おの: 2009年9月アーカイブ

「時給50万円ですけど何か?」という帯が笑える。実際お坊さんの世界も格差社会だが(このことは本書でも「金持ち坊さん、貧乏坊さん」の項で触れている)、宗教法人の非課税などで優遇されているのは事実。そんな裏側を、お坊さんである著者が紹介する。

・3円のろうそくを4円で売ったら税金がかかるが、100円で売ると税木がかからない(宗教的価値が認められる)
・地代を固定資産税の3倍以下にすれば非課税なので、お寺から土地を借りると安い
・お布施は思い切って自分の考えている金額を「○○円でお願いできませんか?」と聞いてみよう
・埋葬するときはお寺の住職の指示に従わないといけないため、よそで戒名をもらってくると付け直しを要求される「ダブルお布施地獄」が待っている
・お布施が上がっているのは平均より少し上を目指す見栄(全国のお葬式のお布施アンケート結果…50万円超が4割で増加傾向)

お金のことばかりでなく、不飲酒・不邪淫のこと、お供え物の行方、檀家制度、副業、後継者問題と幅広い。軽口で述べられているのでうっかり読み過ごしてしまいがちだが、超ポジティブな書き方の中に、お寺の行く末へのニヒリズムが込められているような気がしてならない。

ドイツの従兄弟

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従兄弟がドイツから来日し、10日ほど家に住んでいた。前回の来日は1歳のときで、実に23年ぶり。私は一昨年にドイツで会っていたので久しぶりでもなかったが、親戚の多くは初対面みたいなものだった。

国際結婚した叔母の子供である従兄弟はドイツ語と英語が話せるが、日本語は挨拶ぐらいしか知らない。車が好きで、大学で機械工学を勉強しようとしたが止め、今年から大学でメディアコミュニケーション論を学んでいる24歳。アルバイトもしているが、来日費用は全額叔母もちだ。

経済的に依存しているにもかかわらず家族の連絡はほとんどなくて、従兄弟がいつのフライトで来るのかを、叔母は知らなかった。3日前になって、お金が足りなくてチケットが買えないという連絡を受けて初めて、来日日程が分かったという次第だ。

成田からはレンタカーで山形まで来るつもりだったらしいが(日本語を読めないで、初めての左レーン・左ハンドルでよくそんなつもりになるものだ)、叔母に止められて、外国人用のJRパスを買って新幹線で来た。主目的である祖母の米寿祝の前日である。

本堂か小屋に泊まってもらおうかとも検討したが、結局私のゲーム部屋に。叔父叔母が子供部屋に泊まっているため、ボードゲーム棚に加えて、子供たちのおもちゃや本も押し込めてある。でも狭いほうが居心地がいいらしい。

飛行機も新幹線も全く眠れなかったそうで、翌日は昼まで寝ていた。だがこれが時差ぼけでないらしいことは、だんだん分かってくる。

叔父と叔母は観光しながら神奈川から神戸に行き、関西空港から帰国したが、従兄弟は一緒に着いていくでもなく、毎日のんびり。起床は午後1時。昼食を食べて散歩をして、シャワーを浴びるともう3時過ぎ。長女は下校し、長男も保育園バスで帰ってくる時間だ。このため遠出する間もなく、夕食になってしまう。我々は夜9時頃寝てしまうが、従兄弟は朝の4時頃までネットをしたり雑誌を読んだりして過ごしている。そしてまた起床は午後。この繰り返しだった。何と1日の短いこと。

ご飯を出す母と、日本を見せたい祖母は、そんな生活にお冠だったが、私は放っておいた。私もそうだったが、20歳前後にとって、昼間に寝られるのはとても幸せなものだからだ。従兄弟が「東京に行く」と毎日言いながら、ずるずると先延ばししたのは、結局居心地がよかったということだと思う。もう1人の孫として、祖母の生活をじっくり見てもらえたのもよかった。

お出かけといえば市街地に買い物に行くのに付き合う程度。タスパークホテルの物産館はお値段が高めということもあって長井紬の名刺入れを1つ買っただけだったが、ヨークベニマルではハローキティの財布やタオル、うさるさんのぬいぐるみなどファンシーなものを買い込んでいた。財布はタグがちょっと曲がっているとか店員にクレームをつけたら2割引に。私は通訳しだったが、よくやるものだと感心。

