている人は、お寺に来にくいのではないでしょうか……」と言ったところで、「お寺に来ない人は、仏教を信仰していない」なんていう話になったらマズイと思ってやめた。それだと、江戸時代の踏み絵や寺請制度と変わらない話になってしまう。

そこから発展して寺院の合併の話。これから先、過疎化が進めば空き寺を守る檀家さんも次第に維持費を捻出できなくなり、お寺をお化け屋敷のようにしておくくらいなら、いっそのこと近隣の寺院と合併したほうがよいという話が現実味を帯びてくる。

総代などを代々務めてきた家では、先祖が代々守ってきたお寺をその代でなくしてしまっていいのかという葛藤があり、寺の役員が合併話を持ち出すことは滅多にない。

私がこういう話を聞いたのは2回目だが、どちらも住職がいないお寺の、若い役員から出た話だった。近くの寺院が掛け持ちで住職をして、手厚い檀務をしていたとしても、誰も住んでいないお寺を維持していくのはつらいだろう。維持するには先祖代々の誇りだけでなく、お金もしっかりかかる。

実際問題、お寺の合併は今後どんどん現実になっていくだろう。今のところ、合併すると各寺院が納める宗費が減るためか、宗門は合併に積極的でない。合併には宗教法人の解散はじめ複雑な手続きが立ちはだかり、ほとんど行われていないのが現状だ。

今日お話をした役員さんは、合併だけでなくお寺が葬祭業を運営するという大胆な意見だった。いわく葬儀社は儲け主義でいけない、お寺が葬祭業をすればもっと負担を少なくできるのではないかと。

寺院が葬祭を取り仕切れるようにならなければならないとは私も思っているが、相当な経営手腕がないと葬祭業に手は出せない。ところが、住職というものはあまり商売上手でないほうがよいもの。

曹洞宗では住職が経営に参加したソートービルや多々良学園が経営に失敗し問題になったが、当然の結末と思われる。住職の片手間に葬祭業を始めて、成功するほうが珍しいだろう。

将来、寺院のあり方や葬祭のあり方が変化していけば、もしかしたら寺院は生き残りをかけて葬祭業に打って出ることになろうのだろうか。30年後、50年後に向けて先手を打つべきか、それとも社会変化の後追いをしていくべきか、どちらがよいのか迷うところである。

後継者の減少

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昨晩は置賜梅花流研究会の新年会で小野川温泉・河鹿荘(http://www.kajikaso.com/)へ一泊。

置賜梅花流研究会は山形県置賜地方の曹洞宗寺院で御詠歌をしている僧侶と寺族からなる集まりで、月に1回練習会を開いている。一昨年から若輩ながら私が講師に任命され、それ以来つながりを強めている。

昨年受検した2級師範に、先輩と私の2名が合格したため今回は新年会兼祝賀会となった。会費不要という手厚さにひたすら恐縮。

長男を母に任せて、午前中は米沢の外国語サークルに行った後、午後3時にはもう宿へ。当然一番乗りだった。前日は結局3時間ちょっとしか寝ていなかったので、早々とお風呂に入って宴会まで一眠り。

一方、ほかのご寺院さんは例によって枕経やお葬式が入り、宴会はやや遅れて始められた。私だけどうしてこんなにヒマなの?と不安になる。

宴会のはじめにお祝いに胡蝶蘭などという豪勢なお品を頂戴する。安部首相の就任祝で全国的に品薄になっていたとか。もっとも、豚に真珠という気がしないでもない。

普段から顔を合わせている方々ばかりなので話も弾んだ。話題は大学の授業とお葬式が重なったときの対処法、葬儀屋さんの司会料、江戸時代の寺族、子どものインフルエンザ、検定の様子など。

二次会は近くのスナックへ。嘉門達夫『替え歌メドレー』、東京プリン『合コン哀歌』『携帯哀歌』を歌う。コミックソングってあまり配信されていないのでネタ切れが心配だ。

この会で心配なのは、私よりも若い人がまだいないということだ。梅花流は創立50年を過ぎて講員の高齢化が進む一方、若い講員(といっても40〜50代だが)がなかなか集まらなくて問題となっている。

