おの: 2011年12月アーカイブ

2012年1月5日(木)、山形県飯豊町の小ホールにて、クラシックのニューイヤースペシャルコンサートが行われる。大阪フィル首席コンマスの長原幸太さん、東京芸大教授の杉木峯夫さん、地元出身のソプラノ歌手文屋小百合さんらを迎え、金管アンサンブル、歌、弦楽合奏が聴ける。お近くの人はぜひお越しください。

地元で年に1回くらいこのような演奏会があり、私は広告集めと、プログラム作成と、当日の裏方(ステージマネージャーか司会)が回ってくる。去年はトウキョウ・ブラス・シンフォニーという都内オーケストラの首席クラスの金管奏者による演奏会だった。

今回は東日本大震災チャリティーということで、奏者の方の演奏料分が石巻の被災した学校で楽器を購入する資金として寄付されることになっているほか、近隣に避難している方々を公開リハーサルに招待する。

明日がプログラム現行の〆切というので、今急いでウィキ先生に教えてもらって作っているところだ。1部が10曲、2部が12楽章で2時間超えは確実な感じだ。何とお得感のある演奏会だろうか。百聞は一聴に如かず。今から楽しみだ。

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プログラム
◆喜歌劇『こうもり』序曲 J.シュトラウス2世/ナミ・ガンシュ 編曲
Johann Strauss II: Die Fledermaus Ouverture

◆セレナータII 立原勇
Isamu Tachihara: Serenata II for Brass Quintet

◆喜歌劇『メリーウィドウ』より F.レハール/水口透 編曲
Franz Lehar: Die lustige Witwe

◆ウィーン、わが夢の街 R.ジーツィンスキー 作詞・作曲
Rudolf Sieczynski: Wien, du Stadt meiner Traume

◆初恋 石川啄木 作詞/越谷達之助 作曲
Takuboku Ishikawa: First Love

◆オペラ『蝶々夫人』より「ある晴れた日に」 G.プッチーニ
Giacomo Puccini: Madama Butterfly (Un bel di vedremo)

◆アヴェ・マリア F.シューベルト
Franz Schubert: Ellens dritter Gesang "Ave Maria"

◆??? R.アンダーソン
Leroy Anderson: Some pieces

休憩 20分

◆四季 A.ヴィバルディ
Antonio Vivaldi: Le quattro stagioni

曲解説
喜歌劇『こうもり』序曲 J.シュトラウス
ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートでもよく演奏される曲です。シュトラウス2世(1825-1899)によるウィンナ・オペレッタの最高峰とされる作品で、大みそかの出来事をもとにしていることから、ドイツでは大みそかに多く上演されます。「こうもり」とは仮面舞踏会での扮装のことで、最後のどんでん返しの鍵にもなっています。

セレナータII 立原勇
作曲の立原勇(1962-)は東京芸術大学作曲家を卒業後、ヨーロッパ・中東および東南アジアを歴訪し、宗教音楽を研究してきました。『祭司エリエゼル等のラッパ』『2つの祈り―オーケストラのための』など、宗教的な作品を手がけています。この曲はトランペット、バストロンボーン、ピアノのために作曲され、後に本日出演する杉木峯夫氏のためにソロ曲としてアレンジされました。

メリーウィドウ F.レハール
ハンガリー生まれでウィーンで活躍したレハール(1870-1948)の代表作となるオペレッタは、年老いた大富豪と結婚後わずか8日で「陽気な未亡人」となったハンナが主人公です。身分の違いから結婚できなかったダニロと結婚するまでの恋の駆け引きを描き、連続500回公演を超える大ヒットとなりました。その中から珠玉のメロディーを集めました。

ウィーン、わが夢の街 R.ジーツィンスキー
ウィーンに生まれウィーンに没したジーツィンスキー(1879-1952)の代表作です。ドイツ語で書かれた歌詞は、心のふるさとを歌いあげます。

初恋 石川啄木/越谷達之助
27歳で世を去った盛岡出身の歌人、石川啄木(1886-1912)の歌集『一握の砂』の一首です。砂山に横になり、叶わなかった初恋の痛みを遠く思い出します。

オペラ『蝶々夫人』より「ある晴れた日に」 G.プッチーニ
長崎を舞台に、日本人の蝶々さんとアメリカ海軍士官のピンカートンとの恋愛の悲劇を描くアメリカ小説を、イタリアの作曲家プッチーニ(1858-1924)がオペラに仕立てました。ピンカートンの船を待つ蝶々さんの嬉しくも切ない歌です。