薬局では咳止めの成分にこだわり、1つ1つ吟味。この成分しか入っていないものはないかなどと言って店員を困らせていた。お菓子を買うにも内装があるかないかなどといちいち調べるので時間がかかる。

食品売り場では何を食べたいか聞いても、よく分からないから任せるの一点張り。食べ物は子供の頃から叔母に鍛えられているお陰で、醤油味をとても好むので選択の幅は広い。芋煮など、鍋に残しておいたのを夜中に起きてきて全部平らげていた。

お出かけのときは一番準備に時間がかかるので子供たちが名前を連呼。携帯を忘れた、水を忘れたといちいち家に戻るのは母や私に似ている。

こんなふうに、ごく普通の山形ライフを送っていた従兄弟だが、先延ばししたお陰で、最後に遠出するチャンスに恵まれた。連休で妻の友人が遊びに来たのである。

10人乗りのハイエースをレンタルして、初日は白鷹の鮎祭りと飯豊のイタリアンレストラン、二日目は近くのそば屋と米沢までドライブした。前日に登った長井の大石も含めて、地元の風景をたくさん見せることができた。

米沢駅に着いたのが新幹線が出る1分前で、満足に見送ることもできなかったが、都内に2泊して、今日成田から無事ドイツへ帰った(と思う)。

気前よくお菓子をくれたり、アイスを買ってあげたりしていたせいか子供たちには人気で、言葉が通じなくてもよく話しかけられていた。私は始終ドイツ語だったが、不思議と日に日にしゃべる量が増えてくるから不思議だ。妻と母は英語、祖母は容赦ない山形弁。振り返ると、面倒を見るのも結構楽しい10日間だった。次はいつになるか分からないけれど、また近いうちに来日してほしい。

東北大学で発足した臨床死生学の研究会「タナトロジー研究会」の成果をまとめた本。医者、ソーシャルワーカー、哲学者、社会学者、心理学者、民俗学者と多彩な執筆陣が、生と死の問題をさまざまな観点から掘り下げる。

あとがきで、この研究会の狙いが書かれている。そしてこの狙いは、本書を通読するとよく達成されているように思われた。
「医療者は死の現場を多く持つ。しかし死の宗教的、哲学的、社会学的な考察には到達できていない。かたや宗教学者、哲学者、社会学者などの文科系研究者は現場との接点を持たず、死の詳細な観察なしに文献的考察に終始している。お互いにそれぞれ必要なものを欠いている。ただ同時に、両者は補い合えるようにも思われた。」

生と死は別物ではなく、ずっと連続している。自宅でのホスピス・ケアを行ってきたのに臨終に立ち会えなかったソーシャルワーカーは言う。「なにも「死の瞬間」だけが看取りなのではなく、それまで一緒に過ごした長い時間、「生の過程」全体が看取りだと思うからである。」(第2章「看取りを支える、生を支える」)

しかし人は一般に、生にばかり執着して死を見ようとしない。これは延命治療と安楽死の両方にある問題である。「安楽死の推進者たちは、自分で気づいている以上に、無意味な医療テクノロジーを使いたがる人びとと共通点を持っている。両方とも、死を受け容れることができないのである。私たちのコントロールの及び得ない生の事実として、死を認めることができない。」(第5章「死すべきものとして生きる)

かつては日本にも、死ねば終わりと考える人もいた。儒学的無神論は、極楽にいけるからとか地獄に落ちるとかいう理由ではなく、善は善であるがゆえに行うべきであり、悪は悪であるがゆえに行ってはならないという。「幽霊がいるのなら裸体であるはずで、もし服を着ているのであれば、その服もまた幽霊でなければならないはずだ」(第8章「"あの世"はどこへ行ったか」)

吉田松陰は、人生を四季のようなひとつの円環と考えていた。これによって死の後に(後を継ぐ同志の)生がつながり、死は終わりではなくなる。「穀物が必ず一年間の四季を経るようなものとは違い、十歳で死ぬものは、十年のなかに四季があり、二十歳なら二十年の四季が、三十歳なら三十年の四季がある。五十歳、百歳は五十年、百年の四季がある。」(第9章「日本人の死生と自然」)

