おの: 2008年9月アーカイブ

導師進退

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今日は道元禅師と瑩山禅師の命日ということで、両祖忌の法要が行われた。当番寺なので導師初体験。

両祖忌は最高の敬意をもって行われる法要なので特別な進退が多い。特に導師は何かをお供えするたびにお拝する。しーんと静まり返った中、周りに近隣の和尚様が立っているところでのお拝は殊の外緊張した。

ミスもいっぱいあった。次回は何年後になるか分からないが、今度はきちんとしよう。直った分、どこか抜けそうな気がするが。

※進退とは引退するか続行するかということではなく、法要中の動き方の作法を意味する専門用語。

これは当日参加した方に配った資料に掲載したものである。
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本日はお忙しい中、両祖忌にご参列頂きまして誠にありがとうございます。
両祖忌とは、曹洞宗の開祖で永平寺を開かれた道元禅師と、総持寺を拠点にして全国に教えを広められた瑩山禅師の法事です。年は違いますがご命日がほぼ同一であったことから、お位牌を二つ並べ、その同じ日にご供養致しております。
すでに道元禅師がお亡くなりになられてから七百五十五年、瑩山禅師がお亡くなりになられてから六百八十三年が経ちますが、両祖忌の法要は毎年行われております。これは、両祖様のご冥福を祈るというよりも、教えを受け継いでいる我々が今の自分を見つめ直す機会であると言えるでしょう。
世の無常を悟り、我への執着をなくして、坐禅をはじめとする仏道の日々を送ること。縁起の中で生きている「いのち」を問い続け、お釈迦様の悟りに一歩でも近づこうとすること。それが現在、どれだけできているかを改めて確認し、反省し、明日に生かしていくのがこの両祖忌であります。
お釈迦様の正しい教えをこの日本に伝え広められた両祖様に深く感謝しつつ、報恩の誓いを捧げましょう。そしてこの一日一日、この一瞬一瞬を大事にして、仲良く暮らしていきましょう。仏の世界は、今ここにこそあるはずです。
南無高祖承陽大師 南無太祖常済大師
平成二十年九月二十九日 森居山龍泉寺 兼住記す

昨日の東大(2)

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同窓会でまた東大。今回は先輩の護山真也信州大准教授の発表ということで行くことにしたのだった。院生時代、もっとも長時間一緒に読書会をした先輩だ。

その護山さんが博士論文で扱った主宰神論が発表テーマ。はじめは四聖諦などの知のみに限定されていた仏陀の全知者性は、やがて神格化されるに及び無制限の全知者性に拡大される。しかし仏教徒は同時に、バラモン教の主宰神(世界の創造主)とその全知者性を徹底的に批判する。どこが違うのか?という話。

発表原稿が長すぎて、これからというところで打ち切りになってしまったが、私もオーストリア留学を志していた頃はやりかけていたテーマでもあり、十分面白かった(主宰神の論証は、今は詭弁にしか思えないけれど)。

その後、末木文美士教授の発表だったがこれが何と退官にあたっての最終講義的なものだという。東大の定年は65歳になったが、末木先生は定年前にお辞めになって民博かどこかに行くらしい。定年で辞めるのではないから最終講義など仰々しいものはしないで、これをその代わりにするとは、いかにも形式にこだわらない末木先生らしい。晴れの卒業式にわざとキティちゃんのネクタイなんかしてきたこともあった。

話の中で、印度哲学研究室の中で日本仏教の研究者の肩身がいかに狭かったかを述べられた。日本仏教というと研究者がたくさんいそうだが、そのほとんどは歴史学か宗派関係で、思想史として体系的に追う研究者は非常に少ないという。現代思想でも活躍している末木先生だが、その跳ねっかえり精神の源が分かったような気がした。

そんな話を聞きながら、学生の頃に日本仏教でも中国仏教でもなく、インド哲学を選択した私の中の舶来信仰みたいなものに気がついて内心赤面した。末木先生の授業で別の授業のレポートの焼き直しを提出し、文末にその旨を正直に書いたら不可をもらったなんていうのもいい思い出だ。

終わってからは後輩がいかにこの世界の就職口がないか、したがって博論のモチベーションも上がらないかという話。それを分かって印度哲学を選び、大学院にまで進んだはずだが、研究が何の役に立つなんて考えてしまうとダメだ。

先生方にあいさつして、また博論を早くと言われつつ早めに退散。新幹線で山形へ。

民主党

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昨日、妻が用事を済ませている間、子どもを見ながら民主党の街頭演説を聴いていた。小沢党首の最初の目標は、児童手当1人26,000円と、高速道路の無料化だという。そして後期高齢者医療制度の見直し。

アメばかり見せて財源をどうするんだというのもあるが、どれも要らないか、優先順位が低いだろうというのが、私の意見だ。

まず児童手当だが、親の小遣いになるのが関の山。貧困層の親ほど、パチンコ代なんかに消えてしまいそうだ。そんなお金があるなら保育所や学童保育の充実にお金を使ってほしいが、本当はもっとその前の、若者の職業訓練や就業支援が必要だと思う。その辺がしっかりしないと、結婚すらおぼつかない。

