おの: 2014年2月アーカイブ

スマホ中毒

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周囲はすっかりスマホ。電車に乗っていると、だいたい6割はスマホをいじっている。これは確かに「21世紀のアヘン」である。我が家では妻だけスマホを使っていて、私と母はガラケーである。インターネットはPCでやっており、携帯でメールを打つのは電話が繋がらないときにショートメールで1行程度。

スマホのよくないところは、リアルな会話をなくしてしまうところにある。せっかくそこに人がいるのに、話をしないでスマホに熱中しているのはもったいない。事故があったりしてその人とはもう会えないかもしれないのに。

お寺によくいらっしゃるのが年配の方のせいだろうか、あるいは数多くの葬儀に出ているせいだろうか、別れ際に「この人と、また会うことはできるのだろうか」と思うことがよくある。家族でさえ、「亡くなる前最後に会ったのは○ヶ月前」なんてこともある。

昨日の人は今日はなく 会えば別るる世のならい 夜半のあらしに散る花の もろきは人の命なり

生きているうちにたくさんの人と会っておきたいと思う。

中毒になったらこれ、ソーシャルメディアガードです。コカコーラ提供。

地元の公民館で行われている毎年恒例の写経教室。写経の前に1時間ほど時間を頂いてお経の解説をしている。1年目は『般若心経』、2年目は『法句経』、3年目は『修証義』、4年目は『遺教経』。5年目となる今年は、『盂蘭盆経』と『餓鬼事経』を取り上げた。

『盂蘭盆経』は、お盆の由来が説かれたお経だが、中国撰述であることが知られている。「道士」「七世父母」「施主家」「孝慈」などの中国的な表現が出てくることから、お釈迦さまの時代の話にしては不自然さが際立つ。さらに過去の悪業にどうしても目が行ってしまうため、お盆期間の法事に読むのをやめていた時期もある。

しかし『餓鬼事経』の存在を後から知って、このお経の見方がだいぶ変わった。大きな違いは、主人公が目連ではなく舎利弗であること、餓鬼になったのは直接の母ではなく四つ前の前世での母であること、餓鬼になった原因が明言されていること、お供え物を用意したのは在家者(王様)であることなどである。これらを補うと、『盂蘭盆経』の筋書きも納得しやすい。特に血縁より輪廻が主であることは、仏教で大事なところだと思う。

私たちは、無始の輪廻の中であらゆる生き物と関わってきている。今は他人でも、前世で親子であったり、夫婦であったりした人がいるならば、先祖だけに手を合わせるのでは不十分である。生きとし生きるもの(有縁無縁三界万霊)に慈愛の心をもって回向する。これがお盆のみならず、その派生である法事においても心がけたいことである。

盂蘭盆経
 私はこのように聞いた。お釈迦さまが祇園精舎におられたときのことである。神通力で名高い弟子・目連尊者が初めて六神通を得て、自分を育ててくれた恩返しに、亡き父母を教え導きたいとお考えになった。そこで彼はその神通力をもって世界中を探したところ、亡き母を餓鬼界の中で見つけた。亡き母は飲食も摂れず、骨と皮の姿になっている。目連尊者は悲しみ、すぐに鉢にご飯を盛り、亡き母のもとへ送り届けた。母はご飯を手に取り、左手で鉢を支え右手で御飯を食べようとしたが、口に入れる前に炭に変わってしまう。結局食べることができず、それを見た目連尊者は悲しみのあまり号泣した。仕方なくお釈迦さまのもとに帰って、この一部始終を報告申し上げた。
 お釈迦さまはこうおっしゃった。「目連よ、あなたのお母さんが前世で犯した罪は重く、あなた一人の力ではどうしようもありません。たとえあなたが親孝行だという名声がどんなに高くとも、天や地の神々、天魔や異教徒、道士や四天王もどうにもできないのです。しかし各地で修行している修行僧の不思議な力があれば、必ず脱出させることができます。これからあなたのお母さんを救済する方法を教えましょう。すべての困難がなくなり、苦しみや憂い、生前の罪も消し去るのです。」
 
