梅花流: 2009年11月アーカイブ

梅花流発祥の地

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昨日は朝から御詠歌発祥の地、洞慶院を参拝。静岡駅からさほど遠くないところなのに、永平寺のように奥まった閑静なお寺だった。入口には梅花に因んでいるのか梅林が広がっていて、春先は美しいことだろう。

このお寺の先々代住職である丹羽仏庵和尚が、宗門の教えに親しめる、借り物でない御詠歌を作りたいと発願した。いろいろな流派を検討したところ密厳流(真言宗智山派)の「筆の穂先のような」柔らかさに着目し、モデルにしたという。何曲かを取り入れ、さらに加えて梅花流が誕生する。

梅花流は、数々の流派と比べて特に柔らかいお唱えが特徴とされるが、すでに密厳流にその種があったといえる(現在のCDを聴く限り、密厳流に柔らかさはあまり感じられないが)。

永平寺の監院として大庫院の建設にも携わった丹羽仏庵和尚は、強面で知られていた(強面を買われて借金取り対応だったという)。検討のため洞慶院に集まったとき、誰かが素っ頓狂な声で唱えたのを周りが笑ったので、大声で怒鳴って次からは参加者が半分になってしまったとか。

永平寺先々代貫主の丹羽廉芳禅師は、仏庵和尚の5番目の弟子で、洞慶院の先代住職を務めている(大学の大先輩でもある)。正伝師範でもある禅師は、全国に梅花講を広めており、その意味で洞慶院は梅花流発祥の地であると同時に、梅花流普及の発信地ともなった。

お寺の前には「梅花流発祥の地」の石碑。そして本堂には大きな梅花観音と丹羽禅師の油絵があり、山内に御詠歌のお唱えが絶えず流れ続けているような気がするほどだった。ちなみに本尊はお釈迦様ではなく、千手観音である。

報恩諷経として大悲呪と真清水、梅花観音の前で般若心経と洞慶院御詠歌、さらに梅花発祥讃仰御和讃と慈光円海禅師(丹羽廉芳禅師)讃仰第二番御詠歌を奉詠。さらに現住職の丹羽鐵山師からお話を賜る。感無量の極みであった。

仏庵和尚の誓願は、師子相伝で現在は私たちの手に委ねられている。そう思うと襟を正してまた梅花に向かい合いたいと思えてきた。

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