次に高速道路を無料化すると、下道を行っても時間がほとんど変わらない地方ならともかく、首都圏では渋滞が激しくなるので「高速」道路でなくなってしまう。道路よりも公共交通機関を支援して交通弱者対策をしてほしい。

そして後期高齢者だが、この世代のお年寄りは年金が手厚いので結構お金を持っている。払える人は払うのが原則。払えないときに保障をするのは必要だが、最初から払わなくていいというのはおかしい。一部の貧しいお年寄りを例に挙げて、まるで全てのお年寄りがそうであるかのような過度の一般化をするべきではない。

人気取りにしてもピントがずれていないか、民主党。自民党も終わっていると思うが、人材力という点ではまだ勝っているのではないか。

昨日の東大

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東大に足を運ぶのは2年ぶりくらいではなかろうか。上野からバスで東大構内へ。帰りは上野まで歩き。所要時間の勘はまだ残っていて、講演会にも新幹線にも間に合った。

講演会は断片資料データベースの構築について。1500〜1000年前に書かれたインドの書物の中から、現存しない文献を構築しようという意欲的で気の遠くなりそうな試み。面白そうだとは思うが、誰が入力するの?という感じ

理学部の中に「ビッグバン宇宙国際研究センター」というのがある。前から気になっていたが、これが駐車場の片隅につくった小さい部屋なのだ。看板と中身のギャップがすごい。

看板といえば、文学部でも「次世代人文学開発センター」というのを立ち上げるそうだ。これまた大層な看板であるが、実際は各分野で作ったデータベースをリンクさせるという仕事らしい。例えば大蔵経と四書五経とか。人文学の研究方法を根底から変えるという話だが、どうなんだろうか。

センターといえば、インドでよく見かけたのがワダパオセンター。ワダパオという、スパイス入りのマッシュポテトを揚げてパンではさんだスナックを売る屋台に書いてあった。ギャップという点では理学部も文学部もこれに叶わない。

とにかく博論書かなきゃ。

二往復

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先ほど訃報が入って、山形に行かなければならなくなった。ところが明日の午後はウィーンから来ている先生の講演会。教授からずっと出ろと言われていたものだ。お葬式を優先して講演会を欠席するか、講演会を優先して枕経をほかの人に頼むかという選択肢である。

で、悩んだ結果、両立する方法を(母が)考え付いた。それは二往復。これまで日帰りで往復したことは何度もあるが、一日に一往復半はさすがに最高記録だ。

1日目
4:45 タクシーでつくば駅へ
5:07 つくば→秋葉原
6:18 上野→赤湯(新幹線1)
8:42 赤湯→寺→枕経
10:30 寺→赤湯
11:24 赤湯→上野(新幹線2)
13:50 上野→大学
15:00 講演会
18:00 大学→上野
18:14 上野→赤湯(新幹線3)
20:46 赤湯→羽前成田

2日目
9:00 出棺・火葬
13:30 葬儀
17:32 羽前成田→赤湯
18:31 赤湯→東京(新幹線4)
21:00 東京→つくば

西村京太郎みたい。交通費を計算したら44,440円。明後日、無事につくばに帰っている姿をイメージしつつやっていこう。

朝課

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長男と山形に来て2週間ほどになる。毎日、朝のお勤めをしているうちに、すっかりお経を覚えてしまった。

お茶とお水をあげて、線香を立てて三拝。長男も隣でしっかり五体投地する。座褥にヨダレが付くのがかわいい。

般若心経では父の膝に座って副堂(木魚係)。お経のリズムに結構合ってきた。回向では略三宝(十方三世一切仏……)もお唱えできる。

どれも別に教えたわけではない。門前の小僧習わぬ経を読む。いわんや堂内の子坊主をや。

有料インタビュー

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昨日の夕方、ある会社から電話があった。雑誌で寺院インタビューがあるので応じてほしいという。

何でも有名で話し上手な年配の俳優さん(名前は聞いても分からなかった)がカメラマンと共にお寺にいらっしゃって、若い住職と会談するというものだそうで、時間の設定まであっという間に話が進んだ。でも、前にもこんな話があったような……。

「お聞きしますが、このインタビューは有料だったなんていうオチはありませんよね?」

その質問はズバリ的中。取材協力費として7万円だとか仰る。しかしそれはご住職さんのアピールにもなりますし、誰でもその俳優さんと会いたい人はいらっしゃっていいですしというので、

「その協力費は、お出ししてもお出ししなくてもよいものでしょうか? それとも請求される性格のものでしょうか? こちらはお金をお出しするつもりは全くないんですが」

と申し上げたら終了ー。そのあたりで前にも同じ誘いをお断りしたのを思い出した。前回は、わりあい最初からお金の話が出ていたと記憶しているが、今回はこちらから聞かなかったらどうなっていたんだろう? 当日、インタビューが終わってから「実は……」と切り出されたらお支払いせざるを得ないんだろうな(そこで支払わずに帰すには、相当のインド人魂が必要だ)。