お釈迦さまは続けてこうおっしゃった。「各地の修行僧は七月十五日になると雨季の修行を終えます。そのときに七代前の先祖から現在の父母のうち、困難な処にいる者のために、ご飯、さまざまな料理、果物、水、香油、燭台、敷物、寝具をお供えしなさい。ご馳走を尽くしてお盆に分け、各地から集まった徳の高い修行僧を供養するのです。この日、山地で坐禅をしていた者、四段階の修行を完成させた者、木の下で修行していた者、六神通で修行者たちを教え導いてきた者、菩薩や仏たちの化身である修行僧など、全ての修行僧が集まり、一同が会してみな心をひとつにしてご飯を食べます。きよらかな戒律と仏弟子の生活を守る修行僧たちの徳はどんなに広く、大きいことでしょう。このような雨季の修行を終えたばかりの修行僧を供養すると、現在の父母から七代前の先祖、さらに父母妻子兄弟の親族が、地獄・餓鬼・畜生界の苦しみから脱出して、すぐに極楽に往生し、衣食に困ることはありません。まだ父母が存命中であれば、寿命が百年まで伸びるでしょう。すでに亡くなっていても、七代前の先祖までが極楽に往生し、自在に姿を変えて生まれ変わって極楽の光の中に入り、無限の幸せを受けることができるでしょう。」
 そしてお釈迦さまは、各地からの修行僧に対して命じられた。「みなさん、まず施主の家のため、七代前までの先祖の幸せを祈願して下さい。坐禅を行ってから食事を頂きましょう。」
 
初めてお盆を頂いた修行僧たちは、まずお釈迦さまにお盆をお供えし、みんなで祈願し終わってから食事を召し上がった。そのとき、目連尊者も、集まった修行僧もみな大きな法悦に包まれ、目連尊者の泣き声もいつしか消えていた。このとき目連尊者の母は、この日のうちに、長い長い餓鬼の苦しみから脱出することができたのである。
 このとき、目連尊者はお釈迦さまに尋ねた。「私の母が、仏法僧の功徳の力を得て、餓鬼界を脱出できたのは、修行僧の不思議な力のお陰です。将来、全ての仏弟子も親孝行をしようと思う者は、この盂蘭盆をお供えすれば、現在の父母から七代前までの先祖を救うことができるでしょうか。」
 
お釈迦さまはお答えになった。「いい質問ですね。お答えしましょう。目連よ、男僧であっても、尼僧であっても、国王であっても、王子であっても、大臣であっても、役人であっても、庶民であってもみな、親孝行をしようと思うなら、現在の父母から七代前の先祖のため、七月十五日―仏陀の法悦の日であり、修行明けの日ですが―に、いろいろなご馳走を盂蘭盆に盛りつけ、各地からの修行僧に施して、次のように祈願してもらいなさい。現在の父母は、寿命が百年に伸びて、病気もなく、一切の苦悩がありませんように。七代前までの先祖は、餓鬼の苦しみを脱出して、極楽に生まれ変わって無限の幸せを得られますようにと。」
 
お釈迦さまは全ての人々に対しておっしゃった。「親孝行な仏弟子は、いつも心のなかで父母の供養と七代前までの先祖のことを忘れず、毎年七月十五日に、常に親孝行の心で両親から七代前の先祖までを思いやり、盂蘭盆を用意して仏や僧に施し、自分を育て慈しんでくれた父母の恩に報いましょう。全ての仏弟子は、この教えを大事にして下さい。」
 
このとき、目連尊者も、修行僧も信者も、お釈迦様の説法を聴いて感激し、これを実行することにした。
(拙訳)

餓鬼事経十四「舎利弗の母」
 ある日、舎利弗、目連、阿那律、カッピナの四名の尊者たちは、王舎城の近くのある人里離れたところに留まっておられた。そのときベナレスでは、とても裕福でたくさんの財産を所有している長者が、修行者・バラモン・貧者・旅人・乞食などに、飲食・衣服・寝床などを無尽蔵に施していた。また彼は施すとき、人が来るたび順次、足を洗う水、足に塗る香油など、施しの用意を全て整えていた。また彼は、比丘たちの朝の食事を、恭敬して給仕していた。
 
