おの: 2013年12月アーカイブ

バレーボール

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今年になってから、地元のクラブに入ってバレーボールを楽しんでいる。

きっかけは3つ。ひとつは小学校のPTAソフトバレーボール。毎年、親と先生が学年対抗で戦うのだが、長女の学年は3年連続最下位。それを長男の学年が入った年に奪った。懇親が目的とはいえ、この結果は悔しく、どこかで練習しておきたいと思うようになった。

次は今年夏の富士登山。昨年の秋に高校の同級生と会って、なりゆきで富士登山することになったのだが、体力には全く自信がない。朝のテレビ体操だけでは不十分と感じ、運動をしなくてはと思うようになった。ところが私、運動が続いたためしがない。学生の頃はランニング、インド留学中はジム通いやヨガなどもしてみたが、独りできついのは続かなかった。そこで、みんなでできるスポーツなら続けられるのではないかと考えた。

そして3つ目は四十二の厄年。厄年というのは語呂合わせの迷信ではなく、実際古来より体調に変化をきたしやすい年齢なのだと思う(女は7の倍数、男は8の倍数ともいう。それによれば40)。住職をしているせいか、このぐらいの歳で心筋梗塞で亡くなったという話がよく耳に入るようになり、健康に留意しようと思うようになった。血液検査ではきまって良質コレステロールが低いといわれる。タバコはもとより吸わず、酒もめったに飲まない自分にできる健康法といえば、運動しかない。

バレーボールは高・大の体育でやっただけである。中学、高校と吹奏楽部で、大学はオーケストラ。高校の吹奏楽部では腹筋や腕立て伏せ、レクリエーションの野球などもやっていたが、遊び程度でしかない。しかし高校の体育では土沢先生という先生が丁寧かつ厳しく指導して下さり、クラスマッチのバレーボールを楽しめる程度にはなった。大学の体育実技でもずっとバレーボールを選択し、友人とともに気合を入れてやっていたのを思い出す。

地元は昔からバレーボールが盛んで、私が小学生の頃、母のPTA大会の練習についていったり、応援したりしたのを覚えている。親も先生も本気でバレーボールに打ち込む姿にあこがれたわけではないが、運動の選択肢として浮かんだのはその影響もあるだろう。長女が縄文太鼓の練習をしていたとき、同じ時間帯にたまたま、体育館でバレーボールの練習しているのを見て、楽しそうだな、自分もやってみようかなと思うようになった。

地元で長年バレーボールをしている知り合いに頼んで練習に参加させてもらったところ、人数が足りないからといきなり大会メンバーに。経験者がスパイクをばしばし打ってくるので逃げまくっていたが、地区大会で3位になり、市の大会にも出場した。その間にPTAのバレー大会では長女の学年も長男の学年も最下位脱出。さらにそれだけの練習では飽きたらず、秋から近くの地区の練習に加えてもらっている。そのおかげで、今年はだいたい月1ペースで続けられた。最初はひどかった筋肉痛もそれほどではなくなり、体調もすこぶるよく、風邪も引かなくなった。

バレーボールを通じて新しい出会いがたくさんあったのもたいへんよかった。アキレス腱に気をつけて、来年も続けていきたいと思っている。

合縁奇縁

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原発事故のため福島から米沢に引っ越してきている方々のお茶会に出席。参加者のひとりから、「合縁機縁(あいえんきえん)」という言葉を教えて頂いた。恥ずかしながらこの歳になって初めて聞く言葉である。

不思議なめぐり合わせの縁。人と人とが互いに気心が合うかどうかは、みな因縁という不思議な力によるものであるということ。人と人の結びつきについていうが、特に男女の間柄についていう。「合縁」はもと仏教語で、恩愛から起こる人と人の結びつきの意。「奇縁」は不思議なめぐり合わせの意。また、思いがけない不思議な縁の意。「愛縁機縁」「相縁機縁」とも書く。(三省堂新明解四字熟語辞典)

