おの: 2007年11月アーカイブ

内覧会でした

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7月から取り掛かっていた庫裏がようやく完成し、昨日お披露目を行った。朝から晩までひっきりなしに檀家さんが訪れ、住職の新居をくまなくご覧になり、お茶を差し上げた。

責任役員会議事録の作成に手間取った曹洞宗への手続きも、追加工事費がどんどん膨らんだ最後のお支払いもまだだが、何より住めるようになったのが嬉しい。

インド留学以来、気温30度が適温、20度以下は冬という感覚が身についてしまった寒がり屋の私にとってこの暖かさは何よりもありがたい。

「部屋を暖める」ではなく「家を暖める」というセントラルヒーティングの全館暖房式。ボイラーで暖めたお湯を家中のヒーターに循環させている。温度センサーがあり、設定で昼間は20度、夜間は16度を維持。エアコンで暖めているように頭ばかりがカッカして足が冷えたりすることがないのもよい。

高気密・高断熱なので一度暖めると熱が逃げないから、全館暖房でも光熱費はそれほどかからないという。とはいえ灯油高の今、実際どれくらいかかるのかは一冬越えてのお楽しみ。

心配なのは、こんなぬるま湯の環境で過ごして、つくばの官舎に行ったら家族全員風邪を引かないかということだ。

昨日と一昨日は風呂と寝るだけだったが、今日は引越しで本格的に新居の生活が始まる。建築中介護施設に行っていた祖母も楽しみに帰ってくるだろう。亡き祖父に見せたかったと思うと残念だが、大はしゃぎしている子どもたちを見るとこれでよかったと思う。
新庫裏

視聴率、内閣支持率、経済波及効果、都道府県ランキングなど、説得力があるデータを検証し、データリテラシーを提案する。

世論調査は無作為抽出で回答率が高くなければ信用できないというのが本書の基本的な主張だ。たとえば成果主義の調査では、導入している企業が8割以上とあるが、回答率は17%しかない。回答しなかった会社は成果主義に否定的で、導入に消極的とは考えられないのか。

同じように社長の平均年収が3200万円だったというが、回答率はわずか5%。回答しなかった社長のほうが報酬が低いのではないかという推測ができる。

いわれてみると当たり前なのだが、世論調査ではよく起こることである。インターネット調査などはその典型で、インターネットをしている人→そのサイトにアクセスしている人→わざわざ調査に回答する人という幾重ものバイアスがかかって、特定の傾向を持った人の回答率が自然に高くなる。それをあたかも日本人全員の傾向だと思うのは早計だ。

また0.1%を競う視聴率は、ごく一部のサンプル調査に基づいており、3〜4%の誤差はつきものだという。0.1%に踊らされて広告費を振り分けるのはナンセンスだ。

そのほか選ぶデータや算出方法によって結果ががらりと変わる都道府県ランキングや国別競争力、マイナス部分を考慮しない経済波及効果○億円、TOEICなど誰でも受ける日本と一部の英才しか受けない他国で比較される英語力、アメリカ人はキャンプ外の犯罪しか記録されない沖縄米軍の犯罪率、一般職だけで算定されるのに生産労働者も含めた民間と比べられる公務員の給与水準、汚水処理は進んでいるのに欧米と比べて低いと言われ続ける下水道普及率、国鉄民営化で地方自治体に引き継がれた負債など、単なる見かけだけのものや、ときには政治家の主張に都合のいいだけのデータがたくさんで目からウロコ。

データをグラフや表で示されると納得してしまうことが多い今、詭弁として悪用される可能性も高い。検証は実際難しいとしても現実を反映していない可能性は十分にあるということを頭に入れて臨むのは大切なことだと思う。

月月火水木金金

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只今つくば行きのバス車中。

先週の水曜につくばでゲーム会をしたまではよかったが、それ以降とても慌ただしい。

木曜に長男が熱で早退、翌日休所。家事と看病の合間に『アグリコラ』のカード訳を仕上げる。

土曜の朝5時に家を発って山形に行き、御詠歌の集まり。午後から訃報が入り枕経。夜も御詠歌の講習。

日曜は朝から友人の結婚式に参列。大きな声で賛美歌を歌う。「いいのかよ?」と聞かれたが神や仏はひとつの宗教に収まらないものなのである。スピーチではただ話ばかりでもつまらないので『結婚讃歌』を歌う。