アヴェ・マリア F.シューベルト
シューベルト(1797-1828)が死の3年前に作曲した曲ですが、宗教音楽ではなく、『湖上の美人』という叙事詩をもとにした文学作品です。窮地に陥った主人公のエレンが聖母マリアに助けを求めて歌います。

??? R.アンダーソン
数々の愉快な楽曲によって「アメリカ軽管弦楽の巨匠」(J.ウィリアムズ)と言われるアンダーソン(1908-1975)の作品をお届けします。何が出てくるかは、当日のお楽しみです。

四季 A.ヴィバルディ
バロック時代のイタリア作曲家ヴィヴァルディ(1678-1741)が作曲したヴァイオリン協奏曲集『和声と創意への試み』の第1集には、「春」「夏」「秋」「冬」というタイトルが付けられていました。それぞれ3楽章からなり、全部で12曲あります。全てに短い詩(ソネット)が付けられており、うららかな春、暑い夏、収穫の秋、寒さの冬を聴く者に想起させます。

漢検

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長女が書店で漢字能力検定に興味を持ちはじめて、問題集を買ったのがもとで、私も受検することになった。

お寺で朝、般若心経などを読んでいるせいか我が家は漢字に親しみがある。祖父は「漢字文化」という月刊誌を読んでいたし、私は小学生の頃から漢字テストが得意だった。長女も同じ影響を受けたのかもしれない。

長女は学年的には8級なのだが、「ちょっと頑張ってみたら」と7級を勧めてみた。毎晩のように解いて7級の問題集を終え、今度は6級(小学5年レベル)。そのとき妻が「問題集を説いているだけじゃなくて受検してみたら」というので調べてみると、山形市内で来月あることが分かった。早速申し込むことに。

私は当初送迎だけするつもりだったが、同じ時間帯に行われる準1級が目に留まる。ただ待っているだけではつまらないから、受けてみようかと思った。

それから本屋で準1級の問題集を買ってみて早速解いてみると、200点満点で1回目は132点、2回目は96点という惨敗。知らない言葉が出てきて、まぐれで当たったものも少なくない。合格には160点が必要なので、無理かなと諦めかけていた。

例えばこんな問題
読み―綾子、お呪い、論う
書き―セッケン、オダてる、マトまる
http://www.kanken.or.jp/mondai/pdf/j1m.pdf

そのことを先輩の和尚さんに話したら、「2人で受けたらいいんじゃないの」という。2人とも合格すればいうことはないが、私が落ちて長女が合格しても(これが一番ありそう)長女は「お父さんに勝った」と嬉しいし、逆に私が合格して長女が落ちれば「お父さんすごい」ということになる。2人とも落ちれば残念会。どの結果でも悪いことはない。なんという論理的思考。

ということで今日、準1級も申し込んだ。受検料の4000円をドブに捨てないようにしたい。時折問題集を開いているが、早速檀家さんに手紙を書くとき役立ったりして、無駄にならない勉強だと思う。

長女は漢検では物足りないのか、英検や歴検まで問題集を買ってきて自主勉強しており、検定オタクになりそう。

人権啓発講演会

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11日(日)、米沢市伝国の杜にて、人権啓発講演会が行われた。講師はTBSテレビ報道局解説室長の杉尾秀哉氏。「みのもんたの朝ズバッ!」の月・火曜日に、コメンテーターとして出演しているので顔を見れば「ああ!」と思うだろう。今回は「家族のつながり、今大切なこと〜報道の現場から〜」という演題で90分の講演である。500人収容の会場はほぼ満席となった。

話題は震災の教訓から現代日本の抱える問題、男女共同参画が進まない背景、人権問題の原因と解決方法と多岐にわたる。いずれも難しいテーマばかりだったが、さすが長年テレビで活躍されているだけに、実体験を踏まえた明快な解説を聞くことができた。

「みのもんたさんが毎日3時間しか寝ていないのは本当だが、番組中に考えるふりをして寝てしまうことがある」とか、「『朝ズバッ!』は台本がないので杉尾さんは朝3時に起きて新聞を読み込んでいく」とか、「テレビ司会者のギャラは、島田紳助さんクラスだと1時間○○万…これはツイッターに流さないでくださいよ(笑)」などとテレビ番組の裏側の話で聴衆の興味を喚起する。みのもんたが、同期の久米宏をずっとライバル視して、ハングリー精神で頑張ってきた話が心に残った。「世界一忙しい司会者」としてギネスブックに登録された今でも「仕事が頼まれるうちが花」と仕事の依頼は断らないそう。人権擁護委員にしても、頼られる存在であることをありがたく思わないといけないなと感じた。

