梅花流: 2006年12月アーカイブ

2級師範検定

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御詠歌の検定会が港区の本庁で行われ、2級師範を受検してきた。

 2級師範というのは8つある御詠歌の級階で3番目に位置し、全国を教えて回る「特派」に選ばれる資格である。受検資格として1等教師以上の僧階、和尚以上の法階が必要。しかし近年は合格者が増えており、「特派」を任命される確率はだいぶ低い。

 そんな状況もあり、若い人にはもっと研鑽を積んでもらおうということで受検資格の改正が行われようとしているらしい。具体的には令命二等以上の布教師資格が必要になり、3級師範補命から受検可能になるまでの期間が3年から5年に延びる。

 ということで今回は改正前の駆け込み受検となり、24名の3級師範が受検した。

 昨晩は久しぶりに頭を逆剃りして気合を入れる。今朝も6時半に出発して万全の体制で臨んだ。9時受付で10時から筆記試験開始。

 筆記試験は『地蔵菩薩御詠歌』「たらちねのみ親のもとにいる子らは御名を唱うる声ばかりなり」の歌詞解説。現在宗門は、子どもを失った親、特に母親に罪悪感を抱かせる水子供養には否定的であり、この歌詞を賽の河原云々と解説すると多分不合格になる。「み親」=地蔵菩薩、「子ら」=衆生、「御名」=南無地蔵大菩薩と取るのが正解。

 それから実技試験に入るが、受検番号が最後のほうだったので3時間もまんじりともしない時間を過ごした。とうとう自分の番が近づいて緊張してくる中、ふと思った。

 若僧の自分がたいした努力もせず、実力もないのにこんなところにいる。それは何か大きなものが私を動かし導いているからではないか。御詠歌は私が唱えるのではなく、唱えさせられているのだ……。
自己責任を放棄するような考え方だが、宗教である以上そういうふうに感じることがある。

「ただわが身をも、心をも放ち忘れて、仏の家に投げ入れて、仏の方より行われて、これに従いもてゆく時、力をも入れず、心をも費やさずして、生死を離れ、仏となる」(『正法眼蔵』生死の巻)

 この感覚になってからは並み居る検定委員の偉い先生方の前でも不思議と上がらずお唱えできた。今回の課題曲は『梅花替節』、『慈念』、『開山忌』の3曲。ただ一番練習していなかった『開山忌』は付け焼刃らしく、最後の一節を歌詞間違い。
 合否は今月中に判明するという(後日追記・合格しました)。

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