遠藤誠氏が『人海戦術の創価学会と同様、曹洞宗においても「人さえいっぱい集めればそれで仏法興隆になるのだ」という迷信がはびこってきた。』(『今のお寺に仏教はない』)というように、人集め自体を目標にするべきではないと思う。だが、インドで仏教が一度滅びてしまったように、講員の減少は折角のよい教えが消滅し次世代につながらない危機に結びつく。

志ある講員を絶やさないためには、指導者である僧侶や寺族が率先しなければいけないとされる。特に若い僧侶や寺族が、地域の同じくらいの世代に呼びかけることが必要であると。

というわけで若い(といっても30〜40代ぐらいだが)僧侶・寺族にもっと入ってもらいたいのだが、流行り廃りというものなのだろうか。主に団塊ジュニア世代が遊んできたボードゲームが、新しい切り口で20代が楽しみ始めたように、御詠歌にも新しい切り口が必要なのかもしれない。

月曜、火曜は来客もなくのんびり過ごす。長男の風邪はくず湯をきっかけにどんどん回復している。

火曜日は、前から頼まれていた地区の墓地の名簿を作成。名簿はお寺ではなく地区で管理しているものだが、もう20〜30年も更新されておらず、当主の名前がだいぶ変わっているため調査に協力した。過去帳データベースを使えばちょちょいのちょい。

このたび、地区の墓地で管理組合を結成する動きになっている。これまで地区の墓地は、年5万円程度の地区の予算で管理されてきた。ところが、同じ地区内にある2つの寺院の境内にお墓を移転する人が増えるにつれ、区民全体のコンセンサスが取りづらくなり、当事者だけで組織を作る動きが出たのである。

組織を作るにはまず会員を特定させなければならない。新しい名簿は当主名の更新だけでなく、すでに寺院境内にお墓を移転した人、地区外に転出した人を調べて、地区の墓地に現在もお墓を持っている人を確定させるために必要なのだ。さらには、空いている墓所を新しい人に与えることで荒れた墓所をなくす狙いもある。

名簿ができて夕方に区長さん宅に届けると、副区長さんと地区長会長さんも集まっていた。こちらがふと思い立った日に、たまたま墓地管理の件で協議することになっていたとは、偶然にしては面白い。きっと地区のご先祖様方も後押ししているのだろうという話をした。組織案では、私には顧問の職が与えられていた(エラソー)。

今回の墓地管理組合の結成で議論になっているのは、やはり地区の関与だった。区民の全員が地区の墓地を利用している訳ではない以上、地区が全面的に出るのは難しい。かといって地区の墓地である以上、環境や景観を守るために地区と切り離すわけにもいかない。

要するに受益者負担と公共負担のバランス取りの問題なのだ。小泉内閣が小さい政府を掲げて以来、教育や福祉などさまざまな分野で問題になっていることである。

私は、住環境の整備という名分に加えて、地区の支援がなくなったら新規の人が減ったり、寺院境内への移転が加速したりするという理由で地区の支援は必要だと述べた。洞松寺の境内に移ってもらえば永代使用料が入るので嬉しいことは嬉しいが、その分地区の墓地が過疎化するのは困る(そもそも洞松寺の墓地はもうスペースがほとんどなく、これ以上申し込まれたら造成工事をしなければいけないのもたいへん)。

今度の地区の総会に向けてさらに協議を続けることになっているそうだが、どういう結論になるか興味深い。区民が納得のいく落下点を見つけてほしいものである。

その後、大般若の参拝客を増やす方法とか、寄付額を戒名の位階で変えるべきかとか、ざっくばらんに話し合って貴重な意見を頂くことができた。副区長さんと地区長会長さんはお寺の総代も務めている重要人物で話も弾む。

そんなこんなで3時間もみっちり喋って帰宅。長男を風呂に入れて寝たが、明日の朝まで作らなければいけない原稿があったので2時に起きて作り終えた。そんなことをしているうちに長男が起床。もう一眠りしようか。

世の中に蔓延する当たり前が、疑ってみると結構怪しいことがたくさんある。これをセールス(ポイント制は本当にお得?)、数字(予備校・塾の合格率は本当?)、言葉(「××協会」って公的機関?)、「科学的」(梅干が血液をサラサラにする?)、安全(ネット情報の信憑性は?)、メディア(選挙結果予測の報道は正しい?)、通説(学校英語は悪者?)、組織(会議で一致した意見は正しい?)、自分(自分の意見はコンプレックスの裏返しではないか?)というように9つに分類し実例を並べ、注意を促す。