震災の取材を通して杉尾さんが思ったことは、「平凡に暮らすことの幸せ」だったという。生死の境は紙一重で、明日何が起こるか分からない世の中であることを、この震災で多くの人が意識した。そのとき、普段はうっとうしいと思われがちな近所や地域社会が大切な絆になる。取材すると「私よりももっとひどい目にあった人がいます」という被災者の「利他心」が、外国メディアも驚く日本人の底力なのだと杉尾さんは指摘した。仏教が説く諸行無常や、慈悲の話にも通じる話しである。

日本の閉塞感に関して、「日本ポルトガルタウン説」というのがあるそうだ。かつてポルトガルは小国ながら大航海時代の旗頭として世界をリードしたが、後発のスペインやイギリスに追い抜かれ、震災と津波に首都リスボンが襲われた(1755年)。昨年GDP2位の座を中国に明け渡した日本も、津波に遭ってポルトガルと同じ道をたどっているのではないかという。環境問題、国の大借金、人口減少が、これまでのような経済成長を難しくする。年金の仕組みが、かつては胴上げ型(多人数で1人を支える)だったのが、今は騎馬戦型(3〜4人で1人を支える)になり、やがて肩車型(1人で1人を支える)になっていると喩えていた。

このような閉塞感を打ち破るべく、日本では女性の社会進出が重要だと杉尾さんはいう。日本の女性の社会進出が進んでいない状況を、GEM(ジェンダー・エンパワーメント指数)や、GGI(ジェンダー・ギャップ指数)など女性の地位国際比較で明らかにした。その背景には「夫は外、妻は内」に見られる固定的な家族観や、「お前誰に養ってもらってんだ!」(最近は、妻が夫に言ってそうだが)というような男性優位の意識が根強いことを挙げた。そしてこれは女性だけでなく、過度の重責によって労災やうつに見舞われ、自殺に追い込まれる男性にとっても不幸なことだという。仕事一辺倒ではなく、家庭や地域や趣味で「複線的な生き方」をしていれば、仕事が行き詰まっても前向きに生きていけるのではないかと提案していた。

最後に、障害者・外国人差別や子供の虐待、いじめに触れ、「くさいものにふた」「知らなければいい話」ではなく、知って向き合って克服する努力が必要だと力説。これらの差別意識はまだまだ根強いと感じる。そして現に差別で苦しんでいる人がいることを念頭に、次の五原則を提示。この五原則は、報道の現場でも活用されているという。私は特に5番目が、「行うは難し」なだけに大切なことだと思った。

人権を尊重するための五原則
1. 人の多様性を認める
2. 相手の立場になって考える
3. 人を先入観で捉えない
4. 主体的に判断する
5. 間違ったら直接謝る

新宿の町裏ライブハウスで飲んだくれているパンクロッカーのマナブ。酒とドラッグとケンカとゲロしか知らず、「ファッキン」を連呼する彼が、究極のパンクロックを求めて釈尊や祖師方を遍歴するという物語。

登場するのは釈尊、龍樹、玄奘三蔵、最澄、法然と日蓮、栄西と道元。これでインドから日本に至る仏教史、初期仏教から禅に至る仏教思想が網羅されているだけでなく、パンクロック調にぶっちゃけた解説が面白い。

釈尊の教えを「無常だからどうでもいい」、悟りを「全体ドカーン」、龍樹の説を「どうでもいいと思うことさえどうでもいい」と説き、説明の難しい唯識、一念義、悪人正機をさらりと説いてみせる腕前は見事。

「ミラクルパワー頼み」の大乗仏教が、ヒンドゥー化によってインドで仏教が滅亡した一因とになったり、呪術で日本での辛気臭いイメージにつながったりしているという指摘や、法然・日蓮の信仰第一主義が、当時は仏教を庶民のものとすることに成功したものの、現代においてはリアリティを失い、かえって庶民から遠いものになっているという見解は鋭い。

仏教は、どんな態度で臨んでも面白く深いというのは私もその通りだと思う。高尚ぶってマジックワードを並べるだけでは、悩める人の心に届かない。ぶっちゃけられないというのは、実は自分自身がきちんと理解していないのである。そんなことを考えさせられる書だった。(ぶっちゃけた法話をするのも、なかなか勇気がいるものだが。)

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