二次会の途中で抜け出して入棺を行い、三次会からまた合流。カラオケでいつも通り『携帯哀歌〜10年後』『NIPPONのサザエさん』『青のり』『なんでだろう』『金太の冒険』を歌う。

四次会まで出たので帰宅は23時。葬儀の準備をしていたら26時になった。葬儀の準備があるので、お酒はほとんど飲んでいない。ちなみに今年になって15回目の飲酒。月1回という目標ペースを少しオーバーしているが、このうち4回は妻の実家でオチョコ2杯程度というものだからまあよしと。

月曜はまず出棺・火葬に出て、それから御詠歌の講習。お昼は車の中でサンドイッチをかじって午後から葬儀。さすがに眠い。終わって新幹線でつくばへ。

火曜は大学で講義。水曜の5時に家を発ってまた山形に。たばこ販売組合の依頼で「本当の心の時代とは」というタイトルで1時間の講演をする。四聖諦、十二因縁、八正道、四摂法という仏教の基本をじっくり。終わってからリクエストで『まごころに生きる』『報恩供養御和讃』を披露。

そして今日、葬儀の手伝いをしてから新幹線。ヘロヘロだが、もうすぐ家だ。

小島よしお

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保育所で小島よしおが流行しているらしい。長女が楽しげに披露して、長男が横で真似をする。

「はい、オッパッピー!」「ハイパピー」
「でもそんなの関係ねぇ!」「チョンナ、カンケーネー」

このやりとりがおかしくてしばらく思い出し笑い。

長男が昨日熱を出して早退。今まで驚異の回復をしていたが、今日は保育所に行けないかな?

妻子を捨てて修行に出た釈尊の姿が示すとおり、仏教は結婚や家族の絆を否定するところから始まっている。お葬式の授戒で一番最初に、

流転三界中 恩愛不能断 棄恩入無為 真実報恩者 (苦しみでしかないこの世に輪廻している間は、家族や世間との絆を断ち切ることができない。 そこで家族や世間との縁を切って修行の世界に入ることこそが、本当の恩返しになるのである)

と唱えるのもその伝統を引き継いだものである。愛する者との絆は愛別離苦のもとになるし、愛しない人との絆は怨憎会苦のもとになる。

愛する人と会うな。愛しない人とも会うな。愛する人と会わないのは苦しい。また愛しない人に会うのも苦しい。それ故に愛する人をつくるな。愛する人を失うのはわざわいである。愛する人も憎む人々もいない人々には、わずらいの絆が存在しない。(ダンマパダ)

しかし日本仏教は、この伝統に逆らって僧侶の結婚を容認した。これによって日本のお坊さんは確かに俗っぽくなってしまったが、これは大乗仏教を推し進めた一種の宗教改革だったと、私は思う。

大乗仏教では、自己の完成よりも他者の救済に重きを置く。救済するには、同じ立場になって苦楽を分かち合わなくてはならない。釈尊も、妻子との別れを経験したからこそ愛の苦しみを説くことができたのであり、もし生涯独身だったならば、在家信者に対して語る言葉をもたなかったのではないか。

カトリックの神父に対し、プロテスタントの牧師は結婚して家庭の範を示すという。日本の僧侶もかくあれかし。範を示すというのは、決して高いところに立って威張ることではない。衆生にとけ込み、同じ目線でものを見、一緒にものを考えながら、悟りの道を模索していくのだ。

結婚讃歌

(一) かりそめならぬ天地の 正しき人の道なれば
    尊さ胸に溢れつつ 今日を迎える喜びよ

(ニ) 仏のおしえ父母の めぐみに深くつつまれて
    はぐくみ来にし玉の身を ささげまつらん真心に

(三) 二人のいのち結ばれて 一つに燃える幸福を
    希望の明日にかざしつつ 強くやさしく生きてゆく

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