筆者がアンケートの項で述べている「量が少なく、分かりやすく、簡単に読める」本である。その分、掘り下げてはいない。

疑うというのは、真偽を不確定の状態にすることだ。その後、吟味して真か偽かをきちんと確かめなければならない。その吟味に必要なデータやエネルギーがなければ、単なる懐疑主義者でしかない。本書でも、ちょっと考えればウソと分かるような項目(これが殆どなのだが)を除くと、ただ疑っているだけでその先に進んでいないのがやや不満に感じた。

「宗教に入っても大丈夫?」の項目で、疑うポイントとして金銭の要求、無償労働の要求、肩書きの提供が挙げられ、このうちどれか1つでも該当すればカルト教団かもしれないというが、その要求の仕方を問わなければ、少なからずこの3つはカルト以外の宗教団体にも該当する。この3つがない宗教は、非社会的で極私的な「自分教」以外ありえないのではないか。

ネタ帳としてはよいが、項目が多すぎて、ひとつひとつの項目には考察が不十分という印象をもった。

学習会

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曹洞宗の全寺院に配布される月刊誌『曹洞宗報』2月号に、興味深い記事があった。第一生命経済研究所と曹洞宗の関係者が「学習会」を開いたというのである。

事の発端は昨年夏の日経新聞記事「いまどきの逝き方」。小谷みどり・第一生命経済研究所主任研究員のコメントとして「通夜から始まり葬儀・告別式、火葬、納骨という一連の流れはもともと葬儀業者が考え出したもの。葬式に決まった型はない。」と掲載されたことによる。

これに曹洞宗の寺院住職が異議を唱え、宗務庁が調査の上、顧問弁護士を通じて新聞社や研究所に対し抗議したという。実際このコメントは小谷氏の発言を記者が取り違えたものらしかったが、「歴史的事実などについて正しい情報を共有する必要がある」ということから「学習会」が開かれることになった。

「学習会」の内容は今後の『曹洞宗報』で報告されるということだが、『行事規範』などで全国共通の葬儀法を作り上げ、「威儀即仏法、作法是宗旨」の教えによって葬儀の型を追究してきた曹洞宗の立場を説明するものと思われる。

気になったのが第一生命が曹洞宗僧侶の共済保険を長年担当してきた会社であるとわざわざ説明されていることだ。曹洞宗だけに該当する記事ではないのに抗議しているのは、「第一生命にとって曹洞宗はお得意様なのに裏切ったのはけしからん!」と読める。

事実と異なるならば、出入り業者であろうがなかろうが関係ないはずだが、出入り業者だと明記し、しかも顧問弁護士まで出てくるとは、制裁とまではいかなくともまるで圧力をかけているようでちょっと頂けない。提灯記事だったら事実と異なっていてもよいのか。

改めて小谷氏の著書『お葬式のお値段』を読み返してみたが、確かに「世にも不思議なお葬式」とか「ますます形骸化するお葬式」など葬儀についてネガティブな表現が見られる。

しかしこれは高騰する葬儀費用や義理の参列者の増加などに見られる(主に都市部の)現代人の意識を代弁したもので小谷氏の独断ではない。実際、こうしたネガティブな表現についてそう思うかそう思わないかをアンケートすれば、そう思うと答える人はかなりの数に上るだろう。

さらにその数は年毎に増えているというのが、私の実感だ。そしてその一因として、葬儀社任せで読経のBGM係になってしまった僧侶の怠慢があるのも否定できない。今回の「学習会」が第一生命や新聞社への批判だけでなく、そうした自己反省の場にもなることを望む。

それにしても今回の宗門の対応は大人気ない気がするのだが、どうだろうか? 新聞や細木数子なんかを信用して、住職の言うことに聞く耳を持たなくなった檀家さんが多いのは確かだが、エネルギーを費やす先がちょっとずれているように思うのだ。

(こんなことを表立って書くと、顧問弁護士を通じて厳重に注意されるかもしれない。ナムナム……)