死が終わりでないためには、この世に何かを遺し、それを受け取る人が必要になる。イギリスではオックスフォード大学とNPO法人が共同で、患者の語りのデータベース「ディペックス」(www.dipex.org)があり、日本でも「闘病記ライブラリー」(toubyouki.info)が公開されている。ネットで公開され、見ず知らずの人に受け継がれていくのが興味深い。

ほかにも教育現場での死の教え方、事前指示書(死ぬ前の遺言状)の書き方、大切な人を亡くした悲嘆への対処法など、興味深いテーマがたくさんで読み応えがあった。日野原重明が帯に「"いのちと死の真の姿"を描いた感動的な本だと思う。」とコメントの寄せているが、感動的というよりも、知的な興味を満たす本である。

なぜ?より何?

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理由を聞くだけのつもりが、相手を追い詰めてしまうということがある。同じ「何で?」でも、子供が親に聞くのと、親が子供に聞くのとではだいぶニュアンスが違う。

プレッシャーの中で、相手を納得させる理由を考えられる力をつけてもらおうと、私は子供によく「なぜ?」と聞くようにしていた。でもそれだけでは、理由を考える以前に、親が気に入らないということしか伝わっていないのかもしれない。

今日早速、子供に「どうして?」と言いそうになったところで「どんなわけがあるのかな?」と言い換えてみた。言い換えてみて気づいたが、この質問は前向き・未来志向の答えを引き出せる。比べると「なぜ?」「どうして?」は後ろ向きで、結局自分が至らなかったということになってしまいかねない。

これは子供だけでなく仕事でも使えそう。いいことを聞いた。

Exciteニュース:「なぜ」は、やる気と成長を止める質問

葬儀のこまごま

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先週、市内の葬儀社4社を招いて懇談会を行った。市の仏教会の事業で、一番の目的は、喪家にお布施や伴僧のことを聞かれたら、一般的とか普通というものは全くないこと、それ故お寺に聞いてもらうしかないことを伝えてほしいと言うことだったが、副産物もあった。

まず火葬の火入れ時間であるが、予定よりも20分以上早くて、駆けつけたらもう始まっていたなんてことが何度もあった。一応、係員が喪主に確認するのだが、有無を言わせない感じなので、来るか来ないか分からない人を待っているわけにもいかない。

これに対して対応を協議したところ、原因のひとつに火葬前に読経があると判明した。読経があれば火入れは遅くなるし、なければ早まる。ところが火葬場まで行って読経するお寺さんと行かないお寺さんがおり、それなのに出棺時刻は読経の時間を見込んだくらいに設定されているので、読経がないと火入れが早まってしまうのである。

ほかの原因としては、係員ができるだけ早く仕事を終えて帰りたいというのもありそうだという意見もあった。火入れ時間に間に合うように行っても、係員から遅いと怒られたことが何度もあったという。

そこで係員の対応については市役所に要望書を出すことにして、出棺時間を、読経の有無によって±10分ほど変えるという提案になった。こういうことは、葬儀社とお寺が協議しないとできない結論だっただろう。

次は、火葬場の線香を抹香にするという提案。市では線香を推奨しているが、火がついた線香をもって待っているのは危ないし、灰が床に落ちて汚れる。それに遺族がたくさんいると、線香が香炉いっぱいになって、後から立てる人が火傷をする恐れがある。すでに近隣市町では抹香に切り替えているところも多いし、変更を要望すれば可能ではないかということになった。

そして葬儀社から寺院への要望を聞くことができたのが最大の収穫だった。どの葬儀社からも寄せられたのは、寺院によって言うことがあまりに違うので、統一した見解とまではいかなくても、ある程度共通の見解を教えてほしいということだった。

・喪家では、仏壇を開いておくか閉めておくか
・花は、亡くなった人に向けるか手前に向けるか
・出棺は、足から出すか頭から出すか
・枕経のローソクや花の数は、一本か一対か
・寺院が香典を持ってきたとき、香典返しは別にする必要があるか
・お布施や引き出物は祭壇に上げるか上げないか
・納骨でもっていった葬具はいつどのように処分するか