またその方は若いころ、山寺(立石寺か)の和尚さんから、「いくらお金を貯めたって、死んだらあの世にもっていけない。あの世にもっていけるのは、他人のためにどれくらいよいことをしたかという行いだけだ」と教えられたという。その頃はあまりピンとこなかったが、何十年も心の中にずっと残っていて、この頃はしみじみとそう思うそうだ。道元禅師の言葉「日々の生命を等閑にせず、わたくし(私事)につひやさざらんと行持するなり。」に通じるものなあと思いながらお聴きした。

他人のためにはたらき、喜ばれること。この大乗仏教の理念は、人生における大事な価値でもある。そんな大事な教えを思い出させてくれたこの方に、「合縁奇縁」を感じた。

このお茶会のため、この日に頼まれた法事は朝7時から勤めさせて頂いた。体調を崩されていたため久しぶりにお会いした檀家さんの元気そうなお顔にほっとする。体調は「だんだんよくなっている」とのこと。

仲間の和尚さんたちとラーメンを食べて帰宅し、夕方からは人権擁護委員のお仕事で人権標語コンテストの表彰式に出席。表彰の後の座談会で、「両親がケンカしているのを一度も見たことがない」という方が2人もいらっしゃった。だから兄弟も仲良しだし、自分も子どもにそういう姿を見せたいという。大賞はその方による「見ているよ ママの背中の 思いやり」。心温まる、そして自分も襟を正せられる言葉である。

出会う人出会う人から、たくさんの教えを頂いた1日だった。こういうのって、「犬も歩けば棒に当たる」っていうのかな?

イクメン住職

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先月、にわかに「イクメン住職」としてテレビや新聞に取り上げられ、少し戸惑っている。

法人会という、会社の社長さんで組織している団体の女性部で講演したのがきっかけ。この団体は、「やまがたイクメン魅力アップ事業」というものに取り組んでおり、東京から外部講師を呼んでいるが、会員さんのお話によると東京と山形では働き方からしてだいぶ異なる状況であるため、あまり参考にならないという。そこで今度は子育ての話でもということになった。

それからしばらくして、上山の法人会から講演依頼がやってきた。タイトルは「住職で子育て? ~今どきのワークライフバランス~」。趣味のボードゲームが縁で山形大学で夏に講演した『ロジックとコミュニケーション~ボードゲームを通して考える日独の違い~』で取り上げた日本人働き過ぎの話(その時の様子はこちら)をもとに、地元のイクメン事業に参加して集めたお父さんたちの声を反映させるようにした(その時の様子はこちら)。

この講演会に地元テレビ局が取材に来ていて、夕方のニュースで流れた。これがなぜかテレビ局の支局長に好評だったそうで、追加取材の依頼が来た。子供がいるうちにということで朝6時に来て頂いて、3時間の密着取材。これもまた夕方のニュースで少し長い時間放映された。

その日の夜から電話などがかかってきて、いろいろな方から「テレビ見たよ」と声をかけられて何だか恥ずかしい。妻は「檀家減少で奥さんが働きに行かなければならなくなっている」という部分を檀家さんが見て気を悪くするのではないかと心配していた(その話を寺の役員さんにしたら笑っていたが)。

その後、今度は地元新聞社からも取材を受ける。テレビのニュースで見たという。こちらも子供が帰ってからということで夕方に来て頂いて、1時間ほどインタビューと撮影を受けた。子育てを仏教とリンクさせる内容で、翌週の「わいわい子育て」というコーナーに掲載された(その時の記事はこちら)。

新聞の影響はテレビ以上に大きい。恩師や親戚からも電話がかかってきて、「心が温まった」などといったありがたい感想を頂いた。こちらは「お恥ずかしいです」ぐらいしかいえない。

私の妻は茨城に平日単身赴任しており、母が祖母の介護で夜遅かったことからいつの間にか朝ごはんを作って子供を学校に送り出すようになったわけだが、子育ての状況は家庭によって、仕事によって千差万別である。私の子育てなど参考にならないので、状況に応じて協力してやっていくしかないだろうし、実際今のお父さんたちはそうしていると思う。

人がどう呼ぶかはさておき、イクメンは目指してなるものではない。家族のことを思うとやらざるを得なくなり、いつの間にか主体的にやっているといったところが実情だ。

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