昨晩は22時に就寝して、今日の7時まで9時間寝たけれども、夜中に4〜5回起きて泣いたので親子共に寝不足気味。何しろお腹が空いて仕方がないのだ。

こちらとしてはおっぱいもないし、どうすることもできないので、泣き声で起こされてもタヌキ寝入り。そのうちどちらともなく寝入るという繰り返しだった。

今日は午前・午後と大般若の祈祷があったので私はずっと外出で、長男は母に子守してもらった。お尻が赤くなる心配もあったが、床に降ろすととにかく泣き続けるので仕方なくおんぶ。おんぶをすれば機嫌がよく、よく眠ったという。

3時過ぎに帰宅してから、疲れたので長男を抱っこして一眠りしようとしたが、眠ったのは私ばかりで長男はずっと泣き続け。隣りの部屋で「気になって仕事に手がつかない」と母がまたおんぶ。

夕食には、祖母の提案でくず湯を食べさせてみた。片栗粉を水で溶き、鍋で温めながらよく練ると透明のゼリー状になる。少し砂糖を加えて出来上がり。

長男はこれがいたく気に入ってぱくぱく。もっと寄こせとせがむほど。くず湯のあとはリンゴの絞り汁、イオン飲料、シロップ薬。満足したのか食後は泣き止んで大人しく遊んでいる。大人が夕食を取るので再びおんぶにして睡眠。

私は昨日怒って大声を出したのと、今日もまた祈祷で大声を出したのでちょっと風邪気味になってしまった。喘息の咳も多い。今日はゆっくり休めるとよいのだが……。

山形に1週間滞在することになり、子どもを1人連れていくことになった。はじめは4才の長女を連れていくことになっていたが、急遽1才になったばかりの長男に交替。長男が単独で山形に行くのは初である。

冬になってから中耳炎やら風邪やらでなかなか調子が上がらない長男。ここ数日も腹に来る風邪とかで下痢が続き絶食状態。イオン飲料やおもゆ、リンゴの絞り汁しか入れられない。一抹の不安があったが、山形に向かってレッツゴー!

つくばから大宮に向かう高速バスではずっと眠っていた長男だが、新幹線に乗って赤ちゃんせんべいを食べた直後からもんどりうって泣き出す。これは与えないほうがよかったようだ。デッキであやしているうちに福島。

今回は自由席だったので福島で途中下車して、つぎの山形新幹線を待つ。タイミングよくウンチをしておむつを替えることができた。トイレにオムツ替えシートがあるのは女性トイレのみ。主夫は肩身が狭いものだなぁ……。

ウンチをして少し機嫌が直った長男だったが、山形新幹線では揺れのせいか空腹のせいか再び大泣き。米沢まではデッキであやしたが、米沢からは自由席も空いたので席に座る。ちらちらこっちを振り返る前の席の青年を睨み返しているうちに赤湯に到着。世間の目は冷たい。

赤湯駅まで母に迎えに来てもらって帰宅。長男はイオン飲料をたらふく飲んで寝入った。

帰宅してからはしばらく大人しく遊んでいた長男だったが、すぐお腹をすかせて泣き始める。おもゆを飲んでいたが、少しくらい大丈夫だろうと食べさせたおかゆでまたもんどりうって大泣き。これも与えないほうがよかったようだ。

延々と泣き続ける長男を心配して祖母や母が「医者に行ったら」「おんぶをしたら」と口々に言う。医者は昨日行って薬をもらってきたばかりだし、おんぶはお尻が赤いので極力避けたい。そう言ってるのに相変わらずやんややんや言い、しまいに祖母が「こんな小さい子なのに連れてこられて可哀想」といったのでカチンときた。

「そんなにうるさくて迷惑なら、もうつくばに帰る!」
「迷惑だなんて言ってないでしょ! 心配して言ってるのに!」
「じゃあ無理なことばかり無責任に言うのはやめて! こっちだってできる限りのことはやってるんだから」
(山形弁に変換してお読み下さい)

こんなやり取りは、世間でもよくありそうな気がする。血がつながった家族でさえこんなだから、ましてや血のつながっていない嫁姑では育児方針でお互いに衝突したり、気を遣いあって気疲れするのも分かるような気がした。

それまで泣き続けていた長男は、私が声を荒げたのでなぜか静かになり、そのまま寝入ってしまった(現実逃避?)。

これが1日目。これから1週間、曽祖母も祖母も長男も、この環境にもう少し慣れてほしいと思う。私ものんびりしていられなさそうだ。

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