住職もいまどき、ガードを堅くしておかないといけないようだ。

御詠歌の研修

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一昨日から2泊3日で、鶴岡の善宝寺を会場に開かれた御詠歌の研修会に参加してきた。

自家用車は母が使うというので、バス乗り継ぎで往復。長井から山形まで1時間ちょっと、山形から鶴岡まで2時間ちょっと。時間もお金もかかるが、本を読んだり眠ったりする至福のひとときを考えれば決して高くない。

御詠歌を始めて10年、いつの間にか受講者の中では上級者になってしまい、その割に進歩していないので落ち込む。しかも、耳ばかり肥えてしまって、自分のことを棚にあげてほかの人の粗ばかり気になるのはイヤだ。僧侶の世界では赤ん坊も同様の34歳、もっと貪欲かつ謙虚でありたい。

研修の一番の楽しみは、ここでしか会えない人に会えることだ。全国に散らばる旧知の仲間、御詠歌を極めた先生方、そして新しい仲間との出会い。面白い話をいっぱい聞けた。

その中でも一番嬉しかったのは総持寺の副管主でもある斉藤方丈さんが照見してくださったこと。もう90歳を過ぎて、激務でお疲れの様子だったが宮崎禅師との約束だから108歳まで生きたいと仰る。博士論文を早く出すように言われたが、課程博士でなく、時間をかけて書いたほうがいいとも。

地元では一般講員が減少し、新しく始める僧侶や寺族さんもめっきりいなくなって意気消沈気味だったこの頃、みんなの熱気に当てられて5年くらい辛抱強く続けてみようと思った。

私の不在中、初めて父母と離れて過ごすことになった長男はずっと37度くらいのお熱。臨時で頼んでいた保育園をお休みしていたという。もっとも、孫かわいさのあまり、家に留めておいたというのが実情のようだ。夜もほとんど泣かなかったそうだが、私が帰宅してから気が緩んだのか、しばらくキーキー泣いていた。

長男と山形一週間

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今日から長男と山形で一週間過ごす。乗り遅れそうになったり乗り遅れたりしながら、やっと赤湯駅まできたところ。長井線がモウモウと煙を上げていて、駅員が眺めていたが大丈夫だろうか。

妻と長女はつくばで過ごす。長女はこのごろ、夜寝る前に父のおっぱいを吸うのだが大丈夫だろうか。開発されそうな父であった。

第三子の妊娠が判明。いろいろ検討した結果、妻は育児休業を取ることにしたみたい。もともと上の二人は山形で小学校・保育園に入ることになっていたが、ここに妻と赤ちゃんが加わって、みんなで山形で過ごすことになった。夢にも見なかった7人家族。新しい家にしておいてよかった。

明日から鶴岡の善宝寺で2泊3日の御詠歌の研修。長男は母にお願いしていく。父も母もいない夜は、長男にとって初めてかも。夜泣くかもしれない。

鉄道博物館

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久しぶりの日曜休みで、家族で鉄道博物館に行ってきた。パークアンドライドということで、ニューシャトルの駅に駐車して、そこから乗ろうという魂胆。

つくばから関宿を越えて幸手方面へ向かい、蓮田を越えて内宿へ向かうルートでスタートしたが、広域地図では細かいところがよく分からない。結局野田から岩槻に行き、大宮近くまで行ってしまった。

途中の駅で駐車場を探したがないことないこと。親切な駅員のおばさんに、終点の内宿でないと駐車場がないことを知らされ、そこから北上。内宿にやっと駐車場を見つけたときは出発から3時間経っていた。しかもタイムズに駐車してから「マイカーパス」用の駐車場は別であることを知らされガッカリ。

ともあれ、ニューシャトルには初搭乗である。新幹線の高架に平行して走っており、新幹線がびゅんびゅん走るすぐそばでサラリーマンが待っているというシュールな風景を車窓から見て、いつか乗りたいと思っていた。小さい車体、眺めのよさ、高速の新幹線で長男がもう大興奮。まるでここから博物館が始まっているみたい(鉄道じゃなくてタイヤだが)。内宿から25分があっという間に過ぎた。

鉄道博物館は、予約制のミニ運転列車や運転シミュレータは当然のようにもう終わっていたが、ヒストリーゾーンにある明治・大正期の列車や模型鉄道ジオラマなど、たっぷり楽しめた。人が客車を押す人車軌道が衝撃的。赤湯にもあったそうだ。

列車の中で食べられる駅弁はもう売り切れていたが、2階のセルフサービス式のレストランTDが美味しくて満足。

欲を言えば御料列車の中をもっと見えるようにしてほしかったのと、もっと映像資料がほしかった。その点は、2月に見てきたニュルンベルクのDB(ドイツ鉄道)博物館に軍配が上がる。

帰りは草加の妻の実家に寄って夕食とお風呂を頂き、帰って速攻で寝た。長女は入館早々に帰りたがったが、長男は今朝まで興奮が持続するほどで、また近いうちに行くことになるかもしれない。

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