おの: 2013年3月アーカイブ

密厳流について

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3月4日、地元の師範・詠範で港区愛宕の真言宗智山派総本山智積院東京別院・真福寺に行き、密厳流遍照講の相川孝巠講長から約2時間にわたり、ご講義を賜った。たいへん感銘を受けたので箇条書きにてメモ。

    密厳流のもとになったのは大和流(無宗派)と金剛流(高野山)で、前者は拍がはっきりしていない(大和→渓声)、後者は拍がはっきりしている(密厳→梅花)という傾向がある。「大和流を母とし、金剛流を父として生まれた」(相川師)
    和讃は和語讃歌(梵語讃歌、漢語讃歌もある)の略で、平安中期に民間信仰者により成立。詠歌は道歌に節を付けて詠んだもので、花山法皇(968-1008)が四国三十三霊場に奉納したものが最初とされる。両者は別物と考えるべき。
    密厳とは密厳尊者=興教大師覚鑁(かくばん)から頂いたもの。42歳で金剛峯寺座主となるが、派閥争いのため高野山を追われて根来寺を開く。ここから新義真言宗、豊山派、智山派が生まれた。
    法具は金剛界曼荼羅の成身会(9つのマスの中央)に基づいて作られている。鈴の五鈷杵は五智如来を表し、中央が毘盧遮那仏(法界体性智)、四方に阿閦如来(大円鏡智)、宝生如来(平等性智)、無量寿如来(妙観察智)、不空成就如来(成所作智)が配されている。 撞木は金剛鉤菩薩で人を救い、撞木のひもは金剛索菩薩で人をつなぐ。鈴房は金剛鎖菩薩で人をつなぎとめ、鈴は金剛鈴菩薩で人を喜ばせる役割をもつ。これらの菩薩をまとめて四摂菩薩という。
    鉦は梵鐘の鐘座が独立したもので、鈴も梵鐘。撞木は梵鐘を鳴らす撞木に由来する。三足(鼎)で貪瞋癡をなくすという説も。
    密厳流では下向音で音尻(尾)アヤ、上向音で音頭アヤを入れる。

最後に新曲の「東日本大震災物故者追悼詠歌」をお唱え頂く。高音でやわらかなお唱えで、梅花流創設時に密厳流をお手本にした理由が分かった気がした。また「東日本大震災復興和讃」と「般若心経和讃」の譜面を頂戴する。相川師は今月で講長を退任なさるそうで、最後の機会に出逢えたことは幸運であった。出身が福島のいわきということで、同じ東北人として親しく和やかに接して下さり、受講者一同感激して帰途についた。ありがたき幸せ。

病室暮らしも、今日で4日目になる。4歳になったばかりの次女が川崎病にかかり、24時間付き添いをしているためである。

川崎病とは、4歳以下の子供に多い病気で、全身の血管に炎症を起こすというもの。現在のところ原因はまだ解明されていない。熱が5日以上続く、白目が赤くなる、全身に湿疹が現れる、手のひら・足の裏が赤くなって腫れる、唇・のど・舌が赤くなる、首のリンパ節がはれるといった症状が出る。怖いのは心臓の血管が炎症を起こす冠動脈瘤で、心筋梗塞で死に至ることもある。

はじめは耳の下が腫れて熱を出した。坐薬を入れると元気になるので様子を見て、週明けにお医者さんで診てもらった。喉頭炎と耳下腺炎だろうということで抗生物質を処方してもらったが、手がしもやけのようになって全身に発疹が出てきたので翌日にまた受診。川崎病の疑いということで、近くの総合病院に紹介状を書いてもらった。

救急病棟はトリアージ制になっていると書かれていたが、白目をむいている女の子よりも先に診療してもらって恐縮する。40度近く熱があるものの、絵本をせがむくらい元気である。でも、やはり川崎病だろうということで、即入院となる。先生の説明は懇切丁寧だったが、次に待っている女の子が気になって仕方ない。

入院は1週間の見込み、24時間付き添いである。幸いこの数日はお寺の仕事もない(小さいお寺はこういうときに融通がきくものだ)ので、妻には週末から交替してもらうことにして、私が面倒を見ることにした。ナースステーションで断っていったん帰宅。着替えや洗面道具、次女用の退屈しのぎにDVDとおもちゃと絵本、私の仕事用にノートパソコンなどを取ってきた。病室は個室で、携帯電話や電子機器の使用ができるのがありがたい。

2日目から、免疫グロブリンという血液製剤を点滴する治療が始まった。12本という大量の薬で、1本1時間くらいで点滴する。私の仕事はトイレに連れて行くこと、食事を食べさせること、薬を飲ませること、あとは点滴が終わったらナースコールすることである。かかりっきりではないので、パソコンで仕事をして過ごしたが、細切れのため効率はよくない。心臓は超音波検査の結果、異常なし。

1日中狭い部屋で過ごすのは、普段もそうなので苦にならない。むしろお寺にいるよりも、雪片付けや家事がない分だけ楽といえる。ただ難を挙げるとすれば、付き添い用ベッドが硬くて腰が痛くなるのがこたえるのと、自分の食事は売店のパンかおにぎりくらいしかないところだろうか。

2日目の夕方、母が長女と長男を連れて見舞いに来た。その間に付き添い用のシャワー室で体を洗い、ついでに剃髪。翌日にお葬式のお手伝いを頼まれていたためである。長女と長男は手持ち無沙汰気味。母には夜にもう1度来てもらって、その間に御詠歌の練習会に顔を出すことができた。

3日目は治療も終わって腫れも引いてきた。点滴が夜遅くまでかかり、1本終わるたびにアラームが鳴るので次女も私も寝不足。お昼に母と交代してお葬式の手伝いに行く。これが次女のお葬式だったらなんてことをついつい想像して、「ありがとう」という言葉に涙がこみ上げる。

お葬式の後はお寺にいったん戻り、長女と長男を連れて病院へ。寂しがらないで頑張っている長女と長男に途中で焼き鳥とお菓子のごほうび。お見舞いの品として、長女と長男が選んだおもちゃを買っていったが、着くと本人は寝ており、帰り際は替えパジャマが気に入らないと大泣きでお見送りとなった。

そして4日目の今日。ほとんど健常でお昼寝もしない。こうなるとかえって大変であるが、DVDが活躍している。入院した日、急遽ポータブルプレイヤーを買い、適当に何枚もレンタルしておいたのが奏功した。再発するかどうか見極めるために、あと2~3日は入院する。

今、妻が病院に向かっており、今晩から交代してお寺に帰る。とりあえずゆっくりお風呂に入りたいところだ。

タイトルは『ビッグコミック』で連載されている僧医漫画。病院で剃髪してお葬式に向かう自分と重なった。

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