おの: 2010年11月アーカイブ

善寶寺方丈の本葬

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昨日、鶴岡の善寶寺で行われた、前住職・斉藤信義老師の本葬に参列してきた。昨年11月の密葬、夏の本山葬に続き3回目のお葬式となる。聞けば来週はお住まいになっていた近くのお寺と、お生まれになった大蔵村のお寺でも葬儀が行われ、計5回もお葬式があることになる。

出席の返事を出したところ、元修行僧には前日からお手伝いがあるというので土曜日のうちに鶴岡に移動。午前中は授業参観と、PTA研修会で講演をした後に、午後のPTAソフトバレー大会を欠席して直行した。山形道は高速が無料になったおかげで、曲がりくねった山道を走る必要がなくなり、120kmを2時間で到着。

早速「お逮夜」というお通夜の法要があり、それから夕食を兼ねて懇親会。修行中に厳しいお作法でおかゆを食べていた飯台で、ワイワイ酒盛りというのは新鮮である。過去15年くらいに善寶寺で修行した人が集い、同窓会のように思い出話で盛り上がった。

翌日は5時起床で、6時20分からお粥をお供えする法要。あとは8時30分からの法要と午後からのお葬式には出ず、ひらすらお客様の接待となった。仏事師や本山関係の方々を玄関でお出迎えし、控え室にご案内して、おしぼり・お菓子・お茶をお出しし、お昼になったらお膳の部屋に案内して食事を差し上げるという班。顔が分からない方も多い上に、決して失礼があってはならないので非常に緊張した。そのほかにお膳運びなどがあり、緊張する上に体力も求められる。途中でめまいがしたくらい。

でも、こうして各部署で働く30人くらいの修行僧仲間をつなげているのは老師の縁である。懇親会で「恩返し」という言葉が出たが、ひとつとして恩返しができていなかった私にとって、何ともいえぬ甘美な響きがあった。

この程度で恩返しというのもおこがましいし、気が利かず大したこともできなかったが、当日は嬉々として仕事をしてきた。このような機会を与えてくださった善寶寺の方々には深く感謝をしたい。

本葬の参列者は650名ほどという話だったが、広い本堂でも廊下までいっぱい。片隅で十仏名を聞きながら、合掌低頭してお別れしてきた。

寺の外に出て

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先週の土曜日、地元の老人会の芋煮会があり、その際に1時間ほどの講演をしてきた。3年連続の講演で、1年目は少子高齢化社会、2年目は葬儀の変容、そして今年はイオンショックとお布施の意義についてである。アクチュアルなテーマから入り、仏教の教義に至るという流れは話しやすい。

公民館で行われ、聴きに来てくださった方は40名。そのうち30名が檀家さんであった。ありがたいことであるが、お寺で法話をするとしたら、果たしてこんなに集まるだろうかと考えた。

お寺のあり方は宗派によって異なるものの、もともとは多くの人が出入りしてお参りをし、いろんな話をしていく開放空間だった。それが知らず知らずのうちに敷居が高くなり、閉鎖空間になっていく。住職や寺族も留守にすることが増え、日中にふらりと訪れてもカギがかかっていることも少なくない。

これに対し、お寺を開かれた場所にするという努力は必要だが、結局ただ待っているだけか、よくて単発的なイベントをするぐらいで終わってしまう。それならば、辻説法の心意気で、外に出ていくことが必要ではないか。

東京にある坊主バーの記事を読んだ。自ら酒を飲まなくても、酒を買って飲ませるわけなので戒律的にはNGなわけであるが、それも仏陀の教えに触れて悩みをなくしてもらう方便であろう。従業員である群馬のお寺さんは、お寺にいたのではなかなかできない、尊い利他行をなさっているのだと思う。

COBS ONLINE:現役の僧侶がいる「坊主バー」ってどんなところ?

訳経僧

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1ヶ月も前になってしまったが、10月6〜8日にかけて、小田原の大雄山最乗寺において行われた、梅花流の指導者講習会に参加してきた。

当日朝一番でも間に合わないようなので、妻のいるつくばに前々日から移動した。山形では子供を見る母の負担を減らすべく、次女をつくばに連れて行くつもりだったが、次女の体調がよくないので急遽長男に交替。いきなり出番が回ってきて大喜びの長男である。新幹線ではお菓子を食べ、つくばではオーズのベルト(音が出ない方)や本を買ってもらい、大好きなママにも会えて、すっかり浮かれポンチになっていた。

当日は臨時の託児所に向かう妻と長男を見送った後、のんびりと小田原に向かう。しかし道中はずっと仕事として依頼されている翻訳(ボードゲームのルールブックだが)である。

小田原から大雄山線に乗り換え、終点で降りてバスで15分。山奥にお寺がある。天狗のうちわをかたどった寺紋に、気持ちが引き締まる。昨年はずっと雨だったが、今回は最終日に350段ほどの石段を登って奥の院までお参りに行くことができた。

この講習会は全国各地で行われており、年に1度はどこかに行くことにしている。2泊3日、御詠歌のことだけを考えて暮らす極楽の日々。基本的にマンツーマンで第一級の先生の指導を受ける。イロがツヤになってしまうとか、引きナミの後の音尾アヤが入らないとか、浮世離れした世界。

毎回のことではあるが、今回も山内宿泊を申し込んでいた。外泊すると、暁天坐禅や朝課に出られない上に、宿泊料や往復の交通費がかかってしまう。それでも外泊者が多く、山内の私の部屋は30畳の部屋に4人という贅沢ぶりだった。なぜ外泊する人が多いのか不思議だ。

とはいえ、静かな30畳の部屋でやっていることは相変わらずの翻訳。夕食が終わってから就寝までの3時間は自由時間のため、ずいぶん捗った。

ちなみに最乗寺のお風呂は、木造の大きな部屋の中に設えられており、レトロな昭和の趣があってとてもよい。食事も全食精進料理という徹底ぶりに感心した。ケチャップがかかっているフライの具が麸だったとか。

最終日は、都内のボードゲームショップに寄って、夕方に長男を連れてきた妻と新幹線で落ちあって帰るつもりだったが、檀家さんの訃報が入る。枕経だけお願いして、入棺に間に合わせるべく一足先に帰った。車の中で着替えてギリギリセーフ。

講習を振り返ると、御詠歌とはあまり関係ない先生のお話が心に残った。口蹄疫のため、宮崎ナンバーが隣県で嫌がらせを受けた話や、殺処分で注射された母牛が仔牛が動かなくなるまで何度も立とうとする話、台東区で軽い障害児を小学校に通わせる計画が、総論賛成なのに学校選びで難航した話など。

家族には苦労をかけるが、また来年もどこかに参加したいものである。

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