正直言って、こういうものは仏教ではなく民俗なので、地域によるとしか答えられなさそうだが、今度の総会で話し合うのも悪くないだろう。

寺院は、近年どんどん役割を強めている葬儀社ともっと連絡を密に取っていかなければよい葬儀ができなくなっている。葬儀も家の状況や個人主義によって多様化し「いつもの通り」とはいかない。喪家から仲がいいとか、癒着しているとか思われないようにしないといけないが、緊張感をもってお互いいい仕事ができるようにしていきたい。

昨日、神奈川に住んでいる親戚が亡くなった。病院から葬儀社の霊安室、霊安室から火葬場、火葬場からお墓といういわゆる直葬になりそうだ。娘さんは「40万円ないと戒名がもらえないので、お経は読んでもらうけど、戒名はお金がたまるまで待ってもらって、身内でお別れ会をする」という。それが口実なのかどうか分からないが、戒名は無料か、書類作成の手数料程度でなければならないと私は思う。信仰よりもお金の話が先に出る世相が、首都圏で4割といわれる直葬につながっているのかもしれない。

祖母の米寿祝

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一昨日は祖母の米寿祝で、親戚がたくさん集まった。前泊、前々泊もあり、新しい家の広さを改めて実感。家のいろんな部屋に分散しておしゃべりしているというのは楽しい光景だ。

特にドイツに住んでいる叔母が家族みんなで来ているのが楽しい。ドイツ人の叔父さんとハーフの従兄弟とは、英語やらドイツ語やらで毎晩盛り上がっている。来月のエッセン行きにも弾みがつくというもの。

宴会の食事は、親戚の仕出し屋さんが用意した気合の入ったお膳。旅館で働いている料理長に頼んで、コラボで作ったものだという。鯛の塩焼き、鮎の塩焼き、飯豊牛の燻製ステーキ……子供たちもぱくぱく。ただ、食べ切れなくて余ることを予想して、お膳を1人分減らしていたのは正解だった。いくら美味しくても、胃袋には容量がある。

宴会が始まる前に、祖母が挨拶で11年前に亡くなった祖父が遺言として、自分は先に逝くが、お前は迎えがあるまで来るな、その間にいっぱい見聞してこいと言っていたことを披露した。確かに、この10年で家族が増え、家も新しくなって、祖父に伝えるべきことはたくさんあると思う。

日本人は割と、亡くなれば先に亡くなった人とあの世で会えるという信仰をもっているようだ。葬儀でも孫の手紙で「天国でおじいちゃんと会って、仲良く暮らしてください」というようなことを言う人が多い。私も夫婦の戒名の音を同じくして「あの世で会うときの目印に」などと言うこともある。

であれば、殺人犯の家族が犯人を死刑にしてほしいというのは、殺された家族と殺人犯をあの世で早く引き合わせることになってしまうので、そうならないよう、できるだけ長くこの世に留まれる無期懲役を希望するべきではないのかと思うが、それは別の話なのだろうか。 死ぬ苦しみを味わってもらうといっても、ほんのわずかの期間だ。そういう理由で死刑反対を唱えている人はいるのだろうか。

それはさておき、宴会が終わった後、今度はリビングルームに移ってケーキでティータイム。楽しい歓談は夕方遅くまで続いた。気の置けない人ばかりで、子供たちが多少騒いでも全く気疲れなし。

仕事柄、誰がいつ亡くなってもおかしくないこと、そのときのためにできる準備はしておいたほうがよいことは重々承知しているが、祖母には長生きしてもらいたいものである。本人もあと3年くらい、長男が小学校に入るまではと言っている。

お地蔵様の前掛け

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境内にある六地蔵の前掛けが色あせて破れてきたので、新しい前掛けを探し中。

仏具屋さんから送られてくるカタログにはなく、近所の仏具屋さんで調べてもらっても扱っている問屋さんがない。ネットで調べたらこんなのを見つけた。

注文の多い仏具屋さん:お地蔵様の前掛け

6枚セットで7560円。高い。

仏具屋さんでは、お地蔵さんがたくさんあるお寺さんがどこから取り寄せているか聞いてもらった。そこに問い合わせると、帽子とセットで16500円。何というお寺さん価格。