彼が所用で留守にするとき、妻に「お前、用意してある通り、この施しをやめないで、恭敬して続けておくれ」と頼んだ。妻は「分かりました」と答えたが、彼が出て行くと、用意されたふるまいをやめてしまった。さらに、宿を求めてきた旅人たちには、屋敷の裏にある古い小屋を見せて「ここに寝なさい」と言い、飲食などを求めて旅人が来たときには「大便を食え。小便を飲め。血を飲め。あんたの母親の脳漿を食べろ」などと、いとうべき不浄な言葉でなじっていた。 のちに彼女は亡くなり、業の力にひかれて餓鬼に生まれ変わった。自分の言葉による悪業の苦しみを受けながら、四つ前の生で舎利弗尊者の母だったことを思い出し、尊者のおられるお寺に行った。お寺では、守護している天人に遮られたが、「私は舎利弗尊者の、今から四つ前の生での母です。私を中に入れて尊者に会わせて下さい」とお願いすると、天人たちは彼女に入ることを許した。尊者はその女餓鬼を見て、憐れみに心動かされ、次のように述べた。「そなたは裸体で、痩せて血管が浮き出て、醜い姿形をしている。肋骨も露わに痩せた者よ、そこに立つそなたはいったい誰か?」
 
餓鬼は答えた。「私は前世であなたの母でしたが、今や餓鬼界に生まれ、飢えと渇きにあえいでいます。捨てられた吐瀉物、唾、鼻汁、痰、茶毘に付された遺体の脂肪、出産の血、傷から流れた血、およそ人間から出るものは何でも、飢えに負けて食しています。家畜や人間の膿や血を私は食べ、寝るところもなく、家もなく、青黒い墓地に横たわっています。息子よ、私のために布施をして下さい。布施をして、私に指定して下さい。そうすれば確実に、私は膿や血を食することから解放されるでしょう。」
 
そこで舎利弗尊者は翌朝、目連尊者をはじめとする三人の長老に相談して、彼らと共に王舎城に托鉢に行き、ビンビサーラ王の居城を訪ねた。経緯を王に話すと、王は「承知しました。尊者」と答え、大臣を呼んで四つの建物を作らせた。建物が完成すると、王は供養祭の準備をさせ、お釈迦さまをはじめとする教団のための飲食・衣服を用意させて、舎利弗尊者にその全てを贈与した。
 
そこで舎利弗尊者はその女餓鬼を指定して、その全てを、お釈迦さまをはじめとする教団に施した。女餓鬼は自分に指定された施しに喜び、天界に生まれて、全ての望みが叶えられた者となった。
 
彼女は後日、舎利弗尊者のそばに近づいて礼拝し、自分が餓鬼に生まれたことと、天人に生まれたことを詳しく話した。「黄土色の肌で、痩せ、飢え、裸で、皺だらけの皮膚で、悪趣に堕ちている私を、衆生に対する憐れみの心をおもちのあなたはご覧になりました。あなたは、比丘たちに一口の食事と、小さな布切れと、小鉢の飲み物をお供えして、私に指定して下さいました。一口の食の果報をご覧下さい。千年の間、私はたくさんの味や香りの食をほしいまま享受するでしょう。小さな布切れの結果がいかなるものかご覧下さい。たくさんの衣服、絹や毛糸、亜麻や木綿の衣服が、私にはございます。私はどれでも心に欲するものをまとうことができます。また、小鉢の飲み物の結果がいかなるものかご覧下さい。深く、四角に形作られた蓮池が、見事にできあがりました。池の澄んだ水は、美しい岸までたたえられ、冷たく、芳香を放ち、池は紅蓮、青蓮に覆われ、水は蓮の花糸でいっぱいです。私は何も恐れることなく、楽しみ、遊び、喜びます。尊者よ、衆生に対する憐れみの心をおもちのあなたに礼拝するため、私は参りました。」
(藤本晃『死者たちの物語』(国書刊行会)より一部要約)

主体性

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共働きが増えてイクメンが一般化し、夫への要求レベルは相対的に上がっている。夫がどれだけ家事や育児をしても、妻の愛情を一瞬にして憎悪に変える発言をしてしまうことがある。
「俺は積極的に育児に参加している」
「俺は家事を手伝うほうだ」
主語の「俺」を「妻」に置き換えると、いかに主体性に乏しいかが分かる。(アエラ14.2.24)

何をするか、どれくらいするかよりも、主体性があるかが大切という話をちょうどこの前、妻としたところだった。あとは慣れ。うまく段取りできるようになるまで、大目に見てもらうことも必要だと思う。

「修行とは、ならしめることである(भावयतीति भावना)」

『遺体』

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東日本大震災の後、岩手県釜石市で起こったことを関係者の証言から小説仕立てでルポルタージュ。遺体安置所となった学校の体育館の様子から、遺体捜索と搬送、医師・歯科医による検死、そして火葬場の再稼働まで、遺体との関わりを通して、震災直後の釜石の人たちを描く。

ずっと以前に購入したものの、なかなか読み始めることができなかった本。なまなましい遺体の描写と、嘆き悲しむ遺族の様子がショッキングで忍びなかったためである。しかし一冊読み終わってみると、地域の絆の強さや優しさに胸を打たれ、読んでよかったと思われた。

民生委員で安置所の管理に携わった千葉淳氏をはじめ、安置所の遺体に話しかける場面が心に残る。もちろん遺体が答えることはない。しかし生きているかのように接することで、くじけそうな自分を励ましているようにも見える。

「起きろ! ここで何やってるんだ! 早く起きろよ!」
「実君、昨晩はずっとここにて寒かっただろ。ごめんな。今日こそ、お父さんやお母さんが探しにやってきてくれるといいな。そしたら、実君はどんなお話をするつもりだ? 今から考えておきなよ」
「雄飛君は、こんなやさしいママに恵まれてよかったな。短い間だったけど会えて嬉しかったろ。また生まれ変わってあいにくるんだぞ」

もうひとつ、この本の中で重要な役割を果たしているのが僧侶である。日蓮宗の芝崎惠應氏が安置所を訪れ、お経を読んだとき、館内の職員や警察官が作業を中断して横一列に並んだ。目の前で子供の亡骸を前に泣き続ける女性に読経の声も途切れがちになる。ようやく再稼働した斎場に読経を申し出ると、職員は「どうぞお願いいたします。震災の影響で、遺族は故人のためにお葬式を上げることができずつらい思いをしています。みなさん、とても喜ぶはずです」という。それから、釜石仏教会が立ち上がり、火葬場で読経ボランティアが行われることになった。火葬を受け入れた秋田の斎場でも、地元の僧侶が職員とともに待っていたとある。

震災以後、たくさんの僧侶が被災地に駆けつけたが、炊き出しや瓦礫撤去以上に期待されていたことは読経であったという。そんないつもやっている、簡単なことで被災地の役に立つのだろうかと僧侶は思うが、この本を読むと、それは僧侶にしかできない、とても大切なことだったのだと分かる。

私の地元の斎場にも、津波の犠牲になった遺体が宮城県から運ばれてきていた。そのとき、市の仏教会として読経ボランティアを行い、火葬中、遺族から故人のお話を伺ったことを思い出す(そのときの日記)。どれぐらい役に立つことなのだろうかと心もとなかったが、この本を読み、喜んでくれた人もいたのかもしれないと、改めて救われる思いがした。

現在の伽藍は、1746年に再建されたものだが、それ以前、草岡村と、となりの勧進代村との村境にあった。その村境争いにまきこまれて火災にあったといわれている(下記リンク)。

昨日総代さんから伺ったところによると、この村境はその後もずっと曖昧なままになっていて、昨年ようやく、関係者立ち会いのもと、杭を打って確定したという。250年以上も経ってからの解決とは、歴史的な出来事ではないだろうか。

洞松寺の歴史は約550年。そのうち前の場所にあったのが300年で、今の場所に移ってから250年となる。前の300年のうちに11名が、後の250年のうちに22名が住職をしている。後の250年は平均で1人あたり10年ちょっとしか住職をしていないわけで、住職歴15年になる私は平均を超えたことになる。

洞松寺外伝

子どもが通っている小学校の保健だよりに、「東北大学教授・医学博士川島隆太先生によると、テレビやゲームをしているときは、前頭前野をあまり使っていないことが分かりました。テレビやゲームを遊ぶ時間が長いと、前頭前野がなまけてよく働かなくなるかもしれないので注意しましょう」と書いてあった。ゲームをやり過ぎて、ちょっとしたことですぐ怒る・キレる、勉強や読書に集中できない、インターネットやメールなどで人が傷つく言葉を書くことがある・または書いてもなんとも思わない、やる気がなくぼーっとしていることが多い、物忘れや忘れ物が多い、片付けるのが苦手で机の上や部屋が片付かないなんてことがありませんか?などと書いてある。こんなに悪者扱いしなくてよいのではないか。