しまむらに問い合わせたところ、赤ちゃんのよだれ掛けなら1枚150円であるという。しかし白のみ。白では格好がつかない。西松屋とかトイザラスにも、真っ赤なよだれ掛けはないだろうなあ。

この価格を聞いた妻が自分で作ると言っているが、1〜2年でダメになるのを毎度毎度頼むわけにもいかない。何かほかにいい方法はないものだろうか。

お寺さんの会議に出ることが多くなったが、これがなかなか気を遣う。

日本人は論理よりも感情に流されやすく、自分の意見を否定されると全人格を否定されたように感じる人が多い。かく言う私もそうだったし、今でもそう思うことがあるが、可謬主義というものを知ってから、自分の意見を自分自身と切り離して相対化できるようになった。

そこで反論するときには、同時に相手の人格を立てるところに最も神経を使う。敵対心は全く持っていないこと、それどころかたいへんな敬意をもっていること、だからこそ、相手の力になりたいがゆえに、私は反論せざるを得ないという調子である。ただし、前置きは長すぎないよう。

幸い仏教の僧団は本来、人より法を重んじる。年長者であっても、偉い方であっても、はたまた師匠であっても、筋が通っていないと思うことには積極的に異を唱えなければならない。

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たちの悪い先生がいて、なにか罪を犯し、それを隠していたとする。だが、その現場を弟子が見ていた。弟子は先生の秘密を知っている。この、サスペンスドラマ的状況で、弟子はどうしたらよいのか。そのこともちゃんと仏教の法律に書いてある。弟子は先生に向かって、「先生、あなたのやったことは犯罪です。そのことをきちんと公にして、相応の罰を受けてください。それが修行者としての正しい道です」といって説得しなければならない。弟子が先生を導くのである。(佐々木閑『日々是修行』)
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もちろん筋の通し方も一通りではないはずだし、原理主義を掲げて孤立するのもまたおかしい。なかなか複雑なお坊さん社会、適度に交わり、適度に自分の考えを出して、うまく付き合っていきたい。

※可謬主義……知識についてのあらゆる主張は、原理的には誤りうるという哲学上の学説。真実とは、現在のところ反論が成り立たないということにほかならないから、反論に依存していることになる。

長女の運動会

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長女の運動会で母校の小学校に行く。23年ぶりの小学校の運動会は、何も変わっていないような感じがしたが、子供は半分に減っているのでゆったりしている。直射日光がきつい。

長女は私に似て運動神経があまりよくないので、足も速くないし、まり入れはかごの下でぴょんぴょん跳ねているだけで全然入っていなかった。80m走は、1人靴が脱げるという敵失で最下位を免れ、まり入れは、妙にうまい子がチームにいたおかげで勝てた。

まり入れって結構、戦略性があるものだ。まりが入りやすい適切な距離の目測、得意不得意とかごの位置に応じた人員配置、落ちたまりの処理など。先日行われた地区運動会では、まり入れは60歳以上の競技で、投げる人と渡す人が完全に分業していたという。今日大勝した赤組は、入りやすい位置に人員を集中させていた。

それ以上に戦略性が高くて面白いのが3〜4年生のタイヤ引き。中央に大中小のタイヤを並べ、両サイドから取って自陣に持ち帰る。タイヤの大きさによって得点が違う。大きいタイヤをみんなで取りに行くか、手分けして小さいタイヤを狙うかの選択があり、バッティングしないように相手の出方も伺う。小さくてすばしっこい子、大きくて力の強い子をどう配分するか、作戦を立てておいたほうが強そうだ。始まる前に隣同士相談していた白組の逆転勝ち。

親子競技は大玉転がし。転がしというより飛ばしでまた赤組大勝。応援がすごくて、思わず燃えた。午後から仕事があったので、お昼を食べて、妻とバトンタッチして、結果を気にしつつ帰る。優勝と応援賞のダブルで完全優勝となり、長女はずっと上機嫌だったそうだ。

明日は法事2件、葬儀、午後から寒河江の演奏会で司会をする。今日明日は今月のクライマックスだ。

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