川島隆太『脳を育て、夢をかなえる』を読むと、確かにゲーム中に前頭前野はほとんど働かないことが書かれているが、それは「頭を休めているのかもしれない」という。同書では、前頭前野が休んでいるケースとして、音楽を聴く、マンガを読む、ゲームをするの3つが挙げられており、決して否定的に捉えられてはいない。「まんがやゲームも、うまくつかいさえすれば、前頭前野にとって、たのもしい味方になるのです。」

「頭を休めている」から「なまけてよく働かなくなる」は拡大解釈であろう。仕事の合間に休憩しているのを見て、「あまり休んでいると怠け者になるぞ」といっているようなものである。そんなことをいわれながら休憩するのでは、休憩にならない。休むときは休み、遊ぶときは遊び、勉強するときは勉強する、メリハリが大切だと思う。

すぐ怒る、集中できない、やる気が出ない、忘れ物が多いなども、逆にきちんと頭を休めていないから起こる可能性も考えられる。だとしたら、結論は「もっとゲームなどをして頭を休めましょう、勉強はそれからしたほうが能率が上がります」ということになる。

そんなことを言いたいわけではない。私の意見は、ゲームのせいにしたところで、子どもの問題は何にも解決しないということだ。親が子どもと一緒に過ごす時間が少ないとか、子ども同士が関わりにくい環境になっているとか、子どものスケジュールが過密であるとか、そういったことに目を向けなくてはいけないだろう。いずれも大人の社会とリンクしている問題であり、大人が変わらなければ変わらないということも。

『天国旅行』

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心中や自殺をテーマにした短編集。といっても、暗澹とした話ではなく、命を救い出す話だったり、不思議な話だったり、遺された者が立ち直っていく話だったりと前向きで、何かに取り憑かれたように一気に最後まで読んでしまう。

富士の樹海で首を吊り残った中年男が、若い男と死に場所を探す話。駆け落ち同然で結ばれた夫婦の倦怠期に夫がしたためた遺言。祖母の初盆にお参りに来た男が教える祖母の過去。夜になると前世の夢を見続けてきた女の行く末。高校の校庭で突如焼身自殺した先輩の謎解き。ひき逃げで幽霊になってしまった彼女との毎日。一家心中で唯一生き残った男の決意。

「幽冥境を分かつ」「死人に口なし」というように、死者と直接話をすることはできない。そして死は日常の中に突如として訪れる。これまですぐそばにいて、呼びかければ笑顔で答えていた人が、いきなり手の届かないところにいってしまう。しかし、死者は無になるのではない。記憶が残り、その後もあたかも生きていたときと同じように扱われる。好きだったお菓子を仏壇に供え、よいことがあれば報告し、困ったときは願いごとをする。そんなとき、死者はどんな気持ちでいることだろう。どんなに忖度しても、想像の域を出ない。あるいは、虚構かもしれない。

それでも私たちは、「故人の遺志」や「喜びそうなこと」を考え、自身の行動の指針としている。そのとき死者は、幽霊とかそういったものではなく、リアリティのある生者として扱われる。あたかも、ちょっと遠くに旅行に行っているかのように。会えないのは悲しいけれど、またいつかどこかで会えるだろうと。

何話かは未完で話が終わる。これは死者の意思を勝手に決め付けてはいけないという作者の思いが反映したものだろうか。答えのない問いに、逃げずに向き合わなければならない。

レシートとお札

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お店でお釣りをもらうとき、レシートとお札を先に、その後で小銭を渡すお店は好感がもてる。レシートとお札はお札入れに、小銭は小銭入れにしまうからだ。小銭とレシートを一緒にわたすのは、小銭を落とさないようにするためだと思うが、お札入れと小銭入れを往復しなければいけないので手間がかかる。

そこまで考えて渡しているのか分からないが、レシートとお札を先に渡されると、「分かってるなあ、このお店」という気持ちになる。そんな気持ちになる近くの書店を贔屓にしている(店頭になさそうなものはネットで注文して店頭受取り)。

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